Hashirama Archive   作:アテナ18号

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覚醒

 

 

 

 「……ま、撒いた……?」

 「……というよりは、追跡をやめたようだの……」

 「よ、よく分かんないけど助かったぁ……!」

 

 とある工場内に逃げ込んだ柱間一行が通路に身を隠しながら外の様子を窺うと、どうやら自分たちを追ってくるロボの足音が遠ざかっていくようで、理由は分からないまでも取り敢えず危機は去った事実にホッと安堵の息をついた。

 

 場所はミレニアムの廃墟に聳える一棟の工場。

 

 柱間の警戒の元順調に歩を進めていた六人がとあるトラブルにより会敵してしまい、一向に終わりの見えない敵影に痺れを切らし、逃げるように工場内へと飛び込んだ。生徒達に指示を出しつつ道を進んでいた柱間だが───いつのまにか、こちらへと飛んでくる銃弾の数が減っていることに気づいて様子を窺っていた所、先の会話へとつながる。

 

 「ご、ごめんみんな!(あたし)が大声で叫んだばっかりに…!」

 「ぶ、部長は悪くありません…!わ、私も同じ状況なら声を出しちゃってたでしょうから…!」

 「そうそう!それに良いものも見れたしね!──その大役、この千鳥ミチルが請け負った!だったっけ〜?」

 「うッ!あ、あれは…そ、そにょお……」

 

 落ち着きを取り戻したモモイが、早速とばかりにミチルを弄り倒す。今の今まで切羽詰まった状況に置かれていたことにより忘れていた羞恥心が込み上げてきたのか、顔を赤く染めて手を右往左往させる彼女が、目を泳がせて追及から逃れようとするのだが、結局モモイの追及が止むことはなく、しばらく彼女にいじり倒されていた。

 

 そんな折。

 

 「……それと、ありがとうね、今更だけど」

 「へ?え、えっと、な、なにが?」

 

 ニヤついていたモモイが唐突にしおらしくなり感謝を述べたことに素っ頓狂な顔をするミチルが小さく首を傾げる。勿論この廃墟探索のことであれば彼女の言葉通り今更な話で、ここで改まって言うことには何か別の理由があるのかと推察していた所どうやらその推理は当たっていたらしい。

 

 「ほら、さっきの……ゲーム開発部の子たちの為にもーってやつ」

 「……あ、あぁ〜……は、はは……あれねぇ〜」

 

 乾いた笑いを上げるのは、気まずさからと言うよりも否が応でも話題に上がれば思い出してしまう先の柱間とのやり取りに、未だ羞恥心が燻っているからだろう。先ほどよりも若干や収まってはいるもののまだ顔に赤みを帯びており、目線を逸らして頬を掻いていた。

 

 「別に最初っから疑ってたわけじゃないんだけどさ。本人の聞いてないとこで言ってるの見て……私もちょっと、助けてもらってるって自覚が足りてないなって思ってさ」

 「い、いやいや!こっちが勝手に手伝ってるだけだから!」

 

 「……ユウカとの部室でのやり取りと言い、なんでミチルさんはウチのことをここまで気にかけてくれるんですか?」

 

 モモイの背後からヒョコッと身を乗り出し、機嫌を伺うように慎重に尋ねるミドリに、やはりと言うべきか困ったように返事を濁すミチル。それは単に回答に困ったと言うのもあるが、加えて自身の謂わゆる思い遣り、という感情の類を言語化して口にすることに抵抗感を覚えたからだろう。

 

 

 「忍術研究部は正式な部活として認められていないからだと思います」

 

 そんな彼女の気持ちを知ってか知らずか、いつになく冷静な様子でイズナが声を上げた。

 

 「い、イズナ?」

 「えっと、そう言えばそうだったね。忍術研究部は非認可だって……」

 

 「はい。忍術研究部は日々活動を行って忍者に関する布教や修行を行っています!と言ってもイズナはまだ足を踏み入れたばかりの新参者にすぎませんが……それでも、必死に活動に励んでいます!」

 

 そう目を輝かせながら語る彼女の耳がピコピコと跳ね、尻尾が大きく左右に触れる。そのどこか小動物的な愛らしさを覚える彼女が、必死になって言葉を続けた。

 

