東方二次SS ふたつのいろ Lyric restriction 〜永〜 作:赤井せりか
―――魔理沙が八意永琳と対峙しているその頃。
「さて……どうしたものかしら」
無限広の回廊に閉じ込められたアリス。周囲の気配や魔力の感知を試みたが、完全に術中に嵌っている所為か感知能力が全くと言っていいほど機能していなかった。
幸いと言っていいのか、相手からの弾幕は無い。そこから推測できるのは、
「まあ、私を閉じ込めるか、足止めが目的ってとこかしらね」
それならば悩んでいても仕方がない。
アリスは状況を打開する方法を思案する。
幻術なのは術者である人兎の少女が自らそう言ったので間違いは無いだろう。それは理解出来ているが、その理解すらも虚構なのではと疑うほどの幻術である。
あるいは、幻術と見せかけて異空間へと本当に飛ばされたか。
「まずは確認ね」
両の手のひらを胸の前で上に向け、アリスは口の中で数言、呪文を唱える。
同一空間内の離れた場所にある物体を召喚する魔法。仮にこれを異空間に閉じ込められている状態で使用した場合はふたつの結果になる。ひとつは対象が召喚されずに終わる場合。もうひとつは閉鎖空間が解除される場合。 強力な空間閉鎖が為されていたり、閉じ込められている側の魔力量が低いと前者の結果になる。後者は、空間閉鎖がアンバランスであったり、閉じ込められている側の魔力が強力、あるいは構造を熟知している場合に起こるパターンだ。召喚魔法で外の空間との繋がりを無理矢理に作ることで閉鎖空間の綻びを生じさせ、破壊するのだ。
しかし、今回はそのどちらとも違う結果だった。
次の瞬間、アリスの両手の中に一体の人形が現れる。アリスの家にある人形の一体をこの空間に呼び寄せたのだ。
普通に召喚魔法が発動し、その効果が普通に発揮させられた。と言うことは、
「使い古されたテだけど基本よね。召喚出来たって事は、異空間に閉じ込められてるわけでは無いって事だわ」
アリスの家とアリスが今いる場所に空間的な隔たりが無いということだ。そう、ここは異空間でも閉鎖空間でも、無限に広がる空間でもない。先程まで立っていた回廊に間違い無いのである。
「ってことは、やっぱり幻術で確定か」
召喚した人形を足元にそっと立たせると、人形はトコトコと真っ直ぐ歩き始めた。
「―――ならば、迷っている暇はないわ」
アリスは人形と感覚を同期させる。無限広の空間を見ていたアリスの両目だったが、人形の目を通して
人形の視界を頼りにアリスは回廊を進む。最初は恐る恐る歩いていたが、やがて慣れてくると同期した視界のもと走り出していた。
「魔理沙は無事なのかしら……」
魔理沙の顔が思い浮かぶが―――、彼女が苦戦をしているところはアリスには到底想像できなかった。
「ま、魔理沙なら大丈夫よね。それにしても……、もし無事なら助けに来てくれてもいいのに」
と思わずこぼしたが、すぐにハッとなってブンブンと首を横に振った。
「―――ううん、違うわ。魔理沙は」
いつも自分勝手で、私の迷惑なんて考えず、事情なんてお構い無しにやってきて、バカ騒ぎして、いつだって全力で。そんな魔理沙だけれども、
『―――お前ならそれくらいなんてこと無いだろう?』
魔理沙がそう言ってる気がする。突き放されたとは思わない、むしろ逆。魔理沙なら、たぶんそう言う。
そうよ、助けが必要なほど弱くないのよ、私は。
瞳に決意の光を灯し、アリスは真っ直ぐ前を見据える。
人形の目に映る回廊も、これもまた幻術なのではというくらいに長く続いている。しかし、人形の視界には幻術がかかっていないので、今アリスが共有している視界は真実の風景だ。
無人の長い回廊。しかも、アリスと相対したはずの人兎の少女の姿も全く見当たらない。
「鬼が出るか蛇が出るか……こうなったらとことん進むしかないわね。急いで魔理沙と合流しなくちゃ」
誰にともなく呟くとアリスはその足を速めた。
