Hashirama Archive   作:アテナ18号

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忍び堪える者

 

 それなりにキヴォトスに慣れ親しんできた柱間が、先日に至ってその認識を改めることとなった。紛争や派閥争い、それに挑む生徒達の覚悟。見てくれは子供のままごとでも中身は立派な国なのだと理解して自省し意識を切り替える。トリニティが正しくそうであったが、似たような水面下での争いは自身の目の届かない、見えない所で行われているのかもしれないと考え、やはり見聞を広めることが大事であるのは前世と変わりはないようだ。

 そんな彼が足を運んだのは百鬼夜行連合学院自治区。何故彼がわざわざここを選んだのかと言えば、単純にネットの記事などで見た街中の風景に親近感が湧いたのだ。木造の平家に昔ながらの三色団子の甘味処。やはり柱間にも故郷を懐かしむ心はあるようで、無機質なコンクリートの建造物に囲まれる都市から抜け出し車の一つも通っていない、道を歩く人々の心地よい喧騒に包まれたいと思ったのだ。

 

 そうして百鬼夜行連合学院に来た柱間は現在───

 

 「さぁ!!はったはった!!丁か!?半か!?」

 「丁!!」「半だ!!」

 

 「丁ぞ!!」

 

───賭け事に身を投じていた。

 

 

 

 

 

 

 「いやー!!ハッハッハッハ!!良い所だの!!百鬼夜行連合学院は!!!」

 『せ、先生が見たことないくらい生き生きした顔をしています……嬉しいような、悲しいような複雑な気分です……』

 

 やはり持ち前の嗅覚というべきか、柱間自身自分の趣味だと豪語するくらいにはそういう店にも入り浸っていたため分かってしまうのだ、自分と同じ人種が集まる場所というのが。大通りから離れた路地裏、人目につかないただの一軒家に足を踏み入れれば彼を待つのは極楽浄土。久方振りに握る牌の重みを懐かしむ間もなく、彼の財布は潤い、また乾いていった。

 

 結局特に問題ごとを起こすこともなく適度に遊んだ後に場を後にする柱間は、ただそういう場で遊んだというだけで百鬼夜行連合学院に太鼓判を押していた。なんとも単純な男である。上機嫌なまま、おっ、と和菓子屋を見つけた柱間がつられるように暖簾を潜れば雀のような見た目の店主が小さい声でいらっしゃいと柱間を歓迎した。

 

 「女将よ、みたらし団子を一つ頼む。外で頂こう」

 「分かったよ、少しお待ちね」

 

 そう言って再度暖簾をくぐり、店のそばに設置された長椅子へ腰掛ける。視線の先では人力車が一生懸命客を運んでおり、ガラガラとある種車よりも煩い走行音が柱間というアナログ人間にとってはとても心地の良い音であった。

 

 「いやぁ、オレのいた所とはやはり勝手は違うが落ち着くのぉ。来て良かったぞ」

 『ハシラマ先生がいた所も百鬼夜行連合学院のような所だったのですか?』

 「多少、というか随分違いはあるがな。少なくとも今まで見てきた学園の中ではオレの故郷に最も近しい場所ぞ」

 『そうなんですね!であれば、生徒さんの中にはハシラマ先生と話の合う生徒さんもいるのでは?』

 「であれば嬉しい限りぞ。……おぉ、ありがとう」

 

 茶と団子を持ってきた女将に感謝を述べ、さっそくと口に頬張ると歯にこびりつくようなモチモチとした柔らかい食感に、砂糖醤油の甘じょっぱい味が口内に広がる。それを何度も咀嚼し緑茶で流し込めば昔懐かしの、言ってしまえば素朴でなんの変哲もないただのみたらし団子に記憶という名の最高のスパイスが振りかかるのだ。

 

 「んむ……しかし、どうしようかの。今回は何の伝手もなく来たからの。いきなり風紀委員会や生徒会に顔を出すというのも気が引ける」

 『先生は立場上足を踏み入れても問題ありませんよ?』

 「だからこそぞ。利権にモノを言わせて土足で踏み入るような真似はしたくない。ゲヘナで余計ないざこざを産んだばかりだしの」

 『むむむ、なるほど……難しいですね』

 