 「でも、悲しいことに未だ正式な部活としての承認は得られず……それでもめげずにイズナとツクヨ殿と部長の三人で活動しております!」

 「う、うん。頑張ってるね……?」

 

 「……つまり、正式な部活であるということは、誰かに認められたという何よりの証拠なのです」

 

 今の彼女の言葉を聞いて、あっと小さく声を漏らしたのは姉妹の片割れのどちらだろうか。

 

 「イズナ達忍術研究部の活動の一つは、忍者というコンテンツをもっと広めることです!ですが未だに良い反応が得られず………少なくとも、部活とし認められる活動ではない、という評価なのが現状です」

 

 「………今まで部活として存続してきたゲーム開発部のお二人にとっては当たり前のことなのかもしれませんが、公認の部活である時点で誰かに評価され認められているということです!イズナは、それは凄く尊敬すべきことだと思います!」

 

 興奮気味に両手を握り締め胸元へと持っていき、前のめりになって語る彼女の圧に気圧されると同時に、しみじみと彼女の言葉を噛み締めるゲーム開発部の二人。柱間にも似た彼女の裏表のない態度が言葉に世辞を感じさせず、素直に頭の中に入ってきていた。

 

 「……そして、イズナなんかよりも何日も何日も、何ヶ月も、ずっとずーっと!……誰かに忍者を認められる為に、部活動を頑張ってきたのが部長です。だから────人一倍、その努力が分かるのだと思います!だからこそ、一度部活として認められたモモイ殿とミドリ殿の頑張りが、ここで潰えないように応援しているのだと!そうですよね!部長!」

 

 「へ!?え、いや、それは、その……」

 

 まさかいきなり自分に話が振られると思っておらず、驚いたミチルが言葉を濁すがその言葉にならない言葉が何よりの回答だったようで、モモイとミドリが少し恥ずかしそうにしながら、それでいて嬉しそうに微笑んでいた。

 

 「も、もぉ〜!買い被りすぎだってぇ!……で、でも、そっか。……良し!ミドリ!何としてもG.bibleを見つけてミレニアムプライス、入賞するよ!」

 「……うん、そうだね、お姉ちゃん」

 

 照れたようにモモイが頭をかきながら、気合いを入れ直す為に自身のほおを揉んで緊張をほぐし啖呵を切ると、いつもなら彼女の無謀な発言を呆れて咎めるミドリが珍しく彼女の言葉に同調する。そんな、二人の様子を眺めていたミチルがやはり上級生としての視点の違いか、小さく微笑みながら姉妹のやりとりを眺め────

 

 「……ん!?つ、ツクヨ!?泣いてるの!?」

 「うぅ………!は、はい……!イズナちゃんの言葉で、部長の想いが感じられて……!」

 

 そんな彼女の耳に啜り泣く声が聞こえたかと思えば自身の部活動の部員が涙を流しており、暫く経って泣き止んだかと思えば───

 

 「……あれ?まだ聞こえる……?え!?なに!?ゆ、幽霊!?」

 

 何故か、まだ耳に入ってくる何者かの啜り泣く声。そのか細いような野太いような音が長く狭い通路で反響していたこともあり、ドキッと心臓を鳴らすミチルが寒気を覚えながら周囲を警戒していたところ───

 

 「い、いえ、部長、あの……先生が……」

 「え?……う、うわ!?先生!?」

 

 「───つぅ……!!いかん、歳を食ってからこう言うのに弱くてなぁ……!!」

 

 涙脆いツクヨを凌ぐ勢いで鼻水と涙を垂らす柱間が通路内に小汚い音を反響させる。そんな彼の様子に少し引き気味のモモイ達や、慌ててポケットティッシュを取り出すイズナが一悶着を終えて、出口を探し廊下を歩いていた。

 

 「…って、意気込んだは良いもののぜんぜん見つかんないなぁ〜、G.bible」

 「モモイよ、今更だがそのジィバイブルとやらはいったいどういうモノか見当はついておるのか?」

 「え?そりゃあ神ゲーマニュアルって何度も」

 「違うよお姉ちゃん。多分どういう見た目のものなのか、本当にマニュアルって言う通り指南書みたいに本なのかどうかってことだと思う」

 「あ、そゆこと?……う〜ん、ヴェリタスの人達が稼働記録を調べたってことは少なくともアナログ媒体じゃないんだろうけど……分かんないなぁ」

 

