Hashirama Archive   作:アテナ18号

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生徒と教師

 

 

 

 「───さ、ホシノさん、迎えが来たようです───が」

 

 「………なさ……めんなさい……」

 

 

────黒服が、皆の前に姿を現す数刻前。

 

 自身のやらかしたことの大きさを自覚したホシノが地面に倒れ伏し懺悔の言葉を漏らしつつも無情に時間は過ぎゆくのみ。黒服がホシノにカイザーPMCからの迎えが来たことを告げるものの、彼の言葉が途中で彼自身の言葉によって途切れる。

 

 黒服がホシノに伸ばしかけていた手を引っ込めてわざとらしく言葉を止めて胸元のポケットに刺したボールペンへと手を伸ばすも、そんな彼の意味深な行動に蹲って泣きじゃくるホシノが気付くはずもない。カチッとポールペンのペン先を出す音が室内に響くがお構いなしにボロボロと後悔を口にするホシノを見下ろしたまま、言い聞かせるように黒服が口を開いた。

 

 「おっと、忘れておりました。早く、私の名前も書いてしまわねばなりませんね」

 

 「…………?……」

 

 ようやっと顔を上げたホシノが涙でぐちゃぐちゃになった顔を曝け出し、悲痛な表情で黒服を見上げていた。視線の先には書類に手を伸ばす黒服の姿。その紙が瞬時に何かであることすら察することができないほどに思考の曇っていたホシノが嫌な予感───何か忘れているような変な感覚を覚え妙な胸騒ぎに晒されつつもぼーっと黒服の所作を眺めていた。

 

 「ホシノさんが受理して下さったのですから、気の変わらない内に早く結んでしまわなければ……さて」

 

 「…………ぁ………ぇ………?」

 

 か細い声で呻き声をあげるホシノが依然変わりなくただ彼の行動を見守るだけで、次第に書類とボールペンの距離が縮まっていく。その一連の動作が───ホシノ自身説明のつかぬまま、形容できない何か嫌な予感を覚えるが彼女の手足が動くことはない。その嫌な予感の理由が喉元まで出かかっているような、頭に靄のかかった感覚。

 

 ぼーっと、焦点の定まらない曇った瞳でその光景を眺めながらボールペンが紙に触れそうになった、その瞬間。

 

 

 

 

 

 

────今回は別名義でカイザー役員となっております私が代行ですね。互いのサインを以てこの契約は結ばれます───

 

 

 

 

 

 

 「───ッ、うあぁあアア゛ああ゛あアア゛ッッッ!!!」

 

 「おっと?」

 

 唐突に、獣のような叫び声を上げて黒服に飛びついたホシノが乱暴に彼の手から契約書を奪い取る。無理矢理強奪したホシノがその際に全く黒服からの抵抗がないことに違和感を覚える余裕などなく、手に握ったソレをまだ二足で立つこともままならない判別のつかぬ子供が無邪気に破るように、必死にバラバラに引き裂いていた。

 

 「ふぅッ!!フゥッ!!フゥッ!!」

 「クックック、おやおや………」

 

 背後で低く笑い声を上げる黒服など気にかけている暇もなく、ひたすらに契約書を一心不乱に手にかけるホシノ。彼女の気が向くままに行われる蛮行をただただ見つめ続けそばで立ち尽くす黒服が、先ほどまでのつまらなさそうな態度から一転し笑いが堪えきれないように笑みを深めていた。

 

 「はぁッ!はぁッ!はぁ…ッ!………」

 「いやはや、これは……」

 

 「───理事の命により迎えに来た。カイザーPMCだ。黒服と……そこにいるのが小鳥遊ホシノだな?」

 

 ホシノが作業を終えて肩で息をしていた所、部屋の扉が開き複数名のカイザーPMCが警戒することもなく部屋に入室する。武装しているものの当然というべきか、彼らが命じられたのは既に投降した生徒と一人の協力者の護送を頼まれただけで、部屋を見渡し目的の人物を見つけた彼らに一切の敵意は無い。そのままホシノの元まで足を運び無理矢理に引っ張り起こそうとして手を伸ばした、次の瞬間───

 

 

 「あがッ!?」

 「な!?貴様──」

 

 「うわあァああ゛アア゛あアア゛ッッ!!!」

 

 「…………」

 

 ただ一人、室内で直立不動のまま目の前で繰り広げられる蹂躙劇を眺める黒服。当然というべきか───激昂した小鳥遊ホシノを前にものの数秒すら耐えられなかったカイザーPMCが意識を手放し地面に倒れる最中、やはり息の荒々しいホシノが呼吸も整わないまま黒服に語りかける。

 

 「はぁ……!ふぅ……!」

 「これはこれは……」

 

 「……なん、で……」

 「はい?」

 

 「な、で、あんな、こと……!?」

 

 チグハグな、その言葉の意図を察することができないほどに黒服も鈍感ではないようでまず間違いなく自分のさっきの奇行とも言えるわざとらしいサインのことを言っているのだろう。脳裏に浮かんだ言葉を整理すらせずそのまま口に出す子供のようなホシノの言葉を咀嚼して、黒服がいつもの───他人を揶揄うような態度で口を開いた。

 

 「何でも何も、私はただサインをしようとしただけですが……いやはや、まさかホシノさんが心変わりするとは」

 「……な、何、何を……」

 

