─────焦燥感。
「…………」
今、表面上は穏やかな笑みを浮かべつつも、全く笑っていない冷たさを覚える瞳でティーカップを手に添える少女の心境を表すのならソレだろう。
「(……迂闊だった。アビドスの件でリードしている所に百鬼夜行の強硬策。内心焦りが生まれていたことは否定できません。しかし──)」
ティーパーティー、桐藤ナギサ。
この博愛の精神の元に成り立つトリニティ総合学園のトップに立つ三席の一角。普段ならば余裕を持った表情で一切の動揺も見られない彼女が、小さく下唇を噛むその所作だけで心の荒れ様が分かるというもの。そんな彼女の心の内に激しい荒波を立てるのは───対照的に、深い笑みで口を開くシスターの姿。そんな彼女の圧をはらんだ一言が、更に深くナギサを焦らせた。
「───えぇ、大変実りのある会話でした───先生との会談は」
「……そうですか、それは何よりです」
────シスターフッド。
それは、トリニティ総合学園に存在する最大の信仰団体。歌住サクラコをその頂に置き、慈善活動に勤しむ中立組織である。そのトリニティの謳う慈愛の精神を遺憾なく発揮する彼女らの前身に当たる組織はユスティナ聖徒会と言い、今のシスターフッドからは想像もつかない強大な権力を有し暴力行為も厭わない、謂わば暗部のような組織であったが───時は経ちその危険性も風化したものの、その禍根というべきか、未だに彼女らが発言権を有しティーパーティーを前にして一大派閥と呼ばれる所以はそこにあるのかもしれない。
そんな、善の精神により支えられた彼女らの拠点とも言える大聖堂にて、目を閉じ祈りを捧げる少女が一人。その誠実さが外面にも現れているような、白い肌と髪を携える清らかな乙女が、目を閉じ両の手を組み一心に首を垂れていた。
「……………」
静寂に包まれる境界内で、微動だにもせずただただ神に祈りを捧げ続ける少女。シスターフッドの長として、人に言えない話の一つや二つ、なんてものではない。時には表沙汰にできないような……他人に聞かせることも憚られる話もある。その度に心を曇らせる彼女が───故にこそ、増して信仰は深く重いものとなるのだ。
日々に安寧があらんことを。
「……………ふぅ。………おや……?」
祈りを終えた彼女がゆっくりと立ち上がり小さく息を吐く。本日の祈りを終え、他のシスターフッドの見本となるべく本日も業務に勤しもうとしたところ、大聖堂の重く大きな扉が開き微かな風と日光が聖堂内に入ってくる。小さく振り向くサクラコが、他のシスターフッドの人間かと考えたものの、どうやら床に伸びる影からその人物が礼装を纏っていないことに気づき、客人であることに気付いた彼女が小さく微笑み姿勢を整える。
「(こんな朝早くから珍しい……懺悔か、カウンセリングをご所望でしょうか……?何はともあれ……)」
外から差し込む逆光によって来客の体が黒く染まり、その顔色を窺うことは叶わないが辺りを見渡しその圧巻の景色に感嘆の声を漏らしているところをみるに初めて大聖堂へ訪れるといった様子で、そんな彼か彼女かを警戒させないよう柔和な笑みを浮かべるサクラコが口を開く。
「……ようこそお越しくださいました」
「ん?」
「ここはシスターフッドの大聖堂、遍く迷える子羊へ、その手を差し伸べることを惜しみません。……本日はどのようなご用件でしょうか?」
自身では渾身の立ち振る舞いで安心感を与えるため微笑んだつもりだが、この所作を行う度にサクラコ自身に不安がよぎる。というのも理由は分からないが何故かシスターフッド内外に関わらず変な誤解を生み距離感が生まれてしまうことが珍しくないのだ。だからこそ、初対面の人間のシスターフッドの印象を悪くしてしまわないかと心配になるのだが───
「いや、すまぬな。別段その……しすたぁふっど、とやらに用があったわけではないのだ、少しトリニティに用事があって時間が余ったからの。そのついでに色々見て回っとっただけなのだが……」
「おや、そうなのですか?」
「あぁ。それよりも何か作業中だったか?邪魔してすまなかったな」
「いえ、お気になさらず。困った方の手助けこそ、シスターフッドの本分ですので。……っと、失礼いたしました。私、僭越ながらシスターフッドの長を務めさせていただいております、歌住サクラコと申します」