 どうしたものかと腕を組む柱間。現状百鬼夜行連合学院の生徒にはただの一人も面識がない。勿論事情を話せば通して貰えるだろうし無礼な態度をとるつもりは更々ない。しかしそれはそれとしていきなり押し入る真似も出来るなら取りたくない。そこで彼がとった策は──

 

 「……アロナよ。百鬼夜行連合学院にはどのような委員会や部活があるか分かるかの?」

 『部活、ですか?』

 「あぁ、取り敢えず足掛かりから作っておこうと思っての。邪魔にならん程度に顔を出すくらいなら構わぬだろう」

 『なるほど、了解です!少々お待ちください!』

 

 素直に生徒と交流しようと考えた。

 先生なのだから生徒を助けなければならないだの何だの言って、結局のところ自身はキヴォトスについて知識不足も良いところである。それを先日のツルギとの会話で身に染みて覚えた。生き急ぎすぎたなと親友に諭した自分がこのざまである。今を見据えるために耐え忍ぶ、というほど厳格なものではないが、少なくとも今しばらくは理解を深めることが先決だろう。

 

 『……そうですね。有名な所で言えばお祭り運営委員会でしょうか?文化祭やイベント毎の計画・運営を担っており、百鬼夜行外でも名の知れた有名な委員会です!』

 「ほぉ!自分達の自治区外でも活動しておるとは、精が出るのお!」

 『普段は百夜堂という喫茶店を運営していますので、そちらに顔を出すのも良いかもしれません!』

 「うむ!後で少し顔を出してみるか!」

 『他には……修行部、というのもありますね』

 「修行部?それはまた、殊勝な部活ぞ」

 『う〜ん、でも活動内容はよくわかりませんね……各々が目標のために修行を行う部活、らしいですが…』

 

 その後もアロナの解説が続く。曰く、クロレラ観察部だったり、曰く、多面指し将棋部だったり。……曰く、フィットネス落語部だったり、曰く、かるたバトル部だったり。言っては何だがよく分からないものも沢山あるが、これもオレがまだキヴォトスについての理解が追いついていない証拠なのだろう。多分。

 

 「しかし、流石に特色が現れるの。カルタと言い落語と言い、古めかしいというか何というか、モモイ達の言っておった、アナログ、という奴か」

 『確かに、言われてみるとミレニアムとは真反対な感じがしますね!ハシラマ先生は百鬼夜行の方が?』

 「どちらが良いと優劣をつけるつもりもないぞ。ただ、百鬼夜行の方が性に合っとるかもしれぬな」

 『そうですか……あ、ハシラマ先生。もう一つありました!正式な部活ではないようですが、動画チャンネルで活動を行ってますね』

 「ほう?何という所ぞ?」

 『えっとですね────

 

 

 

─────忍術研究部、という部活です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「う〜ん、あんまり伸びないなぁ。画角も爆薬のタイミングもバッチリなんだけど……」

 「うぅ……すみません……私がもっと動けたら、部長にご迷惑をおかけせずすむのに……」

 「いやいやいや!!ツクヨのせいじゃないから!!というか撮影は文句の付け所がないくらい完璧に上手くいってるって!!」

 「そ、そうでしょうか…?」

 「そーそー!ツクヨにはいつも助けてもらってるんだから、もっと自信持って!」

 

 百鬼夜行第38旧校舎、またの名を忍術研究部の部室。無断使用だが。

 そんな、周囲からのアクセスも悪くインフラも整っていないような寂れた場所で、今日も今日とて忍者の布教に勤しむ二人が直近で出した動画の芳しくない再生数や一つもつかないコメントを目にして、そのふるわない結果に肩を落とす。彼女らは忍術研究部。その名の通り、忍術の研究を行うと共に、忍者の魅力をキヴォトス中に広めることを目的としており、日夜撮影と編集を行う部活である。

 

 「んー、しかし、仕方ないこととは言え最初の頃より伸び悩んでるなあ」

 「仕方ない、ですか?」

 「うん。やっぱり私達二人だけだとできる幅があるからねー。シチュエーションや題材を変える工夫は行ってるけど限界があるのかも。こう……シュババ!って感じのカッコいい動きが足らないのかなぁ」

 「シュババ……」

 