 「いやしかし、これでは不味いことになりそうですね」

 「は……え……ま、不味……何……」

 

 ドキリと、彼女の心臓が跳ねる。

 自身の直感に赴くまま行動を起こしたわけだが先ほどから自身の行いはアビドスにとって害しかもたらしておらず、加えて目の前の男の胡散臭い態度がまたしても手玉に取られた自身の早とちりだったのかと焦燥感を募らせるが、続く言葉を聞く限りどうやらそういうわけではないらしい。

 

 「小鳥遊ホシノさんは未だアビドスに籍を置いていますから……アビドスの自治権は存続しております。これはカイザーPMCによる明確な侵略行為になるでしょう」

 「……え?あ………」

 「これはいけませんね。今すぐに基地へ向かい理事にお知らせしなければ」

 

 誰かに言い聞かせるように独り言を呟く黒服。彼の言葉を咀嚼したホシノの頬には赤い筋が残るが既に涙は枯れたようで黒服の言葉にハッとしたように目を見開く。彼女の視線を受けても黒服はただただ笑い声を上げるのみで、ホシノが呼吸を整えて声をかけた。

 

 「……お、お前、さいしょ、から……」

 「最初から?はて、何の話でしょうか。私はただ契約を結ぼうとしていただけですが。───さて、小鳥遊ホシノさん」

 

 そう言ってカイザーPMCの兵士の懐を漁る黒服が、目的の物───装甲車のエンジンキーを見つけたようで、屈めていた背を伸ばしホシノに向き直る。自身よりもひ弱で力の劣る目の前の男の、時折感じる表現できない気味の悪さが滲み出る。邪悪と言うのがピタリと当てはまるような、自身を圧倒する、大人と子供の格の差を押し付けるようなオーラにゴクリと唾を飲み込むホシノが無意識のうちに一歩後ろに下がってしまう。

 

 「私は先ほども申し上げたように───そう、あくまで──()()()()()()()()()()()()()()()に基地へ向かいますが……小鳥遊ホシノさん」

 

 

 

 

 

 「貴方は、どうされますか?アビドスへ帰りますか?」

 

 

 

 

 

 「……わ、私も───私も基地へ行くッ!!連れて行ってッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……ん?何だ?あの車両」

 

 場所はアビドス砂漠に位置する対デカグラマトン用のカイザーPMCの前線基地。管制室に控える兵士が砂漠の遠方から来訪する一台の自軍の装甲車に目を向け、少し身を乗り出してモニターを見つめる。

 

 「ほら、アレだろ。理事の協力者とか何とか言ってた。さっき一台迎えに出てたろ」

 「あぁ、そう言えばそうだったな……黒服、とか言ったか。生徒の拉致、ね。世も末だな」

 「おい、一応ウチへの転属だぞ」

 「良いだろ建前なんか」

 

 モニターの先ではゲートの前で止まった装甲車に対し、武装した兵士が検問を行っていた。

 

 「しっかし……同情するぜ。四方八方ウチの系列企業に囲まれて、詐欺まがいの借金に脅迫、まだ15かそこらのガキだろ?」

 「同情しねぇわボケ、それで仕事が増えんのはこっちなんだからよ。ただ意地張って立ち退かねぇって話だろ?砂の前に借金で学校が埋もれちゃ世話ねぇぜ、母校愛だかなんだか知らんがバカな奴らだよ……」

 

 

 「まぁそう言ってくれるな」

 

 二人の会話が途切れ、思わず固まってしまう。

 音の発生源に目を向ければオートマタの中に紛れるように佇む一人の男の姿。手には錠がかけられ側には武装した兵士が控える中、しかしその顔には余裕の笑みが浮かんでおりこの状況下で少しも臆した様子を見せない男の姿に声をかけられたカイザーPMCの兵士が呆れたようにため息を吐くのも仕方のないことだろう。

 

 「おい、誰が口開けっつったよ」

 「すまぬな、ただオレの立場上黙って聞き流すわけにはいかぬからの。彼女らは必死なだけぞ、それをバカの一言で済まさないでやってくれ」

 「ったく、テメェは教師か───って、教師だったな、そういや……」

 「あぁ。と言っても元々教師をやってたわけではないがな」

 「元々?……あぁ、そういや外から来たんだったか、アンタは。前は何してたんだ?」

 

 人質との会話とは思えないフランクな言葉に場の緊張が解れる。その空気感が存外居心地良いのは兵士達だけでなくどうやら柱間も同じようで、自覚するのはやはり視点の違い。ヘルメット団の時と同じでコミュニティが違えばその者の生活があり───彼らからすればさっさと転校すべき廃校寸前の高校に居座る五人の生徒にそこまで関心を持たないのも仕方ない話で、こうして言葉を交わして思うのは全員が全員悪人ではないという事実。民間軍事会社と言ってもその兵士一人一人に殺気だった気配はなく、これは単純に忍にも同じことが言えるだろう。事実、人格者として里の皆に慕われた彼の手が、あの大戦の最中よもや血に汚れていないわけがない。

 

 「前は……そうさな、立場上は人を導く者であった。その経験が生きておるのかもしれぬな」

 「随分曖昧な言い方すんな、オレはてっきりアンタも同業者かと思ったが」

 「オレが?何でぞ」

 

