Hashirama Archive   作:アテナ18号

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リアリスト

 

 「黒服?……偽名か何かか?」

 「単にこの呼び名を私が好いているというだけの話です。そう呼んでいただければ幸いかと」

 「……単純ぞ。捻りもないぞ。見たままぞ……」

 「……こほん。どうぞ、席にお着きください」

 

 多分煽りでもなく何でもなく本心なのだろうが、初対面の相手にぶつけるには失礼極まりない侮辱に気まずい沈黙が場を制した後に、咳払いを行う黒服が着席を促すと柱間が黒服の対面にゆっくりと腰を下ろす。

 

 「しかし、繰り返しになりますが急な話で申し訳ありません、先生」

 「構わぬ。アビドスの話を出されればオレも無碍にはできぬからな」

 

 彼がそう口にするように何処の誰とも知れぬ人物から匿名で柱間に届いた一つの───アビドス高校の借金を匂わせる怪しげなメール。それに釣られてまんまと足を運び現在に至る。

 

 「それは申し訳ない。貴方を釣るための材料としてアビドスの名を使ったに過ぎません。まぁ、私が全くその件に関与していないと言えば嘘になりますが……私の目的は、先生、あなた自身にある」

 「オレぞ?」

 「えぇ」

 

 自分を指差し眉を顰める柱間が首を傾げる。何が面白いのか、クックックと特徴的な低い笑い声が室内に響き渡るが、そんな不信感を抱かせる不敵な声色に動じることもなく柱間が次の言葉を待っていた。

 

 「我々は、ゲマトリア、と申します。と言っても適した名を拝借しているだけですがね」

 「我々?」

 「えぇ。ゲマトリアはキヴォトスの神秘を探求する者の集い。私以外にも当然ですがメンバーは存在します。私たちは観察者であり、探求者であり、研究者です」

 「……話の本筋が見えてこぬな」

 「ククク、これは失礼。そうですね……柱間先生。───唐突な話ですが、私は、キヴォトス外の存在です。貴方と同じく」

 「なに?貴様が?」

 

 えぇ、と深く頷く黒服の視線の先では、驚いたように少し身を乗り出した柱間がジッと彼を見つめていた。その、予想通りの反応がおもしろおかしいのか、やはり声が漏れ、特徴的な笑い声が室内に響き渡る。

 

 「と言っても、柱間先生は私とはまた違った領域の存在のようですが……」

 「…………」

 「クックック、落胆させたなら申し訳ありません。ただ、同郷を見つけ悦に入るような方でもないでしょう」

 「まぁの。それより、直ぐにでもアビドス高校の話に移りたい。貴様はオレを釣るために餌を垂らしたのかもしれぬが、オレにとっては最重要事項ぞ」

 「それはすみません。しかし、今しばらく雑談に花を咲かせることをお許し下さい。それにこれは、貴方にとっても取るに足らない戯言といった類の話ではない。ここ、キヴォトスで貴方が───先生として在るならば、知っておいて損はない話です。貴方に関係する話もあるでしょう。いかがです?」

 「………」

 「無言は肯定と受け取りましょう。……時に先生、生徒達の頑強な肉体に疑問を抱いたことは?」

 「ん?そりゃあ驚いたぞ。生徒だけでなくキヴォトスの者達は総じてそのようだからのぉ」

 

 黒服の言葉に、サンクトゥムタワー奪還作戦時の生徒とのやり取りを思い出す。言葉で聞いて、視界で捉えても半信半疑な彼女らの言葉に、生徒を前に立たせることを渋る自分の言葉と、ユウカに怒鳴られ押し負け引き下がる情けない姿がずっと昔のことのように思えるが、未だその不安は完全に払拭されたわけでもなく、やはりここの常識と分かっていても、人を殺せる道具を生徒達が握っている姿を見るのは忍びない。

 

 「えぇ、そうでしょう。それらは彼女らが持つ神秘によるものです」

 「神秘……さっき言っておった、キヴォトスの神秘、というやつか?」

 「はい。ソレの具現化した最たる例が、彼女らの頭部に浮かぶヘイローです」

 「アレか。最初はなんぞ、妙な機械でも付けておるものかと思ったが、そういうわけではなさそうぞ」

 「物理的な干渉を受けない、魂や精神の具現化形。彼女らに内在する神秘の形、とも言い換える事ができるかもしれません」

 「……その、神秘とやらの話がオレにどう関係する?」

 