―――その彼女の後ろを、ひとつの影がついて行く。その存在に、人形の視界に頼っていたアリスは気づかなかった。
◇
◇
「―――アリスが夜をねぇ」
八意永琳の言葉に魔理沙はにっと笑った。
「アリスが夜を止める、そんな企みをするなんて考えられないぜ」
確かに魔理沙自身、(そんなことは無いとは思いつつも)アリスに弾幕ごっこを仕掛けてまでして確認をしている。普段めったに本気を見せないアリスだが、その本気の魔力だけを考えるとありえない話でもない。しかしその結果、本人の口からハッキリと関与を否定され、魔理沙はアリスがそういう嘘を付くわけがない事も知っている。だから―――、
「まあ、アリスならそれくらいの芸当出来るかもしれないけどな」
自信満々に答えた魔理沙に、八意永琳は少し面白くないようにふんと鼻を鳴らした。
「そこまで言うわりに彼女のことは心配じゃないの? 此処に来てからずっと視てたけど、あなた、彼女の事を全く気にかけてる様子はないじゃない」
これまでの事を思い起こし、魔理沙はポリポリと頬を搔く。
「確かに半ば強引に連れ出したからなぁ」
目を閉じ、うーん、と唸ると、片目だけ開き八意永琳を見やる。
「で、
「そうね。もしかしたら彼女は今頃大変な目に遭っているかも知れないわね」
「そうだなぁ、ちょっと怒ってるかもな」
なんで助けに来てくれないのよ、そんなアリスの声が魔理沙は聞こえたような気がして、小さく笑った。
何も言わず、八意永琳は魔理沙の次の言葉を待つ。
魔理沙はもう片方の瞼も開き、両方の瞳で八意永琳を真っ直ぐ見据える。
「けど、
魔理沙は口の端を結び、笑った。八意永琳もまた薄い笑いを浮かべる。
「あら、冷たいのね。自分の相棒、放ったらかし?」
「冷たい? いいや―――」
言いつつスペルカードを取り出す。
「信頼だぜ」
八意永琳を視界から外さないよう注意しつつ、魔理沙はこれまでの状況を頭の中で整理を始めた。
(まずは、月に異変が起きた。今までとは違う月だ。その後からだ、夜が一向に明けなくったことに気づいたのは)
同時にミニ八卦炉にも魔力を籠める。
(―――霊夢にも異変が起きた。これは月の影響だろう。紅魔館の連中は、特に何もなかった。それからアリスの元へ行ったがアリスも特になかった)
そんな魔理沙の行動を弾幕ごっこの合図と見たか、八意永琳はゆっくりと両腕を開いた。
(だから、アリスとともに異変を探りに出かけた。途中、霊夢と八雲紫の邪魔が入ったが―――)
その両の手に、いつの間にか白銀の弓と矢が握られている。
(
先手必勝とばかりに魔理沙がスペルカードを発動。
「魔符 『ミルキーウェイ』!」
魔理沙を中心に星型の魔力弾が螺旋状に渦を巻くように放たれた。
(―――因幡てゐは言った「月も夜もおかしくなって困っている」と)
その軌跡はまるで星々が渦巻く銀河の輝きのような美しさだった。
(そして、八意永琳は言った「結界を張り、月をすり替えたのは自分だ」と)
しかし八意永琳は緩やかに身体を捩るだけで、全ての弾幕を避けきっていた。
(だがこうも言った。「明けない夜の原因は、アリスにある」と)
自慢のスペルカードも全く効果が無かったのを見て、魔理沙は小さく舌打ちをする。
「ちっ……」
「ふふ……混乱しているわね?」
「そうか? そう見えるかい?」
軽口を叩く魔理沙。しかしその頬を一筋の汗が流れ落ちる。
「そう。じゃあ―――」
どこか楽しそうな口ぶりの八意永琳。その表情や口振りには余裕しか見えない。それが魔理沙には疑問なのだ。
(夜が明けない、月を偽装した。困ってると口では言っている。しかし、だ。それならどうしてコイツは
八意永琳の豊かな胸元の正面に一枚のスペルカードが発現した。
(
八意永琳の魔力が急激に高まる。月が赤く輝く。その魔力の集積によって彼女の周辺の空間が、ぐにゃりと歪んだ。
「今度は私の番よ」
続く。