返事を返せておらずすみません!
明日、まとめて返信したいと思います!
「なんでッ!!なんで先生の名前が出てくるのッ!!」
「何故、っと申されましても……」
───生徒達とカイザーPMCとの衝突が始まる少し前まで、時を遡る。
とあるビルの一室で、目を充血させて焦ったように怒鳴り散らすのは、アビドスへの侵攻の引き金を引いてしまった張本人である小鳥遊ホシノその人。彼女が手遅れになってしまった現状を憂いて絶望し、活力を失ってなお今だ声を荒げる理由は、ついさっき目の前の男が放った言葉が原因であることは、彼女の怒りに染まった瞳の矛先が彼であることから疑いようがないだろう。
──── 彼が今、カイザーPMCによって囚われの身となっている、それだけの話です。
「先生がなんでッ、カイザーPMCにッ!!」
「それはまぁ……カイザーPMCにとっては目障りな小蠅であることに変わりありませんからね」
「……な、んで……せ、先生は、お、お前たちと……お、お前達の……」
「仲間なわけがないでしょう、回りくどすぎる。何より……短いながらも彼と時間を共にして、そんな器用な立ち回りができる方だと、本当にお思いなのですか?貴方は」
「ッ、それ、は……ッ」
「まったく、あの方も浮かばれませんね。───私に頭を下げてまで救おうとする相手から疑われていては世話がない」
「……うそ、うそだ、う、うそ……だ、だって、お、お前が……せ、先生は、リアリスト、って……」
「おや、私の言葉を信用していただけるのですか。光栄なことですね」
口調こそいつもの、人を揶揄うような煽り口調であることに変わりはないのだが、ホシノに向けられたそれはどこか落胆にも近い声色で、言葉とは裏腹にテンションの低い黒服がホシノをジッと見下ろしていた。そんな彼の、心の色を窺うことを許さないひび割れ眩く輝く瞳に怯えた様子のホシノが現実を認めたくなくて、力無く顔を左右に振りながらか細く呟く。
「……ちが、違う……ちが……せ、先生は……おま、お前らの……」
「───まぁ、ただのあの方からのお願いですので……果たす義理もありませんがね」
そう言って立ち上がった黒服が、自身のデスクから離れてホシノの隣に立つ。ソファに腰掛けたまま蹲って頭を抱えるホシノを見下ろすように側に控える彼が、腰を下ろして彼女に向かって呟いた。
「───小鳥遊ホシノから手を引いてほしい、などという約束は」
「───あ、ああ───ああアア゛ああ゛ああアアア゛アア゛ッ!!!」
黒服の言葉を聞いた瞬間、ホシノが顔を上げる。
その視線はただ茫然と正面に向いたままで、焦点も定まらぬまま呼吸の荒くなる彼女がわなわなと震える手を上げ───そのままピンク色の長髪を掻きむしる。側に立つ男のつまらなそうな瞳には、ただただ虚しく散乱するピンク色の髪の毛が地面に散らばっていた。
「ご、ごめん……ごめんね……皆んな……ごめんなさい……先生……い…なさい……ごめんなさい……」
「……えぇ、私です。……あぁ、そうですか、分かりました。わざわざありがとうございます」
「さ、迎えが来たようですよ、ホシノさん───」
興味を無くしたかのように視線を逸らした黒服が、スマホの通知音に反応して手に取り誰かと連絡を行う。短い会話を終えた黒服がホシノに声をかけるが、もはや力を失った人形のように、ただただ項垂れるだけであった。
「クソッ、クソッ、クソォッ!!まだ連絡はつかないのかッ!?」
「申し訳ありませんッ!未だ…ッ!」
「ふざけるなアッ!!」
「ッ!」
