Hashirama Archive   作:アテナ18号

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甘さと弱さ

 

 「……おやおや、随分お疲れのご様子ですね。いかがされました?」

 「なんでもッ、ないよ……ッ」

 

 バンッと、大きな音を立てて不躾に開かれた扉から、倒れ掛かるように入室するのは、アビドス高校三年生、小鳥遊ホシノ。肩で息をして荒く息を漏らす彼女の服は砂や埃に塗れ、所々焦げた跡が見受けられる。

 

 「そうですか。一息つかれますか?お茶くらいお出し──「いいからッ!!」

 

 「余計なことはせず、さっさと契約してッ!!」

 

 

 「……クク、これはこれは、失礼いたしました。では、先方の気を損ねない内に早い所契約を結んでしまいますか。お掛けください」

 「ふ……、う……」

 

 黒服が立ち上がり、自身のデスクから離れて来客用に用意した小さな長机を挟んでホシノと対面する。ゆっくりと、紳士的な振る舞いで礼儀正しく、それでいて何処か尊大な雰囲気を醸し出し圧を放ち腰掛ける彼と対照的に、体に残ったダメージのせいかいささか乱暴に身を投げるようにしてホシノがソファに腰掛けると、そんな彼女を労わる様子も見せず黒服が一枚の書類を机の上に置いた。

 

 「では、改めて確認を」

 「………」

 

 未だ呼吸の整わないホシノが、机の上に置かれた書類を乱雑に手に取り目を通す。そこに書かれていたのは以前と同じ、身の引き渡しと借金の肩代わり。特に目新しい項目もなく、しかしやはりアビドスを離れることに思うところはあるのか、読み進め現実を把握するほどに少しずつ表情が歪んでいく。

 

 「本契約は小鳥遊ホシノさん、あなたのカイザーへの傭兵加入を条件として私がアビドスの借金を肩代わりするものです。まぁカイザーへの就職は建前で、そういった名義で私の研究材料として身の引き渡しをすることになりますが」

 「……本当に、アビドスの借金を肩代わりしてくれるの?そこに嘘はない?」

 「えぇ。キヴォトス最高の神秘を、凡そ4億5000万程度の端金で得られるなら安いものです。あぁ、あなたの危惧している──アビドスへの信用も、直ぐに元に戻ることでしょう。と言っても、元より法外であることに変わりはありませんが」

 「………」

 

 「……クク、それにしても、おかしなことを聞くものですね」

 「なにが」

 

 無言で黒服の言葉に耳を傾けるホシノを、気を損ねないようにと言った本人が嘲笑うように、堪えきれないと言った様子で笑い声を漏らす。彼の煽り口調にも慣れたようで、今更黒服の思わせぶりな態度に怒りを募らせるホシノではないが、少しムッ眉間に皺を寄せる。

 

 「嘘はないのか、と、おっしゃいましたね」

 「………」

 「えぇ、もちろん嘘をついてはおりません。しかし私の言葉のどこに信用などあるのでしょうか。私が真と言えば貴方はそれを素直に受け入れるのですか?」

 「勘違いしないで。別にお前を信用したわけじゃない。ただの確認。……悔しいけど、他に手段がない、後がない。……お前に頼るしかないのは自覚してる」

 

 やはり、クックと笑いを止めない彼が言葉を続ける。

 

 「えぇ、えぇ、そうでしょう。ただの確認。それ以上でもそれ以下でもない、先の言葉に深い意図はないのでしょう。しかし、面白くて仕方がないのですよ」

 「うるさい!早く契約を───」

 

 

 「先生のことも信じられなかった貴方が、私を信用するような発言をしたのが」

 「───ッッ!!!───早くしろッ!!!」

 

 黒服の鼻先数十センチ、文字通り目と鼻の先に、彼の見てくれよりも濃く深いショットガンの暗闇に染まる銃口を突きつける。フーッ、フーッ、と獣のような呼吸を繰り返すホシノが血管を浮き上がらせて引き金に指をかけるが、それでもなお黒服が余裕のある態度を崩さない。

 

 「クク、そうですね。少々遊びが過ぎましたか。失礼しました。それでは最後の確認に移りましょうか」

 「ッ、最初からそうしてって言ってるでしょッ!!!」

 

