スケバン憑依おじさん 作:百合豚丼
「タイコさ〜ん! 今日もお疲れ様でした〜!」
ぐぃ〜っと椅子の背もたれに背中を預け、大きく伸びをしながら梔子ユメは頭部に装着していたヘッドセットを首へと下ろす。
数時間に渡る座り作業で首と腰に少し痛みはあるが、それは首を軽く回して腰を自ら揉むことでかなり改善される。
首と腰の痛みへの対処を終えると、後ろに立っている自分たちの頭目であるタイコへ振り返りながら声を掛けた。
ここはキヴォトスのどこかにある荒事屋の本拠地。
アビドス砂漠で遭難して脱水症状を引き起こし死んでいてもおかしくない状況だった彼女は、タイコ率いる荒事屋に助けられて一命を取り留めた。
それ以来、彼女は荒事屋に所属して依頼人の相手をするオペレーターを務めている。
「ユメもお疲れ様。今日もありがとうな」
アビドス高等学校の復興を夢見てネフティスと取り引きをし、その融資を受けるために遠く離れた銀行に向かおうとして、その結末が脱水症状で死にかけた。
笑えない話だ。歩行機能障害が後遺症として残り、自分がどれだけ無茶な事をしようとしたのか1年近く経過した今でも痛烈に突き付けてくる。
相当な迷惑を掛けた。目を覚ました時には後輩である小鳥遊ホシノに本気で頬を引っ張られ、無事で良かったと怒りながらも強く抱き締められて泣き付かれた。
タイコも泣かせてしまった。ジッと見つめられるだけで自然と背筋が伸びるような鋭い目付きが無事を喜ぶ涙で潤む様子は、自分に強く抱き着くホシノの姿と共にユメの脳裏にしっかりと焼き付いている。
「車椅子生活は慣れたか?」
「もちろん! 最初は少し戸惑ったけど、慣れると凄い便利なの! ありがとうね!」
歩行機能障害を抱えるユメの為に荒事屋は資金を出し合い、ミレニアムサイエンススクールから最先端の車椅子を取り寄せた。
段差の乗り越えや平行移動が可能であり、長時間の使用を見越してサスペンションを備えた電動車椅子。
全ての操作を片腕で完結できるコントロールスティックも握りやすく且つ滑りにくい材質で作られており、車椅子生活は快適そのものである。
普段使いでは無理をしない限りそう簡単に壊れたりはしない作りにはなっているが、銃撃に耐える頑丈さはない。
以前のように盾を構えて表立って戦闘に参加することは出来ないが、ユメは今の生活に大満足していた。
「あ、ユメさん! もう上がりの時間ですよね? これから前に話した飲食店でご飯でもどうです? タイコさんの奢りで!」
「金無いって言ったろ? 俺は奢らねぇぞ」
見た目は怖い子が多いが荒事屋の構成員達は皆、タイコの学園に居られなくなった生徒を1人も見捨てないという意思に賛同して行動を共にしている心優しい子ばかりだ。
中には最初こそ初対面の時のホシノのように突き放すような態度をとる生徒もいたが、それも周りの学友同士に似つつもそれ以上に固い結束の雰囲気にじわじわと取り込まれていった。
自分達を統括する存在に対して馴れ馴れしいとも取れる荒事屋構成員の態度に、タイコは腕組みをして片眉を吊り上がらせるが怒っている様子はない。
怒っているのならば、その口元のニヤケは場違いも良いところである。
「えぇ〜? でも昨日は奢ったって聞きましたよ?」
「それはアイツが彼女と上手く行かなくて悩んでいるって言うからだなぁ」
「え? 略奪? 略奪します? しちゃいます!?」
「張り倒すぞおどれぇ!」
上下関係を感じさせない近い距離感でじゃれ合う荒事屋構成員とタイコの姿が、ユメには眩しく見える。
いつかホシノに向けて伝えた言葉を思い出していた。
嘘や疑念や暴力。これ等が当たり前になってしまったら、自分自身を見失ってしまうことになる。
