「アルちゃ〜ん、本当に大丈夫?」
「ふふん!なめないでちょうだい!このくらい朝飯前よ!いくわよ〜!よっと───あぁ!?」
「……はぁ」
現在、便利屋事務所。
こじんまりと整った、清潔感の伴う事務所の中央に鎮座するテーブルの中央にはホットプレートが置かれ、その上でぐちゃぐちゃに崩れるのはお好み焼き───だったもの。そうなった要因としては、先のセリフと白目を剥く女社長の、両手に握られたヘラを見れば想像に難くない。
「あちゃ〜、こうなると思ったー」
「……い、いや!まだよ!ほら、こうやって、形を整えたら………な、なにこれ……」
「もんじゃ焼きみたいになったね……」
覗き込む三人の視界の先、プレートの上に楕円形に広がる何か。微妙な顔で眉を顰めるアルが焼き加減を見つつ、仕方なしに不格好なソレを皿によそい、新たにプレートの上に生地を広げる。次こそはと意気込む彼女の背後で扉の開く音がした。
「た、ただ今戻りました!アル様!」
「ん、今帰ったぞ」
「あら、お帰りなさい、先生。ハルカもお疲れ様」
「おかえりー!先生!」
「お疲れ様、二人共」
親子と見紛う身長と歳の差の二人がそれなりの重量を予感させる、大容量のレジ袋を手に持ち室内へと足を運び、机の上にお菓子や飲み物、その他パーティグッズなどを広げていた。
────言わずもがな、祝賀会。
結局あの後先生に声をかけ、自分達の誘いに乗ってくれるかという一抹の不安はあったものの、電話口の彼の声色からどうやら杞憂だったらしい。随分と上機嫌に便利屋の誘いに乗って事務所まで足を運んだ柱間と雑談に耽ること数刻、結局外食ではなく身内でドンパチ騒ごうという話になり皆で買い出しに出かけたのだが────結局、食事の準備に際して五人いてもやることはなく、柱間とハルカの二人で再度買い物に行き、そして現在に至る。
「おぉ、良い香りぞ!えーっと、こいつが?」
「あー、お好み焼き、のはずだったんだけどね〜。アルちゃんが盛大に失敗しちゃって」
「む、ムツキ!?」
「ぬ?これは……こういう料理ではないのか?」
「もうちょっと綺麗な形してるよ、本当は。ほら社長、ちょっと貸して」
「あ、ちょっとぉ!」
半ば奪い取るようにしてアルの両手からヘラを掠め取ったカヨコが、慣れた手つきで円形に広がる生地をひっくり返す。生焼けの生地を崩すことなく表裏が裏返ると、赤茶色の焦げ目が見るものの食欲を誘い、未だ口にしたことのない柱間にもその美食を予感させる。
「おぉ、器用だの、カヨコ」
「慣れたらそうでもないよ。さてと……二人共買い物お疲れ様、荷物はこっちで預かるから休んでて。ムツキ」
「はいは〜い。よっと」
「ん、悪いの」
ハルカと柱間からレジ袋を受け取った二人が中身のものを取り出し仕分けて、飲み物やアイスなどを冷蔵庫へと運んでいく。腰を下ろした視界の端では、ムツキが皆の分の皿を取り出していた。
「オレも手伝おうか?」
「いいのいいの〜、今日は先生お客さんなんだから、ゆっくりしてなよ〜」
「そうか?」
「ムツキの言う通りよ。それよりも先生、誘っておいてなんだけど大丈夫だったのかしら?この後の予定とか」
立ち上がってムツキ達を手伝うアルが、先生の前に箸を置きつつ彼を見上げて尋ねる。
「何、元より時間も時間だしな。今日はアビドスですることもなかったろうし、一人寂しくシャーレに帰っていた所ぞ。だからお前達に誘ってもらえて、嬉しい限りぞ!」
「くっふふ〜!先生、寂しかったんだー!じゃ、今日はムツキちゃんがいっぱい先生のこと慰めてあげるね!」
「ハッハッハ!そうさな!今日はとことん、楽しませてもらうことにしようぞ!」
「ふふ、上機嫌だね、先生。社長、何飲む?」
柱間は勿論のこと便利屋にとっても、こうしてハメを外して楽しむ機会はそうそうないのだろう。皆が楽しそうに食事の準備を進め、取るに足らない雑談に花を咲かせながら言葉を交わす。そうすること数十分、少々駄弁りすぎた一行が多少冷めたお好み焼きに気づいていい加減もうそろそろ飯にしようという結論に至り、各々がグラスを手にアルの合図を待つ。
