「……もうそろそろですか」
「……どうした、ハスミ」
一仕事終え休憩を挟む、黒衣に身を包む二人の少女。片や物静かで理性的な、それでいてどこか優しさを感じさせる穏やかな瞳で、片や近づくもの全てを射殺さんとする、刃物のように鋭利な目元。そんな正義実現委員会のNo.1とNo.2が互いに手を止め言葉を交わしていた。
「すみませんツルギ。少々席を外します。と言っても暴徒を鎮圧したばかりですし、今しばらく何も起きないとは思いますが……」
「……ハスミ、お前さっき駅前でパフェ食べたばかり──「ち、違います!勘違いしないで下さい!!」
友人が何か勘違いしているようで失礼甚だしい言葉を口にするがそれでも強く言い返せないのは、彼女の呆れたような視線と、その視線を向けられるのに心当たりのありすぎる普段の自分の糖分に塗れた食生活に嘘をつくことができないからだ。
「……コホン、もうそろそろ先生がお邪魔するようなので、迎えに行こうと思いまして」
「先生?……あぁ、最近話題になっている、シャーレの先生か」
「えぇ。先日の礼も兼ねて挨拶がしたいとのことでして、律儀な方です」
「まぁ、信頼できる大人ということだろ?良いじゃないか」
「えぇ、一度しか顔を合わせておりませんが、良い方ですよ」
「……随分と買っているな、その先生とやらを」
まぁ、確かに言われても仕方ないかという自覚はある。治安維持という立場上、意図的に険悪にするわけでもないが初対面の相手となるとやはり一歩線を引いてしまいがち、言ってしまえば他人行儀なのだ。言葉では物腰柔らかく、その内心では色々と策略を巡らせて───そんなやり取りも珍しくない。だが、本当に慕われる人というのはそう言った余地を許さないのだと連邦生徒会の首席行政官と彼の会話を聞いていて理解した。
「……ツルギも話してみれば分かりますよ」
「……さぁ、どうだろうな」
どこか不貞腐れた態度のツルギ。というのも、彼女にも悪気があるわけではないのだが、癖のような独特な笑い方、テンションの昂りを抑えることのできない自律の効かない我が身のせいで、相手に逃げられることも少なくない。そんな立ち振る舞いでは当然の如くコミュニケーションに失敗したことも一つや二つでもなく、話してみればわかる、と言われても困るだけなのだ。
故に───
「…なら、ツルギも来ますか?」
「…………は?」
「……そう言えば、ツルギはどれくらい先生のことを把握しているのですか?」
「どれくらい、と言われてもな……サンクトゥムタワーの行政権奪還の功労者、というくらいしか。あとは……たしか、シャーレという法規的機関の顧問だったか?」
「えぇ、合っていますよ。あまり興味は湧きませんか?」
「あぁ。そう言った外交の話はティーパーティーの分野だろう。私たちが気にすることではない」
中庭を通って校門まで向かう秩序の化身が二人。この学園でもそれなりの著名人が二人並べばやはり人目を引くようで、お嬢様学校の淑女らしく軽く頭を下げるものや、少し怯えた様子で足早にさってしまうものなど、その反応は様々である。
「確かにそうかもしれませんが、シャーレの先生は各学園に積極的に関与してくることが予想されます。貴方も立場が立場なんですから、顔を合わせる機会も少なくないでしょう」
「……そういうのは、ハスミがやればいいだろう。お前の方が対面の受けは良い」
「駄々をこねないで下さい、ツルギ。それに先生はその程度でどうこう揺らいだりするお方ではありませんよ」
「……どーだかな」
「会えば分かりますよ」
「………」
側から見れば険悪な、彼女らからすれば普段の何気ない会話が繰り広げられる。今から会う人物の、ツルギの中での心象を少しでも柔らげておこうと彼の話題で気を引こうとするが、やはりと言うべきか警戒を解くどころか興味もなさそうにぶっきらぼうに言葉を吐き出すだけで、ハスミの言葉で心が揺らぐことはなさそうであった。どうしたものかと悩んだ末に小さくため息を吐き出し、仕方ないと彼女の興味を引きそうな話題を口にする。
「……そういえば、私が連邦生徒会に向かった日、成り行きで先生に戦術指揮を取ってもらったのですが……恐ろしいほど上手かったですよ」
「───ほう?」
案の定、曇天のような彼女の表情が一転、口元に笑みを浮かべ、ニヤリという擬音が聞こえてきそうな顔でハスミを見上げる。
「お前よりもか?」
「私など足元にも及びません。今まで出会ってきた中で、あれ以上はいないと断言できるほどです」
「…それほどか。───で、先生本人は?」
やはりか、という友人の疑問に残念ながらと言いかけて、口を止める。そう言えば、あの時はキヴォトス外の人間だからと必死にその場の人間で彼を引き留めたが、最初彼は街中の惨状を見た上で前線に出ることを厭わなかった。勿論、私たちの前で見栄を張った可能性もあるが果たして得物の一つも持たずにそんな無謀なことを言い出すのだろうか?
