Hashirama Archive   作:アテナ18号

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プロローグ2

 

 「……すごい」

 

 戦闘を終え、肩で息をするユウカ達。その内誰が呟いたか、視線の先で笑みを浮かべ労いの言葉を口にする大人に向けた言の葉は、どうやら皆の共通認識のようで、確かに実感する『先生』の並外れた戦術指揮に対する畏敬の念がその場を支配していた。

 

 「良い働きだったぞ!ユウカ、ハスミ、チナツ、スズミよ。怪我はないか?」

 「あ、はい!特には……」

 「うむ、ならば良い。……?どうした?オレの顔に何かついとるかの?」

 「あ、いえ!……その、凄いですね、ハシラマ先生。いや、信用していなかったわけではないのですが」

 「なぁに、多少人より人生経験を積んでおるだけぞ。その内お前達もこのくらいは───……まぁ、出来れば慣れない方がオレとしては嬉しいが……」

 

 「…?どうされました?先生」

 「……いや、何でもない」

 「?」

 

 綻ぶ表情を一転させ、少し気難しそうな顔で自身の……親指?をジッと見つめる柱間に首を傾げチナツが声をかけるが、直様顔色を変え穏やかな顔で返答を返し何事も無かったように振る舞う。どこか違和感の拭えない表情で。

 

 「(……既に傷が塞がっておる。オレの特異体質はそのままか……しかし何故───術が使えん)」

 

 戦闘中、大型の戦車が現れ念の為にと口寄せを行おうとした際に発覚した異常事態。───何も起こらないのだ。もしかすると先の考察通り世界線自体が変わっており口寄せ動物自体が存在せず、口寄せ契約が無効になっていることも考慮し他の術も試したが同様の結果であった。確かに身体にチャクラは感じる。印を結びチャクラを練ることは可能なのだが、いざ術を発動しようとするとかき消される様に不発に終わるのだ。

 

 「(これはちと不味いかもしれんな……身体自体は遜色なく動くなら、当面は問題ないかもしれんが……)」

 「それで、ハシラマ先生。どうしましょう?残党に関してですが追いますか?首謀者である七囚人も逃してしまい、行方が分かっておりませんし……」

 「……いや、よい。先ずはサンクトゥムタワーの……行政権、だったか。そちらを正さねば動くものも動かんだろう。そちらを優先しようぞ。それで良いか?リンよ」

 『はい、そのようにお願いします。私も直ぐに向かいますので少々お待ち下さい。建物地下で会いましょう』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コツ、コツと薄暗い室内に足音が響く。部屋の中央に鎮座する謎の物体を前に足を止め、その顔に張り付く面をずらし、少し素顔を覗かせ呟いた。

 

 「…これが一体何なのか、まったく分かりませんね」

 

 完全に電源も落とされ、有線接続だろうと供給元のないはずの無機質な部屋に、一際目立つ浮遊する石板のような何か。ホログラムのように台座から光が放たれているが確かに実物としてそこに存在しているようで、さてどうしたものかとソレを手で撫でながら考える。

 

 「これでは壊そうにも───」

 「それは困るの」

 

 「──ッ!!──なッ!?」

 「おっと!すまぬな、取り敢えず矛を収めてはくれぬか?とって食いはせん」

 

 足音一つなく、自身にも気取らせず背後を取った何者かの声に反射的に体が動き振り向き様に銃剣を突き立てるが、その切っ先が相手にたどり着くより早くこちらの手首を掴んで押さえ込む。その手際の良さに───何より、七囚人たる自身を以てして相当な手練れであることを予感させる一連の攻防に警戒心を高め相手の顔を見つめ───

 

 「……あ、あら……?」

 「ふむ、落ち着いたようだな。心配するな。オレは勝手を知らぬが……ここでは良くある小競り合いなのだろう?子供の喧嘩で大人げないことはせぬ」

 

