スケバン憑依おじさん 作:百合豚丼
これでええんか俺!? ええんやな!? ほんまか工藤!?
いやぁ……恥ずかしいったらありゃしないね。
まさか散々追っかけ回してはロケットランチャーばかすか撃ち込んで来た相手の言葉で、傷付くのではなく嬉し泣きさせられるとは。
いや、追跡される時点で普通ではないのだ。そこにロケットランチャーが加わることもおかしいのだ。
なんだ、俺はジル・バレンタインでアケミはネメシスか。ムキムキとロケットランチャーしか合致点が無いぞ。ヨースターを侵食するなCAPC〇M。
「という訳でな…俺は見た目こそ少女だが、中身は良い年したジジイなんだ」
俺みたいな冴えない中年のおっさんに賞賛をくれた相手に、自分のことを偽りたくはなかった。何も知らないアケミを騙すように思えてしまって、そんな不誠実なことは出来なかった。
だから気絶から復活するのを待って、全てを打ち明けた。俺がこの世界の住人ではないことも、見た目は少女でも中身がおっさんだということも。
俺の事を知ってもらいたいという思いもあったし、起き抜けに処理に困る情報を一挙に押し付ければ闘志が再燃するのを阻止出来るかもしれないから。
流石にこの世界がブルーアーカイブというゲームの世界なのだということは言っていない。
「えぇと? つまり貴女は元男性で? 酔っ払い上司が近所迷惑な言動をしているのを止めようとして車に撥ねられて? それが可憐凶暴系フェイスの美少女になって? ん? んんん?」
混乱させるのもそうだけど、こんな頭の上に?乱立させているアケミにこれ以上の混乱要素を投入出来ないって……可哀想じゃないか。
ほぼ洗いざらいぶち撒けた荒唐無稽な話を、アケミは下らないと切り捨てるどころか興味津々といった具合で聞いてくれた。
若い子がイヤイヤそうではなく話を聞いてくれるとなると、やけに多弁になるのは歳食った奴なら何となく理解してくれるんじゃないだろうか。
聞いた話をアケミは彼女なりに理解しようとしてくれているが、それにも時間がかかりそうだ。
あぐらの俺に対して綺麗に正座をして悩み込む姿も大変絵になっている。やはりお嬢様、トリニティ総合学園在籍説が有力か……なに? トリニティにはゴリラ2人もいるの?
「ぶへっ」
「な、なにを!?」
失礼な思考に走った己を殴る。アケミはその奇行にビクッと体を震わせていた。可愛い。
「いや、気にしないでくれ。中年にもなると余計な思考に走りやすくて困るな」
アケミからは俺を襲おうという意志を感じない。追われている間は俺の方にも余裕がなかったとはいえ、生徒相手にそれはもう大変失礼な発言や思考を走らせた。
情けない。先生失格だ。そんな己を懲らしめるためのセルフ鉄拳制裁である。
「まだまだ気になることはありますが、取り敢えずは納得しましょう。現実は小説より奇なり、とも言いますし」
納得するんかい。脳みそ柔軟すぎるでしょうよ。
文句はないんだが少し不安になる。こんな突拍子もない話をすんなりと受け入れられてしまうと、詐欺とかその手の話に騙されるんじゃないかと思ってしまう。
老婆心と言うやつだろうか。男だけど。
いや、今は女か。少なくとも肉体は。
とにかく、俺が心は男性なのだと理解して貰えた。
そうなれば、次にやることは決まっている。
「……本当に、申し訳ないッ!!」
あぐらから正座に姿勢を組み替え、頭を思い切りコンクリートの地面に叩き付けながら謝罪した。
目の前がボロボロの灰色一色になり、叩き付けた額が切れて流れ出た血液による赤の差し色が加わる。
アケミの姿は見えないが、何となく雰囲気でギョッとしているのは伝わってきた。
「美人だの一目惚れだのとセクハラ発言をし、あまつさえ同意なく肉体に触れてしまった! さぞ不愉快だったはず……本当に申し訳ないッ!!!!」
俺の心が男性だと理解してくれたとなれば、出会ってから今に至るまでの過程で俺の行った行為に不快感を抱くはず。
同意無しに中年のおっさんに触れられるなんて、花の女子高生には耐え難い苦痛だろう。娘なんて居なかったらよく分からないが。
アケミがオロオロしているのを感じる。いきなり謝罪をされたらそれはそれで迷惑だろうが、俺に対して敬意と賞賛をくれた彼女に対して不誠実で居たくはなかった。
