申し訳ない
魑魅一座。
祭ごとに際して時折問題行動を起こす百鬼夜行の問題児。その話を耳にした柱間が思い起こすのはやはり記憶に新しいアビドスのヘルメット団。と言ってもアチラのチンピラ集団と違って皆が皆和装で身だしなみを整え統率が取れており、何か誇りやプライドもあるようで単に不良集団というわけでもないようだった。
まぁそんなあちら側の都合などお祭り運営委員会並びに桜花祭を楽しむ一般人には関係ないことで、この祭りに関する責任を背負うお祭り運営委員会の委員長、河和シズコは頭を抱えていた。
その話を聞いていた折、話をすればなんとやらでまたも魑魅一座の襲撃がお祭り運営委員会の元へと入ってきた。シズコが電話越しで語っていた相談事に納得して、詳しい話は後に現場へと向かう一行。噂に名高いシャーレの先生───千手柱間による戦術指揮。彼の手によって大した手間もかからず魑魅一座を撃退する───
────はずだったのだが───
「───せ、せせせ先生!?」
「──イズナか!?貴様、何をしておる!」
────突如として、柱間が魑魅一座に紛れる一人の生徒に対して声をかけた。
「そ、それはイズナの台詞です!どうして先生が私たちの邪魔を!?」
「えっと……先生?知り合い、ですか?」
「あぁ、と言っても今朝あったばかりだが……」
「ナント!名を伏せたスジものとカタギのスレ違い……なんという運命のイタズラ!任侠では定番の展開デス!」
「……一応聞くけどカタギは先生の方で良いのよね?フィーナ」
「ハイ!でも先生もカタギに優しい任侠モノには定番のヤクザぴったりの風格デス!」
「ちょ、本人の前で言うのはやめなさいよ!」
渦中の2人を置き去りに捲し立てるシズコとフィーナ。そんな彼女らを放置してイズナと柱間が言葉を交わす。
「邪魔、と言われても……オレは桜花祭の手伝いをしておるだけだが……」
「え?お、桜花祭の、ですか?なのに何故、イズナの邪魔を…」
「……いや、貴様の目的が何かは分からぬが……街中でドンパチしとったら止めぬわけにはいかぬだろう」
「………………!?」
柱間が至極真っ当な事を口にしたら、それを咀嚼するように数秒間無言になった後にイズナがハッとしたように目を見開き驚愕する。考えれば当たり前のことだが、依頼を遂行する忍者のイメージが思考を曇らせて、そんな当たり前のことに気づかないでいたらしい。
そんな彼女の危うい様子を察知して慌てたように魑魅一座が声をかける。
「い、イズナ殿!一旦戦略的撤退だ!」
「せ、戦略的撤退…?ですがイズナは……」
「立派な忍者は引き際を弁えているものだよ!何かの本で読んだ気がする!」
「な、なるほど…?そ、そういうことであれば……」
納得しつつも何処か訝しむ様子のイズナが魑魅一座と共に身を引きながら仲間と柱間を交互にチラリと眺める。少なからず葛藤を見せる彼女を呼び止めようとしたのだが────声をかける間もなく、姿を消し去るのだった。
「……まぁ何にせよ、何かが変わるということを誰しもが簡単に受け入れられるわけじゃないからな」
あの後一度百夜堂に帰還した一行が腕を組み問題の原因を推察していると、横から割って入り声をかけたのは百鬼夜行の商店街の会長であるニャン天丸。黒い和服に身を包んだ貫禄のある獣人が、顎下のふわふわした毛並みの肌を撫でながら答える。
どうやら彼が言うにはこの伝統を重きに置く百鬼夜行にて、桜花祭のフィナーレに打ち上げる花火をミレニアムに依頼した特別性の装置に変更したことが誰かしらの琴線に触れたのではないかという話であった。
「それはそうですけど……それが理由で桜花祭を邪魔するなんて……私はただ桜花祭を今まで以上に素敵なものにしたくて……」
「あくまで推測だ。それに儂だって今さら蒸し返したいわけじゃない。ただ気に食わんやつらもいるだろうなって話だよ。学生がこんなに金を使って……ってな」
「昔からの継承された意思を尊重するのは大事な事だが……伝統も行き過ぎれば惰性となる。大きく育った大樹の木の葉が日の光を遮り、青葉の芽吹きを妨げては本末転倒よな」
