Hashirama Archive   作:アテナ18号

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猜疑心

 

 

────たった一夜にしてミレニアムの要人達を巻き込み、果てはダブルオーすらも出動することとなった鏡の奪還作戦。

 

 結論から言えば"鏡"の奪還自体は成功に終わった。闇夜に紛れて市街地に消えていくドローンの行方などセミナーに分かりようもなく、空が青みがかり朝日が地平線より登る頃、問題なくエンジニア部経由でヴェリタスへと渡ることとなった。

 

 ともすれば、この時点でゲーム開発部の勝ちと言えるのだが、さて首謀者の彼女らはと言うと───最上階。逃げ場なく追い詰められたかのように思えたユズとアリスは、新入部員の起死回生の一手により窮地を逃げ出し───

 

 

 

 「一晩そこで反省してなさいッ!!」

 「うわあぁぁあああん!!」

 

 

────そして奇跡も何も起こるはずもなく、普通にゲーム開発部全員仲良くメイド部に捕まるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ああぁぁぁああああぁぁ……施設の修繕費に警備ドローンの費用……臨時休校に際しての諸々の日程調整や被害額……あぁ、便利屋の方々への依頼料もあったわね……ぁぁああぁぁ……」

 「ふふ、いつになく酷い隈ですね、ユウカちゃん」

 「笑い事じゃないわよぉ、ノア……」

 

 首謀者四人を反省部屋にぶち込んだユウカが息を切らしながらクソ長い階段を登り切って、彼女らしくなくドカッと椅子に体重を乗せて腰掛ける。まさかこんな形でセミナーの拠点が最上階に位置することを後悔する日が来るとは夢にも思わなかったろう。

 

 「……それで……」

 「う……」

 「ふふ」

 

 ジロッと視線を横に向けるユウカ。彼女の何処か淀んだ瞳が声色以上に不機嫌であることを言外に伝えており、そんな彼女の視線を受けた大人が居心地の悪そうな声を上げると、二人のやりとりを他人事のように眺め小さく笑うノアが淡々と事務仕事を進めていた。

 

 「……何ですか、失態を犯した私のことを笑いに来たんですか」

 「い、いや違う!その、だな…」

 

 いつになく言葉に棘のあるユウカが何処かの風紀委員会の行政官を彷彿とさせる嫌味を口にする。普段は活発で柱間を責め立てることのない彼女の低い声色に驚く柱間が動揺してたじろぐが、今更弁明など出来るはずもなくジトっとした視線に返す言葉を失っていた。

 

 「ゲーム開発部なら一日後には謹慎が解けますよ。ヴェリタス及びエンジニア部はお咎めなしです。………えぇ、えぇ!そうですね!ヒマリ先輩に言われたから仕方ないですもんね!シャーレも、仕方なく加担しただけですもんね!」

 「ゆ、ユウカ…」

 

 「───今は先生の顔なんて、見たくありません!どっか行ってください!!」

 

 「──────」

 

 八つ当たり───とも言えない、割と真っ当な怒りに当てられ怒鳴り散らすユウカの言葉に口を開いて目を見開き固まる柱間。自身の愛する生徒に初めて受けた拒絶の言葉に───まるで、娘に嫌いと言われた父親のような、そんな悲壮感を漂わせて肩を落とし───踵を返してトボトボと部屋から出ていくのだった。

 

 「あらあら、良いんですか?ユウカちゃん、心にもないことを…」

 「……ふん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「なるほど、そんな裏事情が…」

 「と、ということは主殿は本意ではなかったということですか!?」

 「そ、そりゃあ嫌でしょ……その、ミレニアムのお偉いさん?がオッケーしてるとは言え、明確に犯罪だしユウカには迷惑かけるだろうし…」

 

 「そ、そんな…」

 

