アビドス地区某所、便利屋68事務所。この寂れた学区にもやはり一等地というのは存在するようで、その立ち振る舞いから気品を漂わせたおやかな赤い髪を靡かせる女社長が、おそらくやはり懐も潤っているのだろう。その権威を示すように自治区内に立派な事務所を構えていた。
彼女達は便利屋68。金さえ積めば何でもこなす、キヴォトス一のアウトロー。そんな世紀の指名手配犯の頂点に座す彼女は今───
「………はぁ〜〜〜………」
───頭を抱えていた。
「アルちゃ〜ん、アビドスの件はいつ頃着手するの〜?それに、ヘルメット団もほったらかしたままだよ〜?」
「そ、それは……!分かってるけど……」
「……社長、随分とシャーレについて調べて回ってるね。そんなに興味が湧いたの?」
「な、何の話かしら!?」
「……はぁ、隠さなくていいから」
「う……あ………そ、その、ち、違うのよ!これは!そう!敵情視察よ!敵対するであろうシャーレの先生についての情報を少しでもと思って……」
「そ、じゃあ任務をする気になったんだ。ハルカ、またいつものように仕掛けといてくれる?アビドス高校の場所は分かるよね?」
「へ?」
「あ!は、はい!だ、大丈夫です!じゃ、じゃあ早速───「ま、待って!!」
「……はぁ、社長。変な言い訳はしないで」
「うぅ……だってぇ…」
専用のデスクに突っ伏し目元に涙を浮かべるアルを、呆れたような、しかし何処か理解も示すようにこめかみを抑えて見下ろすカヨコ。彼女らは金さえ積めば何でもこなす便利屋68。これまで──比較的──悪事だってこなしてきた。それこそゲヘナの風紀委員に指名手配を受ける程度には。故にこそ今回アビドス高校の襲撃に心を痛めるはずもないのだが、いつものように周囲が社長に対して無理に発破をかけない理由は───やはり、シャーレの先生。たった一度の邂逅であるが彼の言葉が偽善ではないことくらい分かる。ここキヴォトスにおいて彼の言動による抱擁は、父性に飢える彼女ら生徒にとって麻薬にも近い依存性を孕んだ毒物と言っても良い。そんな、聖人にも近い善性を伴う彼に、一日にも満たない短い交流とは言え信用を抱いてしまうのだ。
加えて、
「……というか、いつのまにこんな掛け軸増やしたの?アルちゃん」
「…忍は忍び堪える者。……なにこれ、社長」
「こ、これは……」
────完全に、憧れてしまった。
アウトローという言葉とはどうにも結びつかないあの大人が垣間見せた瞬く間の所作に───心を撃ち抜かれてしまっていた。武装した敵対勢力四人に囲まれ、しかし動揺をかけらも見せず頑なに先生としての態度を崩すこともなく、最後まで自分達を手玉に取った相手に───敬愛の念を抱いてしまっていた。それこそ、任務に支障をきたすレベルで。
「……社長、早いところ決断してよね」
「うぅ…分かってるわよぉ……」
「アルちゃ〜ん、言った側から電話だよ〜」
ひぃ!と情けない悲鳴を上げる我らが社長を眺めて今日何度目かのため息を吐くカヨコ。便利屋の事務所に連絡が入るというのは依頼の話がもっぱらで、室内に鳴り響く電話のベルは本来彼女らにとって福音であるはずなのだが、当の本人は恐る恐ると危険物を取り扱うかのように慎重に受話器に手を触れ持ち上げるのであった。
「は、はい……便利屋68です………───え?」
「……どうしたの?アルちゃん」
顔を青ざめさせて電話口に出たアルが目を細め、声を震わせながらも何とか所在を口にすると、帰ってくる言葉に目を丸くして皆の方を見つめる。予想だにしていない不可思議な彼女の反応に、社員が声をかけると受話器を耳元から外してその訳を口にした瞬間───皆一様に、瞬きを繰り返すのだった。
「……せ、先生からの依頼……」
唐突に便利屋に飛び込んだ先生からの依頼。
本来であれば互いに敵対勢力だと把握した上での煽りにも取れる犯行だが、彼に限ってそんな裏はないだろうと分かるのだが、それはそれで何故自分達に話を振ってきたのか甚だ疑問である事には変わりない。結局会ってから話をしようという事になり、何故か待ち合わせた場所は───レンタカーショップ前。特に遅刻ということもなく、開口一番に彼の口から放たれた驚きの依頼内容とは───