 ガラスのひび割れる音と、固い何かが衝突しあった鈍い音が同時に部屋中に響き渡る。彼らの間に鎮座し二人を仲介する長机が、ホシノの剛力により振り下ろされ鈍器と化したショットガンの銃身により破砕し、ひび割れていた。そんな、目の前の、自身を殺し得る暴力の化身を前にして、やはり笑みを絶やさない黒服が、確認と口にして再度契約内容を口にする。

 

 「……ではホシノさん、確認です。この契約書に貴方とカイザーPMCの代表者───今回は別名義でカイザー役員となっております私が代行ですね。互いのサインを以てこの契約は結ばれます。以降貴方はカイザーPMC……実際には私の預かりとなり、以降許可や指示なく自由行動は行えないものと考えて下さい。もし契約に反するような行為を行えば、アビドスへの借金の援助は打ち切りとさせていただきます」

 「………」

 「もしこの契約に了承いただけなければ今すぐ帰っていただいても構いませんよ。勿論、本契約を反故にしたからと言い後を追いかけたりアビドスへの圧力をかけるような真似は致しません。貴方にはアビドスに帰還し仲間や先生に打ち明け互いにぶつかり合いながらも涙を流し、手を取り合い艱難辛苦に立ち向かう───そんな、青春の物語を勝ち取る選択肢が残っています。この契約は強制ではありません、あくまで貴方の自由意志に委ねられたものです。今なら───「うるさい」

 

 

 「…………ほら、書けたよ。これでいい?」

 

 「………ふむ」

 

 長々と言葉を連ねながらもホシノに委ねるように語りかけながら、胸ポケットからボールペンを引き抜き彼女に差し出すようゆっくりと前へと右手を突き出していた彼の手から、投げやりに言葉を吐いてボールペンを奪い去るホシノが乱雑に自身の名前を書いて契約書と共に再度黒服へ押し付ける。一瞬呆気に取られた黒服が何処か落胆した様子で小さくため息を吐くと丁寧にそれらを受け取りボールペンをしまった後契約書に目を通す。

 

 「……確かに受け取りました」

 「……アビドスの皆んなだとか、先生とか関係ない。これは、私の責任だから」

 「…そうですか。まぁ、どちらにせよ───

 

 

────相談なんてできる状況ではないでしょうがね、アビドスの皆さんも、先生も」

 

 「……は?」

 

 ホシノの、素っ頓狂な声を気にすることなく無視して何処かへ連絡を取る黒服。顔色の変わらない彼が作業のようにつまらなそうな声色で電話口の相手と言葉を交わしていた。

 

 「もしもし、私です」

 『───連絡してきたということはそういうことか?』

 「今し方、小鳥遊ホシノからサインを受け取りました」

 『──クク、ハッハッハ!そうかそうか!これで本格的にアビドスの問題に着手できる!わざわざ借金などというまどろっこしい手を使うまでもなくな!』

 「………」

 『ご苦労だったな。直ぐにカイザーの者を向かわせよう』

 「ありがとうございます、それでは失礼します」

 

 電話を切った黒服が、ふぅとため息を吐いて視線を外しホシノへと目を向けると、そこでは何処か不安そうな彼女が未だ電話前に彼が溢した言葉に気を取られているようで黒服に尋ねる。

 

 「ね、ねぇ、さっきの、相談できる状況じゃないって、な、なに?ま、また、私を煽ってる……だけの……」

 「あぁ、失礼。厳密には──今からそうなる、の方が正しいですね。もっとも先生に関しては既に、ですが」

 「だから───ッ!?な、なに!?」

 

 やはり遠回しな言い方で直接ものを言わない黒服の態度に痺れを切らしたホシノが詰め寄ろうとして───微かな振動と爆音と──悲鳴が聞こえ、ガラス張りの窓から外を見下ろすと、視界の先で人々が点になるほどのはるか彼方先で、戦車や武装した兵士が街中を侵攻している様子が見て取れる。それも一つ二つの小隊ではなく無数の大軍勢が津波のように雪崩れ込み、崩壊していくアビドスの光景に焦ったホシノが言葉を漏らす前に黒服が口を開いた。

 

