Hashirama Archive   作:アテナ18号

37 / 54
心構え

 

 

 「……ふぁ……ん、ふぅ……朝か……んんッ!っと……よっこいしょっと」

 

 障子越しに、庭先から差し込む眩い光が薄暗い室内を照らし、閉じていた瞼の隙間から差し込む淡い光が柱間の意識を覚醒させる。涙で滲む視界が段々と輪郭を帯び、あくびと共に目元を擦るとぼやけていた視界がクリアになる。自身の体にかかっていた掛け布団を剥がし、大きな伸びをした後立ち上がる柱間が軽く布団を畳んで部屋の隅へ寄せるとそのまま柔らかい畳の上を歩いて障子へと手を伸ばす。力を込め勢い良く開くと小気味良い音を立てて開かれた障子の先から差し込む日の光に眩しそうに目を細め、続いて聞こえる鳥の囀りに小さく微笑むとそのまま踵を返し屋敷の中へと姿を消した。

 

 

 

 

 「……(……今日は珍しくシャーレの仕事が少ないの)」

 

 少し寝癖のついた髪を整えもせず、洗面台で歯を磨く柱間が新聞を握る要領で片手に連邦生徒会からの書類を握り締め流し読みする。いつも業務に追われるシャーレには珍しく簡単な仕事ばかりで少し肩の荷を下ろせることにホッと息を吐いて口を濯いだ後顔を洗う。

 

 「……シャーレに行って───……暇だし、ゲヘナにでも向かうか…?」

 

 すっかり体に馴染んだのか、百鬼夜行で仕立ててもらった羽織と袴に身を包んだ柱間が身支度を整えながらテレビから流れるニュースに耳を傾ける。と言っても()()()により耳に入ってくるのは現在彼がいる自治区ののどかな話ばかりで、どうやら話に聞いていた通り年がら年中祭り三昧というのは強ち嘘でもないようだ。今もなお聞いたこともない祭りの開催が告知されていた。

 

 「……よし。───おはよう、アロナ」

 『……ふぁ……?……あ!…っと、おはようございます!先生!もう出発ですか?』

 

 「当番の者が来たらな。……っと、噂をすればか」

 

 シッテムの箱を懐にしまった柱間がインターホンの音に惹かれて玄関へと向かう。我慢しきれないように自身の名を扉越しに呼ぶ賑やかな声に思わず顔を綻ばせる柱間が草履をはいて扉を開けると、本日のシャーレ当番である三人が笑顔で立っていた。

 

 「先生殿~!お待たせ~!」

 「主殿!イズナ、ただいま参上しました!にんにん!」

 「お、おはようございます…!先生…!」

 

 「───おはよう、三人とも。にしても朝から元気だの!ハッハッハ!」

 

 つま先をトントンと床に押し当て靴擦れを直すとそのまま家を出て三人と共にその場を後にする。大きな屋敷を囲う塀の外に出て、暫く木々の生い茂る雑木林の中に敷かれる舗装された道を歩いていくと、次第に街中の喧騒が耳に入ってきた。

 

 「お前達、朝は済ませたのか?」

 「えっと、私はまだだけど……ツクヨとイズナは?」

 「あ、えっと……早く主殿とお会いしたくてつい……えへへ」

 「わ、私もまだです……」

 

 「そうか……ならシャーレに行く前にどこかで適当に済ませるか」

 

 彼の言葉を聞いた三人がパッと顔に花を開かせる。そんな分かりやすい反応に、つられて笑顔になる柱間。

 

 「どこぞ、行きたい場所はあるか?」

 「えっとねぇ~~……ツクヨとイズナは食べたいものある?」

 「イズナは皆さんとご一緒できればどこへでも!」

 「わ、私もお任せします…!」

 「お、おぉう……謙虚というか主体性がないというか……先生こそどこか行きたい場所はないの?」

 「オレか?……いや、すまんが土地勘も何もなくてな」

 

 皆の回答を聞いたミチルが難しそうな顔で眉を顰めながらうんうんと困ったように唸る。良かれと思ってゆだねたのだが、それがかえってミチルに迷惑をかけてしまったのではと焦ったツクヨがおろおろと取り乱していた。

 

 「んまそうだよね~……ヨシ!じゃあ行ってみたい場所があるんだけどさ!駅前の甘味処で、錦の里ってところなんだけど…」

 「あ!イズナ知ってます!確か今『かまぼこ突風伝』とコラボしてると話に聞きました!」

 「そう!耳が早いねイズナ!折角だし行ってみたいんだけどどうだろ?」

 「い、良いと思います、部長…!」

 

 「決まったならそこへ行くか、案内してくれるか?ミチルよ」

 「ふっふっふ、まっかせといて!」

 

 自信満々に足取りの軽快なミチルが先行するように前を歩き、そんな彼女を追うように少し歩を早める二人の部員。彼女らの微笑ましい光景にフッと小さく笑いをこぼし、柱間も後を追うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「………どういうことでしょう───天地ニヤさん」

 『はて?何がでしょう?リン行政官』

 

 「とぼけないでください。───先生の件です」

 

 『あぁ~……いやですわぁ、リン行政官。アレはただの……そう、桜花祭に際しての、百鬼夜行からの些細なお礼ですからねぇ。にゃははっ!』

 

 普段よりも一段と声色の低いリンが問い詰めるような口調で質問すれば、やはり少しおちゃらけた態度でスッとボケるニヤが電話越しでも分かるほどに軽い口調で彼女に返事を返す。怒りを隠そうともしないリンの様子に周囲の連邦生徒会役員がごくりと唾を飲み込む中、やはりニヤは態度を変えずに淡々と言葉を続けた。