そういって微笑みながら首を小さく傾けると、その親しみを覚える所作に釣られて微笑んでしまう柱間。その温和な態度は既に癖とも言えるほどにサクラコ自身に染み付いたものではあるのだが、強ち彼女自身も柱間と同様に目の前の人物に当てられていたのも嘘ではなく、久方振りにこうして何の疑念が介在することもない会話を外部の人間としたものだと満足そうに笑みを深めていた。
「お、これはすまぬな。オレは連邦捜査部シャーレの顧問をやっておる、千手柱間ぞ!」
「……あ!貴方が……!初めまして、千手柱間先生。シャーレ、その噂はかねがね聞いております」
「と言ってもオレだけの力ではなく、手伝ってくれた生徒の努力の賜物ではあるがな」
「ふふ……話に聞いた通り謙虚な方なのですね」
「まぁ、先日それで謙虚すぎると叱られたばっかりだがな!ハッハッハ!」
「ふふ…!」
大聖堂という神聖で高潔な場に似つかわしくない、大の男の豪胆な大笑いに、しかし何故か不快感はなくそれどころか釣られて笑みをこぼすのは歌住サクラコその人。彼女に限らず千手柱間という人物は、勿論大人の男性という点もそうなのだがやはり裏表のない善性というのがトリニティで上に立つ人間にはあまり縁のないもので、だからこそ同じく人々の安寧を心より願うサクラコという人間───延いてはシスターフッドに高い親和性があるのだろう。
「しかし……立派な建造物だな。浅学故オレはこういった類のモノに詳しくはないのだが……」
「ここは私達シスターフッドが祈りを捧げる神聖な場であることは勿論、懺悔室で悩みを聞いたり、カウンセリングを行うこともあります。悩める人々の拠り所でもあるのです」
「なるほど……」
「先生も、何かお悩みがあればお聞きしますよ?生徒だからと遠慮なさらず、気軽に申してください」
そういって、満面の笑みで語りかける彼女の姿に満足げにほおを緩める柱間が、さてどうしたものかと顎に手を当て考え込む。特段悩みなどなく、本当にただ立ち寄っただけで話もないのだが、かといってこの場で彼女の善意を無碍にするのも悔やまれる。ならばと顔を上げた柱間が口を開いた。
「……そうか。であれば悪いが一つ頼まれてくれるか?」
「はい、何なりと」
「これで全部でしょうか?マリーさん」
「あ、はい!ありがとうございます、ヒナタさん。…ふぅ」
シスターフッドの物品の運搬を終えたマリーが小さく息を吐き呼吸を整える隣で、流石の怪力を有するヒナタが全く疲れた様子も見せずシスターの名に恥じない笑みを絶やさずニコニコと笑っていた。
「お手伝いいただき感謝します、私一人ではかなり時間を要してしまったでしょうから…」
「いえいえ、お気になさらないでください!お役に立てたようで何よりです!……あ…!」
「?どうされたのですか?ヒナタさん」
「いえ……あちらに」
ヒナタが小さく首を傾げる様子を見てマリーがその視線を追うと、その先には見慣れた我らがシスターフッドの長、歌住サクラコの姿。人前で少しも疲れた様子や困った顔も見せず、不安を与えるなかれとお手本のようにシスターフッドとしての在り方をその身で証明する尊敬すべき上司の姿に変わった所はないのだが、その側にトリニティはおろかキヴォトスでは中々見慣れない大人の男性の姿。
「彼方の方は…?」
「どなたでしょうか……随分楽しげな様子ですが、サクラコ様のお知り合いでしょうか?」
ヒナタとマリーが互いに言葉を交わしながら考察を行うがやはり思い当たる所はなく、おまけにこう言ってはなんだがシスターサクラコの外部の人間に対する受けは何故かあまり芳しくない。少なくとも今見せている、屈託のない笑顔で互いに笑い合える仲など少なくとも二人の知識の中のサクラコから聞かされたことはなかった。
「……あ!ば、ばれちゃいました…!ぶ、不躾だったでしょうか…?」
「……手招き、されてますね…?お邪魔してよろしいのでしょうか…?」