 柱間の、急かしているのか、はたまた純粋に問いただしているのか不明な、しかし鋭い視線を正面から受けた黒服が、以前変わらずヒビ割れ淡い光のスジを伴う顔の表情を変えることもなく、不敵な笑みを浮かべ続ける。

 

 「……この、神秘というのは個人差が大きく、単純に大小比較できるものではありません。肉体の強さに関わらず、そのものの固有の能力………特異体質、と言い換えても良いでしょう。

 

 

───柱間先生、貴方のように」

 

 「───……貴様、オレの何を知っておる」

 

 警戒心を引き上げる柱間に、しかし態度を一向に崩さない黒服。

 

 「クックック……誤解がないように言っておきたい。私は貴方について、何も知りません。先ほど述べたように、私と貴方ではキヴォトス外と言ってもその領域が異なる。あくまで私が知っているのは……貴方がここ、キヴォトスで成した範囲の出来事に過ぎません」

 「しかし、生徒にも言ってない話ぞ」

 「はて、何のことでしょう?私はただ……貴方が時折見せる、キヴォトスの人間にも引けを取らない、常人離れした動きを特異体質、と言ったまでですが………なるほど、やはり貴方は私の把握していない以上の何かがあるようだ」

 「ぬ……それはだの……」

 「クックック、話に聞いた通りのお方ですね。ご心配なく、無理に聞き出したりは致しませんよ」

 「…そうか?……いかぬなぁ、こういう会談は基本扉間の奴がやっておったからなぁ。失言する度に怒鳴られておったのを思い出す……」

 「トビラマ?……柱間……トビラマ……ふむ、名前からして親兄弟か何かで?」

 

 黒服の問いを肯定する柱間が、懐かしそうに、嬉しそうに頬を綻ばす。緊張感の漂う場に一時の平穏が訪れたように穏やかな瞳の柱間がポツリと口ずさむ。

 

 「あぁ。オレと違って頭が回る奴でな、いつも世話になってばかりだった」

 「……なるほど。クックック、随分と仲が良かったようで」

 「ぬ?そんなに顔に出ておったか?」

 「えぇ。しかし、会談は基本、ですか。確かに貴方の態度を見ていても、こうした場は随分手慣れているように見える。何か重役の経験がおありで?」

 「まぁ、そんなところぞ。今となっては一教師に過ぎぬがな」

 「卑下することはありませんよ。このキヴォトスにおいて貴方の"シャーレの先生"という立場は生徒達にとってこれ以上なく大きい。その影響力は貴方が身をもって実感しているのでは?」

 「バカを言うな。逆ぞ」

 「逆?」

 

 そう言って椅子に座ったままチラリと目を横に向ける柱間。彼の視線を追って黒服もそちらに目を向けると、ガラス張りの高層ビルの眼下には多くの人々が群がっていた。その中には無論、生徒の姿も。

 

 「オレが生徒を、ではない。生徒がオレを助けてくれておる。良い子達ばかりぞ」

 「……ふむ、理解できませんね。態度や口振りからして謙遜や建前でなく、本心で彼女達を尊敬しているようだ。しかし、ポジティブな相互的干渉が貴方と生徒の間にあるのは事実かもしれませんが、実績から鑑みて貴方が生徒を導いている比率が高いことは一目瞭然でしょう」

 「そんな大それたものでもない。彼女達は彼女達でなければならないが……オレはオレでなくとも事足りる。ただ手を差し伸べる何者かが必要だっただけで……オレにお鉢が回ってきた、それだけの話ぞ」

 「………」

 「学園という垣根を越え、相互に手を取り合える。彼女ら自身が先日、ソレを証明してくれた。オレなどいなくとも彼女らは自身の足で立つことができる。その一助になれれば、オレは嬉しい。………すまんな、話が脱線した」

 「……いえ、しかし謙遜も過ぎれば生徒からの信頼に泥を塗る。あまりお勧めしませんよ、自分を必要以上に下げるのは。特に生徒の前ではね、クックック……」

 「ぬ……まぁ、そうだの……」

 「そのご様子だと、既に指摘された経験がお有りのようですね」

 「ぬぅ……直ぐに態度の現れる、オレの悪いとこぞ……」

 「美徳だと思いますよ。……さて」

 

