プロローグ1
「…俺たちの生きている間に出来ることは知れている。……だから、託していかねばな……先の者がやってくれる」
「……相変わらず……甘いな……フフ……お前は……いつも…楽観的だった」
十尾を抜かれ地に伏すマダラと、膝を突き側に佇む柱間。いずれも黄泉の迎えを待つ身の二人が今に至り、終ぞ割ることの叶わなかった腹を見せ合い語り合う両名の間にあるのは諦観か、後悔か、はたまた別の感情か、ゆっくりと口を開き言葉を交わす。
「だが……それが正しい……のかもしれんな」
「オレの夢は……ついえた。だが、お前の夢は……まだつながって……いる」
死の際に自身の道を肯定する友に何を思うのか、既に生き絶えた過去の遺物である己と友に、もはや先に立つ後悔などあるわけもない。
「……急ぎすぎたな……オレ達は届かなくても良かったのだ。後ろを着いて来て託せる者を育てておくことが大切だった」
二代目、三代目、四代目、そして自身の孫である五代目、そして里の衆。何代にも紡がれし火の意志を絶やすことなく受け継ぎ道を繋いだ己の意志は、あの日──友と決別した瞬間より、誓っていた。
───里を守ることが何より人を……忍びを子供を守ることになるとオレは今でも信じる…!
【オレはいつの日か、国は関係なく忍びが協力し合い助け合い、心が一つとなる日が来ると夢見ている】
五影会談で口にした、正しく言葉通りの夢物語。それを実現するには我が身のなんと儚きことか。なれば生き急ぐのか、其の夢の為に走るのか。時代を先へ進めるのか。
託すのだ。見守るのだ。既に枯れ落ち朽ちてゆく、自身の想いを新たな青葉の養分として、木の葉という大樹を育むのだ。里の子を、家族を。
故にこそ。
────ですから、先生。
どこの誰とも知れぬ、この声が。
────私が信じられる大人である、あなたになら。
里の子であろうとなかろうと。
────この捻じれて歪んだ先の終着点とは、また別の結果を……。
火の、水の、雷の、風の、土の……はたまた別の意志であろうと。
────そこへ繋がる選択肢は……きっと見つかるはずです。
平和を望む、言の葉ならば。
────だから先生、どうか……。
オレは────────
……い。
「……ん……んん……」
「先生。起きてください」
耳を突く女性の鋭い声色に意識を覚醒させる男。何か長い夢───夢物語や、穢土転生の記憶といった意味合いではなくて──を見ていたような、不明瞭な思考を整えてぼやける視界で周囲を見渡す。大凡見覚えもなく、忍の里という雰囲気も感じられず、さていったい今度は何処に転生されたのか、などと考えてしまうのは二度も穢土転生を経験すれば致し方のない話なのだろう。我が弟の術ながらこうも穢土転生としての経験を積むと、あの大蛇丸とかいう若僧の言っていた「作るべきではなかった」という言葉が耳に刺さって仕方ない。
「……少々待っていてくださいと言いましたのに、お疲れだったみたいですね。なかなか起きないほど熟睡されるとは」
「む?…オレは、寝ておったのか?」
「はい、それはもう随分と」
「そ、そうか。それはすまんかったの」
「……いえ、私の方こそ失礼いたしました。キヴォトス外よりの遠征、随分な長旅だったことでしょう。お疲れ様です」
どこか白い目で自身を見つめる、おそらく年下の少女に何処か肩身の狭さを覚えて軽く謝罪を行うと、気を遣わせた肩身の狭さを覚えるのはどうやら彼方も同じようで、謝罪と労いの言葉が返ってくる。
「さて……貴様がオレを呼んだ術者で間違いないかの」
「じゅ、術者?えっと……まぁ、はい、そうですね。私たちが貴方をここに呼び出しました。厳密には、連邦生徒会長、ですが……」
私たちが、や、キヴォトスが、や、連邦生徒会長、など色々と引っかかる点は覚えるものの、まず警戒することには相手の目的。自身を黄泉から呼び出すなど、というか蘇ったのが自分じゃなくてもこの術の用途など基本碌でもないことに変わりはない。正面に立つ少女の見た目に情を割かないわけでもないが、忍としてそこはとうに割り切っており───と、彼の弟ならばそうするか、はたまたもっと残虐な手段に出るかもしれないが、そこは何度も何度も肉親に釘を刺されるほどの甘さを持つ千手柱間。サスケをうちはの子として庇い立てた彼の心は、穢土転生された身でなお穏やかに、術者と予想される少女の言葉を待っていた。