あまりにも見つめすぎたせいか、流石に距離があると言ってもどうやら自分達の視線に気づいたようで微笑み初対面ながら小さく手を振る男性と、そんな彼の様子を見てから視線を追うようにして自身の学友の姿に気づいたサクラコが二人に微笑みながら小さく手招きをする。折角の二人の輪の中に入って良いものかと一瞬考え込む二人が、しかしここで断りサクラコに恥をかかせることはないだろうと彼女の好意に甘え歩み寄る。
「…おはようございます、サクラコ様」
「お、おはようございます…!」
「えぇ、お二人とも、おはようございます。朝からお仕事ですか?精が出ますね」
近くまで歩み寄ると、普段の様子で二人に挨拶をして労いの言葉を口にするサクラコ。やはりこうして近くで言葉を交わしてみても彼女が上機嫌であることは疑いようがなく、そこまで彼女の心を和らげる隣の男性は誰だろうかとそちらへ話題を移す。
「サクラコ様、こちらの方は…」
「ん、すまぬな、自己紹介が遅れたの」
「あ、いえ…!」
「連邦捜査部シャーレ、その顧問をやっておる千手柱間ぞ!よろしくの」
首が痛くなるほどの長身の男が名前と所属を名乗り、握手を求めるように手を差し出す。その手を反射的に握る二人が、あっ、と小さく声を漏らす。遠目に見てもトリニティらしくない彼はどうやら最近世間を騒がせているその人のようで、シャーレの名前を聞いた途端二人が目を少し見開いて驚いたような顔をする。
「!シャーレというと……」
「あ!聞き覚えがあります…!たしかサンクトゥムタワーと、先日はカイザーの件が大々的に取り上げられていたような……まさか、シャーレの先生とは……」
「うぅむ、こういう話をする度に、なんだが生徒の成果を横取りしたような気分で居心地が悪いの……」
「あ、えと、す、すみません、何かご不快にさせてしまいましたでしょうか…?」
「あぁいや!すまん!何でもない。二人もその礼装を見るにシスターフッドか?」
元よりシャーレの先生という言葉から分かっていたことだが、シスターフッドかどうか尋ねる彼の発言からやはり彼がトリニティに深くない外の人間であることを証明していた。同時に、彼の言葉に未だ自己紹介をしていないことに自身の失態に気づいた二人が慌てて頭を下げて名を名乗る。
「あ…!こ、これは失礼いたしました!私、トリニティ総合学園一年生、シスターフッドの伊落マリーと申します!」
「お、同じくトリニティ総合学園三年生、シスターフッドの若葉ヒナタです…!」
「ハッハッハ!別に多少名乗りが遅れたくらいでそう身構えんでくれ!オレが悪いことでもしたみたいぞ!」
「あ、し、失礼しました…!えっと、お二人は今何を…?」
「いえ、先生がこの機会にトリニティを少し見て回りたいと仰るものですから、少々案内して差し上げていたのです」
その言葉に納得と驚愕が半々のシスターフッドの二名。別にその案内自体はシスターフッド然とした真っ当な行いであるのだが、シスターフッドの長が案内係という何とも贅沢な行いとその見慣れない光景を想像して驚いていた。一瞬、シャーレの先生の案内係という重役に、自分達の与り知らないところで彼女が抜擢されたのかとも思ったが、随分リラックスした様子の彼女の顔を見るにその線はなさそうだ。
「なるほど、サクラコ様が…いかがでしょう、先生。トリニティを見学されたご感想としましては」
「何度か来たことはあったが、やはり静かで良い場所ぞ。他の学区にはない、落ち着いた心の安らぐ印象を受けるの」
「そうおっしゃっていただけると、私たちシスターフッドもトリニティの一学生として嬉しい限りです」
柱間のお世辞のようにも聞こえる当たり障りのない言葉を世辞と疑うことすらせず素直に感謝を述べられるのがやはり彼女らシスターフッドの善性なのだろう。彼女らの胸中を満たすのは彼の言葉に関する安堵と誇り。シスターフッドとして望む安寧を外部の客人がそのままに感じ取っていられることに嬉しさを覚えるのだ。
「のぉサクラコ、良ければ二人も誘いたいのだが…」
「えぇ、良いお考えかと。勿論二人が了承してくだされば、ですが」
「「?」」
そんなふうに心の内で満足感を得ていると、どうやら自分達二人を話題に上げて何か言葉を交わすサクラコと柱間。了承という言葉から察するに何かシスターフッドへの頼み事かと推測していたマリーにサクラコが思いがけない言葉を口にした。