 柱間がセミナー室に足を運んでいる間───柱間から聞いた事情を部員の二人に共有するミチル。自身の中で少し疑問に思うところはあったのか、素直に納得するツクヨに対して顔を青ざめさせるイズナに残酷な言葉を被せるミチル。両手を震わせ涙目になる彼女に同情しつつも少しは盲目な視界が晴れることを期待しつつ、ミチルがツクヨに話を振った。

 

 「そう言えば、ツクヨはいったい何してたの」

 

 「え?あ、はい。その、元々はユズさんと一緒に後から皆さんに追いつく予定だったんですが……」

 

 

 

 

 

 

 

 『えっと、ここ、ですか?』

 『うん。まだ出てくる所を確認してないから建物内にいる。くれぐれも注意して』

 

 『は、はい…!』

 

 自分にも出来ることを、と臆病な彼女が勇気を振り絞って慎重に建物内へと足を踏み入れる。

 

 カリンとは別に、アルというスナイパーが現れたことによりウタハとヒビキだけでは対応が不可能だという彼女らの通信から、現場へと向かわされたツクヨにたった一人での便利屋社長の鎮圧という重責が課された。勿論動揺や焦りがあったのは確かだが、責任感という一点においては今回のメンバーの中で一番と言って良いほどに大きい彼女が暗闇に怯えながらも歩を進めていた。

 

 『うぅ……こ、怖いです……』

 『慎重に声を抑えて、気付かれないようにね。先に見つけた方の勝ちだから』

 

 『は、はい……あ、明かり…!』

 

 声を抑えて足音を立てないようにゆっくり進むツクヨが───反射的に明かりを付けてしまう。その直後───

 

 

 

───……え。な、なに……?

 

 

 『あ』

 『?…どうしたの?』

 『え、えっと、あの、明かりつけたら…バレちゃった、かも…』

 

 『───今すぐ切って、急いで隠れて!』

 『あ、は、はい…!』

 

 パチっとすぐさまスイッチを切り再び室内が暗闇に包まれる。足早に部屋の角の観葉植物に身を隠すツクヨの鼓動が早まり、正常な判断力を失っていた。

 

 『う、あぅあ……!』

 『落ち着いて。敵はどう?こっちに気付いてる?』

 『え、えっと──『で、出てきなさいッ!!』─ひぃ!?』

 

 無線越しにハレにも聞こえるほど大きな声量でアルが怒鳴ると、ツクヨが小さく悲鳴を上げる。その後も気配を殺すように息を潜めるツクヨが、その図体とは裏腹に小動物のように体を震わせていると───アルが玄関口へと歩いて行った。

 

 『あ…!ば、バレてないみたいです…!』

 『良かった……今対象は?』

 『え、えっと…外に出ようとしてます…!』

 『外に出ようと───え!?じゃあ早く止めて!!』

 

 「え!?あ、は、はい!えっと、えっと…!」

 

 ハレの言葉に慌ててその場から離れてアルの背中を追いかけるツクヨが銃を握りながら彼女に駆け寄り───混乱に陥る。自分の実力を過信していない彼女がよもや先手を取れたくらいで目前の対象に敵うとも考えておらず、ならば背後から拘束すべきなのか、とイズナと柱間の特訓の光景を頭の中に思い描くが彼女にそれほどの力量は存在しない。

 

 『(どうしたら、どうしたら……!……あれ?)』

 『………へ?』

 『……ぁ……』

 

 それほどまでに思考の波に流されていたのか、気付けば対象の背後に立ち尽くしていたツクヨがアルの気の抜けたような声に反応して小さく声を漏らす。ゆっくりゆっくりとこちらに振り向く紅い髪のスナイパーの姿に、どうすべきか答えが出せず、焦りと動揺が入り混じり引き金に指が伸びなかった彼女は───

 

 

 

 『───わあッ!!!』

 『きゃあああああああああああ!!?!?』

 

 

───レッサーパンダのように両手を上げて、咄嗟に大声を出し威嚇するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……な、なるほど、お手柄だね。ツクヨ」

 「み、皆さんのお役に立てたなら良かったです!ま、まぁその後アルさんを背負って学校に帰ったら凄いことになってて驚きましたが……」

 「あ、あはは……ふぁ……」

 