「ふむ……それで、目的は何ぞ?」
「……随分と飲み込みが早いようで助かります。そこも踏まえて、着いてきていただけますか?道中説明しますので」
そう言って背中を見せ場を後にする少女に少し違和感を覚える。というのも、ここに現れてからずっと術者との繋がり───穢土転生体への縛りや楔などを覚えず、尚且つ今までの穢土転生にない肉体の活力を覚えるのだ。それこそ生身であるかのように。そんな状態で"千手柱間"を放置する輩などいるはずもない。
ならばと言って実は正面の術者が実は凄腕の忍であることを視野に入れ感知してみれば、結論から言えばそんなことは無かったのだが別の違和感を覚える。チャクラを感知するどころか、欠片すらチャクラの残存を感知できなかったのだ。
「(……どういうことぞ?…隙だらけだの、演技でも油断でもなく。そも忍ですら無さそうだ。まるで戦を知らぬ里の幼子よ)」
「どうされました?先生」
「……あぁいや、すまん、行くか」
今ならば目の前の術者の少女を一人消すことなどわけないが、果たしてここは火の国か、はたまた別の何処か、場所もわからなければ目的も分からない。もしかすると前回のようにマダラが復活した、などの緊急を要する件かもしれず、取り敢えず拳を収める。何よりも、憶測で年端もいかぬ少女を手にかけることはないだろうと、一先ずは流れに身を任せるのであった。
あったのだが。
「………はぁ〜、圧巻ぞ」
「あの、先生?どうされました?」
腰を上げ、数歩あるいて足を運ぶ、というか釣られるのは少女の背中ではなくガラス張りの外の景色。見るからに分かる木造ではない色とりどりの建造物。街中にある、細長く広い長方形の板にはまるで其の中に生きているかのように巨大な人が映り、不可思議な形をした箱が、白線の敷かれた灰色の道を走っていた。
「……また随分と先の世に呼び出されたようだの」
「先の世…?」
「オレの時代には当然だが、見覚えのないものばかりよ。いやしかし、道行く者達が楽しそうで何よりだ!笑顔に溢れておる。良い里だな、ここは」
そう、色々言語化も難しい衝撃があったのは事実だが、何より柱間が感じたのは人の幸である。そういった時代に長く生きていたため人の機敏にはそれなりに聡い自覚があるが、この景色を見て一眼で分かる。何処か疲れたような顔の……獣人?も、よく分からない小型の板を覗き込む……傀儡?のような何かも、祭りで見るような屋台?か何かの前で長蛇の列を作る少女達も、皆が戦争を知らぬ顔つきだ。
柱間の生ける時代には幼子であったとしても人の死や肉親との死別、戦争を経験し、何処か光を失い鋭さを帯びた目をしていた。里を設立し大規模な抗争がなくなった後も、小さい紛争や小競り合いが無くなったわけでもなく、時折そういった瞳のものを見かけたものだが、今彼の目に映るのは───やはり人によりその色は変わるものの───何も知らない純粋な瞳の数々。これがどの規模のものか、この里にだけある理想郷なのか、はたまた忍界全てがこうであるかは定かではないが───その光景に少しばかり目が奪われていた。
「…里、というのが何を意味するのかは分かりませんが、賞賛と受け取っておきます」
「うむ、ここがどの里か、引いてはどの国かは分からぬが……良い為政者、影であろうな」
「……えぇ、本当に、素晴らしい方です」
為政者、と聞いて脳裏に一人の人物をよぎらせる少女が、顔に暗い影を落とす。そんな彼女の顔色から事情を察し少しばかり言葉を間違えたかと後悔の念を募らせていた。
「……あまり尋ねん方が良いか」
「…いえ、知ってもらわねば始まりませんので。……ここ、キヴォトスは幾千の学園が集まってできた巨大な学園都市です」