 ───思わず、脱力してしまう。ソレを、自身の言葉を聞き入れてくれたと勘違いした正面の大人が何かをぼやいているが、どうやらその言葉は環境音と共に右から左へ抜けているようで、齢18、七囚人と言ってもうら若き乙女に変わりない彼女は初めて訪れる形容し難き激情にかられそれどころではないようであった。

 

 「まぁ、囚人と言うからにはオレの立場上…生徒指導、になるのかの?をせんといかんのかもしれんが………」

 「あ、あぁ………」

 「ぬ?どうした?大丈夫ぞ?」

 

 仮面をつけ、素顔を拝めぬ目の前の少女が、自分を目にして小刻みに体を震わせる。その姿を目にして、自分を前にした戦時の忍の姿を思い起こし、それが重なり威圧感を与えてしまったかと罪悪感を覚え少し屈んで視線を合わせる。気を遣ったつもりがより一層震えが止まらなくなり、途方に暮れていた次の瞬間──

 

 「……し、」

 「ぬ?」

 

 「失礼いたしましたぁ〜〜!!!

 「あ!ちと待たぬか!」

 

 ひぁ〜〜……と、情けない悲鳴を上げながら部屋から走り去る少女に一応声をかけるものの止まる様子はなく、そのまま何処かへ立ち去ってしまう。追いかけるか悩んだがリンと地下室で待ち合わせており入れ違いになる可能性があり、何よりリンとの通信で『七囚人』とやらに対処する人間は別にいるそうなのでその者達に任せることとして一旦は腰を据えて待つのであった。

 

 「お待たせしました。……?何かありましたか?」

 「いや、なんでもない。それで、ここに何ぞ用があるのかの?」

 「はい。……良かった、幸い傷ひとつなく無事ですね。ハシラマ先生、こちらを」

 

 そう言って部屋の中を捜索し、どこからか取り出した大きい板を渡してくるリン。すまーとふぉん、とはまた違った形状の軽いソレを不思議そうに見つめ首を傾げていた。

 

 「何ぞ?コレは」

 「シッテムの箱。連邦生徒会長が先生に残した物です」

 「しってむの箱……」

 「……シッテムの箱の正体は不明です。製造会社、OS、システム構造、果ては動く仕組みまで。…ただ、連邦生徒会長は、先生がこれでタワーの制御権を回復させられるはずだ、と」

 

 これはまた、先生を任された時からそうだが随分な大役を任せられたなと自嘲しながら、まぁ火影を預かった身で今更かとどうにかこうにかシッテムの箱を弄くり回す。生徒達がスマートフォンを触っていた時と同じように表面のスイッチを押してみたり画面を指で撫でてみたり。

 

 「(しかし…ふぅむ、困ったの。連邦生徒会長、とやらが任せたらしいが、オレの知識にはこんなもの欠片も……)……ん?」

 

 先生の邪魔にならぬようにとリンがこの場を離れたためただ一人闇雲にシッテムの箱をいじくり回していた所、唐突に画面が光り文字列が並ぶ。と言っても流れに身を任せるしかないのは変わりなく、コレで行政権は戻ったのか、まだ何かしないといけないのかと眉間に皺を寄せ唸りながら画面と睨めっこをしていた所、唐突にパスワードを要求されてしまう。

 

 「……"ぱすわーど"を入力しろ……?……何かを要求されておるな、暗号のようなものか……しかしなぁ………うぅむ、当然のように、オレの名ではないのだな。……オレなら起動できる、と言うからにはオレしか知らん言葉、いやキヴォトス外の……元の世界の言葉、か?……困ったのぉ、心当たりが無数にあるぞ……」

 

 などとぼやいて汗を一つ垂らし、頭を捻る彼の脳裏に言葉を浮かび上がる。第三者のような、聞いたことのあるようなないような、そんな不明瞭な声で、機械的にも感じられる言葉が。

