「───して、里ができた……長く苦しい道のりだったが、二人の夢がやっと叶ったわけぞ」
「へぇ〜……マジであんだな、そんなこと」
「うぅ……叶って良かったなぁ…!夢ぇ……!」
「うわ!?お前ガチ泣きしてんのか!?きしょ!!」
「あぁ!?喧嘩売ってんのか!?」
「ハッハッハ!よせよせ!にしても、そこまで感情移入するとはお前は優しい子ぞ!」
───先生は先に生きる者とはよく言ったモノぞ。
そんなことを考える柱間は、やはり彼女達の興味を引くとなると身から出てくるのは自分の経験談しか存在せず、しかしこれが割と受けが良い。自分で言うのも何だがあの激動の時代での自身の経験を多少脚色してやればことリアリティという意味ではそんじょそこらの読み物にも負けないほどの質が提供できる自負はある。まぁ自分自身の話であることは伏せて、それに戦争関連の話はだいぶマイルドにして語るのだが。
最初は上手く興味をひけるとよいがとも思ったが、彼女らの食いつきはかなり良く、不良というのが信じられないくらいに熱心に耳を傾けるのだ。これは単にやはり内容の面白さと───新鮮味なのだろう。人にモノを教わる、という行為に対しての。
「ま、これで万事解決!と行けば良かったのだが……里を創設してからも色々問題があってな」
「え?なんで?リーダーとリーダーが手を組んだんだからオールオッケーじゃん」
「であれば良かったのだが……結局その後道を違えてな、男の友人は再び敵として立ち塞がることとなった」
「はぁ!?バカじゃねぇの!?どうせまたくっだらねぇ理由だろ!」
「なぁなぁ、結局どうなったんだよ?」
「そうさなぁ……ぬ、こんな時間か。今日はここまでぞ!」
「「「えぇーーー!!!」」」
綺麗に揃った三人の不満の声が、なんとも心地よく思わず笑みが溢れる。不良とは名ばかりの優等生が、文句の一つも言わずに先生の話に耳を傾けてくれるのだ。
「ハッハッハ!ここまで興味を持ってくれて、先生としてこれほど嬉しいことはないの!うむ、今日の……忍びの歴史についての授業はここまでとしようぞ!」
「なんだよ!良いところまで語っといて!」
「最後まで言えよ!」
「すまぬな、オレもオレで仕事があるからの。なぁに、また明日来るとも、その時にでも話そうぞ」
「ほんとだな!?絶対来いよ!」
「あぁ!必ず来る!約束ぞ!」
現代社会においては気にする必要もない外からの光量が彼女らにとっては死活問題であり当然完璧にインフラが整っている施設など残っているはずもなく、節制のために小さいライトでやりくりしている室内は怪談話でもしているかのような雰囲気であった。それが逆に柱間の話に悲壮感や物悲しさ、人間ドラマを感じさせたのかもしれないが。
「ところで……お前達、晩飯はどうしておるのだ?」
「晩飯?んなの無くても今日はおっさんのおかげで昼たらふく食ったしいらねーよ」
「あと二日は耐えれるね。その頃にはまたバイト入るし!」
「……そうか、飯を抜くことは割とある話なのか?」
「ん〜、まぁガチで耐えられなくなったらカップ麺分けて食べる時もあるけど……」
「……そうか」
小さく、悔しそうに眉間に皺を寄せる。
ここで彼女らに、昼に与えたように施しを与えるのは簡単だ。三人の飯を賄うくらいの額なら連邦生徒会からの支給でどうとでもなる。だがそれをあまり恒常化させたくなかった。柱間が彼女らに望んでいることはもちろん幸せを勝ち取ることではあるのだが、空から降ってくる恵の雨の元自身に怠惰に依存して欲しいわけではない。肥料を余分にあげて青い若葉を腐られるような真似はしたくないのだ。勿論、彼女らに自律する意志がありそれまでの支援という形でなら是非もないが、今無闇矢鱈に腹を満たしてやれば自分達の足で立つことを忘れるだろう。