 声色はそのままに、一旦会話を区切る黒服がデスクの中から一枚の用紙を取り出し机の上に置く。いったい何かと眉を上げて不思議そうにその紙を遠目から眺める柱間の意識を引きつけるように少々声を大きくして彼の名を呼ぶ。

 

 「柱間先生」

 「ん?」

 「話が随分と長引いてしまい申し訳ない、ここからが本題です。何故今回私が貴方を呼び寄せたのか。……私の、言葉を飾る癖は、時折人を不快にさせるようです。ので端的に申しますと───先生、貴方と協力関係を結ぶため」

 「オレと?」

 「えぇ。もっと簡単に言うと私の計画には、先生、貴方が最大の障壁として立ちはだかる。……こちらをご覧ください」

 「…………これは」

 

 先ほど黒服が取り出した一枚の紙を手渡され、その内容に目を通す柱間の顔色がだんだんと険しさを増していく。そこに書かれていたのは───小鳥遊ホシノの身柄と引き換えにアビドスの借金を肩代わりする旨の契約。彼女の立場と責任感を良いように利用した、何ともあくどい手口に顔を顰めさせる柱間。そんな彼を茶化せるはずもなく、独特な笑いは鳴りを潜め淡々と言葉を紡ぐ黒服。

 

 「……私は、キヴォトス最高の神秘である暁のホルス……小鳥遊ホシノさんに大変興味があります。そのためにわざわざ私は、くだらない一企業の詐欺紛いの行為を援助している」

 「詐欺紛い……彼女らは、闇金に手を出したと言っておったの。もっとも現役の彼女らではなくその契約を結んだのは先代のアビドス生徒らしいが」

 「えぇ。……カイザーローン、カイザーコーポレーションという多角化企業の金融部門であり、彼女らの言う通り真っ当な貸金ではありません。しかし契約は何も違法ではない。貴方と生徒が理想を追い続けることを否定は致しませんが、現実的に考えて返済の目処はないでしょう、将来的にも」

 「………」

 「そして、貴方の謳う希望と理想の口車に乗せられ現実の見えていないアビドス生徒達の中で唯一、彼女だけは違う。この契約に必ずサインを記すでしょう、必ずね」

 

 しかし、と言って立ち上がった黒服が席を離れ、壁まで歩きガラス窓越しに外を眺め柱間に背中を向けたまま言葉を続ける。

 

 「貴方はソレを許さない」

 「あぁ」

 「……先生、私が貴方を恐れている理由は分かりますか?敵対したくない理由が」

 「……オレの背後にある、連邦生徒会というバックか?」

 「そんなモノ、大したことではありません。仮にそこと話が拗れたとしても、カイザーローンの結んだ合法的な契約に、いくら連邦生徒会と言えど口は挟めないでしょう」

 「では何故…」

 「……先生、大人のカードはお持ちですか?」

 「ん?大人のカード……カード……カード、と言われてもこんなモノしか持っておらぬが……ややっこしいから全く使っておらぬがな」

 「えぇ、それであっていますよ。しかし……使っていない?」

 

 懐から一枚の、小ぶりな長方形の板を取り出す柱間。普段はお金の決済に使っている───はずの、単なるクレジットカードであるはずなのだが、使っていないという柱間の言葉に黒服が首を傾げる。

 

 「あぁ、こんなもの、オレの知識になかったからの。パソコンと言いコレといい……今は私用の金は全部現金にしておってな」

 「……なるほど、ソレはまた。連邦生徒会に何か言われたのでは?」

 「その通りぞ。もうリンの奴なぞ、この話を最初に通した時は嫌そうな顔を隠そうともせず露骨にため息を吐いてのォ!ハッハッハ!」

 「それはそれは……ククク、連邦生徒会の心労が思いやられますね」

 「それで、これが何ぞ?ただの、金の決済をするカードだろう?」

 「えぇ、本来はそうですね。……その様子を見るに、まだ自覚がないようだ」

 「自覚?」

 

 窓の外を眺めていた黒服が振り返り、柱間と視線を合わせる。

 