「……流石にキヴォトス外の方ですから───と、言いたいところですがそちらの方も心得ているようでしたよ」
「……ぐ、ぎぎききぃい、ぎひッ!!そうか……ッ!!」
「───ただ、やはりキヴォトス外での話です。おそらく貴方の期待に応えられはしません。だから唐突に襲い掛かるような真似はやめて下さいよ、ツルギ」
「……そんなことはしない。私を何だと思っているんだ」
「分かってはいますけど、念のためです」
感情の昂ったツルギを宥めるように声をかけるハスミ。もちろん友人が一組織の長として理知的な側面があることは十二分に理解している。普段の言動で怯えられることもあるが、基本的には目上との対談時には自分の立場を弁え敬語を使い、相手によって柔軟にその態度を変えることのできる、理性と気品を持ち合わせたトップにふさわしい人物であると、彼女の友人として胸を張って言えるが───それはそれとして、戦闘時に気分が乗って口調が荒々しくなるのも事実。それが治安維持に一役買っているため、あまり強気にも言えないし、まぁ言う気もないのだが。
「……あ、それと、言い忘れましたが男性です」
「………はぎぁ……っ!!」
「……こんなことを言うのもなんですが……加えて、そこそこ整った顔立ちです」
「……ぐげ……ぎぁ……!!」
「……まぁ、ツルギの嗜んでいる恋愛小説に出てくるようなお方とは違いますが……私は、どちらかと言うと戦闘、という面より、先生が気の利く殿方である点、そちらを懸念しています。くれぐれも、先生を前にして取り乱さぬように」
「は……ぎぇ……!」
先ほどまでの余裕のある表情は何処へやら、いきなり友人が重たいボディブローをぶちかまし、顔を青ざめたり赤く染めたりしながら苦悶に表情を歪ませ汗を垂らす。それは彼女の夢見る青春のひと時───学友との交流がソレに含まれるのは違いないが───に欠かすことのできない、殿方との甘酸っぱい時間。勿論、彼女だって誰かれ構わずがっつくわけではない。だがハスミが、親友が自分に忠告するということは「そうなる危険性を有する」と彼女は判断したわけだ。それだけの人なのだ。
先ほどまでの戦略的で、かつどこか理知的な思考など遥か彼方に消え去ったようで、どんな顔をして声をかければ良いのか、柄にもないメイクをしてくれば良かった、などとうら若き乙女のような可愛らしい焦燥に駆られ───
「オレはシャーレの先生をやっておる千手柱間ぞ!よろしく頼む、ツルギよ」
「はぎゃ……!!」
──そんな考えをまとめる間もなく、残酷にも先生と対面するのだった。
「ハッハッハッハ!!なるほどのぉ!可愛らしい悩みぞ!」
「これでもツルギにとっては死活問題なんですよ。そういった映画を嗜むくらいには───」
「は、ハスミッ!!私のプライベートの話はもういいだろ!!」
「ふふ、すみません。こんなツルギの姿を見るのは初めてでつい」
「す、すみませんハシラマ先生。つまらない話をお聞かせして」
「つまらないものか、お前の話を聞けて嬉しい限りぞ!どんな理由であれ、生徒に好意を持たれ喜ばぬ先生などおらぬ。ありがとう、ツルギよ」
「…ぐぎ、がぁ………!!」
───ダメだ。これはいけない。
焦がれていたシチュエーションの一つではある。気遣いもできて、自身を見ても怯えず、尖った鋭い心を優しくほぐしてくれる、歳上の殿方との会話。自身の境遇を仮想の恋愛小説に投影し、叶わぬ願いを何度幻想したことか。なるほど確かに幻想だ。直に浴びるには体に毒すぎる。こりゃいかん。
「せ、せせせせ、先生、きょ、きょきょきょ今日はど、どぅ、どうしたご用件で、で」
「ん?何、ハスミに先日の礼をな。ついでに、トリニティを見て回れたら、と思った次第ぞ」
「な、なるほど。その節は、ハスミが先生の世話になったようで…」
