「……あぁ、その日で間違いねぇよ」
「なるほど……まぁ、そうよな」
「あの、先生?それがどうかしたのか?」
「ん、アビドスのことで少しな。まぁ良い、助かった」
「それよりも、報酬」
「あぁ。……これで良いか?」
「……ん、確かに」
トリニティでの邂逅翌日。早朝から家を出て向かったのは、アビドスの借金の行方についての心当たり───即ち、カタカタヘルメット団のアジト。というのも柱間は黒服との会話でアビドスへの襲撃が彼とカイザーコーポレーションの結託による圧であることを把握していた。ともすればカタカタヘルメット団への依頼はカイザーコーポレーションによるものであると考えるのが自然な流れであった。
そしてもう一つ気になったのが───初日の、ヘルメット団との会話。
───ところで……お前達、晩飯はどうしておるのだ?
───晩飯?んなの無くても今日はおっさんのおかげで昼たらふく食ったしいらねーよ。
───あと二日は耐えれるね。その頃にはまたバイト入るし!
実際には、借金の返済は昨日であったため、初日から計算して二日、ないし三日後というわけではなかったが、バイトの予定日と借金の返済日がかなり近い。まぁそのバイト自体は自分の手によって破綻になったのだが。
以上の点から事前にアヤネにモモトークで尋ねて、借金の返済日を先月先々月と過去の日付を押さえ元ヘルメット団のリーダーに話を聞いてみれば───ビンゴ、任務に当たっていた期間の任務の補助金の受取日とアビドスの借金の返済日がピッタリ重なっていた。まぁただで教えるわけにはいかないと金銭を要求されたが合法的に資金援助できるのなら渡りに船で何の問題もなく、つつがなく交渉は終了したのだった。
「最近は変わりないか?」
「特にはないよ、ってか先生たった一日ぶりじゃん。心配しすぎ」
「なに。憐れみや同情ではないがお前達は環境が環境だからな、少し気になっての」
「環境が環境ねぇ。ま、私たちは昔っからこれだからもう慣れたもんだけど」
「逞しい限りぞ。まぁ特段何もないのなら構わぬ」
そう言って立ち上がった柱間がシッテムの箱を起動して時間を確認する。どうやらまだ時間には余裕がありそうで、かと言ってすることもないし今しばらく彼女達との雑談に花を咲かせるのも良いかと考えていた───のだが、
『先生』
「……すまぬ、少し失礼するぞ」
「ん?わかった」
アロナから、唐突に先生に声がかかる。
「どうした?アロナよ」
『チナツさんとイオリさんからモモトークです』
「二人から?それもほぼ同時に、か。何ぞ、風紀委員で何かあったのか?」
どうしたのかと首を傾げつつも二人のモモトークを反復横跳びしながら応対していると、口調は異なりながらも大凡似たような質問を投げかけてくる二人。要約すると、先生が今仕事をしている場はアビドス自治区か否か、という話。他のシャーレ部員から声がかかることはなく、二人だけがこのタイミングで同時に反応したことが気になって───また、似たような返答をするのも億劫になり、チナツに通話が可能か、モモトーク上で確認を取った上で通話を開始すると少し覇気のない焦った声色のチナツが電話口に出た。
『あ、ハシラマ先生。すみません唐突に…』
「いや、オレの方こそ無理を言って電話に出てもらってすまぬな。イオリはおるか?」
『イオリ、ですか?』
「あぁ、イオリも先ほどお前と同じ質問をしてきてな」
『え?あ、あぁ、なるほど、そうだったんですね……分かりました、少々お待ちを』
周囲からガヤガヤと話し声や物音が聞こえてくることから、はたしてゲヘナ学園の教室か、はたまた委員会室か。チナツが離席して数秒、イオリを引き連れ電話口に戻ってくる。
『……っと、スピーカーに切り替えました。イオリもいますよ、先生』
『おはよ、先生』
「あぁ、おはよう、イオリ。すまぬな、急に呼び出して」
