Hashirama Archive   作:アテナ18号

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改竄された記憶

 

 「……ん?」

 

 眩い火花を垂らしながら金属を溶接する工業用のアームが忙しなく動き、大型のドローンが荷物を運搬する。そんな作業音が途切れることなく響き続けるエンジニア部の部室の重厚な扉がスライドし、ウタハの視界に見覚えのある影が映る。表情筋の変化に乏しい彼女の顔が無意識下に微笑んでいたのは、やはり先日の柱間の巧みな言葉回しに籠絡されてしまったからに違いないのだろう。そんな、褒められてしまっただけで若干や心を許してしまっているどこか単純な自分を自覚して自嘲しながらも作業する手を止め彼に向かって進み出す足を止めることは叶わなかった。

 

 「やぁ、先生、それに……忍術研究部、だったかな?昨日ぶりだね」

 「こんにちは!ウタハ殿!」

 「こ、こんにちは…!」

 「昨日ぶりだね〜」

 

 「あぁ、すまんな突然。今日も今日とて開発か?精が出るの!」

 

 柱間の背後で百鬼夜行生徒の特徴的な尻尾や耳をピョコピョコと揺らしながら元気よく挨拶をする三人の生徒。快活な彼女らに負けず劣らず威勢の良い柱間が室内の環境音に掻き消されないほどに大きな声量で口を開き、室内を見渡していた。子供のように目を輝かせ発明品を見つめる彼の瞳を見て、思わず微笑むウタハがモノを尋ねる。

 

 「ふふ、どこかの誰かが随分焚き付けてくれたからね。それで、どうしたんだい?今日は。また見学かい?」

 「いや、そうではなくてな……」

 

 「やっほ!ウタハ先輩!」

 「こんにちは、ウタハ先輩」

 

 少し遅れて現れたゲーム開発部の二人が柱間達の背後から顔を覗かせる。そんな彼女らに手を引かれるように現れるのは見覚えのない一人の生徒。瞬きを繰り返し、どこか気の抜けたような顔で室内を不思議そうに見渡していた。

 

 「おや、モモイにミドリと……見慣れない子だね。そちらは?」

 「…?アリスですか?アリスはゲーム開発部の一員です!」

 「うん?新入部員かい?」

 「そゆこと!でさ、ちょっと頼みがあるんだけど〜…」

 

 かくかくしかじか。

 

 と言っても勿論廃墟云々のアリスの素性に関する話をするわけではなく、簡潔に要件を伝えるモモイ。その間にもアリスは周囲をキョロキョロと見渡して、興味深そうにエンジニア部の発明品を見つめており、そんな彼女を見下ろしながらウタハが顎に手を当てる。

 

 「……なるほど、新しい仲間により良い武器をプレゼントしたい…と」

 「うん、どう?」

 

 「───そういうことであれば、エンジニア部に来たのは素晴らしい選択だね」

 「ってことは……」

 

 「そっちの方に、私たちがこれまで作ってきた試作品が色々と置いてある。そこにあるものであれば、どれを持って行っても構わないよ」

 「やった!ありがとう、ウタハ先輩!」

 

 ウタハの太っ腹な発言に歓喜の声を上げるモモイ。早速とばかりにアリスの手を引いて試作品の下へと足を運ぶモモイと、彼女に続くように妹がその場を後にする。

 

 「あの、主殿…」

 「ん?…あぁ、お前達も気になるなら一緒に見てきて構わぬぞ?良いか?ウタハよ」

 「あぁ、構わないよ」

 

 二人の返答に分かりやすく尻尾を振って感情を露わにするイズナが、先日と同様にエンジニア部の発明品を見定めに行く。そんな彼女に続いてツクヨとミチルもその場を後にして、残された二人が各々違う感情を抱きながらも共通するのは穏やかな笑みだろう。遠方で興味深そうに発明品を吟味する一行をじっと眺めていた。

 

 そんな折、なるほどなと口にするウタハが柱間へと視線を移す。

 