 二人とも一緒になってうんうんと唸り頭を捻るが、そんな伸び悩むチャンネルの打開策となるような名案がふって湧いて出るはずもなく、結局ため息を吐くにとどまる。せめて部員が増えれば活動の幅も広がるかもしれないのだがとミチルが考えていた時、

 

 『コンコン』

 「…え?な、何?誰か来た?」

 「お客様、でしょうか?」

 「い、いやいやいや!わざわざこんな所まで来ないでしょ!」

 

 「その、お客様であっておるぞ!ここであっておったか!」

 「ひぇ………!?」

 「だ、だれ!?」

 

 ノックをした後、突如ガラリと扉を開けて了承を待たずに室内へ足を踏み入れる大男。キヴォトスでも随一の長身であるツクヨを更に上回る巨躯が、おまけに彼女のように背筋を丸めず背を伸ばしているのだからミチルからすれば半ば巨人と言っても良いほどの男。そんな人物が笑みを浮かべながらこちらの気も知らないように語りかけてくる。

 

 「唐突に押しかけてすまぬな、そう怖がらんでくれ。単純に興味を惹かれて見学に来ただけぞ」

 「……え、ほんと?」

 「あぁ、というのも詳細は省くが忍には興味があっての」

 「そーなの!?いやー!まさかリアルで同士に出会えるとは!私たちの活動も無駄じゃなかったってことだよ!ツクヨ!」

 「は、はい!やりましたね!部長!」

 「ハッハッハ!オレ一人来ただけで凄い盛り上がり方ぞ!その様子と…キヴォトスの雰囲気を見るに、やはり忍というのは余り話題には上がらぬのか?」

 「まぁね……というか、キヴォトスの雰囲気って、何か変な言い方するね、えーっと……」

 「あぁ、すまぬ。自己紹介がまだだったの。オレはシャーレの先生をやっておる、千手柱間ぞ!」

 「シャーレの先生……あ!確か、キヴォトスの外から来たっていう!なるほど、道理で変な言い方するわけだ!あ、私は忍術研究部の部長の千鳥ミチル!よろしくね!ハシラマ先生!」

「あぁ!よろしくぞ!」

 

───やはり、アロナに聞いた通りだの。

 忍術研究部と聞いて向かわないわけにはいかなかった柱間がここに至る道中までにそれとなくアロナに話を伺い、忍というのは実在しない映画や漫画のような架空の話であることが判明した。今更であるためそれが確認できた所で尚更別世界という可能性が増すばかりであったが、やはり自分の中でどこか引きずっているものはあるのだろう。一度死した自分が未練がましい、というのは何ともおかしな話だ。

 

 「お……お茶を、お待ちしました……!」

 「おぉ、かたじけない。気がきくの」

 「でしょ?大野ツクヨ、ウチの自慢の部員!いっつも撮影手伝ってくれて、ウチには欠かせない、とっても気の利く良い子なんだよ!」

 「そ、そんな……!わ、私なんて、これくらいしか、能がありませんので……」

 「そう自身を卑下するな、ツクヨよ。人の身にいくつ才が眠っているかなど分からぬものぞ。その中で一つでも他人の目に眩く輝くものを見出せたのなら、素晴らしいことぞ!誇ると良い」

 「あ、うぅ……あ、ありがとうございます……」

 「おぉ…!ツクヨを一度で説き伏せた…!やるね、先生!」

 「事実を言ったまでぞ。……ふむ、しかし言うだけあって、色々揃っておるな」

 

 そう言って、机に腰を下ろしミチル達と会話する柱間が、茶を啜りながら室内を見渡す。旧校舎を随分と良いように使っているようで、室内は完全に自分達の使いやすいよう大部分の机や椅子が片付けられ、手裏剣やクナイ、巻物や的など、それっぽいものがいくつも散乱していた。

 

 「まぁ何はともあれ形からってことで。大体は撮影用具だけどね。……あそうだ!折角見学に来たんだし……ツクヨ!的の用意を!」

 「あ、は、はい!」

 「ん?どうした?突然」

 「ふっふっふ!折角遠路はるばる足を運んでくれた御仁に、何の手土産もなしとは忍の名折れよ!我々の努力の結果をご、ご………ご覧じろ?だっけ?……ま、まぁ見ておると良い!先生殿!」

