Hashirama Archive   作:アテナ18号

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頼れる相手

 

 「まぁそう固くなるな。気持ちは分からぬでもないがな」

 「いえ……その……」

 「……コーヒーをご用意しました、どうぞ」

 「ぬ、気が利くの、チナツ。ありがとう」

 

 委員会室にて、机を囲うのは柱間と、事情を把握している風紀委員の三名。連邦捜査部のシャーレと風紀委員で対談を行うとの名目で人払いを行った室内では、やはり気まずさを覚えるアコが彼女には珍しく視線を泳がせ、落ち着かない様子で先生をチラチラと見つめていた。

 

 「行政官も、どうぞ」

 「あ、ありがとうございます、チナツ」

 「………ぅ」

 「おや……?すみません、お口に合いませんでしたか…?」

 「あ、いや、そうじゃなくてのォ……炭酸といいコーヒーといい、キヴォトスに来るまで口にしたことがなくてな。すまぬ、淹れてくれた本人を前にして、失礼だったな」

 「え?炭酸飲料も、コーヒーも飲んだ事なかったのか?」

 「あぁ。だから、慣れる最中ぞ」

 

 ゲーム開発部で邂逅した妖怪maxほどの衝撃はなかったにせよ、それでも控えめな砂糖ではかき消さないほどのコーヒーの苦味を強がりで蓋をすることは叶わず表情を歪める柱間が、それでも飲む事をやめない姿に笑みをこぼすチナツ。タイミングを見計らい彼が口をつけたカップを、ソッと回収する。

 

 「ち、チナツ?」

 「ふふ、そのお気持ちだけで十分ですよ。ココア……甘いモノでもご用意しますね」

 「しかし……」

 「お気になさらず、こちらは私がいただきますので」

 「そうか……何かとすまぬな」

 

 「……その、アコちゃん?大丈夫?」

 

 チナツと柱間のやり取りを尻目にイオリが声をかけるのは、やはり珍しく動揺を隠しもしない自身の上司に当たる、行政官その人。彼女の声にハッと意識を切り替えるアコが少し冷静さを取り戻したようで小さく咳をこぼし、笑みを取り戻す。

 

 「え、えぇ、大丈夫ですよ、イオリ」

 「そう…?」

 「……さて、アコよ」

 「ッ、な、何でしょうか、先生」

 

 「緊張するな。オレはただ世間話をしにきただけぞ。それと、すまなかったな、余計ないざこざを起こして」

 「…は?な、何の話です?」

 

 謝罪を受け、その要因に思い当たる節がないアコが困惑する傍らで困ったようにため息を吐くイオリと、どこか呆れつつも笑みを絶やさないチナツは彼の言葉の意図を察したようで、仕方のない人だと心の中で呟いていた。

 

 「いや何、実を言うとな……貴様がアビドスに来ることは知っておった。なんなら、それをアビドスに言っていないこともな」

 「な!?なぜ……まさか!!」

 

 アコが振り向き、風紀委員として馴染み深い二人の仲間へと視線を向けると揃ってばつが悪そうに視線を外す切り込み隊長と医療部員。小さく怒りを露わにして歯軋りを鳴らすアコに険悪な雰囲気を感じて慌てて柱間が止めにかかる。

 

 「ちょい待てアコよ、勘違いするな。オレが勝手に詮索して言い当ててしまっただけぞ。彼女らは確かに隠し通そうとしておった。二人を責めるのはお門違いぞ」

 「……そうですか。……それで、何故先生が謝られるのです?今回の件は全てこちらの落ち度だと思いますが?」

 「そう卑屈になるな」

 「はぁ?別に卑屈になど───「行政官」

 

 「……一旦、話を聞いてみればいかがでしょうか」

 

 場が静寂を支配した後、湯気を立ち昇らせるコーヒーを飲むズズズという音が室内に響く。いつにもなく冷静さを失う自身を自覚したアコがチナツを横目で見ながら深く息を吐いて呼吸を整える。

 

 「……失礼しました。それで、何でしょう」

 「うむ、すまぬな、オレも迂闊な発言だった。非礼を詫びよう。……さてと、と言っても大した話でもない。アビドスとゲヘナの邂逅を予期できた身でありながら見て見ぬ振りをした。未然に防げたはずぞ。此度は余計ないざこざを招いてすまなかった。この通りぞ」