会長の言葉に同調するように言葉を漏らす柱間がそこまで言ってチラリとシズコの方へと目を向ける。短い付き合いながらも彼女がお祭り運営委員会として今回の行事に並々ならぬ心血を注いでいる事は理解できた。そんな彼女がよもや尽くしている相手から反感を買っている事実に弱気になってしまうのではないかと危惧していたのだが、どうやらそれは柱間の杞憂であったらしい。キリッと表情を切り替えて勇ましい顔つきでシズコが声を上げた。
「はい……ですがわたしたちも趣味や道楽だけでやってるわけじゃありません!全てはお祭り運営委員会の委員長として、桜花祭を素敵なものにするために!それだけは自信をもって言えます!」
「ハイ!お祭りというのは、毎年どんどん楽しくなっていくべきデス!」
「うむ!良い心意気ぞ!……して、この後はどうする?」
「そうですね───っと。その前に先生、お聞きしたいことがあるんですが……」
「ん?なんぞ?」
「えっと……あの、イズナ、という子とはどういう関係で?」
あぁ、と柱間が声を漏らす。確かに周囲から見れば魑魅一座の一人と親しげに言葉を交わしていれば彼を訝しむのも仕方のない話だし、何も手掛かりがない現状名だたるシャーレの先生だろうと警戒するのも当然だと弁明を行った。
「いや……今朝方誰かしらから逃げておる所にバッタリ遭遇してな。その時は悪い奴には見えなんだのだが……アイツを追いかけとったのはお前達ではないのか?」
「え?い、いえ、私たちは普通にここで営業してましたよ?でも……じゃあ、私達以外にも魑魅一座を追ってる人たちがいるってことかしら……」
「ふむ……なら、そこに協力を取り付けるか、話を伺っても良さそうだな」
「おぉ!敵の敵は味方、というヤツですね!呉越同舟、任侠で予備知識はバッチリです!」
「いや何でその人達が敵って前提なのよ……」
「……ま、やるなら頑張りな。儂は商店街の方に帰らせてもらうよ」
そう言ってその場を後にしようとする会長がぶっきらぼうに突き放すように言葉を漏らす。その態度が何処か冷たく見えてしまった柱間が少し気に障ったのかそちらへ視線を向けるが、どうやら言葉通りの人間というわけでもないらしい。
「大丈夫ですよ先生。会長はこうやって言っておきながらいつも手伝ってくれるんです。今回の桜花祭でも色々と心配してくれてますもんね」
「そうなのか?」
「フィーナ知ってます!"ツンデレ"ってやつデスね!」
「アコみたいな奴ぞ……」
「違うわい!」
フィーナの言葉に怒る会長が即座に否定する。そっけない態度に見える彼の、生徒を気にかけているという事実に少し顔を綻ばせる柱間。柴大将しかり、自身以外にも彼女らを支える大人の姿を見るとやはり心にゆとりが生まれていた。
「そう言えば先生、本日は一人でいらっしゃったのですか?」
「あぁ、他の部員は昼に用事があるらしくてな。折角の祭りだからアイツらも連れて来たかったのだが……それがどうした?」
「あ、いえ……ただ、シャーレの方々がいれば人手が増えて楽だな、と…」
「………そういう事なら百鬼夜行にもおるな。部員が二人ほど」
「え!そうなんですか?」
当てが外れたように少し落ち込むシズコに対して顎に手を当て考え込む柱間が、スッと顔を上げて声を漏らす。孤軍奮闘している彼女らに差し込んだ僅かな光明に顔を明るくするシズコ。
「いや、ただ彼女らも予定があるだろうからな。一応声をかけてはみるが応じない可能性もあるからそこまで期待はせんでくれ」
「あぁいえ、それでも声をかけていただけるだけありがたいです!」
「……ただ、シャーレとして動くのなら先に百鬼夜行の生徒会に一言入れておきたい。一旦其方へ向かってもよいか?」
「あー……陰陽部の方か……いや、そうですね。いずれにせよあそこには顔出さないといけないか……」
「?何か不都合でもあるのか?」
「いや、そういうわけではないんですけど……うぅん、実際にあった方が早いですね。行きましょうか」