 ツクヨの言葉に苦笑いをしたミチルが眠そうに欠伸をすると、何も言わずにツクヨが彼女の背後に回り彼女の肩を揉みほぐす。徹夜で事に当たっていた彼女らが眠気を催すのも仕方ない話で、今現在色々とセミナーと話しているであろう柱間の帰還を待ち、彼と一緒に一旦百鬼夜行まで帰るつもりである。

 

 「……あ、お疲れ───しぇ、しぇんしぇいどにょ!?だ、大丈夫!?」

 「あぁ……大丈夫だ……」

 「ぜ、全然大丈夫そうには見えませんが…!」

 

 廊下の角、椅子などが併設されている学生用の休憩スペースの隣で時間を潰す事数十分、まだ朝早く────急遽ミレニアムタワーの改修工事が入ったため人の少ない廊下に、コツコツと小さな足音が鳴り響く。音の主に察しのついたミチルがそちらへ顔を向けるのだが───いつになく、落ち込んだ顔の顧問が顔に暗い影を落としながら歩み寄ってきている事に驚き先ほどまでの眠気など忘れたように彼に駆け寄って小さな体躯を一生懸命爪先立ちで伸ばしツクヨと一緒に背中を摩って元気づけていた。

 

 「あ、主殿……」

 「…ん?」

 

 「い、イズナはその……あ、主殿の真意に気付けず……ま、またしても早とちりを……」

 

 どんよりと肩を落とす柱間に対して遠慮がちに口を開くのは、いつになく耳と尻尾が垂れ下がり目を泳がせる彼の教え子である久田イズナ。勿論考えの至らなかった自身に対する負い目もあるのだろうが、加えて彼自身が落ち込んでいるのもイズナを口篭らせる要因だろう。それを自覚したのか、いかんいかんと柱間が自身の顔を揉みほぐす。

 

 「んん。何、気にするな───と言っても、貴様自身が納得せんか」

 「い、イズナは……」

 

 「ふむ、イズナよ。まず先に言っておくと、今回の貴様の活躍は目を見張るものだった。オレも感謝しておる。よくやったの、イズナ!」

 「あ、ありがとうございます!…し、しかし…」

 

 「…ふむ、ミチルから話を聞いたな?」

 「あ、え、えっと、ごめん先生殿!話しちゃった…」

 

 「気にするな。話しても構わんと言っておったからな」

 

 柱間がイズナの頭を撫でると一瞬息を吹き返したかのように尻尾がパタパタと揺れるが、思い出したかのように再び地面にへにょりと垂れ下がる。彼女の口振りから察してミチルへ視線を向けると、何を勘違いしたのか慌てて弁明を行う彼女を落ち着かせるように微笑んだ。

 

 「さてイズナよ、ミチルから聞いた通りオレは今回の件、全て把握しておった。そこに関してはお前に限らずツクヨにも、騙す形でシャーレの仕事に付き合わせてしまいすまなかった。この通りだ」

 「い、いえそんな!私は別に…!」

 「お、お顔を上げてください!主殿!」

 

 「……その上でイズナ、結果的にはなるがお前はオレの望む通りに動いてくれた。オレ個人の感情で言うならお前の働きぶりに全く不満はない。それでも───何か思うところがあるのか?」

 「そ、それは……」

 

 柱間が真剣な顔でイズナに問いただせば直ぐには返事が返ってこず、彼の真っ直ぐな瞳から逃げるように視線を泳がせる。

 

 「…わ、分かりません……あ、主殿にご迷惑をおかけしていないことは安心しましたが……その……何と言えば良いか……モヤモヤ、するんです…」

 「ふむ……つまりは、結果論ではないかと?」

 「そう、なのでしょうか……」

 

 「オレに従っていれば問題ない、という考えに陰りが生じているのかもな」

 