 「な……!」

 

 深く頭を下げる柱間の姿に少々驚き声を漏らすアコが、しかし冷静さを取り戻す。客観的に見ても今回の件に対する責任の所在がどちらにあるかは明白で、そんな状況で煽りや嫌味とも取れる目の前の男性の行為に怒りではなく困惑を募らせる。

 

 「……こ、こほん。先ずは頭をお上げください。私としてもばつがわるいので」

 「ぬ……そうか、それはすまぬ」

 「……謝罪の方ですが、素直に受け取ることは叶いません。貴方がお人好しであるという話は私の耳にも届いていますが、そんなトリニティの如き思想で絆されるほど頭がお花畑ではございませんので」

 「いや、しかしだの……」

 「やめておきましょう。これ以上は平行線です。無理やりに理解の及ばない謝罪を押し付けられても迷惑です。形だけなら受け取っておきましょう。兎も角、今回の件は私の落ち度であり、そこは譲れません」

 

 強情なアコが───これに関しては彼女の方が妥当で柱間が甘すぎる気もするが───頑なに折れようとしない。平行線と言っておきながら結局は責任の所在は自分にあるという態度を崩そうともしない。それは単にプライドなのだろう。彼の態度が、風紀委員を下に見ていると感じ取ってしまった行政官としての。そんな彼女の心の内を察し、そして失礼な物言いに怒りを覚えたチナツが声を上げるのだが───

 

 「行政官!ハシラマ先生はそのような───「チナツ」

 

 自身の言葉を遮る彼に視線を合わせれば優しく微笑みつつも顔を小さく左右に振る。言葉にしない彼の意図を理解して悔しそうに口を閉ざした。

 

 「……確かに、少々押し付けがましかったな。分かった。今回の落ち度はアコ、お前にある。そういうことにしようぞ」

 「……はい、そのようにお願いします」

 「な…!よ、よろしいのですか?ハシラマ先生…?」

 

 こういう話になると、意地でも生徒の非は認めず、自分で責任を背負いたがる彼の性分を知っているチナツからすると意外にもアコの言い分を認め反論の一つすらしない彼の姿が意外で───何より、自分達や委員長ですら手を焼く行政官を上手く宥めてくれると何処か勝手に期待していた自分の気持ちを裏切られたような感覚に陥り、ひどく困惑していた。

 

 「あぁ、しかし………アコ、強いな、お前は」

 「は?な、何を───「失礼します!ゲヘナ第一飛行場より救助要請!!」

 

 先生が一瞬こぼした言葉の意味を問い詰めようとしたアコの声を遮るように、扉を勢い良く開け放つ風紀委員が口を開くのと同時にため息を吐いて立ち上がるのは柱間を除いた者達全員のお決まりのルーティンのようで、皆が一様に意識を切り替え業務に当たる。

 

 「ッ、先生、この話はまた後にしましょう。ゲヘナ第一飛行場ですね」

 「は、はい。それと同時にスラム街北区とアラバ海岸東エリアでも同様に、騒ぎを起こしているとの知らせが……」

 「ちょ、多いな!?んー、どうするアコちゃん?近場のスラム街は私が行こうか?」

 「そのようにお願いします。第一から第三と共に急いでください。……委員長は───まだですね、仕方ありません。第四から第六までをアラバ海岸、第七以降は全隊飛行場へ」

 「指揮は?」

 「スラム街はイオリに一任します。チナツは飛行場へ、アラバ海岸の鎮圧が終わり次第私が飛行場の指揮を取りま「行政官」……チナツ?」

 

 再びアコの言葉を遮るのは、彼女の部下であり友人であるチナツその人。コンマ数秒、ジッと視線を交わした後先生へと顔を向け、頭を下げる。チナツの行動の意図がわからず困惑気味に眉を顰めるのはアコだけのようで、扉が開け放たれた時点で何となくこうなることは把握していた柱間がいつしかと同じようにアコに声をかける。

 

 「アコよ」

 「は、はい?」

 