「シスターマリー、シスターヒナタ。この後お時間あれば先生とご一緒にお茶でもどうでしょうか」
「「……はい?」」
「……まさか、そんなことがあったとは…」
「まぁ、ざっくりと言えばな。全く、意気揚々と出たくせに結局生徒に尻拭いをさせて情けないことこの上ないの!ハッハッハ!」
「いえ、そこに生徒達が集ったのは先生の意思があればこそ。ともすればそうなることは必然だったのでしょう。全て先生のご尽力があればこそです」
「サクラコ様の仰る通りです…!生徒のためにその身一つで危険も顧みず……素晴らしい心意気かと…!」
シスターフッドの大聖堂近く、彼女ら御用達の中庭にて設置された小さなテーブルを囲い、四人が腰を下ろして言葉を交わす。どうやらマリーとヒナタが声をかけた時点でサクラコの案内という仕事は既に達成されており、今度はどこか腰を下ろして話をしたいという要望が柱間から出ていたらしい。こうして面を合わせて言葉を交わす彼女らが、真っ先に食いついたのはやはり記憶に新しいアビドスでのカイザーの件だろう。アビドスは兎も角、カイザーコーポレーション自体はブラックマーケットを通じてトリニティ生にも実害が出ており、かのティーパーティーでも目を光らせていた企業であるため、彼女らシスターフッドの関心もよっていたのは違いない。
「しかし……先生はキヴォトス外の人間と聞いております。その勇敢な行動を否定する気はございませんが……」
「あぁ、似たようなことを他の生徒にも言われたの。あぶなっかしいと」
「そう言えば、本日はお一人でしょうか?供回りの方などはお見えになられませんが……」
「一人だな、今日は空いておる生徒がいなくての」
「その、ご無事でしたか…?トリニティは正義実現委員会の皆さんの尽力もありそこまで治安が荒れているわけではありませんが、やはり先の話題に上がったブラックマーケットから流れてくる方達もおりますので、完全に安全とは言い難く……」
ヒナタが不安そうに声を漏らす。ゲヘナのテロリストや百鬼夜行の魑魅一座のように目立った不良集団やテロリストがいるわけではないトリニティだが、それでも彼女が言ったようにそういう暴力沙汰が皆無というわけではない。勿論比較的治安の良さが売りであることは間違いないのだが、それでも非武装の、それもキヴォトス外の人間が一人で出歩いて安全を保証できるものでもない。だが、そんな懸念など目の前の男の眼中にはないようで彼女らの懸念を鼻で笑うかのように笑い飛ばす。
「なに、全くの無策というわけではないさ、安心しろ」
「そう、ですか?……その割には、随分軽装に見えますが……」
「……マリーの言葉で今しがた気づいたのですが……先生は、銃を携帯されていないのですか?」
「あぁ、銃は持っておらん。シャーレと自宅にもな」
「えぇ!?よ、良いのですか!?」
再び、ヒナタが心配そうに眉を八の字に曲げて柱間に声をかける。余談だが、このキヴォトスにおいて銃を持ち歩かないことはどうやら程度の差はあれど非常識的なことらしい。とある生徒は全裸で街中を練り歩くよりもおかしいことだとか。勿論そのままの意味で銃を携帯していないイコール裸族という奇怪な目で見られるわけではない。ただここで考慮すべきは、安全面という点から考えれば柱間の身の上を考えると自殺行為だということだろう。
「構わん。持っていたとして使うこともないだろうからな」
「その、少し楽観的ではないでしょうか?あまり過去の話を蒸し返すものでもありませんが、事実アビドスで先生の身に危機が迫ったわけですから……最低限の武装はしておくに越したことはないかと」
「あぁいや、別に楽観視しているわけではない。こう言っては何だがアビドスの件抜きにしてもそういうことに関わることはシャーレの仕事をこなしていれば少なくないからの」
彼の言葉に益々理解が追いつかなくなるシスターフッドの三人。どうやら彼はシャーレの仕事を通して自身の身に危険が迫ることを理解した上で銃の携帯を拒んでいるらしい。
「では何故…?」
「単純に、生徒に対して武器を向ける気はないからな」