 「先生、殿?…まぁ良く分からぬが、面白いモノを観れると言うなら是非もないぞ。元よりお前達の部活動を見に来たわけだしの!」

 「ぶ、部長!ご用意いたしました…!」

 「うむ!ご苦労!……でもスーパープレイ集撮った時から随分経つし、いけるかな……よし!」

 

 いそいそとツクヨが教室の端にあった的を引っ張り出して、後方の壁へと立てかける。その直線上に立つミチルが、ジッと的を見つめその手に手裏剣を握っていた。彼女が何をしようとしているかを先の言動を加味して察した柱間が、さて如何程のものかお手並み拝見しようと彼女を見守り、次の瞬間威勢の良い掛け声と共に彼女の手から手裏剣が放たれた。

 

 「トリャアッ!!………えっと……」

 「ま、的には当たってます!部長!」

 「……ま、まぁ今のは練習だから、れんしゅ「少し動きが固いの」……へ?」

 

 「……なるほど、本物ではないのか。随分と軽いな」

 「え、そりゃ撮影用だしモノホンは危ないから……というか、先生殿?さっきの、少し固いっていうのは?」

 「あぁ。ちと借りるぞ」

 

 無言で立ち上がりミチルのそばまで歩いていく柱間。先ほどまでの何処か柔らかい顔はなりを潜め、かと言って圧を与えるような顔ではなく、言葉通りの先生であるように真剣な顔で的の前に立つ。

 

 「手裏剣の投げ方も一つではない。貴様が今実践したものの他にも、全く回転をかけず、クナイのように投擲する方法もある、が。まぁ基本の型は貴様が実践したものぞ。それにこだわるのであれば、気持ち少し上に投げる感覚で──」

 「え、えっと、先生殿?」

 「───投げる瞬間、腕は脱力し勢いを乗せ、手首の関節を用いて回転をかける。これを意識して投げると───こう!」

 

 「……ま、真ん中です……!!」

 「…え?え!?すご!!えー!!先生殿何者!!?」

 「ハッハッハ!なぁに、ちぃとばかしかじっとるだけよ!!」

 

 目をキラキラと輝かせるミチルに気を良くして笑顔になる柱間。戦の世で磨いた血生臭いスキルがこんな所で活かせるとは思わず、キヴォトスに来て初めて口先だけでなくやっと自分の技術を用いて先生らしいことができたと満足し、そんな彼の動きを模倣するかのようにミチルがその手に手裏剣を再度掴む。

 

 「えっと、こんな感じで……投げる直前に力を抜いて……よし!───トリャア!!」

 「あいた!?」

 「わー!!ご、ごめんツクヨ!!」

 「ハッハッハ!コツはいるが、慣れれば直ぐぞ!」

 

 あらぬ方向へ飛んでいった、そこそこに固い十字の模造刀が小気味良い音を立ててツクヨの頭に直撃する。そんな慌ただしくも賑やかになってきた教室内の雰囲気にほおを綻ばす柱間に、ミチルが声をかける。

 

 「先生殿先生殿!ちょ、ちょっと撮影するからもう一回やってくれない?」

 「ぬ?それは構わぬが……そうさな。折角撮るなら、ちと面白いことをしてみようぞ。ツクヨよ。的に刺さったモノを全て除いてくれるかの?」

 「あ、は、はい………!」

 「面白いこと?」

 

 自らハードルを上げる柱間が再び手にしたのは手裏剣とクナイ。クナイをクルクルと回しながら慣れたように扱う様は何処か様になっていて、ただそばで見ているだけのミチルとツクヨにあらゆる映画やドラマで得たことのない緊張感と興奮を与えていた。

 

 「──よっ!」

 「す、凄い…!手裏剣が、あんなに曲がって……」

 「で、でも的から外れちゃわない?あれだと」

 

 まず最初に投げたのはとてつもないカーブを描く手裏剣。十字に尖る四つの刃が残像により円を描き宙を進んでいくが、誤ってカーブをかけすぎたのかと見紛うほどの曲がり具合。進路上に的はなく、そのままだと教室の壁に突き刺さるのではないかと危惧した瞬間──

 

 「──っと!いやぁ、カッコつけた手前失敗したらどうしたものかと思ったが、成功して一安心ぞ!」

 「───え、え、え、ええ……!?」

 「せ、せ、せ、先生殿、ほ、本当に何者なの!!?」

 