────百鬼夜行連合学院、陰陽部。
ゲヘナの万魔殿、トリニティのティーパーティーに当たる、所謂百鬼夜行における生徒会であるのだがシズコが言うには特筆すべきはその陰陽部とやらの部長の腰の重さ。何か問題が起こっても書面上でのやり取りを理由に拒否され、やっとこさ話を取り付けた頃には既に問題は解決済み、何を言ってものらりくらりと話をかわされマトモに取り合ってもらえた事など数えるほどだと文句を口にする。
その話を聞いた柱間が複雑な気持ちで表情を歪ませていたのは勿論なのだが、それよりもそういった生徒がいることに意外性を感じていた。今まで柱間が見てきた生徒というのはその全てが積極性と善性に溢れ、特に先の二校の風紀委員会のトップやナギサなどは責任感を重んじ手を貸す事を辞さない、正しく人の上に立つ人格者である事は疑いようがなかった。それ故にこれほどに酷評される生徒がいることに驚きを隠せないでいた。
────故にこそ、自分が初めて出会うであろう類の生徒に少し身構えていたのだが───
「いやはやぁ、ようこそお越し下さいましたわぁ、ハシラマ先生。シズコさんも、桜花祭の魑魅一座の件でしょう?ささ、どうぞ楽にしていただいて」
「え?あ、うん…」
「なんぞ、随分物分かりが良いな。聞いとった話とは違うの」
「いや、いつもはこんな風じゃないんですけど……」
「おやおや、そんなに悪い噂が立っているとは、悲しい話ですねぇ。私はただただ百鬼夜行の為に日々東奔西走なんなその……なんちゃって、にゃはは!」
「何が悪い噂よ!事実でしょうが!」
まるでこちらが伺うことが分かっていたと言わんばかりにすんなりとニヤの元まで案内され着席を促されたシズコと柱間が、言われるままに座布団の上へと腰を下ろす。
「さて、初めましてになるの!たしか…ニヤ、と言ったか?」
「これはこれは、噂に名高きハシラマ先生に名を把握していただけているとは、光栄ですねぇ。こちらも、シャーレのハシラマ先生、そのご高名はかねてから承っておりますよぉ。サンクトゥムタワーやアビドスの件と言い、惚れ惚れとする活躍っぷりで、にゃはは!」
「なぁに、勝手に周囲が持ち上げておるに過ぎん。全ては生徒の努力の賜物ぞ」
「にゃは、さすが先生♪噂通り、生徒を持ち上げることに余念がありませんねぇ。さて、挨拶はこの辺りにして……」
けらけらと笑うニヤが口元に持って来た扇子を開いて口を隠すと、薄らと目を開き二人を一瞥する。
「シズコさんは現在桜花祭を荒らしている魑魅一座のに関する件で、ハシラマ先生はそのお手伝い……ということで間違いありませんかねぇ」
「え、えぇ、その通りよ。何か知ってることがあったら教えてもらえないかしら。それと、少し人手を借りたいのだけれど……」
「ふむ……」
品定めするようにジックリと二人を舐め回すような視線を注ぎ続けるニヤ。そのどこかネットリとした細目の瞳が苦手なのか、シズコが少し訝しげな表情で眉を顰めるが口元を隠し目を見開くことのない陰陽部の部長の顔色を窺い知る事はできず、モヤモヤした気分でニヤの言葉を待っていた。
「……結論から申しますと、残念ながらそのどちらにもお応えすることはできません。いやはや、大変申し訳ない」
「な、なんでよ!前者に関しては知らなくても仕方ないけど……その、人手くらい貸してくれていいじゃない!別に十何人もよこせって言ってるわけじゃないの!一人二人くらい手伝ってくれるだけで……!」
「いえいえ〜、桜花祭の運営に関しては全責任をお祭り運営委員会が担っておりますので、私共としても何か問題事があった際陰陽部が関与していたとなると面倒なことになってしまいかねませんので〜」
「責任は私が持つわよ!だから……!」
「書面上はそうでも皆さんが実際にどう感じるかは別問題ですのでねぇ。陰陽部は調和を重んじる部活ですので、どちらに肩入れすることもできませんから、いやはや申し訳ありません、にゃははっ」
「〜〜〜〜ッ!!あーもうッ!!アンタを頼ろうとした私がバカだった!」