────頼みがある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……ふぅ………?アコ?先に帰っていたの?」

 「え…?あ!ひ、ヒナ委員長!お疲れ様です!お戻りになられたのですね!」

 「えぇ、チンピラ共が暴れてるって聞いて。大丈夫だった?」

 「あ、それは、はい……先ほど鎮圧が終わりまして……」

 「そう。………?どうしたの?」

 「え!?あ、いえ!何もありません!!」

 「そう……?」

 

 扉を開けて風紀委員会室に入ってくるのは、床に触れんとするほどの白く長髪を靡かせ威風堂々と立ち振る舞う、この自由と混沌渦巻くゲヘナ学園における、武力の頂点に立つ少女、ゲヘナ学園風紀委員長、空崎ヒナ。朝方から暴れ回る不良の鎮圧に追われていたはずだが、そんな疲労感すら覚えさせない表情でアコの態度を不審がり、下から覗き込むように彼女を見上げると、彼女も彼女で自身の失態を自覚したのか表情を切り替え気丈に振る舞っていた。

 

 「にしても、もう終わったのね。随分多いと聞いてたから、急いだのだけれど……」

 「そ、それは……「すまぬな、今戻った……ぬ?」

 

 「「………?………誰(ぞ)?」」

 

 「な!?し、失礼ですよ先生!!せめて相手の組織に顔を出すならそのトップの顔くらい把握しておくべきです!!」

 

 先ほどまでしおらしかったアコが急に元気を取り戻し、怒鳴るように柱間に捲し立てる。そんな彼女のいつもの態度に呆れながら彼女を宥めつつ、彼女の発した言葉の意味を咀嚼する。

 

 「やめて、アコ。……それで、先生、ということは……貴方がシャーレの先生ね」

 「ん、いかにも。それで……アコの言葉からすると……」

 「えぇ。───ゲヘナ学園三年生、風紀委員会所属風紀委員長、空崎ヒナ。よろしく、先生」

 「あぁ!よろしくぞ!!」

 「あ、えっと……よ、よろしく」

 

 首が痛いほどに見上げる姿を見兼ねてか、挨拶を終えた柱間が腰を折り視線を合わせ、満面の笑みで右手を差し出してくる。疑いようもなく、ただの友好の証としての握手を求めているだけなのだが、大人にしては屈託のない純粋な笑顔と、何より良い意味で遠慮ない態度に少し驚き、瞬きを繰り返した後に握手を返す。その隣でキーキーと喚く側近には気づかないふりをして。

 

 「……なるほど、シャーレの先生が手伝った、ということね」

 「そ、その、それは……」

 「あぁ、オレの方から我儘を言ってな!結果的に上手くいったモノの、すまぬな。無理を言って」

 「い、いえ。こちらこそ、迅速に抗争を鎮圧いただき感謝しております」

 「……………?」

 

 目の前の、360度に正義を振り撒いていそうな善性の人間と話すたびに、先ほど自分との会話で一瞬垣間見せた違和感を自身の側近が覗かせる。

 

 「………アコ」

 「は、はい?」

 「私に何を隠してるの?」

 「ッ、それは───「すまなかった、ヒナよ。オレが迷惑をかけてな」───せ、先生!?」

 

 「………先生が?」

 「あぁ」

 

 ヒナがチラリと流し目でアコを一瞥する。動揺し、シャーレの先生を前にして狼狽え緊張感を隠せもしない様子からアコが先生に後ろめたさを抱いていることを察するヒナ。

 

 「オレがアポなしで来たせいで風紀委員会と一悶着あってな。それでアコに余計な心労をかけただけぞ!」

 「………本当に?」

 「あぁ!そうよな?アコ」

 「え!?え、えぇ、はい……」

 

────あぁ、またアコが勝手に動いたのか。

 目に見えて態度に表すことはなく、心の内でため息を吐くヒナ。案の定、目の前に立つ、話に聞くお人好しはアコを庇っているのだろう。そもそも、先生の側に非があるのならアコのことだ、政治的な駆け引きも見据えて優位性を保ち押しつつ、困った困ったと眉を八の字に曲げて気苦労をアピールしている筈だ。そんな彼女が───今は、申し訳なさそうに口を閉ざし、饒舌な舌は見る影もない。