───手裏剣が、クナイと共に的の中央に突き刺さる。

 厳密に言えば、先行して投げていた手裏剣がカーブを描き柱間の視線の先に来る直前、タイミングを合わせて彼の手から一直線に放たれたクナイが手裏剣の中央に空いた穴に突き刺さり、そのまま的を射抜いたという、正しく神業。もう興奮冷めやらぬと言った様子でミチルが詰め寄っていた。

 

 「ハシラマ先生、まさか本物の忍者なの!!?」

 「さて、どうかのぉ〜?」

 「いや絶対そうだって!ハシラマ先生忍者なんでしょ!?」

 「忍者は初対面の相手に素性を明かさぬモノぞ。忍は自ら忍と名乗ることはせぬ」

 「な、なるほど………!」

 「いや何感心してるのツクヨ!じゃあ尚更忍者じゃん!先生は!!」

 「何を言っておる?オレはただのシャーレの先生ぞ?」

 「絶対忍者だー!!」

 

 すっとぼけたような柱間に、大声で追求するミチル。そんなやりとりが面白くて堪らないのか、子供のように大声で笑い彼女の追求をのらりくらりと躱す柱間。そんな二人の様子を微笑ましく思って、ツクヨが小さく笑みを浮かべる。

 

 「先生殿!さっきの奴教えてよ!あのグワーって手裏剣が曲がる奴!」

 「わ、私も知りたいです……!」

 「あぁ、それは構わぬが……そうだな……」

 

 教室内を見渡す柱間が、さてどうしたものかと考える。別に手裏剣の投げ方を教えるくらい構わないのだがいかんせんここは狭すぎる。それはそうだ。一教室の中に無理やりスペースを作っているのだから、まともな修練場のようなスペースがあるわけもない。そこで柱間が考えたのは───

 

 「……少し、川に向かおうかの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「…これで良いか」

 「先生殿ー。わざわざこんなとこまで来て何するの?」

 「手裏剣も、何もありませんよ……?」

 「何、手裏剣ならここに腐るほどあるぞ」

 「…石ころ?」

 

 現在、旧校舎近くの小川。と言っても柱間の目的には十分なほどの川幅があるようで、その脇にゴロゴロと転がる無数の丸石の上に立ち、足元の手頃な足を拾い上げ握りしめる。それを持っておもむろに石切を始める柱間。フッ、という声と共に石ころに回転がかかり、緩やかな川に波紋を浮き上がらせながら対岸まで飛んでいった。

 

 「…水切り?」

 「あぁ、オレの口から聞くより、やはり慣れた方が手っ取り早いと思っての。手首の加速を利用して回転をかけるのは、結構手裏剣術と通ずるとこもある。基礎を磨くには持ってこいぞ。ここなら広いし、わざわざ投げたモノを拾いに行かなくとも手裏剣なら足元にいくらでも転がっておるしの」

 「なるほど!よぉし!───とりゃ!!」

 「……三回くらい、跳ねましたね…」

 「ハッハッハ!今度は回転をかけることばかり考えて力みすぎぞ!」

 「……に、忍者の道は遠い…」

 「なぁに、時間が空いておる時に地道にでも続けておれば、オレ程度なら追いつくだろうぞ」

 

 その後も、柱間の手ほどきを受けながら石ころを水面に向かって投げる忍術研究部の二人。彼女らがこれほどにも真剣に水切りに取り組むのは、やはり脳裏にこびりつくあの神業の光景。おまけに本人ははぐらかすが、もしかすると本物の忍者に教えを受けているのかもしれないという事実。そのダブルパンチが二人の心を奮い立たせていた。

 

 まぁ、疲れて十分くらいで休憩したのだが。

 

 「あー!疲れたー!全然届かない!」

 「で、でも部長…!五回に伸びましたから……!」

 「うーん……いや、そうだね!二回でも成長成長!忍の道を極めるまで、精進あるのみ!」

 「は、はい……!」

 「……今更になるが、お前達はどうしてそこまで忍に興味を持つ?」

 「え?いやまぁ、言ってしまえば単純に趣味だから、だけど……あ、でもそこは真剣に活動に取り組んでるからね!?」

 「………ふふ、そうか」

 「?」

 