 そして、そんな怪しい文言を───何とはなしに、打ち込んだ瞬間。

 

 視界が明転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……っ、ここは……」

 

 視界が戻り、瞼を開くと先の薄暗い部屋から一転、眩い光が室内を照らしていた。窓から差し込む日の光───ではなく、壁が崩落し、部屋全体を直射日光が照らしている。その先に広がるのは一面の青空と、陸地すら見えない広大な大海原。どこか幻想的で神秘的な空間に呆気に取られるのも束の間、室内を見渡すと───学び舎、だろうか?机と椅子が並び、その中央にて透き通るような空色の髪の生徒が居眠りをしていた。

 

 「……口寄せ、逆口寄せといった時空間忍術の類ではないのだろうな……さて」

 

 果たしてここは何処なのか。連邦生徒会長の想定通りに事が運んでいることを願いつつ特に当てもないため目下事情を把握───しているのかは分からないが、唯一の情報源足り得そうな生徒の元まで足を運ぶ。

 

 「むにゃ……カステラにはぁ……いちごミルクより……バナナミルクのほうが……」

 「随分気持ちよさそうに寝とるのぉ……無理やり起こすのも忍びないが、リン並びに生徒達を待たせとるのでな。…お〜い」

 「えへ……まだたくさんありますよぉ……」

 「すまぬが、起きてくれぬか?」

 「うにゃ……」

 

 そうして悪戦苦闘しつつも、少し体を揺すり、小さく声をかけ、子供あやす要領で───実際子供を相手にしているのだが───接していると、小さく声を上げた。

 

 「………んぅ、うぅ……ありゃ……?」

 「お!目が覚めたか!」

 「…あれ?あれれ!?は、ハシラマ先生!?」

 「ぬ?貴様はオレを知っておるのか?」

 

 意識を覚醒させたのも束の間、自分に暗い影が落ちていることを認識し、顔を上げ正面を見上げると、大凡長身と言える大男が自身を見下ろしていることを自覚し目を丸くして飛び起きる。そんな彼女が自身をハシラマ先生と呼んだことに驚き尋ね返すが、どうやらやはり『忍の神』である千手柱間を把握しているわけではないらしい。

 

 「あ、はい!キヴォトス外より連邦生徒会長の任命でここ、キヴォトスに来たハシラマ先生、ですよね!」

 「あ〜……うむ!その通りぞ!さて……えーっと、すまぬな、お前の名はなんと?」

 

 まぁ、案の定かと予期できた回答に納得しながら早速話を進めようと声をかけようとして、そう言えば名を聞いていなかったことを思い出す。シッテムの箱に触れたらここに来た、ということは名前はシッテムだろうか?などと下らない予測を立てながら。

 

 「あ、そうですね!失礼しました!まずは自己紹介から!…こほん、私はアロナ!この『シッテムの箱』に常駐しているシステム管理者であり、メインOS、そしてこれからハシラマ先生をアシストする秘書です!」

 「秘書?お前が、オレのか?」

 「はい!あ!見た目が子供だからってバカにしてますね!こう見えてもアロナちゃんは色々できるんですからね!キヴォトスの情報だっていっぱい知ってるんですから!」

 

 一連の言葉を耳にして、さて色々尋ねたい事ができたぞと彼女の言葉を脳裏で復唱する。どうやらここは、『シッテムの箱』の中のようで……めいんおーえす、が何かは分からないがキヴォトスに来たばかりの自分のことを把握していることからキヴォトスに詳しいというのも見栄を張っているわけではないのだろう。ともすれば……

 

 「あぁ、すまぬ、気を悪くせんでくれ。別にバカになどしてはおらぬぞ。ではアロナよ!早速で悪いが少し尋ねてもよいか?」

 「あ、はい!知りたい事があれば何でも、このスーパーアロナにドーンとお任せください!」

 「ははは!頼もしいのぉ!では聞くが、連邦生徒会長とやらについて教えてはくれぬか?お前も知っての通りオレは連邦生徒会長に任命されたらしいが、連邦生徒会長と聞いて大凡オレには思い当たる節がなくてな……アロナ?」