「え〜っと、業務用の鍋ってお店で売ってるものなのかしら……」
「ぎょうむよう?」
「家で使うようなサイズじゃなくて、企業や学校で使うような大型の物品のことだよ、先生」
「なるほど!確かにそういったモノの方が適しておるぞ!」
「……あ、アルちゃ〜ん、次右〜」
「え!?ちょ、ちょっと!いきなり言われても通りすぎちゃったわよ!!」
───買い物の付き合いであった。
「でも、わざわざ現地で作らなくてもさ〜。お弁当とかじゃダメなの?」
「ヘルメット団全員となると数が数だからの。いくら経費で下りると言っても抑えられる出費は抑えたい。それにそんな数の弁当を仕入れる当ては俺にはないからの」
「……ご飯を奢ってあげるだけだと、何にも変わらないと思うけど。あぁ言った連中は」
「あぁ、それは身に染みて理解しておる。ただ、やはり足掛かりは必要だからの」
「…………………」
「して、大丈夫か?ハルカよ。先ほどからうんともすんとも言わぬが……」
「あ!い、いいぃいい、いえ!わ、私のことは、お気になさらず!!」
「あはは!大丈夫大丈夫先生!ハルカちゃんはいつもこんな感じだから!!」
「そうか?」
アルの運転するレンタカーにて、助手席に柱間、後部座席に他三人という形で和気藹々と談笑する一同。
───ヘルメット団員達の飯を作るための買い出しに付き合ってほしい。
それが柱間からの依頼だった。なんとも拍子抜けする内容に依頼相手が彼であったとしても裏を疑ってしまったが、やはり彼女らの予想を裏切ることはなくどうやらそのままの意味のようで、そうと分かればまぁ特に断る理由もないかと運転できないと自称する彼に代わってレンタカーに乗り込む社長に続いて皆が乗り込み───かくしてよく分からない奇妙な珍道中が始まったのであった。
「というか、私たちじゃなくて他はいなかったのかしら。ほら、シャーレって色んな学園の生徒が加入しているんでしょ。その子達に手伝ってもらったらよかったじゃない」
「いや、実際には十にも満たないほどの数での。それに各生徒がシャーレに手伝いに来られる日というのも限られる。距離的な問題もあるしの」
「ふ〜ん、そんなものなのね……うわ、赤信号捕まっちゃった」
「せんせ〜?ちなみに、所属してる子達ってどんな子がいるの〜?」
「ん?そうさなぁ」
一種の話題の提供という意味合いと───戦力の確認という意味合いを併せ持つ狡猾な質問の真意に柱間が気づいているはずもなく、シャーレ部員の自慢の生徒を脳裏に思い浮かべる。どちらかと言えば、生徒の言葉を疑うことをしていないだけだが。
「直近では良くミレニアムの子が来てくれておるな。アビドスのヘルメット団の問題解決に協力してくれたばかりぞ!」
「へぇ、ミレニアムから」
「あぁ!良い子達ばかりでな!アビドスの問題に協力してくれた子とはまた別だが、ゲーム開発部と言ってゲームを作っておる子らもおるな!」
「ふぅん、ミレニアムなだけあってデジタル関連の創作系の部活が多いのかな。ゲヘナではまず聞かない部活名だね」
「創作系……言われてみれば、ミレニアム全体がそういう雰囲気ぞ。一度見て回っただけだがの」
「私たちには余り縁がない場所だものね……ゲヘナ以外だいたいそうなのだけれど」
「おぉ!ゲヘナと言えば、シャーレに最初に所属してくれた生徒もゲヘナの生徒ぞ!」
シャーレの最初の所属がゲヘナと聞いて意外そうな声を上げるアル。それはどうやら皆の言葉の代弁だったようで、というのもシャーレの手伝いと聞いて想像するような事務仕事や現場での作業に熱心に打ち込むような生徒を考えたとき、やはりゲヘナには軍配が上がらない。そんな真面目な生徒そうそう見つからないためだ。
「へぇ?ゲヘナなのね、意外だわ」
「そうか?」
「くふふ!だってゲヘナの生徒なんか自分勝手にやってる連中ばかりだからね〜!お仕事のお手伝い、とかいう雰囲気の子達じゃないじゃ〜ん?よもや風紀委員とかならともかくさ!」
「ハッハッハ!なら、その"よもや"ぞ!」
