スケバン憑依おじさん 作:百合豚丼
梔子ユメという少女はお人好しとかいうか、底抜けの間抜けというか、馬鹿というか、とにかく目の届く範囲に置いておかないと何に引っかかるか分からない人物だ、というのが俺の第一印象だった。
悪い大人やそれに感化された生徒に騙されて食い物にされるな、という確信もあった。
それでいてどうしても放っておけないと思わせられたのは、彼女の底抜けのお人好しに相応しいだけの可愛らしい笑顔だったのかもしれない。
そして俺が曲がりなりにも元先生だったから、というのも当然ながら付け加えなくてはならないだろう。
「俺がアビドス高等学校の自治区に向かったのは極論、凄く暇だったからだ」
「とととりりりあああええず安全運転ででだででで」
愛車のジープがコンクリートと砂の折り重なった地面をがっしりと噛みながら、目的地であるアビドス高等学校自地区へ向けて進んでいく。
シャーレオフィスからはかなりの距離がある。ガソリンの補充を済ませた愛車のエンジンは相当にご機嫌で、軽くアクセルを踏み込むだけでもグングンと速度を増して行った。
助手席に座る先生はシートベルトを着用した上で、天井付近にある取っ手を握り締めて揺れに耐えている。
砂漠化の進行を引き起こしている砂嵐はその名前の通り大部分は砂で構成されているが、多少は砂以外の物体も混じっている。
大小様々な岩石
人の居なくなった家屋の破片
誰かの生活を支えた家財の欠片
そういった物が積み重なり、今のアビドス高等学校自地区へ向かう道は形作られている。
人の手が加えられなくなり、人の近くから離れ、人の記憶から忘れ去られてしまった残骸達が。
「あの時のアビドスは荒れ果てていた。どう見ても詐欺紛いの依頼がゴロゴロしていたし、チンピラがそこら辺でそれはもうデカい顔をして暴れ回るまさに無法地帯だった」
砂漠化の異常なまでの進行速度は人為的に引き起こされているからだ、なんて都市伝説的なものまで伴いながら俺の耳にも届いていた。
元先生として、それを聞いて黙ってはいられなかった。
アビドス高等学校自治区で懸命に生きている梔子ユメや小鳥遊ホシノが食い物にされて苦しんでいると思うと、表舞台に出ないという決意すら揺らぐ程に当時のアビドス高等学校自治区の有り様は悲惨だった。
「だからまぁ、暇潰しと腕試しを兼ねて乗り込んだってワケだ」
俺たち荒事屋は名前の通りに荒事を生業としていても、その根底にあるのは『苦しんでいるヤツを助けたい』という想いだ。
学生という立場を失ってしまった仲間達を助けて、支えたい。名前に反して優しい心を持った面々だからこそ、荒事屋はアビドス高等学校自治区へと乗り込んだ。
どこからどう見ても詐欺である依頼にわざと乗っかることで、悪事を働く奴をシバくという大義名分の下に。
そこで俺達は出会った。
時刻は夜。電源の切れかけている明滅を繰り返す街灯の下、懸命にかき集めた署名書類をチンピラに燃やされて半泣き状態の梔子ユメに。
『あの時は本当にありがとうね! それとホシノちゃんが襲いかかっちゃって、本当にごめんね?』
車にBluetooth接続している俺の携帯が、荒事屋オペレーターであるユメの声をスピーカーから出力する。
ぽやぽやっとした優しい声。最初のうちはオドオドとして依頼人を困らせたりもしていたが、今ではすっかりうちの人気ナンバーワンオペレーターだ。
誰かの訴えを聞く時に大切なのは、相手の気持ちに寄り添って優しい声を掛けてあげること。
お人好しで間抜けでバカで、それでいて冷たい態度を取り続けるホシノをずっと気にかけてあげられる優しい心を持っているユメにとって、それは容易いことのようだ。
「いや、あれは良い経験だったよ。ゲヘナの風紀委員長が警戒して情報を集めるほどの戦闘力を持つ彼女相手にどれだけ立ち回れるのか、俺としても興味があったしな」
荒事屋の名前はアビドス高等学校自治区にも届いていたようで、俺達を視認した途端にホシノは襲い掛かってきた。
今の彼女ならそんなことはしないだろうが、当時のホシノはそれはもう殺気立っていたからなぁ…
当時はまだアビドス高等学校に入学したてだが、それでもゲヘナ学園の空崎ヒナがマークするほどの戦闘能力。
アケミの厳しさと愛を両立させたシゴキを受けた後の俺がどれだけ強くなれたのか、試すのには絶好の相手だった。負け気味の引き分けだったけど。
それにしても、やけに彼女の攻撃は痛かった。アケミのような出鱈目な怪力を持っている訳でもないのに、その怪力を浴びて鍛えられた俺が怯まされた。
キヴォトス最高の神秘を持つ、とか黒服は言っていたな。それのせいか?