 「そうか……まぁ仕方ない。取り敢えずは暗くなる前に可能な限り調べて───ん?」

 

 「ん?どしたの先生殿?」

 

 皆の前を少し先行するように歩いていた柱間がピタリと足を止める。そんな彼の様子に首を傾げる一行の言葉を代弁するようにミチルが言葉を投げかけるが返事は返ってくることなく、地面を無言で見下ろす柱間がその場で何度か何かを確かめるように片足を上げ地面を踏みつけた後に───

 

 「……フン!」

 「うわ!?ビックリしたあ!?何してんの先生!」

 

 「……ふむ、イズナ。分かるか?」

 「え?……は!え、えっと、えっと…!」

 

 少し強く力を込めて床を蹴った。その中々の鈍い衝突音が通路内に反響する。驚いた様子の生徒達が耳を塞いでビックリした様子で柱間を見つめていた。その例に漏れずイズナもその大きなケモ耳を両手で抑えるように体を縮こまらせていたのだが、彼の言葉を受けた瞬間首を傾げ───そんな彼の目が、稽古をつける時の真剣な瞳であることに気づいたイズナがハッと意識を切り替えて、これも忍の授業の一環なのだと理解した彼女が、柱間が何を伝えようとしているのかを必死に読み取ろうと思考を巡らせる。

 

 「イズナよ、もう一度やる。少し耳に響くかもしれんが耳を澄ませてみろ」

 「は、はい!分かりました!」

 「ゆくぞ」

 

 「───ッッ!………あれ……?」

 「え、な、なんか分かったの?イズナ」

 

 「えっと………」

 

 再び通路に大きく反響する鈍い音。身構えていれば存外大したことはないようで、少し体がビクッと震えるが特になんてことはない音に、待ちぼうけを食らったようなイズナ以外の生徒達はどこか退屈そうに立ち尽くしていた。しかしイズナが小さく疑問を訴えるように声を漏らし、柱間の近くまで寄って片膝をついて地面を見つめる仕草を取れば、それを奇行と捉えず純粋な好奇心でモノを尋ねるミチル。部長からの呼び声にも反応できない様子で真剣に地面を見つめるイズナが、ゆっくりと頭を地面に近づけ耳をピッタリと金属製の床に密着させる。思ったよりも冷たかったのか小さく悲鳴を上げるイズナがその後、先の柱間のように地面を軽く叩いたりして何かを確認していた。

 

 「主殿!分かりました!──落とし穴ですね!」

 「へ?落とし穴?」

 

 「まぁ確定ではないがその疑いはあるの。良く気づいたな、イズナよ」

 「あ、えへへ……!」

 

 柱間に褒められ頭を撫でられたイズナが嬉しそうに笑顔を浮かべ、大型犬のように尻尾を大きく左右に振っていた。

 

 「せ、先生、その、イズナちゃんの言っている、落とし穴、と言うのは……?」

 「ん?何、お前達ももう一度耳を澄ませて───いったい、何処から音が反響しているのか、注意して聞いてみろ」

 

 「どこから?」

 

 いまいち要領を得ない彼の発言を疑いながら、再びこだまする音に耳を澄ませる一行。そして───ん?と声を漏らしたのはその場にいた複数名。

 

 「あれ?なんか音が……」

 

 「……床下…?」

 「あぁ。正解だ、ミドリ」

 

 ミドリがぼそりと呟くと、ニヤリと笑う柱間が答え合わせを行う。

 

 「どうやら……イズナの言った通り落とし穴、かは分からぬがこの床下に大きな空洞がある。……床に刻まれた小さな溝からも微かに風を感じるな、空気が滞留せず流れているという事ぞ」

 「え?ほんと?……というか、なんで先生気づいたの?」

 「足音が変わってな。それで直ぐに違和感を覚えた。……と言っても作動していないところを見るに、まぁ廃墟と化した結果形だけのものになっておるのだろうが……」

 「さ、流石です、先生……!」

 「流石主殿です!」

 

 「……お姉ちゃん…先生って……」

 「ま、マジもの忍者……?」

 

 「(まぁそりゃそんな反応になるよねぇ……)」

 

 柱間の言葉に目を輝かせる忍術研究部の二人と、対照的に引き気味で顔を引き攣らせるゲーム開発部の二人。そんな彼女らの反応を見て、冷静なミチルが乾いた笑いを上げていた。

