「私が名前を記入していませんので」
煙によって遮られた路地の向こう側から一人の男が姿を現す。警戒し銃口を向ける者、視線を鋭くして睨みつける者、各々がこの場に似つかわしくない余裕のある男の言葉に一瞬身構えるが、誰よりも先に反応するのはやはり関係者と思われる地面に座り込む男。
「──名前を、記入して……ない……」
「えぇ。甲乙揃っていませんので契約は未だ成されていません」
「──な、ぜ……なん、で……」
もはや憤慨する気力もないのか、茫然自失としたまま力無く言葉を漏らすカイザー理事。そんな彼の弱々しい姿を憐れむ者など存在するはずもなく、ただ淡々と黒服のみが言葉を返す。
「簡単な話です。暁のホルスよりも───あぁ、いえ……そうですね」
「…………」
「───クックック、いえいえ、まさか。───生徒の自由を奪うなどと、そんな非道な真似に手を染めることなど、とてもとても」
「………はぁ…?」
クックックと楽しそうに笑う彼の薄っぺらな言葉がやはり嘘であることを彼自身の態度と声色が雄弁に語っており、その善意溢れる言葉とは裏腹に滲み出る胡散臭さが周囲の視線を敵意に満ち溢れさせる。当のカイザー理事も呆れ返りか細く声を漏らすのみでマトモな返事を返すこともできず、そんな彼を放置して黒服へと声をかけるのはアビドスの生徒達。鬼気迫る表情で焦ったように口を開いていた。
「ねぇ!」
「はい?なんでしょうか?」
「ホシノ先輩は!?今どこにいるの!?」
「せ、先生も!無事なんでしょうか!?」
あぁ、と小さく呟く彼の癖とも言える特徴的な笑いが彼女らの言葉の返事の代わりに彼の口から漏れ出る。それが不安を煽るようでアビドスが怒りに染まって怒鳴り上げようとするのを見て黒服が口を開いた。
「おっと、失礼致しました。───とのことですよ、いい加減顔をお見せになられては?」
「……え?」
はたして誰が呟いたか。
黒服が振り返りながら口にする言葉に、一言短く声を漏らしたのはアビドスのいずれか───もしくは、皆の共鳴だったかもしれない。固まって目を見開き、言葉を失うアビドスの皆々が見つめる先、路地の向こうから───聞きなれた声が聞こえてくる。
「……ホシ……いかげんに……」
「……へぇ〜…で、でも……おじ……」
「……む?──おぉ!無事だったか!」
「せ、先生!」
たった数時間振りにも関わらず久方ぶりの再会を祝うように顔に喜色を滲ませて駆け足になるアビドスの生徒達。便利屋や───シャーレの部員が思わず駆け寄りそうになるがそこは彼女らを統率する女社長や人の上に立つ立場である正義実現委員会の長が声をかけて制止すると、今はアビドスと先生の再会の場に茶々を入れるべきではないと理解したのか、軽く笑みを宿して微笑ましい光景を遠目に眺めていた。
「もう!心配したわよ!本当に!」
「はっはっは!いやすまぬな!威勢の良い言葉とは裏腹に心配をかけたの!」
「い、いえ、ご無事で何よりです…!そ、それで、ホシノ、せん、ぱ………───先輩?」
遠くから駆け寄り先生の安否を確認してホッと安堵の息を漏らすアビドスの生徒達。自分達の心配など杞憂であったかのようないつもと変わらない子供のような満面の笑みに、釣られて笑顔になるアビドス生徒一行。近づくにつれ段々と姿も鮮明になり柱間の無事を理解したアヤネが慌てたようにホシノの名前を口にした瞬間───柱間の背後で、何かが揺れた。
「……ホシノ、先輩……?」
「………う、うへぇ〜……た、ただいま?あ、アヤネちゃん……」
「────このッ、バカッ!!!」
「う、うへぁ!?」
ひょこりと、恐る恐る柱間の背に隠れていたホシノが顔を覗かせながら気まずそうに声を出す。目を閉じていつものねぼすけな、すっとぼけた態度のまま軽く手を振りながら挨拶をするがやはり当然ながら動揺を隠し通せず声が震えていた。閉じていた目を細めたまま軽く開いて様子を窺うが皆が皆一瞬表情を固まらせていたものの、直ぐ様鋭い視線で睨みつけるシロコや何処か恐ろしさを覚える穏やかな笑みを浮かべるノノミに、段々と目が潤っていくアヤネなどその反応は三者三様で───ただ言えることはあまりポジティブな感情ではなさそうなこと。
