Hashirama Archive   作:アテナ18号

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王手

 

 『うわ!』

 『やば!?』

 

 『───あっはは!行くよ!先生!』

 『む!?』

 

 先ほどよりも多少強引にモモイ達を突破するアスナがそのまま背後に控える柱間へと突貫する。慌ててアスナを狙うミチルだがアルのような凄腕のスナイパーでもなければ柱間と重なる彼女を背後から銃撃するなど不可能で引き金に指が伸びなかった。

 

 『ぬぅ……!』

 『逃がさない、よ!』

 

 後ろへと身を引く柱間の、アスナへと伸びる羽織に彼女が手を伸ばす。背後へと下がる柱間を引き寄せるため速度を殺さず走り抜けたまま羽織の裾を掴んで自身へと手繰り寄せるのだが───

 

 『──ふん!』

 

 それを読んでいたかのように、自身の身体が引き寄せられるのと同時に自ら地面を蹴ってアスナへと迫る柱間が、羽織を掴んでいることにより両手の塞がる彼女へ手刀を伸ばすのだが───

 

 『その手は食わない──よ!』

 『ほぉ!やるな!アスナよ!流石にミレニアムの生徒を震え上がらせるだけのことはあるの!』

 『当然!』

 

 手は塞がったまま、慌てずそのまま羽織を上部へ捲るように肘をカチ上げて柱間の手首にぶつけ、彼の攻撃を別方向へと受け流す。そのまま羽織を引っ張ると柱間が動きにくそうに姿勢を前傾へと変えた後に───首を垂れて腕を伸ばし、体を後ろへと引いてすっぽ抜けるように羽織から抜け出した。

 

 『逃げてるだけじゃ意味ないよ!』

 『耳が痛いな!』

 

 パッと羽織を投げ捨てるアスナが即座に柱間へと迫るがやはり彼の顔から余裕は絶えず、その虚勢にも見える自信満々な笑みが半戦闘狂なアスナの心を燻り彼女を焚き付ける。

 

 『──それ!』

 『おっと!』

 

 今度は大胆にアスナが両の手を突き出すように伸ばし、それを同様に両の手でそれぞれ止める柱間。見てくれで言えば性別と言い体格と言い、柱間に圧倒的なアドバンテージがあるように見え、実際に柱間が見下ろす形となっているのだが、ジリジリと後退するように柱間が後ろへと下がっていく。

 

 『あっははは!どうするの?先生!これじゃジリ貧なんじゃない?』

 『そうか?──そら!』

 『うわ!──わぷっ』

 

 一瞬柱間が力を抜いて軽く外側に両手を伸ばすと、同様にアスナも繋いでいた彼との両手に引っ張られる形で腕を目一杯広げてしまう。そのまま彼の胸元にポスッと頭を突っ込んだ彼女が顔を振って見上げると、やはり余裕を携えた笑みの柱間が彼女を見下ろしていた。

 

 『さて目の前ぞ。ここからどうする?アスナよ』

 

 『───ふふ!当然───こうする!』

 『む!?』

 『とりゃ!』

 

 両の手に万力を込めて、広げていた腕を畳んで窮屈そうに互いの間で手首をクロスさせ柱間の動きを止める。その後、ニヤリと微笑み手加減などせず全力で足払いを試みるのだが───

 

 『ふん!』

 『うわ!?』

 

 彼女の足が自身の足首を撃つ直前、手錠のようにクロスする互いの手を足払いと同じ方向に引っ張ることでタダでさえ勢いの乗り過ぎた彼女の過剰な威力の足払いは力に引っ張られ、柱間の体勢を崩すことは叶わなかった。

 

 『───なんて、ね!』

 『ん?─うお!?』

 

 足を伸ばしたものの虚しく虚空を切ったアスナが膝を曲げ足を畳むことで正面に立つ柱間の足首に自身のカカトを引っ掛ける。互いが不安定な姿勢になり、反射的に両者が手を離した。両者が膝を折って地面に倒れ込むが───