 柱間がそう口にすると、慌てたようにイズナが顔を上げて顔を青ざめさせ、彼の言葉を否定する。彼にそんな意図はなかったにしても、強い拒絶のように受け取ってしまったのかもしれない。

 

 「そ、そんなことはありません!イズナは主殿のことを…!!」

 「はは!落ち着け!別に悪いことじゃない、寧ろ良い兆候ぞ!」

 「いい、ちょうこう…?」

 

 「あぁ。……オレ達が初めて会った日のことだ。オレは貴様に、自分で考えろ、と言ったな?その言葉通りにお前は自身の足で奔走し……最終的にオレを支えてくれたわけだが、今はどうだ?」

 

 「今は……」

 

 厳しいようにも、優しいようにも聞こえる彼の口調がイズナを宥める。現状の自身の身の振り方を諌めるような主人の言葉に表情を歪めるイズナ。

 

 「正直、事前にオレと言葉を交わしていたとしても、やる事なす事は変わらなかったろう。だが……後悔や後腐れはなかったはずだ」

 「………」

 「オレも出来る限りお前の期待に応えてやりたい。だが時には間違うこともある。学ぶとは真似ぶことだが……その逆も然り、とは言えぬ。模倣を学習へと昇華させるには貴様自身の、主体的な姿勢が必要だ。そこには勿論、ミチルのように懐疑的な視点も必要になってくる」

 

 口を閉ざし、不貞腐れているようにも見えるイズナを見下ろして、小さく笑う柱間がポンポンと彼女の頭を撫でる。

 

 「───だから、良いことだ。お前が漠然と"モヤモヤ"する、と言えていることは」

 「主殿……」

 「イズナ、オレを疑えと言っているのではない。どんな時も、自分で答えを出すことを忘れないでくれ。その結果として、オレを疑うことになるかもしれない、というだけの話だ」

 「し、しかし……主殿を疑うなど……」

 

 「信頼は惰性にかまける為の言い訳ではない。それにそこまで重たい話でもないからな。少し疑問に思ったら遠慮せずに聞いてくれという話だ」

 

 膝を折って屈む柱間がイズナの顔を覗き込むように視線を合わせると、少し戸惑ったようなイズナが目を合わせたかと思えば、直ぐ様視線を外してしまう。そんなやりとりを数回繰り返すが柱間は依然として微笑みを絶やさずイズナをジッと見つめており、観念したようにイズナが柱間の目を見つめて返事を返した。

 

 「…ッ、分かりました!イズナ、今回の事を糧により一層精進して参ります!」

 「うむ!その意気ぞ!ただ、勘違いはしないでくれ。何度も言うが今回の件、オレは貴様の行動を立派だったと感心しておる。もしお前が何かしら思う所があるのであれば、という話なだけで自身の行動を振り返り無理に粗探しをする必要はないからの」

 

 「は、はい!承知しました!主殿!」

 

 元気を取り戻したイズナが頭を撫でる心地よい感覚にえへへと笑い声を上げ、思わず尻尾を大きく振って耳を立てればその様子を端から眺めていたミチルが一安心したように微笑んだ。

 

 「先生殿、この後はどうするの?直ぐに百鬼夜行帰る?」

 「いや、まだミレニアムでちぃと野暮用がな。その後は……どうせモモイ達は一日動けんだろうから、この間にシャーレの仕事でも片しておこうかの」

 「え?だ、大丈夫ですか?先生。徹夜明けですが……」

 

 「なぁに、このくらい慣れたものぞ」

 

 そう言って腰に左手を当て右手の親指を立てて自身を指す彼の顔は確かにミチル達の眠気を隠せない顔とは異なり深い隈一つなく、前職の関係かもしくは体質なのかは不明だが、眠くないというのは強ち嘘でもなさそうだった。

 

 「主殿!でしたらイズナも…!……んん!お手伝いいたします!」

 「その気持ちは嬉しいが無理はするな。欠伸を嚙み殺すほど気張って体を壊しては元も子もないからの」

 「あぅ……」

 

