───どうしてこうなった。
自分達は便利屋68。ゲヘナ学園に指名手配を受けるほど(事実)の実力者で、このキヴォトス全土に名を轟かせる(予定)アウトロー集団。大したことのない依頼のはずであった。相手は久方ぶりに入った大口の依頼。守秘義務があるとしてオーナーの名を知る由もないが、にしてもいくつも並ぶ0の数は心に豊かさを生んでくれる。それに最近はあまり仕事が入ってこず、社員の皆にひもじい思いをさせてしまっている。決して自分が見栄を張るために分不相応の事務所を借りているからではないはずだ、決して。
兎に角、そんな自分達に舞い込んだ依頼はアビドス高校の占拠と───任務に失敗したカタカタヘルメット団の残党駆除。アビドス高校については兎も角として、そんなチンピラの集まりに敗北を記するわけもない。さっさと片付けて本命の作業に取り掛かるとしよう。
その筈だったのだが───
「頼むッ!!どうかオレの顔に免じて、彼女達を許してやってはくれぬか!?この通りぞッ!!」
「そ、そんなこと言われても……うぅ〜〜ッ!!」
「あちゃ〜、アルちゃん完全にひよっちゃってるね」
「はぁ……SNSでは知ってたけど、本当に極度のお人好しなんだね。シャーレの先生ってのは」
困惑するように立ち尽くすヘルメット団員達と、便利屋68。その間で深々と地に額を擦り付けるのは───言うまでもなく、千手柱間その人。ガツンと少々引くレベルの音を立てながら大地を砕こうかという勢いで頭を下げれば、その見事な所作にやはり罪悪感を抱くのは当然の話だったようで、綺麗な赤い長髪を携えた少女が自身の得物を握りしめながらどうしたものかと眉間に皺を寄せていた。
「な、舐めないで頂戴!シャーレの先生だかなんだか知らないけどね!私達は金さえ積めば、どんな依頼でも完璧にこなす、便利屋68よ!……と、ところで、シャーレの先生って何かしら?」
「え?知らないのアルちゃん」
「え、えぇ……なんか、名前は聞いたことあるような無いような」
「……はぁ。───連邦捜査部シャーレ。連邦生徒会が設立した超法規的機関、だったかな」
「れんぽう……え!れ、連邦生徒会!?な、なんで連邦生徒会の名前が出てくるのよ!?」
連邦生徒会の名前に狼狽える便利屋68の社長。当然だろう、自分は非正規の傭兵として何でもないヘルメット団の残党駆除に出向いただけで、そこに地域の風紀委員、ましてや連邦生徒会からの圧力などかかろうはずもない。
「たしか〜…連邦生徒会から公的に認められた、あらゆる規約や法律を無視して問題ごとに介入できる組織、だよね!ハシラマ先生?」
「な、なによそれ!?」
「ぬ?貴様はオレのことを知っておるのか?」
「くふふ〜!!もっちろん!でもカヨコちゃんの言う通り、ここまでのお人好しだとは思わなかったけどね〜。普通ヘルメット団のために頭下げる?」
「あ、あの、アル様。こ、この人、邪魔なんですか……?」
「え、えぇ、そりゃ──あ!ちょ、ちょっと待っ──」
何気ない会話の中に差し込まれる平社員の言葉に、特に何も考えず生返事をした瞬間───その相手が誰かを自覚して、焦って止めにかかる女社長。もちろん理由もなく引き下がるわけにもいかないのだが、無闇に連邦生徒会に立てつくわけにもいかず立ち往生していた現状で、そんなことをお構いなしに突貫する部下の姿に顔を真っ青に染めるが時既に遅く、特徴的な雄叫びをあげて柱間へと突っ込んでいった。
「うわぁああああッ!!アル様の邪魔をするならッ、死んでくださいッ!!!」
「ちょ、だ、ダメよハルカ!!止まってッ!!」