 「そりゃお前、オレたちゃコレで食ってんだからよ、トーシロよりゃ目は利くぜ?というかいくら何でも肝据わりすぎだ。多分アンタ強ぇだろ」

 

 椅子に座ったままクルリと後ろに振り向き柱間と顔を合わせる兵士が腰に携帯した小銃を軽く叩きながらそう言って柱間を品定めするようにジッと見つめる。彼の言葉に軽く笑う柱間がはぐらかすように言葉を続けた。

 

 「さてな。今は関係ない話ぞ」

 「そーかい。ま、アンタの過去なんか別に詮索しねーがな。しっかし同情するよ、アンタにゃ」

 

 「ぬ?」

 

 再び柱間から視線を外してモニターに顔を向ける兵士。先ほど生徒に同情しないと言った男がなぜ自分に対して情けをかけるのか疑問に思いつつ、柱間が彼の言葉を待つ。

 

 「アンタ、確かココ来たばっかなんだろ?それで早々に着手すんのがアビドスとはな……アビドスもアンタも運がないね、ほんと。まぁ潰れる前に良い教師と出会えたのは不幸中の幸いかもな、アビドスの奴らにとっちゃあ」

 「………」

 「今回のことで気ぃ落とすなや、アビドスはしゃーなかったってことよ。理事もアンタをどうこうしようって気はないだろ。ま、次からは気ぃ切り替えて行けよ。アンタならどーせ生徒の引くて数多だろ。人に惹かれる良い性格してるよ」

 

 「……アビドスの話は兎も角として……後半は素直な褒め言葉と受け取っておこう」

 

 しばしの沈黙が訪れる。互いが互いにそこまで踏み込むこともなく牽制するように中身のない言葉をぶつけ合い少し経った後、柱間と言葉を交わしていた兵士に通信が入った。

 

 「…どうした?」

 『いえ、それが……運転しているのが黒服という男で、後は生徒が助手席に一人。迎えに出た他の兵士は前線の応援に出たと』

 「なに?」

 『一応、入域許可証は所持しておりますが……いかが致しましょう』

 

 「………なら構わん。理事から通せと言われてるからな」

 『良いのですか?念の為確認をした方が』

 「バカ、こんなことで一々理事に確認取ってたらお前かオレの首が飛ぶぞ」

 『わ、分かりました』

 

 「……ふぅ。んじゃ、俺ぁガキの護送してくるわ」

 

 ため息を吐いて背もたれにもたれかかる男が凝るはずのない肩をほぐすように声を漏らして背伸びをし、ゆっくりと立ち上がりこの場を後にしようとして───柱間の方に顔を向けて足を止める。

 

 「さ、ってと……聞いてたろ、先生。行くか?生徒んとこ」

 「ぬ?……構わんのか?」

 

 「そりゃあんま良くねぇが───っつうか、お宅のガキがここに来てること自体に疑問を抱かねぇ辺り、マジに色々嗅ぎ回ってんだな、お前さん………あーっと、訳は言えんが今生の別れかもしれねぇしな、顔くらい拝ませてやるよ、今は理事もいねぇしな。どーする?」

 

 「なら────……いや」

 「あ?」

 

 カイザーPMCの言葉に甘えて足を踏み出そうとした柱間が唐突に動きを止めて目を閉じる。彼の不可思議な行動に疑問を覚えた兵士に、少しだけ口角を上げて小さく微笑む柱間が言葉を返した。

 

 「やめておこう」

 「あ?会いにいかねーのか?…ったく、生徒想いなのか薄情なのか分からん野郎だな」

 「いや、ホシノには会う、この後な」

 

 「はぁ?頭でもおかしく───ッ、なんだ!?」

 

 素っ頓狂な声を上げて訝しむように柱間を見つめる兵士の言葉が、基地内に響き渡る爆発音と振動によって掻き消される。咄嗟に手慣れた様子でモニターを操作する男の背後で、何かを悟ったように柱間が口を開いた。

 

 

 

 「───オレはここで待とう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ぐあ!?」

 「あぐッ!!」

 

 「き、貴様、裏切───がは……ッ!?」

 

 「黒服ッ!!次は!?」

 「このまま真っ直ぐ。あぁ、監視カメラの破壊は忘れぬよう」

 「分かってるッ!!」

 

 基地の中を悠然と歩く黒服の前方で盾を構えて兵士を薙ぎ倒す暁のホルス。曲がり角で出会い頭にシールドバッシュを叩き込み、自身に向けられる無数の銃口に怯むことなく突進し、獅子奮迅の勢いで道を切り開いていた。

 

 「おっと……急ぎましょうか、ホシノさん。……ホシノさん?」

 「どいて」

 「はぁ……?」

 

 「───ッ、フンッ!!───ぐッ、ハァッ!!」

 

 黒服が近くのエレベーターが作動し増援が来ていることを察知すると歩を早めこの場から一刻も早く去るようにホシノに警告するが、彼の言葉に従うことなく自身からエレベーターの入り口へと近づくホシノが黒服に退くように言うと、逆に彼女に大人しく従う黒服が若干首を傾げる。次の瞬間、自身の怪力にモノを言わせて盾をエレベーターの開閉口に叩きつけ、僅かに開いた隙間に両手を差し込み、無理矢理扉を開閉するホシノ。彼女の視線の先では、エレベーターを吊し上げるロープが高速で巻き取れていた。