「………へ?」
「シャーレ所属の第一号二号はチナツとイオリぞ!!」
「えええええええ!?」
「社長、青になったよ」
「え!?え、えぇ……え、せ、先生、風紀委員の二人と知り合いなの…?」
驚愕して白目を剥くアルが社員の声に気を取り直しアクセルを踏むと、ゆっくりと車が目的地へと走り出す。前を向いて安全第一に心がけながらも先ほどの先生の言葉が忘れられず尋ね返すがやはり生徒の事となると上機嫌な彼の様子に変化はなく、嬉しそうに自分達の目の敵の話を口にした。
「あぁ!シャーレに就任して初めて足を運んだのがゲヘナ学園での!良い働きぶりぞ、二人とも」
「くふふ!ゲヘナの風紀委員は特に忙しいだろうから、ね?アルちゃん!」
「ど、どちらかと言うと私たち以外の方が結構やらかしてるでしょ!」
「どういうことぞ?」
「ゲヘナはテロリストの集まりだからね。私達みたいな地方で細々やってる小悪党よりも追わないといけない相手が多すぎるって話。まぁ私達も一応指名手配貰ってるから全く風紀委員と関わりがないわけじゃないけどね」
「なるほどのぉ……そういえば、そんなことを二人が言っておったような気もするぞ……」
「ちょ、ちょっと!小悪党なんて言い方はよしなさいよ!カヨコ課長!」
昨日までの険悪な雰囲気は何処へやら、会話に花を咲かせる便利屋一行と柱間。と言っても便利屋68が一方的に疑念を抱いていただけなのだが。
「あとは……百鬼夜行連合学院か」
「あ!それは知ってるわ!ツクヨさんとミチルさん、だったかしら?」
「ぬ?知っておるのか?」
「くふふ〜!予習はバッチリだね!アルちゃん!」
「あ、いや!ち、違うわよ!?」
「……はぁ、実を言うと昨日先生と会ってから社長、先生のファンになっちゃったみたいでさ。ずっとこんな調子。動画まで見ちゃってさ……」
「ちょ、か、カヨコ!?」
「───ハッハッハ!そうかそうか!なるほどのぉ!あ奴らの"ちゃんねる"とやらを見たわけか!どんな形でも、生徒に好かれて喜ばぬ道理はないからの!何とも嬉しい話ぞ!」
「あ、ちょ、ち、違うのよぉ!せ、先生も鵜呑みにしないでちょうだい!!」
「はーい!いらっしゃ───げ!」
「開口一番に、げ、は酷いんじゃないかな〜?おじさん泣いちゃうなぁ、ヨヨヨ〜」
「何が、ヨヨヨ〜、よ……えーっと、皆んな来たのね……はぁ、早く席着いて」
アビドス自治区内某所、塩や醤油、豚骨の様々な、食欲をそそる香りが店内に充満する柴関ラーメンにて、快活な笑顔の目立つ少女が暖簾をくぐる五名の客人を見て顔色を変える。と言っても先日の柱間を加えた一行の唐突な来訪で多少耐性はできていたのか───もしくは、諦めにも近い感覚かもしれないが、ため息をついて観念したように皆をテーブル席へと案内する。
「いやぁ〜、やっぱり皆で食事となったら柴関ラーメンに限るねぇ」
「はい!満場一致で決まりましたからね!」
「ついでにセリカの姿も見れる」
「見にこなくて良いわよ!」
「あ、はは……ちゅ、注文決めましょうか」
メニュー表を開き、他愛ない雑談に勤しむアビドス一行。彼女らの雰囲気が以前にも増して一段と明るいのは、やはりヘルメット団の問題が解決した所が大きいのだろう。憑き物が取れたような晴れやかな表情でメニュー表を片手に、会話に花を咲かせていた。
────そんな彼女らと打って変わって、どんよりと重い空気を隣のテーブルで若干一名が漂わせていたことには気付かずに。
「……はぁ〜……」
「アルちゃ〜ん、早く食べないと麺が伸びちゃうよ〜?」
「……重症だね。こんなに引きずるとは思ってなかったかな、流石に……」
「す、すいませんすいませんすいません!あ、あの時私が先生を処理できなかったばっかりに───」
所変わって、少し間隔を空けてアビドス生徒達から離れた位置に余り見かけない装いの少女達が、各々異なる表情でアビドス名物柴関ラーメンに舌鼓を打っていた。彼女らは便利屋68。先ほどまで柱間と買い物に出掛けており───その報酬を受け取った後、お昼でもどうかと言う話になったが彼は彼で個人的な用があるらしい。
