「はぁ……はぁ……!こ、ここまで来れば大丈夫よね!?」
「は、はい……ぶ、ブラックマーケットも流石に追ってこないと思います…!」
その個人差はあれど一様に息切れを起こすアビドス+α一行。結局あの後ハルカを押さえ込んでいたり明らかに動揺している様子がマーケットガードや銀行員に見つかり、急いであの場を後にした。流石に彼らも自治区外まで追ってくることはなく───彼ら自身としてもブラックマーケット外で事を大きくしたくないため追走を止めたことこそ、グレーゾーンで商売を行なっている何よりの証拠なのだろう。
「いやぁ〜、一時はどうなることかと思ったね〜」
『み、皆さんが無事で良かったです……はぁ……』
「ん、結構ドキドキした…!」
「こんなのでスリル感じないでよ!?シロコ先輩!!」
「でも、取り敢えずこれで一安心ですね!」
追っ手の足も止まり、中々に見覚えのあるアビドスの自治区まで退避して一息つくアビドス生徒達。ブラックマーケットに足を運ぶ時点で何かしらのトラブルは覚悟の上での行動であったことは確かだが、まさか前科持ちになりかけるとは想定しているはずもない。無我夢中で逃げ回った───アビドスの上階生達は何処か楽しんでいたり余裕のある態度ではあったのだが───彼女達が、その場にへたり込んでホッと安堵の息を漏らすのも無理からぬことだろう。
そして、
「すみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみま───」
───便利屋の案内人が、絶望した顔で平謝りするのも、無理からぬことだろう。というか、そも事件の当事者なのだが。
「あー……ま、まぁ、こういう時もあるわよ。それに、私達のためにやってくれたことなんでしょ?」
「え、あ、そ、それは───」
「あ、っと、先生のためってのは分かってるわよ。ちょっと前にも似たような奴らがいたし。でも結果的に私達のためにもなってるからね。過程がどうあれアビドスの為に頑張ってくれたのに、文句なんて言わないわよ、でしょ?皆んな。………な、何よ、皆んなしてそんな目で見て」
『せ、セリカちゃん……!』
「な、何よ、アヤネちゃん、そんな感極まった顔して……」
ハルカを宥めるセリカが彼女を説得しつつ、同意を求めて振り返ると感心したような、嬉しそうな、少し驚いたような顔でセリカを見つめるアビドス勢一同。それは、彼女自身がアヤネに対して投げかけた「感極まった」というのが正しい表現のようで、そこまで大袈裟なものではないにせよヘルメット団との邂逅を経て精神的に成長したセリカの───元々性格柄世話焼きな所はあったにせよ───先生かと見紛うほどの完璧な対応に、柱間が嬉しそうにニヤニヤしていた。
「いやぁ……ユウカと初めておぅた時がもう昔のことのようぞ……成長したの、セリカ」
「いやアンタは私の親か!というか皆んなもそんなこと考えてたの!?」
「セリカちゃんが立派に成長しておじさんは嬉しいねぇ〜」
「はい!もう胸がいっぱいです!」
「〜〜〜〜ッ!あーもう!!どうなのよ!?ハルカさんの話!!別に問題ないでしょ!?って、ちょ、ちょっと!!」
「死にます死にます死にます死にます死にます死にます死にます……」
声を荒げてハルカを指差すと、皆の視線が集まり更に体の震えを増すハルカ。顔を青ざめさせてショットガンの銃口を脳天に突き立てる彼女を取り押さえるセリカが、何とか彼女を落ち着かせる。結局アビドス生徒達の言葉による擁護も相まって自決は思いとどまったようだが、渋い顔をするハルカを他所に、話は結局解決することのなかったアビドスの返済した利息の行方に移っていった。
「でも、結局どうしましょうか。集金記録は回収できずじまいですし……」
「ノノミ先輩の言う通りね。ほとぼりがおさまるまでブラックマーケットには入り辛いし、どうしたものかしら……」
「いや、それについてだが、オレに心当たりがある」
『……?心当たり、ですか?』
「あぁ、お前たちの返済した利息、それが何処に当てがわれたかな」
「ほ、本当!?」
「絶対、という確証はないがな。ただそこを当たる前に……先ずはヒフミをトリニティまで送ってやっても良いか?」
「え!?」
外野からアビドスの話を聞いていた自身に唐突に話が振られ、素っ頓狂な声を漏らすヒフミ。しかし意外に感じているのは指名された当の本人だけのようで周囲の反応は至って残当、理解を示すように先生の言葉を肯定する。