 

 「連邦生徒会に何の一報もなく独断で決められては困ります」

 『独断て!そんな厳かなものでもないでしょうにねぇ?別に先生が賃貸をお借りしとるだけですんで、私は全く縛り付けてもいませんのでねぇ』

 

 「………………」

 

 無言の圧を放つリンが手元の資料に視線を落とす。そこにあるのはとある賃貸の契約書。となれば勿論契約した人間の名前が刻まれてるわけで───そこに、今話題の大人の男性の名前が書かれてあることに深い溜息を吐く。

 

 『別になぁんにも違法な点はありませんのでねぇ。それこそタダで貸し出したら色々難癖がつくかもしれませんから、これでも譲歩したんですよぉ?』

 「……随分、というか建物の規模と比較して安すぎる気がしますが……」

 『立地が立地ですのでねぇ。ただ先生自身が静かな所が良い、とおっしゃるものですから……にゃはは!』

 

 

 

 

 

 

 

────数日前、桜花祭に関してニヤが謝礼の件を口にした時のこと。

 

 彼女が着いて来てほしい場所があるというものだから特段拒否する理由もなく後を追うと、段々と市街地から離れ人の気配が減っていく。全く人工物の気配がないわけでもないが明らかに自然が増えてきた通りで、しかし静かに木の葉のかすれる音や虫の声のみが聞こえ、かすかな木漏れ日だけが降り注ぐこの雑木林が気に入ったのか柱間が感嘆の声を漏らす。

 

 『ほぉ……ご神木や道路脇の桜の木も見事なモノだったが、こういう場所もあるのか』

 『えぇ、ミレニアムのような新興の学園と違って、いわゆるアナログチックな伝統を重んじる学園でもありますからねぇ。自然との調和も百鬼夜行の観光業には欠かせませんから、大事にしているのですよ』

 『なるほどな、やはりオレ好みの場所ぞ、ここは』

 『にゃはは!そう言っていただけると嬉しい限りですねぇ。……っと、着きましたよ、先生』

 

 道を抜けた先、開けた場所に出ると塀に囲まれたそれなりの規模の屋敷が視界に入ってくる。昔ながらの木造の平屋で、どこか風情を感じさせた。

 

 『……ここは?』

 『陰陽部(ウチ)の管理している不動産です。と言ってもここまでの道のりで分かる通りアクセスも悪く誰も住み着きたがりませんから、長い事空き家ですがねぇ……さ、先生』

 

 建造物自体もさることながら手入れの行き届いた庭も立派なものでそちらに目移りしていた柱間がキョロキョロと周囲を見渡していると、彼を手招くような仕草でニヤが声をかける。そちらへ顔を向ければ玄関の扉を開いてニヤが待っており、理由は分からないが入室を促していることを理解すると足早に柱間もそちらへと向かった。

 

 『……ふむ、中も良く手入れが行き届いておるな』

 『空き家と言ってもほったらかしにするわけにはいきませんからねぇ。人が住まないから寧ろ管理に手間がかかって仕方ない、困ったものですよ』

 『そういうものか……』

 

 ニヤの後に続く柱間。二人の足音がキィキィと床を鳴らす。 

 

 『にしても、立派な屋敷ぞ。本当に空き家か?』

 『えぇ、家賃も破格ですが結局利便性という点から手がつかないのですよ』

 『そうか……オレは結構好きだがな』

 

 『………そうですか、にゃはは!』

 

 何気なく口走った柱間の言葉に目を細めるニヤが、しかし顔を柱間へ向けることなく背中で返事を返す。当然ながら一人暮らしには持て余しそうなほどの家屋だが、火影としての感覚が少し一般人としての常識を鈍らせていたのだろう。そんな口を滑らせる彼の言動から、何かを推察するようにニヤが口角を上げるのも当然のことであった。

 

 『……時に先生。今先生はシャーレに寝泊まりされているので?』

 

 ある程度屋敷内を見て回った後に、大きな広間で足を止めたニヤが唐突に口を開く。振り返った彼女がどこか品定めするような目で柱間を見つめていた。

 

 『ん?まぁそうさな。それがどうした?』

 

 『なんと!それはよくないですねぇ、先生』

 『ん?』

 

 芝居めいた驚き方で大げさに声を高くするニヤ。

 

 『職場と住居は分けませんと。仕事から離れて落ち着ける時間がなければノイローゼになってしまいますよぉ?』

 『いや、そうは言うがな……』

 

 『───と、いうことで。……もしよければハシラマ先生、このお屋敷、いかがです?』

 

 

 

 

 『……は?こ、この屋敷を受け取れと!?で、できるわけないだろうそんなこと!』

 

 柱間が驚いたような声を上げて顔を左右に振る。そんな彼の反応が意外だったのか、それとも予想通りの反応にこらえきれなかったのか、笑い声を上げるニヤが扇子を開いて口元を隠した。

 

 『にゃははっ!いやですわぁ先生、そんな図々しいこと先生に言わせませんって~。手頃な物件やからこの機にどうかって話ですよぉ、しっかり家賃はいただきますって』

 『あ、あぁ、何ぞ。そういう話か。……いや、にしてもちぃといきなりすぎてな……』

 『にゃははっ!ま、こんな話いきなりされたら困惑するのも無理からぬ話ですしねぇ』

 

 ニヤの言葉に安心した柱間がふぅと溜息を吐く。そんな彼の様子にニヤが目を細めた。

 