 

 詰まるところ、アコ側の何らかの非があることは明白だったのだが────

 

 「……そう。二人の間で解決してるのなら、私からは特に何もないわ」

 「い、委員長…?」

 「───あぁ、ありがとう、ヒナよ」

 

───そういうことにしたいのなら、そういうことにしておこう。

 

 「それはそれとして、風紀委員会が先生にお世話になったのよね。風紀委員会を代表してお礼を言うわ。ありがとう、先生」

 「なぁに、オレは裏方で声をかけていただけよ。気にするな」

 「裏方で──って、いきなり現場に出ないでくださいよ!こっちは気が気じゃなかったんですよ!?」

 「………?……現場に?どういうこと?」

 

 情緒の浮き沈みの激しいアコが、今度は先生に近寄り怒鳴り散らす。彼女の言葉を受けて首を傾げるヒナ。───はて、現場とはどう言うことだろうか。たしか先生はキヴォトス外の人間で、戦闘はからっきし、銃弾ひとつですら身に及ぶ危険は計り知れないという話を聞いていたが………アレは嘘だったのだろうか。

 

 「現場で指揮をとっておっただけぞ」

 「現場……?でも、先生って確か、体が脆いって話じゃ……」

 「そうですよ!だからここで指示だけ出していただければ良かったのに……!!」

 「いやぁ…生徒達が文字通り身を削って体を張っておるのに、オレだけ安全圏から、というのもな」

 「それはここで毎回指示を送る私への当てつけですか?先生。喧嘩なら買いますよ?」

 「いや、そうではない。ただ、オレはお前達と違って彼女らを知らず───彼女らはオレを知らない。信頼を得るにはこうするのが一番手っ取り早いからな」

 「……まさか、そんな理由で前線に立ったの?」

 「十分な理由ぞ。それに、戦闘が終わり次第直ぐにでも彼女らを労ってやりたかったからの!」

 

───なるほど、噂されるだけのことはある人だな。

 

 そう、心の中で呟くヒナが、ガミガミと騒ぐアコと、それを聞いているのかいないのか分からないような態度で大口を開けて笑い飛ばす柱間の二人を視界に入れて小さく微笑む。気づけば、アコも多少の緊張感はほぐれたのか、良い意味で柱間に対する遠慮もなくなり言葉に鋭さが増していた。

 

 そんな折、

 

 「……ふむ、ヒナよ。少しアコを借りても良いか?」

 「な、せ、先生!?何を───」

 

 「……分かった。少し席を外すわね」

 「い、委員長!?」

 「ぬ……すまぬな。オレの方から出るつもりだったが……」

 「大丈夫、気にしないで。それじゃ、失礼するわ」

 

 アコがオロオロと困惑して二人を交互に見つめるが、ただ柱間と敬愛する上司が口数少なく互いを理解しコンタクトをとっていること以外何も理解できず、自分を残してヒナはそそくさと部屋を退室してしまう。

 

 「……良い上司を持ったな。聡く、思慮深い子ぞ」

 「はぁ?ヒナ委員長が素晴らしいお方であることくらい先生に言われなくとも───というか、今更他人に言われるでもなく先生の数億倍理解しておりますが?」

 「ハッハッハ!そうかそうか!頼れる相手がおるようで何よりぞ!」

 

 「……それで、何のようですか。わざわざ二人で話だなんて」

 

 アコが目を細め、鋭い視線で柱間を睨みつける。やはりどれだけ言葉を交わそうと警戒心は解けないようで、額から汗を垂らし、ある種ブラックマーケットにいる不良よりも敵対心を露わに柱間と対峙していた。

 

 「なに、アビドスの話ぞ」

 「ッ、な、なんです?既にお話ししましたが、アレは私の落ち度、ということで───」

 「あぁ、それに異論はない。……貴様が、納得できているのならな」

 「な、何がです?私が言い出した事なんですから、納得も何も……」

 「では何故───そこまで顔を曇らせる」

 

 ゴクリと唾を飲み込むアコが返す刃を持たないのは彼女自身、今指摘されたことに対して自覚があるからだろう。

 