 

 そんな時、突如として施設内に音声が響き渡る。

 

 『……接近を確認』

 「ぬ?」

 「えっ、な、なに?」

 

 機械的な声に軽く辺りを見渡す柱間と、モモイを皮切りに慌てたように周囲を警戒しキョロキョロと首を振る生徒達。寂れてサーバーや電子機器など既にダウンしている廃墟にて、よもや稼働している機械があるとも考え付かず、その異常性に唯一鈍い反応を示す柱間が冷静に耳を澄ませていた。

 

 『対象の身元を確認します。才羽モモイ、資格がありません』

 「何ぞ、モモイ。貴様名を呼ばれとるぞ」

 「し、知らないって!てか資格って何が!?」

 

 『才羽ミドリ、資格がありません』

 「あ、私も……いったい何これ…?」

 

 不気味さを覚える、感情を表にしない機械音声が淡々と文字を読み上げるように二人の名前と、資格の有無を口にする。と言ってもどうやら渦中の二人には全く身に覚えがないようで、激しく騒ぎ立てるモモイと静かに疑問を口にするミドリの両者が同様に首を傾げていた。

 

 『千鳥ミチル、資格がありません』

 「え、(あたし)も?」

 『大野ツクヨ、資格がありません』

 「わ、わぁ……!私のことも知ってました、部長…!」

 「いやなんでちょっと嬉しそうなの、ツクヨ……」

 

 「……ねぇ先生、これ下がってた方が良いんじゃないの?」

 「ん?下がる?」 

 

 多少警戒はしつつもその場に立ち尽くす柱間に服を引っ張って注意を引くモモイが彼に忠告のように口を出す。

 

 「うん、資格が云々言ってたし、これ全員資格なし!よってボッシュート!とかいう定番の流れじゃない?」

 「……オレはそういうのは詳しくないが、定番なのか?」

 「うん」

 

 「……まぁ、警戒するに越したことはないからの。ならお前の言う通り下がっておこうか」

 

 『久田イズナ、資格がありません!』

 「イズナも……?」

 

 モモイの言葉に耳を傾け、考え込む様子の柱間が頭を上げ皆に声に下がるよう言おうとしたのだが───

 

 「───対象の身元を確認します。千手柱間先生───資格を確認しました」

 「なに?」

 「えぇ!?」

 「な、なんと!流石主殿!このような奇怪な建物にも認められているとは!」

 「いや先生も何が何だか分かってなさそうだけど…」

 

 自身の名前が呼ばれ、まぁ当然のように資格なしと返ってくるとばかり思っていた彼の意表を突くように、全く身に覚えのないことだが資格を有する者であると宣告を受ける。

 

 「(……どういうことだ?元々連邦生徒会長が秘匿していた地域だったな……オレが来ることを想定していたということか?)」

 

 至って冷静に、資格があるならあるで自分なりの考察を進める柱間。一方的に自身を把握しているという点と、廃墟の立ち入り禁止を命じていたという点で連邦生徒会長を連想する柱間が、しかしそれだけでは明確な解答を得ず少し顎を引いて腕を組み考え込む。そんな間にも施設内のアナウンスのような音は言葉を捲し立て彼の思考をまったりはしなかった。

 

 『才羽モモイ、才羽ミドリ、千鳥ミチル、大野ツクヨ、久田イズナを先生の生徒として認定。同行者である生徒にも資格を与えます。承認しました』

 「あ、なんか承認された……」

 「お!ラッキーじゃん!先生連れてきて良かったー!」

 「えっと……まぁ、一応良い事なのかな?」

 

 最初は動揺したものの、取り敢えず穏便に事が済みそうでホッと一息つく一行。それは柱間も同様で、特に彼に至っては元々ゲーム開発部の目的の物の回収で足を運んでいたばかりに、ここで連邦生徒会長に関する話が少しでも判明しそうである事実に少し興味を引かれていたのも事実だった。

 

 などと、安易な事を考えていた矢先、とんでもない事を言い出した。

 

 

 『下部の扉を解放します』

 「は?」

 「へ?」

 

 「───下がれ!」

 