 

 『っと!捕まえた!』

 『──フンッ!』

 『ふふ!当たんないよ!』

 

 何とか踏ん張ったアスナが今度は上から押し倒すように彼の体に覆い被さろうと試みるが、柱間も負けじと膝を上げて彼女を蹴り上げようとする。その動きを目で追い難無く交わしたアスナが彼の両肩を掴んで地面に押し当てた。

 

 『よっと!』

 『ぬぅ!?』

 

 『あっはは!先生!捕まえ─────

 

 

───た!』

 

 『……ハッハッハ!流石ぞ!アスナよ、バレバレだったか!』

 『こういう騙し討ちは慣れてるからね!まぁ当たっても問題はないけど!』

 

 アスナが柱間を地面に組み伏せて満面の笑みを浮かべる。そんな彼女が高らかに勝利宣言を口にして───最後の一文字を言い終えると同時に、自身の後頭部へと落ちてきた、一足の草履を目で見ることなく後ろ手に片手でキャッチして、ポイっと投げ捨てる。

 柱間が蹴りをするのと同時に空中へ放っていたソレを難無く受け止めたアスナが、それでも彼を侮ることなく寧ろ瞳を輝かせて感想を述べていた。

 

 『でも凄いよ先生!ユウカが警戒してって言ってたけど、こんなになんて思わなかったもん!』

 『そうか?お眼鏡に適ったようで何よりぞ!』

 

 時間にして一瞬の攻防に過ぎないが、先ほどまで組み手を行っていた敵同士とは思えないほどに笑顔で言葉を交わす両者を、ジッと眺める周囲の三人。柱間が敗北した、その事実に────特に人一倍敬意を抱くミチルなんかはその光景が信じられないのか言葉を失っていた。

 

 『先生!約束だよ!私に負けたらC&Cの顧問になってくれるんだよね?』

 『……あぁ』

 

 『やったあ!貴方も、これで文句ないよね?……?どうしたの?やっぱり嫌?』

 『…………』

 

 馬乗りになる形で地面に柱間を組み伏せたまま、チラリと背後を振り返るアスナ。先ほど譲らないと口にしていたケモ耳と尻尾の特徴的な一人の生徒に声をかけるのだが、それほどショックなのか全く声が出ていないようだった。ただ、違和感を覚えるのは彼女の顔がそれほど悲壮感にまみれてはいないことだろうか。一旦彼女から視線を外して放置していた姉妹の方へと視線を向けるのだが───

 

 『(……?何やってるの……?)』

 

 何故か、こちらは騒がしそうな顔色の二人。

 姉が何か叫びそうになってて、それを止めるように妹が慌てて姉の口を塞いでいた。どう見ても違和感のある二人の行動を訝しんでいたアスナの耳に、小さく呟く言葉が聞こえてきた。

 

 

 『───負けたらな』

 

 

 

 『……?なに───ッ、痛ぅ…!?』

 

 唐突に口を開く柱間に気を取られ、彼を見下ろしていた矢先───頭上を叩く、小さな衝撃。バキ、やら、パリン、やら、何かが粉々に砕け散る音を響かせてアスナを微細な衝撃が襲った。と言っても大したダメージにもならず、少々頭を軽く小突かれた程度の、取るに足らない攻撃であったことは確かだが───その威力の大小に関わらず身構えていないダメージに反射的に必ず訪れる筋肉硬直。柱間を押し付けていた力が抜けた、コンマ数秒の一瞬に彼が行動を移すことなど分かり切ったことで───

 

 『ふん!』

 『うわ!?』

 

 自身に馬乗りになるアスナの肩に手を伸ばし、彼女を抱き寄せるように引っ張りながら肉体を半回転させる。元々柱間を地面に押し付けようと彼に向かって体重を被せるように力を込めていただけに、自身を引っ張る大人の男性の力に些かの抵抗も見せず、彼と密着した後に体の表面に冷たい床が擦れる感触を覚えた後───