「…なぁ、お前達のようなモノはカタカタヘルメット団にはどれくらいおるのだ?」
「ウチらみたいなの?なに?貧乏臭いやつってこと?」
「いや、そういうわけでは……」
「いいよいいよ、気ぃ遣わなくても。本当のことだし今更気にもしてないし」
「……すまぬな」
「アンタめんど臭い人だなぁ。んでアタイらみたいのでしょ?……んー、まぁ大抵がそうなんじゃない?そもそも上手くやれてるんならこんな野良の傭兵稼業なんかやってないだろうし」
「なるほどのぉ」
「ねぇ先生」
「ん?なんぞ?」
帰ると言っておきながら中々その場を離れようとしない柱間。というのも彼女らの関心を引くために昔話ばかりにうつつを抜かして本来の目的である相互理解を果たせておらず、彼女らの背景やカタカタヘルメット団全体のことについても聞いていないため、まだまだ尋ねたいことは存在するのだが、帰ると言った手前あまり長いしても仕方がないとその場を去ろうとした彼に声をかけるヘルメット団の一員。
「今更だけどなんでこんなとこまで来たんだ?ここらへんオレ達しかいねぇだろ」
「……なに、簡単な話ぞ」
「なんだよ」
「先生だからの。では、また明日ぞ!」
「……どういう意味?」
「さぁ……?」
「明日は飯もらえっかなー」
───足取りが重い。
いつもなら、愛する母校と仲間の顔を拝むため軽快に走り出す自分の足が、中々前に進まない。家を出て、学校に向かいはするのだが意味もなく立ち往生したり、特に必要なモノがあるわけではないけど意味もなくコンビニに立ち寄って数十分買い物に悩んだ末お茶を一本だけ買ってみたり。
───部外者は引っ込んでてよッ!
「……ッ、あーもう!!……どうしよう……」
客観的に見て……いや、自身の視点でも誰が悪いかはハッキリ分かっている。昨日、親切心で自分を宥めようとしてくれた、全くアビドスの問題とは関係のない他校生に放ってしまった一言。その言葉をぶつけられた後の彼女の悲痛な表情が脳裏から離れない。自分は他人の心の移ろいに特段聡い自信もないが、目は口ほどに物を言うとはよく言ったモノで、後悔・憐憫・悲哀など様々な感情の濁流が一瞬にして押し寄せたが、何より辛かったのが───謝意。どう考えても自分が声を荒げたのが悪いのに、ソレを受けてなお彼女は怒りではなく、余計な口出しをしたことに謝罪を示していたのだ。それがより一層彼女の心を抉り、歩みを妨げる要因となっていた。
「……どんな顔して会えばいいのよぉ………」
自分の心に言い訳をしてカタツムリの如くゆっくりゆっくりと歩幅を狭めるが断頭台へと赴く囚人の惨めな悪あがきであることには変わりなく、結局学校へとたどり着くセリカ。先生に、そしてユウカに会いたくないという気持ちに嘘はないがそれでも人目につきにくい早朝に学校へ訪れたのは、人数が少ない内に昨日の件について、誰かしらと話し合っておきたかったから。
「……し、失礼しま───あれ?シロコ先輩?」
「………ん、おはようセリカ。大丈夫?」
「う、うん。珍しいわね、こんな朝早くに…」
「昨日はあんまり話せなかったから、先生に朝早く来てもらう約束をした」
「え!?じゃ、じゃあ二人とももうすぐ来るの!?」
「二人?」
「先生とユウカさんよ!うわあぁぁぁどうしよう!いや別にまだ認めたってわけじゃ──「ユウカは来ない」……へ?」
「ユウカは来ないよ」
「え?え!?な、なんで!?どうしてよ!?」
シロコから飛び出た言葉に心臓が飛び跳ねるセリカ。思わず彼女の両肩を鷲掴みにしてブンブンと振るがソレに全く動じることなく淡々と事実を述べる。
「ユウカはシャーレの当番とかいうやつで来てただけだから、昨日限り。今日は誰が来るかは知らない」
「え……?あ、あぁそっか、そう言えば、そんな話してたわね………そっか、そっか……はぁ……」