「……気にしていませんわ。その、確かに貴女が男性の心をお持ちになっていると聞いた時は少しザワザワとしましたけれど…嬉しかったですし」
肩に触れられて、彼女は確かに嬉しかったと言ってくれた。
優しい子だ。こんな中年のおっさん相手に褒めてくれるどころか気を遣ってくれるなんて。
これは頭を上げる以外に選択肢はない。まだ自分のことは許し切れていないが、それで己を責め続けてはアケミの気遣いを無駄にすることになる。
「謝罪は確かに受け入れました。それで貴女は……そういえば、お名前は何とお呼びすれば良いのでしょうか?」
俺の前世の名前はあまりにも男男しいものだ。
マコトやイオリといった男性にも使用される名前の生徒もいるにはいるが、俺の場合はとち狂っても女性に付けられる名前ではない。
大五郎だぞ、ダイゴロウ。間違っても女子高生が名乗る名前じゃないって。
「……タイコ。俺のことはタイコと呼んでくれ」
ダイゴロウから濁点を取り外し、ロウを外す。決してコズミック・イラのジャンク屋に恨みがある訳では無い。
憑依元となったこの肉体の元持ち主の記憶が残っていればその名前をお借りしようと思っていたが、大五郎という人物が入り込んだせいなのか記憶が残っていなかった。
ちなみに、ダイゴロウをもじってタイコにしようと思ったのにはモチーフとなる人物がいる。
知り合いの婆ちゃんにたい子おばあちゃんという人がいた。腰は曲がっているが常にニコニコしていて、たるんだほっぺたがモチモチしていて可愛いおばあちゃんだった。
あの婆ちゃんも最後は認知症になって施設に入ったっけか……夕刊で訃報を聞いた時は悲しくなったものだ。
「タイコ…フフっ、可愛らしいお名前ですわ。では苗字は?」
名前はどうにかなった。問題は苗字だ。
車に撥ね飛ばされた衝撃のせいなのか、苗字だけが思い出せない。
名前の元ネタになったたい子おばあちゃんも苗字は知らない。ずっとたい子おばあちゃんと呼んでいたせいだ。
「……すまん。苗字を思い出せない」
「何故謝るんですか。なら、ここは私の苗字を差し上げますわ」
少し呆れているとも見えるため息を吐きながらアケミが放ったその一言に、俺は一瞬だが心臓をギュッと抱き締められるような緊張感的なものを感じた。
この子、自分の発言の意味分かっているのか?
ある種のプロポーズになっているのが分かっているのか?
そんな疑問と同時に湧き上がったいたずらごころが、俺にとんでもない返しを口走らせる。
「……ここは末永くよろしくお願いします、と言うべきか?」
「何を………あっ」
お気づきになりましたか
俺の言葉に疑問符を浮かべていたアケミの顔がみるみるうちに真っ赤になり、顔を右手で隠しながら左手をブンブン振っている。
「ちがっ、違います! そんな意図は決して! けっけけけ結婚のような意図は断じて……結婚!?」
自分の発言でよりアケミは慌て始める。
凄いよな、こんなムキムキでも物凄く可愛く見えるのだから。思わず抱き締めたくなるが、こんなに慌てている彼女に抱き着こうものならぶっ飛ばされかねない。
静観を決め込み、特攻服のポケットに入っているタバコの箱を取り出す。
父親がよく吸っていたこともあり俺も愛煙していたアメリカンスピリットの箱。ブルーアーカイブという少女たちが主役の作品において、あまりにも不似合いで存在してはならないもの。
「…俺みたいなもの、か」
肉体は少女だが、中には少女とはかけ離れた存在が詰まっている。
あまり表舞台に立つべきではないのかもしれない。少女たちの群像青春劇に、無駄に歳を重ねただけの俺に入る余地は無い。
そう思うと長年の付き合いであるこのタバコが俺の理解者のように思えてきて、妙な可愛らしさを感じた。
意味もなく箱を軽く小突いて、ポケットにしまう。吸うことは無くても肌身離さず持っていよう、そう思った。
「ゴホンッ……失礼、取り乱してしまいましたわ」
アケミが咳払いをした。声はまだかすかに震えているが取り敢えずは落ち着いてくれたらしい。
「こちらも悪かった。あまりに素敵な提案だったからつい、いたずらごころが発動してしまってな」
「お茶目な方ですわね……苗字を差し上げるということは、血の繋がりこそないとはいえ私とタイコさんは義姉妹の契りを交わすことになります。それでも宜しければ」