少し俯いていた顔を上げ返事を返し、そのまま現状を語りながら窓ガラスの前に立つ男の傍まで歩いていく。
「("がくえんとし"……
「そして、連邦生徒会……キヴォトスの行政を担う中央組織ですね、そこの最高責任者が──」
「…先ほど言った、"れんぽうせいとかいちょう"、とやらか」
「……えぇ、ですが、現在連邦生徒会長は行方不明となっております」
「……里の長が失踪か、一大事ぞ」
彼女の言葉に穏やかではない思考を巡らせる。暗殺や拉致、単純に考えるとその線が妥当であり、やはりいつの世も争いは消えぬものかと街の光景を眺めていると───
「…ぬ?なんぞ!?」
「……あぁ、またですか」
先ほどまでの平和な光景とは打って変わって街中で爆発が起こる。どうやらヘルメットを被った───おそらく、少女達が群れを成して街中を荒らし回っていた。
「まぁ、アレくらいなら良くある小競り合いなので……」
「(……最初は感動さえ覚えたものだが……見かけに寄らず、現世も随分と荒々しいようだの)」
「さて、まぁ現在ご覧になった通り、連邦生徒会長の失踪に伴い問題が山積みになっておりまして……その問題を解決するために先生をお呼びしました」
「……そう言えば、先ほどからオレのことを先生、と───」
「……それを含め、"今度こそ"場所を移しましょう。道中話しますので」
「う、うむ」
メガネをクイと上げる所作に忍の神が悪寒を覚え、窓ガラスから離れ──ようとして、足を止める。今度は何だとため息を隠さず少女が男に顔を向けると、窓ガラスに映った自身の顔を見て固まっていた。
「……先生、まだなにか?」
「………貴様、穢土転生という言葉に聞き覚えは?」
「えど、てんせい?……いえ、特には」
「……そうか。……いや、何でもない。待たせて悪かったの。行こう」
穢土転生体ではない。窓ガラスに映る自身の瞳を見つめて自覚する。思えばおかしいところばかりであった。術者、という言葉に引っかかったり、里、という言葉が通じなかったり、街中を見渡しても忍の装いの者が一人もいなかったり───何より。
「……すみません、連邦生徒会長がお選びになった方ですので、紙面で名前等は把握しておりますが、詳しいことは何も知らないのです………───ハシラマ先生のことは」
───自分で言うのもなんだが、
「(これは、術としての、ではなく言葉通りの"輪廻転生"というわけか?……いや、オレの姿は変わっていないからそういうわけではないのか……?……六道仙人の話では、オレとマダラはアシュラとインドラの魂の転生体と言っておった。仮にナルトとサスケがその因縁を断ち切ったのだと考えて……輪廻の輪に何か影響を及ぼした、とか………いや憶測の域を出んな、いったいこれは……)」
「あの、大丈夫ですか?先生。先ほどから様子が……」
「……いや、すまぬ。環境の変化にちと戸惑っておった」
「なるほど。やはりキヴォトスは外とは随分と様相が違うのですか?」
「あぁ、と言っても、オレが世界を知らぬだけかもしれんが……」
自身を謎の力で運ぶ金属の塊にもはや驚く気力もなく、ただ為すがまま"えれべーたー"とやらに身を任せる。外の景色がどんどんと遠のいていき地面を歩く人影が点になる頃、チンと音が鳴り軽い浮遊感を覚え扉が開く。どうやら目的地に着いたらしい。
「ハシラマ先生、つきま───「ちょっと待って!代行!見つけた、待ってたわよ!」……」
目的の階に着くや否や鼓膜を突く大きな声に驚いたように目を見開く柱間と、対照的に面倒臭いという感情を隠しもしないリン。
「………うん?隣の大人の方は?」
「ぬ?オレか?オレは……はは、新鮮だの。名を名乗るなど」
「……ええと」
「む、すまん。千手柱間だ。ここ、きゔぉとす、とやらとは別の場所から来た。よろしくの!」
「あ、えと、ご親切にどうも……早瀬ユウカです……じゃなくて!!」
人当たりの良さそうな雰囲気と声色に気圧され思わず差し出された手を握り返し弱々しく返事を返したユウカが頭を振って意識を切り替えリンに詰め寄る。