なんと口を開いたものかと悩んで視線を泳がせていたところ───辺りに響く、セリカの怒号がホシノの耳を突いた。
「せ、セリカちゃん?」
「勝手に謝罪の置き手紙して自分だけ一方的に別れを告げて、私達には返事の一つも許さないわけ!?ふざけないでよッ!!」
「……ッ、それは……」
「そもそもね!一人で突っ走ってミスしたからアビドスが大変なことになったんでしょ!?その尻拭いを一人でやるってバカじゃないの!?それが出来てないから大変なことになったんでしょッ!?」
「せ、セリカちゃん…!そ、その辺で──「いや、セリカの言う通り」
セリカを宥めるアヤネの言葉に被せるようにシロコが口を開く。セリカの言葉に対してホシノに反論の余地はなく、押し黙っていた彼女が顔を上げてシロコの方を見るとこちらもこちらでやはりホシノを見つめる瞳が鋭いことに変わりなく、当然の報いだがホシノが弱々しく声を上げていた。
「し、シロコちゃん…?」
「セリカの言った通り、私達は何も言えなかった。……謝って」
「へ?」
「謝って、ホシノ先輩」
ズイッと前に出るシロコの圧に怖気付き、一歩下がろうとするホシノの背中を誰かが支える。その暖かみのある硬い皮膚の感触に頭上を見上げたホシノの視線の先には、自身を見下ろし穏やかに笑みを浮かべる大人の姿。優しい表情のまま軽く頭を縦に振る彼の顔を見て意を決したように口を開く。
「ご、ごめん…」
「ダメ、許さない」
「え、えぇ!?じゃ、じゃあなんで謝らせたのさ!?」
「許されることじゃない。けど───こうして、顔を合わせて言うのは大切だから。……次何かあったら、手紙じゃなくて口で言って。皆んなに」
シロコの言葉にハッとして再度皆を一瞥する。結局自身の頭を曇らせていたのは皆に対する後ろめたさから来る謝罪の念。申し訳なさでいっぱいの彼女の思考が一部クリアになり、改めて皆の顔を見ると───まぁ、それはそれとしてやはりそれなりに怒りに満ちていたのは変わらないのだが、隠しきれない安堵の色。あ〜、っと、気恥ずかしそうにホシノが頬を掻きながら、今度は頼まれたからではなく───自然と言葉が口をついて出ていた。
「……え、えっと、ごめ──「もう、違いますよ!ホシノ先輩!」…の、ノノミちゃん?」
「折角の再会なんですから、謝罪ばかりじゃなくて他の言葉でないと!さっきは返事をしそびれちゃったので、もう一度お願いします!ホシノ先輩!」
「も、もう一度?な、何か言ったっけ?おじさん…」
「帰ってきたんですから、言うべき言葉があるじゃないですか!」
ノノミの言葉に合点がいったホシノが改めて皆んなの前で冷静にとなるとやはり恥ずかしいのか、うへぇという特徴的な笑い声でお茶を濁そうとするが皆の様子は今か今かと待ち構えてる様子で、頼みの綱の先生もどうやら流してくれそうにない。観念したかのようにため息を吐いた後に───憑き物が落ちたような晴れやかな顔で口を開いた。
「───ただいま、皆んな」
「……ふふ、お帰りなさい!ホシノ先輩!───でーも!それはそれとして勝手に一人で行動したのは許せません!罰として一ヶ月間膝枕禁止の刑です!」
「えぇー!!そ、それは余りにも余りだよぉ!?ノノミちゃん!せめて一日に……」
「いやそこはせめて一週間とかにしときなさいよ!この期に及んで図々しいわね!?」
「あ、あはは……な、何はともあれ、お帰りなさい!ホシノ先輩!」
「……さて…」
アビドス生徒達の和気藹々とした会話を尻目にアビドスの輪から離れてシャーレ部員の元まで足を運ぶ柱間。自身の元まで近づいて来る先生の姿に笑顔を浮かべる生徒達を見て釣られて口角の上がる柱間が、皆の元まで近づいていくと無意識に彼女らの頭を撫でる。
「ちょ、先生!?いきなり何を!?」
「───ご苦労だったの!心配をかけたようだな、四人とも。感謝するぞ」
「い、いや、分かったから手を離せ!撫でるな!」