『いやいいよ、モモトークの話でしょ?というか、チナツも話してたんだ……』
『それはまぁ、流石に気になりますし……』
「ふむ、気になる、か」
『あ、うん。それでどーなの?先生』
「あぁ、確かにオレが今活動しておるのはアビドス自治区で間違いないが……」
あぁ、やっぱりとどちらが漏らしたのか、少なくとも柱間に伝わってくるのは二人の焦燥感や困惑。微かに溢れるため息や声から二人の顔を見合わせてヒソヒソと会話する様子が目に浮かぶようであった。
「なんぞ、風紀委員で何かあったか?」
『えっと……でも、言って良いのかな?チナツ』
『それは……良いか悪いか、と言えばあまり良くないのでは……』
「……ふむ」
───察するに、アビドス自治区での任務か何かか。
言葉には出さず一人見当を付ける柱間。イオリとチナツは一般委員よりも役割が上と言えど片や切り込み隊長と片や救護担当。周囲に出し渋る、それこそ委員長や生徒会役員が抱えるような機密事項を知っていることはないだろう。ともすれば、彼女らが知りうる範囲で柱間にさえ口外を憚られる情報と言えば、やはり任務の話だろう。
「………便利屋か?」
『え!?な、なぜ!?』
「まぁ、ゲヘナとアビドスを結びつける接点が今のところそこしかないからの……先日も、シャーレ部員にチナツとイオリが所属しておることを知って随分と驚いておったぞ!」
『せ、先生、便利屋と会ったの?』
あぁ、そう言えば言ってなかったなと柱間が口にするが彼の声色は至って平然で、自分達の敵である指名手配犯を悪く思っていないような彼の態度に渋い顔をする二人。
「便利屋は四人ともシャーレに所属した、先日な」
『な!?』
『き、聞いてないぞ先生!!』
「まぁ、言ってなかったからのぉ。心配するな、お前達の仕事の邪魔はせぬ」
『いやそういう問題じゃないだろ!!なんで便利屋なんかを…!』
「シャーレはそういう部活だからな。風紀委員だろうと指名手配犯だろうと彼女達が望むなら受け入れよう。無理に納得しろとは言わぬし、話に聞く風紀委員と彼女らとの確執を忘れろとは言わぬさ」
『……それで、なぜ先生は私達が便利屋を追っていると?』
「そりゃあアビドスとゲヘナを結びつけるものがそれしか思い浮かばなくてな」
しかし……と顎をさする柱間がどこか納得できていないようで、そんな彼の雰囲気が電話越しに二人にも伝わったのだろう。
『あの……どうかされましたか?先生』
「いや……アビドスの生徒会───いや、今は対策委員会か。そこに連絡はしたのか?お前達の上司か、はたまた生徒会……パンデモなんとかという組織は」
『え?流石にしてるんじゃないのか?まぁ今日の任務自体急にアコちゃ……えっと、行政官───も伝わりにくいか……えっと、副委員長が言い出したことだし、そもそも私達にそんなこと知る権限も何もないけど……』
「そうか……いやなに、オレも可能な限りアビドスの生徒達の会議には参加しているが、最近そういった類の話を聞いてないからな。少し心配なのだが……」
『それは……単純に、会議の議題に上がっていないだけではないでしょうか?あくまで私たちは郊外で便利屋を追うだけですので、アビドス本校にお伺いする用事もございませんから。アコ行政官もアポは取っていると思いますよ』
どこか不安の拭えない柱間が、まぁチナツの言う通りかと自分の中の嫌な予感を押し殺し、自分自身を納得させる。外交問題にもなりかねない無断での領土侵犯を、まさか風紀を取り締まる側が行うはずもないだろうと頷いてチナツの言葉を肯定する。
「…そうさな、オレの考えすぎか。兎も角事情は把握した。邪魔にならぬよう、オレも余り遠くまでは出歩かぬよう気を配ろう」
『ご理解感謝します。しかし……よろしいのですか?先生のことですから、便利屋を取り締まることに苦言を呈するかと』