周囲を取り囲む兵士の中心で怒鳴り散らすのは、怒りに脳内CPUを熱暴走させるカイザー理事。そんな彼は現在重厚な装甲車の内部────ではなく、無数の兵士やパワーローダーの立ち並ぶ戦場の中心にて、兵士に護衛されながら、ただただ自軍が蹂躙される光景を指を咥えて眺めていた。
「何故ッ、何故だッ!!何故ッ、トリニティがッ!!」
「理事ッ!危険ですッ!お下がりくださ───」
「下がれ!?下がれだとッ!───いったい何処に下がれというのだッ!!」
カイザー理事の言葉に、答えが返ってくることはない。
それこそが解であると雄弁に語るかのように───断続的に銃声が、爆発音が、火炎が、煙が────そして何より、奇声が上がる。この万の軍勢を前にして、暴力の化身とも呼べる一つの個が、ただただ気まぐれに破壊を成すのだ。まるでアビドスの市街地を破壊し尽くした自分達への仕返しだと言わんばかりに、住民が味わった恐怖をそのまま押し付けるかの如く───金切り声にも似た怨嗟のような声が、戦闘音を掻き消すように鳴り響く。
「キエェエエエエエッ!!!殺す殺す殺す殺す殺す殺すぅウウウ゛ううウ゛ッ!!!」
「や、やめ───ぐげぁ……ッ!!」
「クソッ!止まれッ!止まれえぇええッ!!」
───剣先ツルギ───別名、歩く戦略兵器。
─その強さを垣間見るのが、この戦場が初めてであったという点は大半の人間に共通していたが、その名前に対して抱いていた畏敬の程は異なる。片や気まぐれに集まった生徒の集団。片や、民間軍事会社。そのキヴォトスにおける強さや軍事力、武力における認知度は人一倍と言って良い。それはカイザー理事が空崎ヒナとの衝突を避けたがっていたことからも分かるだろう。
つまり、カイザー理事は理解しているのだ。目の前の相手が、決して喧嘩を売ってはいけない相手であることを。
これが、負け戦であることを。
「他はッ!?他に動ける部隊はいないのかッ!!」
「今アビドス市街地に出ているのはここにいる者で全てです…!」
「ッ、クソがあッ!!」
「───クソッ、くたば──ぐぁ…ッ!」
「舐めるなッ!」
「私達もやるっての!」
ツルギのガードを突破してアビドスの人間に襲いかかるカイザーPMCが、いつもの統率は何処へやら、まるで寄せ集めのならず者のようにやぶれかぶれに突貫するが、前衛を務めるイオリとセリカの二人に軽くあしらわれる。元より大隊を率いて正面衝突し汚泥を舐めた彼らが、剣先ツルギという地雷原を掻い潜り這う這うの体で敵う相手ではないことくらい明白で、既に敗残兵の処理の形を成していた。
「はぁ〜、つまんないなぁ〜」
「ちょっとムツキ、真面目にやって」
「いやいやカヨコっちぃ、こんなんじゃ持て余すって。こっちは気合い十分って感じで構えてたのにさ。そう思うよね?メガネっ娘ちゃんも」
「だ、だから私は奥空アヤネだと……ッ、シロコ先輩!」
「大丈夫大丈夫、ハルカちゃ〜ん」
「あ、は、はい!───起爆します!」
ムツキが退屈そうに敵を処理しながら軽口を叩いたため、それを諌めるようにカヨコとアヤネが口を開いた矢先、視界の先で煙を死角としてシロコの背後をとったカイザーPMCが銃を構えるが、危機感を持ったアヤネの言葉にシロコが振り向くよりも早く、発破の合図を受け取ったハルカがスイッチを押すと器用にカイザーPMCだけが爆発に巻き込まれ爆炎の中に姿を消した。
「……助かった、ありがとう」
「い、いいいいいえ!む、ムツキ室長が合図をくださっただけで、私は別に…!」
「お二人とも!伏せてください!」
「ッ、伏せて!」
「え?わぷ」
「行きますよー!──それッ!!」
クラスメートの言葉にそばで茫然と立ち尽くす便利屋の平社員を抱えてその場に倒れ込むシロコ。次の瞬間、鼓膜が裂けんばかりに二人の頭上を轟音と共に無数の弾丸が飛来し、煙の向こう側、こちらからの攻撃を視認することもできない無数のカイザー兵士の身体に深々と突き刺さり、多くの悲鳴が上がっていた。