さも当たり前かのように発する言葉に、圧倒され───心の中で己を恥じたのはサクラコかマリーかヒナタか、それとも全員か。これは単に文化の違いという他ないのだが平和を謳う彼女らを以てして、武装の放棄という言われれば尤もな行動を実践する大人を前に、それを問い詰める形で言わせてしまった己を叱責していた。そんな彼女らの姿に気づいた柱間が慌てて弁明を行う。
「あぁ、勘違いせんでくれ!これは単に文化の違いぞ。オレはキヴォトスの外から来てな、銃……というものはあるにはあったが少なくともオレとは縁遠いものだったしここまで身近なものでもなかった、自衛にと手渡されても困るだけぞ。先の発言にお前達を非難する意図はない、勘違いさせてすまぬな」
「え?あ、い、いえ、こちらこそ失礼いたしました」
「……し、しかし、アビドスでのカイザーの件しかり、相手が生徒とも限りません。やはり持っておいて損はないのでは……」
柱間の弁明を前にして、それでもしつこく銃の携帯を促すのは偏に柱間の身を案じるマリーの優しさからだろう。だからこそ柱間も彼女の言葉に微笑み頭を撫でるのだが、そんな彼が感謝を述べながら、それでもなお否定を口にする。
「ありがとう、マリーよ。オレの身を案じてくれているのだな」
「は、はい……い、いえ、強制するわけではありません、出過ぎた真似を…」
「いや、お前の気持ち、嬉しく思うぞ。───その上で、やはりオレに銃は必要ない。お前の気遣いを無碍にするようで悪いな、マリーよ」
「い、いえ、問題ありませんが……その、差し支えなければ理由をお聞かせ願えますか…?」
ゴツゴツとした硬い皮膚による優しい愛撫に身を委ねながら、恐る恐るといった態度でマリーが口を開く。短い邂逅ながら彼が温和で優しい人物であることは分かっているのだが、それでもこれだけしつこく同じことを尋ねる自身に怒りを表明しないだろうかと要らぬ心配を抱いていたが、そんな彼女含めシスターフッドに再び衝撃が走った。
「なに、使う気がないにしても生徒を前に銃を握りたくはないのだ」
「────」
「互いに腹を割り抱擁を交わそうと胸を広げたその懐に、刃を抱えていたくはない」
「──……なんと」
サクラコが、その場の皆の言葉を代弁するように言葉を漏らす。
シスターフッドの彼女らを前にして一瞬煽りとも取れるその発言は、しかし彼の先ほどの快活な笑みとは異なる、空を見上げて何か思い耽る様子に一瞬でも彼の発言を訝しんでしまった自身の心を恥じる三人。
「しつこいようだがあくまでこれはオレ個人の話ぞ。他人に強要するものでもなければ間違ってもお前達の在り方を否定するものでもない。それだけは分かってくれ」
「……申し訳ありません、気を遣わせてしまい」
「それはオレのセリフぞ。それにカッコうつけたが……オレもシラフでそんなことを吐けるほど綺麗な人間でもないからな」
表情の二転三転する柱間。
自身を見上げる三人の眩しい視線に耐えきれなくなったのか、彼が反射的に脳裏に浮かべるのは親友と決別したあの瞬間。それを抜きにしても戦争を通し多くの者を手に掛けた彼が、今更清廉潔白のような態度で敬意を抱かれて良いはずがない。甚だしい勘違いを自身に向ける清らかな乙女達の瞳に居心地の悪さを覚える柱間が自嘲気味にそんなことを考えるのだが、無意識の内に自己嫌悪が顔に現れていたのか気付けば不安そうに自身を見上げる三人の少女達。いかんいかんと顔を揉みほぐす彼が元の笑顔を取り戻し三人に笑いかける。
「なに、兎も角オレのことなら気にするな!もしオレの発言に何か思うところがあったのならそれは見当違いぞ。善行を他者と比較するものでもない。お前達はお前達シスターフッドの在り方を損なわぬようにな」
「……はい。そのお言葉、しかと胸に刻みました」
「そ、そこまで重い話でもないのだがな」
「……その、先生」
「ん?どうしたマリーよ」
尚もぎこちない空気の流れる場にしまったなという表情を隠せない柱間が困ったように顎をさすっているとマリーが遠慮がちに口を開く。その、どこか距離感を覚える反応に少しショックを受ける柱間が何でもないように立ち振る舞い穏やかな顔で尋ねると、やはり気になるのは先ほどの自分のことらしい。
「……何かお悩みがあるのであれば是非お聞かせ願えればと」
「悩み?どうした突然」