そう言って怒り心頭のままに立ち上がりその場を後にしようとするシズコを慌てて柱間が呼び止めるより先に、ピシャリと扇子を畳む音が室内に響き音に釣られたシズコが驚いて立ち止まり振り返る。
「……代わり、と言ってはなんですが魑魅一座に手を焼いているのは何もお祭り運営委員会ではないご様子、修行部の門を叩いてみてはいかがでしょう?アチラも猫の手を借りたい状況なのは同じでしょうから」
「修行部?あの子達も魑魅一座を追ってるの?」
「えぇ、私の耳にした話が嘘でなければ、ですがねぇ、にゃはは」
「……ま、藁にも縋りたい状況だから一応尋ねてみようかしら……一応感謝しとくわ、ありがとう」
「いえいえ〜、シズコさんのご健闘をお祈りしておきますね〜」
「……はぁ。じゃ、先生。行きましょ───「あー失礼」──……何よ、まだ何かあるの?」
未だ腰を下ろしたまま立つことのない柱間に声をかけるシズコに割り込むように口を開くニヤ。
「先生は少し残っていただいてもよろしいでしょうか?」
「ぬ?オレか?」
「えぇ、おそらく先生はシャーレのお仕事を為さるおつもりでしょう?そのことでお話を……少しお時間をいただきたいのですが、構いませんかねぇ?何しろ、自治区の法律の問題で色々ややこしくして~」
再び閉じていた扇子を開き口元を隠すニヤが目を細め柱間を見下ろすと、その視線に何か意図を感じ取ったのか柱間が小さく笑い振り返ってシズコに声をかけて人払いを行なった。
「……あぁ、構わん。そういうわけぞ、シズコ。先に行っておいてくれるか?後で追いつこう」
「あ、はい、分かりました。それではまた後ほど、先生」
大広間から退室するシズコがペコリと頭を下げて姿を消した。残った二人が互いに笑みを浮かべてはいるのだが、その見てくれから感じる印象は対照的で、片や糸目のまま含み笑いを浮かべて、片や裏表のないような純粋な瞳でジッと生徒を見つめていた。
「さて……いやぁ、すいませんねぇ、先生。百鬼夜行の問題事に付き合わせてしまう形になって、にゃははっ」
「気にするな、オレがしたいからしているだけぞ。生徒に頼られること以上に嬉しい事はないからの」
「おやおやぁ、私への当て付けのように聞こえてきて心が痛いですねぇ〜、およよよよ〜……なんちゃって、にゃはは!」
「……で、何の話ぞ?やはり不味いか?オレが首を突っ込むのは」
いきなり切り込むように口を開いた柱間の言葉にピタッとニヤの表情が固まる。人前で見せることのない気付けるかどうかの僅かな動揺を、すぐさま掻き消すようにいつもの笑いを浮かべて柱間を見つめ続けるがどうやら彼にはその仮面が見抜かれているらしく、自分と対照的にポーカーフェイスの一つもなく、自然体でニヤを見つめていた。
「……にゃはは〜、いえいえまさか。先ほども申し上げましたように陰陽部では関与できませんから、シャーレに厄介事を片付けていただけるのなら願ったり叶ったりですわぁ」
「そんなわけがなかろう。調和を重んじるという貴様が……シャーレという、権限にモノを言わせて好き放題やる外部の組織など百鬼夜行に受け入れ難いことは政に疎いオレにだって分かる」
「…………」
「貴様の立場で百鬼夜行のことを考えれば妥当な判断ぞ。別にオレもシャーレの権限を振り翳して横暴する気はないからの、手を引けと言われれば手を引こう。それに関して貴様や百鬼夜行に対し特にどうこう言うつもりはない。シズコにはオレから波風立たぬよう説明しておこう、まぁその際はちとお前の方でオレに代わって助けてやってほしいがな」
「……いやですねぇ、先生。あまり邪推してはいけませんよ?本当に私はシャーレに感謝しているんですよぉ?にゃはは」
あくまで友好的な態度を崩さないニヤが微笑みながら特徴的な笑い声を上げてはぐらかすように言葉を連ねるが、どこか動きにぎこちなさを覚え、時折薄い目を閉じて柱間から視線を外していた。
「……一つお聞きしたいのですが、先生のシャーレとはどういった組織でしょうか?」
