「……結局、来ませんでしたね」
「な、なんでかしら?いつものサイクルなら今日来そうなものだけど……」
「ん、先生の努力が功を奏したのかも」
「だとしたら流石ですハシラマ先生!まだ先生が来てから三日目なのに、もうカタカタヘルメット団の方を説得してしまうなんて!」
「うへぇ〜、まさかこんなに早く解決しちゃうなんて、ハシラマ先生は凄いねぇ」
「ちょ、ちょっと!まだそうと決まったわけじゃないでしょ!」
「……いや、それはない」
朝方、皆が教室に集まりカタカタヘルメット団の襲撃に備える。というのも最近の襲撃のサイクルから考えて今日がその日に当たるからだ。先生と顔を合わせたセリカが気まずそうにソッポを向いたり、そんな彼女に臆せず声をかける柱間が無視を決め込まれ落ち込むということもあったが、問題なく皆が学校に集まり襲撃は今かと警戒していたところ───結局、空が赤く染まる頃までカタカタヘルメット団が現れることはなかった。
「それはない?なんで?」
「オレが交遊を深めておったのはカタカタヘルメット団の末端の構成員ぞ。それもたった三人」
「ありゃ、そうなの。んじゃあ〜……たまたま今回は襲撃がなかっただけ?」
「……すまん、少し出る」
「もしかしなくとも、ヘルメット団のところ?先生」
「あぁ、素直に口を利いてもらえるか分からぬが……ここで手をこまねいていても仕方ないしの。……お前達の前で口にするのも憚られるが、何かあったのなら少し心配でな」
「………ふん」
「構いませんよ〜気にしなくて。ハシラマ先生が生徒に誠実に向き合おうとしている結果であることは、私たち皆んなに伝わってますから。ね?セリカちゃん!」
「は、はぁ!?なによ!私は何も言ってないでしょ!?」
ノノミの言葉に図星か、はたまた思うところがあるのかソッポを向くセリカ。まるで───というか拗ねた子供そのもので、事あるごとに口なんてきいてやるものかという態度を崩さない。と言っても露骨に場の空気を乱すほどに邪険に扱うこともなく、どちらかというと最初に強い言葉を使って後戻りが出来なくなり初日の言葉をズルズルと引きずっているのに近かった。そんな彼女を見かねてか、気まぐれかは分からないがノノミが彼女の肩に手を置いて声をかける。
「違うんですか?」
「それは……!ちがわ、ない、けど………す、少しは感謝、してるけど………せ、先生も露骨に笑顔にならないでよッ!気色悪いわね───い、いや、そこまで露骨に落ち込まなくてもいいでしょ!?」
「……結局オレは、口先だけの男ぞ……」
「ん、先生の倒し方が分かった。悪口を言ってメンタルブレイクさせる……!」
「い、陰湿すぎますよシロコ先輩!というか先生を倒そうとしないでください!」
「……ねぇ、先生」
「なんぞ……?」
ズーンと既に何度も見慣れた柱間の落ち込む姿に様々な反応を返すアビドス生徒達。ある者は慰めの言葉を、ある者は攻略の要をそこに見出し三者三様の対応を行うが何れも彼の気を晴らすことはなく、柱間の頭の上には曇天が広がっていた。そんな折、ホシノが意を決したように口を開く。
「………おじさんも、ついていっていいかな〜?」
「先生〜、元気出して下さい!今日はおそらく、ヘルメット団の皆さんも用事があっただけでしょうから!」
「の、ノノミ先輩の言う通りですよ!ハシラマ先生の想いは伝わっているはずですから!」
「不安ぞ……ここまで嫌われておったとは……無事であれば良いが……」
「うへぇ〜、こりゃハシラマ先生はこの先苦労しそうだねぇ〜」
「ん、ヘルメット団と話をつけるのはまだまだ先になりそう」
「ハハハ!まぁよく分からんが上手いもんでも食って元気だしな、先生さんよ」
「……というか、なんでここにいるのよ!?」