 

 「───ッ!!クソッ、面倒臭い……ッ!」

 「ホシノさん」

 「なに!?」

 

 「ロープを切るのは現実的ではありません。彼らを投げ入れて下さい」

 「は?……分かった」

 

 ホシノが無理矢理にロープを捩じ切ろうとするが、流石にショットガンの数発で千切れるほどにやわではなく、放った散弾が容易く弾かれ、その光景にホシノが舌打ちを打つ。そんな彼女に黒服がアドバイスをするように背後から声をかけた。困惑したように声を漏らして肩で息をしていたホシノだが、よもやこんな所で意味のない発言をする男ではないだろうと言葉の意図は理解できないながらも素直に従い、近場で最も重そうな重装兵に駆け寄るホシノ。

 

 「……う、ぐ……ッ、重──!」

 「エレベーターを止める気でしょうが……鉄鋼製のロープを貴方の得物で断ち切るのは少々無謀かと。少なくともAP弾や50口径ほどの対物ライフルが必要です」

 「う、ぬぅ……──あぁ、もう!面倒臭い!──おりゃ!」

 

 「……ふむ、止まりましたね。では、行きましょうか」

 

 手で運ぶのを諦めたホシノが盾を構えて全力で兵士を殴りつけると地面をバウンドしながらゴロゴロと地面を転がり、意識のないまま暗闇の地の底へと吸い込まれていく。程なくしてド派手な衝突音が地下深くより響き渡ると同時にロープの巻き取りが鈍くなり、遂にピタリと止まってしまった。それを意外そうに見つめるホシノを放置して歩を進める黒服を慌てて追いかけるホシノが怪訝そうに話を伺う。

 

 「……ねぇ、どういうこと。今の」

 「単純な話です、エレベーターに重量制限があることくらい分かるでしょう?この距離から───……そうですね、武装した兵士ともなると……100kg近い人間大の物体が衝突したともなれば、相対速度も相まって余裕で制限に引っかかって緊急停止するでしょうね。体重計にジャンプして飛び乗ったらその瞬間だけ体重が増えるのと同じ現象ですよ。まぁ今回はその体重計自体がこちらに迫ってきていたので更に、ですが」

 「………」

 「小鳥遊ホシノさん、これくらいは別に高校の物理学の分野───でもありませんね。日常生活で体感できる自然現象にすぎません。クックック、いけませんよ、勉強を疎かにしては」

 「どの口が……!」

 

 「おっと失礼、お喋りが過ぎましたね。先を急ぎましょうか───っと」

 

 「いたぞッ!!こっちだ!!」

 

 くだらない雑談を交える彼らの余裕があるのかないのか分からない状況で通路の奥から武装兵の群れが現れる。少し身を隠そうとした黒服が、背後からも同様に足音が聞こえることに困ったように足を止める。

 

 「これは困りましたね。ホシノさん、迅速にお願いできますか?」

 「……いや」

 「?ホシノさ───うぉ!?」

 

 「───こっちの方が早いでしょ」

 

 いつも余裕綽々と言った態度を崩さない彼の、初めて聞く人らしい声に反応することもなく黒服の首根っこを掴んだホシノが彼を引っ張りエレベーターまで走っていく。彼女の意図を察した黒服が───唾を飲み込むこともなく笑みを深めて笑い声を上げた。

 

 「──クックック、私は研究者でありスタントマンではないのですがね」

 「うるさい、口閉じてて。……まぁ私はお前の舌が切れても別に構わないけど」

 「おっと、分かりました。では安全運転でお願いしますね」

 

 「な……!?クソッ、待てッ!!」

 

 盾を背中背負い得物をしまったホシノが黒服を抱えて、空いた手でエレベーターのロープを鷲掴みにする。次の瞬間、暗闇の中へと飛び込み姿を消す両名。高速で落下するホシノの手に強烈な摩擦が発生し彼女の素肌を傷つけるがそんなことを気にする余裕はなく、咄嗟に銃を構えたカイザーPMCの手を逃れ地の底へと姿を消すのだった。

 

 「クソッ!階下へ急げッ!エレベーター口を固めろッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「何そんなチンピラ共に手を焼いてるんだッ!!早くしろッ!!───クソッ!!」

 『は!し、しかし──く、クソッ!来るぞ!』

 

 突如として始まった、一台の装甲車によるカイザーPMC基地の襲撃。当初は黒服とホシノによる犯行だと柱間自身そう考えていたのだが────大容量の人間を収納する軍の装甲車から降り立ったのは、やはり件の二人であった。カイザーPMC内でもやはり暁のホルス───小鳥遊ホシノに対する警戒心は一段と高いらしく、大凡一人の学生に向ける規模ではない勢力を一挙に集中させて対処にかかったのだが───

 

 

───手薄になった地上にて異変が起こる。

 

 勝手にパワーローダーや戦車が動き出したのだ。

 

 いや、単純な話で小鳥遊ホシノにばかり執着していた所、既に無人と化していたと思い込んでいた装甲車から出てくるヘルメット団の群れに気付かなかった、と言うだけの話である。

 