 「貴方がサインをしたからですよ」

 「ど、どういうことッ!?」

 「どういうことも何も……今し方、アビドスに残っていた公的な生徒会役員、その最後の一人がアビドスを実質的に退学する意思を表明されたのですから。残念ながらアビドス高校にはこれ以上生徒会役員は残っておりません。それでは学校は成り立たないでしょう」

 

 「な……!?」

 

 「アビドスの土地に関する権利は既にカイザーの手によって買収が済んでおりますので、カイザーはアビドス高校を不法占拠している対策委員会の皆さんを退け、アビドス高校を吸収合併するでしょうね」

 

 淡々と、至極当然の話だといった態度で語る黒服の前で、パクパクと口を動かすホシノの額からとめどなく汗が滴り落ちる。言わずもがな───後悔先に立たず、やってしまったと焦る彼女の目が見開かれその場にへたり込むホシノが顔を左右に振りながら弱々しく声を出すが、そんな彼女を強く否定するように黒服が言葉を続ける。

 

 「……は、話が、ちが───「違いませんよ、小鳥遊ホシノさん」

 

 

 「そもそもこの契約に関して、私は兎も角として……カイザーのことは考えなかったのですか?彼らのメリット等は」

 「……それ、は……」

 「貴方がいなくなることでカイザーにどのような利点があるか……そこまで難しい話でもなさそうですが……まぁ、余裕がなかったと、そういうことにしておきましょうか。今更そこを追求したところで何の意味もありませんしね」

 

 「………」

 

 「あぁ、ご心配なく、借金の返済はしっかりと私の方で負担いたしますので。まぁ──」

 

 言葉を失い、呆然と街を見つめるホシノ。蹂躙され、人々が逃げ惑い、崩壊していく街並みを───たった一つの、自身の独断が招いた事実に吐き気を覚え───何より、アビドスに残してきた皆のことを想い唇を噛み締める。既に手遅れな状況で、それでもなお血が滲むほどに歯に力を込めて自身の無力を実感することができるほどに、心が折れていなかったのは────先生なら、何とかしてくれるという淡い期待。自身が嫌悪し、自ら遠ざけた存在に、こんな土壇場になって縋る、そんな浅ましい自身の無意識下の考えに気付いて、自己嫌悪に陥るホシノが頭を抱えて掻きむしる。

 

 そんな、哀れな少女を見下したような視線で黒服が───無視できない言葉を口にした。

 

 「───先生の援助など、来るわけがありませんがね」

 「────……あぁ、やっぱり、そうなんだ……」

 

───頭を掻きむしっていた手を止め、地面にだらんと項垂れる。

 黒服の言葉から───二人の関係性を察して、先生を信じ裏切り、また信じ、何度も揺さぶられて既にぐちゃぐちゃになった精神にとどめが差されたかなように無気力となって、薄ら笑いを浮かべていると───そんな彼女の言葉を、力強い声で黒服が否定した。

 

 「あぁ、別に私と彼は協力者でも何でもありませんよ。単に───彼が今、カイザーPMCによって囚われの身となっている、それだけの話です」

 

 「─────は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「もうそろそろ……あ!あちらの方々です!」

 

 突如としてアビドスへと侵攻を開始したカイザーPMC。その実態は公的な生徒会を失ったことを理由としたアビドス高校の吸収合併とアビドス自治区の支配であるが、そんなことを知る由もない対策委員会一堂とユウカは校舎周りの敵を片付け、街中へと出るに至る。その後、再度風紀委員長、空崎ヒナと連絡を取り一度合流する手筈となった両者が互いの位置を確認しながらカイザーPMCを相手取り───今し方、邂逅するに至った。

 

 「ッ!……っと、カイザーPMCじゃなくてアビドスの奴らか」 

 「ちょっとイオリ、奴らなんて言い方はよしてください。お疲れ様です、アビドス高校の皆さん」

 

 アヤネの声に反応したイオリが咄嗟に銃口を向けるが、視線の先にいるのは先日いざこざを起こしてしまった合流相手だと理解して銃を下げる。互いの姿を確認して一息ついた両陣営の人間が互いに頭を下げて挨拶も程々に現状確認を行なっていた。

 

 「お疲れ様です、アビドス高校の皆さん。本来であれば先日の無礼を公式の場で謝罪したいのですが……」

 「そんなことやってる場合じゃないでしょうね……」

 