「……ふぅ、どう?チナツさん」
「………ダメです、出ません。電話が繋がらないわけではないので、出られないという状況なのでしょうが…」
「そう………」
「ちょっと、何暗い顔してるの───よッ!……ふぅ、あの人に合わせるの大変ね……」
先の二つの戦場よりも更に後方にて、ユウカが展開するシールドに守られながらチナツがあらゆる手段で先生と連絡を取ろうとするが、その何れも成果は無く、少し心配そうに顔を歪める両者。先に皆で先生を信じると啖呵を切ったもののやはり実際に連絡が取れないとくれば心に動揺が生まれるのも必然で、言葉にはしないものの脳裏によぎるのはカイザー理事の言葉。本当に捕まっているかもしれないと口には出さないものの彼女らの顔色がその思いを言外に語っており、そんな二人を叱咤するように隣でツルギを補佐するアルが口を開く。
「先生に連絡を取るなとは言わないけど、それが純粋に心配する気持ちからでは無く、先生を疑う不信感からくる行動ならやめときなさい。ただただ自分の中の不安を増長させるだけよ」
「それは…!……ん、ごめんなさい、そういう顔をしてたかしら」
「えぇ。二人とも、今にも折れそうな感じよ」
「……そうですね。前線で身体を張っている皆さんを前に、失礼でしたね。……感謝します」
「いいわよ別に。というか、風紀委員に感謝されても変な悪寒が走るだけよ……」
「そうですか、ですが、それとこれとは話が違いますから」
「そう……それよりも、もうそろそろ終わりそうよ」
アルの言葉と共に銃口が下がる。彼女の言葉に顔を上げて視線を追うと、視界を埋め尽くさんばかりに並んでいた無数の軍勢はもはや数えられるほどの数しか残っておらず、そうして残存兵力をカウントしている間にも瞬く間にその数は減っていく。屈強なパワーローダーは黒煙を上げて火花を散らし、生徒達よりも一回り体格の大きい訓練された兵士が頼りなくカイザー理事を囲むがまた一人また一人と数を減らしていき───
「これでエぇぇ゛ええ゛────終わりだアアああ゛あア゛アアア゛ッ!!!!」
「ぐが……ア……ッ!?」
残り一人になった重装兵が、巨大なシールドを展開しカイザー理事を庇うように立ち塞がるが───何を血迷ったのか、右手に持つショットガンの引き金から人差し指を離し、鈍器のようにグリップを握りしめるツルギ。次の瞬間、自身の速度を乗せて槍のようにショットガンを盾に向かって突き出すと、その万力によってミサイルすら弾き返す電磁シールドの中央を銃身が貫通する。呆気に取られ、反応することすら許さない刹那、ショットガンの銃口が火を吹き、盾をその場に残したままカイザー兵士が後方へと吹き飛び意識を手放した。
「ククク……ギェははハハハハははハハハハハァ゛ッ゛!!!」
「ひ、ひぃ……!!」
「……アレじゃどっちが悪者か分かんないわね」
「しゃ、シャーレでの勤務態度は至って真面目ですから……」
戦場の中央には、狂ったような笑い声を上げるツルギと、腰を抜かして後ずさるカイザー理事の姿。万に一つがあってもいけないと、周辺でも戦闘を終えた他の生徒達が二人の元へと駆け寄っていく。
「あっ、と……つ、ツルギ、さん?」
「ギヒヒヒヒィ………!………ふぅ、終わったな」
「あ、は、はい、お疲れ様でした」
「……後は、アビドスに任せる。私は周囲を警戒しておく」
「え?…あ、はい!あ、ありがとうございます!」