 

 まぁ何はともあれ一先ずは自身のことを把握してそうな、そしてこの状況に関して最も知識を有してそうな張本人のことを尋ねるかとアロナに事情を話す。その相手が誰か分かれば、自分が邪な意図で呼び出されたのか、はたまたやむなき事情で呼び出されたのか、少なからずその考えが見えてくるだろうと思い至ったのだが、先ほどの自信満々な様子から一転、困ったようにそっぽを向くアロナに首を傾げる。

 

 「……え、えっと、連邦生徒会長については、よく知らなくて……彼女が何者なのか……」

 「ふむ、そうか……」

 「せ、先生!本当に!連邦生徒会長については知らないだけで、他のことなら大体知ってるんですよ!?アロナは!!」

 「お、落ち着かぬか!別に答えが得られぬからと微妙な顔をしたわけではない!」

 

 答えられないという答えを得た柱間が少し顔を顰めて顎に手を当てる所作を見て、落胆されたと勘違いしたアロナが涙目で柱間の服の裾を引っ張るが、当の柱間はアロナの解答に肩を落としていたわけではなく、また別のことを考えていた。

 

 「(連邦生徒会長が残したというシッテムの箱、そこの管理人が連邦生徒会長を知らないというのはどういうことぞ……考えられるのは、記憶を封じたか、若しくは喋られぬよう呪印か何かの契約によるものか……まぁアロナの様子を見るに後者はないかの、あまり演技が得意なタイプでもないだろうしな)」

 「うぅ……そんなに連邦生徒会長のことが知りたければ本人に聞けばいいじゃないですかぁ……」

 「いやぁ、それがの、今その本人が行方不明でな…」

 「へ?そ、そうなんですか?」

 「あぁ、そうだな。取り敢えず、本筋の話をするか」

 

 そう言って、事の次第を説明する柱間。ふむふむと相槌を打ちながら話を聞くアロナが、事の全容を把握してそれなりに大変な騒ぎになっていることを自覚してから少し目を丸くしながらうむむと唸る。

 

 「そうなんですね……連邦生徒会長が行方不明になって、そのせいでキヴォトスのタワーを制御する手段がなくなった……」

 「あぁ、連邦生徒会長とやらはオレがシッテムの箱を使えばどうにかなる、と言っていたらしいが……」

 「ふっふっふ……!そういう事ならこのスーパーアロナにお任せ下さい!サンクトゥムタワーの問題なら私が解決できそうです!」

 「おぉ、そうか!助かるぞ、アロナよ」

 「うへへへぇ、そんなに褒めても何も出ませんよぉ〜〜……こほん、では少々お待ち下さ───あ」

 「ん?」

 

 そうだったそうだったとアロナが何かの作業に取り掛かろうとした手を止め、慌てたように柱間へ振り返り顔を見上げる。

 

 「えっと、忘れない内に……ハシラマ先生!生体認証を行いますので、私の指に先生の指を重ねていただけますか?」

 「生体認証…何かの契約か?構わぬが……コレで良いか?」

 「はい!これで生体情報の指紋を確認するんです!」

 「ほぉ〜、指を重ねるだけでか、進んどるのぉ」

 「はい!指を重ねるだけです!どうです?アロナちゃんはすごいでしょお!」

 「あぁ、オレの時代の口寄せ契約……んん、認証よりも随分簡素で利便性もある、流石ぞ」

 「うへへへぇ〜〜……は!こ、こほん!当然です!シッテムの箱のメインOS、アロナちゃんなんですから!」

 