「そだねー、いつまでも巻き込んでちゃ悪いし、元々ブラックマーケットの用事が済んだら先生はヒフミちゃんをトリニティまで送るって話だったから」
「ですね!今日はお疲れ様でした、ヒフミさん!」
「あ、はい、こちらこそお世話になりました!……じゃ、なくて!も、もうブラックマーケットは抜けたので一人でも大丈夫ですよ!?先生はまだ何やら用事があるご様子ですし無理に付き合っていただかなくても……」
「まぁそう寂しい事を言うなヒフミよ。オレもアビドスに足を運んでから他校に随分顔を出していなくての」
「そ、そうなんですか?」
「ん、ハシラマ先生はずっとアビドスにつきっきりだったから」
柱間にそういった意図はなかったが、図らずも多少なりとも彼を束縛していると言う事実に罪悪感を覚えるアビドス生徒達が各々何処かばつの悪そうに頰を掻いたり、視線を泳がせたり、苦笑いしたり。そんな彼女らを他所に柱間が言葉を続ける。
「特にトリニティの生徒とは……一応シャーレに所属はしてもらっておるが立場上当番に来れる機会も少なくてな。良ければ久方ぶりに顔を見たくての。そういった個人的な要望もある。だからあまり気にするな、ヒフミよ」
「そ、そういうことであれば……で、では、もう暫くお世話になります!ハシラマ先生!」
「あぁ、よろしくぞ!お前たちもすまぬな。アビドスの問題に付き合うと言った矢先、問題を先延ばしにする形になってしまって」
「いいのいいの、気にしないで。ずっと先生にはお世話になりっぱなしだったからさ〜」
『ホシノ先輩の言う通りです。偶には先生も羽を伸ばしてお休みください』
「あぁ、そうさせてもらおうかの。では行くか、ヒフミよ」
「あ、はい!アビドスの皆さん、本日はありがとうございました!」
道の先へと消えていく二人を笑顔で見送るアビドスの生徒達。結局その後、任務を失敗したと報酬の受け取りを拒否するハルカと、案内をしてくれたと報酬を押し付けようとする両者の壮絶な戦いがあり───押し負けたハルカが報酬を懐にしまって事務所に戻ったところ、万札の束が入った袋を見て我がことのようにハルカの任務成功を喜んだアルの姿に罪悪感を抱いたハルカが事の顛末を全て話して───
───アルがいつもの定型文を叫んだのは、また別の話。
「………時に、ツルギさん」
「は、なんでしょうか」
「貴方とハスミさん。正義実現委員会の頭二人が共にシャーレに所属しているそうですね」
「……はい」
「シャーレの先生、その所感をお聞かせ下さい」
「……………」
場所はトリニティ総合学園、その中でも最奥に控える巨大な両開きの扉をくぐった先。歴史を感じさせる大理石の荘厳なテラスからは学園の光景やシスターフッドの教会が一望でき、自然と神秘の調和したその見事な絶景に感嘆しながら、4桁を足切りラインとする贅を尽くした様々な嗜好品の彩るテーブルを挟み、この学園の行く末を日夜ティーパーティーが議論するのだ。と言っても、現在はその両翼が欠け、この空間に居座るのはただ一人のホストとその護衛たる正義実現委員会の委員長だけなのだが。
「……正しく、先生である、と」
「………」
「思慮に長け、人の機微に聡い。尊敬できる大人である、そう感じました」
「……なるほど、正しく先導者。お手本のような先生、というわけですね」
「………」
カチャリと、小さく音を立ててソーサーにティーカップが置かれる。淑女たれとされるトリニティ総合学園に置いて、ただの世間話であるはずの、共に組織の頭を担う両名が口数少なく言葉を交わす間に緊張感が走るが呼吸の一切すら乱れることはない。
「トリニティとしても、話に聞くサンクトゥムタワーの行政権の奪取、あの影響は非常に大きい。その功労者ともなれば是非とも一度顔を合わせ、トリニティの代表として感謝を述べるのが筋というものでしょう。シャーレが独りでに致したことと目を背け、その恩恵にあやかるだけのハイエナと化すのはティーパーティー、延いてはトリニティの品格に繋がります」
「………」