そう言って興味を失ったかのようにカイザーから目を外し、瓦礫の山をゆっくりと歩いてその場を後にする。それが暗に、トリニティの政治的な関与を否定する行為であることに気付いて軽く感謝を述べた後に、アヤネがジッとカイザー理事を見下ろす。当初、アビドスと衝突した時とは文字通り立場が逆転し、理路整然としていながら怒りに満ちたアヤネを見て、逆上するようにカイザー理事が怒鳴り散らした。
「……クソッ!クソッ、クソッ、クソがぁッ!!何故だッ!!何故トリニティが!!貴様らッ、どんなコネを───」
「こ、コネなんかじゃありませんッ!ツルギさんはティー──「彼女もシャーレの部員だからよ」──ッ、ユウカさん?」
善意から来るトリニティの救いの手をコネ扱いされたことに憤慨したアヤネが、釈明をしようとティーパーティーの名を口にしようとした所、割って入ったユウカがシャーレの名を上げる。少し驚いたアヤネがユウカの顔を見つめるが、軽くアイコンタクトを行い首を左右に振る彼女のジェスチャーの意図に気付いたアヤネが小さくアッと声を上げた。
「…しゃーれの、ぶ、いん…!?あの──アイツが!?ふ、巫山戯るなッ!!トリニティの戦略兵器だぞッ!!」
「シャーレに所属するに当たり肩書や所属は関係ありません。その意思があれば来る者は拒みません」
「──ふざ、ふざけ……そん、そんなの、聞いて……!?」
「…ふん、舐められたもんだな。私らも一応、ゲヘナの風紀委員なんだけど」
「まぁ、こうして目の当たりにするとツルギさんと比べて見劣りするのは仕方ありませんが」
「───クソがぁぁアアアアアッ!!!!」
「律儀だね、アビドスの子達も。巻き込んじゃえばいいのに、トリニティも」
アビドスとシャーレの部員がカイザーを取り囲み言葉を交わす傍ら、ツルギと同様に周囲を警戒しながら聞き耳を立てる便利屋の一人がボソッと言葉を漏らす。
「ま、巻き込む、ですか?ど、どういう……?」
「さっきシャーレの子が、あの……アヤネって言ったっけ。あの子が何か言おうとしたけど遮るように言ってたでしょ、剣先ツルギはシャーレの部員だって」
「は、はい」
「メガネっ娘──あー、アヤネちゃんはどうせ正直にティーパーティーが協力してくれたって言おうとしたんだろうけどシャーレの子が止めた、ってこと。トリニティに迷惑かけないためにね」
「な、なるほど…!」
「(……ま、それ込みで送り出したんだろうけどね。ティーパーティーは)」
口には出さないままカヨコが胸の内で呟く。先程は電話口で中々に情に訴えかけるような熱弁を行っていたナギサが、まさかトリニティのトップが損得勘定抜きに大問題になりかねない───他校への、剣先ツルギの関与という暴挙を許すはずがない。ただの暴徒鎮圧でさえ武力介入など慎重にならざるを得ないのに、学校の政治的な問題に干渉するはずもないだろう。
「(詰まるところ先生への恩着せと───先生がお熱なアビドスとのコネクションって所かな)……にしても、トリニティのティーパーティーがこれほどするなんて……随分高く買われてるんだね、先生」
「ん?何か言ったかしら?カヨコ」
「いや、何でもないよ。社長」
「そう?………!──警戒してッ!敵影よッ!」
アルの言葉に皆が釣られるように慌てて臨戦態勢に入る。周囲を確認しても彼女の言う敵の姿とやらが見つからず困惑していた所、程なくして空の彼方より複数のヘリが姿を現した。しかしその数は先程相対した大隊には遠く及ばず、アルの言葉に希望を見出し空を見上げたカイザー理事が舌打ちを隠さず肩を落とす。
「懲りないわね…!いいわ!何度でも───「待て」─…っと、えっと、ツルギさん?」
「……敵影じゃない。よく見ろ」
「……本当だ。社長、あれ、連邦生徒会の校章だね」