「ハルカ待って!先生は───」
「ぬ……!」
叫びながら迷いなく銃口を対象へと向けて、引き金に指をかけるハルカ。自身の、もはや信仰心にも近い敬愛する上司の邪魔をする者にかける容赦などなく、一切の躊躇もなく凶弾を放とうとして───
「死んでください死んでください死んでくださ───え?」
「すまぬな、ハルカとやら。お前達の邪魔をする気はなかったのだ、結果的にそうなってはしまったが……話を聞いてはくれぬか?」
「え、え、え?」
「え?何?先生何したの今?」
───その勢いのまま、ボフ、と柱間の腹に頭から突っ込んでしまう。
自分の手に握られていたはずのショットガンの感触はなく、数歩後ずさって先生を見上げる穏やかな瞳で自身を見下ろして微笑みながら───その手に自身の愛銃を握っていた。
「あ、あっぶな〜……」
「あ、危ない?ど、どういうこと?そんなに危険な人なの?」
「……まぁ、ある意味ね。シャーレの先生、キヴォトス外の人だから銃弾一発で死んじゃうよ。あんな至近距離でショットガンなんか食らったらそれこそ確実に」
「───な、ななな、何ですってーーー!!?!?ちょ、ハルカ!!!止まりなさい!!一旦止まって!!!」
「え、あ、は、はい……」
「ぬ、すまぬな、コレは返しておこう」
「え、あ、ありがとうございます……」
くるっとショットガンを半回転させハルカに差し出すと、引っ込み思案な彼女の性格が出たのか反射的に感謝を述べる。受け取ったハルカ本人は特段思う所は無かったのだろうが、彼女以外の三人はやはりその迂闊な行動に気づかないわけはないようで警戒しつつも声をかけた。
「ふ〜ん、先生、銃返しちゃうんだ。危なくな〜い?またハルカちゃんに撃たれちゃうかもよ〜?」
「そこの……アルとやらの言葉に従ってハルカは歩みを止めたのだ。ならば信じるというのがスジぞ。それに……」
「それに?」
「───お前たち生徒を前にして、使う気がないにしてもこういう得物を持ちながら会話はしたくない。それだけぞ!」
「───くふふ〜!!聞きしに勝る聖人っぷりだね〜!先生は!!」
「……はぁ。社長、どうするの。話をしようって言ってるけど」
「は、話って言われても───「頼むッ!!どうかこの通りぞ!!」───あーもう!!分かったわよ!!分かったから頭を上げて頂戴!!」
パァッと花を咲かせたように白い歯を覗かせる大人の男性の、子供顔負けの純粋な笑顔を見て自身の所業に今更心が痛むのかばつの悪そうな表情を浮かべる、便利屋の社長を名乗る女生徒。一人はいたずらな笑みを浮かべ、一人は呆れたようにため息を吐いて、一人はオロオロと困ったように忙しなく首を動かしていた。
「……い、いや!何勝手にそっちで話まとめてんだッ!!いきなり喧嘩ふっかけられて、やっぱなんでもないで済むわけねーだろ!!!」
「い、いやリーダー、やめときましょうよ……任務失敗したばっかで今なんにもないんですし……」
「んだと!?」
「ひぃ!!」
「これこれよさぬか。貴様の部下の言葉に耳を傾けて、ここは下がるべきぞ」
話を取りまとめた柱間の背後で、置いてけぼりになっていたヘルメット団のリーダーが声を大にして威嚇する。それも当然の話といえば当然の話で、任務の失敗を悟り皆揃ってお通夜ムードの中唐突に便利屋を名乗る不審者集団の襲撃を受け疲労困憊の体に鞭打たれ、と思ったらまた別の不審者が現れ自分達を置き去りに勝手に話を進めだしたのだ。
「ふざけんな!勝手に話進めやがって!!てかお前、シャーレの先生っつってたな!!」
「……あぁ、お前達の邪魔をした張本人ぞ」