ガックシと肩を落とす柱間を慰めるノノミ達。というのもバイトで抜けてしまったセリカを除いて───彼女に関しては顔を合わせるのが気まずいというのもあったのだろうが───ホシノを皮切りに皆が、先生に着いてくると言い出したのだ。勿論柱間としても未だ不安の残る邂逅であったのは事実だが彼女ら自身が少しでも和平という形に身を乗り出してくれたのは嬉しい喜ばしいことではあるためリスクを覚悟で皆を連れて、いつもの三人に会いに行ったのだが───彼女らの姿は影も形もなかった。辺りを捜索しても、少し待ってもカタカタヘルメット団が現れることはなく、結局蜻蛉返りとなってしまい、落ち込む柱間を不憫に思ったホシノの提案で皆で何か食べようという発案の元、セリカのバイト先へ至ったのであった。
「いやぁ、結局ヘルメット団の影も形もなくってさぁ。先生落ち込んじゃって」
「だから、元気づけるために食事に来た」
「いやウチに来た理由になってないんだけど!?」
「どうせなら、セリカちゃんのバイト先にご案内したいなと思いまして!」
「余計な気遣いいらないわよ!」
「ま、時間も時間だし他に客はいねぇから会話に花を咲かせるのは結構だが、まずは何か注文してくれな、皆んな。セリカちゃんも頼むよ」
「あ、うぅ……はい、大将」
大将にお小言を貰ったセリカが口論もそこそこに会計票を手に皆の座るテーブルへと近づいていく。そこではいつにも増して項垂れる柱間がまるで赤子のようにヨシヨシとノノミに頭を撫でられていた。
「ごちゅうも……ちょ、ちょっと!ラーメン食べに来たんでしょ!注文してよ!」
「あ、ごめんなさいセリカちゃん。落ち込んでる先生が可愛らしかったものですから!」
「の、ノノミ先輩!あまりそういうことは言わない方が……」
「ん、でも確かに。先生はすぐに笑うしいじけるし負けず嫌いだし、見た目に反して子供っぽい」
「面目ないぞ……立つ瀬もないぞ……」
「ありゃりゃ、こりゃおじさん達の想像以上にダメージ喰らってるねぇ」
「注文しろーー!!」
セリカの、客に投げかける言葉とは思えないオーダーの確認にやっとこさ反応した面々が口々に塩やチャーシューなどアビドス名物である柴関ラーメンの至高の一品を注文する。こちらの世界に来て未知なる味の数々にたまげてばかりの柱間であるがやはりこういった元の世でも存在した馴染みのある食事というのは他に代替の効かぬ思い出の味らしく、少しだけ気分を持ち直し顔を上げて口を開いた。
「ん……そうさな。塩ラーメンでも頼もうかの」
「塩ね。……皆んな、以上?じゃあちょっと待ってて」
確認をとったのち、カウンターへと消えていくセリカ。一旦場が落ち着き一息ついた柱間達が、やはり気になるのはヘルメット団のこと。元より今日襲撃があるという前提で対策を立てていた彼らにとって、勿論何もないのは良いことなのだが、いつもいつもアビドス高校に張り付くわけにもいかず、次いつ襲撃があるか不明な状況である対策のしようもない。そのため今日柱間はよく知るヘルメット団の三人に会いに行ったのだが、どうやら頼みの綱も何処かへ忽然と消えてしまったようで、打つ手がなくなってしまっていた。
「先生は明日からどうされるのですか?」
「当然、ヘルメット団に話をつけに行こうと考えておる。何も話は解決しておらんからの」
「まぁ、先生ならそう言うよねぇ〜。というか先生、薄々分かってはいたけど、最近生徒連れてないよね。一人でヘルメット団に会いに行くつもりだったでしょ?今日も」
「え!?そ、そうだったんですか!ハシラマ先生!」
「う、そ、それはだの…」
「悲しいなぁ〜おじさん。先生は信頼してくれてると思ったのに、そんな嘘つかれるなんて」
「す、すまぬ。やはり、カタカタヘルメット団との話し合いとなるとオレ一人の方が上手く回る気がしての。無関係のシャーレの部員も連れて行くとなると、余計ないざこざを産むかも知れぬ」
「だめですよ〜先生?先生は銃弾一つでも大怪我になるかもしれないんですから。ヘルメット団の件は私たちの問題でもあるんですから、もしシャーレの部員の方がダメなら遠慮せず私たちにもお声がけして下さいね?」