「れ、連邦生徒会ですって!?」
「──連邦生徒会、だとぉ……!?次から次へと、なんだと言うんだ……ッ!」
セリカを止めるツルギの言葉に目を凝らしたカヨコの視界にかろうじて映ったのは、ヘリの側面に刻まれた連邦生徒会の校章。言われてみれば塗装も白と青を基調としたものでカイザーPMCと異なり、一瞬抱いた希望が崩れ去る音に顔を歪めるカイザー理事。ヘリが段々と近づいてくる中、各々が銃を下ろしその光景を見守っていた。
「うわ、こっち降りて来そう…」
「え、えっと、どうすれば……」
「一応シャーレは連邦生徒会直下の組織だし、私が前に出ておくべきなのかしら…」
辺りに無数の瓦礫や兵士、機械の残骸が散乱する不安定な足場の中、何とか降り立つことのできそうな場所を見つけ、ゆっくりと地上へと近づいていく連邦生徒会のヘリ。どう対応すれば良いか分からずアビドスやシャーレの人間が困惑する中、ヘリの扉が開き数名のヴァルキューレ職員が先行して周囲の安全を確認した後、綺麗な黒い長髪が特徴的な生徒が、ゆっくりとヘリから降り立ち、その場の生徒を一瞥する。
「……ふぅ、酷い惨状ですね」
皆が少なからず身体に傷を負い戦闘の跡を残す中、その場に似つかわしくない真っ白な装いでメガネの位置を整える少女に、ただただ皆の視線が注がれる。
「…代行」
「お久しぶりです、ユウカさん。サンクトゥムタワーの件以来ですね」
「……あ、あの!」
「っと…失礼いたしました。アビドスの方ですね?───初めまして。私、連邦生徒会行政官並びに会長代行───七神リンと申します。奥空アヤネさんですね?」
「は、はい!……え?あ、あの…何故、私のことを…?」
「シャーレの活動報告として、皆さんのことは先生からある程度伺っておりますので。仕事の内容よりも生徒の話ばかり筆が乗るのはあの人の悪い癖ですけどね」
少し固苦しく緊張感の走る場を和ませるためか、柔和な笑みを浮かべて肩をすくめるリンがそう言うと、先生の楽しそうに生徒を語る絵面がありありと脳裏に浮かぶようで、アビドスの生徒達が少し嬉しそうにしたり気恥ずかしそうにしたり、少なくとも少しばかり警戒は解けたようで身構える彼女らの体の硬直が解かれる。しかしやはりこの場にいきなり連邦生徒会、それも組織の頭が現れたことへの困惑は隠しきれないようで、また見て見ぬ振りをするわけにもいかず、アヤネが意識を切り替えて尋ね返す。
「あ、あの、本日はいったい……その、見ての通り現在立て込んでまして……」
「えぇ、把握しております。アビドス高校三年生、小鳥遊ホシノさんの件ですね?それに関連して、カイザーPMCとの衝突が発生している、と」
「え、えぇ、そうだけれど……なんで知ってるの?」
「詳しい話はまた追って説明いたします。……さて、そちらが」
「……何のようだ、連邦生徒会が」
未だ立ち上がることなく地面に腰を下ろすカイザー理事が、恨めしげにリンをジッと見上げる。彼の言葉に返すのは冷たい視線で、先ほどまでアビドスの好感を得るために宿していた笑顔が剥がれ落ち、事務的で感情のこもっていないような冷めた顔色でジッとカイザー理事を見つめていた。
「カイザーコーポレーションの理事ですね?」
「……貴様、連邦生徒会長代行の立場で、くだらん情からアビドスに肩入れする気か?他校の組織が黙っては──「先生への脅迫及び監禁の疑いがかけられております」───は?」
「また、アビドスの件にゲヘナの風紀委員会も関与しているとの話が耳に入りました。貴方の言う通り、厳しいようですが一地方の……アビドス高校内でのいざこざであるならば私もわざわざ足を運ばず先生に一任したでしょう。ただゲヘナが関わっており───そして現在、トリニティの正義実現委員会、その長が武力介入しております」