「よくもまぁぬけぬけとオレ達の前に現れやがってッ!!何のつもりだお前ッ!!」
「ちょ、リーダー!落ち着いてよ!!」
「な、何やってんのあなた!やめなさい!!」
ヒートアップするヘルメット団のリーダーが、先ほどの会話を耳にしてなお怯む様子も見せずサブマシンガンの銃口を柱間へと向ける。それが脅しでも何でもないことは彼女の怒気をはらんだ声色から疑いようもなく、焦った取り巻きや便利屋の社長が声をかけるが耳に届いていないのか、引き金に指をかけた。
「誠にすまぬ、お前達の任務の邪魔をした。弁明の余地もない」
「余計なことしやがってッ!!お前のせいでッ!!」
「待ってくれ!先ずは話を──」
「うるさい!!死ねッ!!この───」
「ちょ!!リーダー!!」
────瞬間、銃声が辺りに鳴り響いた。
「………は、ハルカ?」
「え、えと、あの……あ、アル様が、やめろと、申されたので……と、とめました」
後方へ吹っ飛び、力なく項垂れるヘルメット団のリーダー。唐突な出来事に柱間含めてその場の皆が呆気に取られる中、事を起こした張本人が固まる皆の姿を視界に収めて不安そうに視線を泳がせていた。
「え、えと、な、何か……も、もしかして、余計なことを……」
「い、いやいや!ナイスよハルカ!よく止めたわ!」
「あ、は、はい!じゃ、じゃあ、残りの人達も───」
「ちょ、ストップハルカ!それは待って!!」
ハイライトのない不気味な笑顔を浮かべてショットガンの銃口をヘルメット団に向けると頭を失った不良の一団がひぃと小さな悲鳴をあげる。困ったように柱間がため息を吐くとハルカの前に出てヘルメット団員達を落ち着かせるように口を開いた。
「横からしゃしゃり出てすまぬな。便利屋とやらはオレが何とかしよう。お前達はアビドスのことで色々あったばかりぞ、今は羽を休めるとよい」
「う……で、でもアンタ、さっき私達の邪魔したって……」
「あぁ、事実ぞ。そこは言い訳する気もない。だから、また今度説明しよう。さて……」
どこか不服そうなヘルメット団員はそのままに、その場から立ち上がった柱間が彼女らに背中を向けて、穏やかな表情で便利屋を見下ろす。やはりキヴォトスにおいて彼ほどの長身の男性は珍しいのか特段彼が威圧したわけではないのだが赤髪の少女と視線を合わせると、どこか緊張したように彼女がゴクリと唾を飲み込む。
「すまぬが、場所を変えても良いか?オレ達がここにいたのでは、彼女らも気が休まらぬ。どこか落ち着ける場に移動しようぞ!」
「おいひぃ〜!久しぶりよ!!こんな上等なモノを食べるなんて!!」
「くふふ〜!アルちゃん、いくらお腹すいてたからって遠慮のかけらもないねぇ〜、さっすが!!」
「ちょ、ちょっと!嫌味な言い方しないでちょうだい!」
「いや、嫌味でも何でもなくて事実でしょ社長。いくら何でも遠慮するよもう少し……」
「うぐ……!」
「ハッハッハ!!構わぬ構わぬ!生徒の幸せそうな顔が見れてオレも嬉しい限りぞ!遠慮することはない!」
「くふふ、先生太っ腹ぁ!じゃあ、私も頼んじゃおっかな〜」
どこか落ち着ける場所に移動しよう。そこまでは良かったのだが───ヘルメット団のアジトを後にして数分、腹の虫が鳴る便利屋一行。となれば飲食店、それも個室で密会が出来そうな場所という話になり、そういう場所に行こうとしたのだが、柱間を前にしてばつが悪そうな顔をする便利屋達。それには深い訳もなく───単純に金がないとの話だった。
そして、元より全てオレが奢るつもりだったという言葉の魔力に勝てるはずもなく───焼肉店に至る。