「ん?なんぞ、既に把握しておるものかと思ったが……」
「あぁいえ、すいませんねぇ。言い方を変えましょう。───ハシラマ先生のシャーレとは、何をする組織でしょうか?」
「……なるほどな」
おちゃらけた様子が鳴りを潜め、気持ち下がったトーンで低い声のニヤが糸目を僅かに開き柱間に尋ねる。
「話に聞くシャーレはサンクトゥムタワーの一件を迅速に解決し……カイザーの闇を暴き一自治区を没落から救い出した手腕の持ち主。果たして───シャーレの先生とは、それほどまでに生徒の悩み事に主体的に関与し───私達生徒の奔走する間もなく、先生が解決してしまうほど頼れる組織なんでしょうかあ?いやはや、であれば何とも助かる話ですねぇ〜、にゃはは」
言葉とは裏腹にまったく笑ってない瞳の奥を柱間に見抜かれていることを、果たして彼女自身理解しているのか。
珍しく口を閉ざしてジッと生徒を見つめる柱間に負けじとニヤも視線を返す。暫くして顎をさすっていた柱間が手を膝に置いて口を開く。
「……オレは、目に見える全てを……可能かどうかは置いておくとして───押し並べて助けてやりたい。生徒かどうかは関係なく、そこに困っている者がおるならな」
「ふむ……」
「ただ、直接的に助ける事はないだろうな。できないし、あまりしたくはない」
「はて?それはどういう意味で?」
不思議そうにニヤが口を開けば、少し微笑む柱間がチラッとニヤを見て言葉を続けた。
「オレにそんな力はないし……何より、生徒には自立してほしいからな。餌を待つ雛鳥のままではなく、自身の羽で羽ばたいてほしい。だから、夢があるなら応援するし、臆する背中を押してやる事はやぶさかではない。オレが先生であることに意味があるのなら、生徒の道を後押ししてやることが求められる責務だと考えておる。ましてや過剰に養分を与え、青葉を枯れさせることなどあってはならない」
「………」
「ニヤよ。貴様は先ほど調和を理由に肩入れできないと言ったが、アレは単に建前なだけでなく、陰陽部の立場として本音でもあるのだろう?だからオレに……生徒に対して過干渉ではないかと聞いている」
「……にゃははっ」
困った様子で顔を逸らし、笑い声を上げるニヤが言葉をつなげる事なくただジッと柱間の声に耳を傾け続ける。二人が使うには余りにも大きすぎる巨大な広間にて、柱間の声が室内に響いていた。
「心配するな、などと気休め程度の言葉にしかならぬが……お前の、生徒の自主性に期待する気持ちはよく分かる。……先程は手を引くとは言ったが、折角オレを頼ってくれた生徒の信頼に泥を塗るような行為を、可能であればしたくはない。決して悪いようにはせぬ。だからどうか桜花祭の一件、オレに任せてはくれぬか!?この通りぞ!」
「な!?せ、先生!顔をお上げ下さい!元よりシャーレに任せるつもりでしたので!」
唐突に、ガツッと何かがぶつかる音が室内に響き渡る。
恥も外聞もなく、慣れたように額を地につける柱間の姿に青ざめ慌てたニヤが顔を上げるように促すと、素直に従い頭を上げるのだが花の咲いたような明るい表情の柱間が感謝を述べ、再び頭を下げた。
「本当か!恩にきるぞ!ニヤよ!」
自身とは正反対の、底抜けに明るく誠実で積極性のある大人の、ある種生徒よりも純粋な瞳で見つめられて笑顔を向けられると別に悪いことをしたわけではないのにバツの悪そうな顔をするニヤが珍しくため息を吐いて眉を八の字に曲げながら、困ったような顔で口を開いた。
「……はぁ。やはり敵いませんねぇ、話には聞いていましたが……」
「そうか?まぁしかし、オレもお前の話はシズコに聞いておったが……話と違って安心したぞ!」
「おやおや、シズコさんはいったい何と言っていたので?」
「こちらの話に耳も傾けない怠け者、とな。しかしこうして話して、流石に人の上に立つ者としての自覚がある事は理解できた。やはり他人の噂など当てにはならぬな」
「にゃははっ、シズコさんも中々酷い事をおっしゃりますねぇ。……ま、しかし、その通りだと思いますよ」