「どうだ先生。夜の砂漠、というのは話には聞いたことがあるだろうが存外に冷えるものだ。肌寒くは無いか?」
「暖房が効いているし布団もあるから大丈夫だけど……もう少し安全運転は出来ないかな?」
先生と対面したのは午前中。そこからずっとジープを走らせてはいるが、それでもまだアビドス高等学校には到着していない。
日が沈み気温も下がってきたが、俺は運転中に暖房を付けるのが嫌いだ。モワモワして気持ち悪くてな。
だからといって俺の好みに付き合わせて寒い思いを先生にさせるのは気が乗らない。
弱く暖房を付けた上で先生には常備している布団にひっくるまってもらっている。
対向車はいないが道中で根城を構えているだろうヘルメット団といった暴力組織に勘づかれないようにロービームよりも弱い光量で照らしているのだから、事故らないだけマシというものだ。
特別に改造してあるからこその弱々ライトだから照らせているのなんてほんの数メートル先くらいなもの。
これを普通のロービームやハイビームにして、近くにその手の暴力組織構成員でも潜んでいたら即襲撃食らうわ。
「残念ながらそりゃあ無理ってやつだ。諦めてしっかり掴まってな。口開くと舌噛むぞ」
「そんなあっさり無理なんて言わないでもう少しんぐぅっ!?」
ほぉら言わんこっちゃない。俺が言った矢先から舌を噛んでやがる。
悶絶している先生を尻目にカーナビへと視線を向ける。
俺が今装着しているメガネにはカメラが付いていて、俺の見ている光景をオペレーターであるユメの使用しているモニターへと転送して道案内をしてもらっている。
ユメはアビドス高等学校の元生徒会長であり、砂だらけで俺には区別が付かない場所も彼女なら迷いなく学校まで誘導してくれる。
彼女に依頼している仕事の内容を思い返していると、俺はあることを思い出した。
「ユメ。お前、また外出届け出さないでアビドス行っただろ」
『ぎくっ』
口でぎくって言う奴があるか。俺のツッコミ待ちなのでなかろうかと疑いたくなるくらい典型的な図星を突かれた反応が、車のスピーカー越しに聞こえた。
「別に外出するなとは言わないがせめて一声かけてくれよ。うちの一番人気なオペレーターなんだからさぁ。相談相手にユメご指名の依頼が舞い込んで大変だったんだぞ?」
『え、えぇと……それは……ごっ、ごめんなさい! ホシノちゃんに水族館デートに誘われちゃって、どうしても断れなくて!』
大方そんな理由だろうとは思っていたさ。ユメはホシノを可愛がっているし甘いからな。
それに俺がユメの立場だったら、俺もきっと同じことをしていただろう。
あのホシノが『ユメ先輩と水族館デート出来る!』なんて意気込んでいては、断らなければならなかったとしても断れまい。
ゲームやアニメで大人に対する強い不信感やユメへの後悔、それ等に付随するホシノの内面で渦巻く葛藤や苦悩といったものを見ている身としては、彼女がユメとのデートを楽しめるのを邪魔したくはない。
「デートも悪かないが、今度は修学旅行として行けたら良いな」
とはいえ、ユメが持つ夢ならばそれも少しは許されよう。
彼女はアビドス高等学校を立て直すことを諦めていない。生徒や住民が集まってきてくれることを今も夢見ている。
もしもその夢が叶ったのならば、2人きりのデートではなく友達と連れ立っての修学旅行というのも悪くは無いだろう。
『…うん!』
嬉しそうな声が聞けて俺も嬉しかった。
死んでいたかもしれない彼女が生きて、未来に希望を持って生きているのが嬉しかった。