断るはずもあるまい。せっかくアケミが善意で俺の名前に関する問題を解決してくれているのだ。
その善意を無駄にはしたくない。からかってしまった罪悪感もあるしな。
「こちらとしてもアケミの苗字を貰えるだけではなく、お前と姉妹になれるのであれば嬉しい限りだよ。頼れる姉が居ると心強いし、心細くないからな」
苗字を貰い義姉妹の契りを交わす。それだけの待遇をするに足ると認めてもらえているのがたまらなく嬉しい。声が弾んでいるのが分かる。
アケミも嬉しそうだ。可愛らしい微笑みが、今の俺には頼もしさも併せ持っているように見える。
「これで私とタイコは姉妹です。何かあれば私を頼るように。1人で抱え込むのは許しませんわよ?」
「そっちこそ、エリザベスの弁償不要とか言い出さないでくれよ? 壊してしまった手前、弁償はさせて欲しい」
俺が弁償について言い出すとアケミは途端に表情を曇らせた。
妹である俺に金銭的負担を与えたくない、というのが顔に書いてある。
「……その目だと、不要だと言っても聞きませんわね。ならばその代わり、1つわがままを聞いてくださる?」
断るはずも無い。彼女のお願いに頷くと、逞しい指が俺の特攻服のポケットを指さした。
「私、タバコというものを初めて見ましたわ。未成年である以上吸いはしませんが……1本、貰っても宜しいかしら?」
「あまり未成年にタバコ渡すのは気分良いものじゃないんだがなぁ……それにアケミは俺の姉なんだ。ちょうだい、じゃなくて寄越せ、で良いんだよ。1本だけだぞ?」
箱から1本だけタバコを取り出すと、それをアケミへ渡す。
受け取ったアケミは興味深そうにタバコを一頻り眺めると、不意に口へと咥えた。
実はライターやマッチの類を持ち合わせていて吸うつもりなんじゃ……そんな不安を抱かせるスムーズな動きだったが、彼女は吸わないと言ったのだ。それを信じよう。
「どう? 似合っていますか?」
筋骨隆々な肉体にも、お嬢様を思わせる美麗な顔付きも、どちらもタバコと良く似合っている。くたびれたおっさんがプカプカ吹かすより余程様になっていた。
「おっさんが思わず妬けっちまうくらいには似合ってるよ。全く……今どきの若い子っては色々と恐ろしいねぇ」
「あら、今の物言いは失礼ですけどかなりジジくさいですよ?」
「だから言ったろ? 俺ァジジイなんだよ」
軽口を交わせるのも楽しいし嬉しい。
俺もタバコを取り出すと口に咥え、マッチに火を付ける。
火の揺れ具合から風向きを探ると、火はアケミの背後から流れてくる風に揺られて俺の方へと傾いてきた。
彼女に背を向け、マッチに灯る火をタバコの先に押し当てて着火。
息を吸うのに合わせて実に不健康な紫煙を口の中へと吸い込むと、背中を冷やしてくる風に乗せてフゥっと吹き出す。
「エリザベスの弁償なんだが、その為に一つ頼みたいことがある。良いか?」
「無論です。私たちは姉妹なのですから遠慮なく姉を頼りなさい」
いきなりワガママを言おうとしているってのに、アケミは深い懐で受け入れてくれた。
俺は表舞台に立つべき人間ではない。未成年の肉体でタバコを吸ったのも、その決意の表れみたいなものだ。
中身が野郎で喫煙した生徒なんて、ブルーアーカイブの血と硝煙の匂いがしようとも青く澄み渡った世界には必要ない。
でも、だからといって自殺なんて出来やしない。この肉体は借り物で、俺のものでは無い。
返す目処も立っていない今、俺に出来ることは死なずに居ること。表舞台に立たず静かに、ひっそりと生きること。
この肉体の元持ち主と同じくスケバンになった子達、それに相当する冷遇に甘んじるしかない子達を救うこと。
その為にも、俺には力が必要だ。
「俺を鍛えてくれ」
彼女のような怪力と筋肉を誇る人物に頼むのはあまりにも自殺行為じみているが、俺にはそれくらいの努力が要る。
俺の言葉に、アケミは頬をぼんやりと赤く染めながら嬉しそうに頷いてくれた。
そして獰猛な笑みを浮かべて、グッと握り込んだ岩石を思わせる右手を俺へと伸ばしてきた。
「容赦は致しませんわ。徹底的に、愛を込めて鍛えてあげます」
「望むところだ」
その拳に、俺も拳をコツンと当てた。