 「そういうわけぞ。悪いがオレ抜きで帰ってもらえるかの?っと、コイツも渡しとく。部活やらなんやらで入り用なら勝手に使ってくれ」

 

 そう言って財布を取り出し三人分の帰りの駄賃をまとめてミチルに手渡す柱間が、思い出したかのようにポケットから自宅の鍵を取り出し手渡した。少し戸惑い気味に受け取ったミチルがカギと柱間を交互に見つめる。

 

 「えっと、私が持ってたら先生殿が家に入れないんじゃ…」

 「心配するな。裏口の鍵なら持っとる」

 「そ、そう?じゃあ……お言葉に甘えて」

 

 互いに手を振って別れる両者。廊下の奥へと消えていく三人の生徒を見送った柱間が───頭を掻きながら溜め息を吐くところを見るに、未だユウカからのダメージを引きずっているようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「…………」

 

 「リーダー…」

 

 ミレニアム校内の広間にて、不機嫌そうにも、落ち着いているようにも見えるC&Cの部長が手すりに腰をかける。そんな行儀の悪い彼女の複雑な心境を察知したのか、他の部員が困ったように彼女を眺めていた。

 

 「その、申し訳ありません。この依頼を受諾して作戦を準備したのは私です。メイド部の名に傷を──「ちげぇよ」──は、はい?」

 

 「……事情はユウカから聞いた。お咎めも無しってな。リオのやろうも、作戦は撤回だとよ」

 「生徒会長から?」

 

 「あぁ。出し抜かれたのは事実かもしれねぇが……依頼主がOK出してんだ、んなこといつまでも引きずるかよ」

 

 自分より二回りも小さい少女に、恐る恐る頭を下げるアカネが少し怯えた様子を見せるのは、身内同士にもやはり存在する力による序列のようなものだろうか。普段はネルを諌めてどこかおちょくるような彼女が畏怖を抱くほどに、ネルの放つ覇気というものが後輩達に否応なく降りかかっていた。

 

 「では、どうされたのですか?リーダー。何か思い詰めた様子ですが…」

 

 「……シャーレの先生だよ」

 「───……部長まで」

 

 「あ?んだよ、"まで"ってのは」

 

 シャーレの先生、その単語を出した瞬間に部員が三者三様の反応を示すが皆々が深い関心を持っている事は間違いなさそうだった。アスナはどこか嬉しそうに口角を上げ、アカネは驚いたように目を見開きカリンとお互いに見つめ合った後、溜め息を吐いて言葉を漏らしていた。

 

 「ふふ!奇遇だね!リーダー!実は私も先生のことが気になってたんだ!」

 「なんでだよ」

 

 「だって私も先生とやり合ったもん!ま、引き分けになっちゃったけどね!あ、でも鏡を取られてるわけだし私の負けなのかな?」

 

 「……はぁ。何もんだ、アイツ。キヴォトス外の人間って話じゃなかったか?シャーレの先生っつぅのは」

 

 アスナの話を聞くに、彼女ともそれなりにやりあえていたらしい。ネルに次いで好戦的な彼女が勝敗を濁すほどに手応えを感じているという事実に、さほど驚かないのはネル自身が彼とやり合ったからだろう。と言ってもその勝敗はネルの圧勝で終わっているのだが。

 

 「はい、その筈なのですが…」

 「リーダー、そんなに気になるのか?リーダーが勝ちはしたんだろう?別に実はキヴォトスの人間なんだったとしても、そこまで関心を寄せるほどでもない気がするんだが……」

 

 カリンが疑問を呈する。と言うのも、事実としてネルが柱間を鎮圧した事は彼女達の間で共有されている。その時点で格付けは済んでおり、仮にアスナが手玉に取られていたとして、確かにアスナを打ち負かすことは簡単なことではないがこのキヴォトスにそれほどの強者がいないのかと言えばそんなわけはなく、噂に名高い各校の最強格や、他校の風紀委員会の主力メンバーなんかは良い線をいくだろう。

