スケバン憑依おじさん 作:百合豚丼
栗浜タイコの第一印象
これを考えた時、小鳥遊ホシノの脳裏に浮かぶ文字は『最悪』の二文字だった。
「ねぇねぇ〜。これ、おじさんの手助け必要だったかなぁ?」
死んでもおかしくない状態から奇跡的に生還を果たしたものの後遺症が残り、環境や今後を踏まえた末にアビドス高等学校から去ったユメが身を寄せる組織 荒事屋。
そこの頭目であり、アビドス高等学校を目指す最中にホシノ達の悩みの種でもあるカタカタヘルメット団の小規模部隊と鉢合わせて壊滅へ追い込んでいた栗浜タイコは、ホシノの緩い口調で投げ掛けられた問い掛けに苦笑いを見せる。
「今回は俺一人って訳でもなかったからな。増援が来たとなれば守らなきゃいけない相手を守れないかもしれなかったし、念には念を…という奴だ」
顔を見る為には少し背中を逸らして見上げなければならない。
羨ましいよりも日常生活で不便しそうだなという感想を抱かせる高身長を誇るタイコは、数の暴力でも相手にならず敗走するカタカタヘルメット団の構成員を見送りながら答えた。
サングラスのせいで目付きは分からないが、その瞳が敗走するカタカタヘルメット団の身を案じていることは雰囲気で伝わってくる。
酷い怪我を負わせてしまってはいないだろうか、無事に拠点へ帰れるのであろうか、今後は大丈夫なのだろうか……
如何にもなスケバンスタイルをしておいてその心根が優しいと知っているホシノは、見た目と似合わない雰囲気についつい笑ってしまった。
「ん? どうした、人の顔を見て笑うなんて……ゴミでも付いているか?」
「ううん。タイコちゃんは優しいよなぁ、と思ってさぁ」
いきなりそんなことを言われたものだから何を言っているんだお前は、と言いたげな視線をタイコに向けられることになったがホシノは何処吹く風。
初対面の時は酷いことをした。言い分や目的も聞かずに風の噂で聞いた内容だけを信じて悪と決め付け、ユメの制止も振り切って襲いかかってしまった。
間が悪かったのもある。
その時はユメが折角集めた署名書類を燃やされたばかりであり、そこに荒事屋などという物騒な名前と噂を携えた集団とその首魁が現れたとなれば当時のホシノが襲い掛かり撃退を試みるのも無理の無い話だ。
「俺は俺の責務を果たしているだけに過ぎない。優しいとか厳しいとか、そういうのとは違うと思うんだが?」
「その責務ってやつを定められたのは、それこそタイコちゃんが優しいからでしょ? あんなに酷いことをして、酷いことを言っちゃったのに許してくれたしさ……」
過去のホシノにとって、タイコは最悪な人だった。
事前通達も無しに見た目も不良やチンピラ風な人達をゾロゾロと悪い噂と共に引っ提げて現れて、撃退を試みたホシノを受け止めた。
そこからはもう殴り合いだ。といってもホシノが一方的に殴り、タイコは捌くのに徹していたが。
言葉の暴力も浴びせた。要件も聞かずに『どこの企業に買われた』だの『目障り』等の聞くに耐えない罵声や非難を荒事屋に浴びせかけた。
間が悪かったとはいえ、最悪な噂と最悪な実績を併せ持つ集団とその首魁ともなれば、当時のホシノの第一印象が最悪の二文字なのは仕方の無いことでもある。
「許されない誤ちは確かにあるがホシノの誤ちはそれじゃなかった。何かを守る為に必死になれば、あるいは何かに取り憑かれたようにのめり込んでしまえば、見えるものも見えなくなるという至極当然のものだ。だから気にしない」
頭をふるふると左右に振りながら竹刀に付着した砂埃を振り払い、タイコは微笑む。
静かにしていようとも凶暴性を滲み出させている表情も笑顔となれば、歳不相応の包容感を感じさせる柔和なものとなる。
過去のホシノにおける第一印象が最悪なのであれば、現在のホシノにおける第一印象は最高になったのか。
否。依然としてタイコに対する第一印象は変わらず、最悪のままである。
「……キツイなぁ」
顔を伏せてホシノは呟く。丁度よく強めの風が吹いたお陰で、その声は誰にも聞こえない。
与えた苦痛も負わせた負傷もかなりのものだった。銃床での殴打や側頭部への回し蹴り、超至近距離での速射、それ以外にも様々な暴行と暴言を浴びせた。
それでもタイコは怒らなかった。怒ってくれなかった。
それどころか許しを求められた。抵抗した際に負わせた傷や与えた苦痛に対して、深々と頭を下げた。
『撃ち殺してくれて構わない』
彼女の言葉がしっかりと耳にこびり付いて離れない。
強がりでは無いのが真剣な声と気迫で伝わり、仮に撃ち殺されるとなってもそれを受け入れる覚悟が静かに瞼を閉じている表情から読み取れてしまった。
理解ができなかった。
暴行と暴言を浴びせた自分が謝罪するよりも先に、抵抗して苦痛を与えたことを謝罪された理由が分からなかった。
それだけでは無い。許せないのならば殺されても良いという覚悟を示せる理由も、そんな覚悟を見ず知らずのはずである自分に示せる理由も、何もかもが分からなかった。
「何か言ったか?」
「うん。タイコちゃんは優しいよなぁ、てね」
また同じことを……呆れた様子でそう言いつつも、嬉しそうな笑顔のタイコの姿に胸が痛む。
今でも理解は出来ていないが、取り敢えず納得はした。
荒事屋の面々や無事に救出したユメとやり取りする様子を見ていて感じた、タイコの底抜けの優しさ。
苦しめたのだから謝罪するのが当然
何をされても良いと覚悟するのが当然
殺されても文句を言えないのが当然
ホシノの立場から物事を見て、悪くないはずの自分が不当に傷付けられたことを受け入れ、ホシノの気持ちを優先して寄り添おうとしてくれる。
これが優しさでなければ何だ。彼女に取り入って何かを成そうとしているのだとしても、それならば近くに居るだけで感じる暖かい優しさは何だ。
自分が嫌いになる。元から大して好きではないが更に嫌いになる。
怒りに任せて罵倒してくれたらどれだけ気持ちが楽になるか。決してタイコがしないであろう行為を望んでしまうことも含め、ホシノは自分が惨めに思えて胸が痛む。
だから認識は変わらない。今も昔もホシノにとって、栗浜タイコという人物への印象は最悪のままである。
「アヤネちゃん達から話は聞いてるよ。後ろの車に先生が居るんだよね?」
話を進める。そうしなければ湧き上がる自己嫌悪が表に出てしまいそうだったから。
彼女の内面で感情がぐちゃぐちゃに入り乱れているのを感じ取っていたタイコも、それには何も触れずに頷く。
触れることを拒絶されたから。自分は苦しまなくてはならないと自分の首を絞めるホシノを、今のタイコは見守ることにしている。
「何事もなければ学校で会ってたんだろうけど、これも何かの縁ってね。おかえり、アビドス高等学校自治区に」
「ただいま。今回もよろしく頼むよ」
差し伸べられた小さいながらも力強い手に、大きくて深みのある手が重ねられた。