「…そうさな。すまぬ、次回からそうしよう」
「ん、先生の言質もとった。これで合法的にヘルメット団にメンチを切れる……!」
「メンチ切ってどうするんですかシロコ先輩!?ついて行くにしても顔を合わせて話し合って下さい!」
「はい、お待ちどお様。話もいいけど麺が伸びすぎない内に食べ切ってよ」
彼らの話がひと段落した頃に、セリカが注文の品を一つ一つテーブルへと運んでくる。味噌や塩、焦げたチャーシューの香ばしい香りが立ち上る湯気と共に店内に広がり皆の食欲をそそっていた。皆が割り箸を手に取り器用にレンゲを用いて口に運ぶと、やはりアビドス名物と銘打つだけのことはあるようでアビドス生徒達は兎も角として初めて口にした柱間は思わず舌鼓を打ち先ほどまでの落ち込み様が嘘のように明るい顔色で頬を赤く染め、子供のような満面の笑みで感嘆の声を漏らしていた。
「───ん!美味いのぉ!ここまでのモノを口にしたのは久方振りぞ!」
「ハッハッハ!嬉しいこと言ってくれるねぇ!気に入ったんならジャンジャン注文してくれよ!」
「ふふ、美味しいモノを口にすると直ぐに機嫌を直すところも、すごく子供っぽくて可愛らしいですね!」
「確かに、先生って見た目に反して結構幼い所あるよねぇ〜」
「ん?そうか?」
「ん、甘い事を口にするのも、確かに子供っぽいかも」
「し、シロコ先輩。そういう言い方は───「いや」
「シロコの言う通りぞ。そういうガキっぽさは変わっておらぬ、昔からな」
シーンと場が静まり返る。それは気まずさでも何でもなく、先ほどまで親しみ深い何処か幼さを覚える陽気な大人の声色と顔色が、言外に苦悩を伝えていたから。茶化すことも、変に口を開いてツッコミを入れることもできず、たった一文、何気ない彼の言葉に聞き入っていた。室内に、彼の麺を啜る音だけが鳴り響く。
「よく弟にも言われたな。オレは甘いと」
「弟さん、ですか?」
「ああ。オレと違って随分頭が回る男ぞ。オレと違って現実的なモノの考え方をするやつでな。……正直、オレではなく扉間のやつなら、もっと上手くお前達の問題を解決できたのやもしれぬ。理想論や綺麗事ばかりを口にして、お前達には迷惑をかける。すまぬな」
「そ、そんな!先生は何も悪くないですよ!」
「アヤネちゃんの言う通りですよ、先生。それに、オレではなく、なんておっしゃらないでください。私たちは、ハシラマ先生だから信頼したのですから」
「そうそう、ノノミちゃんの言う通りだよ〜先生。セリカちゃんも、そう思うよね?」
「え!?わ、私!?」
不意打ち気味に話を振られるセリカがカウンター越しに驚いたような顔で柱間に目を向ける。彼女の視線に気づいた柱間が麺を啜る手を止め彼女に顔を向けると小さく微笑み口を開く。
「すまぬな、セリカよ。お前達には苦労をかける。今しばらく時間をくれるか?オレは余り手際が良い方ではなくての。時間はかかるかもしれないが、必ずヘルメット団の件は解決してみせる」
「……ふん!……まだ、認めたわけじゃないから」
「そうか。…ありがとう、感謝するぞ」
「………」
『いい人じゃねぇか、ハシラマ先生、だったか?』
『えっと、大将?』
『部外者の俺があんまり口出しすることでもねぇが、少しくらい信頼してやってもいいんじゃねぇのか?』
「…………」
バイトも終わり帰路に就くセリカが、帰り際に柴大将に言われた言葉を脳裏で反芻する。最近、バイト先で彼に吐露していた想いの丈、それはやはり突如アビドス高校に現れたシャーレの先生の話。そんな彼女の愚痴を受け止めていた柴大将が、いざその目で話題の人物を目にして下した判断が、先の回想に現れる彼の言葉である。それはどことなく自覚していても頑なに認めようとしなかった自分の心の内を指摘されたようで、恥ずかしいような悔しいような、柱間とはまた違った幼稚さが心の中で渦巻いていた。
「……ふん、何よ。皆んなしてデレデレしちゃって。………でも」