 世辞でも、子供をおだてているわけでもなく単純に柱間は感心していた。というのも、確かに彼の時代にも指紋を用いた当人の契約というのはある。しかし基本的には血印を要求し、それも自身の名を連ねた後、物によってはチャクラを練った五指全ての血による指紋を刻むモノもあったからだ。それに比べれば実際にこの生体認証とやらの脆弱性がどれほどのものか分からなければ単純比較はできないが、手間もかからず血印もなくて良いとあればどちらの方が優れているのか、火を見るより明らかだろう。

 

 「……はい!終わりました!では、今度こそサンクトゥムタワーの制御権の復旧作業に移りますね!」

 「うむ、よろしく頼むぞ」

 「お任せください!では、少々お待ちを……」

 

 そう言った彼女が、果たして何を行うのか少し興味を持って眺めているとその場に立ち尽くしむむむと唸りだす。あれは……何かの作業をしているのだろうか?よもやホラを吹くような生徒ではないことは短いながらも今までのやり取りで分かるのだが、にしても何かに触れたり──当然のことながら──忍術に類する何かを行使している様子も見えない。まぁただ、先ほどの生体認証然り、もはや自身の常識では推量れない世界なのだろうと彼女を信じて空いた椅子に腰を下ろしていた。

 

 「……先生。サンクトゥムタワーの制御権を無事回収できました!」

 「おぉ!もうか!早いの」

 「はい!今サンクトゥムタワーは、アロナの支配下にあります!今のキヴォトスは、ハシラマ先生の支配下にあるも同然です!」

 「い、いらんいらん!オレにそんな権限など!元は……連邦生徒会、の管轄だったか……そちらに移管してくれるかの」

 「連邦生徒会に、ですね。分かりました!」

 

 唐突にとんでもないことを言い出すアロナに眉を顰め汗を垂らす柱間が顔を横に振りながら、本来の目的を思い出して彼女に権利の移行を促して数秒、彼女が先ほどと同様に少しむむむと───おそらく、作業をしているのだろう。完了しました、と口にする。

 

 「ふむ、これでオレの仕事はひとまず終了かのぉ。アロナよ、今更だが、ここはどこぞ?」

 「へ?どこも何も、シッテムの箱の中ですよ?」

 「……あの、長方形の板の内部が、ここだと?」

 「はい!」

 「……まぁ、よいか。となると、帰り道はどこぞ?とりあえず、リンに確認を取りたいのだが……」

 

 そう言って瞬きを数度繰り返した瞬間、いつのまにか元の部屋に戻っていた。自身の手にはシッテムの箱が握られており、辺りは入ってきた時の暗室───ではなく、照明が点灯しており室内を明るく照らしていた。部屋の隅では何処かと連絡を取るリンが、分かりましたと了承の言葉を口にして通話を切り、先生へと顔を向ける。

 

 「サンクトゥム……先生?どうされました?」

 「……いや、何でもない」

 「そうですか……?では、改めて……サンクトゥムタワーの制御権の確保が確認できました。これからは連邦生徒会長がいた頃と同じように、行政管理を進められますね」

 「うむ、そうか。とりあえずは、これで丸く収まるわけかの」

 「はい。…お疲れ様でした、ハシラマ先生。キヴォトスの混乱を防いでくれたことに、連邦生徒会を代表して深く感謝いたします」

 「なぁに、オレは特別なことはしとらんよ。リンがキヴォトスのために奔走した結果ぞ。貴様こそ、よく頑張ったの」

 「いえ、私は……」

 「よい、謙遜するな」

 

 そう言って、リンの頭に優しく手を重ねる。粗く古傷もあり、厚い皮の張ったゴツゴツしい手が、整えられた髪型を乱さぬよう、触れる程度に柔らかさを伴って彼女の髪を撫でていた。

 

 「人の上に立つ立場上、敬意の念を抱かれることはあれど、褒められることはないのだろう。それこそ、連邦生徒会長を除けばな。…お前が、連邦生徒会長の代わり足り得ないと言ったように、オレも連邦生徒会長足り得ぬだろうが、オレが先生であるなら……リンよ。お前にとっての先生でもある。故に先の褒め言葉、素直に受け取ってくれ」