 「昨日、目的の生徒、と言っていたが……アリスか、そうでなくともゲーム開発部絡みの話だったんだね」

 「あぁ。そんなところぞ。しかし良いのか?試作品と言っても予算はかかっておるのだろう?きちんと支払うぞ?」

 「いいさ別に。試作品と言った通り本来は市場に出回ることなく日の目も見ないままここで埋もれる予定だったんだ。寧ろ使ってくれた方があの子達も喜んでくれるというものさ」

 「そうか……恩に着る、ウタハよ」

 

 「だから、気にしなくて良いと言うのに……まぁ、そこが貴方の美徳なんだろうな。──ヒビキ、コトリ。少し良いかい?」

 

 感謝を述べる柱間に、困ったような諦観を含むため息を嬉しそうに吐くウタハが部員の名前を呼ぶと、遠方で作業に没頭していた二人が手を止めウタハの方へと足を運ぶ。片や落ち着きのない様子で駆け足でそばまで駆け寄り、片や少し気怠げな見てくれはツクヨやユズに通ずるものを感じさせる。そんな両名が柱間を視界に入れて、首を傾げていた。

 

 「はい!なんですか、ウタハせん───っと、えっと…?」

 「先輩、そっちの男性は…?」

 

 「ん?あぁ、そうか。そう言えば昨日は二人とも私用でいないんだったな……こちらはシャーレのハシラマ先生さ。名前くらいは聞いたことあるだろう?」

 

 部員達の言葉に、今度は自分が首を傾げるウタハが先日の光景を脳裏に浮かべ、確かにあの場に二人がいなかったことを思い出す。なるほどと二人の訝しげな視線の理由に合点のいったウタハが柱間を紹介すると、流石にシャーレの名前くらいは把握しているようで二人の顔色が晴れた。

 

 「あぁ!なるほど!連邦生徒会長により任命されキヴォトス外よりいらした、超法規的機関連邦捜査部シャーレの顧問のハシラマ先生ですね!聞いた話によると連邦生徒会長の権限によりあらゆる学区の問題にその法律を無視して介入可能!サンクトゥムタワーの制御権の奪取に始まり、つい先日はアビドス自治区でカイザーコーポレーションによる生徒の拉致事件を明るみにするなどその勢いは留まる所を──」

 「ステイステイ、コトリ。落ち着いて」

 「は!す、すみません!つい長々と話してしまうのが癖で…」

 「なに、気にするな。オレのことを把握してくれておるとは、光栄なことぞ!」

 「えっと……初めまして、ハシラマ先生。エンジニア部一年、猫塚ヒビキ」

 「同じくミレニアムサイエンススクール一年生、エンジニア部所属の豊美コトリです!初めまして!先生!」

 

 「あぁ!よろしくの!二人とも」

 

 そう言って柱間が右手を差し出すと、その意図を察したコトリが遠慮なく握って握手を行った。遠慮のない彼のスキンシップに一瞬戸惑うヒビキだったが、コトリと握手を終え今度は自身の方へと差し向けられた手のひらと、いつまで経っても返しの握手が来ないことを不思議に思って首を傾げる柱間の様子に、少し遠慮がちにヒビキが手を差し出すと、力強く柱間が握手を返した。

 

 「…よ、よろしく、先生。……えっと、それでウタハせんぱ──先輩?」

 「ウタハ先輩?どうしたんですか?」

 

 「………いや、そう言えば、私は先生と握手を交わしていないと思ってな」

 

 「…え?」

 「ん?」

 

 戸惑い気味に柱間との握手を終えたヒビキが自身を呼んだ目的を尋ねるため視線を移すと───何か考えるような仕草を取る、自身を呼び出した張本人である先輩の姿。疑問を抱くのは自分だけではないようで、説明口調が特徴的な自身の友人も同様に首を傾げていると───彼女が、視線の先に先生の手のひらを収め、そんなことを呟いた。自身の吐いた言葉に些かの疑問を持たないウタハが、部員とのスレ違いを起こして会話が詰まってしまっていた。

 

 「どうしたんだ?ヒビキ。コトリも……何か私に変なモノでもついているのかい?」

 「え、いや、その……」

 「そういうわけではないのですが……えと……」

 「?……なぁ先生、私に何か───先生?」

 

 「───ハハハッ!」

 