ユウカが来ないと聞いた時、驚く一方納得する気持ちはあった。善意で助けに来たら拒絶の言葉をぶつけられたのだ。それでも手を差し伸べるなどよっぽどの善人である限りあり得ないだろう。そこまで自分はあの一言で彼女を傷つけてしまってたのかと焦って事情を尋ねるが、どうやらそういうわけではないらしく一安心するも、先ほどの懸念が解消されたわけではない。
「ね、ねぇ……ユウカさん、何か言ってた……?」
「ん、ごめんなさいって謝ってた」
「え?誰に?」
「セリカに」
「え!?私!?な、なんで!?」
「ユウカからしたら、余計な口出しをしてセリカを傷つけたと思ってるから」
「な、なんでよ!?ユウカさんは悪く──」
「あんなに怒鳴られたらそう思っても仕方ない」
「う……」
「ちょっと泣いてた」
「ぐッ……」
「正直言って、昨日のは言い過ぎ」
「うわぁァァアア!!分かってるわよそんなこと!!でも仕方ないじゃない!?」
弁明の余地などなくシロコの言葉は全て図星のようで、自覚しつつもどこか目を逸らしていた現実を突きつけられたセリカがその場で喚き出す。彼女には珍しく目の下に隈を作っているのは、それだけ思い悩んでいたという何よりの証拠だろう。
「じゃあ、ユウカに謝ればいい」
「で、でもユウカさん来ないんでしょ?じゃあ連絡のしようも……」
「大丈夫、連絡先は交換した。今電話をかける」
「え、ちょ」
「……ん、おはようユウカ。ちょっと話が───……行っちゃった。ごめん、やっぱり何でもない」
「にしても、随分懐かれたねぇ〜、先生」
「ハッハッハ!生徒に信頼されて嬉しい限りぞ!」
「ん、自分より強い人に従うのは当然……!」
「……え?シロコちゃんもしかして……」
「ん、先生と勝負した。そして負けた」
「えぇ!?な、何してるんですかシロコ先輩!?というか、ハシラマ先生が勝ったんですか!?」
「なに、少し腕相撲をしただけぞ」
「あ、なるほど……いやでもおかしくないですか!?先生ってキヴォトス外の人ですよね!?」
「キヴォトス外の人だけど忍者だから」
「忍者?何の話ですか?シロコちゃん」
ん、これ、と言ってスマホを開きとある動画サイトアプリを立ち上げ皆に一つの動画を見せるシロコ。そこには少女忍法帖ミチルっちと書かれたチャンネルサイトのサムネに堂々と映る先生の姿と、「今話題のシャーレの先生の正体は忍者だった!?」などといういかにも胡散臭い興味削がれるような謳い文句が載っていた。案の定たいして伸びもしていない動画なのだが、その動画には短く先生が百鬼夜行の生徒と交流した時の様子が収められていた。勿論、手裏剣術とクナイの神技も。
「わぁ〜!すごいです!ハシラマ先生!本当に先生は忍者なんですか?」
「ハッハッハ!さてどうだろうのぉ!」
「な、なるほど……これを見て勝負を挑んだんですね……」
「うへぇ〜、というかシロコちゃん、よくこんな動画見つけたねぇ」
「ん!いっぱい調べた」
「というか、忍者って実在するんですね……いや先生が本当に忍者かどうかはまだ分かりませんが……」
昨日とは一転し明るい雰囲気で会話に花を咲かせるハシラマとアビドス生徒一行。昨日の約束通り朝早くからアビドスに訪れた柱間は一人待ちぼうけていたシロコに挨拶をしたら開口一番勝負を挑まれ───結果、彼女が軍門に下った。それからは単に会話を楽しんだり、ケモ耳を不思議に思った柱間に不意打ちで触られたり、色々あって今に至る。
「そういえばハシラマ先生、今日は一人だけなんですね」
「あぁ、なにぶんシャーレ所属の生徒もまだ少なくての。オレとしては無理にオレの仕事に付き合わせる気もないから構わないのだが……すまないな、ユウカも当分来れそうになくての」
「昨日だけでも来てくれて嬉しい限りだよ〜、ユウカちゃんには悪いことしちゃったねぇ」