 「先生、一つお聞きしたい」

 「なんだ」

 「貴方は何者ですか」

 「……どういう意味ぞ」

 「キヴォトスの人間でないにも関わらず、彼女らに引けを取らぬ剛力を持ち、戦車や鉛玉の飛び交う戦場に臆する様子も見せない。単に肝が据わっているのかと思いましたが───どうやら純然たる力による自信がお有りのようです」

 「…………極めつけは、貴方が自身で親指を噛み切り地面に手をつけた、あの自傷行為」

 「……なるほど、あまり迂闊な事をするモノではないな」

 「………貴方は、キヴォトス外の領域の者。───で、あるにも関わらず」

 

 「私の───ゲマトリア(我々)の知らぬ神秘をお持ちのようだ」

 

 彼の、初めて出す緊迫した声色が場を支配する。息苦しい沈黙が訪れ数秒、一向に反応を返すことのない柱間の───暗に続きを促しているようにも取れる───態度に耐えかねてか黒服が口を開いた。

 

 「……大人のカード。金銭ではなく───生と時間を代価に、力を与える、先生にとっての武器。……貴方の枷を外すための鍵、と言い換えても良いでしょう」

 「………」

 「貴方ならば可能なのでしょう。私達の計画を力によって強引に崩壊させることが。……先生と生徒が手を取り合い難解な問題に立ち向かう青春の物語を、貴方の力で過程やそこに介在する、解釈によって導かれる定義を全て無にする稚拙な駄文にすることが可能です」

 「………」

 「故に、言葉を交わしにきたのです。私の計画も、それに類する数多の事象も……アビドスの努力でさえ、貴方は全て児戯にできる。どんなに追い詰められたチェスの盤面でも、盤をひっくり返し───あたかも、ソレが正攻法であるように」

 「私は、ソレほどの神秘を貴方に予感している」

 

 

 

 「……いつの世も、変わらぬな」

 

 ポツリと小さく、しかし防音の徹底された部屋で他の環境音もなく部外者もいなければ存外室内に響くようで、黒服の耳にも独りごちる彼の、自身に向けたモノではない想いの吐露がしっかりと入ってきた。

 

 「黒服よ。つまりお前は、オレを恐れているのだな?」

 「えぇ、そう捉えていただいて構いません。勿論、単なる一武力であればこうまで気を配る必要はない。ただ、貴方が思慮深く、頭も回り───何より、自身の中心に自身がいない。……私には到底理解の及ばぬ領域ではありますが、貴方は生徒の為ならばその全てを切り捨てることが可能なようです。これほどやり辛い手合いはいない」

 「………ふむ」

 「生徒第一、それが先生の───「少し語弊があるな」───?」

 

 自身の言葉を遮る柱間に視線を合わせると、先ほどまで自身を威圧していた男の、どこか穏やかで、圧のはらまない───それでいて、子に向けるとも、生徒に向けるでもない真剣な雰囲気を隠せないような───合理主義の自身が、形容もできない魔力によって引き込まれるような、純粋な瞳で柱間が自身を見据えていた。

 

 「なぁ、黒服よ。………───────────────」

 

 

 

 

 「……………は?」

 

 柱間が突如として口にした言葉に全身が固まり、思考が停止する。ここ数年───否、自身という一つのテクストが「黒服」という記号を纏う以前から数えても、出したことのないような間抜けな声が漏れ出て、その事実に驚く余裕すら与えず言葉を失った柱間が畳み掛ける。

 

 「………黒服よ。貴様は、オレが生徒第一、と言ったな。それは間違っておらぬ。オレは聖人というわけでもない。優先順位というのは存在するのだろう」

 「…………」

 「だから、バカもやった。失敗もした。……子を、家族を守ることが全てだと考え……友を切り捨てた。結果、里の子へと、未来の家族へと、禍根を残し負担をかけた」

 「………何を」

 「しかし、何の因果かオレはソレを清算する機会を与えられた。全てが遅かったとしても、それに気づく機会を与えられた。友と言葉を交わして、終ぞ隠したままであった互いの腹を割り───二度目の死別であったとしても、本心を語らうことができた」

 「………」

 「そして────二人の少年に希望を見た。オレの……オレ達の辿った道ではなく、その因果を断ち切る、新たな世代に芽吹く青葉を、火の意志を」

 