「なぁに、世話になったのはオレぞ!改めて、あの時は世話になったな、ハスミよ」
「いえ、私なんて大したことは。全てハシラマ先生の手柄あってこそ───いえ、いたちごっこですね。……あの時は、互いに世話になったということで」
「そうか?では、そういうことにしておこうかの」
たった一日といえどツルギよりハスミの方が交流が深いようで、どこか親しげに先生と言葉を交わしていた。それを眺めていたツルギが嫉妬心を燃やす───はずなどなく、彼女が噂の先生と良い関係を築けているようで、ホッと安心し頬を綻ばせる。自分と比べてハスミには頼れる友人は多いものの、基本的に人の上に立つ立場の人間。頼れる大人の存在は彼女の精神面に良い影響を与えることを考えれば、彼女の友人として安堵するのも仕方のないことであった。
「それより、急な訪問になって悪かったの」
「いえ、問題ありませんよ。SNSを拝見いたしました。先日はゲヘナに向かっていたようですが、あんな野蛮な地区と違って──「ハスミ」──ッ」
「先生の前だ。そうでなくとも他者との会話に私情を挟むな」
「ッ……失礼いたしました」
「(……なるほど、確かにトップの器ぞ)……ふむ、まぁ深くは詮索せん。色々、それこそ私情があろうぞ」
一瞬聞こえた、ハスミのゲヘナに対する酷い物言いと、荒々しい口調。声色から察するに、かの学園に何か思うところがあるのだろう。それを一瞬で察知し咎めるツルギの姿に、失礼なことを言うようだが先ほどまで見出せていなかった長としての風格を感じる。部下の失態を恥じたツルギが彼女に代わり頭を下げる。
「……すみません、ハシラマ先生。このような雰囲気になってしまい」
「頭を上げてくれ、ツルギよ。一筋縄ではいかぬ何かがあるのだろう?そういう者がおることはオレも身に染みてよく知っておる。無理に詮索するのが悪手だということもな」
「………」
「それよりも、時間があるなら何処か腰を下ろそうぞ。何ぞ二人とも、小腹など空いておらぬか?すまぬが急に来たもので何も持参しておらぬ。聞くところによるとトリニティでは"スイーツ"とやらが有名なのだろう?オレの奢りで良いから何処かおすすめの店でも──」
「そうですね。わたし的には最近リニューアルオープンされた、ここより徒歩三分あたりのカフェ・ドゥ・エールがおすすめかと」
「ハスミ、お前……」
自分の失態を恥じて口を閉じるハスミが、途端に好物の話になると水を得た魚のように息を吹き返し目にも止まらぬ速さでスマホを操作し目的の店を表示していた。そんな彼女の姿に笑うしかない柱間と、呆れたような親友の姿があった。
「ハスミ、お前な……」
「し、仕方ないじゃありませんか!?普通なら並ばないと手に入らない期間限定セットが、何の悪戯か残り一つだけあるんですよ!?頼まない方が失礼というものでしょう!」
「いや奢りだぞ、普通遠慮するだろう…」
「ハッハッハ!構わぬ、ツルギよ。逆にその遠慮のなさがオレには嬉しいぞ。お前も、もっと頼んでも良かったのだぞ?」
「い、いえ、私は別にそこまで腹が空いていたわけではありませんので……」
「そうか、気が変わったらいつでも注文して良いからの」
「あ、ありがとうございます」
ここに来るまでに少しは柱間に対する耐性が付いたようで、少なくとも会話が正常に成り立つくらいには慣れたようであるツルギ。と言ってもハスミが隣にいる影響は大きいし、今こうして話しても少し言葉につまずいてしまうのだが。注文を終え去っていく店員を見送った後、店内を見渡し、窓の外の一瞥してから口を開く。
「しかし、やはり学園によって特色がかなり違うの」
「そうですね。ミレニアムなどの新興の学園とは異なり特に歴史の深い自治区でもありますので」