そんなふうに抗議の声を上げながらも弱々しい抵抗しか見せないことには突っ込まず、ただただ彼の一方的な愛撫に身を委ねる二人を見て意地の悪い笑みを浮かべるチナツが柱間に語りかける。
「先生。どうやらユウカさんとイオリは頭を撫でられることに抵抗感があるようですので、代わりに私とツルギさんを労ってはいかがでしょうか?」
「ちょ、ち、チナツさん!?」
「お、おい!チナツ!」
「はぎゃ!?」
「───ハッハッハ!言われずともお前達も労うつもりぞ!───感謝するぞ、チナツよ」
「……いえ、シャーレの部員として責務を全うしただけですので」
「それでもぞ、ありがとう。……さてツルギよ。お前も労ってやりたいのだが……」
勿論ユウカとイオリの言葉が本意でなく気恥ずかしさから来る遠慮であることくらい分かってはいるが、それを突っ込むほどに無粋なこともしない柱間が瞬間ワシワシと二人の頭を気持ち強めに撫でた後手を離し今度はチナツの頭を撫でる。高校生にもなって、という僅かなプライドなど保てるはずもない頭部を覆う温かな抱擁に静かに身を委ねるチナツを、羨ましそうに見つめるユウカとイオリ。
左手でチナツを愛でながら、空いた方の手を差し出しツルギに語りかけるが当然と言うべきか彼の手を見つめながら視線を泳がせる彼女が言葉に詰まりながら金魚のようにパクパクと口を開閉させていた。
「い、いいいいいいぃぃいえ、わ、わた、私は単に、と、とり、トリニティ───あ、あぁぁぁあああ、い、いえ!!しゃ、シャーレの仕事で足を運んだだけですのでぇええ!!!」
「そう冷たいことを言ってくれるな!どんな理由であれアビドスのために尽力してくれたお前を労わない理由などない!感謝するぞ、ツルギよ」
「は、はぎぁ……!─────き、ききき、ぎぎぎ───」
自身に迫る、自身の華奢な手をよりも一回り大きい、厚く硬い皮の張った皮膚に視線が釘付けとなり足は動くことなく吸い寄せられるように固定され、なす術なく彼の愛撫をその頭で堪能する。一撫でする毎に彼女の表情が二転三転してうっとりと顔を赤らめるのと同時に、不気味に声を上げ───
「────キェええええええ゛エエ゛えエエエエ゛エ゛ッ゛ッ!!!!」
「ちょ、おい!せ、先生!どっか行ったぞ!良いのかアレ!?」
「あぁ、構わん。良くあることぞ!」
「よ、良くあることなんですね……」
奇声を上げその場を走り去る正義実現委員会の委員長。野に放たれた戦略兵器の姿に危機感を覚えたイオリが突っ込むが、慣れたような態度で口を開く柱間に呆れつつユウカが言葉を漏らす。
「にしても……ユウカは兎も角、お前達にツルギまでおるとは……どういうことぞ?」
「えっと、ほら、先日アコちゃんが迷惑かけた件で今日アビドスに伺うことになってて……」
「あぁ、そう言えばそんな話をしておったな……なるほど、二人はその成り行きでということか。ツルギは?」
「先生に用があるとか何とかで唐突にアビドスまで足を運びまして……恐らく、トリニティ上層部の差し金だとは思いますが……」
「ふむ……まぁ、理由はどうアレ助けてくれたことには感謝せねばな!また後日、ゲヘナとトリニティには個人的に足を運ぼう。改めて感謝するぞ、三人共」
改めて感謝を述べ皆からの返事を受け取った柱間がその場を後にする。次に向かうのは言わずもがな便利屋68。シャーレとは打って変わって彼女らから駆け寄ることはなく、皆が───若干一名、不安そうに視線を泳がせる平社員を除いて───余裕そうな表情を浮かべて柱間を待っていた。
「ふふ、お疲れ様、先生」
「おっと、先に言われてしまったの!お前達も、良くやってくれた!感謝するぞ!」
「くっふふ〜!せーんせ!ほら、ムツキちゃん頑張ったんだよ?」
「ん?あぁ……──よっと!」
「きゃー!」
遠慮のかけらもないムツキが甘えるような猫撫で声で柱間に擦り寄ると、意図を察した彼もまた一切躊躇することなく腰を下ろして彼女の背中に手を回し、いつかの時のように彼女を抱き上げる。周囲に響き渡る甲高い声に釣られて周囲の目を集めるムツキが、瞬間交差するシャーレやアビドスの生徒と視線を交わした際、何処か羨ましそうな瞳で自身を見つめる他の生徒に向かってニヤリと笑い勝ち誇ったような笑みをわざとらしく見せつけるが、そんなことを知る由もない柱間はただただ楽しそうにムツキに語りかける。