 「……ご、ご不快、でしたでしょうか……?」

 「ん?」

 「ツクヨ?」

 

 忍について尋ねた柱間が、意味ありげに小さく微笑むがミチルは首をかしげるだけ。一体何の質問だったのだろうかと思うものの特に追求する気も起きないため彼の話をそのまま流していたら、自分を慕うかわいい後輩が怯えたような仕草で口を開いた。

 

 「い、いえ、その……も、もちろん、私たちなりにし、真剣に、取り組んでるつもりです……で、でも、も、もし、ハシラマ先生が本物の忍者なら……本物の忍者の方からすると、おままごとやお遊びに見えたのではないかと……」

 「あ、そういうこと…?」

 「す、すみません…!わ、私、そんなつもりなくて……で、でも!部長は本心でまじめに取り組んでて──「立派な忍ぞ」──……へ…?」

 

 彼がまた一つ、新たに石を水面へ向かって投げる。残像を描きながら回転する石ころが、音を立てて水面を跳ね、波紋を描きながら対岸へ辿り着くことなく途中で沈んでしまう。それを惜しむこともなく、またプラプラと近場を歩いて手頃な石ころ探し始め、そしてまた投擲の繰り返すが、やはり同様に対岸まで辿り着くことはない。先ほどまで百発百中で反対側まで届いていた彼のいしが道半ばで水没してしまう事態に首をかしげる忍術研究部の二人だが、そんな彼女らに背中を向けたまま柱間が口を開いた。

 

 「ここに来るまでに、お前達の動画チャンネルとやらを拝見した。こう言ってはなんだが、伸び悩んでおるようだの」

 「う……」

 「───故に」

 

 ミチル達に厳しい言葉を投げかける柱間。自分が迂闊な質問をしてしまったせいで部長にも嫌な思いをさせてしまい、顔を曇らせるツクヨが、オロオロとしながら、しかし口をついて出る言葉もない。そんな彼女を放置して、新たに石を水面へ向かって投げると、ポチャ、ポチャ、と音を立てて跳ねるが、水面から飛翔するたびにその高度はドンドンと下がっていき───

 

 「……めげずに、たった二人で、結果が振るわなくとも活動を続けておる様は忍そのものぞ。忍とは忍び堪える者」

 「…忍とは、忍び堪える者?」

 「あぁ、事実───」

 

───遂に、対岸までたどり着いた。

 

 「……オレには届いたからの。お前達の意志が」

 「あ………」

 「お前達が忍術研究部としての活動を続けていなければ、オレが今日お前達の元に足を運ぶことはなかった。誇ると良い。お前達は、オレなど足元にも及ばぬ立派な忍ぞ」

 

 世辞にもほどがある、あまりにも耳障りの良い言葉だが、それを世辞と思わせない彼の小さな笑顔と人となり。先ほどまで卑屈にモノを考え俯いていたツクヨが、言葉も出せずただ呆然と柱間を見つめていた。創作物を否定するつもりもないし、自分達に夢を与えてくれた数多の作品と比べるモノでもないのだが───確かにそこに、彼の夢は実在したのだと、視線を奪われる。

 

 「……と、本物の忍なら言うだろうな。オレにはとんと分からぬが」

 「あー!またはぐらかした!もう白状しなよ先生殿!忍者なんでしょ?」

 「さてな。貴様ら同様ただの忍の一ファンかもしれぬぞ?」

 「いや無理があるって!本物の忍者ならハシラマ先生の話色々聞かせてよー!」

 「忍は素性を明かさぬのでな!」

 「ほら忍者じゃん!」

 「ハッハッハ!さてどうだろうのぉ!」

 

 ミチルが大声を上げて柱間を問い詰めるが、やはり答えをうやむやにするのみで彼女の言葉を躱すのみ。

 

───まぁ別にバレたところで何も問題はないか。

 忍者が稀有な存在だと知った柱間の感覚はこれだった。元より忍の世にいた彼からすれば何も特別なことではなく、目下隠し立てる必要も感じない。まぁただ、時折耳にする、所謂ロマンという奴なのだろう。だから完全に言い切ることはしないが、彼女達が自分の動きを見てどう捉えるかは別のこと。そもそもが、自分の知る忍とこの世界における忍、つまりは彼女らの理想像とする忍は全くの別物である可能性もある。自分が忍の代表という顔をするのはちゃんちゃらおかしい話なのだ。