「あ、あの、せ、先生、ど、どうぞ」
「ん?えーっと……」
「あ、す、す、すみません!で、出過ぎた真似を!」
「違う違う!名前を思い出しとってな。たしか、ハルカ、だったかの?」
「あ、は、はい。い、伊草、は、ハルカです」
「そうか、ありがとう。ハルカよ。お前も他人によそってばかりおらず食べると良い」
「い、いえ!わ、私なんかが畏れ多い…!」
「オレの奢りであることは気にするな!これなんか良い焼き加減ぞ!……ふぅー、ふぅー……ほれ!」
「え、あの、その、えっと……」
ひょこりと、小皿によそられた程よく焼けた肉が柱間の前に差し出される。見れば先ほどから甲斐甲斐しく他人に肉をよそうばかりで自身は一口も手をつけていないことに気づいた柱間が、もも肉をタレにつけて吹きかけ冷ましてから半ば強引に食べさせようとする。側から見ると生徒というか幼児に対する接し方であり、気まずそうに目を泳がせるハルカがしかして彼女の引っ込み思案を以てしても滅多に口にする機会のない、特上品にからんだ鼻腔をくすぐる甘辛いタレの香ばしい香りに抗う術は持たないようで、ここまで気を遣ってもらっているのに食べないのは逆に失礼だという言い訳を心の中で呟きながら、観念したように口の中に頬張ると頬を赤く染めて喜色満面、満足そうに声を高くする。
「お、おいひぃでふ…!」
「そうかそうか!やはり子供は笑顔が一番ぞ!もっと遠慮なく食べてよいからの!」
「は、はい…!」
「ちょ、ちょっと先生!ハルカに優しくするのは良いんだけどウチの大切な社員なんだから引き抜かないでよ!!」
「あぁ、勿論ぞ。このような愛らしい子を、シャーレに引き抜けないのはちと残念だがの!ハッハッハ!」
「あはは!先生ってば大胆!」
「……シャーレに引き抜き……そう言えば、学園問わずシャーレは生徒を加入させられる、だったっけ」
「あぁ。いつも不甲斐ないオレを助けてくれての。皆には頭が上がらぬ」
そう言って自嘲する彼の、言葉とは裏腹に嬉しそうな顔に見入る便利屋達。そう、時折見せるこの顔だ。漫画やアニメ、ゲームや映画なんかで使われる、目を見れば分かるという言葉。そんな、言葉や形容詞に困った人間が苦し紛れに使うようなあやふやな表現がよもや実在することを、彼は時折垣間見せてくる。目は口ほどに物を言うとはよく言ったモノで、シャーレの先生という重役にこの男性が抜擢された理由を言動で体現するのだ。その人柄に、その一挙手一投足に自分達生徒への思い遣りを感じずにはいられず、どこか惹かれてしまうのだ。
「……こほん。それで、先生。話がしたいって言ってたけど、一体何かしら?こちらには守秘義務があるのだから、あまり深く追求されても返す言葉はないわよ」
「アルちゃんカッコよく決めてるつもりかもしれないけど、奢られてお肉頬張って今更保てる面子も何もないよー」
「そ、そんなことないでしょ別に!」
「……はぁ。先生、話って何?」
「……ん、うむ。まぁなんぞ───単刀直入に言おう。カタカタヘルメット団の件から手を引いてはくれぬか?」
ゴクリと口に含んだモノを飲み込んだ後、箸を置き皆を一瞥する柱間が真剣な眼差しで言葉を口にする。彼自身便利屋達が何らかの依頼でヘルメット団員の討伐に出ていることは理解しており、そんな彼女らに手を引けという言葉の意味を理解していないはずもなく、引け目が存在しないわけもない。
「……悪いけど、出来ない相談ね。そもそも何で先生があんなチンピラ達の肩を持つのかしら?」
「彼女らがこのような……お前たちとぶつかるような結果になったのもオレのせいだからの」
