スケバン憑依おじさん 作:百合豚丼
計画の出だしは上手く行った。
アルバイトを終えて帰路に着いた黒見セリカを誘拐し、アビドス自治区郊外に拉致する。
その第一段階として睡眠効果のある煙をばら撒くガス式グレネードを投げた、そこまでは良かった。
「カイザーめ。分かってはいたが、随分と巫山戯た真似をしてくれたな」
予期せぬ乱入者にして、雇い主が最大限の注意をしろと警告していた存在、栗浜タイコが乱入してくるまでは。
いきなり投げ込まれたガス式グレネードに困惑して固まっているセリカの前にいつの間にか現れた彼女は、手に持っていた竹刀でグレネードを投げ込んできた相手に向けて弾き飛ばす。
先のアビドス高等学校襲撃の際にかなりの数の構成員を取り込まれたカタカタヘルメット団は、その欠員分を雇い主の企業に所属するオートマタ兵士で穴埋めしている。
カタカタヘルメット団はガスマスクを、オートマタ兵士はそもそもガスが効かない為弾き返されても何ら問題は無かったが、それ以上の問題が自分達の前に仁王立っていた。
「まだ年若い子供だぞ。そんな子供を相手にガス式グレネードを用い、誘拐を試みるなど言語道断等と言う脆弱な四文字で片付けられる行為では無い」
何時にも増して低く、威圧感を帯びた声で怒りを顕にしながらタイコは誘拐実行班を睨み付ける。
どうしてここに居るのか、そんな抱いて当然の疑問をセリカは問い掛けられない。
数時間前には軽口を交わし合った相手の放つ怒りに気圧され、言葉が出ない。
「どっ、どうして、ここにt」
セリカの疑問を代弁してくれた気の利くオートマタ兵士は、その言葉を最後まで言い終えることなく機能停止を迎える。
人間で言う頭部に該当する部位に投擲された竹刀が鍔付近まで深々と突き刺さっており、マニュピレータが握っていたアサルトライフルを地面に落として膝から崩れ落ちた。
「オートマタ共は皆殺しだ。安心しろ、丁寧に破壊して再利用も出来ないくらいに立派なスクラップに生まれ変わらせてやるからよ」
柄頭にチェーンフックで接続している鎖が引っ張られて引き抜かれた竹刀をキャッチしたタイコの目は、深淵を思わせるドス黒い闇に呑まれていた。
全身を精密機械によって構成されているオートマタ兵士にとって、彼女の発言は死刑宣告に等しいもの。
高度な人工知能が搭載され人間で言う感情に相当する思考回路を有しているせいで兵士同士の間で動揺が広がり、兵士であるはずのオートマタが動揺しているせいでカタカタヘルメット団にもその動揺が伝播してしまう。
危険な噂が付きまとう人物が自分達の目の前で、明らかに怒り心頭であることも動揺をより強いモノにしていた。
「セリカ。先生を呼べ」
「…え?」
タイコの口から『先生』という単語が飛び出し、セリカの目が丸くなる。
何故今、先生という単語を口にしたのか分からない。
タイコならこれくらい容易く蹴散らせるだろうに、そんな疑問が彼女の脳内を駆け巡る。
「俺は今、どうしようもなく腹が立っている。お前を狙おうとしたこのガラクタ兵共と、コイツらの上に立つ肥え太ったガラクタの親玉に対して苛立って仕方が無い。これから大暴れをするが、それにお前を巻き込みかねない」
寄る辺を失い、失った者同士で寄り集まって懸命に生きているカタカタヘルメット団を金と物資で唆し、慕われているかは兎も角従えているオートマタ兵士を差し向けたカイザーPMCの頂点に対する怒りは苛烈にして強烈にして激烈なるモノ。
胸の奥底から全身を焼き焦がすような激しい怒りを宿しながらも、あまりに激しいがあまりに返って冷静になっている僅かな一部分でタイコは自分の現状を分析していた。
そして、怒りに任せて暴れるせいでセリカを巻き込みかねないという可能性を導き出す。
「俺が暴れて、お前を巻き込めば命の保証は無い。死にたくないなら先生を頼れ。アレは色々と情けない面もあるが俺の認めた立派な大人だ」
あの先生が、立派な大人?
頼りない困ったような笑いばっかり浮かべて、弾丸の1発でも食らえば死にかねない脆弱な肉体で、いきなり現れて自分たちを助けようだなんて今更過ぎる態度を見せるアレが、立派な大人?