 アコの言葉にセリカが苦虫を噛み潰したような顔で返事を返しつつ皆の顔を一瞥すれば、この非常事態に考えることは皆同じようで本来ゲヘナの風紀委員会がアビドスに訪れた件は後回しに、現在発生しているカイザーPMCによる侵攻へと話は移っていく。

 

 「早速で悪いのだけれど……何故カイザーPMCがアビドスに侵攻しているのかしら」

 「それは……申し訳ありません。何故カイザーPMCがアビドス自治区に侵攻しているのか、私達も分かっておらず……」

 「カイザーローンとはそりゃ色々あったかもしれないけど、なんで民間軍事会社まで出てくるのよ!わけわかんないわ!」

 「ですね〜……手紙を見る限り、ホシノ先輩が何かしら事情知ってそうではあるのですが……」

 「ホシノ先輩のことは、先生に任せるしかない」

 

 悪態をつくアビドス生徒達。ゲヘナの人間からすれば、他の自治区に来た途端謎の武装集団に襲撃を受け、そこの行政機関に理由を問うても分かりませんなどと、理不尽極まりない状況ではあるがあくまで冷静に、彼女らの話を聞いて顎に手を当て思考するヒナ。そんな彼女の傍に佇む行政官が口を開く。

 

 「……失礼します。他の地区にいる部下の話では、カイザーPMCはアビドス自治区の土地に関する権利を主張しております。故に許可なく自身の自宅に足を踏み入れたゲヘナ風紀委員会は直ちに立ち去るように、と。……その後、通信が途切れたことから戦闘に至ったことと思いますが」

 「はぁ!?何それ!!いちゃもんじゃない!!そんなわけないでしょ!!」

 「せ、セリカちゃんの言うとおりです!アビドス自治区の土地は全てアビドス高校の生徒会が所有しています!そんなはずはありません!」

 

 「(………委員長)」

 「(分かってるわ、アコ)」

 

────危うい。

 そう同時に考えるのは、やはりアビドス対策委員会よりも学校の規模や所属している組織的な意味合いで場数の違う風紀委員会のトップとその側近。先の発言の曖昧さ───そんなはずはない、という言葉から眉を顰めるのは、客観的に問題を見ることができているからかもしれない。

 

 彼女らはおそらく正確には把握していない。アビドス自治区の土地なのだから、アビドスの所有が当たり前だという旨の発言だろう。勿論、それは普通に考えれば当然の話で彼女らの判断も仕方ないと言えば仕方ない。ただ、アビドス訪問にあたり少し調べただけでも知ることのできる───これは、ゲヘナというマンモス校の力によるところが大きいのかもしれないが───アビドスを取り囲む問題、控えめに言って窮地に立たされている人間の行動としては甘いと言わざるを得ない。

 

 何より、仮にカイザーPMC側が違反を起こしていたとしても、アビドス高校に喧嘩をふっかける理由は分かる。仮に今のアビドスが他校や───それこそ、連邦生徒会に掛け合ってもマトモに相手されないのが現状だ。多少法を踏み外しても、そういった強引な手立てに踏み切るのも理解できないこともない。

 

 しかし、ゲヘナ学園の、それも風紀委員会となると話が違ってくる。たかだか表舞台で活躍できないような、ブラックマーケットで幅を効かせる多角化企業が明確な違反を犯してゲヘナ学園と衝突したとなれば無事では済まない。何よりトリニティと違ってゲヘナのトップがアレだ。外交問題になればカイザー側に非があるとくれば情け容赦はないだろう。風紀委員会が窮地に立たされ笑い物になる分には構わないがゲヘナが舐められるのは断じて許さない、そんな性分の人間だ、アレは。

 

───であれば、おそらくカイザーPMC側は正当な理由を持ってゲヘナの風紀委員会と衝突しているはずだ。土地の件も含めて。

 

 「………そうね」

 

 そこまでの考えに至り、それでも言葉を共有しないのは───黙認を貫くため。上の考えに至ったのはあくまでヒナと───その側近であるアコだけの話。あくまで客観的に見れば右も左も分からない状況で、取り敢えずアビドス高校に協力しているゲヘナ風紀委員会、という図が今できている。もし上記の考えを共有すれば、アビドス側の違反という可能性を考慮した上でアビドスに手を貸している状況になり、下手をすればゲヘナも巻き添えを喰らいカイザーに弱みを握らせることとなる。