────ありがとう、感謝するぞ。
「……まぁ、実際に、ヘルメット団の襲撃はなかったわけだし……」
誰が聞いているわけでもないのに言い訳のようにブツブツと呟く彼女の声は、おそらくいつまでも意地を張る自分自身に言い聞かせているのだろう。空は既に黒く染まり、月明かりとインフラの整備されていない道にポツポツと灯る街灯のみが夜道を照らす中、不揃いな歩幅で不安定な足取りのまま、自分のつま先を見つめるように俯きながら歩くセリカ。
「……ちょっとくらい、信じてみても、いいのかな」
おそらく彼は良い人なのだろう。一度そう認めると、少しの敗北感を経てすっと心が軽くなる。プライドという名のダムが決壊し溜め込んでいた不満が濁流の如く流れ出していくと、どこか晴れやかな気分で軽く微笑むセリカ。勿論、未だヘルメット団に対する怒りが晴れたわけではないが、先生を信じるなら───少しくらい、彼女らのことも考慮してやって良いのかもしれない。
そんな数日前なら馬鹿らしいと鼻で笑ったようなことを考えながら───
────やはり、残念ながら馬鹿な考えであったことに変わりはないようだ。
「……黒見セリカだな?」
「───あぁ、何よ。結局そういう奴らじゃない。……少しでも期待した私が馬鹿だった……ッ!!」
唐突にゾロゾロと脇道から現れ、セリカを囲う複数人のヘルメット団員達。彼女らの姿を見て、少し冷めたような表情の後、憤怒に顔を染める。それは単純にアビドス高校への仕打ちに対する怒りであったり、先ほどまでの自分を裏切るような行為に対する怒りであったり───先生に対する怒りであったり。
「先生に情けをかけられて、結局手を出すなんて、アンタらどうしようもないクズね!!」
「…?…何の話だ?」
「……ッ」
「分からないなら良いわよ。さぁ、かかって来なさい!先生がいなかったら元々アンタらぶっ飛ばす予定だったんだから!!多少順序が入れ替わっただけよ!今ここでぶっ潰してあげる!!」
「……ふん、捕らえろ」
威勢の良い啖呵を上げるセリカに対して、あくまで淡々と作業のように指示を出すヘルメット団の幹部の指示に従って、四方八方から銃撃が行われる。不意打ち気味に背後から銃弾を食らったセリカが体勢を崩し舌打ちを行うが、次の瞬間、そんな彼女の姿を───
「………え?」
───爆炎と、舞い上がる土煙が覆い隠すのだった。
「……はぁ、先生遅いわね。もうこんな時間なのだけれど……」
現在、シャーレにて。一人黙々と作業を行うミレニアムのセミナー会計担当。最近はもっぱらそうだが、先生がアビドスへ出向いて自分はシャーレに篭り事務仕事という形が多い。もちろん、彼から押し付けられたわけではなく自分から志願して当番に出向いているわけだが、それでも彼女が初日のように我を押し通してでも柱間に同行しないのは、やはり気まずさ。あれ以降自分がアビドスのことを伺いしれることもなく部外者と呼ばれても仕方ない、と彼女自身考えてしまっている。彼女の言葉を受けて以降アビドスに姿を現さないとなれば逃げたと捉えられても仕方がないだろう。実のところは互いが互いに言い出せず傷ついているだけなのだが。
「……ん?こんな時間に電話?…連邦生徒会かしら?……はい、もしもし。こちら連邦捜査部シャーレの事務室です」
『あ……え、えっと……しゃ、シャーレ……』
「?…はい、シャーレであっていますよ?どうされました?」
『あ、あの……シャーレ、って……先生が、の、所であってる…ます、か…?』
「……え、えっと、先生の所、と、いうのは……?」
『あ、いや……せ、先生、いますか…?』
「……えっと、失礼ですが、どちら様でしょうか?学校名と名前を伺っても?」