 「───…………」

 

 頭を撫でられるという行為に驚き、反射で咄嗟に払い除けようとした手が止まる。彼の言葉を脳裏で反芻し、初対面のはずの大人の男性にどこか居心地の良さを覚え───はぁとため息を吐いて、優しい手つきで頭の上に重なる手を掴み、そっと下ろした。

 

 「……今のご時世、安易に女性に触れてはセクハ──……えっと、訴えられますよ」

 「い、いや、そうか、すまぬ。どうも子供に対してつい、な。気を悪くしたなら───」

 

 「──でも、ありがとうございます。……シャーレに向かいましょう、案内しますので」

 

 柱間から素顔を隠すように振り返り背中を見せるリン。そんな彼女の返答に意外そうに身を見開き瞬きを繰り返すと、満足したように顔に笑みを浮かべ、あぁと短く返事を返し、彼女に追従するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「…つきました、ここがシャーレの部室です」

 「ほぉ、ここが…」

 

 そう言って軽く室内を見渡す。と言ってもやはり今の今まで主を持たない伽藍堂に特に何か目につくものがあるというわけでもなく、大きめの机に複数の椅子、それと収納用のロッカーや棚が備え付けられており、その他大凡必要最低限といった備品の数々が視界に映るがその程度であった。

 

 「ここを拠点に先生のお仕事を始めると良いでしょう。シャーレの部室に関してはどうお使いいただいても構いませんので」

 「そうか、何から何まで世話をかけるの。して、仕事か……確か、連邦生徒会で処理し切れぬ物をコチラで肩代わりすれば良い、という話だったか。リンの方で仕事を斡旋してくれるのか?」

 「そうですね。業務提携や、シャーレへの依頼という形で連邦生徒会からも仕事を頼みますが……ハシラマ先生自身の足で、各学園に赴き生徒達の声に耳を傾けるのも良いでしょう」

 「なるほどのぉ。確かに、名が売れなければ依頼も舞い込まぬ。まずはその実績を作るところから、か」

 「まぁ、今回のサンクトゥムタワーの制御権の奪還に際する功績はSNSを通じて広まりますので、全くの無名ということはないでしょうが」

 

 仕事や依頼の話をするとどうにも現実に引き戻されるような感覚を覚える。前職にて、無償で依頼を引き受けたり、善意で割に合わぬ仕事を持ってきた時はこっぴどく叱られたものだと愛する肉親を懐かしみつつ、これからの指針を立てていたところ、リンが口を開く。

 

 「さて……私の仕事はここまでですね、重ね重ねになりますが、本当にお疲れ様でした。ハシラマ先生」

 「お前もな、リンよ。と言っても、制御権、とやらが戻っただけでコレからがキヴォトスの立て直しぞ。余り無理はせぬようにな」

 「お気遣い感謝します。…あぁ、そう言えば、ユウカさん達を外で待たせたままでしたね。彼女達ももうじき解散して各学園に帰還するでしょうが、挨拶だけでもしておいてはどうでしょう」

 「そうだな。彼女らにも、改めて感謝と労いの言葉を伝えねば」

 

 そう言ってその場を後にする柱間。"えれべーたー"に乗り込み、ガラス張りの景色を見下ろす。やはり何とも穏やかで、平穏な世にほおが緩むのは仕方がないようで、ロボが、獣人が、生徒達が───その顔色で鮮やかな平和を彩っていた。

 

 

 

 




ご清覧ありがとうございます!
取り敢えずプロローグは以上です。
次回からはアビドス編、の前に何話か柱間のシャーレとしての仕事、的な幕間の話を挟んでからアビドス編に行きたいと思います。
本編は今しばらくお待ちいただければ……
ではまた次回
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