 「そ、それは……」

 「……まぁ、だからと言って今更責任の所在をオレが受け持とうなどとは言い出さぬ。プライドと良心の呵責で揺れ動くお前の為にはならぬだろうぞ」

 「ぷ、プライドなどでは───」

 「別に悪いことではない。相手に舐められないことを意識するのは、里……こほん、組織の運営を担う上で大事なことぞ。勿論、オレの立場的に今回はお前の言葉を否定せざるを得なかったがな」

 「…………」

 

 沈黙が場を支配する。自身の思考が全て先読みされているように、溢れる悩みを自身の方から吐露する前に、次々と言い当ててしまう目の前の男に───怒りや苛立ちとも取れない、不思議な感覚が湧いてくる。

 

 「………その」

 「ん?何ぞ?」

 

 「私に、強い、と言ったのはどういう……」

 「言葉通りの意味ぞ。アコよ、お前は強い。精神的にな」

 

 少し離れた位置に立っていた柱間がゆっくりとアコに近づいていく。自身に近づく長身の男を前にして視線を左右に泳がせながら、かと言って何かするわけでもなく棒立ちしているといつのまにか自身の前に立っていたシャーレの先生が腰を曲げ、アコに目を向ける。

 

 「オレが責任を負おうとした理由は何故か……まぁ、お前なら分かるだろうぞ」

 「……私に、罪悪感を抱かせぬ為でしょう?余計なお世話です」

 「あぁ。どうやら杞憂だったようだ。子供だからと言ってオレはお前達生徒を……無意識に下に見るきらいがある。良くない傾向ぞ」

 「………」

 「いつもなら、無理にでも食い下がるのだがな。貴様の姿勢と態度を見て、大丈夫だと判断してお前に責任を押し付けた」

 

 

 「ただ、今はそう思えぬ」

 「はい?」

 

 先生が先ほどまで浮かべていた笑みは鳴りを潜め、真剣な表情でアコを見つめる。

 

 「アコよ、重ね重ねすまなかったな。お前の心労を察してやる事ができていなかった」

 「な、何の話でしょうか?先の件なら───」

 「違う。今オレと、目を合わせてくれないことだ」

 「ッ、そ、その、それは……」

 

 柱間の言葉通りで、アコが気まずさや申し訳なさ、罪悪感、そのほか諸々。一言にいってしまえば、後ろめたさから柱間と目を合わせることなく視線を泳がせていた。

 

 「……アコよ。オレもな、お前と似たような立場に立った事がある」

 「せ、先生も、ですか?」

 「あぁ、と言ってもオレは政治的な駆け引きがとことん苦手でな!おまけに、甘さを捨てきれず下手を打ったことも少なくない。だから───毎回、オレを支えてくれる者がいた。数多いるかぞ……こほん、部下ではなく側近、という意味でな」

 「……………」

 「オレと真逆のような奴だな。とことん合理性を突き詰めた奴で、基本的にアイツの言う通りに動きつつ────しかし、最後の一線はオレが守る。そんな、持ちつ持たれつの関係だった」

 「………何が、言いたいのです」

 

 そらしていた視線を合わせることもなく下に下げたまま小さくアコが呟く。

 

 「アコよ、これは説教ではない。思ったことを言ってくれ。………お前は、アビドスの襲撃を後悔しているか?していないのなら、オレから言うことは何も───「しています」

 

 

 「……ただ、その、当時の私は、おそらく他の選択肢を取ることはなかったでしょうから……結果論でしかありません」

 「今は違うのか?」

 「ま、まぁ……多少は反省しましたので……ですが……その………」

 「遠慮するな、言ってみろ」

 

 「………私は、先生と違いそういった相手はおりませんので……その、再び"そういう"手段を取る可能性もなきにしもありませんから……」

 

 アコが言いにくそうに言葉に詰まりながら、彼女らしくないしおらしい態度でモゴモゴと口を動かす。

 

 「も、勿論、ヒナ委員長にイオリやチナツ、その他委員会の皆さんのことは信頼しております!ですが───」

 「分かっておる。友人との会話と仕事の会話に求められる信頼では意味が違う」

 「はい……それに、ヒナ委員長に、余計な心労は───「オレではダメか?」……はい?」

 