 

 『──っと!形勢逆転ぞ!アスナ!』

 『──うそ……』

 

──瞼を上げた自身の視界に飛び込んできたのは、自身を見下ろす柱間の姿だった。

 

 『さっきのは───……あ!』

 『ふむ、見えるか?アスナ』

 

 『蛍光灯……!そっか、最初っからアレを…!』

 

 今し方の攻防のキッカケとなった、自身の頭に走る小さな衝撃。そのわけを尋ねようと彼の顔を見つめ───一本、蛍光灯のかけた天井の照明が視界に飛び込んできた。

 

 『あぁ、まぁオレの草履で事が済めばそれでも良かったが、一応二の矢をな』

 

 話は単純で、時間差攻撃を仕掛けるために空中へ放り投げたかのように見えた彼の草履は空中で弧を描きながら見事蛍光灯の端を叩き、ガコッと固定を外されたそれが片方だけの支えで耐えきれなくなった数秒後、重力に負けてアスナの頭部へと落下するに至った。

 

 『───凄い、凄い凄い凄い!何者なの!?先生は!私でもこんなこと思いつきやしないよ!』

 『ハッハッハ!何、お前達と違ってオレは弱いからの!こういう浅知恵で狡賢く立ち回らんと勝てぬからな!』

 『浅知恵なんかじゃないよ!本当に凄い!』

 

 自身が組み伏せられたというのに、キャッキャッと大型犬のように騒いで目を輝かせ、そこに宿る尊敬の念を隠そうともしないアスナの視線に気を良くした柱間が顔をニヤケさせる。そんな二人の様子にホッと安堵の息を漏らす者二人。

 

───つまらなそうに顰めッ面になる者が一人。

 

 『……むぅぅぅぅぅぅ……』

 『み、ミチルが凄い顔してる…』

 

 『ねぇねぇねぇねぇ!やっぱり先生C&Cに来てよ!お願いお願い!』

 『な!ダメダメダメダメ!!先生に負けたんだから無し!!絶対ダメ!!』

 『えー、良いじゃん!ね?先生!お願い!』

 

 『んん、まぁ……断る理由は特には……』

 『ちょ、ちょっと先生殿!忍が約束を違えるの!?ダメったらダメ!!』

 

 当初の目的など互いに忘れてしまっているのかワーワーと言い争いをする二人に挟まれる柱間が、困ったように頬を掻いていた。

 

 『はぁ〜、んもぉ、強情だなぁ』

 『強情って、そっちが先に言ったんでしょ!先生に勝ったら──』

 

 『わかったわかった!だから───勝てば良いんで、しょ!!』

 『ぬ!?』

 『ちょ、まだやんの!?』

  

 『当然!だって私、まだ負けてないもん!』

 

 既に戦闘が終わったかのような空気を漂わせていた所に、突如息を吹き返すように手に力を込めるアスナ。何とか彼女を押し留めようと力を込める柱間の腕がジリジリと競り上がっていく。

 

 『え!ちょ、やばいやばいやばい!ど、どうしたら良い!?ミドリ!』

 『わ、私に言われても…!』

 

 『せ、先生殿!てつだ───『ミチル!』─え、あ、な、何!?』

 

 

 

 『オレの羽織を持ってこい!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……で、二人仲良く団子になって簀巻きになってる、と…」

 「うん!『アスナさえ躱せばもう障害はないし、ならこれで良い』だって!確かに!」

 「確かに、じゃないですよ!!何してるんですか!!先生の捕縛はあくまで手段であって目的じゃないでしょ!逆転してどうするんですか!」

 「まぁまぁユウカよ、そう気を荒立てず……」

 「先生は今敵でしょ!!黙ってて下さい!!」

 「う、それはそうだが……」

 「先生、大丈夫?ヨシヨシ!元気出して!」

 