 

 「なぁミチル、それにツクヨよ。お前達にとっての忍とは何ぞ?」

 「え?それはさっきも言った通り趣味で……」

 「あぁ、すまぬ。聞き方が悪かったの。オレはさっき、忍とは忍び堪える者、と言ったがあくまでオレがそうだと言うだけぞ。お前達に別の解釈があるなら知っておきたい」

 「な、なるほど……!べ、別の、解釈………」

 

 何故唐突にそんな質問をするのか、理由は明白で固定観念を植え付けないため。元の世において、柱間の忍道は今を見据えて忍び堪えること───で、あった。結局あの時マダラを、友を手にかけ覚悟を決めたあの日に打ち立てた己の忍道。忍とは、目標に向け堪え忍ぶ者。ただ何を目標に置くのかで忍も変わる。ともすれば、後の世に戦乱の火種を残した己の忍道を誇れるはずもない。事実、オレは親友を手にかけた。そこが───六道仙人と、そして自身がインドラとアシュラの因縁を断ち切る希望を見出した、うずまきナルトという男と己の違いなのだろう。

 

 兎も角として、ここは戦の世でも忍の世でもない。物語や冒険譚のような、一つの娯楽や趣味としての偶像なのだ。それでも、彼らが忍に何を期待しているのかは知っておきたい。オレにないモノを教えてくれるやもしれぬ。ましてや自分が理想の忍などと言った甚だおかしい勘違いをさせぬため。そんな想いでミチル達に尋ねていた。

 

 「う、うーん……作品によって解釈が分かれるところだから一概にこうとは言えないけど……そうだなぁ……」

 「…………」

 

 「──忍者とは、どんな窮地でも決して諦めないもの!」

 「あ、それ……忍者ニンペロさんの……!」

 「…どんな窮地でも決して諦めない、か。良い忍道ぞ」

 「でしょ!やっぱり先生殿も分かる?なんたって忍者物の王道作品だからねぇ!これを見なきゃ忍者道は語れないというものよ!弱きを助け、強気を挫く!これぞ忍者の醍醐味でしょ!今度先生殿にもニンペロくんのブルーレイディスクを共有してあげる!」

 「ハッハッハ!それは為になりそうぞ!この若輩者に、忍の何たるかを教授してもらおうかの!……また、別の機会にな」

 

 そう言ってシッテムの箱で現在時刻を確認する柱間。時刻は夕暮れ時、既に夕日は赤く染まり始め、中々に忍術研究部と言葉を交わしていたのだなと時の流れを感じていた。

 

 「あれ?先生殿帰るの?」

 「あぁ。なぁに、また暇ができれば足を運ぶし、お前達も好きな時にシャーレを訪ねてくれて構わぬぞ。その時は歓迎しよう。いつもシャーレにおるとは限らぬがの」

 「あ、そ、その、今日は、ありがとうございました……!」

 「感謝するのはこちらの方ぞ!忍に対して、理解を深めることができた。……忍とは、つまるところ、お前達にとって正義の味方なのだな」

 「え、うん。そりゃあそうでしょ?」

 

 「……あぁ、そうだの。オレも、忍とやらを見習わねばな。ではまたの!二人とも!」

 

 二人に別れの言葉を告げ手を振り、その場を後にする柱間。そんな彼の背中を見えなくなるまで見つめていた忍術研究部が、彼の姿が完全に消えたのを確認してから口を開く。

 

 「……ツクヨツクヨ、どう思う?」

 「えっと、どう、とは?」

 「ハシラマ先生って、本当に本物の忍者なのかな?」

 「どう、なんでしょう……本物、ぽかったですけど……」

 「だよね!……でも、忍術も何も見てないしなぁ……」

 

 う〜ん、と唸る忍術研究部の二人。確かに立ち振る舞いや、手裏剣クナイと言った小物の扱いは言い逃れができないほどに手慣れていた。しかし確かに神業ではあるがそれが決定的証拠足りてないのは、彼女の口からも今しがたこぼれ落ちた通り、まだ忍術を見ていないのだ。