夜遅く、既に作業も終わり帰ろうかと考えていた所、事務室の固定電話が鳴り響く。随分と変な時間帯に電話がかかってくるモノだと少々不思議に思いながら電話口に出ると、何とも声だけでも伝わってくる挙動不審な態度に警戒するユウカが眉を顰めながら個人情報を尋ねると、やはり言葉に戸惑うようで、あ、とか、う、とか、言葉にならない言葉が返ってきてため息を吐く。
「……はぁ、申し訳ありませんが先生に取り合うことはできませんね。それでは、失礼しま──『ま、待って!!』
『ヘルメット団だよ!アビドスの!カタカタヘルメット団!!』
「───はぁ!?ヘルメット団!?」
『ほ、ほら!そういう反応するじゃん!だから言いたくなかったんだよ!』
「当たり前でしょ!!というかヘルメット団が先生になんの、よう………」
余りにも怪しい人物への受け答えにバカバカしくなり電話を切ろうとした直後、慌てた相手がいきなり暴力組織の名を名乗り驚愕するユウカ。互いが互いに電話口で声を荒げ、ユウカが再び怒鳴ろうとした瞬間───いや待てと自分を静止させる。
「……ねぇ、あなた、先生に何のよう」
『あ、アンタにゃかんけ──「あるわよ、シャーレの部員なんだから」
「……ま、なんか困ってるんでしょうけど。なんで先生に連絡したいの」
『……せ、先生なら、助けてくれるかと、思って……』
───あぁ、なるほど、流石だあの人は。
心の中でそう呟くユウカが、頬を緩めて小さく口角を上げる。あの日よりたった二日。それだけで既にヘルメット団の心を掴んでいるという事実に、やはりどこか人を惹きつける天性の才を持っているのだと再認識すると───自分が惨めに思えてくる。現場に残って問題に尽力した彼と理由をつけて裸足で逃げ出した自分との差異を自覚して。
だからこそ。
「……申し訳ないけど、今先生はシャーレにはいないわ」
『え!?そ、そんな!!』
「──だから、私に話してみてくれない?」
『な、なんでお前に──』
「生徒が困っていたら手を差し伸べる。……それが、ハシラマ先生のシャーレよ」
恩を返すべきだと思った。───自分も、シャーレの一員なのだから。
「………先生……どこぉ……?」
背中にアビドス生徒を背負う一人の少女が、泣き言を呟きながら小柄な体を引きずるように前へ前へと歩を進める。目指すは先日まで目の敵のように襲撃を繰り返していた、敵の本拠地でもあるアビドス高校。ヘルメット団の一員である彼女が、何故そんな危ない橋を渡るような行為に及んでいるかと言えば───先ほど電話で話した、ユウカと名乗る少女と落ち合う約束をしたから。
「……くそ、本当に、どうにか、してくれるんだよ、な……!……見えてきた…」
肩で息をしながら、暗闇の中聳え立つアビドス高校を見つけ体を鞭打ちなんとか足を運ぶ。擦り足で道を行くと、路面に大量に敷かれた砂の山が靴底と摩擦を起こしてジャリジャリと音を奏でていた。
「……ついた………──あ」
「……!あ、あなた……!!」
「い、いや、ちが、これは……!!」
「ッ、セリカちゃんッ!!」
こっそりと中を覗き、左右を確認しつつこっそりと校門をくぐると薄暗い中庭に立ち尽くす生徒がひとり。こちらと目が合い互いに固まるのも束の間、自身が背負う少女の姿に気付くと急いで駆け寄ってくる。おぶっていたアビドスの生徒を背中から下ろし、目の前の彼女の学友に預けると、安心したようにホッと溜息を吐いていた。
「……良かった、眠っているだけですね」
「………」
「……ヘルメット団の方、ですよね」
「う、うん……その──「話は伺っています」──へ?」
「いえ、詳しいことはユウカさんが現地に着き次第説明してくれる、とのことですので、全てを知っているわけではありませんが───戦える準備だけしておいてくれ、と」
「あ……う……」
「……何が何だか分からず、正直貴方を問い詰めたい気分でいっぱいですが……ユウカさんが、貴方のことを……敵ではない、と。───自分を信じてほしい、と仰ったので」
「……ご、ごめん、なさい……」
「……取り敢えず、弾薬や物資の補給をしましょうか。着いてきていただけますか?」
