苦しみの中にも希望はあるのだと信じて   作:ヒナまつり

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プロローグ 初めての死闘

 

 僕はこの世界の中では恵まれていたのだろう。

 

 だって、父さんも母さんも妹も生きていて、隠者と遭遇したこともないのだから。

 

 まぁ、確かに知り合いの軍人さんや近所に住んでいた人が次の日には見かけることがなくなることは多々あったんだけども。

 

 だけど、僕にとっては隠者による被害なんて物が身近に起きるなんて考えたこともなかった。

 

 だから、僕は"愚者"なのだろう。

 

 そして、あの日…ある隠者の襲撃に僕たちの集落は滅んだのだ。

 

 僕はその出来事に気がつくのが遅かったのだろう。

 

 目を覚ましたときには既に父さんと母さんに連れられて妹と避難していたのだから。

 

 そして、あちこちから漂う肉の焼けたひどい匂いと、助けてと叫ぶ声が次々と聞こえてくる。

 

 僕はそれがとても現実だとは思えなかった。

 

 だって…昨日あんなに元気だった子の首が地面に落ちていたんだ。それもとっても苦しそうに泣いている顔で。

 

 これは悪夢なんだ…。だから、もう覚めてほしいと…何度もそう思った。

 

 そして、必死になって家族皆で逃げていた時に運悪く原因である隠者と会ってしまったのだ。

 

 そいつは─美しかった。人型でありながら人ではないと直感できるほどに。

 

 そうやって見惚れていたらそいつの瞳は星空のように青く煌めいて、そして何かが飛んできた。

 

 それはゆっくりとゆっくりと飛んできたかと思うと僕の目の前まで来た。

 

 そして、僕に触れそうになった瞬間…父さんが僕を守るように押し退けた。

 

 父さんは必死にそれを氷を生み出して当たらないようにしたのにそれら全て焼き溶け、そのまま父さんを焼いていく。

 

 でも、僕と妹は動けなかった。父さんが隣で悲鳴を挙げながら燃え尽きたのに、そいつを見続けていたんだ。

 

 何故か分からない。でも、その時はそれが当たり前に感じて、父さんが死んだのに涙も出なかった。

 

 そして、唯一動けた母さんは僕たちの手を引っ張ってそいつを視界にいれないように走り出した。

 

 僕はそれが惜しく感じて抗おうとした。でも、母さんの声が聞こえたんだ。

 

 「エフィー…お願いだから、今だけはお母さんだけを信じて…?」

 

 そうやって涙を堪えながら微笑む母さんは必死に、僕たちを守るために走る。

 

 それに、やっと僕は何処かイカれちゃったことに気がついた。

 

 そして、父さんを喪ったのになにも感じれない気持ち悪さが胸を埋め尽くす。

 

 だけど、今は母さんの迷惑にならないように必死に足を動かす。

 

 だけど…そいつは追い付いて来たんだ。まるでご馳走を目にした餓えた狼のように。

 

 そして、そいつは笑いながら小鳥のような美しい声で僕に向かって叫んだ。

 

 「あはは!見つけたわ、フール!早く一緒になりましょ!」

 

 フール…それが何を指しているのか当時の僕には分からなかった。

 

 でも、そいつの狙いが僕だってことだけは分かったんだ。

 

 僕はそれが何処か恐ろしく、そして嬉しかったんだと思う。

 

 そして、僕を手にかけようと手を振り上げた隠者に母さんは僕を守るために飛び掛かった。

 

 紅鏡人である母さんはこの集落では一番強いんだ。だから…アイツに殺されることはないって…思っていた。

 

 でも、母さんの太陽の力に反作用するように、辺り一帯に吹雪が発生した。

 

 そんな白い景色の中、真っ赤な血を撒き散らしながらポロっと転がる母さんの片手と苦痛に叫ぶ母さんの姿が僕の目に写った。

 

 「嫌だ、嫌だよ」

 

 そんな、弱気な声が僕の口から漏れて、縋るように母さんの元へ走ろうとしてしまう。

 

 その姿に気がついた母さんは今までにない表情で叫んだ。

 

 「エフィー!ユフィを連れて逃げて!お母さんはエフィーならユフィを守れるって信じてるからね!」

 

 その言葉にハッとした。そうだ…僕はお兄ちゃんだから、ユフィを守らなきゃいけないんだって。

 

 だから、母さんの言葉に従って母さんの方に行きたがるユフィを抱えてボヤけた視界で遠くへ遠くへ走る。

 

 「いやぁ!お母さん!お兄ちゃん…お母さんが─」

 

 でも、そう泣き叫ぶユフィの言葉で…僕は母さんがやっぱり殺されちゃったことを理解した。

 

 アイツが許せない、そしてなによりもなにも出来なかった僕を許せない。

 

 そんな気持ちが僕の思考を埋め尽くして…止まらない雫とともに流れ出る。

 

 でも、そんな感傷に浸る時間はなくて…あの声忌々しい声が聞こえる距離になってしまったんだ。

 

 僕は必死に走った。足がちぎれちゃいそうな程に。

 

 でも、一向にあの声は遠ざからない。なんなら徐々に近づいてきている…これじゃあ追い付かれちゃう。

 

 だから、僕も母さんのようにするしかないって思ったんだ。

 

 「ユフィ…お兄ちゃんの言うこと聞いてね。このまま、ユフィは一人であっちに走るんだ。そして、こっちを振り返っちゃダメだよ。分かった?」

 

 「分かんない!分かんないもん!お兄ちゃんが一緒じゃなきゃイヤ!」

 