 「と、と言うか離れて下さい!二人共!!」

 

 顔を赤くするのは任務の本懐を忘れていたアスナに対する憤慨だろうか、それとも豊満な胸をこれでもかと押し付けんばかりに柱間と密着している状況に対してだろうか。騒ぎ立てる三人の背後では───言葉を失って立ち尽くす、四人の生徒。その先頭に立つメイド服の少女が気を失った一人の生徒を傍に抱えて自身の先輩を見下ろしていた。

 

 「えっと……何これ?」

 「さぁ…」

 「え、えっと、わ、私達はどうすれば……」

 

 

 「……まさか、アスナ先輩が出し抜かれるなんて……」

 

 信じられないものを見るような目で言葉を失うアカネが───脇にイズナを抱えたまま絶句していた。

 

───あの後、やはりイズナに足止めを喰らっていた三人がどうにも彼女を突破できず手をこまねいていた所、後方から現れ戦況を変えたのはC&C、コールサインゼロスリー、室笠アカネ。どれだけイズナが柱間に稽古を受けていると言ってもそれはたかだか一月にも及ばない短い期間の付け焼き刃の技術であることには変わりなく、本職のエージェントを加えた数の暴力には手も足も出ず最後はシールドバッシュで意識を刈り取られ───そして、現在に至る。

 

 舐めていたわけではないが、それでも自身の仕事仲間でありこと戦闘においては自身の上を行くバトルジャンキーな先輩が、よもや敗北を喫する筈もないとどこかタカを括っていたのは事実で、だからこそ現地にたどり着いた時に何故か仲良く簀巻きになっている二人を発見した時思わず口を開けてしまった。

 

 「…少々お待ちを、今解きま───「ダメ、アカネ」─?えっと…?」

 

 「解かなくて良いよ、コレ」

 「アスナ先輩?しかし、動けそうにありませんが……」

 

 

 「うん、でも解いちゃうと先生も動いちゃうから」

 

 アスナの言葉に、シーンと静まり返る室内。

 

 「…えっと、まぁそうですが……先生は抵抗するのですか?この状況で」

 「まさか!オレ一人では手も足も───「うそ!」

 

 

 「手加減したでしょ?先生」

 「………は?」

 

 アスナの何気ない一言に、気の抜けた声を漏らしたのはアカネその人。それは友人として、どこかおちゃらけた様子で本心を悟らせない彼女の、イタズラっぽく笑う表情の中に隠れた戯ける様子のない嘘偽り無い発言を理解したから。彼女は言外に───この程度の包囲網では彼を止められないと言っているのだが、その言葉の意図に即座に気づけるのはやはり彼女だけで、周りの人間は何を言っているんだという態度を崩さなかった。

 

 「何を言っとる、手加減しとる余裕なぞあるわけないだろう」

 「うぅん、絶対手加減してる!」

 「何故そう思う?現にオレはこうしてお前と痛み分けになっとる」

 

 「えっとね、勘!でも、私の勘って当たるんだよ?」

 

 二人は何でもないように周囲を置き去りに会話を繰り広げており、それに痺れを切らしたユウカが彼らに近づいて拘束を解こうとするのだが───

 

 「んもう!!良いから解きま───「いや、やめておきましょう」─ッ、あ、アカネ?何を…」

 

 「こういう時のアスナ先輩の勘は良く当たります。敵の司令塔をアスナ先輩との一々交換で奪えたと考えるべきかと。今は襲撃犯の拘束に移りましょう。アスナ先輩、敵は?」

 

 理路整然と言い切るアカネの圧に押されたユウカがたじろぎ二人に伸ばす手が止まった。

 

 「んー?えっとね、もうとっくの昔に上に行っちゃった!」

 「…はい?ということは……」

 

 