「こんな状況で連邦生徒会長は何をやってるの!今すぐ会わせて!!」
「ふむ、ユウカとやら、しかしその連邦生徒会長とやらは今失踪中との話ぞ」
「え?」
「…そうなのですか?首席行政官」
「……えぇ、正直に言いますと行方不明となりました。結論から言うと『サンクトゥムタワー』の最終管理者がいなくなったため、今の連邦生徒会は行政制御権を失った状態です」
ユウカの背後から声を上げる、黒衣の女性の声に応えるようにリンが言葉を返すと、生徒達が一様に緊張した面持ちとなる。新たに出てきた"さんくとぅむたわー"など、やはり知らない用語の羅列が飛び込んでくるが、行政制御権、など言葉から察する深刻な被害が現れているに違いないだろうと分からないなりに柱間は一人状況を理解しようとしていた。
「認証を迂回できる方法を探していましたが……先ほどまで、そのような方法は見つかっていませんでした」
「それでは、今は方法があるということですか?首席行政官」
「はい、この先生こそがフィクサーになってくれるはずです」
「ぬ?オレか?」
腕を組んで自分なりに頭を捻っていたところ、唐突に自身が問題解決の鍵であると指名され、眉間の皺をほぐし何処か気の抜けたような顔で驚く柱間。
「えっと、ハシラマ先生、でいいのかしら。それで、結局この人はいったい何なの?」
「はい、こちらのハシラマ先生は、これからキヴォトスの先生として働く方であり連邦生徒会長が特別に指名した人物です」
「ぬ?そうなのか?オレが先生として働く、と?」
「……あの、そのハシラマ先生自身が疑問を呈されているようなのですが、首席行政官」
「………の、予定です。今のところ」
「そうか……いや、すまんな話の腰を折って、続けてくれ」
連邦生徒会長とやらに呼ばれた、と言うのは───そもそも連邦生徒会長とやらが誰か全く心当たりがないことは置いておくとして───ここまでの話で分かっていたが、先生とさっきから呼ばれていた訳までは聞かされておらず、いきなり職につけと言われリンの言葉に少々驚き返事をした瞬間、右も左も分からない男性に事情も説明せず仕事を割り振ろうとした首席行政官という図が出来上がり全員から白い目を向けられるリン。小さく咳をして話を続ける。
「コホン。……ハシラマ先生は、連邦生徒会長の設立したある部活の顧問を担当していただきます。その名を、連邦捜査部シャーレ」
「連邦捜査部、しゃーれ──……取り敢えず何かしらの組織の長に就くというわけだな?」
「はい、その認識で構いません。……シャーレとは、単なる部活ではなく一種の超法規的機関。連邦組織のため、キヴォトスに存在するすべての学園の生徒たちを制限なく加入させることも可能で、各学園の自治区で、制約無しに戦闘活動を行うことも可能です」
「え、えぇ!?何その危ない組織!大丈夫なの!?ソレ!」
「……いったい、何を考えて連邦生徒会長はそのような組織を…」
風紀と書かれた赤い腕章の目立つ少女が尤もな疑問を口にするが、連邦生徒会長の意図はリンにも図りかねるようで、その疑問に回答することなく話は続く。
「それは定かではありませんが………」
「ふむ、リンよ。問題解決、とは言ったが具体的にはオレはその"しゃーれ"とやらでいったい何をする」
「……シャーレは、権限だけはありますが目標のない組織なので特に何かをやらなきゃいけない、と言う強制力はありませんが───」
「遠慮するな、話してみろ」
一瞬言い淀むリンの、僅かな機敏に反応して割り込むように口を開く柱間。真面目で、そして何処か穏やかな顔に一瞬迷ったように視線を泳がせた後に観念して言葉を続けるリン。
「……現在、私たちは連邦生徒会長を探すのに全力を尽くしているためキヴォトスの各地で起きる問題に対応できるほどの余力がありません」
「ふむ」
「しかし、今も連邦生徒会に寄せられてくるあらゆる苦情……支援物資の要請、環境改善、落第生への特別授業、部の支援要請など……」
「ソレらをオレの、延いてはシャーレの手で解決してほしい、とな」