 どこか困ったように視線を泳がせ回答を流す部員に、やはり不思議そうな顔をするウタハ。痺れを切らして堪らず柱間に尋ねるのだが───一転、こちらはこちらで大口を開いて笑い声を上げていた。

 

 「随分可愛らしいことを言うの!ウタハよ!」

 

 「え?……あ……い、いや、そういうわけでは───」

 

 柱間の言葉を数秒遅れて咀嚼したウタハが、自身の痴態を理解して慌てて否定に入る。───他人の握手を眺めて、口に出すほどに妬ましさを滲ませる自身の発言を今になって思い返して、道理で二人が困惑したように自分を見つめていたはずだと冷静に分析しながらも、どちらかと言えば僅かながらの疎外感を覚えていただけで先生が勘違いしているような感情を抱いているわけではないと否定しようとするのだが───

 

 「あ……ッ」

 

 「……華奢な手だが──少し硬さも覚えるな。細い指だが薄く浮き出た関節の骨とその節の肉の厚みが、一流の職人───技術者であることを物語っておる。良い手だ」

 

 「わ、わぁ…!」

 「…………」

 

 ウタハには珍しく狼狽えた様子で手を振っていたのだが、そんな彼女の手を無理やり取って半ば強制的に握手を交わす柱間が、彼女の手を文字通り手中に収め痛めないように優しく握りしめる。恥ずかしげもなく口説くように柱間がウタハの手を褒め称えると、何かいけないモノでも見るように若干や顔を赤くしたコトリが両手で目を隠しながらも隙間からチラチラと覗き、ヒビキも同様に朱色にほおを染めて視線を泳がせていた。

 

 「……ふふ、全く、昨日も思ったことだが遠慮というものを知らないな、先生は」

 「生徒を愛するのに遠慮なぞいらぬからな。加減は必要だがの」

 

 「今ので加減したっていうのか?末恐ろしい話だね。……ヒビキ、コトリ」

 「あ、は、はい!」

 「な、なに?ウタハ先輩」

 

 「ゲーム開発部の子達が新入部員に銃をプレゼントしたいと言ってね。良ければいくつか見繕ってあげてくれないかい?外見だけでは分からないことだらけだろうからね」

 「あ、わ、分かりました!」

 「う、うん、分かった」

 

 妙に口数の少ない二人が足早にその場を後にして、部屋の端で銃を吟味する一行の元まで駆けていく。初めて邂逅する百鬼夜行の三人と挨拶を交わす二人を尻目に、ウタハが口を開いた。

 

 「………先生は、モノ作りの経験があるのかい?」

 「作る……いや、ウタハ達がやっておるような発明は特には。ただ多くの者を見てきた。人を見る目は肥えておるかもな」

 「そうか。……ハシラマ先生がシャーレの顧問で良かったよ」

 「それを言うならオレの方こそ良い生徒に恵まれたものぞ」

 

 「……話は変わるんだが、先生。銃は?見たところ持ち合わせていないようだが」

 

 咳払いを一つして、急遽話を切り替えるウタハ。もうこのキヴォトスに来て何度目かという質問に、嫌な顔を一つもしないで何でもないように口を開く柱間の解答に、少し驚いたような顔を見せるウタハ。

 

 「持っておらぬ。銃というのは性に合わなくてな」

 「性に合わない?……まさか、忘れたというわけではなく文字通り携帯していないのかい?」

 「あぁ」

 「…先生にも何か見繕うか?初心者にも扱いやすいモノもあるよ?」

 

 「いや、構わん。銃よりも頼りになる者が傍にいるからな」

 

 「…ふふ、そうか。それを彼女らに聞かせてやりなよ」

 

 彼ならそう言うだろうと心の内で予感があったわけではないが、柱間の言葉が胸の内にストンと降りてきて納得感を覚えるウタハが小さく微笑み彼を見つめる。その視線に返事を返すように柱間も彼女は目を向けるのだが───どこか名残惜しそうに見える彼女の目を見て、柱間が口を開いた。

 

 「……いや、やはり一丁見繕ってもらってもよいか?」

 「?使わないのではなかったかい?」

 「あぁ。だから家にでも飾っておくかの、観賞用として」

 「観賞用?なんだ、そういう趣味があるようには見受けられないが……」

 