 

 「いや何、ゲヘナの機密に関わることもあるだろうから全てが全て、というわけにはいかぬだろうが……オレではダメか?その役は」

 

 「………い、いや、いきなりそんなことを言われましても…」

 

 驚き呆れて、一瞬言葉を失うアコが、瞬きを繰り返して、なんとか口を開く。視線の先では柱間がさも普通といった態度で自分を指差していた。

 

 「まぁ、何ぞ。オレはシャーレの人間だからの、どこの組織に対しても基本中立ぞ。それに干渉もできる。それに、……オレであれば、気兼ねなくモノも言えるのではないかと思ってな」

 「……なんですかその、『アコは先生に対して気を遣わないだろう』みたいな発言は。心外なのですが」

 「い、いや、そういうわけではない!ただ……」

 「何です?まぁどうせ人の良い先生のことですから私の負担を減らそう────」

 

 「お前に頼られたい、それだけぞ」

 

 唐突に頭を撫でられる。ゴツゴツとした厚い皮の張った、それでいて少しの弾力を伴う、暖かい抱擁が頭部を包む。言葉とのダブルパンチで一瞬呆けていた脳が、彼の言葉と行動を咀嚼し理解すると同時にカァッと顔を赤く染め上げる。

 

 「な、なななな何をおっしゃるんですかいきなり!?」

 「オレは先生ぞ。生徒が困っているなら、力になってやりたい、それだけの話ぞ」

 「へ!?あ、あぁ、はい、な、なるほど……そ、そうですか、そういうことですか。……ふぅ、し、失礼いたしました」

 「いや、別に何も失礼されておらぬが……」

 「………先生は……」

 「ん?」

 

 「……私が、嫌いではないのですか…?」

 

 そんな───彼からすれば───突拍子もないことを言われて瞬きを繰り返す柱間。しかし目の前の少女に関してはどうやら重要な問題らしく、恐る恐るといった様子でチラチラと柱間の様子を窺っていた。

 

 「それは、何でぞ?」

 「……話によれば、先生はアビドスの方々と懇意にしていたようですから……その、自治区を───ひいては彼女らを襲撃しようとした私に、何かしら思う所は……あるのでは……」

 

 「───あぁ、なるほどな」

 

 柱間が、納得いったようにそう言葉を漏らす。

 

 「勿論思うところがない、と言えば嘘になる」

 「ッ、そ、そうですよね──「が、嫌いではない」

 

 「オレは生徒を愛しておる。アコよ、勿論、お前を含めての」

 「……それは、何故」

 

 頭に重ねていた手のひらをそのまま流れるように肩まで下ろす。

 

 「オレが先生だからぞ」

 「………役職だから、義務として──「そして」

 

 「お前たち生徒が好きだからだ。一人一人が個性ある芽を咲かせ、明日を生きようとする青春の日々が、オレには眩しくて堪らない」

 「…………」

 「アコよ、お前は後悔している、と言ったな。仮に今回、お前が道を誤ったとして……見限るのではなく、支えてやることが先生の役割であるとオレは思っている」

 「……………」

 「だから、心配するな。オレが生徒に嫌われることはあっても、オレがお前を嫌うことはない、絶対にな。こんな可愛い生徒を見限るなど言語道断ぞ!」

 

 

 

 

 

 「はぁ………先生こそ、卑屈にならないでくださいよ。オレが生徒に嫌われる、なんて軽々しく言わないで下さい。生徒の信用に泥を塗るような発言ですよ」

 「ぬ、そ、そうか。それはすまぬ」

 

 肩にのった柱間の手に自身の手を添え、ゆっくりと肩から下ろす。困ったようにため息を吐く彼女の顔を、それでいて憑き物が取れたように晴れやかな顔色で先生を見つめ微笑んでいた。

 

 「……改めて、アビドスの件は失礼いたしました。後日正式に謝罪に伺います」

 「いや、しかし……」

 「えぇ、委員長にはバレるでしょう。仕方ありません。……それくらいのケジメは取らせてください」

 「そうか………」

 「……ありがとうございます、先生」

 