 『でも、ほんとに冗談じゃなくて先生にはご一考願いたいんですよねぇ』

 『う、うぅむ……いや、決して嫌というわけではないのだが……何しろ住まいをこんな形で決めて良いものかとな……そう言えば、家賃はどうなっておるんだ?』

 

 よし来たと言わんばかりに扇子の下でほくそ笑むニヤが自身の思い通りに話が進んでいくことに喜びを隠しきれず頬を赤く染める。

 

 『あ、はいはい、こちらになりますかねぇ~』

 『……安すぎんか?いや、キヴォトスの相場か…?これが……』

 

 『あぁいえ、安すぎる、という認識は間違っておりませんよぉ。ま、さっきも言ったように人気がありませんからねぇ』

 『……これでも買い手が付かんとは意外だの』

 『喧騒から離れたい別荘にしては少し都市から近く、普段住みにしては絶妙にアクセスが悪く一人暮らしにしては持て余す……要は、需要がないんですねぇ、大人にも生徒にも』

 

 なるほどな、と納得した様子の柱間に手ごたえを覚えたニヤがヨシヨシと心の中で呟き、さらに畳みかける。

 

 『正直、買い手も付かないこの屋敷を残しておいても仕方ないから取り壊しって話も上がっておりましてねぇ……』

 『なに?これほど立派な屋敷をか?』

 『えぇ、やはり感情だけではやっていけませんから、悲しい話ですが手入れだけでバカにならない費用の掛かる金食い虫を放置しておくわけにはいかないのですよぉ』

 『……まぁ、そうか』

 

 

 『ただし、それは買い手が付かなければの話です。……さて、いかがでしょう、先生』

 

 ずいっと、柱間に上目遣いですり寄るニヤが彼の様子を伺う。

 

 『……そういえばニヤよ。忍術研究部の報酬に繋がると言っておったが……ここの契約を取ることがどうアイツらの為になる?』

 『………陰陽部として正式に認可されていない部活に肩入れはできません。なので、今から言うことはただの私の独り言として受け取っていただきたいのですが───』

 

 ピシャリと、扇子を閉じたニヤが顔は見せずに背中を向けて口を開いた。

 

 『……あくまで先生がご自由に使える拠点ができるわけでして………──そんな、一人で使うには持て余すほど広いこの大きなお屋敷を持つ先生が……そう、仮に、インフラが不安定で交通の便も悪い旧校舎にて活動するとある部活動を見つけた場合、場所を提供することも可能かもしれませんねぇ』

 『……なるほど、確かにそんなことを言うとったな、アイツら』

 『おやおや、例え話でしたがまさか本当にいらっしゃったとは』

 

 ニヤの白々しい演技を聞き流し、先ほどよりも少し真剣に考え込む柱間。やはり生徒の為となると態度の一変する彼の様子に、上手く話が進みそうだとニヤが笑みを浮かべる。

 

 『私の個人的な話ではありますが、やはり風情のあるこの場を残しておきたい気持ちはあるのですよ~。それに、忍術研究部の皆さんでなくとも生徒の方と落ち着いてプライベートな時間を取れる場というのはあった方が良いと思いますよぉ?』

 『…………』

 

 

 『ま、あくまでこれは成功報酬ですので、今すぐに答えは出さなくても結構ですから、またお気持ちが決まり次第教えていただければ結構ですので~、にゃははっ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「………というわけでな──「というわけで、じゃありませんよッ!!バカなんですかッ!?」──っと、な、何ぞアコ!そんなに怒鳴り散らして!」

 

 「何でも何も、先生のバカさ加減に呆れてるんですよ!!あぁもうッ、この人はッ!」

 

 キィィッ!と半ば発狂とも見て取れる様子と声色に少し引き気味の柱間の目の前で頭を掻きむしるアコ。日頃のストレスに加えて今しがた柱間の口から語られた、良いように丸め込まれて百鬼夜行に腰を据えることとなりましたという報告に苛立ちが絶頂を迎えていた。

 元よりゲヘナらしく支配欲の高い彼女は元々アビドスの前科があるため言わずもがな柱間に対する執着は高かったわけだが、そんな彼女を以てして柱間を独占できなかったわけで、だからこそまんまと柱間が百鬼夜行に奪われたように感じ頭に血を上らせていた。

 

 「……ちなみに、もうそこに定住するので?」

 「ま、まぁ今は一応、という形でな。と言ってもシャーレの仕事があるから暫くはまちまちとなるが……」

 「なるほど……ならまだ間に合うかもしれませんね……」

 

 「ん?何か言ったか?」

 

 「……いいえ?何でもありませんよ?」

 

 そんなわけがないだろうと言いたくなるような冷たい笑顔を浮かべるアコに、困ったような顔で眉を顰める柱間。生徒の愛情を一身に受けるこの男はその自覚がありつつも、少しばかり自身に向けられる矢印の大きさに無頓着であった。

 

───現在、ゲヘナ学園風紀委員会室。

 やはり学園という枠組みはかなり大きな障壁のようで、頻繁に学区を跨ぐ柱間と違って百鬼夜行の三人は少し緊張と期待に満ちた態度でゲヘナ学園に足を踏み入れるのだった。そんな彼女らを真っ先に出迎えたのが駅前で起こったテロリストによる大爆発だったことは、また別の話である。

 

 「ただいま……って、先生じゃん。どうしたの?」

 「ん?おぉ、イオリか。いやなに、今日はシャーレでの仕事も少なくてな、空いた時間で顔を覗きに来ただけぞ」

 「ふ〜ん……あ!これ百夜堂のじゃん!食べていいのか?」

 「あぁ、オレからの土産ぞ。遠慮せず食え」

 