「……案の定というべきか、セリカは来ぬな」
「ん、セリカなら朝来た」
「そうなんですか?シロコちゃん」
「うん。でもユウカに電話かけた途端どっか行っちゃった」
「む、無理やりすぎますよシロコ先輩、心の準備とかあるでしょうに……」
早い内解決するに越したことはないというシロコの中々に積極性のある解答に、それはそうだけどと呆れたような顔で苦笑いするアヤネ。その隣で柱間が渋い顔をして口をへの字に曲げ唇を突き出していた。
「どしたのさ先生、そんな顔して」
「いや……折角のお前たちの輪をオレが乱してしまったようでな」
「大丈夫、セリカが少し意地を張っているだけ、その内戻ってくる」
「大丈夫ですよ、先生!昨日言っていたじゃありませんか!ユウカさんの想いはセリカさんに伝わってるって。先生の思い遣りや気遣いもしっかりセリカちゃんに伝わっていますから!」
「……うむ、そうだな。すまぬの、先生が生徒に慰められておったらキリがないぞ」
「おーよしよし、先生頑張ったねぇ、おじさんが慰めてあげよう」
「ほ、ホシノ先輩!?」
「───ハッハッハ!うむ!感謝するぞ、ホシノよ。元気が湧いてきたぞ!」
「ん、効果覿面…!」
椅子に座る柱間の頭に背を伸ばして何とか手を重ねるホシノ。辛気臭い自分の雰囲気を払うための冗談半分の行いだとしても彼女の微笑ましい努力に自然と笑みが溢れ大口を開けて笑い飛ばす柱間。彼につられて皆が笑顔を浮かべる。
「さて!……ホシノよ。昨日別れ際に交わしておった話ぞ」
「ん?あぁ、そういえば今日聞くって言ってたね」
「ホシノ先輩、何の話ですか?」
「ほら、借金の話。先生には言って良いんじゃないかなって」
「なるほど!私は構いませんよ〜」
「ん、先生なら信頼できる」
「わ、私もハシラマ先生なら大丈夫だと思います」
「皆にそれだけの信頼を寄せてもらい嬉しい限りぞ!……それだけ、外には漏らしづらい話なのか?」
まぁ、ちょっとねーと口にすると皆の顔が少し影を帯びる。それはカタカタヘルメット団の話をした時に見せた疲弊した顔とは違う、どこか、そこはかとなく諦観のようなものを含んだ、悲哀にも似た感覚。目に見えて分かりやすく皆の態度が変化したわけではないが、柱間に緊張感を持たせるには十分なほど、このアビドスの根幹に関わる問題であることは確かだろう。
「まぁね〜。今さっき言った通りアビドスって多額の借金をしてるんだけどさぁ」
「多額の借金……もしかしなくとも、アビドス再興のためのものぞ?」
「仰る通りです。──9億6235万円、アビドスが……いえ、私たち対策委員会が返済しなくてはならない金額です。この借金、並びに利息の返済が滞ると学校は銀行の手に渡り、廃校手続きを取らざるを得なくなります」
「ふむ……なんぞ、借金に至った理由を尋ねてもよいか?本人達の口から言わせるのはちと心苦しいが……」
「いえ、大丈夫です」
そうしてアヤネが借金に至るまでの利益を語り出した。曰く、数十年前の大規模な砂嵐。曰く、その対策のための投資。曰く、片田舎の学校に融資を行う悪徳金融業者の話などなど。
「最初はすぐに返済できる算段だったのだと思いますが……砂嵐はその後も毎年更に巨大な規模で発生し……」
「……現在に至る、か」
「はい……」
「……少し不可解だの」
「えっと、何がですか?」
「お前達から見ればさっき言ったように今のアビドスは片田舎の学校かもしれぬが、少なくとも数十年前のアビドスは今のゲヘナやトリニティに勝るとも劣らぬ大国……学園であったのだろう?皆が皆融資をするとは思えぬが、大手の銀行や他の学園からの投資があっても良いはずぞ。話に聞いている過去のアビドスであればそれだけの信用はあるだろう」
「ん、確かに……なんでだろう」