心にもない事を、などと口が裂けても言うはずはなく───それほど過激な思想を心の中で膨らませるほどナギサに個人的な恨みがあるわけではないのだが、やはり利用の二文字を言葉巧みに円滑に伝えるなんともトリニティらしい口調のティーパーティーのホストに思うところがないと言えば嘘になる。それも相手が先生ともなれば───ある種生徒よりも純粋なところのあるハシラマ先生その人を、歴史と調和と慈愛のベールでひた隠しにした腹の探り合いをする政のヘドロに誘い込むのは気が引けてしまうのも無理はない。
故にこそ、
「ハシラマ先生であればその程度のこと、お気になさらないかと」
「────……ふむ、そうですか」
「───ッ!し、失礼いたしました。余計な口出しを」
「いえ、貴重なご意見、感謝いたします。……ティーパーティーに対して貴方が口を出す。……それほどの人間である、と。なるほど」
実質的に上司に当たるティーパーティーのホストへ食ってかかるほどの、出すぎた行為に彼女自身が気付いたのは、ナギサの少し冷たさを帯びた声色が耳に届いた瞬間。自身の失態に気付いたツルギが、自分らしくない行動を自覚する。
「今から言葉を交わすに当たって大変参考になります」
「ハッ………は?……今から?」
「えぇ、先刻、本校生徒と共にトリニティ方面へと足を運ぶハシラマ先生の姿が確認されました。先生のご迷惑にならない範囲で、可能であれば対談を願い出る所存です」
「……ッ、な、なるほど」
「………どうやら、応じてくださったようですね」
そう言ってナギサが笑みを深め、口につけていたティーカップを外しそっと皿の上に重ねる。彼女の耳に届くのは扉の先から聞こえる、くぐもった足音が二人分。おそらく先生に当てた使者と、先生その人だろう。ただ、違和感があるのは少々先生が来るにしても早い気がする事だ。それほど自分との対談を優先してくれたと言う事だろうか。なんにせよ良い事だ。最近ではゲヘナでも先生にアプローチを仕掛ける計画が立っているとの話もあり、そんな中彼女らに先立って先生と面識を得る機会を設けられたのは喜ばしい事だろう。
そんな事を考えながら───何故か駆け足気味に響く二つの足音がドンドンと近づいてきて扉が開き───
「…ようこそお越しくだ──「じゃーん!!綺麗でしょ!!先生!ここがティーパー……あれ?ナギちゃんいたんだ」
「っとと!逸るなミカ!……ぬ?おぉ!ツルギか!久方ぶりぞ!元気にしておったか?」
────先生の手を引き勢いよく扉を開け放つ親友を見て、言葉を失うナギサであった。
「何をやっているんですか貴方は!!!」
「だ、だからごめんってナギちゃん……」
案の定。
淑女と言うには憚られる声量で怒声を浴びせるナギサが、それでもなお怒りが収まらぬようで無数に捲し立てているのは、先のミカの、何度目かの謝罪を匂わせる言葉から想像に難くない。
「まぁまぁ、落ち着かぬかナギサよ。別にミカも悪気があったわけでは……」
「そうだよナギちゃん、そうやって怒ってばっかりいると眉間だけじゃなくて顔全体に皺が……」
「先生は黙っていて下さい!!ミカさんを甘やかさないでいただけますか!?ミカさんもミカさんで、先生にちょっと擁護されたからと言って図に乗らないでください!!!」
「うっ………」
「ひぇ………」
「(……なんか似てるな、あの二人)」
萎縮するミカの隣で、同様にナギサの言葉に体を縮こませる彼の身長は1m80cmは下らないはずなのだが、そんな長身を錯覚かと思わせるほどに子鹿のように怯えているのはハシラマその人。視線の先で、ナギサに怒鳴られ仲良く口数少なくなっている二人。先ほどまでのティーパーティーホストへの確執も忘れて呆れたように弱々しい二人の背中を無言でツルギが眺めていた。
「雑談がしたくてここに連れてきた!?バカなんですか!?ここを何処だと思っているのです!!ただでさえトリニティ外部の方など招いたことはないというのに!!」
「だ、だって……落ち着いて話せる場所ってなったらここが思い浮かんで……景色も良いし、静かだし……」
「うむ、確かに良い場所ぞ!」
「でしょでしょー!!」
「先生?」
「うっ………」
「ミカさん、ここはトリニティ御用達のカフェでもなんでもありません。そもそも現ホストは私です、貴方の勝手な私情でこの場を濫用しないでください。そういうのはティーパーティーのホストに……いや、ホストになってもやめて下さい、普通に迷惑です」
「ひ、ひど!?」
「当たり前でしょう!!」