「う、うん……」
セリカを背負ったアヤネがメガネを曇らせその瞳を映すことはなく、やはり怒りが込み上げているようで彼女らしくない重苦しい雰囲気を発していた。そんな彼女の態度に口を開けるはずもなく、気まずそうに彼女に追従するヘルメット団の少女。淡々と廊下を歩いて目的の教室までたどり着くとやはり口数の少なさは改善される様子もなく、必要最低限の会話以外の言葉が交わされるはずもない。
「………」
「これで全部ですかね?」
「あ、うん……」
「………ユウカさんや、他の皆さん。……先生も来るそうなので、少し待ちましょうか」
「ッ、せ、先生も来るの!?」
「は、はい」
「そ、そっか………良かった………」
「…………」
突然声を荒げるヘルメット団に驚いたアヤネが目を見開いて彼女を見つめるが、安心したように壁に背中を預けその場にへたり込む。セリカが居なくなったことによる動揺で焦って気づくことのなかった彼女の様子はやはり自分達の身なりと比べて見窄らしいもので、女性の命とも言える髪の毛はボサボサで大凡手入れの行き届いていない様子が見てとれた。そんな彼女らが、いったいどうして先生にあそこまで肩入れをするのか、そんなことを考えていると彼女が唐突に立ち上がる。
「……えっと、ごめん。私、出る」
「え!?そ、その、どうされたのですか?」
「その、詳しいことは、ユウカとかいうヤツに聞いてほしい。…時間がないから」
「時間がない?」
「……仲間が危ない」
「……!!」
ふらつく足取りで、弾薬の確保を終えたヘルメット団の少女が立ち上がり教室入口へと足を運ぶ。そんな危なっかしい様子に危機感を覚えたアヤネが慌てて彼女を引き止めようとするが、それよりも先に───
「──っと!すまぬな!遅くなって!」
「せ、先生!来てくださったんですね!」
「ッ、せ、先生……!」
扉を開いた先に立ち尽くす、柱間が彼女の進路を妨害して道を阻む。大凡一日ぶりに見た先生の姿に安堵半分、暴言を吐いて逃げ出したことの罪悪感半分で、どうすれば良いのか立ち尽くす少女の背中に手が回され、身を屈めた男の温かい抱擁が彼女を包み込む。
「──事情はユウカより聞いた。やはりお前は優しい子ぞ。ありがとう。……あとはオレ達に任せてくれ」
「……あ……う、うん……」
「うへぇ〜、先生大胆だねぇ。今のご時世女の子をそんなふうに抱いたらセクハラで訴えられちゃうよ〜」
「ん、先生は天然の女たらし……!」
「羨ましいですね〜!後で私達もしてもらいましょうか?」
「ちょ、ちょっと皆さん!茶化さないで下さい!……コホン、先生。皆さん揃いました」
「……ッ」
「ありゃりゃ、隠れちゃった。まぁそりゃそっか」
柱間がヘルメット団の少女を落ち着かせるように彼女を抱いていると、ユウカが他のアビドス生徒達と共に教室に現れる。目の前に広がる生徒と先生の熱いコミュニケーションに茶々を入れ場が和む中、アビドス生徒達を警戒して、立ち上がった柱間の背後に隠れるように姿を消してしまう。そんな彼女を他所に、セリカの無事を確認したシロコ達がおもむろに安堵の息を吐くが、その光景により一層罪悪感を覚えるのか誰にも見えないように俯き落ち込んでいた。
「……貴方がさっき電話をくれたヘルメット団の人よね?」
「……そうだ」
「そっか。…… コホン、アビドスの皆さん、セリカさんの安否を確認したばかりで気も休まらないでしょうが、どうかお力添えを願えないでしょうか?」
「お力添え?」
「はい」
「……先日、ヘルメット団の襲撃が行われなかったの?それはこの子のおかげぞ」
「え?」
「……その子が、何か便宜を図ってくれたってこと?」
柱間の言葉に、皆の視線が彼の背後の少女に集まる。自分は加害者であるという自意識からかアビドス生徒達の視線に怯えるように視線を合わせようともせず体を隠すのみで、一向に口を開こうともしない。