 と言っても、その動きは拙く、とても熟達した兵士の動かすそれではないことくらい分かる。ただ、生徒集団の武力が持っている武器ではなく───勿論それもあるのだが───内蔵する神秘、即ち今現在孤軍奮闘する暁のホルスを筆頭に空崎ヒナや剣先ツルギのような個人個人の神秘に準ずる身体能力や体質などの一個人に依存するとすれば───カイザーPMCのようなオートマタにおける戦略兵器は勿論、熟達した兵士ではなく強力な火器。悲しいかな、生徒と違って個人の腕前による振れ幅を兵器による暴力が凌駕する。生徒と生徒以外ではそれほどの常識の差があるのだ。

 

 『おらおらおらおらぁ!!』

 『ぐあぁあああああッ!!!』

 

 『ウチらの先生攫ったコトのなぁッ!落とし前を付けろやアッ!!』

 

 初めて手にする玩具を振り回す子供のような無邪気な声がパワーローダーに内蔵されている通信機から管制室へと筒抜けになって聞こえてくる。その言葉に聞き覚えのある柱間が、自分の為にここまで危険を犯すことに罪悪感を覚えるものの───やはりそこまで慕ってくれている事実に喜びが隠せないようで、笑みを浮かべていた。

 

 それはそれとして何でヘルメット団まで車に搭乗していたのかは謎でしかないが。

 

 「クソ…ッ!」

 「………」

 「……おい」

 「何ぞ」

 

 「テメェが仕組んだのか」

 

 最後の砦とも言うべきか、管制室に残っているのは今現在柱間に銃口を向けて怒りを滲ませる兵士を含めてたった数人で、室内に響き渡る怒号に驚いた周囲の兵士が止めに入るがその制止を振り切り引き金に指をかける。

 

 「ば、バカッ!やめろッ!連邦生徒会の人間だぞッ!」

 「うるせぇ!!」

 

 「……そうさな、仕組んではおらぬ。ただ───何処かで期待しておったかもな、彼女らの信頼に」

 「あぁ!?」

 

 事ここに至ってそれでも彼の余裕が崩れることはない。手を錠で縛られ銃を向けられ逃げ場などない状況で、逆に圧を放っているのはその銃口を向けられた張本人。微笑み真っ直ぐに視線を注がれたカイザー兵士が少し怖気付くように一歩足を下げる。

 

 「止めにせぬか?」

 「……あ?」

 

 「お前達がオレと……ホシノから手を引くと約束してくれるなら、オレがヘルメット団もホシノも止めよう。こうしてオレに向けられた銃口も見なかったことにしておこう。これ以上被害を被るのは貴様とて不本意のはずぞ」

 

 「………それはヨォ」

 

 あくまで宥めるように諭す口調で柱間が無意識のうちに放つ格上宣言。勿論彼にその気などなかったのだが腐っても心身鍛えられた軍人に投げかけて良い言葉ではなかったようで、プライドを逆撫でしたのか銃を握る手に力が籠る。

 

 「───テメェが殺されないっつぅ保証から煽ってんのか?俺達を」

 「いいや、単に不毛な争いを避けたいだけぞ」

 

 

 

 

 「……死ね──ッ、なん───」

 

 痺れを切らした兵士が引き金を引こうと指に力を入れて瞬間───扉が吹き飛んだ。

 

 いきなり自身の方へ飛んでくる巨大な金属塊に驚き慌ててその場から退いた兵士の背後のモニターと衝突し、鈍い金属音が周囲に響き渡る。それが誰の仕業かなど考えるまでもなく即座に戦闘態勢へと移行する兵士達が揃って扉が無くなり吹き抜けとなった通路へと視線を集中───させるよりも早く、煙の中から突進してきたホシノが───

 

 「───せ、んせ──」

 「ホシノ──」

 

───柱間を見つけ───そんな彼に銃を突きつけながら驚いたように自身を見つめる、一人のカイザー兵と目があった。

 

 「───ッ!!止めろッ!!」

 「な───あ、が……ッ!?」

 

 「クソッ!やれェッ!!」

 「クソッ!クソォッ!!」

 

 その場を取り仕切る指揮官が倒され、焦った残りの人間が次々に銃を取り出しホシノに銃口を向けるが───彼らの照準が定まらないほどに俊敏な動きで室内を縦横無尽に駆け巡り、一人、また一人と意識を手放していく。

 

 「そ、そんな……あ───」

 

 周囲の仲間が成す術もなく沈黙していき段々と部屋が静かになっていく。最後の一人になったことを自覚したのと同時に視界が黒く染まり自身の目の前に何かがいると気づいたときにはもう遅く、銃口に指が掛かる音がした。

 

 「……さいご──「ホシノ!」──え、あ…?」

 

 「もう良い」

 

 名前を呼ばれた瞬間眼前の少女の動きが止まり、思わず腰を抜かしてその場に座り込むカイザー兵。先ほどまでの勢いは何処へ行ったのか、ホシノの顔から影が消え、鬼気迫る表情は何処へやら、焦ったように口をぱくぱくと開閉を繰り返し歯をカチカチと鳴らしていた。

 

 「せ、先生……」

 「………」

 

 いつもの朗らかな姿は鳴りを潜め、今日初めて対面するホシノの様子は何かに追われるように焦燥感が顔に現れていた。視線が泳ぎ自身に怯えるように体を震わせている。そんな彼女に気休めを言うでもなくただただゆっくりと彼女へと歩を進める柱間が、彼女の目の前まで辿り着くと膝を曲げて視線を合わせる。