「先生が?どういうことなの?」
「……うむ、早い話が───貴様ら、アビドス高校についても何かしら依頼を受けているのではないか?」
「ぶふ───げほ、げほ!!」
「ちょ、アルちゃんきたな〜い」
「だ、大丈夫ですかアル様!?」
「……なんで、そう思ったの?」
話していないはずの依頼内容を予見していたかのように口にした柱間に、驚き口からお茶を噴き出すアル。そんな彼女を置き去りに、視線を鋭くして柱間を睨み付けるカヨコに臆することなく視線を返した柱間が迷いなく言葉を続ける。
「オレはアビドス高校から、暴力組織の襲撃を受けている旨を聞きアビドスへ来た。それがカタカタヘルメット団だったわけぞ」
「……あぁ。なるほど。先生がアビドス高校に手を貸したからヘルメット団は任務に失敗した、と」
「なぁに、全ては生徒達の努力の結果ぞ。オレは少しだけ力添えしただけに過ぎぬ」
「別にいいよ、変に謙遜しなくて」
「……え、え!?せ、先生、アビドスに支援してるってこと!?じゃ、じゃあ……」
「くふふ〜!!このままだと、確実に先生と敵対することになるね!アルちゃん!」
「───な、ななななな、何ですってーーー!!!!!」
個室で締め切っているにも関わらず外に漏れ出そうなほどに大きな今日一番の驚声が室内に鳴り響く。白目を剥いて口を金魚のようにぱくぱくと開閉する彼女を見て、一人はケラケラと笑い、一人は困ったように慌てふためき、一人は呆れてため息を漏らしていた。
「……そう言えば、なんで今日私たちがヘルメット団を襲撃する時に現れたの?私達の襲撃タイミングまで分かってたってこと?」
「いや、それはただの偶然ぞ。まぁ大した情報を渡してはいないにせよ、自分との繋がりは消しておくに限る。任務に失敗したヘルメット団を処理するだろうと考えての。……それで、彼女らの任務も───もしかすると、貴様らに回されておるのでは、と考えてな」
「………なるほどね。……で、社長、どうするの?」
「ど、どうするって?」
「いやいや、先生はヘルメット団から手を引けーって言ってるんだよ?それで、まぁ当然だけどアビドス高校からも手を引いてほしいけって言うよ。ね?先生?」
「あぁ」
「そ、それは無理よ!久方ぶりに入った大口の依頼だし……い、今更断ったら信用問題に関わるわ!」
「……そ、だったら───」
カチャッと音が鳴り、引き金に指をかける音が店内に響き渡る。カヨコが迷いなくハンドガンの銃口を柱間に向けたまま彼を睨みつけていた。
「ちょ、なな、何してるのよカヨコ課長!?」
「何してる?当然でしょ。先生の話を断った時点で敵になるのは確定なんだから……少し話つけとかないとね。大丈夫、殺しはしないから」
「くふふ〜!そういうこと!先生も、ちょっと不用心すぎな〜い?生徒の一人もつけずにさぁ」
「ハッハッハ!不用心、か。シャーレの部員にも口酸っぱく言われとるぞ!」
「え、えと、あの、け、消しますか!?」
「ま、待ってハルカ!というか二人もやめなさいよ!あ、相手は丸腰の一般人───と、というか一般人以下よ!?じゅ、銃弾一発で死んじゃうんでしょ!?」
「あはは!アルちゃんってば焦りすぎ!心配しなくても殺しはしないって!ただ少し言うこと聞いてもらうだけだから!」
「……得物を置いてはくれぬか?」
自分は向けられた複数の銃口に、さして怯えた様子も見せず並大抵のものではない胆力を見せつける。その瞳が怒気や圧をはらんでいたわけではないのだが、全く引く気配を見せないその気迫に何故か得物を突きつける方が気圧されて少しだけ額から汗を垂らしていた。