「……こほん。それじゃ、ハシラマ先生の便利屋経営顧問就任を祝して───乾杯!!」
「「「「乾杯(ぞ)!」」」」
カンッ、というグラスの縁がこづき合う、小気味良い音が重なり室内に響き渡る。柱間も多少高すぎる座高に配慮して少し身を屈めてグラスを前に差し出すと、テーブルの反対側に座るアルが優雅な女社長を気取って足を組んでいたが、頑張って拳を突き出すもギリギリ届かず、仕方なく足を解いて身を乗り出し柱間と乾杯の音頭を取っていた。
「───ふふ!これで正式に先生も便利屋経営顧問に就任ね!」
「うむ、しかし正式に、と言われても何をすれば良いかあまりな……」
「大丈夫大丈夫、アルちゃんのこういう名称は雰囲気だから。今までとあんまり変わらないから気にしなくて良いよ〜」
「ちょ、ちょっと!雰囲気なんて言い方はやめてちょうだい!」
「ど、どうぞ、先生…!こ、こちらを!」
「ん、すまぬな。これが、"お好み焼き"のぉ。かかっておるのは……なんぞ?」
「マヨネーズとお好みソース、ま、兎に角食べなよ。私も食べよっかな」
カヨコが箸を使って綺麗に生地の一部を分断し持ち上げる。かすかに湯気の立ち上る断面をキャベツや豚肉が彩り、その上からポタポタと黄色と茶色のソースが滴り落ち、香りを白煙と共に立ち上らせ皆の食欲をそそらせる。彼女の見様見真似に柱間が生地を割って口に運ぶと、なんとも健康に悪そうな味の、油を濃く感じさせる甘いソースが生地と絡み合い、ふわふわとした食感の中に肉の弾力と水々しいキャベツのシャキシャキとした食感を伴い、柱間が舌鼓を打っていた。
「───ん、美味いのぉ!」
「んー!おいひぃ!」
「ほんと、美味しいわ!」
「ハルカ、こっち向いて、口元のソース………ん、いいよ」
「んむぅ……あ、ありがとうございます……!」
皆が一様にお好み焼きの味に頬を紅潮させる。勿論、便利屋の身内だけでこうした打ち上げや祝賀会を行ったことはあるものの、客人を招いての会ということでどこか特別感を覚え───また、心の内でその大小の差はあれど先生という相手に甘えられるこの空間に、安寧を覚えていたのだろう。皆が口早に柱間に声をかけていた。
「ねー先生。今日は大丈夫だったー?」
「ん?何がぞ?」
「いや、風紀委員の話よ。その、何かされなかったのかしら?素直に引き下がるとも思わないのだけれど……」
「まぁ、お前達の視点なら疑るのも仕方のない話か……なに、特に何もなかったぞ。そればかりか、良い生徒ではないか!風紀委員会の行政官として、人の上に立つ者の責任感と他者への思慮を持ち合わせる。少し立場に追われ背負いすぎる所が玉に瑕だがな」
「……そ、まぁ、先生ならそうなるか」
「え、先生の言ってる行政官って私たちの知ってる行政官と同じ人物?」
「んー、まぁ、先生ならそーなっちゃうかぁ。流石だねー。普通あの空気から仲直りなんてことあるー?」
「……ま、そういう人だから私たちが今こうして机を囲んでるんでしょ、先生と」
「あはは!確かに!」
お好み焼きを追加で焼くアルが、もうそろそろ扱いに慣れてきたようで形を崩さずひっくり返すとフンスと鼻を鳴らし自慢げに笑みを浮かべると、やはりハルカがやりすぎなくらい褒め称える。その後もお好み焼きを口に運びながら言葉を交わす一行の話題は、しだいにアビドスの話へと移り変わっていった。
「どう先生?アビドスの子達は。何とかなりそう」
「ん……そうさな。着実に前に進んではおるのだが……」
「根本的な解決方法は未だに、ってことかな」
「そう言えばさ、結局アビドスの子達はなんで学校追われてるの?」
「む……それは……」
「そう言えば……そうね。この前のハルカの依頼でも、ジャンク屋に案内しろとしか言われなかった───「二人共」