 

 「せ、せんせ……ご、ごめ、ごめんなさ……」

 「………ホシノ」

 

 「ッ!!」

 

 言葉が形をなさないほどに彼女の心に緊張感が走っており、信頼できる大人であるはずの柱間を前にして呼吸を荒くして目に涙を浮かべるホシノ。そんな彼女の姿に悲痛に表情を歪める柱間の顔を見て何を思ったのかホシノの顔が更に険しさを増す。刹那、ホシノの名前を呼ぶ柱間が唐突に、錠に繋がれたままの両の腕を振り上げ、怯えたホシノが目を閉じて何かに身構えるようにギュッと目を瞑り───

 

 「───ありがとう」

 「──せ、せんせ、わ、わた、わたし──」

 

───やはりと言うべきか、柱間が彼女を力強く抱きしめる。

 冷や汗で冷め切っていた全身に温もりが伝わるがそれでも彼女の体の震えが止まることはなく、不安に駆られたように言葉に詰まるホシノ。そんな彼女の瞳が何かに飢えるように柱間を見上げれば、よもやホシノが無意識下に何を期待しているのか分からないほどの朴念仁でもなく、満面の笑みでホシノに答えた。

 

 「───心配するな!何があってもお前は──オレの愛する、可愛い生徒ぞ!」

 「……せ、せんせ…」

 「ホシノ、帰ろうぞ!───アビドスに!」

 

 「……うん…!」

 「ハッハッハ!少し見ない内に随分甘えるようになったの!嬉しい限りぞ!」

 

 顔から恐怖が消え去り柱間の忌避感がなくなった途端、顔を柱間のお腹へ埋まらせて抱きつくホシノ。よく見れば耳が赤く染まっており彼女なりの照れ隠しだったのかもしれないが、それを知ってから知らぬか柱間が大声で笑いながら彼女の頭を撫でていた。

 

 

 

───そんな折。

 

 「───う、ぐ……!」

 「…え!?」

 「ぬ?」

 

 一人の兵士が呻き声を上げる。

 焦ったように声を漏らすホシノとは対照的に柱間は特に気にした様子もなく、ただ単に声を反応して少しそちらへ顔を振り向く程度。地面に倒れ伏した兵士が銃に手を伸ばし抵抗を見せるのは兵士としての最後の意地といったところか。慌てたホシノが先生の抱擁を抜け出して彼を守ろうとするのだが──

 

 「ちょ、先生!?」

 「───死ねッ!!」

 

 それよりも早く、柱間がホシノを抱き止め彼女を庇うように兵士に背中を見せる。サッと顔から血の気の引いたホシノが無理矢理にでも拘束を解こうとするのだが───自身の腕力を以ってして一切緩むことのない彼の膂力に驚愕しつつもドンドンと焦りが募って額から汗が滴る。当の本人は───ホシノを抱えて飛べば良いかとその程度に考えていたのだが、当然そんなことを知る由もない者達は生徒を庇う先生の、惨たらしい未来を予感して───

 

 

 「ッ、()ぅ…ッ!」

 

 

 

 

 「……間一髪──というわけではなさそうですね。ハシラマ先生」

 「おぉ!黒服か!」

 

 黒服の構えるハンドガンの銃口から小さく煙が上がっていることから自分達の───柱間にとってはそんなでもないが───危機が去ったことを理解した柱間がそっとホシノを地面に下ろして黒服の方へと向き直る。視界の端では銃を弾き飛ばされた兵士が手首を痛そうに握りしめていた。

 

 「なんぞ、貴様も使えたのだな」

 「いえいえまさか。ただの護身用ですよ。先生にもし借りでも作ることができれば、と試しに撃っただけですが……いやはや当たるとは。一つ貸しですね」

 「まったく、素直にモノが言えぬ奴だな」

 「おや、私は素直にモノを言ったつもりですよ。それとも、建前でも立てておいた方が良かったですかね?」

 

 「ふふ、いや良い。お前はそういう奴だったな。……?どうした?ホシノ」

 「あ、いや……と、というか!先生!」

 「お、おぉ、な、何ぞ」

 

 困惑したように二人のやり取りを眺めるホシノが何処か不服そうな表情で柱間を見上げていたところそれを突っ込まれて言葉を濁すのだが、突然態度を変えて柱間へと詰め寄るとホシノの豹変具合に驚いた柱間が一歩退いていた。

 

 「いきなり何するのッ!」

 「いや、何って……オレはただ……」

 「おじさんはあんな豆鉄砲くらい何ともないのッ!寿命が縮むから本当にやめてッ!!」

 「いや、しかしだな……」

 「しかしもクソもない!分かった!?」

 「う、うむ……」

 

 鬼気迫る表情で詰め寄られれば押しに弱い彼に反論する余地は残されていないようで渋々承諾する他なくホシノに言いくるめられていた。そのやりとりが面白いのか黒服がいつもの声色で笑い声を上げるのだが、彼にしては珍しく両者の仲を取り繕うような発言を口にした。

 

 「クックック……ホシノさんも、大概素直ではありませんね」

 「な、なに、いきなり…」

 「ぬ?どういうことぞ、黒服よ」

 