 柱間の言葉に喜ぶイオリが包みを一つ手に取り器用に開いて中身を頬張ると、流石に学園外にまでその名を轟かせる百夜堂の桜大福の味は本物のようで彼女が頬を赤く染めて顔を綻ばせた。

 

 「ん〜!おいひぃ〜!やっぱり仕事終わりの甘味は格別だな!」

 「先ほどまで仕事だったのか、ご苦労だったな」

 「もぉ、ホントだよ。ったく、何回牢屋にぶち込んでも反省しないその根性を別の所に活かせよな………そう言えば、今日は一人なのか?」

 「いや、当番の人間が三人ほどおる。今はチナツ付き添いで学園内を見て回っておるな」

 「ふぅん、ちなみに誰?」

 

 「ミチルとツクヨ、それに最近忍術研究部に入ったイズナだな」

 

 イズナ?と言って首を傾げるイオリ。前者の二名はそんなに頻繁に顔を合わせるわけではないものの同じシャーレ部員であるため把握しているが、初めて聞いた名前に意外そうな反応を示していた。

 

 「いずな?なんだ、前に当番で会った時は部員が云々言ってたけど新入部員入ったんだな、良かったじゃないか」

 「あぁ、二人も随分喜んでおった。イズナも趣味や夢を共有できる仲間ができてよかったぞ」

 「というか、こう言っちゃ何だが忍者趣味仲間なんて良く見つけたな……」

 「ハッハッハ!確かにな!だからこそ、繋がりを大事にせんといかんな」

 

 そこまで言って柱間が扉の方へ顔を向ける。一体どうしたのだろうとアコとイオリが心の中で呟くが、数秒遅れて聞こえてくる足音と話し声に彼が振り向いた行動の意図を理解する。時折今しがた披露した超人的な聴力のような並外れた身体能力を垣間見せることがあるが、その訳は未だ生徒達には定かでない。

 

 「先生、戻りました」

 「うむ、ご苦労だったな、チナツ」

 「ただいま戻りました!主殿!」

 「い、今しがた戻りました、先生」

 「いやぁ〜〜……は、話には聞いてたけど凄い所だね、ゲヘナって…」

 

 扉が開き、軽く首を傾けながら微笑むチナツが柱間に声をかける。彼女に労いの言葉をかける柱間に、各々帰還を報告する忍術研究部員達。若干一名は気疲れしたのか疲弊した様子でため息を吐いていた。

 

 「どうだった?ゲヘナ学園の雰囲気は」

 「皆さん大変活発で、百鬼夜行のお祭りにも負けず劣らずの賑わいでした!」

 「あー……いや、まぁ…独特な雰囲気で……」

 「良いよ、変に擁護しなくて。で、そっちの人が新しく忍術研究部に入った……えーっと……」

 

 イオリが顎をさすって名前を思い出そうと考え込んでいると、彼女の様子に気づいたイズナが前に歩み寄って大きな尻尾を振りながら挨拶を行なった。

 

 「風紀委員会の方でしょうか?初めまして!忍術研究部所属、百鬼夜行連合学院一年生、久田イズナと申します!よろしくお願いします!にんにん!」

 「お、おう(……にんにん?)………あ、すまん。風紀委員二年の銀鏡イオリだ。シャーレ部員だから仕事で一緒になることもあるかもな、よろしく」

 「なるほど!ハシラマ先生を主に据える同じ仲間というわけですね!よろしくお願いします!」

 

 彼女の言葉の端々から何かすれ違いにも近い言葉の綾を感じるイオリが心の中で気難しい顔をしたのは言うまでもないが、これも忍術研究部員のそういうノリかと心の中で勝手に納得したイオリが特に追及はせずに柱間へと話を振った。

 

 「……で、先生はこの後どうするんだ?また前みたいに部活を見て回りたいとか言うのか?」

 「いや、今回は明確に顔を出しておきたい所があってな」

 「そうなのか?そんな場所あるか?ウチに」

 

 

 

 「───万魔殿だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「───すまないな、いきなり何の連絡もなしに来てしまって」

 「───キキキッ!構わんとも!この羽沼マコト様の器の広さをみくびられては困るぞ、先生」

 

 ゲヘナ学園の最奥。

 と言っても別に皆々がその部屋を重要視しているわけではなく、何故わざわざアクセスの悪い場所に部屋を取ったのかと言えばただ単に窓から眺めるその景色と───一番の理由は雰囲気という所が大きいのだろう。兎も角厳格な空気の漂う生徒会室で、組織の長同士が顔を合わせていた。

 

 「ハッハッハ!そうか!流石にゲヘナを束ねるだけはあって度量が窺えるの!感謝しよう!」

 「キキキッ!あぁ、そうとも!この羽沼マコト様の寛大な対応に感謝するが良い!シャーレの先生よ!」

 

 面と向かってここまで素直に敬意を払われることが中々に無い彼女が気を良くして声を大きくする。確かに為政者として自信に満ち溢れる彼女の、褒められると素直に喜ぶ子供っぽい所を微笑ましく思った柱間が彼女を見つめながら小さく微笑んでいた。

 

 「───それで?そっちの三人は?」

 

 笑顔が消え、真剣な顔になった彼女の勇ましさを覚える凛々しい顔立ちで、鋭い視線を隣に向ける。やはり見てくれと威風堂々とした態度から第一印象は冷徹な指導者を思わせるには十分で、視線を受け取ったミチル達に緊張が走っていた。