 

 「……唐突なのだけれどごめんなさい。そちらの方は…?ミレニアムの校章をつけているけれど……」

 「え?あ!し、失礼しました!──ミレニアムサイエンススクール二年生、セミナー所属、早瀬ユウカです。本日はシャーレの仕事の一環でアビドス自治区に来ました。よろしくお願いします」

 「…そう、よろしくね」

 

───なるほど、どうやらビンゴね。

 そう心の中で呟くヒナの視界の先には───キリッと表情を研ぎ澄ますユウカの姿。そんな彼女の、至って普通な姿にヒナが視線を注ぐ理由は───ついさっきまでの、明らかな狼狽した視線をの泳ぎ。アビドス自治区の土地の権利について話が展開した時、僅かに現れた動揺。

 

 「(確かにセミナーの人間なら知っていても……いや、先生の入れ知恵かもしれない……)」

 

 おそらく、ユウカの態度を見るに彼女は先の問題についての答えを知っているのだろう。何故外部のミレニアムの生徒が、とも思ったが確かセミナーはミレニアムの生徒会の総称であったはず。ゲヘナとトリニティほど歴史は深くないものの新興の学園としては最大規模のミレニアム、その生徒会ともなれば何かしら知っていてもおかしくはないと考えたものの───先生と分かれてこの場に来た、言い換えれば───先生がわざわざアビドス高校に差し向けた、ともなれば先生が何か伝えたという線の方が濃厚だろう。

 

 「(……ただ、ここで何も言い出さないということは、彼女も今の状況が綱渡りであることを自覚しているのね)」

 

 事情を理解している上で黙秘を貫くユウカの姿に、伊達にセミナーの役員ではなさそうだと考え一度考えを整理する。やはり、ここは一旦何も知らないフリをしてアビドスに同行し───小鳥遊ホシノに関する先生からの報告を待つべきだろう。

 

 「……それで、貴方達アビドスはどうするのかしら」

 「勿論、市街地に出て未だ攻撃をやめないカイザーPMCを鎮圧します!」

 

 

 「それは困るな、アビドス対策委員会」

 

───もっとも、そんな猶予をくれるはずもないのだが。

 

 「ッ、誰ですか!?」

 「……まさか、私のことを知らないとは。アビドス、君たちならよく知っている相手だと思うがね」

 

 皆が顔を見合わせて意気込んでいると、唐突に遠方から声がかけられる。遠くから鳴り響く戦闘音や悲鳴をバックに濃く耳に残る、低い男性の声に皆が身構えるが当の本人は周囲に展開する大量の兵士の元、余裕そうにため息を吐いて呆れたような仕草を見せつける。

 

 「……カイザーPMCの理事かしら」

 「え!?」

 「ほぉ、流石に聡いな、ゲヘナの風紀委員長。どこかの頭の足りない者たちとは違うな。まぁ厳密にはPMCではなくカイザーコーポレーションの、だがね」

 「それじゃあ……」

 

 「そう。君たちの借金相手だよ。くれぐれも口に気を付けたまえ。まぁ、もっともこうなった以上、借金の返済などと言っている状況でもないだろうがな、ククク」

 

 不敵に笑うカイザーに、怒りを隠せないアビドスの生徒たちが鋭い視線を向ける。

 

 「何故突然こんな強行に出たのですか!!」

 「そうよ!!土地の権利が云々って変なイチャモンつけて!ただじゃおかないわよ!!」

 「………ッ」

 

 

 「……ククク、何を言い出すかと思えば……変なイチャモン?イチャモンも何も……このアビドス自治区の土地の大半は、カイザーコーポレーションが正当な取引によって得た土地だが?君たちこそ何を言っているのかね?」

 

 「だから……!くだらない話は──「セリカさん!!」──ッ、ゆ、ユウカさん?な、何……?」

 

 カイザーPMC理事の煽るような発言に痺れを切らしたセリカが少し身を乗り出して怒鳴りつけると、ユウカがそれを上回る声量で声を被せ彼女を静止させる。自身の名を呼ぶ少女に目を向けるといつもの彼女らしくない、どこか不安そうな顔に嫌な予感を覚え、少し弱気になるセリカ。