「……私の方から代わりにご説明します。端的に言うと、幹部達にハシラマ先生のことを説明したそうです」
「先生のことを?」
「はい。話によると、ヘルメット団は連日の襲撃で疲弊し物資が底を尽きたタイミングで攻勢に出る想定でしたが……今回はシャーレの支援があるから兵糧攻めは効かない、と」
「……それを、そこのヘルメット団が上に伝えた……ってこと?……そんなの、信じるの?」
「それは……確かにそうね」
「……しゃ、シャーレの、え、SNSを見せたら信じてくれた」
ようやっと重い口を開いたヘルメット団の少女がやはり柱間の影から出ることは無いが慣れた手つきでスマホをいじってシャーレ公式のSNSを開いてそこに記されている活動記録や写真などを皆に見せると、なるほどと納得したように頷く一同。
「これは……シャーレの活動記録ですかね?」
「この腕章は、確かゲヘナ学園の風紀委員会の方々ですね」
「ん、コレは……トリニティの正義実現委員会のトップ」
「なるほどねぇ〜。そりゃあこんな名だたる面子との交流を匂わせる画像を見せれば、多少の脅しにもなるかぁ」
「だ、だから、シャーレの先生の支援があるから、別の機会にした方が良いって言ったらリーダー達が今回の襲撃を取りやめた」
「な、なるほど。先日襲撃が行われなかった訳はそういうことだったんですね」
「……で、でも、その、そしたら……」
相変わらずひっつき虫のように柱間から離れようとしない少女が、声を震わせながら縋るように口を開いた。
「……あ、アビドス生徒を、攫うって計画に、変わっちゃって……」
「わ、私達を攫う!?」
「それは……随分と野蛮ですね。攫ってどうするつもりだったんですか?」
「それ、は………」
「……言えないようなことをしようとした、ってこと」
「…うへぇ〜、まさかヘルメット団がそこまでやるとは思わなかったな〜」
「じゃあ、なんで貴方がセリカちゃんを連れてきたか、教えてもらえないかな?」
顔に笑みを宿すがその瞳はカケラも笑うことなく、鋭い視線で少女を睨みつける。その目に膝を震わせてガクガクと怯える少女の姿を見て、しかし柱間が手を差し伸べる───否、余計な茶々を入れることはない。彼女がそれでも視線を外していなかったのだから。期待か、それとも信頼か、少なくとも先日までその身を憂い案じていたみすぼらしい少女に、少なくとも庇護ではなく───何かを望んでいた。
「……せ、先生に」
「………」
「───お、恩返しが、した、かった」
「ご、ご飯もらってッ、や、優し…し、しくしてくれてッ、か、庇ってく、くれたのに──ひ、酷いこと、いっ、言ったからぁ!!」
「せ、先生、あ、アビドスと、私、たちの喧嘩は……や、やめて、ほしい、って……言ってた、から……」
「……だから、ヘルメット団を裏切って……拉致された、かされかけたかは分かんないけど……セリカちゃんが、ヘルメット団の手に渡る前に、連れてきてくれたのかな?」
「…………」
場が静まり返る。その沈黙はどうやら肯定のようで、しかし気まずさを醸し出しているのは単に手のひらを返しアビドスに擦り寄るような自分の態度を自覚しているから、という理由だけではなく───結局、彼女はアビドスへの罪悪感から事に及んだわけではなく、先生への信頼から行動を起こしたのだ。先の言葉の中にアビドスへの謝罪の意はなく、それを隠す気もない。
先生が、自分達へアビドスとの繋がりを打ち明けたあの時。
隠していた方が事が上手く運んだ可能性はあるし、なんでわざわざそんなことを口にしたのかと考えた時───おそらく、それがハシラマ先生の、自分達カタカタヘルメット団への誠意だったのだ。だから、彼に倣おうと思ったのだ。自分より立派で、良い大人に。
アビドスへの謝意や罪悪感からではなく、結局自分本位な気持ちでセリカを救ったのだと、伝えることにしたのだ。バカな自分が変なことを考えて、ゴマをすったり、相手をおだてるなんてことをしても上手く事が運ぶわけがない自覚は、不出来な頭でも理解できていた。だから───先生なら失敗しない筈だと、たった二日の付き合いの、この世で一番信頼できる大人を信じて、彼に真似び───彼に学んだのだ。