泣く泣く解散しつつ、ここ、柴関ラーメンを柱間にお勧めされ現在に至る。そんな彼女ら───と言うか、アルが嘆いている理由は依前変わらずアビドス高校の案件。結局今日も言葉を交わして絆されて、決意が緩んでいるのは間違いないだろう。それがアウトローとしての矜持に傷をつけ、それでいてどこか居心地の良さを覚えているのが何とも情けない話であった。
「……もし、もしよ?これは……ぜんっぜん!!……関係のない話なのだけれど……」
「……なに?社長」
「……シャーレと関係を持てたら……ど、どういう利点があるのかしら……」
「アルちゃんやっぱり依頼断るの?」
「そ、そうは言ってないでしょ!?ただ、まぁ、社長として事務所の利を考えた時、手を組む相手は考えておくべきという話であって……」
言い訳がましい友人の言葉を聞き流しながら麺を啜るカヨコが咀嚼しながら頭の中で考える。彼女の言葉が言い訳であることは確かなのだがそれはそれとしてシャーレとの関係性も無視できないため、あながち彼女の発言も今後の便利屋のことを考えれば無視できないためだ。
「……ま、単純に信用問題に繋がるよね。シャーレっていう連邦生徒会のお墨付きがバックにある。言い換えれば便利屋が連邦生徒会の第三次団体になるってこと。口座を作ったり、融資を受けたり、そこら辺はスムーズに行くんじゃないかな」
「なるほど!いいじゃない!」
「あとは……風紀委員も私たちに手を出し辛くはなるんじゃないかな」
「風紀委員が?どうしてかしら」
「……社長。仮にいけすかない相手がいたとしてさ。それがシャーレの部員で先生の可愛がってる生徒だったら、社長は攻撃できるの?」
「う………そ、それは……」
「勿論水面下での睨み合いや牽制は無くならないだろうけどね。……あとは、単純にシャーレの施設を借りられるってところか……こんなとこかな」
「な、なるほど……「でも社長」
「損得勘定じゃないよね。……先生と敵対したくないって理由ならお勧めしないかな」
「ッ、それは……」
「くふ!カヨコっち厳しい〜」
「茶化さないで。……で、どうなの?社長。今後も同じ場面で同じような選択する気?今回は偶々、はやめといた方がいいよ」
カヨコの問い詰めるような声色と言葉に段々と自信を喪失していくアルが、またもや机に突っ伏し項垂れる。予想できていた反応なだけに、少々哀れみの視線を向けるカヨコが慰めの言葉を口にするでもなく麺を啜る。オロオロと慌てふためくハルカを放置して。
「……わかってるわよーッ!!」
「ちょ、アルちゃんうるさーい」
「うぅ……わかってるわよ……ちょっと絆されたからって一度受けた任務を反故にするなんて……一番アウトローらしくないわ……」
突如として顔を上げて大きな声を出すアルが、既に生ぬるくなった麺をちゅるちゅるとおちょぼ口で啜りながら泣きべそをかくように想いを吐露するが別段意外性も何もなく、返ってくるのはため息ばかり。彼女の反応にも飽きてきたのかムツキは我関せずと柴関ラーメンを胃に収める作業に従事しており、カヨコも例外ではない。ハルカはやはりかける言葉がないようで、気が気でないと言った様子で箸ではなく空中で手を踊らせていた。
そんな折、
「どしたの〜?そこの人たち」
「へ…?」
「いやぁ〜、随分大きな声上げるもんだからさ〜、ちょっと気になっちゃって」
「あ、ご、ごめんなさい!……こほん、失礼したわ。気にしないでちょうだい」
「あのね〜、仕事がうまくいかなくって社長が困ってるんだ〜」
「ちょ、む、ムツキ!」
「くふふ〜!いいじゃん、折角声かけてくれたんだしさ〜。ちょっとくらい愚痴ってみたら〜?」
第三者の指摘により自分の痴態に気づいたアルが咳をこぼし姿勢を正して毅然とした態度を取るが、そんな彼女の浅ましい努力を嘲笑うかのようにムツキが身を乗り出してネタバラシを行うと、予想通りの慌てようなアルにやはり悪戯な笑みを浮かべるムツキが彼女を宥めていた。
「仕事、ですか……そういえば今し方、社長と申されていましたが……」
「ん……まぁ、詳しくは言えないけど、個人営業してるって考えて貰えばいいかな」