「……その、私の勘違いでなければハシラマ先生が何か思い悩むような顔をされていたので……であればこそ私達の本分です。シスターフッドを頼っていただけないかと」
「マリーさん…」
その言葉に純粋に嬉しさを覚えて微笑む柱間が何も言わずに彼女の頭を撫でる。先ほどまで柱間の表情を窺い何処か不安そうな顔をしていた彼女が何故今は穏やかな笑みを浮かべるのかと言えば、それは彼女自身が口にした柱間の"思い悩む顔"が理由だろう。懺悔しかり、相手の話を聞く自身が不安そうな顔を浮かべていては安心感を与えることはできない。身に染み付いたシスターとしての癖が彼女に笑顔を宿していた。
「優しい子だな、お前は」
「い、いえ!これくらいはシスターとして当然のことですから!」
「ただ、ソイツはまた今度にしよう。オレの話ばかりでなく、お前達のことも聞きたいの」
そういうと、少し悲しそうな顔を一瞬見せるマリー。仕方ないと言えば仕方ないのだが、やはり初対面の邂逅でそこまで踏み込んだ事情を聞かせてもらえるほどの信頼を得ることは叶わず、目の前の男性に頼ってもらえないという自身の不甲斐なさを恥じていた。しかしだからといってソレを相手にこれみよがしにアピールするのはあってはならないことで、崩れそうになった表情をグッと堪えて思考をポジティブに持っていき、再び笑顔で語りかける───の、だが。
「……わかりました。確かに先生にばかり質問責めというのも失礼な話でしたね!では───「心配するな、マリー」
「お前のことは信頼している。ただもう少し大人でいさせてくれ。頼ることと依存することは別ぞ。オレはまだ頑張れる」
「……先生」
「だから───ちぃと疲れたその時は、遠慮なくお前達を頼っても良いか?」
「……!──はい!その時は是非…!」
「ふふ…!サクラコ様……」
「えぇ……正しく、先に生きる方です……」
柱間の言葉を聞いたマリーの頬が赤みを帯び、嬉しそうに顔を綻ばせる。いつの間にかカウンセリングの立場が逆転していることに気付きながらも、彼女の友人達は二人の微笑ましい光景をただ眺めるだけで無粋なツッコミは行わない。
「……ふふ、では先生、まず何のお話からいたしましょうか」
「ん?そうさなぁ、じゃあ───」
タイミングを見計らったサクラコが口を開くと、サクラコの計らいに感謝しつつ話題を切り替え雑談に花を咲かせる一行。当たり障りのない、なんてことはない普通の会話に、それでも三人が今日のささやかな出会いに感謝を忘れることはない。
それはシスターフッドの日々の努力と祈りに対する、ささやかな神からの贈り物だったのかもしれない。
「───というわけで、先生は私達シスターフッドにも随分興味がおありのようでした」
「……そうですか」
────そして現在。
シスターフッドの歌住サクラコが先生と邂逅したという情報を耳にしたナギサが急遽ただの会談という体でサクラコを呼び出し話を聞いている最中である。
「(……まさか、シスターフッドがこうも積極的に動くなんて。何故このタイミングで)」
「……えっと、ナギサさん?」
「…いえ、失礼しました。それにしても、先生がトリニティに来ていたとは。であればティーパーティーとして私が丁重にもてなすべきでした、申し訳ありません」
「(……セイアさんの件もあり、心身共に疲弊しているナギサさんにあまりご負担はかけられませんね。特にシャーレの歓待ともなれば体裁を気にするナギサさんは余計に神経を擦り減らしかねない)」
ナギサの言葉に怪訝な表情を浮かべるサクラコが、どうにもナギサからすれば何かを企む知恵者のそれにしか見えず、少しした後サクラコが顔に暗い影を落としながらナギサに微笑みかける。
「……いえ、お気になさらず。ナギサさんも多忙の身でしょうから───今後も、先生のご歓待は我々シスターフッドや正義実現委員会にお任せいただければと存じます」
「……そうですか、お気遣い感謝いたします」
────なるほど、