 アコが腰を曲げ、深く頭を下げる。慌てた柱間が彼女に頭を上げるように言うが、頑なに姿勢を戻そうともしない。顔を上げるといつになく笑顔な彼女が嬉しそうに笑みを浮かべ先生に声をかける。

 

 「お言葉に甘えて……今度、何かあれば頼らせていただきますね」

 「あぁ、遠慮せずに言ってくれ」

 

 「……すいません、随分時間を取ってしまいましたね」

 「気にするな、オレもお前と会話できて良かった」

 

 窓の外を見ると既に空がオレンジ色に染まり夕日が輝いていた。

 

 「もうお帰りになられますか?」

 「あぁ、この後少し用事があってな」

 「なるほど……では、駅までお送りします。車をお出ししますね」

 「……そうだな、ありがとう、では頼めるかの」

 「はい、承りまし────」

 

 「うわ!?」「きゃ!!」「あ……」

 

 先生とアコが横になって並び、扉をガチャリと開けると───まるで扉に寄りかかっていたように───内側に倒れ込むイオリとチナツと、その後ろでぼっ立ちするヒナ。一瞬驚き言葉を失ったアコが大凡の事態を把握して、痛てとつぶやくイオリを見下しながら睨みつけると、彼女の視線に気づいたイオリがサーッと顔を青ざめさせる。

 

 「………イオリ?」

 「あ、アコちゃん?い、いや、違うんだ!!これは、その!!!」

 「黙って質問に答えなさい。何処から聞いていたんですか」

 「……た、たぶん、大体全部……」

 「……そうですか。チナツも同様ですか?」

 「は、はい………ぎょ、行政官!?」

 

 ニコニコと笑みを浮かべながら、無言でハンドガンを取り出したアコが二人に向けて発砲する。間一髪避けたモノの立ち上がった二人に容赦なく打ち続けるアコが、先生の声を聞いても止まる様子も見せない。

 

 「ちょ、ちょい待てアコよ!!」

 「いいえ待ちません。信頼に泥を塗るような行為をしたこのバカ二名に躾を施すのは行政官として当然の責務ですので」

 「ちょ、ちょっと待ってよアコちゃん!悪かったから!!というかそんなこと言い出したら委員長も……!」

 「ヒナ委員長はいいんです。それよりも、責任逃れのためにヒナ委員長の名を出しましたね?許せません」

 「に、逃げますよイオリ!!」

 「うわああぁぁぁぁ………」

 

 

 「……そ、その、ごめんなさい、先生」

 「あー、いや、何ぞ。まぁ気付いておったから気にするな。アコがあれほど取り乱すのは想定外だったが」

 

 廊下の先へと消えていった三名が音と共に点になって視界から消えていった後、気まずそうに残された二人が言葉を交わす。そうして一呼吸置くと、仏頂面の少女がわずかに口角を上げて先生に感謝を述べる。

 

 「……ありがとう、先生」

 「ん?」

 「アコのことよ。……話に聞いてはいたけど、流石ね、シャーレの先生は」

 「何、立ち直れたのは彼女自身の意志ぞ。それと……」

 「分かってる。アビドスで何かやらかしたのね。……はぁ、まぁ、反省してるのは伝わったから、便宜は図ってあげる。後で謝罪に赴くとも言っていたし」

 「すまぬな、苦労をかける」

 「いいわ、気にしなくて。それよりも、もう帰るのよね」

 「あぁ。すまぬな、時間があればお前とも話したかったのだが……」

 「ふふ、じゃあ、また今度会うことを期待するわ」

 「あぁ!次会った時は改めて話そうぞ!」

 

 三人が消えていった方向とは別の通路へと足を運ぶ二人。その後、彼の指揮した隊のもと、敬礼で見送られ、車に揺られてゲヘナ学園から去っていくのであった。

 

 

 

 

 

………ちなみに、後日、アコが先生をゲヘナ学園へ勧誘したり、なんとか誘致できないか裏方から手を回している事がバレてヒナにめちゃくちゃ怒られたのは別の話である。

 

 

 




感想ありがとうございます!
最近感想が返さずにすみません……今来ている感想は明日に全て、まとめて返したいと思います!
それではまた次回

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