「首席行政官、それは…」
「ちょ、ちょっとあんまりじゃない!?この人、右も左も分からないって感じだし……そ、そもそも、信用できるのか怪しいし……」
リンの言葉に戸惑いを覚える一行。ソレもそうだろう、言ってしまえば、どこの誰とも分からぬ馬の骨に『連邦生徒会長が指名した』というただ一点のあるかも分からぬ信頼の楔だけを信じてその身に余る権限を付与し、連邦生徒会でも処理できない問題の山を押し付けようと言うのだから。
ユウカ並びにここに集う生徒達が困惑した顔で両者を眺める。無理難題を押し付けられたキヴォトス外の先生とやらは、不満に思っているのか真剣な顔つきでリンを眺め、その視線に居心地の悪さを覚えているのか少し顔を歪める首席行政官。
そうして時間が過ぎること十数秒、膠着した場をほぐすように柱間が口を開く。
「なぁ、リンよ。何故オレにその仕事を頼む」
「それは……連邦生徒会長の信頼した大人ですので……」
「…言い方が悪かったな。何故投げ出さん。子ども一人の身には有り余る責任と非難の嵐。そこまでして何故"キヴォトス"の為に奔走する」
「それは……」
非難の嵐、と聞いてばつが悪そうに表情を歪めるユウカ達。
「連邦生徒会長、とやらが失踪し随分と経つようだが、ユウカ達の様子を見るにその事実を公表はしなかったようだの」
「……公表するにしても、今ではありません。先ず混乱を鎮めなければ、新たに火種を投下するだけですので」
「いや違う、公表して投げ出せば良かったのだ。全ては連邦生徒会長の責任だと押し付け、お前が背負う必要はなかった。勿論、役職や周囲の視線が枷となり、仕事から逃げることなど出来なかった、と言えばそれまでだがな」
「……それは」
「リンよ。お前は何故背負う」
先ほどまで疑いの目を向けられていた男の、先生と呼ばれる所以を───別に本職が教師というわけではないのだが───垣間見る生徒達が、柱間とリンを交互に見つめる。リンは何処か戸惑ったように口を開き、閉じて、そんなことを繰り返し、ゆっくりと語り始める。
「……勿論、首席行政官という立場がありますから、今更責任逃れなどできようはずもありません」
「うむ」
「………そして、私もキヴォトスにおける一生徒ですので、キヴォトスの平和を願う気持ちも当然持ち合わせております」
「………うむ」
「───そして、それ以上に、連邦生徒会長の残したモノを守りたいのです。所詮私は彼女の代行で──……彼女の代わり足り得ないとしても、出来る範囲での努力は惜しまないつもりです」
「首席行政官……」
「……えっと、その……」
「分かった。受けよう、その『シャーレの先生』とやらを」
俯くリン、それを眺めるばつの悪そうな生徒達が一斉に顔を柱間へ向ける。先ほどまでの緊張感のある面持ちはどこへ行ったのか、そこには大人の余裕を感じさせる和やかな表情の男が皆を優しい目で見つめていた。
「良い志だ、リンよ。すまぬな、試すような真似をして」
そう口にして目の前の少女に初めて見せる、警戒心のかけらもない里の子へ、家族へ向ける情の念。『彼女の残したモノを守りたい』その言葉に込められた、確かに活ける連邦生徒会長の意志。自身の語った、後ろをついて来て託せる者を育てる───そんな、火の意志を継いだ青葉を『シャーレの先生』として愛でる。それは何とも、死した我が身に過ぎた幸福ではないか。
「里の子を、家族を育む。……今の、連邦生徒会長を慕うお前の姿がソレを体現しておる。……良い長を持ったな、リンよ」
「……はい」
「(………里?長?)」
柱間の言葉に何処か引っかかりを覚えるが、なんだかちょっと感動的な雰囲気になってる二人の間に水を差すような野暮な真似をやめておこうと様子見に徹するユウカの方へ柱間の視線が向けられる。
「さて……早速仕事に取り掛かろうぞ!行動に移して少しでも信用を得らねばならんのでな!」
「あ、いや、さっきの信用ならないってのは言葉の綾って言うか……そ、その、今のやり取りである程度信用できる大人だっていうことは分かりましたので!」