勘違いを加速させるナギサが顔に張り付けた仮面の下で、悔しさを滲ませる。自身の監視下ではシスターフッドはアクティブにシャーレへの関与を臭わせる動きは見せておらず、だからこそ自然な体で利害関係なく先生と繋がりを持ったことは彼女らに大幅なリードを許してしまったことになる。表面上では中立の彼女らも、トリニティの問題に関してシャーレを通じてこれまで以上に発言権を有することも捨てきれない。それに先生とシスターフッドの繋がりが強固になればなるほど、連邦生徒会の視線も変わってくる。
「(やられた……!あらゆる自治区に関与する先生のことばかりに目が行き、他の自治区の動向ばかりに目を光らせていましたが、まさかトリニティ、ない、に………)……───?」
「……あの、ナギサさん?大丈夫ですか?何やら先ほどから様子が……」
「───い、いえ。問題ありません」
「はぁ…?」
心配そうに自身を見つめるサクラコを小さく手で制止するが、どう見ても大丈夫そうには見えない鬼気迫るナギサの表情を不安そうに眺めるサクラコ。そんな彼女が何故そこまで表情を歪めるのかと言えば───形容しがたい、妙な気持ち悪さ。
「(トリニティ、ない、トリニティ内………何か、何か引っかかる……)」
ネタを言ってしまえば、まぁ当然の如く再び彼女の変な深読みが炸裂しているだけだが───彼女の、現在の心境を思えば無理からぬことなのだろう。それほどに混乱を加速させるほど、ナギサを取り巻く環境というのは最近になって激変してしまった。そんな、平時ではない彼女が小さく唇を噛みながら心の中の気色悪さを解消しようと必死になって考え抜き───目を見開く。
────我々シスターフッドや
「────」
「……えっと、ナギサさ───「サクラコさん」あ、はい。何でしょうか?」
「もしや、貴方も、シャーレの……?」
「あ、はい。僭越ながら、私とシスターマリー、シスターヒナタと共に本日付でシャーレの部員となりました。と言っても多忙の身故、あまり先生のお世話に向かえそうにはないのが心残りではあるのですが……」
────やられた。
彼女のポーカーフェイスが崩れたことに、サクラコ自身が気づいていなかったのは不幸中の幸いだろう。
自治区を問わない連邦生徒会直下の連合組織にシスターフッドが加入した、それがどう問題なのかと言うと前述の話もそうだが、何より不味いのはシャーレという場を通してシスターフッドと正義実現委員会、この両名がティーパーティーの目が届かない場所で密会できてしまうという事実。現状シスターフッドとは違い正義実現委員会はあくまで風紀委員として生徒会であるティーパーティーの直下の組織であると言える。ただそんな彼女らが完全に指揮下にあるのかと言えばそうではない。それは組織の名前にも表れている通り何とも自我の強い生徒達が集まっている組織なわけで、良い意味で信念はあるのだが、それがさて掌握という話になると大きな足かせとなる。何ならトップがあれだ。もしもの時は命令と自分の意思、どちらを優先するか分かったものではないだろう。
「……あ、すみません。もうそろそろお時間なので失礼させていただきますね」
言うべきことは言い終えたとでも言いたげに───全然そんなことなく言葉通りの意味なのだが───その場を後にするため立ち上がるサクラコ。彼女を引き留める言葉も思い浮かばず、ナギサが当たり障りのない言葉をかける。
「……そうですか、本日はありがとうございました」
「いえ、こちらこそありがとうございました」
「次があれば、その時は先生も交えてお話ししたいものですね」
「……はい、次があれば、是非に」
「それでは」
最後まで、余裕の笑みを絶やさず踵を返しその場を後にするサクラコ。彼女の姿が見えなくなったところで仮面を外し、眉間にしわを寄せるナギサが必死に思考を凝らす。最後に先生の名を挙げた彼女の発言の隠された意図を探るため。しかし、当然というべきか、正常な思考を失った今の彼女にその答えを得る術は、ついぞ持ち合わせていなかった。
だって、隠された意図などないのだから。
ご清覧ありがとうございます!
今回はシスターフッドのお話でした。
平和主義の彼女らはかなり柱間とも相性が良さそうだという印象です。
次回からおそらくパヴァーヌ編となります。
こちらも多分オリジナル展開になると思いますのでダレないように頑張ります!
それではまた次回
感想、評価ありがとうございます!
活動の励みになります!