「へぇ〜!皆さん、起業してらっしゃるんですね!凄いです!!」
「うへぇ〜、そりゃ大変そうだねぇ。どんなお仕事してるの?」
「え?え、え〜っと……な、何でも屋、かしら…?」
「何でも屋?傭兵みたいなもの?」
「そ、そんなチンピラと一緒にしないでちょうだい!」
シロコの言葉に憤るアルが───本人が知る由もないが───ターゲットのアビドスからも何処か微笑ましく生暖かい視線を送られるのは、やはり無理に気高く振る舞おうとする彼女の、実際の態度とのチグハグさや脆さが愛着を沸かせるからだろう。
「えっと……それで、どうされたのですか?随分浮かばない表情をされていましたが…」
「う……それは……」
「あのね〜、アルちゃんが依頼中に出会った人のこと好きになっちゃってね〜?その人が、依頼をやめてほしいーって言ってるの」
「ちょ、む、ムツキ!?」
「え!?す、好きになった、ですか!?」
「きゃ〜!恋しちゃったわけですか!社長さん!」
「男を取るか、仕事をとるかの禁断の二択……!」
「うへぇ〜、甘酸っぱいねぇ」
「ち、違うわよッ!!そんなんじゃなくて人として尊敬してるってだけ!!そもそも相手は大人よ!!」
「ん、つまり……禁断の恋……!」
「違うってば〜!!」
「くふふ!」
「………はぁ」
恋バナという乙女を虜にしてやまない話題に花を咲かせ賑やかになってきた会話の外で、やはり輪の中に溶け込めず引っ込み思案なハルカと、ため息を吐くカヨコ。彼女らは蚊帳の外のまま話は軌道修正され、どうやら仕事の話に戻ったようで、神妙な顔をしたアルが困ったように眉を八の字に曲げていた。
「その……まぁ、普通に良い人なのよ……客観的に見てね。それに……その人と手を組むのも、悪くないと言うか…」
「悪くない?」
「……まぁ、ウチの会社に取ってもメリットがあるって話。でも社長は結局良心の呵責で揺らいでいるだけで、メリット云々はただの言い訳でしかないからね」
「そ、そんなことは………うぅ………」
「あるんですね、そんなこと……」
「仕事の内容って何?」
「……守秘義務があるから勝手なことは言えないかな。ま、知らない赤の他人に迷惑かけるかもって話」
「それをやめてくれって言われてるんだよね〜、さっき言った人に」
「でも……そんなのアウトローじゃないわ……!金さえ積めば何でもこなす、裏の世界のカリスマ的存在……それが、何が悲しくて情に絆されなきゃいけないのよぉ………!」
ここを居酒屋だとでも誤認しているかの如く突っ伏す涙目のアルを置き去りに、その話を聞いて少し思うところがあるのか表情が変わるアビドス生達。こんな偶然もあるものなんだなと示し合わせたかのようにホシノが口を開いた。
「うへぇ〜、大変そうだねぇ。おじさん達も最近、似たようなことがあるから気持ちも分かるよ〜」
「似たようなこと?」
「はい。……実は、私たちの学校、地域の暴力組織に襲われて場所を追われそうになってたんです」
「え!?た、大変じゃない!!」
「はい!でも、とある方に助けていただいて、難を逃れたんです!すごく親切な方で、その後も私たちの学校の問題と向き合っていただいている、頼れる大人の方でして」
「へぇ……良い人ね、その人」
「でも、一回ウチの生徒がその人と喧嘩した、部外者が余計なことするなって言って」
「え、ちょ、な、なにいきなり!?と、というかそこまで言ってないわよ!!」
突如、話を振られたセリカがカウンター越しに振り向き驚いたように声を上げた後抗議の言葉を述べるが、アビドス生を一瞥した後に自分を目を見開いて見つめる赤い髪の少女の顔を見てばつが悪そうに表情を歪めた後にため息を吐いた。
「……その人、その暴力組織は自分がなんとかするから手を出すなって言ってたの。私は納得できなかったから……その、つい、口をついてそういう言葉が出ちゃって……」
「…それは……」
「ま、結果的にその人がなんとかしちゃったし……。───結果的に!!あくまで結果的に、よ!!!……それで良かったと思ってる。でも、じゃあ最初から従っておけば良かったのかって言ったらそういうわけでもない気がする」