 しまったという顔を隠そうともせずおらぶ柱間の言葉に、迅速に対応できたのは事前に先ほどのやり取りを経て機械音声による言葉の意味するところを瞬時に把握できたからだろう。特にイズナとミチルなんかは瞬時にそばにいたモモイとミドリの手を引きながら床が若干傾斜へと落ちていく感覚を覚えながらも飛び退く事が出来たのだが───

 

 「え──きゃあ!?」

 「つ、ツクヨ殿ぉ!?」

 「ツクヨさん!」

 

 「ッ、お前達はここで待っていろッ!」

 

 やはりというべきか、何処か鈍感な彼女が困惑気味に固まっていた所皆よりも一歩遅れ、奈落の底へと姿を消していく。そんな彼女の様子を見てとっさにか咄嗟に顔色を変えた柱間が自らを───壁面を駆けるようにして暗闇の中へと姿を消していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「きゃあああああああ!!!」

 

 目を閉じて縮こまり、涙を流すツクヨが受け身を取ることも忘れて重力に従い自由落下していく。体に感じる冷たい風が彼女の体に走る悪寒を倍増させ、より一層彼女の体の震えが増していた。

 

 「ごめんなさいいい!!」

 

 風でかき消えそうな謝罪は果たしてこんな仕打ちを受けてしまったがために、不法侵入をおこなったことに対する謝罪だろうか、それとも鈍感な自分がまた友人や先生に迷惑をかけてしまった為であろうか。それすらも自身で把握できぬ状態で頭の中がこんがらがったまま叫んでいた。

 

 そんな折。

 

 「(……え?何、何の音!?)」

 

 カッカッカッと微かに聞こえる、壁を何かが断続的に叩く音が反響する。最初は何とか耳に入ってくる程度だったそれが次第に音を大きくしていき、遂には目と鼻の先まで近づいてきて───何かが体に触れた。

 

 「ひぃ!!……あれ……?」

 

 背中と両膝の裏に何かが触れ、その後力をこめるように体が引き寄せられる。反射的に悲鳴を上げたツクヨが、何か人肌のように暖かいものを感じて違和感を覚え恐る恐る目を開けると────

 

 「ッ、せ、せんせ───」

 「ツクヨ、舌を切らぬよう少しだけ口を閉じておれ」

 

 「──!」

 

 見慣れた大人の男性が、安心感を与えるように穏やかな笑みでツクヨに笑いかけており、未だ落下中というのに安堵したツクヨが目を潤わせ彼の名を呼びかけたが、柱間の言葉に咄嗟に従って小さく頷き口を閉じる。そんな彼女の様子に満足したのか同様に軽く頷く柱間が、少し表情を凛々しくして───壁を駆ける。柱間に全幅の信頼を置くツクヨがギュッと口と目を閉じ身を任せて数秒。ドスンと大きな音を立てて着地した二人に少し大きめの負荷がかかり───動きを止めた。

 

 「──ふッ!……っとぉ。ツクヨ、もう良いぞ」

 「────ぷは…!……え、えっと、大丈夫、なんですか……?」

 「あぁ。それよりも、怪我はないか?」

 

 そう言って、身長がキヴォトスの生徒の中でも有数の180を誇る彼女を、お姫様抱っこの要領で軽く持ち上げ他の生徒同様に背中をさする事ができるのは、偏に彼の剛力と、彼女を凌駕する185の高身長故だろう。彼の、自身を労る発言に涙腺の緩んだツクヨがその勢いのまま柱間の胸に飛びついた。

 

 「うわあぁぁああああ!!先生ぇええええ!!!」

 「っと!ハハハ!何ぞ!そんなに怖かったのか?ヨシヨシ、もう大丈夫ぞ!」

 

 赤子をあやす様に彼女の頭を撫でてやると、反射的にツクヨの柱間を抱きしめる力が強くなる。図体はデカくても未だ高校一年生、元々の性格もありまだまだ子供としての幼さを垣間見せる彼女の姿に顔を綻ばせていた。

 

 「うぅ……すいません……ご迷惑をおかけしてしまい……」

 「心配するな。それを言うなら事前に把握できていたにも関わらず警戒を怠ったオレに落ち度がある。それに……少し、オレもここに用があったからな」

 「こ、ここに、ですか……?」

 「あぁ。……っと、一旦下ろすぞ」

 

 「…?……あ、は、はい!し、失礼しましたぁ……!」

 