「当時のアビドスを以てしても、周囲の信用を得られないくらいの被害を受けていた……とかでしょうか?」
「となると、今度は融資した悪徳業者の狙いが気になる所ぞ」
皆がうんうんと唸って腕を組み考える。連日カタカタヘルメット団の対応に追われ目に見えて少なくなっていく物資の山に心を削られる毎日であったため、久方振りにこうして借金問題に対応していた。加えてやはり利息の返済に追われてばかりで余裕のない自分達だけでは出てこない発想が柱間の口から出てくる度に、やはり相談することの大切さを学びつつ、彼に感謝の念が湧いてくる。
「それは……よくある悪徳金融の手法ではないでしょうか。法外な利息で元を取りつつ利益を上げる……」
「それは少なくとも回収できる目論みがある上で成り立つ話ぞ。担保となる土地や建物など────いや待て」
「?どうしたの?先生」
「……ホシノ、アビドス自治区の土地や建造物の利権は誰が持っておる。その土地で商いを営んでおる者か?その建物に住んでおる者か?」
「え?そりゃあアビドス自治区なんだからアビドスが────いや、待って、そういうこと?ハシラマ先生」
「そ、その、先生?ホシノ先輩?二人揃ってどうされたのですか?」
柱間が意味深に尋ねる質問に、何でもないような顔で返事を返そうとしたホシノの顔色がみるみる変化していく。柱間の意図を察したようで、眠そうに細く開かれていた瞳が大きく開き、驚いたような、認めたくないようなそんな形相で彼を見上げるが、柱間は彼女の不安を払拭するような笑顔を灯すこともなく、無言で彼女の言葉を肯定していた。
「……砂漠化した土地や砂に埋もれた建物に担保としての価値が無いと言うのは分かる。だが都市部や駅前など未だ人が住んでおり活気のある場所は存在しておった。その利権をアビドスが持っておるというならまず最初に学校ではなくソレらが担保になるはずぞ」
「え、あ、た、確かに……」
「……言われてみれば、その通り」
「…考えてもみませんでした。借金の返済に追われるばかりで学校がなくなってしまうという危機感に襲われていたので」
「アヤネよ。その金融業者からそのような話は受けていないのだな?」
「は、はい。学校の明け渡し以外、他の要求は特に……」
「そうか………」
「あの、それがどうかしたのでしょうか?確かに少し不可解ではありますが……」
アヤネが不安そうな顔で先生を見上げる。柱間とホシノが分かったような顔で意味深に意思疎通をとったことに、そこはかとなく不安を感じるのはどうやら彼女だけではないようで、他の二人も同様に不安を感じているようであった。いつもおちゃらけた態度の先輩が、余裕のなさそうな顔で先生を見つめているその光景に、どこか焦りが生まれてしまう。
「……ふむ、そうさな。金融業者が土地や建物ではなくお前達の学校の明け渡しを要求している、その理由は───」
「り、理由は……!」
────既に、アビドス高校以外の土地や建物を売り払っているからだ。
「分からん!!」
「えええええ!?こ、この流れで分かんないんですか!?」
「わ、私も流石にピシッ!っと決める所かと思ってました〜…」
「ん、ダサい……!」
「ハッハッハ!いやぁ、こういう利権や政治云々の話はてんで苦手でのぉ!良く弟……できる奴に任せておったからな!皆目見当もつかぬ!」
「………うへぇ〜、頼むよせんせ〜」
「いやあ!期待させてすまぬな!」
「結局分からずじまいで振り出しですね……」
柱間が威勢の良い堂々とした敗北宣言に拍子抜けしたアビドス生徒達が苦笑いを浮かべて呆れ返る。ただどうやら思い詰め息苦しい雰囲気の場は解消されたようで、柱間の笑いに釣られて皆も再び顔に笑顔が戻っていた。その光景を視界に収めた柱間がシッテムの箱で時間を確認するとその場を立ち上がる。
「ん……すまぬな、少し出てくる」