「たしか、正式名称は……トリニティ総合学園、だったかの?」
「はい。名前の通り、元々この自治区には多数の学校が乱立しており、学校間の紛争が絶えない状況でして……」
「紛争、のぉ……」
「その紛争を回避するために会談が行われ、トリニティ総合学園が生まれました」
「そうか……辛い過去を乗り越え、今に繋がっておるわけか。立派な学園ぞ」
「そう言っていただけると幸いです」
紛争、という言葉を聞いて一瞬柱間の顔に影が差す。単純にその事実に心を痛めている以上にそのワードに思うところがあるような、生々しさを醸し出す暗い表情を、生徒に気づかれないような速さで即座に切り替え彼女らにはその意図を悟らせない。余計な気遣いをさせぬよう。
「…ところで、ハスミは"スイーツ"に目がないのだな。この"メニュー表"とやらを見ておった時、今まで見たお前の顔で一番生き生きした表情をしておったぞ!」
「そ、それはその!!」
「おっしゃる通りで、困ったモノです。ハスミ、先月は何回ダイエットを宣言したんだった?」
「つ、ツルギ!なんで今その話をするんですか!」
「……さっきの仕返しだ」
「つ、ツルギッ!!」
和気あいあいと会話が広がる。先ほどまでの暗い雰囲気とは一転、先生の笑い声と、ツルギの揶揄うような言葉と、ハスミの友人を咎める怒声と。周囲の邪魔にならないような、トリニティの淑女然とした声量で言葉が交わされていた。そんなおり。
「……ん、失礼、一旦席を外します」
「ぬ、電話か、分かった」
「……え?ち、ちょ、ち、ぎぁ、は、ハスミ?」
「ん?なんです?つる──……あぁ、なるほど」
ハスミの携帯が鳴り響く。自身のスマフォを確認したハスミが電話に出るため一旦店内から出ようとしたところ、顔を青ざめさせたツルギが自身の服の裾を引っ張っていた。いきなりどうしたのだろうと彼女のこの世の終わりのような絶望した顔を見て、彼女が何を恐れているのか理解し、確かに彼女を一人置いておくのは可哀想だと思い──
「すいません、少々長くなるかもしれませんので注文が届きましたらお二人でお先にお召し上がり下さい」
「ぬ?そうか、すまぬな」
「………は?」
「ツルギ」
「楽しんでくださいね?」
「……がッ……ぎゃ、ぐげ………ッ!?」
───それはそれとしてさっき自分を話の出汁に使ったのはシンプルにムカついたので腹いせに二人きりにしたのだった。
「それではハシラマ先生、一旦失礼いたします」
「あぁ。気長に待っておこうかの」
「………………」
大人の男性とカフェで二人きり。夢のようなシチュエーションなのだが、頭がパンクし言葉が何も出てこない。帰ってきたら一発ぶん殴ってやろうかと、過去にないくらい友人への怒りを募らせ───そんな、沸騰しそうな脳が目の前の男性を視界に捉えた途端、いよいよ別の熱で噴火しかけてしまいそうになる。
「さて……すまぬな、ツルギよ。こんな誰とも知れぬ老いぼれと一対一では気も休まらぬだろう」
「い、いぃぃいいいいい、いえッ!!せ、先生と、さ、さささ、さす、さ、サシで話せるのは、こ、こ、こ、光栄です!!!」
「ハハハ!!それは嬉しいのぉ!思えば、生徒とこうして一対一で飯屋で話すというのも初めての経験ぞ」
「は、は、は、は、はひぃへへへぇぇえ!?は、初めてぇぇえええッ!!?」
「あぁ、中々急しくて時間が取れなくての」
初めて!?先生の!?私がハシラマ先生の初めて!?小説でしか聞いたことない言葉だぞ!?なんかめちゃくちゃ良い響きッ!!!───じゃないッ!!落ち着け!!!単に一対一で食事をするのが初めてと言っただけだろ先生は!!!勝手に一人で浮かれるな!!!でも素敵な言葉だから覚えておこう。──あぁダメだッ!!なんか変な思考が紛れ込んでくる!!!