 

 「いやなに、ただの付き添いぞ。三人ともシャーレの部員でな」

 「あーっと……その、百鬼夜行三年生、忍術研究部部長のミチル、です……」

 「初めまして!同じく百鬼夜行一年生、忍術研究部のイズナと申します!」

 「に、忍術研究部のツクヨです……!」

 

 「キキキッ、なるほど。つまり……───我々は同じ覇道を進む盟友となるわけか」

 

 「……はい?」

 「?」

 「あ、あの……?」

 

 悪の親玉のような悪い笑顔を浮かべるマコトがいつもの如く頓珍漢なことを言い出したため当然のように忍術研究部が首を傾げるがそんな彼女達の様子が目にも入っていないように捲し立てるマコト。既に彼女の支持率が二桁に満たない所以を遺憾なく発揮していたが、お構いなしに口を開く。

 

 「さて、先生よ!その噂は耳にしているぞ。キヴォトスに彗星の如く現れてからと言うものの、随分な大立ち回りではないか」

 「そう言われると少し複雑な気持ちぞ。貴様からの称賛を無碍にする気はないが、あくまで生徒の努力の賜物だ。褒めるならオレではなく、生徒に向けてやってほしい」

 「謙遜も過ぎれば傲慢さの現れにも見えるな。で、あれば先生よ。逆の立場として、自身の偉業を代わりに成し遂げた生徒を褒める言葉を持ち合わせないと?」

 

 「いや、そうではなくてだな。オレはシャーレの先生として───」

 

 「つまらんことを言うな」

 

 足を組むマコトがグラスに注がれた葡萄ジュースをワインのように軽く揺すりながら柱間を鼻で笑う。

 

 「シャーレの先生として、か。では貴様は立場や年齢から相対的に他人の評価を行っていると?」

 「いや、そんなつもりは…」

 「ククク、噂に名高いシャーレの先生がこれほど口下手とはな。……覚えておけ、先生よ。貴様の努力は貴様だけのものではない。それを自覚はしているようだが……だからと言って貴様の努力を認めないことには繋がらない。却って生徒の努力を否定することとなるぞ?貴様は、生徒共に成し遂げたその偉業に価値はない、とでも言いたいわけか?」

 「ぬ……」

 

 「立場が何だと言わず絶対値で評価すれば良い。この羽沼マコト様が評価に値すると言っているのだ、これ以上余計な言葉を挟んで私の機嫌を損ねるな」

 

 初めて出会うタイプの生徒に、驚きながらも心の内で感嘆の声を漏らす柱間。それは単に彼に限った話ではなく、忍術研究部の三人、特にイズナに至っては尊敬すべき道標であった大人である柱間が、言い返す言葉もなく目の前の生徒に諭されている姿に驚愕していた。それは柱間への落胆ではなく、同じ生徒としての格の差を目の前の為政者から感じ取っていたのかもしれない。

 

 「……ふむ、なるほど。勉強になった。であればこれ以上返す言葉はない。オレへの敬意、しかと受け止めよう」

 「キキキッ!賢い選択だ。生徒の前で恥をかかせるような真似をしたが、よもやその程度で思うところはないだろう?」

 「あぁ、勿論ぞ!貴様しかり、いつものことながら生徒には学ぶ所が多い。まったく、先生を名乗っておきながら不甲斐ない話よ」

 「ククッ、言葉とは裏腹に随分嬉しそうな顔をするじゃないか。別に先生が生徒から学ぶこともあるだろう。それに教師としてなら兎も角、為政者としては私に軍配が上がる。この羽沼マコト様の偉大な背中から指導者としての姿勢を学ぶが良い!先生よ!」

 

 「(……な、なんか凄く頭の良さそうな会話してるね……)」

 「(さ、流石ゲヘナの生徒会長です!勉強になります!)」

 「(わ、私はなにが何だかで全然ついていけません…!)」

 

 「故にこそ、先生よッ!私から提案だッ!私と手を───」

 

 柱間とマコトのやり取り眺める三人がコソコソと小声で言葉を交わす。間に入る余地のない、風格を漂わせる二人の会話を聞き流すように固まっていると、その緊張感をほぐすように場の雰囲気にそぐわない明るい声が聞こえてくる。

 

 「───ねーねー!マコト先輩!イブキね!──あれ?今お話し中?」

 「───いいや、そんなことないぞイブキ!どうしたんだ?」

 

 唐突に扉が開き、高校生と言うには些か無理がある見てくれの少女がダボダボの袖を揺らしながら無邪気に声を上げる。そんな彼女の姿に態度を急変させるマコトが柱間達のことなど目にも留まっていないように体の向きを変えてイブキに視線を向けた。

 

 「えっとね、クレヨンがなくなっちゃって……」

 「なにぃ!?一大事じゃないか!!聞いたなお前達ッ!直ぐ様イブキのクレヨンの捜索を……」

 「あ、違うよマコト先輩、なくしたんじゃなくてね」

 「なに?では何処ぞのバカがイブキのクレヨンを盗んだということか!?───許さんぞッ!!この羽沼マコト様自らが鉄槌を──」

 

 

 「──話はちゃんと聞いて下さい。クレヨンを使い切って単純に在庫が無くなったってだけです。はぁ……イブキのこととなると直ぐに周りが見えなくなるんですから…」

 「それ、イロハが言えたことかしら?……あら?」

 