「どうだ?ムツキ。嫌ではないか?」
「うぅん!ムツキちゃんの特等席、最高の眺めって感じ!」
「ハッハッハ!満足そうで何よりぞ!」
「ちょっとムツキ」
「何、気にするなカヨコ。寧ろこうして生徒に甘えられて嬉しい限りぞ!」
「いや、そうじゃなくて……はぁ、まぁいいや。兎も角───お疲れ、先生」
「あぁ、カヨコもな」
自身の耳元でわーきゃーと騒ぐムツキを一切気にする様子もなく、穏やかな笑みを浮かべる柱間がカヨコと共に互いを労う。彼女から視線を外し次はと視線を少し下げると、自分の正面であたふたと落ち着きのない一人の生徒が柱間からの視線を自覚して緊張により体を強張らせていた。
「世話をかけたな、ハルカよ」
「え、あ、え、え、お、お疲れ様です!せ、先生!ご、ご無事で何よりです!」
「あぁ。……?どうした?どこか痛むのか?」
「い、いぃぃぃいいいえッ!!べ、別に何のもんだ──「先生」
「ハルカも抱っこしてあげて」
「あ、アル様ッ!?」
ハルカの言葉に被せるように先生へお願いするのは、彼女の上司に当たる便利屋68の社長。部下の困惑する言葉を無視して言葉を続ける。
「ハルカったら、先生がカイザーPMCに捕まったって聞いた瞬間誰よりも早く我先に突撃していったのよ。全く……可愛い部下が先生に取られないか心配よ」
「だ、だだだだだ大丈夫ですッ!わ、私は生涯アル様以外の下に付く気はありませんから!!」
「あら、そう?嬉しいわね。じゃあ、先生の抱擁はいらなかったかしら?」
「え、あ、そ、それは、その……」
「──ふふ!ごめんなさいね、ハルカ。ほら、先生」
ハルカの困ったような顔に微笑むアルが先生に指示を出すと、身を屈めて空いた方の手を差し出し胸元を開ける柱間。困惑したようなハルカが柱間の顔を見上げると満面の笑みで自分を見つめており、その隣にはもう片方の腕で抱き寄せられいつもの悪戯な笑みを浮かべるムツキの姿があった。
「あ、えっと、その……」
「───そら!」
「わ!?ちょ──……あ、あぅあ……」
「──ありがとう、ハルカよ。オレのために尽力してくれた、お前の愛はしかと伝わったぞ」
「え、あ………は、はい……!」
直球な言葉に戸惑い言葉に詰まる等、何処かとあるトリニティ生と似通った点を想起させるが、彼女と違うのは未だ幼さが残り愛に飢えているため素直にこちらの言葉を受け止められる点。自分から積極的にぶつかることはないが、与えられた愛を十二分に吸収するスポンジのような子供心に頬を緩める柱間が顔を合わせられないながらもハルカを抱いて、彼女の背中を器用に撫でていた。
「さて、改めて───お疲れ様、先生」
「あぁ、アルもな。いきなりの依頼だったが、良くぞ二つ返事で受けてくれた」
「金さえ積めば何でもこなす、それが便利屋68よ。それ以上でもそれ以下でもないわ。依頼達成の報酬金、忘れないでね」
「あぁ!勿論ぞ!時間が合えばまた祝賀会でもしようぞ!」
「あ、さんせーい!ねぇいいでしょ?アルちゃん」
「え?え、えぇ。別にそれくらい構わないけど……えっと、お金あるかしら……先日の祝賀会で結構奮発しちゃったのだけれど……」
「何、今回はオレが世話になった立場だからな。礼も兼ねて全てオレが出そう」
「あ、あらそう?悪いわね、先生」
自分が手を貸したのはあくまで仕事だからと、カリスマ性を意識してドライな雰囲気を保とうとするが金勘定の話になった瞬間表情を歪ませて現実思考になる彼女の姿に、やはりどこか抜けた様子のいつもの便利屋68の女社長を認識する。その後も短い会話を終え────最後に足を運ぶのは、他の生徒と異なり一切顔に笑みを宿さないどこか冷徹さを覚える生徒。数人のヴァルキューレ生徒や連邦生徒会役員に囲まれる彼女の元まで足を運ぶと、これ見よがしにため息を吐いて口を開いた。
「……お疲れ様です、先生」
「ん、あぁ、しかし……どうしてお前がアビドスに?何の用ぞ?」