「ッ!!」
その喜びは長くは続かない。
咄嗟にブレーキを踏む。慣性に従って肉体が前方へと強く引っ張られ、その力が無くなると反対に座席へと背中を叩き付けられる。
先生も慌てはしていたがシートベルトを着用して手すりを掴んでいたから何とか無事だった。
『……あれぇ?』
ユメの間抜けな声。
彼女は確かに土地勘はある。アビドス高等学校までの道案内を頼む相手としては適任だし、他に適任の者もいない。
ルート案内は間違っていないのだろう。
問題はそのルート上にどこからどう見てもヘルメット団の構成員と思われる、ヘルメットを被った武装集団がいる事だ。
「お、おい、あれって…もしかしてッ!?」
奴さん等も目の前に現れたジープに描かれている拳とその周りに走る亀裂のイラストを見て、この車が荒事屋のものだと察したらしい。ザワザワと騒ぎが大きくなる。
アクセルをふかして突っ込む、なんてことはしない。どういう原理かは不明だが、キヴォトス人は弾丸に対する高い耐性はあってもそれ以外は先生のような外の世界の人間と変わらない。
そんな相手にジープで突っ込んだらミンチより酷いことになる。そもそも生徒相手にそんなことをする気にもならないが。
「ユメ。ホシノにヘルメット団と遭遇した事と座標を送って援軍に来るよう頼んでくれ。先生はグローブボックスの下に潜って待機していろ、死にたくないだろ?」
アビドス高等学校に向かっているのは俺達だけ。
他の荒事屋構成員達は連邦生徒会長の失踪に時を同じくして発生した、矯正局から脱走した7囚人のうちの一人であるアケミの捜索に当たってくれているからこの場にはいない。
ユメの死亡を回避したことでホシノは夜更かしをあまりしなくなったが、彼女の身柄を俺達が確保して生存確認が出来るまでの間に彼女に掛かったストレスは軽度の入眠障害という形で残ってしまっている。
それを利用するような形で心は痛むが、それでも今は頼らざるを得ない。
運転席の背後に腕を回し、背もたれの後ろに取り付けていたサブマシンガンとショットガンを手に取る。
「俺が戻るまで鍵は開けるな。良いな?」
相手は武装集団で、荒事屋のことを知っている様子。
恐慌状態で銃を乱射する恐れもある。流れ弾一発でも下手な所に当たれば死にかねない先生は、俺の言葉にコクコクと頷いてくれていた。
『ホシノちゃんに連絡送りました! 直ぐに向かうそうです!』
普段のぽえぽえひぃん、とした感じでは無いしっかりとしたハリのあるユメの言葉。その内容は吉報であり、俺の口角が少し上がるのを感じた。
「了解。さぁて、少し暴れるとしますか」
車のキーを抜き取ると運転席から降り、施錠してサラシの中へと押し込む。どさくさに紛れてポケットを漁られて車を空けられる、なんてことを避けるためだ。
ショットガンをベルトの腰側にマウントし、屋根の上に乗せてある竹刀を手に取る。
ズッシリと重く、心地好い振り回し心地の竹刀。こういうのを持つと俺も男なんだなぁ、とつくづく思い知らされるよ。
どこかの新撰組副長も言っていた。
いくつになっても男子は刀を振り回すのが好きだろう、とね。
「やっぱりそうだ! 黒い特攻服に黒いロングスカート…やけに頑丈な竹刀もある! アイツが荒事屋の頭目…技巧のタイコだぁ!」
皆の頑張りの成果はしっかりと出ているようだ。顔も知らない相手に名前を把握されている。
ならば皆の頑張りに応えるだけの暴れっぷりを、ここは先生に見せ付けてやるとしようかね。