 伝わるはずのない自分語りを、果たして黒衣の彼はただ困惑しているのか、それとも聞き入っているのか。表情の変わらぬ彼の、しかしひび割れる顔が崩れるような錯覚を覚えさせる。

 

 「黒服よ。オレはな、表面上だけでも、損得勘定だけでもない。……誠の意味で、お前と協力関係になりたい」

 「………誠の、とは」

 「まぁちと言い過ぎかもしれぬが、有り体に言えば……友、と言い換えても良いかもしれぬ」

 

 

 

 

 

 「………何故」

 

 「何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故、なぜ」

 

 「意味がわからない。私と貴方は今日出会ったばかりでそんな信頼関係もないはずだ。貴方の信頼を勝ち得るだけの何かがあったとも到底思えない。いったい何故」

 「まぁ落ち着け。いずれそうなりたいと言うだけで今すぐ抱擁を交わす気なぞオレも毛頭ない。ちと言い過ぎだとオレも言ったろう」

 「だとしても、いずれ───未来の話であったとしても理解ができない」

 

 困惑気味にズカズカと近寄り柱間に顔を近づける黒服を、しかしやはり目の色を変えることなく、口元に若干笑みまで浮かべる彼は、何の気もなしに言葉を続ける。

 

 「まぁ、オレも人よりは甘い所があるのは百も承知ぞ。それでも現実主義者な面もある、立場が立場だったからな。故に貴様の、ホシノに対する契約を笑って見過ごせるはずもない」

 「ならば尚更───」

 「だが、武力をちらつかせて交渉するのは性に合わぬ。オレはな、黒服よ。生徒やお前だけではない。……叶うならば、全ての学園が、組織が───手を取り合い、心が一つとなる事を夢見ておる」

 「───………」

 「黒服よ。お前は今日、オレに言う必要もない話をしたはずぞ。正直に全てを打ち明け、場合によってはオレの反感も買いかねない話であった。まぁ、実際にオレはホシノの件を許してはおらぬがな」

 「……それは」

 「合理主義者の貴様らしくない判断だが……単に、オレの信用を得る為だったのだろう。しかし理由がどうあれ、お前が腹を割って話してくれたのなら───オレがソレに答えぬわけにはいかぬ」

 「………先生は、そんな話を私に通して心変わりするとでも?貴方自身が合理主義者と呼ぶ、今日まで関わりのなかった、何処の馬の骨とも知らない相手が情に絆され、そんな子供のような理想に流されると、そうお考え──「確信はない」

 

 

 「だが、信じる者がおらねば理想は叶わぬ」

 

 

 「……正直、オレもこの判断が正しいかは分からぬ。ただ───過去の自分の選択とは、違った道を進みたい。あの少年のように成れるかは分からぬがな」

 「…………」

 

 その場から立ち上がり、黒服に背中を向ける柱間が、入口の方へと歩いていく。声をかけることもできず呆然と立ち尽くす黒服に、部屋を出る直前、扉の前で立ち止まった柱間が背中越しに語りかける。

 

 「黒服よ。再三言うが、オレは聖人ではない。里長として、時に非情な決断をすることもあった。……過去とは違った道を進みたいと考えてはおるが、何が正しいかもわからぬ。もしものことがあればやはりオレはお前と敵対するのだろう」

 「………」

 「だが───先ずは信じる所から始めたい。少しでも、オレの言葉に耳を傾けてくれるなら、これほど嬉しいことはない」

 「………」

 「ではな。また何かあれば呼んでくれ、時間が合えば顔を出そう」

 

 そのまま退室する柱間を、呼び止めることもなくやはり微動だにしない黒服が───ただジッと、机の上にあるホシノとの契約書を眺め続けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……ん?あ!先生!」

 「すまぬな、遅れて。……アイツの姿が見えぬな」

 「リーダーなら隣の部屋で寝てるよ」

 「そうか。どうだ?仕事は」

 「上手くいかないや。親方に怒られてばっか」

 「私も」

 「……すまぬな、お前達には迷惑をかける」

 「別に良いよ、食えれば何でも」

 