「治安維持組織にまで難癖はつけぬさ。それに便利屋の話は聞くところによると……まぁ、お世辞にも褒められたものではないからな。お前達の元で多少お灸を据えるくらいであれば口出しはせん」
『そっか。……あ!分かってると思うけど───』
「便利屋には言わぬし、無闇に口外はせん」
『ん、ならいいいや。まぁでも……そんなに心配ならアビドスの生徒に尋ねても良いんじゃないか?ほら、先生の立場ならそのくらい尋ねても問題ないだろ?』
『イオリ、その場合返答が何にせよ、どこでその話を聞いたのかという結論になり、巡り巡ってハシラマ先生に任務の内容を伝えてしまった私たちの責任問題に繋がりかねませんよ』
『あ、そっか……』
チナツがイオリの言葉を否定するが、実際直接的に尋ねなくても遠回しにそれっぽいことを書き出すことくらいは可能だろうと心の中で彼女の話に相槌を打ちながら、二人に別れの挨拶を告げて電話を切る。その後、同様にヘルメット団にも別れを告げ、足早にアビドス校舎へと向かうのであった。
「はぁ!?ヘルメット団に流れてたぁ!?」
「あぁ、と言ってもお前たちの返済した金額がそのまま全て、というわけではないから本社か、はたまたヘルメット団とは別の組織かは不明だが小分けにして収められたのだろうな。何にせよ数ヶ月にわたって返済日と……彼女らの受ける資金援助の日程が一致していた。偶然、では片づけられないだろうな」
当然というべきか。
セリカが机を叩いて怒鳴り散らすがそれは皆の感情の代弁であったようで、ヒートアップする彼女を咎める生徒は誰もいない。皆が一様に───ある時は怒りを滲ませ、ある時は悲しみで瞳を潤わせ、柱間の話に耳を傾けていた。
「という事は……」
「あぁ、十中八九、ヘルメット団を裏で援助し───便利屋に依頼を出したのは、カイザーローン、もしくはカイザー系列の企業で間違いないだろうの」
「な、何故ですか!?カイザーローンからすれば貸付先の私たちを襲う理由が…!」
「ん、だからカイザー系列の……もっと上の、カイザーコーポレーション本社の息がかかってるとしか思えない」
「そう考えるのが妥当ですね…」
皆が重苦しい雰囲気を漂わせ、一様に顔を顰める。先生が、借金の行き先が判明したという吉報を持って帰ってきたのも束の間、その情報によってもたらされたのは先を照らす光ではなく立ち込める暗雲で、結局話は振り出し───何故、アビドスを狙うのか、という話に戻ってしまう。
「……あーもう!わっけ分からない!!うちに何のようなのよ!!カイザーコーポレーションの奴らは!!」
「今の所は皆目見当もつかぬ。オレの方でもまた調べておこう」
「すみません先生、お手数おかけします……」
「ハッハッハ!なぁに、気にするな!オレが好きでやっておることぞ!」
「気分転換に、柴関ラーメンに向かいましょうか!時間も良い頃合いですし!」
「……さんせぇ〜!もうおじさんお腹ぺこぺこ、糖分足りなくって頭回んないなぁ〜」
「いやホシノ先輩ほとんど喋ってなかったじゃない……」
ノノミの言葉を受けて時計を確認すればちょうどお昼時、暗い話に陰鬱な気持ちを立ち込めていたのは皆同じようで、そんな邪気を払うかの如く、皆がため息を吐いたり、背伸びをしたりして教室を出ていく。そんな中、皆の後を追おうとして柱間が立ち上がり部屋から退室しようとした───そんな折、
「あ、おじさん先生とちょっと話したいことがあるからさー、先行っててくれる?後から追いつくから」
「どうした?ホシノ、何か悩み事か?」
「んー、まぁ、そうだねぇ。悩み事って言えば悩み事かなぁ〜」
窓からチラリと見える校舎の中庭では、自分達を除いたアビドスの面々が楽しそうに談笑しながら門を潜って外へ出ていくのが見える。そんな彼女らを見送った後───いつものようにおどけて見せる一人の生徒の、どこか思い詰めた様子に、特段態度を変えるわけでもなく、いつもの雰囲気で話しかけると、やはり彼女もいきなり本題を切り出すのは憚られるのか、のらりくらりと別の話で話題を晒してしまう。