 「もうそろそろ、保管室に辿り着いてるんじゃない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「えーっと、差押品保管所は……」

 「あ、あれじゃない?」

 「あ、っぽいですね」

 

 先ほどの喧騒慌ただしい大所帯とは打って変わって、静まり返った廊下内を小さくひそひそ声程度に抑えた三人がキョロキョロと辺りを見渡しながら目的の部屋を探してミレニアムタワー、その最上階を歩いていた。

 

 「結局サブプラン使わなかったね」

 「まぁ上手く行くに越したことはないから……」

 「アリスちゃんには悪いことしたなぁ……」

 

 もしもの時のために打ち合わせを行なっていたのだが、いかんせんシャーレの先生───柱間が思った以上の大活躍をしてしまったことにより不気味なくらい上手くいった三人が多少手持ち無沙汰を感じながらも歩を進め、目的の部屋の前へと辿り着く。

 

 「ミレニアムタワー最上階西側の差押品保管所……うん!ここだね!」

 「うぅ……なんか、めちゃくちゃ悪いことしてる感じがする……」

 「感じ、じゃなくて悪いことしてるんだよ、ミドリ……」

 

 扉の前に立ったモモイが最終確認を行うと、ミドリが今更になって顔を青ざめさせるが至って冷静なミチルが何処か白い目で突っ込みを入れるが、声がか細いのはその悪事に自身も加担しているという引け目からだろう。一種の諦観とも言えるかもしれない。

 

 「んじゃ早速……」

 

 ここまでの扉や一部電子機器と同様に、ハッキングを終え指紋登録を上書きしたはずの認証パネルにモモイが手を伸ばす。その結末は判明しているはずだが何処か心休まらない光景にミドリがドキドキと心臓の鼓動を早めていた所────

 

 

───ピピッ。

 

 

 「…あ?通った?お姉ちゃ───「へ?」──?どうしたの?」

 

 確かに鳴った、短い電子音。指紋認証を知らせるその音にミドリが声をかけるが、何故か手を伸ばしたモモイが気の抜けた声を出す。側から見ても何か警報が鳴ったわけでもないし、特段指紋認証が失敗したようなエラー音が鳴り響くわけでもない。どうしたのだろうと口を開いた次の瞬間、帰ってきた言葉に今度はミドリとミチルが気の抜けたような声を漏らした。

 

 「……えっと、私まだ手かざしてない……」

 「……え?」

 「……へ?」

 

 

 

 次の瞬間。

 

 

 

─────廊下一帯が大爆発を起こした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ちょ、ちょっとおおおおッ!!どれだけ仕掛けたのよッ、ハルカさん!!!」

 「す、すみませんすみませんすみませんッ!!」

 「くふふ〜!!これヤバいかも〜!!」

 

 

────既に、差押品保管所に辿り着いているかもしれない。

 

 アスナの言葉に焦ったユウカに提案するのはムツキ。と言うのも事前にミレニアム校内の至る場所に爆弾を仕掛けているというテロリストの声明文のような言葉に頭を抱えるユウカが、それでも苦肉の策として少しでも足止めを図って実行を命じたのだが───やめた方が良いと言うカヨコと───加えて柱間の言葉を信じきれなかった自身の選択を十秒後に後悔することになるとは、誰が予想できようか。

 

 ハルカがスイッチを起動した瞬間彼女らを襲ったのは、ユウカが予想していたような上階方向から聞こえてくる爆発音かと思ったら、彼女らも巻き込んだ周囲一帯の大爆発である。

 

 突如としてミレニアムタワー中央部に開いた巨大な大穴をその場の全員が落下していく。それはやはりアスナと柱間も例外ではなく、片や能天気に、片や冷静に周囲を見渡していた。

 

 「あっはははは!どうしよっか!先生!」

 「ふむ、そうさなぁ……」

 