「私も、先ほどまでは不躾な視線を送り申し訳ありませんでした…」
「ハハハ!気にするな!当然の疑念だろう。さて……リンよ。差し当たっては何をすればよい」
何処か上機嫌な自己にもはや疑問を抱くこともない。思惑や策謀、そういった大人達の謀の介在しない、純粋な若い芽を愛でる、その一助となれることに不満の一つもあるはずもなく、加えて自身は結局何故蘇ったのか、ここは何処なのか、等の疑問は尽きぬが目の前の助けを求める少女を放置してはおけぬという大凡肯定的な理由でそれらを自分の中で良いように無視していた。こうした交渉の場に、自身の弟がいれば無償で引き受けたことに、こっぴどく叱られていただろうなと肉親を懐かしみながら、しかして子を手助けする、火影としての立場を思い出しどこか心が躍っていたのも事実であった。
「……ありがとうございます。さて、何をするにしても先ずはハシラマ先生をシャーレの部室にご案内する所からですが……モモカ。シャーレの部室に直行するヘリが必要なのだけど……」
『シャーレの部室?……あぁ、外郭地区の?そこ、今大騒ぎだけど?』
「大騒ぎ…?」
『矯正局を脱出した停学中の生徒が───』
「……あの、ハシラマ先生、どうされました?随分と険しい顔色ですが」
リンが端末越しに他の連邦生徒会役員に連絡を取っている間、その他の人間は一先ず話が纏まるまで───会話の内容から察するにどうやら丸く収まりそうにはないのだが───その場に立ち尽くしていたのだが、柱間が怪訝そうな目つきでジーッとリンの方を眺めていることに気づいた他の生徒が声をかける。
「む、いやすまんな、えーっと……」
「あ、失礼しました。トリニティ自警団の守月スズミと申します」
「そうか、スズミよ。アレは何というニン……んん、道具だ?」
「アレ、と言いますと?」
ほらあの、リンの握っている薄い長方形の、と言えば、尋ねられたスズミだけでなくその他の生徒も驚いたように柱間を見つめる。
「……えっと、スマートフォン、ですが………」
「すまーとふぉん、とな?…様子を見るに、遠隔での通信を行うためのものぞ?」
「えっと、そうですね。まぁ、その他にも色々な機能を詰め込んだ便利な道具で……」
「ほぉ〜、街中にもアレを握っておる者が多数おったが、随分と普及しておるようだの」
「(スマフォを知らない?……キヴォトスの内外でそんなに差があるのかしら?)」
リンが電話を行なっている間にも柱間からの質問は鳴り止まず、アレは何だのコレは何だの。自分より遥かに年上の大人の、しかしどうして時折見せる好奇心旺盛な童顔に教える側も何処か得意げな様子で話は続いていた。
「私のものはSR……あぁ、えっと、遠くからの狙撃に適したボルトアクションライフ……えぇと、連射は効かない一発一発の狙撃に秀でたモノと考えていただければ……」
「ほぉ、ならば得物を握る本人の腕前の見せ所、といった所か?ハスミよ」
「ご心配なく。正義実現委員会のNo.2としてその点に置いて抜かりはありません」
「ハハハ!よい気概だ!」
「(……しかし、どうやら本当のようだな。──銃撃戦が、多少の小競り合い、というのは)」
多岐にわたる話題の中で、当然と言うべきか皆が携帯する銃の話へと移ったわけだが、話を聞くと───俄には信じ難いのだが───どうやら彼女達は相当に体が頑丈らしい。最初は女子供が銃器を手に取るのが常識と聞いて立ちくらみにも近い目眩を覚えたものだが、少々痛いだけという言い訳にも程がある苦し紛れの言葉は、外で撃ち合う子ども達の様子を見るに真っ赤な嘘というわけでもないようだ。
「…しかし、本当に大丈夫なのか?周囲の被害を見るに、銃の性能自体が低い、というわけでもなさそうだが……」
「もう、心配しすぎですって!ハシラマ先生の方こそ、キヴォトス外の人なんですから、不用心に外を出歩いたりしないでくださいよ」
「……こほん。お待たせしました、皆さん」
「首席行政官、して、この後は?」