 恐怖心が今更になって和らいできたツクヨが冷静になって現在の状況を分析し、赤子の様に抱き寄せられる自身のみっともない姿を自覚して顔を羞恥で染める。慌てて彼から離れてその場に立ったツクヨが耳を器用に動かして恥ずかしそうに目を隠していた。

 

 「……んせぇ……ぉりて……ぃじょうぶぅ…?」

 「あぁ!!それほど深くない!!無事ぞ!!!」

 

 ツクヨを下ろした後、さてどうしたものかと腕を組んでいると上方からモモイ達の声が聞こえる。微かに聞こえる音を頼り、なるほど自分達の身の安全を危惧しているのかと受け取った柱間が大声で自分達の安全を大声で伝えたのだが。

 

 「……ん?……ちょ!」

 

 「───わぁぁあああ!!!」

 「うわあぁああ!!!」

 

 「つ、ツクヨ!モモイを頼む!」

 「は、はい!」

 

 空から飛来する二人の生徒の姿に驚く柱間が慌ててツクヨに指示を出す。前述の通りそれほど深くないと柱間自身が言った様に、キヴォトスの人間ならそれほど大事には至らないだろうが痛いものは痛いわけで、目を閉じ衝撃に備えた様子のミドリを柱間が華麗にキャッチした。

 

 「ッ!……あれ?あ、せ、先生!」

 「ふぅ……降りるなら降りると先に一言言ってくれ」

 「す、すいません……」

 「あいたたた……って、あれ?あんまり痛くないや」

 「お、お姉ちゃん!下!」

 

 「へ?下?……うわ!ご、ごめんツクヨ!!」

 「い、いえ、大丈夫です…!モモイさんが無事で……!」

 

 その場に内股になって座り込むモモイが、あまり予期していた衝撃が来ないことに首を傾げて周囲を見渡していると、柱間に抱っこされるミドリが慌てたように声を荒げる。自身の妹の言葉に従って下を見ると、たわわに実った暴力とも言える、地面に倒れ込んだツクヨの胸がクッションがわりになりどうやら自身を衝撃から守っていたようだった。

 

 「後の二人はどうした?」

 「えっと、二人も来るはずですけど……」

 

 「……とぅ!イズナ、華麗に見参です!着きましたよ!部長!」

 「わっ…!と。あ、ありがと、イズナ」

 

 キヴォトス最高峰とまではいかないものの、流石に並ぶものを見つけることに困難を要するほどの実力者である彼女の身体能力というべきか、人一人を抱えたまま大した重心を崩すこともなく地面に着地したイズナ。しっかりと着地した時の衝撃を地面に流すことも忘れず少し膝を折り曲げ身を倒した後、その場にゆっくりと立ち上がりミチルをその場へと降ろす。

 

 「主殿!いかがでしたか!」

 「うむ、流石ぞ。足腰に負担をかけぬよう力の流し方も理解しておる」

 「はい!怪我を負わぬ事が第一であると主殿に教わりましたので!にんにん!」

 

 「……ねぇ、今更なんだけどあの二人ってそういうプレイなの?」

 「いや、そういうんじゃないんだけどね…」

 

 主殿主殿と連呼するイズナを見て訝しんだモモイがこそこそとミチルに耳打ちすると、やんわりと否定しながらもこの場で即座に彼女の誤解を解く答えを持ち合わせないミチルが難しい顔をして腕を組む。

 

 そんなこんなで結局回避できたにも関わらず、穴の下へと全員揃って落っこちた一同が改めて部屋の中を見渡し───

 

 「……?あれ?誰かいる?」

 「え?……あ、ほんとだ」

 

 そう時間も要さず大きな部屋の中央に、誰かが鎮座しているのを見つけるのだった。一行がゆっくりとその何者かの元まで足を運ぶも全く動く気配はなく、ただ異質にも感じる神秘的な様子を覚える小柄な少女が朽ち果てた椅子に腰掛けていた。

 

 「女の子……でしょうか…?」

 「眠ってる…のかな…?」

 

 「……脈がないな…」

 

 ツクヨとミドリが恐る恐る顔を覗き様子を窺っていると、大胆にも体に触れて脈を確認する柱間。彼の言葉に驚いたモモイが声を上げる。

 