 取り敢えず何ともなさそうなアスナを確認した柱間が周囲をチラリと見渡す。一先ず目立った外傷を負ったものは一人もいないようだが、先ほどの爆発の拍子でアカネが手放してしまい柱間の近くまで寄ってきたイズナが視界に飛び込んでくる。どうやら未だ意識が回復しないようで目を閉じたまま無言で落下していた。

 

 「……っふ!アスナ!」

 「オッケー!──よっと!」

 

 柱間が空中で足を振り上げイズナの太もものクナイを掠めるようにつま先で小突くと、クルクルと空中を舞いながら二人の元まで飛んで行く。片足を振り上げた状態の柱間がアスナの名を呼ぶと、その意図を察した彼女が足首を軽く振って靴を脱ぎ捨てると、器用につま先でクナイの取っ手を鷲掴みにする。

 

 「──ほいっと!はいどうぞ、先生!」

 「うむ!──っと」

 

 そのまま、軽く慣性をつけて器用に投げ飛ばし、柱間にパスするとそれをキャッチした柱間が羽織の端に切先を引っ掛け、そのまま羽織を破き二人の体が解放されてやっとこさ密着状態から離れた。

 

 「アスナ、ちょいと足を貸してくれ」

 「足?……あ、そういうことね。オッケー!」

 

 拘束からは解かれた二人だが、かと言って空中で身動きが取れるわけでもないのは当然の話でせいぜい出来ることと言えばもう間も無く予見される衝撃に身構える程度のことだが、このまま頭から落下していくイズナを放置するわけにもいかず────器用に空中で姿勢を整える柱間とアスナが足裏を合わせ、互いの身体を蹴り飛ばし、真反対へと飛んで行った。

 

 「よっと!」

 

 「うんしょ!大丈夫?ユウカ」

 「きゃ!……あ、アスナ先輩?」

 

 柱間がイズナを、アスナがユウカを抱えて姿勢を整える。このまま地面に着地するかと思えた彼らだが───

 

 「───ふん!!」

 

 爆破によって崩落し剥き出しなった鉄筋を空いた手で鷲掴み、落下の勢いを乗せて身体を回転させる。そのまま大車輪のように一回転して飛び上がり廊下へ滑り込むように着地した。

 

 「っと。おい、イズナ、大丈夫か?」

 「……ん、んん、んあ……ぁぇ……?………──あぅじどのぉ……?」

 

 「あぁ、オレだ。無事ぞ?気分はどうだ」

 

 イズナの頬を軽く叩きながら彼女の安否を確認する柱間が、その傍らに他の人間の様子を確認する。と言っても柱間と同様に巧みな身のこなしで、大穴を挟んで対岸に着地したアスナとユウカを除き、空中で身動き一つ取れなかった他の生徒は更に深い階層まで落下したようで影も形もなかった。

 

 「……ッ!あ、主殿!イズナは確か…!?」

 「あぁ、世界の広さを知ったという所だな」

 

 「…ッ、すみません……!あれほどの啖呵を切っておきながらイズナは……」

 

 「いや、上出来ぞ。十二分に時間は稼いでくれた」

 

 慰めるように微笑む柱間が安心させるように彼女の頭を撫でると、彼の言葉に期待を込めたイズナが恐る恐るといった雰囲気で尋ね返す。良い返事が返ってくるものとばかり考えていたイズナだったが、どこか渋い顔をする柱間に首を傾げるのだった。

 

 「で、では、任務は…!」

 「あ、あぁ、いや……実際、時間は十分、多すぎるくらい稼いではくれたのだがな……」

 「………?」

 

 柱間が困ったように頰を掻きながら空いた手の親指を立てて自身の背後を指すと、首を傾げるイズナがヒョコッと顔を上げてそちらに視線を向ける。

 

 「………へ?えぇぇええええええええッ!?な、何があったんですか!?主殿!?」

 「まぁ、ちぃとな……」

 

 「せんせー!!」

 