「ねぇ先生、トリニティではどうだった?」
「ん?トリニティか?新しい生徒と知り合ってな!ティーパーティー、とか言ったか?そこの二人と楽しく談笑したの!二人共頭が回って他者を想う良い生徒ぞ!」
「うひゃあ〜!ティーパーティー!トリニティの生徒会と話し合ったの?そりゃまたどういう経緯で」
「ん、なに、ミカという生徒に見つかってな。オレという存在が物珍しかったのか、オモチャでも見つけたかのように目を輝かせて、そのままティーパーティーの会議室のようなところまで引っ張られてな!」
「なるほど……そのミカちゃんが一目惚れしちゃったわけだ。いやぁ〜、罪な男ですな〜、先生は」
「ハハハ!生徒から好かれることが罪なら幾らでも被りたいの!」
何でもない、取るに足らない会話でお茶を濁すが、会話に花は咲くのに逆に息苦しさを覚えるのは───どうやらホシノだけらしい。取り繕った仮面の下で、チラリと柱間を見上げるが───生徒の話をしている彼の表情には、自分のような、その場しのぎにしか醸し出せない薄ら笑いが存在しない。自然にうわずる口角が、作り笑いでないことをホシノに伝えていた。
「いやぁ……凄いよね、先生は。みんなに好かれて───信頼されてさ」
「オレの方こそ、生徒達に毎度驚かされ───尊敬しておるがな」
「そっか。……ねぇ、先生」
声色が変わる。時折会議の場でも、おちゃらけた態度を崩し、真剣に声色を整える場面もあるが、今は誰とも違う。鋭さと柔らかさを併せ持った───抱擁感を与えるような生暖かい、それでいて蛇に睨まれたような緊張感を醸し出す声色で、柱間に語りかける。
「ありがとうね」
「どうした?突然」
「いやぁ、おじさん、よくよく考えたら先生にまともにお礼言ったことなかったなぁって」
「そうか?」
「うん、こういう場で改まって形にして言うのはね」
「なに、気にするな。それにまだ解決したわけではないしな」
「うぅん、それでも言わなきゃダメだよ。先生には本当に感謝してるから。………先生が思っている以上にさ」
ホシノが視線を外し、背中を見せて教室の端まで歩いていく。その、どこか儚げな様子に声をかけるでもなく口を閉ざしたままの柱間が、彼女の言葉をジッと待っていた。
「……ねぇ、先生。最初の頃のセリカちゃん、覚えてる?」
「ん?まぁな、でも仕方のないことぞ。結局わだかまりは解けたわけだから、今更とやかく言うつもりも毛頭ないの」
「あーいや、そういう話じゃなくてね。……実は、おじさんも結構納得行ってなかったんだよね」
「……そうか」
「ありゃ、バレてた?」
「さて、どうだろうな」
「………ま、外部の人間が信用ならないってのもあったけどさ。………私は違う。……ハシラマ先生、貴方が信用ならなかった」
一人称が、口調が変わる。どこか抜けてて、だらしない、そんな彼女がアビドス高校を背中に背負う、覚悟を携えた一人の生徒として柱間の前に立ちはだかる。
「………」
「もっと厳密に言えば、大人であるハシラマ先生が信用できなかった。……大人は、子供を騙して搾取して───利用する人間、そう思ってたし───今でも、そう思ってる」
「………そうか」
「土下座した時も、形だけだと思った。直ぐに音を上げるって。……でも、結局ヘルメット団の問題を解決してくれた」
「いや、あれは──」
「まーまー、おじさんが照れ臭いこと言ってるんだよ?こういう時くらい素直に受け取りなって。……まぁ、だからね。………信用しても良いかなって思ったの。先生のこと」
唐突に、彼女の顔から笑みが消える。先ほどまでの、柱間に寄せる信頼を匂わせる言葉とは結びつきもしない鋭い眼差しを彼に向け、言葉をぶつける。
「……ねぇ、先生。何でカイザーコーポレーションがバックだって分かったの?」
「ぬ、それはヘルメット団に───」