 彼女らは忍術研究部。それが例えタネや仕掛けが盛りだくさんのなんだって忍術だとしても、それに類するモノをまだ先生からは一つも見せてもらっていない。いや、作品によってはそう言った派手なアクションもない古風な作品も存在するが、やはり期待してしまうのだ。忍術というやつを。

 

 「……んー、まぁ今度会った時にでもまたハシラマ先生に聞いてみよう!」

 「は、はい……!」

 「さ、今から帰って編集編集っと!」

 「……え?編集、ですか…?まだ新規の撮影はしていなかったような……?」

 「何言ってんの!今日たくさん撮ったじゃん!」

 「……え……?ぶ、部長、も、もしかして、ずっと……?」

 「うん!面白いモノを見せるって言った時から今までずっと撮ってたよ!」

 

 えぇー!と、彼女には珍しいほどの大声を上げ、目を丸くし慌てるツクヨ。それもそうだろう。あの時ミチルが口にしたのは、「もう一度撮るから手裏剣を投げてくれ」だったはず。言ってしまえば無断撮影になりそうだが、良いのだろうかと心配していた。

 

 「そ、その、良いのでしょうか……?か、勝手に、アップロードしても……?」

 「大丈夫でしょ!まぁそんなに心配なら後で連絡とって改めて許可取るから!」

 「……そ、それに」

 「ん?」

 

 「……わ、私たちは、直にハシラマ先生とお話ししたから、その、先生が凄い方なんだな、って分かりましたけど……その、動画で伝わる、でしょうか……」

 

 ツクヨの懸念点。それは余計な誤解を招くこと。今日噂のシャーレの先生とやらと出会い言葉を交わして、この際実際に忍かどうかは置いておくとして忍の布教動画としてチャンネルにアップロードした所で、果たして可能かはあるのだろうか?現在シャーレの先生はキヴォトスにおいて、そこそこに時の人。そんな方を、仮に本心からそう思っていたとしても忍として動画で取り扱うのは、忍者を押し広めたいからと先生を出汁に使っているだけだと捉えられかねない。関心が集まり久方振りの視聴者のコメントがついたとしても、心無い言葉で埋め尽くされるのではないだろうか。そんな不安が頭をよぎる。

 

 「……んー、まぁ、ツクヨの懸念も分からないでもないよ。確かに目の前であんな芸当見せられて、なんか良さげなことも言ってたし、私たちが幻想を見過ぎてるのかもね。生で見ないとアレは伝わり難いかも」

 「なら───」

 「だから、伝えるんじゃん!生で見た私たちが!」

 「───!」

 

 「ツクヨ、別にアンチコメントは今に始まったことじゃない……なんて、テキトーなことを言うつもりはないけどさ。私たち忍術研究部は──」

 「……どんな窮地でも、決して諦めない」

 「そ!そんなモノに怯えてちゃ、まだ見ぬファンに向けての忍者の布教なんてできやしないよ!私たちは忍術研究部!例え火の中水の中、アンチコメントの中!………百花繚乱紛争調停委員会や狡猾な陰陽部に無断使用がバレてここを締め出されるかもしれない恐怖に怯える中!」

 「さ、最後だけ洒落になってないです………!」

 

 と、兎に角!と咳払いをするミチルが、地面に転がっている石を一つ拾って、川に向かって回転をかけて投げ飛ばす。

 

 「……私たちは、忍術研究部!だからといって、それが我々の道を妨げる理由にはならない!」

 「ぶ、部長……!は、はい!その通りです……!」

 「それにね?」

 「?」

 

 ミチルの投げた石が、水面に波紋を浮かべ、ポチャ、ポチャ、っと音を立てて跳ねていく。二人の視線の先で三回、四回、五回と水の上を駆けるように石が進んでいき────

 

 「"忍は忍び堪える者"、だからね!」

 

───石は、六回跳ねた。

 

 

 

 

 

 




ご清覧ありがとうございます!
これにて幕間1は終了で、次回からやっとアビドス編に突入です!
大変お待たせして申し訳ありません…!
また、アビドス編に関してですが、色々オリジナル展開が挟まる予定です!予めご了承ください!
では、また次回

評価、感想ありがとうございます!
最近はチラホラとランキングにも載るようになり、また評価もジワジワと上がりつつあり、読者の皆さんには本当に頭が上がりません!
大変励みになります!これからも頑張りたいと思います!
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