「ま、待って下さい!リンさん!ツルギさんはシャーレの部員でトリニティが関与したわけでは…!」
「理解しています。ただ世間や……それこそトリニティやゲヘナ、もしくは貴方達アビドス自身、所感は異なるはずです」
「わ、私達自身、ですか?」
振り向いたリンの気迫に息を呑み、少し臆した様子のアヤネが弱々しく返事を返す。
「はい。……ゲヘナを煽るわけではありませんが、片や風紀委員会の一部員、片や正義実現委員会の委員長。それも戦略兵器と呼ばれる一高校の最高戦力です。互いにシャーレの部員というフィルターが掛かっているものの、貴方達アビドスの生徒がゲヘナとトリニティに抱いている情に多少なりとも差異はあるでしょう」
「ッ、お前ッ!!」
「い、イオリ!落ち着いて!」
「わ、私達は差異など感じては…!」
「止めろ」
諌めるような鋭い言葉に憤っていたイオリや、慌てて否定の言葉を口にしていたアヤネが言葉を失う。ただ───目つきの鋭い、黒衣の彼女が放った言葉はどうやら先の二人ではなく連邦生徒会長代行に向けられたもののようで、常人では震え上がりそうなほどの、滲み出る怒りを押し殺すような刃物のような視線を真正面で受け止めながらリンがツルギと視線を交差させていた。
「私や…イオリ、チナツ、ユウカの立場はあくまでシャーレとして中立だ。仮に世間的には各校の印象というフィルターがかけられていたとしても……それは暗黙の了解だろう。わざわざ今言葉にして不安を煽るようなことはするな。……政治的な話は私には分からないが、そうした中立の立場を利用して問題介入できるのがシャーレの強みなのに、その直属の上司に当たるお前が、シャーレの立場を建前呼ばわりするような真似は不味いだろう」
「……そうですね、失礼いたしました。……お気を悪くしたのなら申し訳ありません、皆さん」
「あ、いえ、その……何となく、話は理解しました、大丈夫です…」
「…ふん!」
「ちょっと、イオリ…!」
沈黙が場を支配する。互いに気まずそうな空気が流れ、誰も口を開けずにいると、その沈黙に耐えかねたのか、後方で眺めていただけの便利屋の社長が口を開いた。
「……あーもう!それで?結局何しに来たのよ、貴方は」
「……こほん、失礼いたしました。……まぁ、そういうわけです、カイザー理事。要は……シャーレが要となり、多くのマンモス校が現在アビドスという高校を注視している。そこで大きな武力衝突があった。学園外にまで波及する可能性もゼロではありません。そのため連邦生徒会が直々に動くことになったと……そう、お考えいただければ幸いです」
「──ふん!ならばどうした!?結局私の主張は変わらないッ!私は正当な契約を以てアビドスに侵攻を開始したッ!それを妨害するのが連邦生徒会直属のシャーレというなら、中立を謳う貴様らがアビドス自体を擁護しているのと同義だぞッ!!」
「えぇ。ですので───まずは、小鳥遊ホシノさんに関する契約書をお見せいただけますか?」
「……なんか、本当に何でも知ってるわね、あの人……先生も、どこまで喋ってたんだろ…」
「ん、でも……先生は、わざわざ報告しなさそう、そんなこと…」
「ですね〜……あ、もちろん頼って下さる時は頼って下さるんですが……」
小鳥遊ホシノの契約書、という言葉が出てきた時、コソコソと言葉を交わすのはやはりアビドスの生徒達。自分達ですら今朝ホシノの置き手紙で知り得た情報が代行の口から出てきたことに驚きと、少し疑心暗鬼になり、小声で喋りながら眉を顰めていた。
「契約書、だと…?」