「どちらへ……いや、カタカタヘルメット団の所、ですかね」
「あぁ」
「先生、一人で大丈夫?おじさん、ついていこっか〜?」
「なに、シャーレの部員と落ち合うことになっておる、心配は無用ぞ」
「くれぐれもお気をつけて下さいね〜」
「あぁ、ではまた後でな」
───シャーレの先生というのは、随分有名らしい。
たった一日───にも満たない交流であったが、何となく彼が上辺だけを取り繕っているわけではないことが、立ち振る舞いから伝わってきた。まぁ自分達にとっては飯を恵んでくる良い大人だ。物欲的な意味で良い大人だ。それ以上の価値もない。これが一つ目の利点だった。
次に価値を見出したのは、先生の「授業」を受けた時だった。なるほど流石に先生というのは人にモノを教えるのが上手いらしい。まぁ本人曰く、元々先生ではなかったらしいのだが、漫画やアニメを見ているような───ほとんど見たことはないが───気分で次の展開が気になるような歴史の話を教えてくれる。柄にもなく、少し感動してしまった。仲間が泣き出した時は流石に引いたけど。これが二つ目。とても良い退屈しのぎができたと思った。
翌日、昨日に続いて豪勢な飯を平らげながら、先生が変なことを尋ねてきた。お前達に夢はないかと。毎日良い飯をたらふく食べたいとか、もうちょっと綺麗なアジトが欲しいとか、毎日寝てても金が降ってくれば嬉しいとか、その解答がどこか先生には気に食わなかったようで、加えて言うには将来の夢、だとか。確かに中学校まででそんな授業をやりはしたなと考える。
『えー、あたしなんて書いたっけ?』
『ケーキ屋さんとかじゃなかったっけ。めちゃくちゃバカにした記憶あるもん』
『あーンな気がするわ!バカだからケーキ屋さんなれば無限にケーキ食えると思ってたからなー!懐かしー!』
『ハッハッハ!随分可愛らしい夢ぞ!今でもなりたいと思っとるのか?』
『無理無理!アタイばかだし高校退学してっし学生証ないしー』
『だねー、ウチもー』
『なりたくはないのか?』
いつもなら大口を開けて笑い飛ばす大人が、真剣な瞳で自分の仲間である二人を見つめる。その目には一点の曇りもなくある種子供である自分達よりも純粋で綺麗な目をしており、思わず直視できなくなったヘルメット団の二人が慌ててさっと視線を外してしまう。
『……うっせ、黙れよ』
『同情かよ、うざ』
『いいや、同情ではない。……オレも昔は叶わぬ夢を追い求めた身ぞ。色んなバカもやった。授業で教えた無謀な男のようにな』
『……先生の夢ってなに?』
『そうさなぁ……お前が夢を語ったら教えてやろうぞ!』
『は!?ずりぃ!教えろよ!』
『いやお前の方がずりぃだろ!一方的にアタイの夢バラしやがって!お前も言えこんにゃろ!』
『うるせぇ!!』
気に食わない。なんか仲間達は一瞬で絆されてたけど、先生は明らかに自分達を同情してた。可哀想だと憐れんでた。絶対に。別に自分達が平均値より色々下であることは自覚しているが、絵に描いたような聖人にそんな目を向けられることが何より屈辱だった。それなりに人物として好いていたはずだが、それが一気に冷めるような感覚だった。私はコイツが嫌いだ。
嫌いなはずだったんだが。
「誠にすまぬ!オレの監督不行き届きぞ!!どうか彼女達を許してやってくれ!!この通りぞ!!!」
「ふざけんな!!そこのガキどものせいで機械がめちゃくちゃだぞ!どうしてくれんだ!!」
───先生が大通りで地べたに這いつくばり額を擦り付ける姿を、周囲の人間が遠目に笑っている声が───何かめちゃくちゃ嫌だった。
「すまぬな、オレが勝手にお前達を誘い出したばかりにこんなことになって」
「あ、いや、それは良いんだけど、さ。それなりに、楽しめた、し……」
「う、うん、ウチも」