カヨコがチラリと二人を一瞥する。その後、カヨコが二人に向けていた視線を柱間に送ると、それを追いかけた二人がバツの悪そうな彼の顔を見て、同様に気まずそうに表情を歪ませる。
「ごめんね先生、さっきのは気にしないで」
「……いや、オレの方こそ気を遣わせてすまぬな」
気まずい空気が流れる。柱間としては、やはりアビドスの問題を口外したくない理由としてはトリニティでティーパーティーの二人に言ったのと同様に、巻き込みたくないから、それに限る。しかし便利屋には多くの依頼で助けられ借りがあり、加えてブラックマーケットの件で便利屋に依頼したのは柱間の発案である。故に自分が原因でアビドスの件に関与させておいて沈黙を決め込むには引け目があり────何より便利屋が依頼主、カイザーコーポレーションの依頼を断ったのは柱間のせいである。彼が負い目を感じるには十分すぎる要因が揃っており、故にこそ良心との狭間で揺れ動いていたわけだが、そんな彼の心情を察したカヨコが友人に止めるよう視線で促した。
「あー……ご、ごめんね?先生。そういうわけじゃなかったんだけどさ…」
「何、気にするな。オレの方こそ───」
「ストップ。多分イタチごっこだからさ、謝るなそのくらいで」
「そ、そうね!折角の祝賀会だもの!もうちょっと明るい話をしましょう!ハルカ!」
「あ、は、はい!!え、え、え?こ、これですか!!?」
「ち、ちがうちがう!!ダイナマイトじゃなくてクラッカーよ!!!」
「す、すすすすすすすいませんすいませんすいません!!!」
雑談もそこそこに、流石に粉物はお腹が膨れるようである程度食べたら箸を置く一行。まだ買ってきたお菓子やアイスなどお腹を満たすには夜は浅いようで、ボードゲームやウノ、トランプに王様ゲームなど、先ほどまでのお通夜ムードは何処へやら、柱間がむむむと唸りながら互いに睨み合っていた。
「………………」
「…………こっちぞ!!」
「あ、あ、あー!!!」
「ハッハッハー!!!オレの勝ちぞ!!!」
「なんでよーー!!!あと一枚だったのにー!!!」
「いや長すぎでしょ二人共……」
「ババ抜きでこんなに良い勝負してる人達、初めてみたかもー」
「あ、あの、み、みなさんどうぞ……!」
「あ、ありがとねーハルカちゃん!」
勝ち誇り大口を上げて笑う柱間の前で項垂れトランプを机の上にぶちまけるアル。ハルカがコップにジュースを注いで皆の元に運んでくるが、片や汚泥を啜る敗者の顔で、片や勝利の美酒を嗜む王者の顔でコップを口に運ぶ。
まぁ、柱間も柱間でビリから二番目なのだが。
「いやーアルちゃんはシンプルに嘘が下手で、先生は馬鹿正直で……こんな具合でレベルの釣り合いが取れることある?」
「……別のゲームやろっか。何しよう」
「別のゲーム、ねぇ……あ、じゃあダウトしない?」
「アルちゃんさっきの展開の直後によくダウトやる気になるね……別に私は良いけど」
「し、失礼ね!私だって他人の嘘の一つや二つくらい見抜けるわよ!」
「ふーん。あ、じゃあさ!じゃあさ!ダウト当てられた人は何か命令聞くってどう?外した人も命令聞くってことで!」
「なにそれ、面倒臭いんだけど……」
「え、えぇ!?い、いやそれは………」
見栄を張ったアルを脅すように変なルールを設けるムツキ。流石の彼女も流石に他人の嘘を見抜く自身の能力を疑うくらいには先ほどまでのゲームの負けを引きずっており、ぼそぼそと口どもる。そんな彼女をみて楽しそうに顔を歪めたムツキが一言。
「もしかしてアルちゃん……自信ないんだぁ…!」
「あ………」
「……望むところよ!!さぁ、配ってちょうだい!!」
「……はぁ」
「……ダウトってなんぞ…?」
─────その後、案の定皆の命令にたらい回しにされるアルと、予期せぬルール追加により巻き添えを食らう柱間であった。
「………ん、もうこんな時間か」
「あら、先生。もうお帰りかしら?」
「えー!もうちょっと居ようよー、先生!まだあんまり先生に命令できてないんだけどー!」