 「そういう趣味はない、が……お前の作ったモノなら欲しくてな。ダメか?」

 

 

 「────はは!……本当に、加減を知らない人だ」

 

 彼女らしくない、快活そうな笑顔を浮かべ歩き出すウタハが柱間を手招きする。彼女に釣られて笑顔になる柱間がその場を歩き出し、二人で室内を歩き回るのだった。

 

 

 

 

────その後、自爆装置を妙に推す彼女に困惑したのは、また別の話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「………さて、先生。何故呼び出されたかは……お分かりですね?」

 「う……」

 「ふふ、これじゃ立場が逆ですね?先生」

 

 ミレニアムサイエンススクール、セミナー室。

 

 そこで腰を下ろし、気まずそうに足を揃えてこぢんまりと丸まっているのは千手柱間その人。その正面では冷たい視線のユウカがジッと柱間を見下ろし、モモイの言葉通り冷酷な算術使いの名に恥じない空気を漂わせていた。その光景を視界に収め、小さく笑うのは先日柱間と交友を持ったばかりのユウカの親友で、面白そうに二人のやりとりを眺めていた。

 

 時間にして、アリスの資格審査を終えモモイ並びにゲーム開発部が歓喜の声を上げ───結局ミレニアムプライスでの入賞が必要であることが判明し、一喜一憂していた頃。

 

 兎も角まだゲーム開発部の存続に関して全てが解決したわけではないが、何かを勘付いていたユウカが意外にもアリスの入部を認め、気が気でなかった柱間もホッと安堵の息を漏らしていたのだが───ユウカが部室を去る間際、小声で柱間に耳打ちした言葉に柱間が顔を青ざめさせた。

 

 

────アリスちゃんのことで話があります。後でセミナーまでお越し下さい。可及的速やかに。

 

 

 

 「……ミレニアムサイエンススクール一年生、天童アリスちゃん。最近転校してきたばかりで受講申請のタイミングを逃し、来月からの授業参加を予定。部活動への参加は可能であるためゲーム開発部へ参加した、ですか」

 「う、うむ………」

 

 「ふふ、天童アリスちゃん、ですか。転入手続きにも見覚えのない名前ですね」

 「………弁明なら一応お聞きしますが」

 「そ、それはだな……その……」

 

 何でもないような友人の援護射撃だが、"ノアの記憶にない"というどんな記録よりも信用できる彼女の記憶という媒体に全幅の信頼を置くユウカが呆れたようにため息を吐いて柱間に話を振るが、予想通り言葉に詰まって弁明の一つも口にしない───否、できない彼が子供のように唇をかみしめていた。

 

 「……はぁ、大方の予想はできます。先生のようなアナログ人間がデジタルデータの改竄やハッキングなどの手法を思いつくわけがありませんし、何より実行に移すとも思えません。おそらくゲーム開発部に出し抜かれた……そんな所でしょう」

 「い、いやそういうわけではなくてだの───「ならどういうわけなんですか?」

 

 「お、オレが黙認───「できる人じゃないでしょ!貴方は!」──うぐ……ッ」

 

 彼女の柱間に対する信頼が刃となって襲い掛かり、彼のなけなしの抵抗を問答無用ではたき落とす。依然として二人のやりとりを眺めるノアは面白そうに小さく笑うだけで、特にこれと言って干渉する様子も見受けられない。

 

 「し、しかし黙認していたのは事実ぞ!ハッキングのことは知っておったし、アリスのことをお前達に知らせなかったのはオレの意思で───」

 「えぇ、勿論そこに関しては擁護するつもりはありません。そこに関しては明確に先生の落ち度であり───私のことを信用していただけなかったのは、少々残念でもあります……」

 

 「ち、違う!決してユウカを信頼していなかったわけではない!」

 「きゃ!せ、先生!?」

 

 直前まで自身を叱責していた生徒の言葉に覇気がなくなったことに気付いて顔を上げると、先ほどまでの自分のように俯いて落ち込むユウカの、少し涙目になっている彼女の姿に心を痛めた柱間が慌てて立ち上がり彼女の肩に手を置いた。

 