ハァハァといつぶりだろうかと肩で息をするナギサがそんな事を考えるほどには息を切らして、自身のみっともない振る舞いを自覚しハッと意識を切り替え姿勢を正し、小さく咳をする。
「はぁ……まぁ、ミカさんが使者よりも先に先生と邂逅していたのは予想外でしたが……元よりここに招く予定ではいましたので。結果的に良しとしましょう」
「えー!だったらあんなに怒んなくても……」
「…………」
「な、何でもないです……」
もはや名前すら呼ぶことなく、チラリと視線を送るだけで無言の圧に気圧されたミカがおずおずと引き下がり口を閉ざす。いつもなら余裕を保ち生徒の前では立派な、そして何処か無邪気な大人である柱間も、緊張した面持ちでナギサの言葉を待っていた。
「……こほん、さて、ハシラマ先生。お初にお目にかかります」
「あ、あぁ」
「私───いえ、私たちがトリニティの生徒会、ティーパーティーです」
「私たち?……ミカも、か?」
「え?は、はい、そうですが。……まさか、それすら伝えずにこの場に連れてきたのですか、ミカさん……」
「い、いや、まぁお茶でもしながら軽ーくと思って……」
「……はぁ、まぁそういうわけで、私たちを含め、計三名で構成されるのが当代のティーパーティーとなっております」
「ふむ、生徒会長が三名、話に聞いた通りぞ。もう一人は?今は外かの?」
「「───…」」
何気なく、当然と言うべきか話題に上がったからにはと気軽に尋ねたつもりなのだが───ほんの一瞬、少なくとも遠目から三人を眺めていたツルギには気付きようもないほどに───唐突に、二人の瞳が曇る。
フラッシュバックする脳裏の景色、見覚えのある瞳。深い愛の喪失を伴うハイライトの欠落。戦の世で何度も見た───深き離別を垣間見た。
「……セイアちゃんは今トリニティに入院中でいないんだ」
「…そうか。何ぞ、授業中に怪我でもしたのか?」
「え、えぇ、まぁ、そのような所です」
「なるほど、早く良くなると良いな」
「…そうだね!セイアちゃんにも先生がそう言ってたって伝えとくね、先生!」
「…そうですね、私一人ではミカさんの相手は手に余りますから」
「な、なんか今日ナギちゃん当たり強くない?」
「当然の結果だと思いますが?」
「(……なんだ、何か、違和感………)」
最初に柱間の返答を聞いて違和感を覚えたのは、常に柱間の顔色を窺うナギサでも、無理に明るく振る舞うミカでもなく───一言も言葉を発することなく、ただ外野でその光景を見守っていた、ツルギその人。彼女が柱間の言動の違和感に気づいたのは客観的に見ていたからでも、彼女が───悪い言い方をするようだが───見てくれに反して部下や周囲への気配りが利くからでもなく、形容し難い気持ち悪さを覚えたから。一種の柱間への信頼とも捉えて良いだろう。
「(……なんで、あの人はあんなに落ち着いているんだ?)」
彼女の知っている柱間なら、生徒が入院と聞けば慌てふためくだろう。動揺して安否を尋ねるだろう。いや、その表現が大袈裟にしても、初対面だろうとお構いなしに見舞いの一つくらい伺おうとすることだって考えられる。何にせよ、ティーパーティーの二人にとって百合園セイアという人物がどれだけ大事かを察することができない人間ではない。そんな彼が、ナギサとミカの前で、知らない人間だからとセイアに対して淡白な対応をすれば二人の反感を買うことくらい分かるはずだ。
「(…………どういうことだ……)」
頭の中で思考を巡らすツルギが───しかし流石に百合園セイアの実情を察するほど飛躍的な思考に陥るはずもなく、結局疑問は疑問で終わってしまう。心の中にモヤモヤを残したまま。
「……こほん、話が逸れましたね。本日先生をお呼びした理由ですが、先日の礼を致したいと考えまして」
「先日の礼?ナギちゃん、先生に何かお世話になったの?」
「いや、オレは特に覚えはないが……」
「サンクトゥムタワーの件です。本校も随分頭を悩まされた話ですので、キヴォトスの一生徒として、そしてトリニティの代表として一度お礼をと……」
「えー、ナギちゃん律儀だね〜。そんなこと───って言ったら先生に失礼だけど、直接お世話になったわけでもないのに頭下げられても先生が困るだけじゃないの〜?」
「………」
「い、いやこればっかりは睨んでもダメだからね!?実際サンクトゥムタワーの話で一々感謝されてたら先生もしんどいでしょ!何人からお礼言われないといけないの!」