通話を終えたリンの様子に騒いでた一同が顔を一様に彼女の方へ向ける。そしてリンが柱間並びに他の生徒を一瞥すると、口を開いた。
「……さて、ハシラマ先生。予定が変わりました。申し訳ありませんが、早速一仕事頼まれていただけますか?」
「うむ、頼まれた!して、オレは何をすればよい?」
「………ユウカさん、ハスミさん、チナツさん、スズミさん」
「え、私?」
「……首席行政官?」
「…私、ですか?」
「……何でしょう」
皆の名を呼ぶ、リンのメガネが曇り何やら不穏な雰囲気を感じとり嫌な予感を覚える一行。そんな彼女達の気など知らず、無視するかのようにツラツラと言葉を紡ぐ。
「……端的に申しますと、サンクトゥムタワーの制御権を取り戻すため、まず連邦捜査部シャーレに向かわなければなりません」
「でも、何だかさっき会話の中で『地域の不良が暴れてる』───……まさか!」
「さすがミレニアムのセミナー、話が早いですね、ユウカさん」
「…なるほど」
「まぁ、一刻も早い事態の沈静化は私も望むところですので…」
「…それに、不良が暴れているのなら自警団の本業ですから、いずれにせよ私は構いません」
「……つまり、なんぞ。シャーレ付近で暴れておる者をどうにかすればよいと?」
はい、と肯定するリンの声色にある者は今から行われる戦闘のため銃を手に取り、ある者は面倒臭いという気持ちを隠そうともせず顔色に表し、ある者は──
「……ところで、何故お前たちもついて来るのだ?オレ一人で構わぬと思うが……」
戦闘準備を行う周囲の生徒を見て首を傾げていた。
「何故───って、先生、こちらに来たばかりなんでしょう?他の知り合いもいないんですから、私達が護衛しないと誰もいないじゃないですか」
「いや、コレでもオレもそれなりに戦いの心得がだな……」
「変なことをおっしゃらないで下さい。ハシラマ先生は銃弾一つでも致命傷になり得るのですから、大人しくしていて下さい。……首席行政官からの命、というのが少し釈然としませんが、乗りかかった船ですので」
「う、うむ。いやしかしだの、女子供が前線に立つというのにオレが裏方に徹するというのは……」
「そのお気遣いには感謝しますが、そういった矜持で前線に立ち万が一があると事が事です」
「いや、そうではなくてだな。本当にあの程度なら……」
「あーもう!うるさいですよ!キヴォトス外の人が前線に立ってるってだけで私達は気が休まらないんですから!大人しくしておいてください!!」
「うっ……」
「(……ハシラマ先生は、かなり押しに弱いようですね…)」
皆でエレベーターに乗り現場に赴く最中、柱間と生徒達の口論───論ずるまでもなく一方的に負けている気もするが───の末、結局戦闘は生徒達に任せて自分は腰を据えるという結果に落ち着いてしまう。確かに自分が前に立つだけで生徒達の気が散ってしまうというなら合理的な判断かもしれないが、やはり容認できないようで、では軽くパフォーマンスを行い信用を得ようとも考えたが───
「……では、せめてオレが戦術指揮を取る。それは構わぬか?」
「先生が、ですか?」
「あぁ、幸いお前達の得物や戦術については先の雑談で把握しておるからな。伊達に年を重ねてはおらぬ。突発的なフォーマンセルの戦術指揮にはオレに一日の長がある」
「まぁ、そこまでおっしゃるなら……」
結局後方支援に徹することに決めるのであった。自分が動けばおそらく一番平たく事が進むだろうが、先ずは世を知る事、常識を知る事、キヴォトスを知る事。受け入れ難いが、街中で行われる銃撃戦が所謂子供の喧嘩なら、自身がでしゃばるのはお門違いである───のかもしれないし、何より自身が毎回その場にいるわけではない。であれば、『先生』と言われるように己に課せられたこの世界での使命は後進育成だろう。
……まぁ最悪、万が一の時は自分が動けばいいかという保険もあるのだが。
「では、向かいますか」
第一話、如何だったでしょうか?
まだまだキャラのエミュレートが足りないところも多々ありますが、これから精進していけたらという所存です……!
それでは、また次回