こんなことを考えながら、一人で睨めっこでもしているように柱間の前で表情をコロコロと変えるツルギ。そんな彼女を前にして、やはり余裕そうな、子供を見つめる穏やかな大人の瞳でジッと彼女を見つめていた。
「だから、こう言った場でしか話せぬこともあるだろう」
「こここ、こう言った、ばで、ででてて、しか!?」
「あぁ、故にツルギよ。一つ尋ねても良いか?」
「は、はははははははひぃ!!!」
「───あの時貴様が遮った、私情、とは何ぞ」
「───……な、るほど。……こほん、先程は取り乱して失礼しました。……正しく言葉通り、先生、というわけですね」
柱間が真剣な顔でツルギに問いかけると、先ほどまで慌てふためいていたのが嘘のように顔から熱がひき、言葉を一つ噛むことなく冷静に彼の言葉に返事を返す。
「……一つ、お尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「何ぞ」
「ハシラマ先生はソレをお聞きして如何なさるのでしょう。単なる好奇心から、というのであれば少々承諾しかねます」
「オレはこのキヴォトスの生徒達の先生だからの。あの時のハスミの言葉から推測するに……もし、彼女にゲヘナとの確執があるのなら知っておきたい。蓋をして見ないふりをすれば……いずれ必ず後悔する」
「……………」
ツルギが柱間の瞳をジッと見つめる。一点の曇りもない、まるで我々子供のように純粋な、それでいて安心感を覚えさせる澄んだ目をしており、しかし顔に緊張感のような、かすかな筋肉の硬直が見える。生徒のことを考え、真剣に向き合う彼の顔の眉間に軽く皺が寄っていた。
「勿論、言いたくないのなら無理に聞き出しはせぬ。今日会ったばかりだしの」
「……いえ、これからも先生として生徒と関わっていくならいずれどこかで耳にする話でしょうから構いません。……試すような真似をして、申し訳ありませんでした」
「なに、構わぬ。……お前が、ハスミのことを大変気にかけていることが分かった。彼女がお前のことを慕うはずぞ。お前とハスミ、互いに良い友を持ったの」
「えぇ……私には過ぎたほど良いやつです、ハスミは」
「そう自分を卑下するな。……それで、話してくれるかの」
はい、と一息ついて目を閉じる。そうして数秒意を決したように、ゆっくりと口を開く。
「……ハスミに限った話ではありません。トリニティの生徒の大多数がゲヘナに対して強い嫌悪感を抱いています」
「それは、やはり校風の違いぞ?」
「えぇ、それもあるでしょう。ただ、それ以上にゲヘナとトリニティのトップは昔から確執があり、その影響でゲヘナという単語に対して先入観が植え付けられている状況です。……まぁ、治安が悪いというのは強ち間違った先入観でもないのでしょうが」
「……ふむ」
「また、トリニティの確執は何も学園外との対立だけではありません」
瞬間、呆れたような、困ったような、諦めのような、どこか失望の念の混じった顔で表情を曇らせるツルギ。そのタイミングで互いのドリンクが届き、喉を潤わせた後、言葉を続けた。
「トリニティは一枚岩ではありません。表面上は由緒正しく、手を取り合い、慈愛に満ちた聖人の群れでしょう」
「そうではない、と?」
「はい。何故そういったシステムなのか、詳細は省きますがトリニティの生徒会長に当たる人物は三人おり、彼女らそれぞれを頂きに据える三派閥に別れ水面下での派閥争いに明け暮れる日々です。………ティーパーティー……生徒会のお三方が把握しているかは不明ですが、派閥の違いによるいじめの現場に出くわしたのも一度や二度ではありません」
「……………」
「淑女を気取ってはいますが、ある種目の敵としているゲヘナより醜い生々しさを垣間見ることがあるでしょう」