 何か嫌な予感がするのかホシノが黒服を睨みつけるがそんな眼圧など柱間と違って効くはずもなく、命知らずなこの男は重ねて言葉を続ける。

 

 「先生、ホシノさんは嫉妬していらっしゃるのですよ」

 「な、ちょ──」

 「嫉妬?」

 「はい、当然と言えば当然ですが、ホシノさんは私を良く思っておりませんので……慕う大人が、自身の嫌いな相手と良好な関係を匂わせる会話なぞ気持ちの良いモノではありませんからね」

 「な、何言ってるの!?ち、違うからね先生!」

 

 「遅いですよ、ホシノさん」

 

 何が───と、黒服への返事は突如として自身を抱き上げる男の手により遮られる。手首が縛られている状況ゆえ仕方のない事かもしれないのだが、にしても無理矢理密着するように自身を持ち上げるため鼻先がくっ付かんばかりに目の前に柱間の顔が来て思わず赤面するホシノ。そんな彼女に気遣いの一つもなく、嬉しそうににやけ面で柱間が愛を囁い───否、叫んだ。

 

 「───ハッハッハ!可愛いやつぞ!気にするな、ホシノ!オレは黒服なんかよりも、お前のことを何万倍も愛しておるぞ!」

 「わ、分かった!分かったから!」

 「おや、本人を前にして言いますか。少々妬いてしまいますね」

 「……男にそんなこと言われても気色悪いだけぞ……」

 

 「クックック、冗談ですよ。……さて、随分気も休まった所で……出ますか、お二人とも。先生、少し失礼」

 

 そう言って黒服が柱間の元へ近づくと何故か抱っこしている柱間の方が名残惜しそうにホシノを床へ下ろし、嵐の去ったホシノがホッと安堵したように一息ついていた。懐から鍵を取り出した黒服に察しのついた柱間が手首の錠を差し出すと黒服が開錠し、軽い金属音と共に地面へ錠が落下する。

 

 「黒服よ。オレがいない間にアビドスは何かあったか」

 「え、あ、その……」

 「ククク、その話も踏まえて先ずはこの基地を出ることにしましょうか。私の把握している限りのことは道中話します」

 

 柱間がアビドスの話題を口にすると気を取り直したばかりのホシノが焦ったように視線を泳がせる。その反応だけでも何か不味いことが起こっていることは想像に難くないが、一先ずは黒服の言葉に賛同し───ホシノの残党狩りを経てヘルメット団と共に基地を脱出するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「そうか……すまぬな黒服。世話をかけた」

 「いえいえ、私の蒔いた種でもありますので」

 「………」

 

 事の顛末を車内で聞いた柱間が黒服へ謝罪と感謝を口にするが、その傍らでホシノは気まずそうに口を閉じている。先ほど先生に元気付けられたは良いモノの目の前で悪事を信頼する大人の前でバラされたのだ、勿論隠し通す気もなかったが合わせる顔がないのだろう。

 

 「ホシノ」

 「ッ、な、なに、先生。…ん」

 

 そんな彼女の不安を察して声をかけた柱間が軽く彼女の頭を撫でてやると、今度は抵抗する事なく素直に愛撫を受け取るホシノが視線を床に落として俯いた。

 

 「確かに、手放しで褒められない点もあるやもしれぬ」

 「………」

 「だがあまり自分を責めてやるな」

 「……でも」

 「ホシノ。オレはお前を甘やかしているわけではない。寧ろ、自分を責めないのは大変なことぞ」

 「た、大変……?」

 「あぁ」

 

 顔を隠していたホシノがチラリと顔を上げて視線を声の聞こえる方へ向けるとどうやら自分と違って柱間は自身をずっと見つめ続けていたらしく、顔を上げた途端に視線が合い恥ずかしくなって再び顔を埋めてしまう。そんな彼女の仕草が愛おしいのか増してホシノの頭を撫でる柱間の手に力が籠る。

 

 「早い話しが……ホシノよ。お前、オレがそんな顔見たくはないなどと言って、ではすぐさま以前のように振る舞えるか?」

 「そ、それは、ちょっと……」

 「そうだろう。しかし……お前はアビドスでそれが求められる。以前のような朗らかな笑顔をな」

 「ッ、……」

 

 「すまぬな、焦らせるようなことを言って」

 「……ううん、ごめんね。先生に言わせちゃって。……そう、だよね」

 

 頭を包み込んでいた彼の手がホシノの体の震えを察知してか肩に置かれ、そのまま優しく数回ポンポンと叩かれ肩を撫でられる。緊張をほぐすようなマッサージにも近い彼の愛撫に身を委ねるホシノが未だ柱間と視線を合わせることなく縮こまる自身の膝を見つめており、そんな彼女の不安を察して柱間が口を開く。

 

 「……難しいか?やはり」

 「………うん、ちょっと。……でも、その……皆んなを心配させたくはないからさ……頑張って、笑って、みる」

 「頑張らなくて良い」

 「え?」

 

 まさかそこで否定されるとは思いもよらず頭を上げて柱間の顔を見つめるが、依然として小さく微笑む彼の表情は変わらない。

 

 「が、頑張らなくて良いって…」

 「あぁ。……時にホシノよ」

 「な、何?先生」

 

