スケバン憑依おじさん 作:百合豚丼
スケバンおじさん in キヴォトス
俺のミスだった。
近所に住む方々に迷惑をかけてしまうとはいえ、だ。コンクリートの地面に頭を叩きつけて『俺は地球よりツエェ!』とかアホなことを叫ぶ酔っ払い奇行上司なんて放っておけば良かった。
普通考えて分かるだろ、人間が地球より強いわけないじゃないか。コンクリートを頭突きで割れる訳ないじゃないか。
テレビや動画でレンガを叩き割る人を見ることはあっても、パンチや打撃と頭突きでは打った側の受けるダメージや危険性なんて比較にもならない。
ただでさえ喧しく騒いでいたというのにそんなことをして死なれでもしたら、それこそ迷惑の度合いは遥かに跳ね上がっていただろう。
それでも、放置して自分だけ帰るという選択肢を取るべきだった。そうしていれば車に撥ねられるなんてこともなかったのに。
「……首いてぇ」
目を覚ます。住んでいた人達が消えて大分経っているように見える一軒家のリビングで、どうやら座り込んだ姿勢のまま寝落ちしてしまったらしい。
寒空の下、近道が出来るとでも思ったのか住宅街を爆走してきた車に俺は撥ね飛ばされている…はずだ。宙を舞った記憶がある。
なら、今の身を置いている状況は何だ。撥ねられた拍子に民家へ転がり込んだか、それとも死にかけている俺が見ている夢幻か。
「……はァ」
夢であれ現実離れした現実であれ、今の俺にはすることがない。溜息を吐いて立ち上がる。
ともなれば現状を把握するしかないのだが、昨夜の俺が寝落ちしたせいで把握も儘ならなかった。
目覚めた時点で全く見覚えの無い家のリビングに大の字で転がっている、なんて異常事態も異常事態なのに昨夜の俺は現実逃避がしたくて眠ってしまった。
「コレがある時点で普通じゃないんだがな……」
ボヤきながら手に取ったのは銃。それもサブマシンガン。目覚めた時、俺はこの銃のグリップを握って倒れていた。
日本ではエアガンやモデルガンなら手に入るが、手に取った時の感触はそれ等の所謂『似せて作られた』銃とは異なる冷たい質感を帯びていた。
海外に行って実銃を手にした経験があったりはしないのに、それでも分かった。握っていたこの銃は本物の銃であり、容易く人を殺せる代物なのだと。
それでいて、持つことに不思議と抵抗感は無い。むしろ持っているのが当然とでも言うべき、しっくりとする感覚すらある。
マガジンを見れば残弾もそれなりにある。素人でどれだけ精密に撃てるかは分からないが、少なくとも護身用の武器としては必要以上の火力は手に入った。
「ここ、どこだ?」
泥棒のようで罪悪感は湧いたが、軽く家の中を探索もした。
締め切られたカーテンを開けようかとも思ったが、近隣に住む方々に見つかって空き巣と疑われるのは避けたかったから開けない。
電気も止まっているらしく壁のスイッチを押しても点かなかった。
車に跳ね飛ばされた勢いで誰かの家に飛び込んでしまったのかとも思ったが、壁や窓を突き破った痕跡はない。
跳ね飛ばされて死にかけになりつつも助けを求めて転がり込んだのかとも思い玄関を見る。靴の類は1足もなく、下駄箱も空っぽ。
空き家ではないかと考えるに至る要素としては十分だ。
車で撥ねられた場所は割と家の近くでありその近辺で空き家があるという話は聞いていない。
以上のことから、俺は撥ねられた地点とは別の場所に誰かによって移動させられた可能性を考え始めた。
タンスの中も見たが、印鑑や通帳といった貴重品の類は持ち出されている。
夜逃げでもしたのか既に空き巣が荒らしたのか、収納家具は軒並み開け放たれていた。
そんな話も近所では聞いていない。やはり、ここは俺の知らない場所と考える方が自然に思える。
(気味が悪いな……)