「……嫌よ。私も戦う」
頼れるとは思えない。実力のあるタイコが立派だと言おうとも、セリカは信じられない。
自分が襲われたという事実にもようやく理解が追い付き、その事実に対する怒りも込み上げる。
シンシアリティのセーフティを解除し、トリガーに指をかける。
私だって戦える。態度でそう示したセリカの目の前で、タイコは突然地面を強く踏み鳴らした。
「ッ!?」
靴底に鉄板を仕込んでいるブーツを履いているならまだしも、ただのサンダルを履いている人物が鳴らしたとは思えないズダァンッ!!!!という静かな夜を引き裂く轟音。
踏み付けられた舗装されている地面も悲惨なものだ。
「この力がいきなりお前に牙を剥くかもしれない状態で、戦えると?」
ここまでされれば理解する。理解をさせられる。
言葉にして伝えていないだけで、タイコは『足手まといになるから逃げろ』と言っているのだと。
確かにこの力を向けられたとなれば、そこそこ場慣れしているセリカとて無事では済まされないだろう。
そう思ってしまったが最後、燃え上がっていたはずの怒りと闘争心は冷水を被せられたかのように消し去られてしまっていた。
「……分かったわ。タイコさんが言うんだから頼ってみる。だけど勘違いはしないでよ! 私はまだあの人を認めた訳じゃないから!」
典型的なツンデレセリフを吐いてもそれを指摘する余裕がタイコには無い。
先制攻撃によって怯ませたカタカタヘルメット団・カイザーPMC所属オートマタ兵士連合軍を威圧し、セリカが撤退する時間を稼ぐことで手一杯だ。
気を緩めれば、今にも怒りで我を忘れて飛びかかってしまいそうだった。
だから彼女は歯を食いしばり、暴れる感情を押さえ込み、端的でありながら強い強制力を持つ言葉を選んで放つ。
「さっさと行け! 邪魔だ!」
普段の彼女なら生徒相手に吐かない暴言。
だからこそ効果がある。セリカは対策委員会のグループトークに『襲撃されて攫われそうになった』『タイコが食い止めてくれている』『先生を頼れと言われた』と3回に分けてメッセージを送り、自分の為に怒り狂っているタイコに背を向けて走り出した。
「ターゲットが逃げるぞ! 絶対に逃がすな!」
「足でも頭でもいいから撃って止めないと!」
気圧されていた連合軍も当初の目的である黒見セリカ誘拐を思い出し、そのターゲットが逃走を開始する姿で我に返る。
逃がしてなるものか。
カタカタヘルメット団 残存構成員のうち約3割にあたる250名
オートマタ兵士 総勢約750機
戦闘車両や戦車 約68両
総数1000に匹敵する物量で押し掛けておきながらターゲットに逃げられたとなれば、それは一生モノの笑い草だ。
各々が得物を構え、逃走するセリカに狙いを定めようとしたが、それをタイコは決して許さない。
「テメェ等ぁぁぁぁぁぁ!! 撃鉄を起こせェェェェェッ!!!!」
己の喉を張り裂かんばかりの大咆哮が連合軍を再度怯ませる。
生身の人間が放ったとは思えないその咆哮は、この襲撃を予見していたタイコが潜ませていた頼れる仲間達への号令。
寒く乾いた夜のアビドスに集結した連合軍を、空から浴びせられる真っ白の眩い光が照らし出した。
「うっ!? な、なんだこの光は!」
大咆哮によって怯まされ、そこに眩い光をもろに浴びせられた連合軍は完全に停止してしまっている。
何が起きているのか理解に時間を要し、理解に至らせた音がプロペラの回転音であると最初の一人が把握するのには実に数十秒を要した。
「せっ、戦闘ヘリコプター!?」
機体側面に拳とその周囲に走る亀裂のロゴが描かれたガトリング砲装備の戦闘ヘリコプターが、連合軍に向けて砲口を向けている。
それも1機だけではない。4機、5機、6機と、次第にその数を増していく。
「うわっ!?」「あぶねっ!」「銃が!!」
カタカタヘルメット団構成員は次々と浴びせられる弾丸が足元や握っている銃に着弾し、身動きを著しく制限されてしまう。
狙撃を行ったのは戦闘ヘリコプターに気を取られている間にタイコの背後に集結した、漆黒の特攻服やロングスカートを身に纏い武装した少女達の集団。
セリカ誘拐を目論んだ連合軍の前方に、タイコ率いる巨大暴力組織が立ち塞がっていた。
「カタカタヘルメット団構成員を抑えろ。弾丸は当てるな、威嚇して動けなくすれば良い。オートマタは俺が全てリサイクルも出来ないくらい徹底的に、ゴミとしてしか機能しない屑鉄に作り替えるから手を出すな」
何処か安全な場所で様子を伺っているであろう気に食わないガラクタの首魁に対する怒りは、ソイツが差し向けたガラクタの寄せ集めを己の手で1つ残らず殲滅しなければ気が済まなかった。
カタカタヘルメット団を唆したことも、いい加減我慢の限界である。
そこにセリカ誘拐未遂が加わり、遂にタイコが我慢の限界を迎えた。
「カイザアァァァァァァッ!!!! 戦争だァァァァァァァァァァァァッ!!!!」
己の放ったその一言が、タイコに残されていた最後の理性を断ち切る。
同時に荒事屋構成員達による牽制用の弾幕が放たれ、カタカタヘルメット団の身動きを封じると同時にオートマタ兵士と分断。
再利用不可能なまでに破壊するという死刑宣告を受けた兵士達の軍隊に、怒り狂ったタイコが突撃。
軽量ながらも頑丈な素材で作られたはずのオートマタ兵士が粉砕されて宙を舞ったのは、彼女が軍隊に突撃して僅か数秒後の話であった……