 自身から手を離し体の向きを変えてホシノと向かい合うような姿勢を取る柱間に対し、首を傾げつつ上目遣いで柱間を見つめるホシノ。彼女が未だ自分に罪悪感を拗らせていることを感じ取ったのか、柱間が少し身を屈めて彼女と視線を合わせる。

 

 「セリカとアヤネに貴様はよく叱られておるな?」

 「え、あ、うん……」

 「しかし満更でもなさげで嬉しそうな顔ぞ。アレは作り笑いか?」

 「そ、そんなことないよ!本当に二人にはお世話になってて……」

 

 「シロコはどうだ?」

 「し、シロコちゃん?」

 

 必死に口を開いて弁明するホシノの姿にニヤリと笑う柱間の表情の意図が読めずホシノが首を傾げるが、その答え合わせをする前に次に出るのはやけに自身に懐いている、狼というよりも大型犬のようなわんぱくさの残る一人の後輩の名前。

 

 「傍から見ても随分な懐かれようぞ。寝てても引っ張って起こしてくるの、アイツは」

 「う、うん。い、いやぁ〜、ぐっすり寝てても無理矢理起こしてきちゃうもんだからさぁ、困っちゃうよねぇ…」

 

 「しかし、本当に邪魔に思っておるわけではないだろう?困ったと口にはするが───手の掛かる幼子を相手にしておるような感覚よな」

 「へ?ま、まぁ……」

 

 「ノノミはどうだ?」

 

 やはりと言うべきか、次に出てくるのは残す一人となった後輩の名前。笑顔、という一点に於いては自分以上に絶やすことなくいつでも朗らかな態度で誰にも分け隔てなく接する後輩で、大胆な性格に見えてその実周囲の人間の機敏に聡く皆のことをよく見ているできた子である。そんな彼女に甘えている自分がいるのは否定できない事実だろう。

 

 「ど、どうだ、って……」

 「良く特等席と言ってノノミの膝枕に世話になっておったな。良い顔で気持ちよさそうにしておったが」

 「う、うん。まぁ、気持ち良いからね……」

 「そうだろう?」

 

 ニヤニヤと嬉しそうに頬を緩めるのは柱間だけで、当のホシノは喜ぶでも不快になるでもなく彼の言葉の意図を察することができずに歯がゆい思いをして首を傾げていた。

 

 「あの、せ、先生?これ、何の───「そして」──え?わ!ちょ!?せ、先生!?」

 

 

 「───ホシノ、今俺に向けている貴様の顔は作り笑いか?」

 

 自分と向き合っていた柱間が突如としてホシノの背中と膝裏に手を回し───お姫様抱っこの要領で彼女を抱き寄せる。目と鼻の先に慕う柱間の姿を捉え、何よりいつになく強引な彼の行動に焦った彼女の心が顔に現れ───顔を真っ赤に染めながらも、無意識下の内に湧き出る歓喜が顔に現れニヤける顔を隠すことができていなかった。

 

 「い、いや!つ、作り笑いじゃ…ッ!って、な、何なのさぁ!先生!これってぇ!」

 「ふふ、そうだろう。ホシノ、お前は頑張らなくとも笑える」

 「へ…?」

 

 そう言うと、ただそれが伝えたかっただけなのか───はたまた、別の理由かは分からないが要件は済んだのか、そっと彼女を元いた座席へと下ろす柱間。あっ、とホシノ自身が思わず漏らしてしまった名残惜しそうな声を一瞬遅れて自覚した彼女が恥ずかしそうに顔を赤面させる。

 

 「頑張って笑顔を見せなくて良い、お前は自然体で既に笑うことができている。皆が知っている小鳥遊ホシノは、頑張らない小鳥遊ホシノ、だろうからな。勿論、お前が皆の為に尽力していることはまた別の話ぞ」

 「も、もう!そう言いたいなら最初からそう言ってよ!先生!おじさんビックリしちゃったじゃないのさ!さっきのする必要あったかなぁ…!」

 

 「オレがしたかった。それではいかんか?」

 

 「……ッ、も、もう!……で、でも……その……ありがとね、先生……」

 

 顔の火照りが止まぬまま必死の抗議も柱間自身の望みと言われれば返す言葉もなく、そっぽを向いて柱間から視線を外してしまう。そのまま体を丸めて顔を隠すホシノがくぐもった声色で感謝を述べ、それに関して返事を返さずただ無言で彼女の背中をさする柱間であった。

 

 そんな折、二人のやりとりを無言で聞き流していた黒服が頃合いを見計らって二人に声をかける。

 

 「……良い雰囲気の所すみませんが、もうそろそろ降りますので準備をお願いしますね、お二人とも」

 「うむ、分かった。ホシノ」

 「う、うん」

 

 とうの昔に砂漠を抜けてアビドスの市街地へと足を踏み入れる三名。

 遠方から聞こえてくる微かな戦闘音を耳にしながら緊張感を高める彼らを乗せて、瓦礫の山へと姿を消していく装甲車が───ほどなくして動きを止め、喧騒の中心へと合流するのであった。

 

 

 

 




ご清覧ありがとうございます!
次回で本篇は終了となり、追加で2話ほどエピローグを書いてアビドス編は終了となります!あと少しですのでお付き合いいただければ幸いです!
それでは、また次回

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