 

 だからこそ、新たにシャーレの先生というそれなりの実力者が今回明るみになったところで多少目を光らせる事があったとしても、自分達の誇る最強のリーダーがそこまで興味を寄せる理由が分からないカリンだったが───リーダー本人がその疑問に対し、不可解な回答を行った。

 

 「……勝ったっつぅ感じがしねぇ」

 「?それはどういう…?」

 

 「あ?リーダーも?」

 

 ネルの言葉に同調するようにアスナが頭上から声をかける。

 

 「なんだ、お前もか」

 「うん!でも言葉にするのが難しいんだよね」

 

 「……アスナ先輩は、柱間先生をとても警戒していた様子でしたが…」

 

 アカネが数時間前のアスナの言葉を思い出す。柱間の解放を制止する彼女の言葉に少なくない衝撃を受け、彼女らしくなく一瞬言葉を失ってしまった任務中の一幕。そのことについて尋ねると先ほどの本人の言葉にもあるように、彼女自身も説明が付かないようであった。

 

 「何となく、まだ余力があるんじゃないかってね!勘だけど!」

 「リーダーは……」

 

 「……分かんねぇ。あからさまな手抜きも感じなかった。演技って感じもな。ただ……ちぐはぐな感じがする」

 「ちぐはぐ?」

 

 「肝っ玉が据わりすぎてる。こっちは重火器携帯して凸ってんだぞ。キヴォトス外の人間にとっちゃ生と死の瀬戸際だろ。なのに動揺の一つも見られねぇ。ただ神経が図太いだけなのか……もしくは、こんな玩具じゃ脅しにすらなりゃしねぇってか?」

 

 少し怒りを滲ませて自身の愛銃を掲げるネルが言葉を続ける。

 

 「……そんな奴にしちゃあ、余りにもあっさりと行き過ぎた。もうちっと粘るもんかと思ったんだがな」

 「ただの考えすぎでは?仮に柱間先生の実力が元居た環境で卓越した領域にあるとして、やはりキヴォトス内外のアベレージの違いが顕著に表れているだけではないかと」

 「……納得していない様子だな、リーダー」

 

 「あたりめぇだろ」

 

 アカネが再度宥めようと試みるが、一向にネルの表情が晴れることはない。能天気なアスナと違ってネルがここまで思い悩む理由としては、強者という可能性に対する大きな期待と───一抹の不安から。

 

 ネル自身が言葉に出したように彼女は彼が手を抜いているようには思えなかった。純然たる力量差によってねじ伏せた実感はあるが───心の内に漂う言い知れぬ不安が現実のものであった場合、彼女は彼に───気を遣われ、彼女自身が気づけないほどに圧倒的な戦いを演じさせられていた、ということになる。

 勿論彼らの目的は鏡の奪還であり勝利に固執しなかった、という可能性もあるが───そうでなかった場合、自分は知らず知らずの内に柱間によって意図的に注がれた勝利の美酒を嗜んでいたこととなる。その事実が、彼女のプライドに怒りという形で小さな炎をくすぶらせていた。

 

 「では、どうされますか?」

 「調べとけ、シャーレの先生と───ついでにゲーム開発部、特にアリスとかいう奴のことをな」

 

 「はい、分かりま──……?アリスちゃんのことも、ですか?」

 

 話の流れから柱間の名が挙がることは予測できていたが、唐突にゲーム開発部の新人部員の名が挙がり不思議に思うアカネ。同様に他の部員も首を傾げていた。

 

 「あぁ。……リオが作戦撤回したのは言ったろ?ユウカとお前らの話を聞く限りヴェリタスの頭とリオの野郎が結託して仕組んだことなんだろうが……大方、あの新入部員を試すためだろ」

 「アリスちゃんを、ですか?」

 