「ま、まぁ実際ミカの言う通りぞ。気持ちはありがたく受け取っておくが気にすることはない。オレも、生徒の役に立てて嬉しかったからの!」
「………そうですか」
実の所、ナギサがミカを睨みつけたのは、単にその話から恩着せがましく援助という名目で先生、ひいては連邦生徒会のシャーレとのコネクションを作っておく手はずであった自身の話の腰を折られた為であり、ミカが見当違いな事を言っていたわけではない。しかし彼女の言葉に先生が便乗してしまえばこれ以上口出しするのも野暮であり、ナギサが折れて話が頓挫になってしまった。
「まぁしかし、折角足を運んだのだ。何か話でもしようぞ!それとも何か、この後用事があるなら無理に引き留めるつもりもないが……」
「いえ、先生からのお申し出を断る道理もございません。では───「あ、はいはーい!先生って今何してるのー?」……はぁ」
天真爛漫なミカの、いつもの無遠慮な態度に呆れてものも言えなくなるナギサが、しかしこの場においてはため息をつきつつも、心の内では彼女の一手に感謝していた。というのも当然と言えば当然なのだがティーパーティー、トリニティのトップが最近話題の、とんでもない権力を持った連邦生徒会お抱えの組織に関心がないはずもなく、設立してからというもののその動向に着目していたが、全ての動きが追えているわけではない。勿論、その情報網はキヴォトスで一二を争うほどに広いことは確かでアビドスを脅かす問題の数々なカイザーローンの件など、アビドスのことに関してはアビドス以上の知識を有していることは確かだが、それでも何か見落としがあるかもしれない。そういった細い糸口から何か接点を生み出せればと考えていた───のだが、
「………うーん、まぁ、とある学校で色々な」
「確か、シャーレは生徒の悩みや問題を解決する組織、でしたね。何かその学校で厄介事でも?」
「んー……まぁ、そうさな」
「どこの学校?それ」
「それは言えぬ」
「えー!!何で何でー!!良いじゃん良いじゃん!!!」
「……なるほど」
確かに、正義実現委員会の委員長が言うだけのことはあると、目の前の男性の評価を上方修正するナギサ。入ってくる情報だけを鑑みるとただのお人好し、度が過ぎるほどの正直者、という評判だったが、トリニティの監視の目に気づいているかはさておき自身の意図を察し内情を伏せるその洞察力に、なるほど連邦生徒会長直々の指名を受けただけのことはあると感心していた。
「差し支えなければ、理由をお聞かせ願えますか?」
「ぬ、それはだの……うぅむ……」
「ナギちゃんがあんなに怒鳴るからとか?」
「ミカさん?」
「ちょ、うそうそ!冗談だってナギちゃん!」
微笑ましい…かは分からない幼馴染同士のやり取りをよそにうんうんとうなる柱間が、それでもなお口を割らず、かといって適当な言い訳をしない。やはり話通りで、良くも悪くも嘘がつけないと言うのは本当らしい。見かねたナギサが助け舟を出すように見せかけ、狡猾に自分の懐まで掬い上げようと試みる───のだが、
「……先生、噂に聞く貴方のことです。私の意図を察してのことでしょうから、あまり強く物を言うことは叶いません」
「……ん?」
「ですが、先ほどの私のサンクトゥムタワーに関する謝意は嘘でも何でもございません。ともすれば恩に報いるため慈愛の心を以てして手を差し伸べるのはごく自然なこと。今お抱えになっている問題を、私共にも共有していただけないでしょうか?何かお力になれるやもしれません」
「あ、ナギちゃんま〜たそうやって……」
「ミカさんは黙っていて下さい」
「え、今日ずっとこんな感じ?」
「………?いや、お前の感謝を疑ってはおらぬが……意図?何の話ぞ?」
「………え?」
「せ、先生?」
流石にティーパーティーの一員であるミカの頭のきれが悪いわけもなく、ナギサの意図を察して場を茶化したり時には口出しをしていたわけだが、そんな彼女を以てして、やはりナギサ同様柱間の返答は二人を困惑させるのに十分な破壊力を有していたらしい。
「……こ、こほん。で、では、先生はいったい何を渋っていらっしゃるので?単純に、他の自治区の話ですから公にできない、という話ですか?」
「ぬ、それもあるが……その、なんぞ……」
「どうしたの?先生」
「お前達を巻き込みたくはない、ただそれだけぞ」