 「お前は生徒想いで優しく誠実な子ぞ!それにセミナーとして日々忙しなく業務に勤しんでいる事も把握しておる。そんなお前に余計な負担はかけたくなかったのだ。全てはオレの監督不行き届きによるもので、オレが優柔不断であったばかりに招いた結末ぞ。本当にすまなかった…!」

 「わ、分かりましたから!は、離してください!」

 「あらあら、ユウカちゃんったら……」

 

 柱間が反射的にユウカの背中に手を回して力を込めて抱き寄せる。二人の体が密着し、顔を真っ赤に染めるユウカが言葉とは裏腹に弱々しい抵抗をしながら声を上げ、そんな二人の様子をやはり見ているだけのノアはいそいそとスマホを取り出しているが、当然渦中のユウカがそんなところまで気を配っているはずもなく、柱間がユウカを離すまでの間の彼との短い格闘を終えて荒い息を吐いていた。

 

 「も、もう!何かあったら直ぐにボディタッチをするその癖は直してください!せ、セクハラですよ!」

 「す、すまん……」

 「満更でもない様子でしたよ?ユウカちゃんは──」

 

 「ノアッ!!……と、兎も角……こほん。……先程は失礼しました。確かに、先生の信頼に泥を塗るような軽率な発言でした。……申し訳ありません」

 「いや、それを言うならオレの方こそ──」

 

 「先生、ユウカちゃん。それではイタチごっこですよ。ユウカちゃん、本日の要件は何でしょうか?」

 「え、えぇ、そうね……こほん、先生」

 「あ、あぁ、何ぞ?」

 

 親友の言葉に我に返るように咳払いを行うユウカが姿勢を正して柱間を見つめると、彼も最初よりは少し気が逸れたのか緊張感を漂わせながらもドッシリと構えてユウカの言葉を待っていた。

 

 「兎も角、アリスちゃんは……現状、ではありますがミレニアムの正式な生徒として認めます。ゲーム開発部での彼女の言葉も嘘や偽りのない純粋な想いが感じられましたし……少なくとも悪意は感じられませんでしたので」

 「そうか、感謝する!……ところで、本来なら試験があると聞いたのだが……」

 

 「はい。ミレニアムは見ていただいても分かる通り技術的に最先端を行きます。それは延いてはミレニアムの学力レベルの高さの査証でもあるのです。となれば、当然ですが入学にあたり筆記試験と軽い面接が存在します。筆記試験に関してはキヴォトスの中でも特に高い水準を誇っていると言って良いでしょう」

 「そ、そうか…」

 

 「先生の懸念も分かります。弛まぬ努力や研鑽を積み激しい競争に勝ち抜いた生徒に対して、アリスちゃんの件を黙認するのは不義理ではないかと考えておられることと思います」

 

 ユウカの言葉に小さく頷く柱間に、淡々と言葉を告げるユウカ。両名の間に共通するのはやはり感情論では通せない現実問題で、そこに目を閉じていては互いに心の中にモヤモヤが残るだろうというのは共通の会見らしい。

 

 「……ハッキリと申し上げます。彼女の今後の進退に関しては───今度のミレニアムプライス。その結果を考慮します」

 「ミレニアムプライス……と言うと、ゲーム開発部の存続がかかっているという、例のコンテストか」

 

 「はい。……少し話はそれますが、ミレニアムがそこまで高い水準の試験を設ける理由は言わずもがなこのミレニアムにおける創作活動という激戦区にて、新たな発明やアイデアの創造に期待してのモノです。勿論知識や地頭の良さが全てとは言いませんが、当然それらのスキルが高ければ高いほど期待値も上がりますからね」

 「あぁ、そこに関して異論はない。お前のいう通りぞ」

 

 「───ですので、まぁ極論にはなってしまいますが……ミレニアムプライスで入賞を果たすほどの発明品を作る実力があるのなら、ミレニアムに籍を置く資格はあるのです」

 「…………」

 

 ユウカが言いにくそうに口を開いて、少し表情を歪める。彼女自身極論、と言ったように自身や友人も経験したミレニアムの試験を無碍にするような発言自体、セミナーという立場も合わさってあまり口に出したくはないのだろう。そんな彼女の意図を察して柱間も余計な口出しはせず、彼女の言葉を待っていた。