 

 「……多分、だけど……彼の言っていることは本当よ」

 

 「………は?い、いやいやいや!!何言ってるのユウカさん!!」

 「そ、そうですよ!唐突にどうされたのですか!!」

 「あり得ない。カイザーの土地なわけがない」

 

 

 「ククク……どうやら、そこのミレニアム生だけでなく、ゲヘナの風紀委員会も同意見のようだな」

 

 カイザーの言葉に釣られてアビドス生達が振り向き風紀委員会の面々へと顔を向けると、彼女らを統率する風紀委員長やその側近である行政官が、バツの悪そうな顔で少し俯き顔を曇らせる。そんな彼女らの様子を見て、自分たちの学校を信じる気持ちを───不安が上回り、弱々しく声を漏らす。

 

 「そ、そんなわけ……」

 「君たちがどれだけ借金まみれになっていると思ってるんだ。だったら当然───担保となる土地の権利など、とうの昔に売り払われているに決まってるだろう?まさか、たったの一度も確認しなかったのか?」

 

 否定する材料が見当たらない。

 当然の話だ。アビドスの抱える借金、実に9億。全校生徒5名で支えるにはあまりにも大きすぎる負債は学校が潰れていない方がおかしいくらいで───何より、ハシラマとの話し合いでも一度引き合いに出されていた、何故土地が請求されていないのか、と。考えれば分かったことだ。───既に、売り払われていた。単に借金の返済の当てとして、担保となるものが既にアビドスには何もない、ただそれだけの簡単な話に気づかなかった───いや、気づかなかったのは、心の何処かで見て見ぬ振りをしていたのかもしれない。

 

 「ハッハッハ!こいつは驚いたな!たったの5名で母校を支える者達が、よもやこれほど自身の学校に無頓着な人間だったとは!」

 「………ッ!証拠はッ!?貴方達が土地の所有者だっていう証拠───きゃ!!」

 「セリカちゃん!?大丈夫ですか!?いきなり何をなさ──「証拠だ」───……え?」

 

 

 

 「ピーピーと喚く煩いガキめ。それが証拠だと言ったんだ。原本ではないがな、写しだよ。それで納得してもらえるかね?」

 「………嘘、嘘よ、そんな……」

 

 懐から、書類の束を取り出したカイザー理事が乱雑にセリカに投げつける。ぶつかった瞬間留め具が外れて辺りに紙が舞い散り地面に散りばめられるが、カイザーの言葉に衝撃を受け、慌てて地面に座り込みそれらに目を通すセリカ。彼女に続く様に他の生徒達も慌ててそれらに目を通すが、いずれもが疑いようもない正式な取引であるらしく、言葉では否定しつつも手から力が抜けて、拾ったはずの契約書がハラリと地面に落ちる。そんな、哀れな彼女らの姿を目に留めたカイザー理事が楽しそうにクククと不敵な笑みを浮かべる。

 

 「……おい!嫌味すぎるぞ!!そこまでしなくても──「イオリ、静かに」──でも、委員長!!」

 「イオリ、委員長の命です。口を閉ざしてください」

 「………ッ」

 「(………委員長)」

 

 「ふむ、それで……ゲヘナの風紀委員長。分かってもらえたかね?互いに行き違いがあったようだ。我々の土地に不法侵入し、あまつさえ戦闘行為。本来なら許されざる蛮行だが───私としてもゲヘナと争うのは本意でない。君たちもアビドスに騙された言わば被害者だ。今回の件は互いに水に流そうではないか」

 

 「…………そう」

 

 ゲヘナの風紀委員会を完全に見下した発言に、分かりやすく顔を赤く染めるイオリに、小さくこめかみに青筋を立てるアコ。そんな彼女らを率いるヒナが、何を考えているのか分からない様子でカイザー理事と視線を交わす。

 

 「一つだけ聞かせて。仮に私達に落ち度があったとして風紀委員会と衝突したのは分かったわ。だけれど今アビドス自治区を侵攻しているのは何故かしら。仮に土地の所有権があったとしても、自治権は未だアビドス高校の生徒会にあるはず。彼女らの許可なく戦闘行為を行うことは明確な違反のはずよ」

 「……そ、そうです!私はこんな話、全く───「簡単な話だ」

 

 