 怒りに震えるマコトの言葉に被せるように声を発するのは、イブキの後から現れた他の万魔殿のメンバー。赤い長髪の気怠げな生徒がため息を放ちマコトを諌め、その言葉に突っ込む形で中々に豊満な体をしたピンク髪の生徒が声を上げる。

 

 「お客さんかしら?マコトちゃん」

 「ククク、何だそういうことか、そういうことなら先に言わないかイロハよ。案ずるなイブキ!こんなこともあろうかとクレヨンの在庫なら揃えてあるとも!」

 「ほんと?ありがとー!マコト先輩!」

 「キキキッ!」

 

 「……耳に入ってないわね、マコトちゃん。えっと、どちら様かしら?」

 

 呆れたようにマコトを見つめるサツキがソファに座る柱間に声をかける。自分だけ座ったまま挨拶というのも失礼だと考えた柱間が立ち上がり彼女の前に数歩歩み寄るが、立ち上がったことにより発覚する長身に少し驚いた万魔殿の二人が一歩後ずさっていた。

 

 「こいつは失礼した。……よっこいしょっと」

 「…うわ、デカいわね…」

 「サツキ先輩よりも身長高い人、久しぶりに見ましたよ…」

 

 なんならサツキよりデカい人間がこの場にはもう一人いるのだが、彼女が引っ込み思案で腰を低くし前のめりである限りは関係のない話である。

 

 「オレは連邦捜査部シャーレの顧問をやっておる千手柱間という者ぞ、よろしく頼む!」

 「…あら!貴方が!噂は聞いてるわよ、ということは…」

 「そちらの方々はシャーレの部員の方ですか?」

 

 イロハの疑問の声に答えるように、今日何度目かの自己紹介を行う三人。

 

 「えっと、百鬼夜行三年の忍術研究部部長の千鳥ミチル。んでこっちの二人は部員の……」

 「百鬼夜行一年生、久田イズナです!」

 「い、一年生の大野ツクヨです…!」

 「これはご丁寧にどうも、ゲヘナ学園二年の棗イロハです」

 「三年の京極サツキよぉ。……それで、ウチに何のようかしら?それともマコトちゃんの方から誘ったのかしら?」

 

 「いや、ただ単に生徒会に顔を出しに来ただけだったんだが……」

 

 そう言ってチラリと視線をマコトの方へ向ける。現在彼女はと言うとイブキを肩に乗せ気持ちデレデレとほおを緩めて先ほど話題に出していたクレヨンを探しているのか戸棚の中を漁っていた。

 

 「あぁ……一度あぁなったら長いですから挨拶を終えられたんでしたら日を改めた方が良いですよ、どうせくだらない話をされるだけですので」

 「随分と容赦ない言い方ぞ……一応お前達の上司ではないのか?」

 「まぁ、手放しに褒められる方ではないので……」

 「あら、勘違いしちゃダメよ?先生。こうは言ってるけど別にマコトちゃんを嫌ってるわけではないのよ?イロハも」

 「なら良いが……」

 

 フォローするサツキの言葉を否定しないと言うことは強ち嘘でもないと言うことなのか、はたまた単に面倒臭いから否定しないだけなのかは初対面の柱間には定かではない。

 

 「そう言えば、何か先ほどマコトが提案を〜とか何とか言いかけとったのだが……お前達、何か知らんか?」

 「あー……多分気にしなくて良いですよ、どうせ手を組もうとか何とか言い出すだけですから」

 「手を組む?なんぞ、別に生徒会と面識を持っておくのは悪いことでは…」

 「なに言ってるのよ先生。マコトちゃんのことよ、共にキヴォトス征服とか言い出すわ。まぁそれでも話を聞くのなら止めはしないけど…」

 

 「……う、うぅむ、まだゲヘナの生徒に対する理解が足らぬな…」

 「そりゃそうですよ。確か……先生が懇意にしているのって風紀委員ですよね?あそこをゲヘナの参考資料にしない方がいいですよ」

 

 サツキの突拍子もない話にそんなバカなという顔をするが隣にいるイロハが否定しないところを見るに嘘ではないことを理解して困ったように柱間が眉間に皺を寄せてため息を吐く。ゲヘナとは中々に交友を持ったつもりだったがまだまだ世界は広く、いつか聞いた自由と混沌という校風を思い出し道は遠そうだと心の中で呟いていた。

 

 「というわけなんで、今日はもう帰った方がいいですよ」

 「随分急かすわね、イロハ」

 「そりゃそうですよ、マコト先輩と先生の話が発展して余計な仕事増やされても嫌ですし、私も早くイブキの方に向かいたいですから」

 「それ後者───……いや、どっちとも本音ね……」

 「そうさな……今日は素直に従ってずらかるとしよう。他の所も余裕があれば見て回りたいからな。お前達はこの後どうするんだ?」

 「私達ですか?私は暫くイブキから離れられませんので…」

 「私も所用ね」

 

 「そうか、ならば仕方ない。また機会があれば落ち着いて話そうぞ。今日は世話になったとマコトに伝えておいてくれ。ではな」

 

 そう言って軽く頭を下げる柱間が忍術研究部に目配せを行うと、三人共急いで立ち上がり各々が短く別れの挨拶を行ってその場を後にする。暫くしてイブキとの交流を堪能したマコトが客人の影が消えていることに気づき、勝手に思い違いを起こして一人憤慨するが、説明するのも面倒くさいので放置され、結局勘違いの解消することのなかったマコトであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ッ!」

 「よっと」

 

 

 「いやぁ〜…にしてもよくやるよねぇ、イズナは。それに付き合う先生も先生だけど」

 「はい…!めげずに努力するイズナちゃんは凄いです…!」

 