 「え!?じゃあ……返事がない、ただの死体のようだってこと?」

 「し、死体ですか!?」

 「ちょ、ちょっとお姉ちゃん!不謹慎なネタ言わないで!」

 

 「いや……死体、というには状態が良すぎる。体温は冷たいが肌の張りがあり柔らかい。よもやこんな廃墟の奥底で、つい先ほど命を落としたということもないだろう」

 

 死体じゃない、と聞いて、先ほどまでゾッとしたものを感じていた一行がホッと安堵する。しかし、ではいったい目の前に横たわるこの子の正体はと考察していた所───

 

 「……ん?あ、これ名前じゃない?」

 「え?なんか名前書いてあった?ミチル」

 

 もうタメのように気さくに名前を呼ぶ様子は、流石に彼女の遠慮のない性格故だろう。ミチルが椅子の傍に書いてある文字を指さすとモモイがそれを読み上げる。

 

 「えーっと、エーエルアイ……アリス?へぇ、アリスって言うんだ、この子」

 「いやこれアイじゃなくて数字の1じゃ……」

 「い、いーじゃん!エーエルイチエスちゃんじゃ分かりにくいし!アリスの方がいいでしょ!先生もそう思うでしょ?」

 

 「う、うぅむ、それは本人に聞いてみんと何ともな……」

 「取り敢えず、このままじゃ可哀想だし服でも着せてあげましょうか。私、予備の服持ってきてるので」

 「へぇー、予備の服なんて持ってきてたんだ……って、それ私のパンツじゃん!」

 「違うよ、これは私の。猫ちゃんの表情が違うでしょ」

 「え、そう?……というか、先生も見ないでよ!変態!」

 「え、えぇ!?ふ、不可抗力ぞ!」

 「(アリスちゃん?の裸を見ていたのは良いのでしょうか……?)」

 

 いきなり目の前でパンツを取り出され、非難される柱間を憐れに思う傍ら、モモイの言葉に引っかかりを覚えたツクヨがなんてことないことを考えている内にどうやら着替えは済んだようで、藍色を基調とした、少女の髪色にも似たゲーム開発部デザインの上着に身を包む推定アリス。全く動かないマネキンのような彼女に服を通すのは中々の苦労だったようで、ふぅと一息ついたミドリが───突如として機械音声を鳴らす少女に驚き身を引いた。

 

 「ふぅ…これでいいかな」

 『ピピ……』

 「ん?」

 

 『状態の変化、および接触許可対象を感知。休眠状態を解除します』

 「うわ!?動いた!?」

 

 突如喋り出し、むくりと上体を起こして椅子から降りる少女。驚いたように後ろに下がるのは姉妹だけでなく、忍術研究部の一同もびっくりしたような一歩引いていた。

 

 「……………」

 「……え、えっと?目を、覚ました…?」

 

 「状況把握、難航。……会話を試みます。……説明をお願いできますか?」

 「え、説明?……先生、なんて言おう…」

 「うむ……説明が欲しいのはオレ達の方だが……すまぬ、お前の名を聞かせてくれぬか?」

 

 「本機の自我、記憶、目的は消失状態であることを確認。データがありません」

 

 先ずは円滑に話を進めるため名前を把握しようと考えたのも束の間、初っ端から出鼻を挫かれるような回答に困った様子の柱間が腕を組んで唸り声を上げる。

 

 「うぅん、どうする?先生殿」

 「うぅむ……取り敢えず、長くなりそうだし一旦落ち着いた場で話したいの……」

 「えっと……どうしましょう。一旦廃墟から出ますか?」

 「えー!!それは困るよ!!」

 「え、なんで?」

 

 「だってまだジーバイブ………?………あ!!」

 

 ミドリの提案に難色を示すモモイが、本来の目的を口にしかけ───何かを思いついたように声を上げる。こういう時の思いつきが良からぬことを考えているソレだと長い付き合いでいち早く察知したミドリが嫌な予感を覚えて表情を歪めるが───どうやら、その予感は当たっていたらしい。

 

 

 

 

 

 「この子、部員にしちゃお!!」

 

 

 

 

 

 

 




ご清覧ありがとうございます!
あまりストーリーが進んでおらずすみません!自業自得ですが忍研を出した結果会話が長くなってしまい……
アビドス編と変わらず牛歩ですがお付き合いいただけると幸いです!
ソレではまた次回

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