「ヘルメット団の子達の言葉から怪しく思って尋ねた、だっけ?ちょっと決め手としては弱くない?」
「それは……」
「いやさ?色々調べた末に数ある可能性をしらみつぶしに確かめた結果に得た情報なら分かるよ?でも先生、昨日アビドスの借金が横流しにされてるって判明して、直ぐに見当を付けてたよね」
「…………」
「ねえ、先生」
ホシノが柱間を見上げる。その瞳に、怒りと拒絶と───ほんの少しの、後悔を伴う悲しみを匂わせる。気丈に振る舞う彼女が隠しきれない、信頼が漏れ出てしまっていた。
「私ね、初めて、大人を信じても良い────いや、信じてみたいな、って思ったの」
「………」
「でも、今のままじゃ無理。私は、何があってもアビドスを守らないといけない。……先生、何か隠してるよね」
「……あぁ」
「………随分、あっさり認めるんだね。隠し通せないっていう諦め?」
「それもあるが……生徒に嘘はつきたくない」
「さっきは咄嗟に嘘ついたよね?そうやって綺麗事で騙すんだ?」
「それは……」
カチャリ、と銃口が柱間を捉える。あの時の便利屋のような隙の一切ない獣のような瞳で彼を見据えたまま、微動だにせず言葉を続ける。
「何を隠してるの?」
「……言えぬ」
「何で?」
「それも、言えぬ」
「カイザーコーポレーションのため?」
「違う」
「……それじゃあ、アビドスのため?もしくは、私たちのため?」
「………あぁ」
「ふざけないで」
冷静に
「私はね、先生を疑ってる。カイザーと裏で繋がってるんじゃないかって」
「………」
「先生はずっとアビドスを守ってくれて、カイザーの不利益になることしかしてないし、おかしな話だとは分かってる。そもそも、連邦生徒会お抱えの、連邦生徒会長の指名によって選ばれた、そんな人がカイザーと繋がってるのもおかしな話だって。そんなことは分かってる」
「…………」
「でも……億が一、万が一。……賄賂でも何でも、見えない所で懐柔されてたり、とか。……全部演技だった、とか。そういうことがあれば、アビドスは終わる。………皆んな、先生を信頼してるから」
ホシノの、グリップを握りしめる手に力が入る。手汗が滲み、体温が上昇する。
「ねぇ、先生。先生は、ヘルメット団に話を聞く前から、ヘルメット団とカイザーコーポレーションが繋がっていたことを知ってたんじゃないの?」
「……あぁ、知っていた」
「ッ、やっぱり、そう、なんだ………それは何で?」
「…………」
「答えて、さもないと………ッ、う、動かないでッ!!」
視界の先、柱間が銃口を向けられたまま、怯む様子を一切見せず一歩踏み出す。
「………」
「お、脅しじゃないッ!本当に───」
「ホシノ」
「ッ、あっ……」
脅しじゃない、というこけ脅しはどうやら見透かされていたのか───はたまた命を賭しているのか、はたまたホシノを信頼しているからか。いずれにせよホシノに暗い影が落ち、気づけば目の前まで接近を許してしまっていた。片膝を突き、彼女と視線を合わせる柱間が、真剣な表情で怯えるような、強張ったホシノを見つめると───ふと、小さく微笑んだ。
「すまなかったな」
「え……?」
優しく頭を撫でられる。その厚い皮の張った硬くゴツゴツしい手の感触に、絆されるようにゆっくりと銃口を下ろすホシノ。
「三年生として、先輩として気丈に振る舞うお前の内面に潜む不安に気づいてやれなかった。……教師として、先生として失格ぞ」
「……」
「ホシノ。オレはとある男より話を聞き、ヘルメット団の背後にある組織について知っていた。と言っても、全ての事情を把握しているわけではないがな」
「…………」
「その男を裏切り聞いた話全てをバラし、この場を凌ぐためお前の信用を得るだけなら簡単だ。しかし───」
「その男を裏切ることはしたくない……ってこと……?」