 「リオの野郎が聞いて来てな。アリスと会敵したかってよ。まぁお前らに追いついた時にゃもう片付いてたからあたしの出る幕はなかったわけだけどな」

 「なんでわざわざゲーム開発部の一部員にそこまで…」

 「さぁな、んなことまで知るかよ。ただ……ユウカは何か濁してたが、訳アリっぽいからな。正体が分かったところでどうこうすんのもあたしらの役目じゃねぇが……知っといて損はないだろ、一応な」

 

 アリスの話になると露骨に退屈そうに溜息を吐くネル。確かに今回の騒動、自身の信頼する部員達の包囲網をかいくぐったゲーム開発部の人間に関心がないわけではないのだが、現状の彼女の興味はどうやらシャーレの先生にしか向いていないらしく、その矢印自体もあまりポジティブなモノとは言い難い。

 

 ネルからの指示を受け取った部員が各員了承し、その場を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「くぁ……んん、ねみぃ……ったく。んであたしがわざわざ買い出しなんか…」

 

 お昼時、とある大型のショッピングモール内にて。

 

 あの後解散し各々自由行動に移ったはずのメイド部だが───スマホに表示されるとある後輩からのモモトーク───もとい、おつかいリストのメモを眺めながら一人歩くのはそのリーダー、美甘ネル。あの場で解散したのは間違いないのだが、唐突に届いたアカネからのお使いのお願いに異議を唱えつつも最終的に渋々足を運ぶこととなった。

 

 勿論最初は他の人間に頼めとモモトーク上で反論した彼女だが、カリンは補修、アスナは別の潜入任務で席を外せないと来た。ではお前が行けと言った所、ゲーム開発部とシャーレの調査はお任せしますねと言われれば───仕方なく出向くしかなかったのである。

 

 「……てか雑巾の数多すぎるだろ、んなに使い捨てるもんか…?……ん?」

 

 そんな、肩を落としてつまらなそうに買い物リストを眺めボヤいていると、がやがやと騒がしい音が聞こえてくる。と言っても何か事件が起きて人通りができているわけではない。顔を上げてチラリとそちらへ視線を向ければ様々な店が連立して立ち並ぶモール内の一角に、煌びやかで賑やかな音を立てるゲームセンター区画が配置してあるだけだった。深夜から明け方の任務から半日も経たず"ゲーム"と聞けばやはり想起するのはゲーム開発部のことで、脳裏に思い浮かべるのは一際巨大な得物を握る一人の少女の姿。

 

 「(……アレが見掛け倒しじゃなけりゃ個人用の携帯火器としては法外なサイズだが……リオが関心を寄せてるってこたぁただのオモチャじゃねぇんだろうな…)」

 

 「……どうせエンジニア部のもんだろ、後で尋ねっか………」

 

 買い物の暇つぶしをするように色々と考えた結果、結局分かったことはここで細々と一人で予測を立てた所で何も判明しないという事実だけだった。はぁと溜息を吐く彼女が観念して退屈な作業に復帰しようとしたところ─── 

 

 「……ん?」

 

 気のせいか、何か聞き覚えのある声を耳にしたような気がしてゲームセンター区画へと目を向ける。クレーンゲームからメダルゲーム、ワンコインで遊べる格ゲーやFPSの筐体など様々なモノが置いてあるそこから聞こえるのは耳が痛くなるほどの激しい電子音ばかりなのだが───聞き間違いかと思いつつそちらへと足を運んでいくネルがしばらく歩き回った所───

 

 

 

 「はい!またまたムツキちゃんの勝ちィ!くっふふ~!」

 「っかぁ~!全然うまくいかんな!……ん?おぉ!ネルか!さっきぶりだの!」

 

 

 「……何やってんだよ、お前ら」

 

 

───見覚えのある生徒とシャーレの先生が、ダンスゲームの筐体の前に立つ姿だった。

 

 

 

 

 




ご清覧ありがとうございます!
唐突な流れかもしれませんが、これで鏡奪還はいったん終了ということで…
次回からゲーム作りと言っていたのに、ストーリーが進んでおらず申し訳ありません!
今しばらくお待ちいただければ…!
それではまた次回

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