 

 「ゲーム開発部は一度とあるゲームを自作しましたが、そちらのネットでの評価は散々なモノで、その年のゲームのワースト一位を獲得してしまうほどの出来でした」

 「わーすと?」

 「下から数えて、という意味ですよ。先生」

 「お、おぉ……そ、そうなのか……」

 

 「そんな彼女らが新たにアリスちゃんを部員として迎え入れて出す新製一作目の作品がもしミレニアムプライスで入賞するようなことがあれば───彼女の実力を絶対的に評価できるモノではありませんが、ゲーム開発部にプラスの影響を与えたことは間違いないでしょう。それほどの有望株をわざわざミレニアムから切り離す理由もありませんからね」

 「なるほど……」

 

 顎に手を当て考え込む様子の柱間を見て、一旦言葉を区切るユウカ。先ほどの筋が通ってそうな通ってなさそうな言葉を耳にした柱間が口を開くと、やはりそううまい話はないらしい。

 

 「しかし、良いのか?今からでも試験を受けさせても……」

 「それをするにしても、先ずはミレニアムプライスに集中させた方が良いでしょう。言わば彼女にとっての一次試験のようなモノです。勿論全てがこれで決まるわけではありません。彼女に猶予を与えるというだけで、仮にミレニアムプライスに入賞できたとしてやはり学力的な問題で除籍になる可能性もゼロではありませんし……推薦枠で入学したもののついていけずに留年を繰り返し退学、という話も珍しくありませんからね。何よりゲーム開発部がなくなっては彼女も居場所を失います。そうなればミレニアムに固執する理由もなくなるでしょうし………何れにせよ、アリスちゃん含め、ゲーム開発部の進退はミレニアムプライスによって決まるということです」

 「そうか…」

 

 腕を組み、それでもどこか甘い対処に疑問を覚えながらも一旦自身を納得させる柱間。そんな彼を見て、ユウカがため息を一つ吐いて頭を下げた。

 

 「……はぁ。……申し訳ありません、先生」

 「ん?ど、どうしたユウカ?何故頭を下げる」

 「いえ……その、先程は先生に怒鳴ってしまいましたが……本来ならゲーム開発部の件はセミナーとしてミレニアムで内々に終わらせる話です。巻き込んでしまい……」

 

 「ま、待て待てユウカよ!それは違うぞ!シャーレとして、ゲーム開発部からの連絡を受け首を突っ込んでおるのはオレの方だ。本来なら拒否できるしの。それでも関与しておるのはオレの方なのだから、この件に関してお前がオレに対し責任を感じる必要はない。だから顔を上げよ」

 「しかし……」

 

 「恩に着る、ユウカよ。そこまでオレのことを信頼してくれて。その信頼をこれ以上損なわぬよう努力しよう。ゲーム開発部のこと、オレに任せてくれるか?」

 

 頭を下げる彼女を起こすように体に手を回し、ユウカの顔を覗き込む柱間が彼女を安心させるように微笑んで確認を取ると、少し逡巡した後観念したように口を開いた。

 

 「…ご迷惑をおかけしますが、引き続きお願いします」

 「うむ!任された!」

 

 「……ふふ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「なに?また廃墟に向かうだと?」

 「うん、結局ミレニアムプライスに出展しないといけなくなっちゃったからね」

 「そうか……廃墟になぁ…」

 「?どしたの先生殿」

 

 「いや……」

 

 ユウカ達と別れゲーム開発部の部室に向かった柱間が、何やら外出の準備をするモモイ達の姿を見てモノを尋ねると、当然と言うべきか再度G.bibleを探しに行くと言っており各々が支度を整えていた。一度は柱間に廃墟の探索を許可されているため今度も異論が挟まることはないだろうと考えていた彼女らだが、何やら気難しい顔をする柱間に首を傾げていた。

 

 「……アリスよ、少しこっちに来てくれるか?」

 「アリスですか?」

 

 「……どうしたんだろ、先生」

 「さぁ…?」

 