「───そう、です、か」
「──……ふ〜ん」
安っぽい、トリニティであれば綺麗事の常套句なのだろう。だから───聞きなれていたからこそ、余計意識をしてしまったのかもしれない。気づくことが出来たのかもしれない、中身の有無に。普通なら、呆れてため息を吐いたのかもしれない。普通なら、もっと問い詰めたのかもしれない。
先に、ナギサとミカが柱間に曇った瞳で理解させたように───彼は声色と、表情と、目の輝きと───五体を以てして伝えるのだ。この言葉に嘘偽り無しと。
「し、しかし、シャーレは学園関係なく在籍しているはず。となれば、他の学園の生徒が介入することもあるのでは?」
「あぁ、事実、そんなこともあった。オレもその時随分渋ってな……結果的にそれが功を奏したわけだが」
「じゃ、じゃあ別に私達が話を聞いてもーって言うか、もし介入することになっても……」
「そっちの方が、良い結果に転ぶやもしれぬ」
「そこまで理解しておられるのなら、何故……」
少し下に落としていた視線を上げ、隣にいるミカと机を挟んで正面に座るナギサを交互に一瞥する。快活に笑っている時とも、怒鳴られしょぼくれている時とも違う───穏やかで、微かに微笑む表情が、二人に安堵を与えていた。
「……まぁ、だからな。結局オレのわがままぞ」
「わがまま、ですか?」
「あぁ、オレはやめろと言うが、それはあくまでオレの意見というだけで、問題を解決するための最適解を口にしているわけじゃない。だから客観的に見れば、お前たち生徒の方が全然正しいこともある、というか、そっちの方が大半ぞ」
「…………」
「だから、まぁ繰り返しになるが………」
「ちょ、せ、先生!?」
「可愛い生徒が、傷つく姿は見たくない。それだけの話ぞ」
「……わ〜お…」
唐突に隣に座るミカの頭を撫でながら、優しい声色で囁くように言葉を溢せば愛を謳うトリニティ生徒の心に響かないわけはないようで、髪に触れられたことへの驚愕を露わにするのも束の間、柱間と目が合い上記の言葉を耳にしたミカが、途端にしおらしくなって頬を赤く染めていた。
「……つまり、あくまで生徒が強く申し出た場合に先生は押し負けただけだ、と」
「そうさな。まぁ後は単純にシャーレの部員であれば、オレの名の下に他の自治区への介入でも問題事にはならぬからな。と言っても限界はあるが……」
「……ナギちゃん、私シャーレの部員になろっかな」
「み、ミカさん!?何を言ってるんですかいきなり!!」
「お?そうかそうか!それは嬉しい限りぞ!!シャーレは人手不足でな!!万年人員募集中ぞ!!」
「まっかせて先生!私戦闘でも事務仕事でも何でも出来るからさ!!」
「ちょっとミカさん!!」
「(………流石だな、あの人は)」
背後で、三人を見つめながら、ツルギがそんな事を考える。
ナギサは兎も角として、表面上に露わにはしていなかったが、ミカも含めて腹を探っていた二人を絆すその技量────いや、天性のものなのだろう。特別上手い言い回しをしたわけでもない。自分の思う正直なところを打ち明け、愛を囁いた。正しくトリニティの理想像といった所。彼自身が口にする、わがままで、ただ理想を口にするだけなのに─────理由もなく惹かれるのだ、あの日初めて邂逅した自分のように。
「……っと、すまないな。もう少しお前たちと言葉を交わしていたい気持ちもあるが、ハスミの下にも顔を出しておきたい」
「あ、そっか、確かシャーレ部員だもんね」
「なるほど……ツルギさん」
「……っ、は。せ、先生、正義実現委員会までご案内致します」
「そうか、助かるの。……さて、では失礼しようかの」
そう言って立ち上がる柱間。その場から立ち去る柱間の背中を二人で眺め、ツルギと共に部屋を去り、残ったミカとナギサが少し間を開けて口を開いた。
「……不思議な人だったね、シャーレの先生」
「はい、本当に」
「………それで、どーするの?アビドス、ちょっかいかけるの?ナギちゃん」
「……さて、どうでしょうね」
ご清覧ありがとうございます!
今回は結構脱線して申し訳ない…
それと、コメント返せてなくてすみません!
またおいおい返していきたいと思います…!
それではまた次回
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