 ん?と言って振り向くと、巨大な縦穴を挟んで向こう側の廊下にいるアスナがこちらの安否を手を振って確認していた。

 

 「大丈夫〜?」

 「あぁ!無事ぞ!そっちも問題ないか!?」

 「うん!ユウカも無事だよ〜!」

 「そうか!なら良い!」

 

 「良くないでしょッ!!そこ動かないで下さいよッ!!今捕まえに行きますからねえッ!!!」

 

 二人の穏やかな会話をぶった斬るのは、当然ながら怒りに声を震わせるセミナーの会計、早瀬ユウカ。予期してなかった唐突なスカイダイビングによる恐怖と、落ち着いてから実感するミレニアムタワーの修繕費による頭痛と胃痛、そして何より───ここまでの理不尽に苛まれる自身の現状に対する憤怒を全て乗せる勢いで怒声を放っていた。

 

 「あ、主殿……そうとう怒ってます……!」

 「う、うむ……ちぃとやりすぎたか……」

 

 勿論この爆発についてはハルカによる犯行のため、柱間の与り知らない所ではあるのだが、元を正せば自分達が襲撃したためこのような手段に頼ったわけで、やはり自身の口を出せる話ではない。イズナを立ち上がらせ直ぐにでもトンズラをここうとしたのだが────

 

 「……ん?」

 「?どうされました?主殿」

 

 「いや、何か声が……」

 

 そう言って、自分たちの落下してきた方向───真上の大穴を見上げる柱間。彼の姿に釣られて同様に他の三人も少し前に出て天井に広がる暗闇に視線を向けると、先ず薄らと見えてきたのは───

 

 「…あ、ドローン…!」

 

 ユウカが護身用兼捕縛用にと部屋を出る際に連れ出したドローンが、皆の落下速度に遅れてようやっと辿り着く姿で───

 

 

 「「「わあああぁぁぁあああああッ!!!」」」

 「も、モモイとミドリ!?」

 「ぶ、部長!?」

 

───そんなドローンに、抱き着く形で三人が降りてくる姿だった。

 

 「モモイ!ミドリ!ミチル!こっちぞ!!」

 「…あッ!せんせ──ッ、うわああああッ!!」

 

 目を閉じドローンにしがみつく三人が聞き覚えのある声に目を開いてそちらへ視線を向けると両腕を開き胸を広げる柱間の姿を確認する。意を決した三人がそれぞれ勇気を振り絞り、叫び声を上げながら彼の胸元に飛び込んだ───

 

 

───のだが、

 

 「あ」

 「ぶ、部長!」

 「ミチル!」

 

 少しばかり飛距離が足りず、柱間の手を掠めるミチルが奈落へと落下していく。慌てた柱間がゲーム開発部の姉妹を抱きとめたまま、前のめりに覗き込むような形で大穴を覗き込む───

 

 

────よりも早く、柱間とイズナの背後から素早く現れた誰かが、間一髪で彼女の手を掴んだ。

 

 「ッ、───おらッ!!」

 「───うわッ!っとと!」

 

 「っぶねぇな……おい、無事か?」

 「あ、うん……あ、ありがと……」

 

 無理矢理に引き上げられたミチルが恐る恐る閉じていた目を開くと確かに感じる地面の感覚と、喪失した浮遊感に自身の状況を理解して、未だ整理が付かないままに感謝を述べる。それを受け取った───スカジャンを羽織る、橙色の髪の毛の小柄な少女が、言葉を返した。

 

 

 「気にすんな。んなことよりもよ───

 

 

 

 

─────誰だよ。テメェら」

 

 

 




ご清覧ありがとうございます!
鏡奪還にめちゃくちゃ時間をかけて申し訳ない……下手したら次回でも終わらない…かも。終わらせて早く次に進めたい気持ちはあるんですけどね……
現在感想への返信が滞っており申し訳ありません。明日まとめて返信したいと思います。
それではまた次回

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