「──お、お願い、します!!助けて下さい!!!」
「え!?ど、どうしたんですか!?いきなり頭を下げて!?」
「……助けてって、どういうこと?」
唐突に、額を地に擦りつけるヘルメット団の少女の姿に驚くアヤネとノノミを他所に、無機質な声色で淡々と尋ね返すシロコ。その背後でホシノが心を悟らせない、動揺のかけらも存在しないような真剣な瞳で彼女を見下ろしていた。
「こ、この、セリカっていう生徒、元々はトラックの荷台に乗せて運ぶ予定だったんだ!!私の仲間以外居なくなったのを確認してから下ろして、ここまで来た!!!」
「と、トラックから下ろして来たのですか?そのままトラックで運んで来れば……」
「そんなことしたら直ぐにバレるだろ!!い、今どこにいるとか、もう少しでどこどこに着くとか、連絡取り合ってるんだから!!複数の場所を経由して確認とりながら最終地点で落ち合うんだ!!トラックが変な場所動いてりゃ発信機で直ぐバレる!!」
「な、なるほ───……え?じゃ、じゃあ、もしかして……」
唐突に声を荒げる少女に少し面食らい驚いたアヤネが彼女の言葉に納得して顔を縦に振ろうとして固まってしまう。助けてほしいという悲鳴、自分の仲間という単語。……トラックの発信機。それらの点が線でつながり───答え合わせと共に、沈黙を貫いていたミレニアムの生徒が口を開いた。
「……現在、こうして私たちが邂逅するための時間を稼ぐため、彼女の仲間が空のトラックを目的地点まで運んでいるとのことです」
「え!?そ、そんなことしたら!!」
「えぇ。いずれバレるでしょうし、彼女の仲間は二人。逃げ切れることもなく……どんな仕打ちを受けるか、想像に難くありません」
「な、なんでそんな危険なことを!?私たちがヘルメット団の方達を助ける保証なんて───「ねぇよ!!」
「あるわけねぇだろそんなの!!私らがアンタらに何やったかくらい自覚してるよ!!!こんな所でお涙頂戴しても助けてもらえないことくらい分かってるよッ!!でも、でも!!!」
「……オレなら、何とかしてくれると、託してくれた」
ガツンと、力強く、肉とコンクリートの擦れる鈍い音が室内に鳴り響く。何度も見た、安売りされた彼の後頭部がアビドス生の目の前に広がった。
「…………」
「……生徒を助けると謳っておきながら、結局オレはお前たちの手を借りねば一人で何もなせぬ若輩者ぞ。助けを求める子供を前に、差し伸べられる手の一つすらも持ち合わせておらず、彼女らを失望させるばかり」
「……ハシラマ先生」
「だがッ!!今ここで年端もいかぬ、覚悟という言葉とは縁遠い幼子がオレを信じてくれたその意志にオレは報いたいッ!!虫の良い話は百も承知ぞ!!だがそれでもオレは、彼女らがオレに預けてくれた信頼に泥を塗るような真似も、ましてや未来を閉ざすような真似もしたくないッ!!!」
口を地面に向ける、くぐもった声である筈なのに深夜の室内にひどく響き渡る男の強く野太い声に、皆が皆固まり眉一つ動かすことはない。心の内で理解した───気になっていた、彼の善性の底知れない深さを垣間見て、彼がアビドスの味方でもヘルメット団の味方でもなく───あまねく全ての生徒たちの味方であることを自覚して。
「何者でもなかった、一傭兵としての彼女らはッ、今分からないなりに己の中に初めて、形容できぬ忍道を宿したのだッ!!そんな彼女らを、オレは見捨てることはできぬッ!!!」
「頼むッ!!オレに力を貸してくれッ!!!」
ご清覧ありがとうございます!
前回から随分と時間が空き申し訳ありません!
またいくつか感想も放置してしまっており申し訳ありません…!
もう少し活動ペースを向上できるよう頑張りたいと思います!
それでは、また次回