 駄々をこねるユフィの頭を撫でながら小指を差し出す。

 

 「ユフィ、お兄ちゃんは絶対後で追い付くから…ね?約束!」

 

 「ほんと?嘘じゃない?」

 

 縋るように僕の袖を掴むユフィの視線に合わせて僕はユフィへ初めてで最後の嘘をついた。

 

 「うん、本当だよ。お兄ちゃんを信じて!」

 

 そして、指切りを済ませてユフィは泣きながら森のさらに奥の方まで走っていく。

 

 悪いことをしちゃったなと罪悪感と殺される恐怖で潤む目を拭い、腰にあるナイフを取り出す。

 

 まさか、使うことになるとは思っても見なかった。でも、せめて父さんと母さんの復讐をしてやりたかった。

 

 そして、数刻も経たない内にそいつはやってきた。

 

 そいつは、血に濡れながらも微笑み、僕を眺めてくる。

 

 「フール…酷いじゃない、二度も私を置いて逃げちゃうなんて!」

 

 「何を言ってるのか分かんない!僕はフールじゃなくてエフィーだ!」

 

 感情を高ぶさせながら、訳の分かんないことを叫ぶそいつは僕を直ぐに襲う気はないみたいだ。

 

 そして、僕は唯一そいつに対抗できる可能性のある異能を起動させた。

 

 「愚者よ!新たな旅路に幸運を!」

 

 頭がスッキリとする感覚と共に周囲の全てが光輝いて見え、全能感のような高揚が僕を襲う。

 

 思わずにやけてしまう頬と共にこれまでのそいつが行った攻撃から、そいつの力を考える。

 

 まず、そいつは雪人の集落を焼いた。そして、父さんの凍らす力も父さん自体も青い炎で焼いた。

 

 でも、母さんの太陽を纏い攻撃するスキルには炎ではなく雪などを操っていた。

 

 そして、殺すことを楽しんでいるわけでも…救済のために殺しているわけでもない。

 

 その上、そいつが狙うのが愚者の異能を持った僕…。

 

 ─もしかしたら…逆転の隠者?

 

 それなら、氷や雪を操る雪人を燃やすのも…太陽を纏う紅鏡人の攻撃で雪が舞うのも理解できる。

 

 そして、愚者である僕を狙うのだって逆転させて賢者として力を奪うため…と考えれる。

 

 だけど、これじゃあまだ確証は出来ない。

 

 よし、一つ試してみよう。

 

 「ふぅ…ねぇ、君は何で僕を狙うの?」

 

 雪を練る手と太陽を纏う手を隠しながら時間を稼ぐ。

 

 それに、もしこれに答えてくれるなら…力も分かるかもしれない。

 

 「ふふっ、何で…でしょうねぇ?でも残念、教えてあげないわ。ただ、私に身を任せてくれたらその身体に教え込んであげる」

 

 白い肌を朱く染めながら、にこやかと笑い僕を抱きしめようと近づいてくる。

 

 僕はその身体に触れないように両方の力をそいつにぶつける。

 

 その瞬間、そいつの両手が雪と太陽を纏った─それも、僕と真逆で。

 

 ははっ!分かった…こいつの力!やっぱりこいつは逆転の隠者だ!

 

 それも、常時発動の!

 

 「あら、抵抗するのね?しょうがない子ね?フール!」

 

 そして、そいつの力と僕の力がぶつかり合い相殺する。

 

 …生け捕りにするために力を押さえてるのか?まぁ…いい。

 

 もし、逆転が僕が行うことの全て反応するなら…回復することがそいつを傷つける唯一の方法で僕にとっては一番簡単な物だ。

 

 だから先ず、動きに影響がない手のひらをナイフで傷つける。

 

 そして、その傷を燦爛と輝く太陽に向ける。

 

 その瞬間、僕の手のひらの傷は日の光に包まれ、再生していく。

 

 それを困惑した様子で眺めていたそいつの手のひらが─ポロポロと破壊された。

 

 「フール!貴方まさか、私の力に気がついたの?!」

 

 破壊された手のひらの痛みに叫びながら、憎らしく僕を睨むそいつは動揺し、美しい顔が台無しになっている。

 

 「うん…それに、なんで僕を狙うのかも気がついた。だから…もうお前は死ね!」

 

 僕は自分の心臓へナイフを突き刺す。

 

 コポコポと流れ出る血と熱い痛み、そして一度死ぬという恐怖は想像よりも恐ろしかった。

 

 どんどんと寒くなり、少しずつ全ての感覚が喪われ…ピントが合わなくなる。

 

 そして、目の前が真っ暗になった時に…少しの幸福感が与えられた。

 

 だが、急速にその身体は再生される。

 

 幸福感は消え去り、鋭い痛みがまた戻り感覚が少しずつ戻ってくる。

 

 キモチワルい…生き返りがこんな悪影響があるとは思わなかった。

 

 愚者の唯一の異質な力がこんな風に役立つとは…。

 

 まぁいい、とりあえず…疲れた。

 

 燃えていく集落を眺めながら、僕は大樹へ背を預ける。

 

 目の前の心臓から血を流して倒れているそいつが胞子のようになり空へ消えていく。

 

 隠者を倒したという実感と様々な物を失ってしまった喪失感がグルグルと僕の心を蝕む。

 

 そして、流れ出す涙と嗚咽を誰にもバレないように顔を膝に埋める。

 

 風に靡く木々のさざめきと遠くから聞こえる重厚な足音に安心した僕は力が抜ける感覚と共に倒れた─。

 

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