 夕方、柱間の仮の自宅にて。

 先日撮影した動画の編集をノートパソコンで行うミチルが、現在庭先で行われている柱間とイズナの稽古を眺めながら撮影するツクヨに語りかける。二人の耳に入ってくる鳥の鳴き声と、風に揺られる木の葉の音と、かちあう金属音。勿論二人も忍者になるための努力は欠かしていないが、ミチルやツクヨはあくまで忍者というジャンルの開拓や布教に重きを置いており、またイズナほどの武闘派というわけでもないため精力的に先生との稽古に臨んでいるわけでもない。

 

 「……ふぅ〜!ちょっと休憩!」

 「あ、お疲れ様です、部長。今お茶をお持ちしますね…!」

 「あ、ありがとねー!」

 

 若干や忍術研究部の物置小屋に成りつつある屋敷の奥へと姿を消すツクヨを見送り、畳の上へと寝転ぶミチルが姿勢を変えて開かれた障子の向こう側へと視線を向ける。

 

 「………お?」

 

 「──秘技!」

 「ん?」

 

 「───爆裂手裏剣ッ!」

 

 手裏剣とは名ばかりに、クナイにかんしゃく玉を括り付けたイズナの得意技が炸裂する。クナイでの押し合いでは柱間に決定打を与えられず、痺れを切らしたイズナが距離をとっていつものように投げ付けたわけだが───

 

 「──な!?」

 「………うわ、そんなのあり?」

 

 「………ま、こうなるな」

 

 

────言うは易し、行うは難し。

 

 当然といえば当然の対処かもしれないのだが───飛んでくるクナイを手で掴み、そのまま導火線を握りしめて火を消す柱間。見せびらかすように爆裂手裏剣を手元でクルクルと回しながらイズナに忠告を行った。

 

 「爆発物は相手に辿り着くと同時に爆発するよう時間を調整しないとな。普段は銃撃戦の最中に投げているから上手く行ってるのだろうが……少なくとも、オレには通用せんな」

 「ッ、なら───」

 

 「ちょ、イズナ!?」

 

 彼女の口ぶりから躊躇する様子を感じられず、新たに懐から爆裂手裏剣を取り出す様子に焦ったミチルが声をかけるが止まらずに導火線へと火をつける。それを眺める柱間はなおも余裕の態度を崩さず、笑みを浮かべていた。

 

 「秘技───爆裂手裏け──「よっと!」──なぁ!?」

 

 「へ?うわ!?」

 

 イズナの手から放たれる、柱間との距離を考慮し導火線に火のついた爆裂手裏剣。真っ直ぐな軌道を描き、今度こそと思った矢先───柱間が放った、彼がつい先ほどまで手に握っていた得物と空中でぶつかり、金属音を立ててクルクルと宙を舞う。

 

 次の瞬間───互いにぶつかり合った、二つの爆裂手裏剣が柱間とイズナの間で小規模の爆風を放ち煙の中へと二人の姿を消した。

 

 「(また、乗せられた……!主殿はどこに……!)」

 

 ゴホゴホと咳をしていたイズナが慌てて口元を服で覆って息を止める。互いに視界の遮られた状況下で自身の居場所を知らせるようなバカな真似を自覚して息を殺すが、未だ土煙は晴れず二の足を踏んでいた。

 

 「あ、お疲れ様です───先生!これ、よければ……」

 「おぉ、すまんな、ツクヨ」

 

 「…へ?うわ!?先生殿!?いつの間に!?」

 

 

 「………へ?」

 

 霧が晴れ、爆発音に耳が慣れてきた頃、唐突にツクヨが柱間の名を呼んだ。イズナがそちらへ顔を向ければ、視界に映るのはお盆の上から一つコップを柱間に配るツクヨと、後ろを振り向き驚くミチル、そして何より二人に挟まれるように立ち尽くす柱間の姿。自身との稽古を放置して休息を取る姿に憤慨するイズナが声を荒げてクナイを突き出すが───

 

 「主殿!!イズナとの稽古がまだ───」

 「……ふぅ、今日はこのくらいにしよう。良い時間ぞ」

 

 「───え?あれ!?い、いつの間に!?そ、そんな!!」

 

 柱間がお茶を飲みながら小さく何かを掲げるが、それが自身の髪飾りであることを理解するとイズナがペタペタと自分の頭を撫で回す。しかしやはり彼が握っているのが自身の頭につけてあるはずの一品物であることを証明する結果しか得られず、ガックリと肩を落とす。

 

 「い、イズナは確かに耳を澄ませていたのに……」

 「なに、こういうことぞ」

 「え……?──な!?」

 「せ、先生!?だ、大丈夫なのですか!?その腕!」

 

 「あぁ、少々服を焦がしただけだ。肌は何ともない」

 

 柱間がそう言って自身の服の袖を見せつけると、腕の内側が裂け所々黒く焦げていた。驚き心配したようにツクヨが声をかけるが、服を捲って傷一つない素肌を見せるとホッと安堵の息を漏らす。

 

 「イズナよ、気配を殺すのではない。隠すのだ」

 「気配を、隠す……」

 「あぁ、風に揺られる雑木林の環境音に足音を消すように、自分をその場から消してくれる音や景色に自身を擬態させろ」

 「……は!ま、まさか、主殿は」

 

 「あぁ、ちぃと無理をして爆破と共に貴様の元へ突っ込んだ。流石に少し待ったがな。貴様の耳が慣れん内にコイツをいただいた、ほれ」

 「あっ……っと」

 