「そうか……」
「そう言った、上辺を取り繕うトリニティの性質と真反対な所もゲヘナへの反発に拍車をかけているのかもしれません」
「………」
「……ッ、そ、その……」
場を沈黙が支配する。たかだか学生、などと侮る気は毛頭無かった。柱間自身、子供の頃から過酷な境遇にさらされ親友とバカな夢物語を追いかけた身であるため、歳で区別をすることはあれど差別をすることはない。だがそれでも、元の世での権力争いを想起させるようなツルギの発言は、彼に重くのしかかった。今までゲヘナ、ミレニアムと来てなんやかんや慌ただしくも微笑ましい、青春ばかりを目にしていたからだ。どこか油断していた己の身を恥じる柱間。そんな彼の姿を視界に収めたツルギが慌てたように謝罪をする。
「も、申し訳ありません!ハシラマ先生がお尋ねされたことと関係ない事情まで……!」
「最初に言ったはずぞ。見て見ぬふりをすれば後悔すると。知れて良かった、感謝するぞ、ツルギよ」
「……しかし」
「まぁ、確かに一筋縄ではいかぬ話ぞ」
「…………」
罪悪感に苛まれるツルギ。最初はただ大人の男性というだけで心が浮つき正面からこの人を見据えることが出来ていなかったが、ここまで言葉を交わして分かるのは、とびきりの善人であること。どこの誰とも知れぬ子供を想い、我が事のようにこれほど表情を歪ませる大人を見たことがない。そんな、"良い人"に正義実現委員会としての責任感を一部押し付けてしまったような気がして心を痛めていた。
「……ツルギよ。貴様はどう思う?」
「私、ですか?どう、とは……」
そんな彼女を気遣ってかは分からないが、唐突に曖昧な質問を彼女に投げかける柱間。真剣な、それでいて圧を与えないような優しい顔つきで、場を茶化さない程度に声色を和らげ緊張感を保ちつつ話を促す。
「あぁ、オレも綺麗事ばかり言う質でもない。失望させるかもしれぬが、諦めが肝心ということも知っておる」
「………」
「だから、オレの前で取り繕うことはない。……この状況を、お前は本気で改善したいと思うか?それとも……どこか、諦観しておるのか?はたまた、一生徒で考慮するような話でもないと無関心か?お前がどのような解答をしようと、オレがお前に失望することも、侮蔑をすることもない。正直に話してほしい」
「……正直に、ですか」
目を閉じるツルギ。日夜肩に背負う正義実現委員会のNo.1という肩書き。その双肩にのしかかる重圧が軽いはずもなく、彼女を気遣うような、精神を侮辱するような柱間の言葉に怒りをあらわにするでもなく、ただただ思考の海に沈み───そうして数秒、ゆっくりと口を開いた。
「愚問です。私は正義実現委員会の委員長。その名の下に、己が正義を実現せんとする委員会の皆の想いを、傲慢にも背負う限り諦観などあり得ない」
「それは、正義実現委員会としての責任感ぞ?」
「それもありますが、それ以上に私の矜持です」
「良い覚悟ぞ!先程は試すような発言をしてすまなかった、ツルギよ」
「ッ、あ、頭を上げてください!先生!!わ、私なら大丈夫ですので!」
突如、顔に笑みを浮かべた柱間がツルギを褒め称え、次に綺麗に首を曲げ頭を下げる。彼女の意思を推し量るためとは言え、彼女の覚悟を蔑むような発言を重ねたのだ。この安い頭一つで許しを乞うのは心苦しいが、せめて首を垂れるべきだろうとツルギの青ざめた様子を視界にも収めず一方的に謝罪をし、再び顔を上げ彼女に視線を合わせる。
「……どこか、子供だと無意識に侮っておった。オレ自身の境遇も忘れてな。オレは先生だという驕りと、守るべき子供という庇護対象としか生徒を見ておらなんだのだろう。バカな男ぞ」