陽の光が差し込まない暗闇の中、開け放たれて中身が乱雑に引き抜かれた収納家具が鎮座する光景は言い表しようのない恐ろしさを醸し出している。
中から怨霊的なものが長い黒髪を床に擦らせながら這い出て来る……ホラーものではありがちな描写を想像してしまい、背中に寒気が走る。
起こりにくいとは思いつつも、撥ねられたと思ったら見ず知らずの空き家の中で寝ているという異常事態が
払拭し切れない恐怖を少しでも誤魔化す為に、目に付く開きっぱなしの収納家具を片っ端から閉めた。
タンスやロッカー、床下収納、キッチンのラック、その他の収納家具全てを見て回り、空いているものを片っ端から閉める。
単純ながらもかなりの労力と手間を有する行為であり、終えるのにはそこそこ時間を使った。
絶妙な恐ろしさとそれを払拭する為の奮闘は多少の発汗を促して、終わった頃には俺の体はじっとりと汗ばんでいた。
熱の篭った体を少しでも冷ますために、着用しているスーツの襟元を軽く開こうとして腕を胸の前で動かしたことで、初めて気付く。
「なんだ、コレ?」
胸元に、なにか付いている。柔らかくてそこそこ大きい膨らみが2つ、くっ付いている。
おかしい。俺の来ていたスーツにはこんなものは付いていない。普通のビジネススーツであり、決して女性の胸を想起させるような柔らかくて膨らんだパーツは付いていない。
それに、俺は男だ。男にこんな胸は無い。
肥満体質の人なら胸にも贅肉が付いて盛り上がりこそするものの、スーツを押し上げる程の強力な主張は出来ない。
事実を並べ立ててみても、俺の手が掴んでいる胸部の異質な膨らみを否定するには至らなかった。
確かにある。柔らかい膨らみが2つ、胸部に、下着とは質感の異なる布1枚を隔てて存在している。
触れている手からの感触と、俺の手に掴まれている胸部の膨らみからの『触れられている』という感覚も共に存在している。
「……俺、どうなっているんだ?」
思えば声も男の声ではない。低くはあるが女性の声だ。
目覚めたててのうちは気付いてすらいなかったし、家の中を探索している際に放っていた独り言も状況を把握するのに注意を向けていたから気に止めていなかった。
自然と手が動いてズボンのポケットを探す。普段からスマホをズボンのポケットにしまっているから、習慣付いた無意識な動きだったのだろう。
「…んんん?」
おかしい。ズボンの触り心地がおかしい。
やけにヒラヒラしている。意識する余裕もなかったのか、歩く度にズボンが全体的にユッサユッサと揺れる。
それでいて股下はやけに開放感があってスースーする。
肉体も、声も、姿も、何もかもがおかしい。
頭が混乱しそうになるのを必死に抑える。深呼吸をし、冷静になれと自分に言い聞かせる。
何も混乱しそうになったのは1度や2度ではない。無駄に40年近く生きてきたのだ、混乱しかける場面に遭遇したことは何度もある。
それ等と比べても異質さでいえば今回の件が遥かに勝るが、それでも似た経験を何度もしているのだと思い出して落ち着かせる。
買い物中に親を見失う
宿題の範囲を間違える
部活の先輩に理不尽に怒られる
上司に不当な扱いをされる
初めて利用する渋谷駅
幼少期から成人して以降、例を挙げればキリのない混乱しかけた経験を思い出すことで無理矢理に自分を落ち着かせる。
深く深く息を吐く。無意識のうちにタバコを求め、前方を開け放っている上着のポケットをまさぐっていた手を止めた。
この上着もやけに丈が長く、スーツでは無いことは確かだ。どちらかと言えば昔のヤンキーが着ているイメージのある特攻服の方が形としては近いかもしれない。
そうなると……このやけにヒラヒラスースーするズボンの代わりに着用しているものは、元スケバンの姉が持っていたロングスカートに近いのでは?