 振り向きながら柱間が髪飾りを放り投げ、イズナが慎重にそれを受け取る。マジマジとソレを眺めた後頭を上げると、ツクヨやミチルと言葉を交わし楽しそうに笑う柱間の姿が視界に入り悔しそうに歯を食いしばる。未だ忍びの頂は高く、足元に食らいつくことすら叶わない現状に、己を奮い立たせるのだった。

 

 「せ、先生…!今、お着替えを…!」

 「よせよせ!オレの家内かお前は!それよりも……ふぅ、この後の晩飯の希望でも立てといてくれ。ちとオレは着替えてくるからな」

 

 「はいは〜い。……で、どう?イズナ。届きそう?」

 

 「……まだまだ、遠そうです。イズナも日々欠かさず鍛錬を積んできたつもりですが、全く───主殿に追いつくビジョンが見えません」

 「そっか。でも──その割には、嬉しそうな顔してるね」

 

 「はい!今のイズナでは全く届きません!流石、イズナの主殿です!」

 

 汚泥を啜ったイズナの輝かしい顔に、小さく微笑みを浮かべて互いに見つめ合うミチルとツクヨ。新しく舞い込んだ柱間とイズナという二つの旋風が、確実に忍術研究部に良い影響をもたらすことを確信して、明るい未来を思い浮かべていた。

 

 「──よし!良い意気込みだね!これで次の動画もバッチリ!」

 「はい?次の動画、ですか?」

 「うん!次は先生とイズナの稽古を動画化しようと思っててね!」

 「……え!?い、イズナと先生の稽古をですか!?」

 「うん!あれ?嫌だった?」

 

 「いえ、その……主殿なら兎も角、イズナは未だ忍者として未熟ですので、忍びの布教としては不適では──「そんなことありません!」

 

 いつもの彼女らしくない、少し自信のなさげな様子で自身を卑下していたところ、これまた珍しく大きな声を出すツクヨ。二人の視線が集まっていることに気づいた彼女が慌てた様子で弁明を行った。

 

 「え、えっと…!た、確かにイズナちゃんは、まだ最高の忍者になるための修行中かもしれませんが……で、でも!先生が言っていました…!忍は忍び堪える者、と…!」

 「あ……」

 「その、力とか忍術とか、それも大事なのかもしれませんが……腕前が未熟だから、忍びではない、ということはないと思います…!忍びになるために努力してるイズナちゃんは……す、既に、私なんかよりもずっと立派な忍びだと思います…!」

 「こらこらツクヨ、イズナを元気付けるのは良いけどサラッと自分を卑下しないの。ツクヨも立派な忍なんだから。だよね?イズナ」

 

 「……はい!ツクヨ殿も部長も───イズナも!歴とした忍です!」

 

 ミチルの言葉に相槌を打つ形で声高らかに宣言するイズナ。その後恥ずかしそうに、しかし嬉しさを隠しきれない様子でツクヨが頬を指で掻くと、釣られてイズナも自身の先ほどの、どこか自惚れたような発言を恥じることもなく満面の笑みを浮かべる。部員達の楽しそうな様子に満足気に顔を綻ばせるミチルが、廊下から聞こえてきた足音に反応してノートパソコンを閉じた。

 

 「…すまぬな、待たせた。どこか行きたい場所は決まったか?」

 「あ!す、すみません主殿!すっかり失念しておりました…!」

 「す、すみません!私も……」

 

 「そうか、なら……ま、適当に歩きながら考えるか。取り敢えず外に出ようぞ」

 

 柱間の言葉に元気よく返事をしたイズナとツクヨが立ち上がり、外出の支度をするため一旦部屋を出る。残されたミチルがそっと柱間に尋ねた。

 

 

 「……ね、先生殿。さっきの話聞いてたんじゃない?」

 「あぁ」

 「あ、素直に認めるんだ……そこはこう、アニメとか漫画みたいにぼかすものかと…」

 

 

 「良い部員に恵まれたの。互いに」 

 

 「……ふふ!そうだね!先生殿!」

 

 

 互いに。

 

 その言葉と───部員、という単語にかけられた、忍術研究部員とシャーレ部員という二重の意味を瞬時に理解したミチルが深くは突っ込まず、ただ多くは語らないそのやりとりを客観視して、暗号のような、忍者の如き会話に喜び微笑んだ。ただ惜しいかな、一つだけ思い違いがあるとするなら、イズナとツクヨを心の内で愛でるばかりに────

 

 

 

────良い部員、の中に自身を入れ忘れたことだろうか。

 

 「……」

 「あれ?どうしたの?先生殿」

 

 「……いや、何でもない」

 

 自身を見つめる柱間の視線に気づいたミチルが首を傾げて尋ねるが、答えをはぐらかす柱間。普段天真爛漫で皆を励まし、部長として部員を引っ張る彼女がそこはかとなく見せる現実主義的なところと、心の奥底で仄めかす引っ込み思案な姿。

 

 「(……今は聞かなくても良いか)」

 

 そんな彼女に今は深く詮索することもなく話を流す柱間が、帰ってきた二人と合流してその場を後にする。

 

 忍術研究部、その新たな歩みは始まったばかりであった。

 

 

 

 

 

 

 




ご清覧ありがとうございます!
何だか話の内容的に桜花爛漫の延長線上みたいになっちゃいました……
後一、二話書いたらパヴァーヌに移りたいと思います!
それではまた次回

感想、評価ありがとうございます!
活動の励みになります!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。