「ん?」
シズコの言葉に心傷するわざとらしい演技を見せたかと思えば、雰囲気が変わりどこか遠い眼差しのニヤが視線を落として地面を見つめる。
「私自身さぼ───……コホン、あまりそういう事に関与しないタチですからねぇ。私は陰陽部の、言わば"
「日に当てられるだけでは暑くて敵わん。時には大きな木の葉の木陰にて涼みたいものぞ」
「………」
「それに、陰……影とは、その者と付かず離れないモノ。生徒に寄り添う、貴様らしいの」
「……にゃははっ、まったく、お言葉が上手なんですから」
観念したようなニヤのため息が部屋に響く。
先ほどまでの何処か訝しむ様子は鳴りを潜め、困ったように眉を顰めながらも穏やかな瞳で柱間を見つめていた。
「それに……陰ってのはそんなに悪い話でもない。なにせオレも影だったからな」
「先生が?どう見ても陽にしか見えませんがねぇ」
「………そうさな、元々影になるつもりはなかった。オレには過ぎた立場だったかもしれぬ」
何とはなしに尋ねてみたところ、悲哀を感じさせる瞳で視線を落とした柱間の様子に地雷を踏んでしまったのかと一瞬焦ったニヤが額から汗を垂らして咄嗟に取り繕おうとするが、それよりも早く柱間が元の顔に戻り頭を上げ、ニヤよりも早く口を開き彼女に声をかけた。
「ニヤよ、貴様は自分を陰と言ったが、ならば陽とは何になる」
「へ?まぁそれは……カホやチセにゃん───私を支えてくれる陰陽部の部員達になりますかねぇ」
「そうか。ならば大事にすると良い。己が陰という自覚があるならば……影を形作る陽の光を努々忘れることのないようにな」
「え?あ、はい……」
気の抜けた返事を返して数秒、気まずい沈黙が訪れる。他人を手玉に取る彼女らしくなく、常にペースを握られっぱなしで話の本題に入ることすら許されず彼の手のひらで踊らされているようで、しかし不快感はなく───能楽や狂言のような語り聞かせる芸能というには華やかでないものの、実感の籠った彼の言葉に聞き入ってしまっていた。そうして固まること暫く、ハッと呼吸を思い出したかのように目を見開くニヤの視線の先では窓の外をぼーっと眺める柱間が物思いに耽るように無言で笑みを浮かべており、それがニヤの現世への帰還を待ち続けた所作であることを理解すると、客人を待たせて呆けていた自身の痴態を理解したニヤがわざとらしく咳を挟んで話を切り替えた。
「……柱間先生、改めて言いますが陰陽部はシャーレを歓迎いたします。と言ってもハシラマ先生の言う通り懐疑的であったことは今更隠し立てることはいたしませんがねぇ、にゃははっ!」
「いや、一組織の長として真っ当な判断ぞ。であれば先の会話で少しは信用を得られたということで問題ないか?」
「いやですねぇ先生、聞くのは不粋というものですよ。それでですねぇ〜、一つ話があるのですが……」
「話?」
えぇ、と妙に上機嫌なニヤが先ほどよりも幾分高い声で柱間に歩み寄る。その、何かを企む怪しげな雰囲気に身構える柱間に、甘ったるい声で妙に親しげに身を寄せるニヤが声をかけた。
「いえいえ、そう身構えずに〜。私はただ、先生に今回の件に関する謝礼の話をしたいだけでして〜」
「謝礼?別にオレが勝手に動いとるだけだからそんなこと気にせんでも……」
「それがそういうわけにもいかなくてですねぇ。壁に耳あり障子に目あり、人の口に戸は立てられぬ、何処からか陰陽部がシャーレをタダ働きさせた……などという噂話が立つかわかったモノではないのですよ。それに……お祭り運営委員会に顔を出したと言うことはフィーナさんとはもうお会いしたのでは?彼女に色濃く現れているように、百鬼夜行の特性として任侠にあるような恩義を重要視する文化があるのですよぉ。恩着せがましいかもしれませんが……先生に謝礼を受け取っていただけないのはそれだけで単に百鬼夜行としての品格に繋がってしまうんですよねぇ、にゃははっ!」
それっぽい事を言うと柱間が腕を組んでうぅんと唸る。