「くふふ!どうしたの先生?やっぱり怖い?」
「いや、話が決裂したのは悲しいことだが、よもや生徒との貴重な会食の場を乱すことはない。落ち着いて飯の続きとしようぞ」
「……それは無理があるかな。苦し紛れの言い訳にしか聞こえないよ、先生」
「……そうか。であれば仕方ない……ふむ、これだけあれば良いか」
「なぁに先生?まさかお金で命乞い〜?ちょっと幻滅したかもー」
柱間が何処か悲しそうに視線を落とし、はぁと息を漏らした後、財布から現金を取り出して机の上に置き、手元にある大型のジョッキへお茶を注ぐ。並々と、表面張力によって水面が縁から盛り上がるほどに注ぐとそれを高く持ち上げ口を開いた。
「すまぬが先に失礼しよう。これだけあれば代金には事足りるだろう。後はオレ抜きで楽しんでくれ。また機会があれば話そうぞ。ではな。────フッ!!」
「何言って───熱ッ!?」
「ッ、しま───ッ、くッ!?」
この場からの離脱を宣言する柱間に訝しげな視線を送る便利屋達。次の瞬間、並々とジョッキに注がれたお茶を網の上から赤熱した炭へ勢いよく振りかけると高熱の水蒸気が部屋に立ち昇り、瞬間彼の口から常人離れした肺活量を伴う突風が吹き荒れ便利屋達に白煙が襲い掛かる。自分達が場を制しているという油断と、やはり命を奪いかねないと言う引け目が反応を遅らせ、彼女らの視界をうばった。刹那、皆が熱と煙に目を閉じた一瞬、ガラガラと窓を開く音が聞こえ、そちらに銃口を向けるが──
「ッ、くそ!この一瞬で……!?」
既にそこには柱間の姿はおらず、慌てて窓まで駆け寄ったカヨコが外に顔を出して周囲を見渡すがどこにも柱間の姿は見えず、次の瞬間。
────ありがとうございましたー!
「……へ?」
「……嘘」
「……あちゃあ、やられちゃったね、カヨコちゃん」
入口の方から、誰かが退店したことを知らせる声が聞こえ、観念したように脱力する。どうやってかは知らないが、あの一瞬で窓を開き───そちらに注意を引かせ、その間に悠々自適に退店したのだ。
「……何者なの、あの人」
「くふふ〜!これは中々な強敵が現れたね〜!アルちゃん!………アルちゃん?」
「あ、アル様?だ、大丈夫ですか?」
開かれた個室の扉をぼーっと見つめるアル。先ほどまで閉ざされ密閉されていた室内に賑やかな喧騒がなだれ込んでくるが、そんなことなど気にも触れず、ただジッと、店の入り口の方を眺めながら一言。
「───かっこいい………!!」
「今戻ったぞ。……ぬ?」
「ん、お帰り、先生。遅かったね」
「お疲れ様です、先生。ヘルメット団員の方々はどうでした?」
「あぁ、そちらは一旦片はついたのだが……」
明け方、セリカの奪還───もとい、元ヘルメット団員の救出作戦を終え、皆が達成感に包まれ歓喜に咽ぶ中、一人その場を後にした柱間。任務に失敗した傭兵をこのまま放置するとも思えない、彼女らが心配だと言ってまだ日も登り切らぬ早朝にアビドス高校を出た彼が、何食わぬ顔で帰ってきて部屋を見渡して気づくことは、先にアビドスからミレニアムに帰還したユウカは兎も角として───いない、彼女らが。
「……あ奴らはどうした?」
「あ、えっと……元ヘルメット団員のお三方は……その……」
『え?も、もう出ていくのですか?もう少し休んでいかれたほうが……』
『いや、やめとくよ。部外者なのに気まずいし』
『そ、その、さっきは信頼できないとか言ったけど、アレは別に気にしなくても……』
『あ、いや、そういうわけでもなくてさ……』