 現在、随分と夜も更けてきたアビドス郊外の廃墟。黒服に別れを告げた後そのままカタカタヘルメット団のアジトへと足を運ぶ柱間を出迎えるヘルメット団員。と言ってもかつての大所帯は鳴りを潜め、今や影も形もないほどに学級の一クラスに満たぬほどの人員がまばらに点在しているだけとなった。どうやらカタカタヘルメット団と言っても偏に彼女らだけを指すわけではなく、他にもアビドスに疎に点在するらしい。彼女らは依頼主に切り捨てられたが、未だに先の依頼主と繋がっている者もいるだろうとのこと。

 

 ともすれば依頼に失敗したリーダーを見限る団員も少なくはない。人の減った、もはや傭兵団としての形を成していない彼女らが群れを成すのは単に他の手法を知らないのもあるだろうが───今、外に出ていてこの場にはいないが柱間が随分と世話を焼いた例の三人組が口にしていたように、少なからずリーダーに恩があるから。その人徳が未だ人を惹きつけ最低限の形を成していた。

 

 「飲み物や食料は問題ないか?」

 「うん、大丈夫。昼のカレーまだ残ってっし」

 「そうか。……何度も言うが───」

 「罪滅ぼしでしょ?もういいって、耳にタコができるくらい聞いたから」

 

 そんな彼女らに柱間が与えたのは最低限の施しと、シャーレを通した仕事の仲介であった。と言ってもやはり表立って合法と言えるものでもなく随分と足元を見られるような低賃金の土木工事や大工仕事、簡単な物流作業しか見繕えなかったが、現実主義者でリアリストであったリーダーと違って彼女に付き従っていれば良いと半思考停止状態であった彼女の部下達は、逆にその楽観主義が功を奏し特に文句もなく、柱間が職を奪って、それが原因で発生した便利屋の襲撃から柱間が彼女達を守り、そこに柱間が餌を与え信頼を勝ち得、柱間が職を与えると言う、ただリーダーだけが憤慨していた中々のマッチポンプに疑念を抱くこともなくすんなりと受け入れた。

 

 柱間にとってはとてもやり易いのだが、この警戒心のなさに何処か不安になり、流石にリーダーと呼ばれるだけのことはあると自分を警戒してやまないヘルメット団の頭目に改めて関心を寄せていた。

 

 「先生、ちょっと頼みがあんだけどさ」

 「ん?なんぞ?」

 「リーダーに休むよう、先生からも言ってくれよ」

 「どういうことぞ、体調でも悪いのか?」

 「いや、そうじゃなくてさ。いやま実際体調悪そーではあるんだけど……どっちかっつぅと仕事詰め込みすぎっつぅか……働きすぎなんだよ。別に今んところ食い扶持には困ってねーっつーのに……焦ってるっつーか……」

 「だからもう昼夜逆転で生活リズムめちゃくちゃだし、実際今も寝てるし」

 

 「……それは、リーダーだからだろうな」

 

 柱間の言葉に、はぁ?と意味がわからないといった様子を隠そうともしないヘルメット団員が一様に首を傾げる。そんな彼女らを一瞥した柱間がよっこいしょと言ってコンクリートの冷たい床に腰を下ろした。

 

 「お前たちは自分さえ食いつなげればそれで良いかもしれぬが、あ奴は違う。リーダーとして、お前たち全員を養わなければならぬ」

 「いや、今食えてんだしあんなに働く必要ねぇじゃん」

 「オレがいつ裏切るかも分からぬし、その職がいつまで続くのかも分からぬからな。……お前たちには悪いことを言うようだが、いくらシャーレの仲介があると言っても所詮ならず者の集い、雇用契約における各個人への信頼は無いに等しい。それこそいつ契約を切られてもおかしくないほどにな」

 「えーっと……つまり?」

 「まぁそうさな。要は───何があってもお前たちを養わないといけない、そうした責任感からだろうな」

 「……あー……そっか……」

 

 流石にリーダーを見捨てず彼女の元に残った部下達と言うべきか、慕う上司の自分達への愛を説かれれば途端に複雑な気持ちで閉口してしまう。自分を思っての行動に水を差すこともできず、かと言ってこのまま見過ごすこともできない。それに怒ると結構怒鳴り散らして怖いところもあり、どう声をかけたものかと見えないヘルメットの内側で眉間に皺を寄せていた。