「はァ……俺、どうなってんだ?」
特攻服を羽織り、ロングスカートを着て、サブマシンガン片手に、空き家をウロウロして、存在しないはずのおっぱいを揉み、男口調で喋る女性が、頭を抱えている。
絵面の情報量が多すぎる。無○空処を食らった相手の気持ちがほんのひとかけら程度理解出来たような気がする。
とりあえず、今気になるのは俺の容姿だ。
大きい鏡が必要だが、幸いにも空き家内部を探索する過程で目処は付いている。
見知らぬ家の間取りに理解が及ぶようになる奇妙な経験に変な苦笑いを浮かべながら、俺は目当ての場所へと至る。
「……」
玄関だ。
外へ出るための扉の横に大きな鏡がある。外出前に容姿を確認するのに最適な、目の前に立つ人間の頭からつま先まで全身を映し出すことが出来る。
その大きな鏡を視認した途端、俺の足は止まった。
興味が無いといえば嘘になる。容姿が悪かった俺は悲しいことに色恋沙汰とは無縁であり、女性の肉体に触れる機会もなければマジマジと見つめる機会にも恵まれなかった。
そんな俺が、女性になっているかもしれない。
それも今のご時世に特攻服とロングスカートを着用したゴリッゴリのスケバンスタイルな、壊滅的な見た目をしている女性かもしれない。
「怖っ…」
色々な意味で怖い。なんかもう、とにかく怖い。
ホラー映画の各所に散りばめられた観る者を驚かせる為の演出に対して今か今かと待ち構える時に似た恐怖がある。
とはいえ、怖いとはいえ、だ。
ここで足踏みしていた所で何も変わりはしない。
勇気を振り絞る。
自分の姿を見る為に勇気を振り絞る。なんでさ。
「……ッ!!」
こうなればヤケだと、俺は走った。
大して距離のない玄関を走って、一気に大きな鏡の前へと肉体を移動させていた。
頭は伏せていたのだが、視界の端にチラリと見える鏡には俺の足元が映し出されている。
やはりロングスカートを履いている。所々が破けた、黒一色なロングスカート。
履いている靴は近所の靴店でも見ることがある穴ぽこだらけの有り触れたサンダル。こちらも同じく黒一色。
スカートからサンダルまでの間にチラリと見える足は、成人男性のものにしては華奢に見える。
諦めて認めよう。俺は何故か知らんが女になっている。
服装もまるで違うし、なによりこの胸から伝わる重みが『オメェ男じゃねぇから!』と強烈に訴えかけてくる。
「……はっ。諦めちまうと、なんともないものだな」
諦められたとなると、自然と気持ちは軽くなった。
ドラマ等で計画が失敗して追い詰められた敵役が笑うのは、きっとこういう心境になるからなのだろう。
頭は簡単に上がり、鏡を真正面から見つめさせてくれる。
女だ。俺の目の前にある鏡の中には見慣れた中年男性の姿はなく、偉くべっぴんな女性がいた。
それを見ても驚きの声は出ない。諦めていたからなのか、慌ても混乱もなくその女性を観察することが出来た。
「これはまた……腹の冷えそうな格好だな」
胸を外気と隔てているのはブラジャーではなくサラシだ。下着と触り心地が異なるのもこれなら納得出来る。
羽織っている上着もやはりというか特攻服だ。これもまた真っ黒であり、ポケットには愛煙しているタバコの箱が入っていた。
顔立ちはかなりの美少女だ。街中ですれ違ったらつい目で追ってしまいそうな……んんんんんん?
「……おいおい」
おかしい。見覚えがある。
この顔、とても見覚えがある。熱中していたゲームに登場するキャラクターにそっくりだ。
かなり長めのポニーテールやサブマシンガンを片手に持っている姿、その他にも
「これ……スケバン……だよな?」
現実は小説より奇なり、という言葉があるがまさにその通りだ。
車に撥ね飛ばされた冴えない中年男性の俺は、あろうことか大好きだったスマホアプリ『ブルーアーカイブ』の世界に迷い込んでしまったらしい。
それも、モブキャラであるスケバンに憑依する形で。
唖然とする