「ちょっとムツキ、あんまり先生に迷惑かけないで」
「ハッハッハ!すまぬな!オレもお前達と別れるのは寂しいが……明日以降も仕事があるからな」
「お、お、お帰りですか?で、では───」
「いえ、いいわハルカ。私が見送るから片付けておいて」
アルがそう言って立ち上がり背を伸ばす。アルに命じられたハルカが短く返事を返し、小走りで皿を持ち上げ裏方へと姿を消した。
「アルちゃんが見送りに行くの?」
「えぇ、経営顧問を送り出すもの、社長自ら出向くべきでしょう?」
「別に、そこまで気にしなくともオレは一人で───」
「少し夜風に当たりたいのよ、良いでしょ?先生」
まぁ、そういうことなら構わないがと帰る支度を行う他所で、チラリとアルとカヨコが視線を交わす。
「社長…」
「えぇ、わかってる。明日のことと…ま、後は任せといて」
「………そ。じゃあ、先生のこと、よろしくね」
「えぇ。───じゃあ先生!出ましょうか!」
「あぁ。世話になったな!三人共!また機会があればこうして共に集おうぞ!」
「じゃあねー!先生!」
「あ、お、お、お疲れ様でした!先生!!」
「……じゃあね、先生」
アビドス郊外。
廃墟ではなくそれなりに栄えた区域ではあるのだが、この時間帯となると流石に人の気配はなく、静寂の支配する狭い路地を数十メートル間隔でポツリポツリと点灯する街灯には甲虫や羽虫がたかっていた。
「うぅ……夜風とは言ったけど、この時期でもこの時間帯は冷えるわね……」
「大丈夫か?別にここまででも十分ぞ?体を壊さん内に事務所に戻った方が……」
「別に、少し寒いだけよ。……先生も、あまり無理しすぎたらダメよ?アビドスのことがあるからあまり強くは言えないけれどね」
「あぁ。心配をかけるな」
夜道を歩く二人が、小さく笑みを浮かべ互いを労わる。それは互いに年は違えど人を従える立場での理解と───やはり、人を惹きつける言語化できない人となりである彼らだけに理解できる苦労があるのかもしれない。
「……先生、明日は空いてるかしら?」
「ん?明日は……」
「アビドス?」
「まぁ、とりあえずはな。そっちに顔を出しておきたくはあるの」
「そう……行き詰まってる様子だけど、何か当てはあるの?」
「……あぁ」
「そう………。ねぇ、先生」
「ん?なんぞ?」
唐突に立ち止まるアルが道の端へと歩いていく。石の塀に、砂利がつくことすら厭わず背中を預けると、小さく笑みを浮かべて先生を見上げる。そこに、いつもの見栄を張り背伸びをする女社長の姿はなく、カリスマを携えた便利屋のリーダーが柱間を見つめていた。
「実はね、今日の祝賀会。……アビドスの子の依頼だったの」
「なに?どういうことぞ?」
「分からない?───頑張りすぎ、らしいわよ。先生」
「頑張りすぎ、ぞ?」
「えぇ。だから、休ませてあげて、だって」
「……そうか」
「今日の祝賀会も、そういう理由。勿論、私達としては先生と共に祝った気持ちは嘘でないけれどね」
「心配するな、それは疑っておらぬさ」
「ふふ、そう。そういうことだけ、聡いんだから、先生は」
柱間が、アルの元へ近づき、彼女と同様に壁に背中を預ける。アルの方を見つめると、柱間から視線を外し、空を見上げていた。彼女の視線を後追いし上を見上げると、満天の星空に月が浮かんでいた。
「ね、先生。明日も休まない?」
「気遣いは感謝するが、アビドスを放っては───」
「当てはあるの?」
先ほどと同じ質問をするアル。思わず言葉に躓きチラリと彼女へと視線を向けると、真剣な瞳で柱間を見つめていた。既に一度答えを得ているはずの問いに、しかし彼女は何かしらを確信しているようにジッと柱間から視線を外すことはない。
「……あぁ──「ダウト」
「──ふふ!当たったかしら?今日初めてね!」
先ほどまでの悪のカリスマを思わせる微笑から一転、子供らしい無邪気な笑顔を浮かべるアル。思わず瞬きを繰り返す柱間が、数秒置いて、観念したように噴き出した。