「えぇ、私は別にどちらかに加担しに来たわけではありません。現在カイザーPMCに掛かっている容疑の真偽を確かめに来ただけです。もしカイザーPMCが正当だと判明した場合、連邦生徒会が中立の立場として介入しアビドスのカイザーPMCへの譲渡を行わせていただきます」
「な!?」
「な、何よそれ!ふざけないでッ!」
「……………」
当然のように憤るアビドス、並びにシャーレの人間達。彼女らの後方では便利屋が一部始終を眺めていたが、流石に無反応というわけでもなく、先の人間達ほどでなかったにせよ、少し不服そうに表情を歪めていた。
「な、何で連邦生徒会が勝手にそんなことを決めるんですか!?アビドスのことなら私達が!!」
「えぇ、本来なら。ですが、仮に本当に小鳥遊ホシノさんの契約が済んでいれば貴方達にもはや自治権はありません。その場合、連邦生徒会が介入し交渉を進めるのが妥当でしょう」
「それは…!」
「……く、くく……二言はないな?連邦生徒会長代行殿」
「……えぇ。契約が確認でき次第、迅速に対応させていただきます」
先ほどまで苦渋に歪んでいたカイザー理事の雰囲気が一転する。どれだけ劣勢になろうとも、最後は自分に女神が微笑むのだと笑いが堪えきれないように懐からスマホを取り出して連絡を取ろうとする。アビドスの人間の鼓動が早まり、緊張で額から汗が滴り落ちる。ユウカやイオリ、チナツも下唇を噛み締めるしかない状況で───
「───や、やめてッ!!」
───嫌な未来を想像したセリカが、銃を構えるが───
「ッ、止めないでよッ!ユウカさんッ!」
「ダメよ!自分の首を絞めるような真似をしてどうするの!」
「だってッ!!このままだとアビドスがッ!」
「先生を信じなさいッ!さっきそういう話をしたばっかりじゃないッ!!」
「……ッ!でも……ッ!」
ユウカが、咄嗟にセリカの手を押さえて引き金を引く指を止める。涙目になってセリカが声を荒げるが、そんな彼女を胸が締め付けられる思いでユウカが制止する。彼女の兆候に最も早く気付いたのがユウカというわけではない。なんなら、同じ高校の人間であるアヤネやシロコ、ノノミの方が、彼女の行動にいち早く反応できただろう。それでも一歩遅れてしまったのは───心の何処かで、自身もその蛮行に及ぶ気持ちがあったから。見逃してしまったのだろう、その凶弾を。
『……おやおや、いかがされましたか?カイザー理事殿?』
「黒服ッ!今すぐ契約書の写真をこちらに送れッ!!それと、実物ももってこいッ!場所を指定するッ!!」
『言われずともそちらへ足を運んでいる最中ですが……契約書、ですか?それはまた、どうして』
こちらは足を運んでいる最中、という言葉に何故?だとか、どうして?という疑問は湧いたものの、今そこに構っている所ではないカイザー理事は捲し立てるように言葉を続ける。
「それがあれば連邦生徒会が動いて今すぐにでもアビドスの吸収合併が上手くいくッ!細かいことは後にしろッ!兎に角ソイツが必要なんだッ!!」
『あぁ、なるほど、もう動いたのですか、随分早いですね。しかし、契約書ですか』
「そうだッ!!音声録でも何でもいいッ!!今すぐにでも、契約を交わした証明があればそれで───」
『契約など結んでおりませんよ、カイザー理事』
「………は?」
「……ない……結んで、ない?結んでないの!?──ねぇ!!契約は結んでないのね!?どうなのッ!!」
真っ先に動いたのは、怯えたような、怖がるような表情で足を震わせていたセリカ。契約書という言葉がよぎる度に手汗が滲み、呼吸の荒くなっていた彼女が、"黒服"と呼ばれていた男の言葉を耳にした瞬間、生徒の群れを飛び出てカイザー理事に───否、彼の持つスマホに駆け寄るように前に出て、怒鳴るように声を発する。