 アリスを呼び出す柱間が彼女を連れて扉をくぐり、一旦部屋から出て廊下へと場所を移す。事情が飲み込めないアリスは彼につられるまま立ち尽くすだけで、ポカンと口を開けて柱間からの言葉を待っていた所、柱間が周囲を数回見渡し腰を折ってアリスに目線を合わせた。

 

 「…アリスよ、今のゲーム開発部での日常───と言ってもまだ二日にも満たないわけだが……満足しておるか?」

 「?はい!アリスはゲーム開発部でモモイとミドリとユズに囲まれて幸せです!」

 「ハッハッハ!そうかそうか!……んん、アリスよ。貴様にとって少し大事な話をするぞ」

 「…?アリスの話ですか?」

 「うむ」

 

 そう言ってアリスの頭を撫でると、ん、と小さく声を上げるアリス。

 

 「今モモイ達が廃墟に行こうとしとるの」

 「はい!モモイによると、神ゲーマニュアルが存在するという話で…」

 「あぁ、ミレニアムプライスのためにジィバイブルとやらを探しとるらしいの。まぁ、それは構わんのだが……」

 「?」

 

 「アリスよ。貴様自身が言っておったが……貴様は今記憶喪失である、そうだな?」

 

 「えっと……はい。アリスは……あの廃墟以前の記憶はありません。その理由も不明で……でも、ゲーム開発部で多くのことを学びました!レベルも徐々に上がりつつあります!」

 「うむ!特に気に病んでおらぬようで安心ぞ!」

 

 笑顔のアリスに釣られて微笑む柱間のアリスを愛撫する手に思わず力がこもる。わしゃわしゃときめ細やかな長髪をまさぐる彼の手に、嬉しそうな表情を浮かべるアリスがえへへと声を漏らした。

 

 「……で、その話なんだがな。……んん。……確証はないが……もしかすると廃墟に手がかりがある、かもしれぬ」

 「……手がかり?…アリスの記憶の、ですか?」

 「あぁ」

 

 「……アリスの…」

 

 特に落ち込んだ様子でもないが、少し考え込むように視線を落とすアリス。あくまで彼女に不安を抱かせぬようにアリスに伸ばす手を止めることなく、優しい声色で声をかけ続ける柱間。

 

 「さっきも言ったが確証もないし、もしかしたら、という程度の話だ。それに勘違いしてはならぬのが、仮に以前のお前がどんな人間であったとて、それは今ここにいるゲーム開発部のアリスを否定するモノではない」

 「………」

 

 「…いきなりこんな話を聞かせてすまぬ。ただ、廃墟に向かうという話を不自然に否定するのも、理由なくお前だけを遠ざけるのもいらぬ誤解を招いてしまうからの。……もしお前が良ければジィバイブルとやらの探索はオレ達で行おう。お前は部室で一度気持ちの整理を────「行きたいです」

 

 無言で立ち尽くすアリスを落ち着かせるように背中を撫でていた柱間が、突如として顔を上げ凛々しい表情で宣言するアリスに意表を突かれる。

 

 「アリスがプレイしたRPGの主人公の中にも記憶を失ったキャラは少なくありません。でも、その誰もが過去に見て見ぬ振りをすることなく、それを受け入れ前に進んでいました!」

 「……そうか」

 

 「アリスも、彼らに恥じない行動を取りたいです!」

 

 「───そうか!良くぞ言った!良し、では共に行くか!アリスよ!」

 「はい!」

 

 勇ましい発言を耳にして、いよいよ彼女を止める手段を持たない彼がアリスを抱き上げ高らかに宣言するとアリスも威勢の良い声で返事を返す。勿論、彼自身黒服から聞いた情報を元にアリスの内包する危険性を理解していないわけではなく、彼女を廃墟へ近づける危うさを理解していたため可能ならばここへ留めておきたかったのだが、彼の口から今しがた出た発言が彼女をここへ留めておくための口から出まかせというわけでもない。

 

 「(ディビジョン、だったか。気をつけんとな)」

 

 あの日、黒服の言葉にあったAIの名前を脳裏に深く刻み気を引き締めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ご清覧ありがとうございます!
今回は前回の流れの釈明のようなお話で尺を取ってしまい、あまりストーリーに進展がなく申し訳ありません…
返せていない感想に関しましては明日返信いたします
それではまた次回

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