そこはかとなく醸し出す大凡穏やかでない雰囲気に柱間も何処か言葉に詰まり恐る恐る尋ねるが、それがまた彼女の精神を逆撫でしたのか先ほどに増してメガネを曇らせる。柱間だけでなく周囲の生徒も気まずそうに唾を飲み込んでいた。
「……いえ、ただ何処かの誰かさんが最近アビドスにばかり執着してシャーレの仕事を疎かにし───サンクトゥムタワーの件も合わさり業務が山積みになっていた所───……先生が捕まったというリー……通報を受け、急遽仕事を後回しにして駆けつけただけですよ。えぇ」
「そ、それは……そ、そうか……」
「いえいえ、先生がご無事で何よりです」
「あ、あぁ、ありがとう、リンよ」
「……はぁ。……さて──カイザー理事、ご同行願えますね?」
柱間が口ごもりながらも何とか返事を返すと数秒の沈黙が訪れ、依然気まずそうに眉を顰める柱間並びに周囲の生徒達。観念したかのようにため息を吐いたリンがサッと柱間からの視線を外し地面に倒れ伏すカイザー理事へと声をかけるが、往生際の悪さを隠せない様子の彼が震える手で何処かへ連絡を取ろうとするも───
「無駄ですよ、理事」
「……なんだと……」
それをキッパリとした口調で諌める黒服。
「基地への連絡でしょう?待機しているデカグラマトン大隊なら既に壊滅しております」
「……な、ぜ……」
「ここでトリニティの戦略兵器と相対した貴方なら分かるはずです。暁のホルスを相手に持つわけがないでしょう。……まぁ、多少ヘルメット団のお力添えもいただきましたがね」
もはや声を出す気力すらないのか、納得したようにガックリと肩を落とすカイザー理事。次の瞬間、手元のスマホを地面へと投げつけて地面へと拳を叩きつける。威風堂々としていた彼の、見る影もない姿に軽蔑の眼差しこそあれど宥め支える部下の姿は既になく、一人の大男がうずくまり怨嗟の声を漏らしていた。
「黒服よ。そういえば結局何故あの場にヘルメット団までおったのだ、ホシノは分かるが…」
「あぁいえ、私とホシノさんを迎えに来たカイザーの装甲車を少々お借りしまして、二人で基地に向かっていたのですが……誤解───でもありませんか。カイザーの車両ということでヘルメット団から途中襲撃を受けまして……」
「襲撃?」
「えぇ、出合い頭にバズーカを一発。まぁその程度でどうこうなるほど装甲車自体やわではないので無事でしたが………さてどうしたものかと考えていた所、どうやらホシノさんとお知り合いのようでしたから。彼女に仲介してもらいご同行願いました。何しろホシノさんがいると言っても相手も中々の大隊ですからね。それにホシノさん自身どうやら何か消耗していましたので、戦力は一人でも多い方が良いかと」
「消耗?」
「まぁ、その辺りは本人にご確認下さい。さて……連邦生徒会長代行殿、こちらが契約書の現物です。諸事情により破損しておりますが、解読は可能かと……」
そう言って懐から一つのファイルを取り出す黒服。中が見えないよう濃いカラーが両面に付いたソレを受け取りチラリと中身を確認するリンが顔を歪めるのを見るにその契約書の状態の悪さが窺えるが、全く黒服は悪びれた様子もなく笑みを深めるだけであった。
「……確かに受理いたしました。それでは…黒服さん、貴方もご同行いただけますか?」
「えぇ、勿論です」
「ちょ、ちょい待てリンよ!黒服はだな──「先生」
黒服を連れて行こうとするリンを見て慌てた柱間が止めに入るが、そんな彼に待ったをかけるのはその黒服本人。やはり表情の変わることのない眩い瞳で柱間を見つめたまま口を開いた。
「ご心配なさらず。別に参考人としてご同行するだけですので。そうでしょう?代行殿」
「……えぇ、そうですね。ただ…貴方からの通報とは言え、全てを温情で済ませることは叶いません。カイザーの関係者としてこれから色々と精査させていただきますので、今は何とも」
「先生、勘違いなさらぬよう。私も貴方を情で手助けしたわけではありません。ですので貴方も私に下手な情をかけぬようお願いいたします。あなたへの貸しはこんな場ではなく、また返していただくべき時にきっちりと請求いたしますので」