確かにシャーレの先生は人の機敏には聡いが彼自身も言っていたように政が不得手であるというのは本当のことのようだと柱間の様子を見ながらほくそ笑むニヤ。柱間の為人を考えれば素直にモノを受け取ってくれないことは百も承知だが、少しばかり他者への迷惑を匂わせる発言をすれば直ぐにでも困ったような顔をする彼の特性をすぐさま見抜き、手玉に取るのは流石に陰陽部のトップに相応しい人間なのだろう。
「うぅむ…」
「それに、ハシラマ先生はおそらく……忍術研究部の方々に連絡を取るおつもりですよねぇ?今回の話はそのまま彼女達の報酬へも繋がりますので、受け取りづらいなら……陰陽部から彼女たちへの報酬の支払い、その仲介を先生に担っていただく、そう考えると少し気が楽になるのでは?」
「そうさなぁ…」
「まぁまぁ、一度お話を聞くだけでも」
「まぁ、話を聞いてからでも良いか。して、謝礼とは何ぞ?」
ニヤリと、元々上がっていた口角をさらに歪めてニヤケヅラを隠そうともしないニヤがクスリと声にならない笑い声を上げる。再びほくそ笑む彼女が口を開いた。
「いえいえ、実は〜……」
─────千手柱間。
突如としてキヴォトスに現れ、連邦生徒会長の不在という大きな穴を埋めるため彼女直々に指名したとされる、言わば連邦生徒会のワイルドカード。その手腕は就任した初日にサンクトゥムタワーの制御権を取り戻しキヴォトス全体の混乱を鎮静化させ、つい先日はあまり良くない噂で広く名が知られるブラックマーケットの大企業、カイザーコーポレーションの闇を暴き、力も持たない潰れかけの地方の高校を救ったとされる、噂に尾ひれでも着いたような誇張表現も甚だしい活躍っぷりである。特にアビドスの件はゲヘナとトリニティ、加えてミレニアムの生徒が密接にかかわっていたこともあり、三大マンモス校のすさまじい影響力の下、大々的にクロノスでも取り上げられることとなった。
そして、名の広まった柱間であるが───そんな人間の像など、かの連邦生徒会長代行を想起させるような冷徹な仕事人を思い浮かべてしまいそうだが実際に会った人間は彼がそんなイメージとは真逆の人間であることが分かるだろう。以前までは、彼のそういった実像を知るには実際に対面するしか機会がなかったわけである。
しかし、先にも上げたアビドスの件によりシャーレの名が広まったことを背景に、とある動画の急上昇と併せて以前よりも多くの人間が彼の顔を広く知ることとなった。今現在、百鬼夜行の大通りで柱間達と───否、柱間と対面しているケモミミの生徒も例に漏れず、目を輝かせとあるチャンネルの忍者動画に張り付いていたのが今朝の話である。
───ところで。
シャーレの先生、その影響力はすさまじいが特筆すべきは彼の戦闘指揮、とされている。それは何故かというと彼自身がキヴォトス外の人間であるため彼自身の戦闘能力は皆無───と、されているからだ。加えて彼の戦闘指揮が本物であることが強ち嘘でもないことは、サンクトゥムタワーの制御権奪還の日彼に付き従った生徒達やゲヘナの風紀委員達が証明してくれるだろう。
つまり、大多数の人間にとって先生に戦闘能力がないというのは共通認識である。つまり彼が戦場へ出向くのはあくまで指揮を執るためであり、まかり間違っても彼が戦闘を行うためではない。
───そのはずなのだが。
「───こい、イズナよ。少しばかり相手をしてやろう!」
「え、えっと……い、イズナはぁ……」
今現在、クナイを片手に柱間が───イズナと対面していた。
ご清覧ありがとうございます!
ニヤのエミュ難しすぎる……ただ今回の話を書くにあたり絆ストーリーやセリフ、wikiなどを確認しましたが良いキャラしてますよね
陰の立場も、NARUTOでいう暗部をマイルドにした立ち位置で、彼女なりの誰にも伝わらない努力を先生だけが肯定してあげるのがとても良かったですね
それではまた次回
感想、評価ありがとうございます!
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