「───ハッハッハ!敵わぬな!……あぁ、当てはない。新たな情報を得ていることに違いはないが、差し当たってどうこうすることもできぬ現状ぞ」
「そう……」
「───しかし、だからと言ってアビドスに顔を出さない理由にはならぬさ。特に手立てがないからと、彼女らと距離を置く理由にはならぬ」
「ちょっと、失礼ね。別に、アビドスの子達にしてあげられることがないから休め、なんて言おうとしたわけじゃないわよ」
「ん?そうか?はは、それはすまなかったな」
アルが少し不服そうに柱間を見つめて、柱間が小さく笑い謝罪を返す。そうして再び数秒、何度目かの沈黙で互いに呼吸を置いて語り出す。
「……アルよ、アビドスの直面してい──「言わないで」
「私達への罪悪感から、アビドスのことまで話す必要はないわよ。それを言わないのは、先生の矜持でしょ?私達の方から、それを崩すようなことはしたくないわ。………それに何かを勘違いしているのかは知らないけど……私達は便利屋68、金さえ積めば何でもこなす、裏の世界のアウトロー。そんな、御涙頂戴の心を痛める問題ごとに直面していたところで、慈善活動に勤しむことはないわ」
先ほどまで、事務所で心配そうにアビドスに親身になってものを尋ねてた彼女とは打って変わって冷徹な雰囲気に面を喰らう柱間。しかし、彼女の言ってることも尤もで、生徒を尊敬するという言葉の意味を自分自身で履き違えてはいけないと心の内で自身を叱責する。
「……いや、そうだな。──すまぬ」
「えぇ、本当に。………だからね、先生」
「命令よ」
「……ん?命令?」
「あら?覚えてないのかしら?」
唐突に、素っ頓狂なことを言い出すアルに、首を傾げる柱間。しかし視界の先の少女はさも当然という態度を崩さない。
「"ダウト"を当てたら命令できるのでしょう?」
「……あ!いや、それはさっきのゲームの……」
「理由なんて何でも良い。頼りなさい、便利屋を」
先ほどまで、壁に預けていた背中を外し、背筋を伸ばして柱間を見据える。里長にして、忍の神と呼ばれた男に、引けを取らない眼圧で、ジッと彼を見つめ続ける。
「頼る、か?」
「えぇ。アビドス、困ってるんでしょ?だから、頼りなさい、困ったらね。力になれる保証はないけれど」
「いや、しかし……」
「勿論、聞く気はないわよ。何でアビドスが困ってる、とかね。……だから、頼りなさい」
淀みなく、言葉を続けるアル。
「私たちは、金さえ積めば、何でもこなすアウトロー。他人の義理人情に絆され傾倒するなんて片腹痛いわ。……だから依頼しなさい、何かあれば。生徒に頼るんじゃなく───便利屋68に。理由なんて聞かないわ。金さえ積めばどんな相手にだって挑んであげる」
「……それでこそ、裏の世界のアウトローにふさわしいでしょ?だから言わないでいいわ、アビドスのことは。先生の内にしまっておいてちょうだい。いいわね?……これが、命令よ」
最後まで、言葉に詰まることなく言い切ったアルの長いたおやかな長髪が、夜風に揺られたなびく。月明かりに照らされその紅色が美しく輝いていた。
「───ハッハッハ!そうか、そうか!──なるほどな、ふふ。……オレの負けぞ」
「ふふ、私は競ったつもりもないけれどね」
「そうか。───命令なら仕方ない。そうさな。……困ったことがあれば、必ずお前たち、便利屋68に頼ろう。例え、アビドスの核心に迫ることでもな。約束ぞ」
「えぇ、約束よ」
互いの視線が交差し、口を閉じて小さく笑みを浮かべる。そこから、なにも言葉を交わすことなく、軽く手を振り夜道へと先生が消えていく。彼の背中を見送り、悪のカリスマは自身の拠点へと帰っていくのだった。
………ちなみに、その後普通にアルは風邪を引いたのだった。
────そして、その翌日だった。朝方、柱間にアビドスから緊急連絡が入ったのは。
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