「ど、どうしてかしら…?」
客の去ったテーブル席の皿を片付け、テーブルを拭きながら背中越しに言葉を続けるセリカ。
「……結局、意地や本心のぶつけ合いだと思う。私も、やりたいようにやって我儘を言った末に、その人を信じれた。最初っから自分の心を押し殺して我慢して従ってたら、結局上手くいったとしても、心のどこかで『でも、私の言ったことも正しかったんじゃないか』ってモヤモヤが残ってただろうから」
「…………」
「だから、迷ってる───って言うか、決め切るほどの信頼をまだその人に抱いてないなら……取り敢えず、我儘に振舞ってみても良いんじゃないかしら?それでダメなら、キッパリ諦めもつくでしょ?」
「……そうねぇ、そう言うものかしら………」
「さぁね、私がそうってだけだったし、確かな意見なんてないけれど……な、なんか、変なこと言ってる気がするわね。ご、ごめんなさい、途中から訳わからない───「いえ」
セリカの言葉を遮るようにその場から立ち上がったアルが、先ほどまでとは打って変わって凛々しい表情に不敵な笑み浮かべてセリカを見つめていた。キョトンと困惑気味のセリカに歩み寄るアルが彼女の手を掴み感謝を述べるが、本心から醸し出されるそのオーラにはなるほど確かに彼女が社員の三人を総べる長であると納得させるだけのカリスマ性を感じさせる。
「参考になったわ。何をぐちぐちと悩んでいたのかしら……貴女達のおかげよ、本当にありがとう。アドバイス通り従ってみるわ」
「あ、うん……まぁ、参考になったなら何よりだけど」
「大将もいい腕ね、美味しかったわ。また来るわ」
「おう!いつでも待ってるぜ!」
「じゃあね、またどこかで会うことがあったらよろしく」
「あ、ちょっと待ってよアルちゃ〜ん。じゃあねー!」
「……ふぅ、ご馳走様。じゃ」
「あ、あ、し、失礼しました……!」
退店し、その場を後にする便利屋68一行。入店した時とは打って変わって満足げなアルが、道を歩き裏路地へと姿を消して事務所へ向かう途中、久々に見せる得意気な顔で笑みを絶やさず、口を開く。
「……いい人達だったわね」
「だね〜!アビドス高校の子達!」
「そうそう、アビドス────……へ?」
先ほどまでのカリスマ女社長は何処へやら、仮面が一瞬にして剥がれ、ムツキの方へ向くと、いつにも増して深く笑みを浮かべるムツキが笑い声を押し殺さないようで小さく声を漏らす隣で、カヨコが心底呆れたように眉間に皺を寄せていた。
「……………アビドス高校の生徒だよ、あの子達」
────その後、お決まりの叫び声が周囲に響き渡るのは───当然の話であった。
「すまぬな、ちと遅れて!ヘルメット団の子達と戯れあっとったら随分時間を食っての!」
「いえいえ。私の方こそ、急な呼びかけに応えてくださりありがとうございます。本日は……是非、実りのある充実した会談にできれば良いかと」
アビドス郊外、高層ビル上層部。ガラス張りの壁の外には街並みが広がり、しかしシャーレで見慣れた柱間が流石にそろそろ気を引かれて壁に張り付く様子も見せなくなってきた。それでも時折仕事の合間に黄昏街を眺めると言うのは彼の日課であることには変わりなく、今日謎の男に招かれたこの場においても、少々外を眺めると言う無礼に、椅子に腰掛ける男は特段不快感も示さず不敵に笑みを浮かべている。
「……シャーレの先生をやっておる。千手柱間ぞ」
「えぇ、お噂はかねがね。……おっと失礼、私の方も自己紹介を」
相手を立たせたまま自分だけ腰を下ろしている事実に気付いたのか、それともわざと見せつけるための気遣いかは分からないが、デスクに手をつき立ち上がり、襟元を正して柱間を見据えて、動かない口から音を放った。
「……私のことは、黒服、とお呼びください」
ご清覧ありがとうございます!
これアビドス編終わるまでにどんだけかかるんやろうな……どっか時間のできたタイミングで一気に進めたい……
それではまた次回
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