この言葉を間違いだとは思っていない。心優しいユメにとってこれは曲げられないものである。
だからといって、それ等を頭ごなしに否定する事も今の彼女には難しいものだった。
「たわけた事を言う口はこの口か! あぁん!!」
「ひっ、いひゃいれすいひゃいれすぅ!」
口に両手の親指を突っ込まれ、残りの指で頬を挟み込んでグイグイとタイコに引っ張られている荒事屋構成員は痛いと言いつつも笑っている。
痛めつけられることを喜ぶ特殊な体質な訳でも無く、嫌がれば即座に殺されるような独裁体制に怯えている訳でもない。
タイコとじゃれ合うことを心の奥底から楽しんでいるのが、引っ張られているせいで不自然に歪められている笑顔からユメは感じ取ることが出来た。
「ったく。巫山戯た事を抜かす暇があるなら勉強しろ。お前、そろそろテスト近いんだろ? ここで良い点とって学校のヤツらに胸張ってやれ」
パッと手を離したタイコも笑っている。
誰かを虐げたことを喜んでいるのではなく、構成員を自分の立場や力に従っているのだと判断して見下しているのでもない。
自分と接してくれる構成員が年相応の女子として相応しい和気藹々とした姿を見せてくれていることを、タイコもまた心の奥底から喜んでいるのがユメにも感じ取れた。
お互いがお互いと共にあることを喜んでいる。その喜びを生み出しているのは、常態化すると己を見失うと思っていた暴力だ。
暴力はいけないことだという認識も変わらない。だがその行為に込められている理由によっては、一概に暴力も『いけないこと』と一刀両断してはいけないのかもしれないと思い始めていた。
「テスト受かったら焼肉奢ってくださいねぇ!」
「全教科で85点以上取らないと奢らないからなぁ!」
最初の出会いは確かに暴力に起因するものが大半を占める荒事屋だが、この組織の中に流れる空気は恐怖や苦痛とは正反対の温かみと思いやりに溢れる心地よいものだ。
傷の舐め合いと言われてしまえばそれまでだが、同じ傷を持つもの同士が寄り合って、慰め合うことが悪い事だとは思わない。
同じ傷を持つものがこれ以上増えてしまわないように立ち向かうことも、悪いことだとは思えない。
何事においても過剰も不足もあってはならない、必要なのは適量であることなのだと、ユメは荒事屋のナビゲーターを務めるようになって痛感する機会に多く恵まれた。
「アイツ、ちゃんとテスト受かるんだろうな……夜中遅くまで勉強してアルバイトまでして、これで報われないってなったら」
「ふふっ♪」
じゃれていた構成員が見えなくなるまでは頭目として振舞っていたタイコも、相手が見えなくなると途端に心配そうに眉間に皺を寄せる。
とてつもなく強い彼女が見せる心配そうな顔と心配する言葉は、普段の彼女らしからぬ弱々しさを帯びていた。
それが似合っていなくてユメは笑ってしまった。
「何笑ってんだぁ? 頭グリグリしてやろうか、おぉん?」
してやろうか、と言いつつ既にタイコの拳はユメの頭を挟み込んでいる。
いつの間に、なんて驚く間もなく頭が拳で圧迫される。グリグリとねじりを加えられると手の骨がゴリゴリと擦れ、凄まじい激痛を産んだ。
「いだだだだだだだ!! ごめっ、ごめんなさぁい! 悪気はなかったのぉ! 似合わないなって思ったらつい!」
「俺が人様の心配して何が悪いってんだァ!?」
「ひぃぃぃん!!」
荒事屋の雰囲気は温かみと思いやりに溢れる心地よいものだし、構成員の皆もタイコも良くしてくれるから大好きだ。
でもタイコはあまり怒らせないようにしよう。
頭をグリグリされて泣き目になりながら、ユメは固く心に誓った。