 

 「だからオレのせいで失った、継続的な支援を受けられる大口の依頼は天の恵みだったのだろう。安定的に、そして長期的にヘルメット団の皆を養うことができたろうからな。……彼女の、そしてお前達のアビドス襲撃を肯定するわけではないが………本当に、後先を考えず悪いことをした。他人に理想を強要し、結局居場所を奪った事実が消えることはない」

 「も、もういいって!聞き飽きたよそういうの!私たちは食えたらそれでいいから!」

 「それに、アビドスの奴らすげー強かったし毎回撃ちのめされんのもな……だからあんまり気にするなよ、先生」

 「……そうか。いや、そうだな。今日も自分を卑下するなと叱られたばかりぞ。……うむ!とりあえずお前たちが元気そうで何よりぞ!あ奴の話は把握した。オレからも言っておこう。もっとも、先ずはオレと顔を合わせて話せるようになってからだがの」

 「リーダー、先生のことマージで毛嫌いしてっからな。まぁ当然っちゃ当然だけど」

 

 「…………聞こえてるぞ」

 

 いつのまに眠りから目覚めたのやら、ヘルメット団を統べる一人の少女が眠たそうに瞳を擦りながら、それでも依然として鋭い視線を柱間へ向けつつ部屋へ入室する。何処から話を聞かれていたのか、ばつが悪そうにあたふたする部下達を眺めてため息をついた後柱間へと言葉を吐き捨てる。

 

 「……用が済んだならさっさとどっか行けよ」

 「あぁ。オレがいたら気も休まらぬだろう。しっかりと休養を取るのだぞ」

 「うるせぇよ」

 「うむ!言い返すほどの元気はあるようで何よりぞ!……ではな、また会おう」

 

 その場から立ち上がり、軽く手を振りながらその場を後にする柱間。彼を見送った後気まずい沈黙がその場を支配する。そんな空気に耐えかねてか部下が身を乗り出してリーダーに意見しようとするが、それが分かっていたかのように───どうやら先の会話が聞こえていたようで彼女を制止する。

 

 「あ、あの、リーダー」

 「わぁってるよ。……ちと働きすぎかもな」

 「そ、そうっすよ!今食えてんだし、先生が飯くれ──「おいバカ!」

 

 先生の話題を口に出した瞬間仲間に軽く頭をこづかれた少女がヘルメットの下で顔を青ざめさせて、届きもしない口元に手を持っていき、あわあわと体を震わせる。リーダーからすれば、あたかも先生をアレルギーかのように扱う彼女らのしつこい態度こそ若干癪に障ったが、これも自身の対応が原因かと諦めてため息をついた。

 

 「……腹減ったな」

 「あ、そ、そうっすね!飯にしますか!」

 「何か残ってたっけ」

 「えっと、昼───あ、あー。私なんか買ってきま「カレー、残ってんだろ」

 

 「アレでいいだろ。……別のが良いっつぅなら止めはしねぇけど」

 

 「え、いや、私達は大丈夫なんすけど……いいんすか?リーダーは」

 「あ?どういう意味だコラ」

 「い、いや、なんか、先生からの施しは受けないみたいなこと言ってませんでしたっけ……?」

 

 恐る恐るといった態度で部下が尋ねると、しかし図星であるのだろう。なけなしのプライドが邪魔するのかリーダーがばつが悪そうに顔を歪めてそっぽを向いてしまう。

 

 「……あぁそうだな。じゃあお前らだけで食えよ、オレはいらねぇからよ!」

 「え、あ、う、嘘っすよリーダー!一緒に食いましょう!」

 「そ、そうっすよ!私達だけじゃ食い切れませんから!」

 「………ふん!!」

 「リーダー!」

 

 自分達の失言を自覚した部下達が、意地を張るリーダーを慰めにかかるが彼女をリーダーたらしめる強情な気質が邪魔して頑なに姿勢を崩さない。そんな攻防を続けること約十分後────水をがぶ飲みするリーダーは、どうやら甘口らしかった。

 

 

 




ご清覧ありがとうごさいます!
依然として柱間のエミュレートが難しい……
久方ぶりに土曜以外に投稿できました、もう少し頻度を上げていきたいですね。
それではまた次回

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