「…………」
そう言って、ヴァルキューレの付き添いの元連邦生徒会のヘリに乗り込む黒服。姿を消す直前、一瞬立ち止まり先生の方へと顔を向けて一言呟いた。
「───それではまた後日。先生」
「……あぁ」
「クク、それでは…」
そう言ってヘリに乗り込み扉が閉められる。同様にカイザー理事も半ば強制的に引っ張られる形で連行されるが───ヘリに乗り込む瞬間、チラリと柱間を睨みつけた。
「……許さん、絶対に許さんぞ……ッ!」
「…………」
恨み節に返す言葉もなく、無言でたたずむ柱間の姿に舌打ちをして、ゆっくりとヘリに乗り込むカイザー理事。最後に残ったリンが先生に一声掛けてその場を後にしようとするが───どこか悲しげな彼の顔にリンが少し首を傾げた。
「それでは先生、一旦私は連邦──…どうされました?カイザー理事が何か?」
「いや……」
「理想は中々叶わぬものだな」
「……?」
「何でもない、また何かあれば連絡をくれ。世話をかけたな、リンよ」
「いえ……それでは、失礼いたします」
リンがヘリに乗り込む刹那、振り返り柱間へ軽く頭を下げるとそれに返す形で柱間も軽く手を振る。離陸するヘリが空の彼方へ姿を消すまでジッと見つめた後振り返ると皆一様に先生を見つめて微笑んでいたのだが、既に便利屋の姿はそこになかった。
「ぬ?アル達はどこぞ?」
「アルさんなら仕事は済んだから長居は不要だとか何とかで……気を遣われたのかもしれません」
「なるほど、アイツらしいの」
「ふふ、ですね。……さて、先生はこの後どうされますか?」
「そうさなぁ……」
そう言ってユウカから視線を外し、見つめるのは勿論アビドスの生徒達。先程は罪悪感から腰の低くなっていたホシノも、いつのまにか普段の態度に戻って───未だアビドスの皆々のチクチク言葉に涙を浮かべていたが───その、潤う瞳とは裏腹にとても満足げに顔を綻ばせていた。
「……すまぬな、まだシャーレには帰れそうもない」
「分かりました、残りの業務は私の方で終わらせておきますね」
「すまぬ、世話をかけるの」
「ふふ、構いませんよ。今は彼女達を労ってあげて下さい」
「あぁ、そうしよう。二人はどうする?」
声をかけられたチナツとイオリの答えは決まっていたようで、チナツは何でもないように、イオリは面倒臭いといった態度を隠そうともせずため息を吐いて返事を返す。
「成り行きですが、最後までシャーレのお仕事を手伝おうかと」
「はぁ、面倒臭いけどユウカ一人に任せっきりなのもな……ここまで付き合ったわけだし」
「ふふ、ありがとう、イオリさん」
「べ、別に良いって、今更……あーっと、そう言えば…」
「ツルギさんも途中で回収しなければなりませんね……それでは先生」
「あぁ」
ペコリとチナツが頭を下げると、それに柱間が短い言葉を返し軽く手を振り別れを告げる。シャーレの面々がこの場を去ることに気付いたアビドスの一同が大きな声で感謝と別れを告げると、三人ともが満足そうに深い笑みを浮かべ、言葉を返すのだった。
夕暮れ、オレンジ色に染まる夕焼けをバックに柱間がアビドスの皆の元へと足を運んでいく。たった数時間の別れであったが彼女らのこげついた髪や破れた制服を見ればその戦闘の激しさは想像に難くなく───そういった悲痛な見てくれであるからこそ、増してそんな痛みや苦労を思わせない屈託のない笑顔に柱間の歩も早くなる。皆の下までたどり着いた彼に皆が駆け寄り───こういう時に気の逸るセリカが先生の手を握り、何かを期待するように彼の顔を見上げながら笑顔で口を開いた。
「さ!先生!」
「……あぁ」
「……───帰るか!アビドスに!」
ご清覧ありがとうございます!
長々とお付き合いいただきありがとうございました!
これにてアビドス編は終了で、少しエピローグを書いた後にまた幕間などを書いてパヴァーヌに移りたいと思います!
もうちっとだけ続くんじゃ……
それではまた次回
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