「あぁ。そいつが信用に足る男……というわけではない。……もっと言えば、アビドスに害を成す可能性が高い。どちらかと言えば縁を切るべき相手かもしれぬ」
「……じゃあ、なんで」
何故、と尋ねた瞬間柱間が視線を落とし、脳裏で回想する。思い浮かべるのは他の国との利権の争い、戦争。そんな中で実現した初の五影会談で放った己の言葉。
「……オレはな、ホシノ。……生徒に限らず、全ての生徒や組織が手を取り合える日を夢見ておる」
「……大人も……ってこと?」
「あぁ。……お前達の抱えている問題ほど大きなものでもないが……オレも昔、争いを止めるため敵と手を取り合ったこともある。勿論、全てが全てその限りではないがな」
「……だから、我慢しろって言うの……?」
「いや、オレが必ず解決する」
唐突に、ホシノの背中に手を回し、自身に抱き寄せる柱間。彼女の怪力を以てすれば引き離せないこともないほどの、力強くもあり優しい抱擁に、抵抗する気力が湧いてくるはずもない。
「結局オレは、良くも悪くも他人を信じ、オレを信じてもらうことの他に手段を知らぬ」
「……何も、教えてくれないのに?」
「あぁ、そうだ。オレはお前の不安をこの場で取り除いてやる手段を知らぬ。すまない、ホシノ。───そして、重ねてすまぬ!!どうかオレを信じてほしい!!!」
「……ずるいね、先生は。結局何も答えないんだから」
小さく音を立てて得物をしまったホシノが、甘えるように柱間の背後に手を回す。
「…分かった。もう少しだけ信じてみよっかな」
「……ありがとう、ホシノ」
「いいのいいの。……こっちこそ、ごめんね、先生」
背中に回した手で彼の服をギュッと掴むホシノが、初めて経験する大人の抱擁に照れ臭さを覚えながらも、その居心地の良さに目を閉じる。先ほどまでの自身の蛮行を忘れてしまいそうなほどの暖かさに身を委ねていた。
「気にするな。……良い先輩を持ったものぞ、アビドスの者達は」
「うぅん、逆だよ。私はこうやって疑ってばっかりで、肝心な時に何もできなくて……でも、皆んな必死にアビドスのために頑張ってくれてる。ほーんと、できた後輩だよね。私には勿体無いくらい」
「自身を卑下するな。その警戒心がアビドスを守ってきたことも確かにあるのだろう。一人だけでは前に進めず、一人だけでは止まれない。持ちつ持たれつ。……互いに、良い仲間を持ったな」
「………うん。………と、ところで、先生」
「ん?」
自身の肩に顔を乗せるホシノが少し身を引き、柱間と顔を合わせる。少し恥ずかしそうに頬をぽりぽりと掻きながら、顔を赤く染めて苦笑いしていた。
「い、いつになったら離してくれるのかな〜って……」
「ん、あぁ……そう言えば、ホシノとこうして触れ合うことも初めてぞ……よし!そら!!」
「ちょ!わ!?せ、先生!?」
唐突に喜色満面で立ち上がると共にホシノを胸元で抱き抱え───いわゆる、お姫様抱っこをする柱間。
高校三年生を相手取るのに無礼極まりなく───恥ずかしいことこの上ない醜態に抗議の声を上げるが、やはり子供達を孫のように扱う彼の中には一切のいたずら心もないようで、至って自然体に彼女を抱き抱えていた。
「このまま柴関ラーメンまで向かおうかの!」
「えぇ!?う、嘘でしょ先生!!!」
「嘘なものか!こうしてホシノと話すのもまたとない折角の機会ぞ!」
「だ、だったらおじさん普通に話すからさ!おろしてぇ!!」
そのままガラガラと扉をくぐって教室を出ていく二人。
────結局、彼女の抗議の声に負け地面に下ろしたものの、足取りがおぼつかないホシノであった。
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展開に納得がいかず、手直しばっかしてたらこんな時間帯に……
それでは、また次回
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