「そうかそうか!それを聞いて安心ぞ!社会見学というのも立派な授業だからの!」
夕日が差し掛かり、空が赤く染まっていた。廃墟と化した住宅街を進む先生の少し後ろを歩く三人の生徒が、気まずそうに指をモジモジと交差させたりチラリとお互いに視線を交わしたりしていた。
「……せ、先生、その」
「ん?なんぞ?」
たった一日に満たない交流で、情も何も湧かないはずだが、さっきの出来事に何か言葉が喉から出かかって───言えない。不良として、カタカタヘルメット団としての幼稚なプライドが、素直に謝罪することを是としないのだ。
「……やっぱ、な、なんでもない…………」
「……気にするな。勿論、反省しなくて良い、というわけではないがな」
「…………」
自分の考えは全て見透かされているようで、気にするなと言われて思わず閉口してしまう自分は結局大人に甘えてしまっているのだろう。どれだけ強がっても子供である自分と大人である彼の間に大きな差を感じてしまい、それが悔しいような、申し訳ないような感覚を覚える。
皆が飯を食い終わった後、先生が外に出てみようと提案してきた。気分転換も兼ねて社会見学をしようと言っていた。ただ自分達は随分と身なりが汚れているし、髪もボサボサで人の目を引く。そんな自分達を引率していれば悪い意味で人の目を引いてしまうが───分かっていたことだが、当然のように気にする様子もなく街に出た。
屋台の飯を食べてみたり、ガチャガチャを少し回してみたり───ショーケースに映った綺麗な服に見惚れてみたり。ちょっと浮かれていた。もちろん豪遊が許されたわけではないが、普段ならできないちょっとした贅沢と───我がことのように喜び楽しんでくれる大人がいたから。
だから浮かれすぎたのだろう。ゲーセンで当たりが出ずに───つい、暴れてしまった。
「………えと、あー……」
「まぁ、気にするなと言われても無理があるか。……そうさな、あまり良くない行為だったかもしれぬ」
「…………」
「また、同じことをするのか?」
「し、しねぇよ!」
「なら良い」
「…………」
いつもに比べて口数の少ないシャーレの先生。そんな彼は自分達に背を向け前を歩くばかりで、その顔色を窺うことは叶わず───別に大して信頼もクソもないはずの、ただの一大人を怒らせてしまったのではないかと不安に駆られていた。
「……お、怒ってないの……?」
「……ふふ、変なことを言うようだがの、逆ぞ」
「逆?」
「あぁ、オレは……まぁ、もちろんげーむせんたぁのことは反省せねばならぬことだが……今だけに関して言えば、オレは嬉しくてなぁ」
「は?な、なんで?」
なんで、と尋ねた途端に柱間がその場で立ち止まり、ゆっくりと後ろに振り返る。驚いた三人の少女がビクッと体を震わせながら恐る恐る様子を窺うが、先ほどの世迷言が真実であることを裏付けるかのように彼は優しく微笑んでおり、皆に視線を合わせるように屈んで三人の頭を撫でる。
「……酷いことを言うようだが、お前達は昨日、オレと出会った時点であれば、今日のようなことがあってもさして心を痛めることも、罪悪感を覚えることもなかっただろう」
「………多分」
「だから嬉しいのだ。今こうして、悪いことをしてしまった……いや───自分で言うのもなんだが……先生に、迷惑をかけてしまった。それに心を痛めていることが、オレは……ひどく嬉しいのだ」
優しい子らぞ、お前たちは。
そう言って頭に回していた手を彼女らの背中まで下ろし、ゆっくりと自分の方へ抱き寄せる。側から見れば一発ヴァルキューレ案件の事案に、しかし彼女らも特別抵抗を見せることもなく成すがまま身体を柱間に預けていた。
「…ご、ごめん、なさい、先生」
「ハッハッハ!よいよい!……オレの方こそ、謝らねばならぬことがある」
「え?な、なんでだよ。別に、先生何も……」