『おっと……これはこれは、アビドスの方ですかね?』
「どうでもいいでしょそんなことッ!契約はッ!?」
『えぇ、ご安心を。契約は結ばれておりません。依然変わらず小鳥遊ホシノさんはアビドス高校所属ですよ』
「───ほ、ほら!!ほらほらほら!!ほら見なさいッ!!先生がねッ!!失敗するわけないんだからッ!!ほんっとにッ!舐めてんじゃないわよッ!!このバカッ!!」
さっきまでの暗い表情はどこにいったのか。安堵から涙を流しその場に座り込みそうな身体に力を入れて立ち上がり、大声を上げて笑いながらカイザー理事を見下し指を指す。高らかな勝利宣言に、周囲の人間は苦笑いをしたり、思わず吹き出していた。
「アイツ……一番ビビってたくせに……」
「あ、はは……で、でも!これでアビドス高校は…!」
「───電話口の彼の言葉の信憑性にもよりますが───もし本当なら、カイザーPMCの領土侵犯ということで連邦生徒会がアビドスと連携を取り対応させていただきます。良いですね?カイザー理事」
「──やりましたね!アヤネちゃん!」
「は、はい!」
「ん、私達の勝利…!」
歓喜に沸くアビドスの生徒達。シャーレの四名も安心したようにふぅと息を吐いて肩の荷を下ろす。先ほどのセリカほどではないが、やはり大小差はあれど皆が一抹の不安を抱いていたのは変わらないようで、その反動が顔に現れていた。特に他のメンバー比較してそれなりにアビドスと交友の深いユウカは見守るように少し離れた場所から微笑み皆を見つめていた。
「くっふふ〜!なんかぁ、絵に描いたようなハッピーエンドって感じじゃん?よかったねー、アルちゃん!」
「えぇ……本当に良かったわ───って、な、何で私を労ってるのよ!?」
「だって社長。ずっと気が気じゃない様子だったよ」
「え、え、え!?そ、そんなに顔に出てたのかしら!?」
「そりゃあもういつも以上にわっかりやすく!ハルカちゃんみたいになってたよ〜」
「え?わ、わ、私ですか?」
便利屋が皆の人目につかない距離で、仕事を終えたかのようにふぅと肩の力を抜く傍ら、隠し通せないアルの、ゲヘナに似つかわしくない慈愛に満ちた瞳を仲間に揶揄われる。緊張感が解けたことにより彼女のカリスマが途絶え素の彼女が顔を出していた。
そうして各々が喜色満面で談笑する中、彼女らを一瞥したリンが付き添いで来たヴァルキューレに目配せをすると足早にリンのそばまで駆け寄り、彼女と共に地面にへたり込むカイザー理事の元まで歩み寄っていく。
「……さて、カイザー理事──「ふ、ふざけるなぁッ!!」──……」
今日一番と言っても良いほどの怒号が周囲に鳴り響く。楽しく談笑していた空気を壊すかのような彼の怒声を煩わしそうに目を細める生徒達。それでも怒りの冷めやらぬ理事が言葉を続けるのだが、そんな彼に返ってきたのは────
「貴様ッ!!サインを受け取ったと言ったではないかッ!!」
『えぇ、サインは受け取りましたよ。勿論、他の全然違う契約書類に──などという屁理屈もなく、彼女の身柄の引き渡しを約束する件の契約書に』
「ならば───『しかし』
「私が名前を記入していませんので」
───電話越しでなく肉声の、冷やかな言葉であった。
ご清覧ありがとうございます!
今一盛り上がりに欠ける締め方かもしれませんが、もうそろそろ話が畳みますね。ここまで読んでくださり、ありがたい限りです…!
あと一、二話書いてエピローグでアビドス編は終了ですかね。今しばらくお付き合いいただけると幸いです…!
それではまた次回
感想、評価ありがとうございます!
活動の励みになります!