「い、いえ!わわ私などまだまだ若輩者ですから!さ、ささ先程は偉そうなことをいいいぃい言いました、ガッ!まだまだですので!!」
「ハッハッハ!重ねてになるがそう自身を卑下するな、ツルギよ。オレの言えた話でもないかもしれぬがな」
柱間が笑みを浮かべ顔を上げ、元の明るい雰囲気に戻ったことに露骨に安堵の息を漏らすツルギ。柱間にとっては軽い頭を下げたつもりだが、その軽い頭の何と重圧のかかることか。気が気でないと言った様子のツルギの顔は、結局額が机とくっつかんとする勢いの柱間の視界に映ることはなかった。
「この歳になっても、お前達生徒から学ぶことは多々ある。便宜上はオレが先生だが、ここキヴォトスに来てからオレは教えられてばかりぞ!情けないことこの上ないの!ハッハッハッハ!」
「こ、言葉とは裏腹に、じ、じじょ、上機嫌ですね、ハシラマ先生」
「んん?そりゃそうぞ!オレが生徒に学びを得るということは、生徒の立派な姿をこの目に収めたということ!先生として、嬉しくないわけがなかろう!」
「……そうです、か。……やはり先生ですね、あなたは」
「ん?どういう意味ぞ?」
「言葉通りの意味です」
生徒の機敏には聡いのに肝心な所で鈍感になる。言葉の節々から尊敬の念が込み上げてくるのに、どこか抜けているような、純粋な童心を感じる。それがまた支えたくなるような、眩しいような。……生徒の本心を引き出すために心にもないことを言って、苦しそうな顔をしていては世話がないなと呆れつつ笑いながら、そんなことを考える。
ただ一つ言えるのは、正しく彼は我々生徒にとって先生であるということ。何かよう分からぬが満足してもらえたなら良かった、と言って大口を開けて笑う彼に、小さく微笑み返す。そこにはいつも周囲に怯えられる狂気的な口角の上がり方ではなく、自然体に、年相応の美少女のような淑女の微笑みが宿っていた。そして、そんな自分達の様子を客観視し────
────何か、良い雰囲気だな、とか一瞬考えてしまった。
「………きひゃ……ッ」
「ぬ?ツルギ?大丈夫ぞ?」
「……ぎひひひひひひッ───ふうッ゛!!い、いえ、なんでもあぁぁあありませんのでお気になさら、ず」
「そうか…?……お、ハスミが帰ってきたようだの」
───危なかった。
自分の理性を押しとどめようと先生に見えないように机の下で万力を込め捻っていた太ももから人差し指と親指をそっと離し、安堵の息を漏らす。先ほどまで話の内容が内容的に茶化すこともできず真剣に受け答えしていたが、それが終焉を迎え再び先生と二人きりだということを自覚し沸騰しかける自身の理性が、友人の帰還という知らせを受け徐々に熱を下げていた。初対面であるが、ハスミの言う通り立派なお方であった。アイツがたった一度の邂逅で絆されるだけのことはある。そんな人物の前で───既に醜態を晒してしまった気はしないでもないが、いつものように暴走する姿を披露せず済みそうだと安堵し、なぜかハスミが自分を呼んでいるためそちらへ顔を向け──
「はぁ………にしても、随分長話だったな、ハス──「パシャ」
「ふふ、随分お似合いですよ、お二人とも。後で共有してあげますね、お二方のツーショット」
「おぉ、それは嬉しいの!生徒との思い出の品もなくて寂しかった所ぞ!」
────その後、カフェ・ドゥ・エールの壁に大穴があくのは必然であった。
ご清覧ありがとうございます!
次回、もう一校だけ書いて、次々回やっとアビドス突入です。
本編が遅くなってしまい大変申し訳ありません、今しばらくお待ちいただければ……!
では、また次回
評価、感想ありがとうございます!
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