自分の中の、くだらないプライドが一度崩れ去ればシャーレの先生を善人と認めることに一切の抵抗はないようで、彼の熱い抱擁と共に自分達へ向けられた純粋な愛情が身にしみて伝わってくる。だからこそ彼に酷い態度をとった自分を恥じて、目の前で頭を軽く下げる先生に罪悪感が湧いてくるのだ。自分達は既に先生を信頼しており、そんな真似をする必要もないはずだ。そう思っていた。だからこそ───
「……オレは───アビドス高等学校に救援を頼まれて、ここアビドスへ来た」
「……なん、だよ、それ……」
───裏切られたような気がした。
「……アビドス高等学校より、シャーレ当てに手紙が来た。地元の暴力組織に学校を追われているとな。……アビドスにたどり着き、大体の事情を聞いた、お前たちカタカタヘルメット団のことも」
「………だから、会いに来たのかよ、私らに」
「あぁ、だが───」
「なんだよ!?結局他人に頼まれたからじゃねぇか!?私らのこと信頼してる素振り見せて!!」
「ち、違う!オレは単にアビドスとお前達が争うのを見たくは───」
「ほら!アビドス"と"、じゃねぇか!!アイツらの方が大事なんだろ!?そうだよな!?こんな傭兵やってる不登校より情が湧くよな!?」
「そうではないのだ!オレはお前達が───」
「うるさいうるさいうるさい!!なんだよ!?クソックソッ!!私らのことおちょくりやがって!!」
「ちょ、おいばか!それは不味───」
「───どっか行けよ!!」
柱間の足元が銃弾によりえぐれ、コンクリートの道路に亀裂が入る。銃口から煙が上がり、そのまま数秒、両者が固まり口を閉じた後、先生に怒鳴り散らして生徒が一人走り出す。残されたヘルメット団の二人は、気まずそうな困ったような───悲しいような目を最後に柱間に向け、仲間の背を追いかけていった。
「………不味ったのぉ」
呆然と立ち尽くした柱間がその場に腰を下ろし胡座をかいて頭を抱える。彼のカタカタヘルメット団の少女達に向けた言葉にはカケラもお世辞はなかった。正真正銘、誠の言葉であったが───少し焦りがあったのも事実。アビドスやヘルメット団の少女達の話によると、明日アビドスへの襲撃が行われるはずだ。できればそれに巻き込みたくなく、やはり数日で全員のカタカタヘルメット団を説得するのは無理だが少なくとも交友を持てた彼女らだけでも戦場から遠ざけたかったのだ。
だが、失念していた。彼女らの想いを。ひもじい思いをしていた彼女らにとって、たった二日足らずの付き合いでも自分達に献身的で、面白い話をしてくれて、退屈をしのいでくれて、優しくしてくれて───周囲に笑われることも厭わず地に額を擦り付ける、そんな大人の存在は彼自身が思う以上に生徒達の中で肥大化していた。言ってしまえば、独占欲があったのだ。それを理解できていなかった。たかが二日、されど二日、その密度を生徒以上に理解することができていなかった。
『せ、先生。大丈夫ですか……?』
「……あぁ、オレはな。……彼女らには、悪いことをしたぞ」
『その、追いかけたりは……』
「……いや、今会っても悪手なだけぞ。明日の襲撃のことについて、アビドスの者達とも話しておかないとの。……帰るか、アロナよ」
『は、はい……』
目に見えてテンションの低い柱間が、結局その日立ち直ることもなくアビドスの生徒達に心配されながらも明日の打ち合わせを行い、カタカタヘルメット団の襲撃時間についての予測や作戦などを打ち立て、そして翌日────
────カタカタヘルメット団の襲撃が来ることはなかった。
ご清覧ありがとうございます!
次回以降、少し更新ペースが下がると思います。
お待ちしていただいてる皆様には大変申し訳ありませんが、気長に待っていていただければ幸いです。
それではまた次回