 「先ほど、小鳥遊ホシノのカイザーPMCへの所属契約が完了した。その時点を以て、アビドスの公的な生徒会は消滅したとみなし吸収合併に動いている、ただそれだけのことだ」

 

 

 「………は?え?……え?」

 「ホシノ、先輩が?」

 「嘘……!?」

 「……そん、な……」

 

────トドメだな。

 あぁ言ってもこう言っても噛み付いてくる、そんな厄介な連中の、最後の牙を折れただろうと、目の前で意気消沈する面々を見てほくそ笑むカイザー理事が何でもないように言葉を続け、一気に畳み掛ける。

 

 「本当のことだとも。先ほどウチの者から連絡が来た、契約は完了した、とな。君たちは対策委員会、と名乗ってはいるが前生徒会からの正式な引き継ぎなどは行ってないのだろう?未だアビドス高校の公的な生徒会は……今現在───いや、ククク、先程まで、か。小鳥遊ホシノが所属していた組織のことだ。そして、その生徒会の役員が0人となった。となれば、もう生徒会の存続などできはしないだろう?前任者もいないのに引き継ぎもあり得ない。となれば────自治体としての、アビドス高校の消滅。そうなるのは自然な話だ」

 

 そんな彼の、長々とした言葉を聞いているのかいないのか、皆が言葉を失い呆然と立ち尽くす。そんな哀れな姿に、同じ生徒として唇を噛み締める風紀委員会の一部生徒達やシャーレの部員であるユウカ達。アビドスが何も喋らなくなったのを確認して満足そうに鼻を鳴らした後に、再度風紀委員長へと話しかける。

 

 「さて、ゲヘナの風紀委員長よ」

 「……何かしら」

 「先ほどはアビドスに騙されたから水に流す、とは言ったが聡明な君のことだ。察しが付いているにも関わらず我々に刃向かった、ということも考えられる」

 「そんなことはないけれど、だからどうしたと言うの」

 「いやいや、そんな身構えないでくれ。私は単に───そう、すごく簡単な話だ。そんな意図はなかったと───別に、アビドスと共に私を陥れようとする気など無かったと、証明してくれれば良いのだよ。そうしてくれれば私も今回の件に関して、ゲヘナに余計な気をまわさなて済む」

 

 「要領を得ないわね。結局どうしろと言うのかしら」

 

 イマイチ遠回しな男の言葉に眉を顰めるヒナ。そんな彼女に対して、やはり余裕そうに言葉を紡ぐカイザー理事が───一つの提案する。

 

 「何、簡単な話だ。───私と共に、アビドス高校を鎮圧しようではないか」

 「な!?」

 「何を言っているのですか!?」

 

 「………………」

 

 彼の言葉に、提案を持ちかけられた本人ではなく、彼女の部下であるチナツとイオリがくってかかるが、サッと手を上げて彼女らを静止させる。

 

 「何、今から消える───いや、既に自治体としては消えているか。兎も角、何やら5名の、どこの高校の出とも知れぬ鼠が徘徊するだけのこの土地の制圧に、手を貸してくれと言っているだけだ。あぁもちろん───そこの五人だけで、後の始末は私が買って出よう。ただそれだけで、私は君たちへの不信感を払拭できると言っているのだ。別に外交問題にもならないはずだ。悪い話ではないだろう?」

 

 「なに、訳の分からないことを言っているんだ!!」

 「イオリの言うとおりです!委員長がそんな話聞くわけが───い、委員長?」

 

 「………そうね」

 

 ヒナに代わり彼の提案を否定する二人の背後で、ザッザと地面と靴底の擦れる音がする。振り返ると委員長が向きを変え───ある者は力を失ったように無気力に地面に座り込み、ある者は鋭い視線でカイザー理事を睨みつける、そんなアビドス高校生達へと視線を向けていた。

 

 そうして数秒、考え込むように目を閉じてため息を吐いた後────

 

 

 

 

 

 

 

─────一発の銃声が辺りに響き渡った。

 

 

 

 

 

 




ご清覧ありがとうございます!
最近投稿が夜遅くなりすみません…!
物語をたたみ始めようとすると悩んでこれでいいのかこれでいいのかとなりますね…
それではまた次回

感想、評価ありがとうございます!
かつどうのはげみになります!
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