柱間が出ていった後、程なくして目を覚ました三人が、ろくに休息も取らぬままアビドス生達に謝罪を述べて学校を出ようとし、慌てて引き止める。というのも当然というべきか彼女らの現在の様相はお世辞にも整っているとは言えず、肉体の不調も隠しきれていない。もしも負い目を感じているのなら気にするなと言ったが、どうやらそういうわけでもないらしい。
『私ら……ヘルメット団の所、戻るよ』
『……え?えぇ!?な、なんでよ!?折角足洗ったのにまた傭兵稼業に逆戻りする気!?』
『い、いや違うって!!……先生に、顔向けできないからさ』
『顔向け?』
『うん。……ところで、先生って今どこにいるの?』
質問に対して、引き止める間もなくヘルメット団のアジトへ単身乗り込んだことを伝えると、呆れたようで、しかしどこか嬉しそうに笑う元ヘルメット団員の三人。流石だなと口元に笑みを浮かべる。
『……結局ウチら、形がどうあれリーダーのおかげで今まで食い繋いでたのは事実だからさ』
『今回セリカを助けてハッピーエンド、みたいに綺麗事語ってるけど……自分らだけ助かりたくて、みんなを裏切ったのは間違いねぇんだ』
『そ、そんなこと……』
『それに言ってたんだ、リーダー』
『言ってた?』
『あぁ』
─────"ちょっとでもお前らのこと考えたオレがバカだった"って。
『…………』
『……んなこと言ってたんだ、リーダー……』
『……そういうわけだから、行ってくる。……あ、で、でも心配しないでくれ!!もう絶対に!!今回みたいな仕事は引き受けないように説得するし、アビドスにも手は出さないから!!』
『シャーレに所属しちゃえば?』
え?と誰が漏らしたか、唐突に声を上げるホシノの元へ視線が集まる。あいも変わらず眠たそうに、風に煽られアホ毛をクルクルと回しながら、閉じた瞼を開こうともせずのほほんとした口調で言葉を紡ぐ。
『学籍がなくてもシャーレ部員ってだけで信用は得られるだろうし職にもありつけるんじゃないかな?今のあなた達の再出発の良い足がかりになるんじゃない?先生も、あなた達なら断らないでしょ〜』
『あ、なるほど!それは良い考えですね!確かに学生証を持ってない皆さんの身分証明としてはこれ以上ない──『やめとくよ』
『もう、頼りたくないんだ。先生は悲しむかもしれないけどさ』
『……そっか。頑張ってね、三人とも』
『うん、ありがとう』
「…って言って、出ていった。あと先生には気を遣わせたくないから、言わないでほしいとも言っていた」
「分かってるならなんで全部言っちゃったんですか!?シロコ先輩!!」
「折角良い感じにあの子たちが覚悟決めたのに台無しじゃないの!」
「……そうか」
そう呟くと、いつもの如く彼女達の言葉に感極まって涙を流しオーバーなリアクションを取るのだろうと身構えていたアビドス生達にとって、意外にも淡白な彼の一言に思わず視線を向けると、ほんの僅かに口角を上げ目を閉じ俯いていた。悲哀を思わせることもなく、かと言って過剰な喜怒もなく、しみじみと噛み締めるように先ほどまでの言葉を脳裏で反芻する柱間が皆に背中を向け窓ガラスを開けると、心地よい風と共に微量の砂が巻き上がる。
かつて一国を背負った、家族に向ける大きな背中越しに、顔も見せぬまま───きっと、砂でも目に入ったのだろう。目元を擦る柱間が、言い訳をするかのように嬉しそうに微笑むのであった。
ご清覧ありがとうございます!
予約投稿忘れてた……
相変わらず遅筆ですいません!
それではまた次回
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