これはスバル達が幻想郷へやってくるよりもずっと前、霧の湖の近くに突然やってきた俗に紅魔館と呼ばれる館の話。
紅魔館のメイド長である十六夜咲夜は、主人の部屋にティーセットを持って来ていた。時刻は午前一時半。普通の人間なら眠っているが、夜に生きる吸血鬼にとってはちょうどおやつ時なのだ。咲夜は主人の部屋の前まで行くと、丁寧な仕草でノックをする。
「入りなさい。」
「失礼致します。」
入室の許可が出るとこれまた丁寧な所作でドアを開け、部屋の中に入る。とてつもなく広い部屋の一番奥に、主人であるレミリア・スカーレットが堂々とした雰囲気を漂わせて座っていた。咲夜はレミリアの側へ行くと、テキパキとティータイムの準備を始める。そして5分もしないうちに準備は終わり、温かい紅茶をレミリアに出した。
「どうぞ。本日はアールグレイです。」
「ありがとう。いただくわね。」
レミリアは咲夜が入れたお茶を飲み始める。メイド長という役割を拝命しているだけあって、咲夜の紅茶の腕は相当だ。店でも始めたらあっという間に全国展開できるだろう。当人はそんな事には一切興味がないようだが。しばらくしてレミリアがお茶を飲み終えると、すぐさまティーセットが消滅する。時を止めて片付けたのだろう。いつもはティータイムが終わったらティーセットと一緒に消滅したようにいなくなる咲夜だったが、今日はレミリアの部屋に残っていた。どうしたのかという目線をレミリアが向けると、咲夜は一枚の紙をレミリアに渡して言った。
「こんなものが幻想郷中に流布されているようです。幻想郷のこれからに関わることということで、お嬢様にもお目通しをお願いしたく。」
「わかった。見せて頂戴。」
レミリアは咲夜から紙を貰うと目を通し始める。『命名決闘法案』と題されたその紙には、こんなことが書かれていた。
理念
一つ、妖怪が異変を起こし易くする。
一つ、人間が異変を解決し易くする。
一つ、完全な実力主義を否定する。
一つ、美しさと思念に勝る物は無し。
法案
・決闘の美しさに名前と意味を持たせる。
・開始前に命名決闘の回数を提示する。体力に任せて攻撃を繰り返してはいけない。
・意味のない攻撃はしてはいけない。意味がそのまま力となる。
・命名決闘で敗れた場合は、余力があっても負けを認める。勝っても人間を殺さない。
・決闘の命名を契約書と同じ形式で紙に記す。それにより上記規則は絶対となる。この紙をスペルカードと呼ぶ。
具体的な決闘方法は後日、巫女と話し合う。 (東方求聞史記より)
「・・・なるほど。命をかけた勝負をやめて試合形式にしろ、ということ。いかにもあの頭が硬そうな賢者達が考えそうなことね。」
紙を読んだレミリアは、おそらくこの紙を作ったであろう者達を想像し、溢す。
「それで、どう致しますか?」
「どうするも何も、従うしかないでしょ。というか、この法案間違いなくこの前の私たちの『大征伐』を受けて作られただろうし。私たちに対する牽制みたいなもんよ。」
『大征伐』というのはレミリア率いる紅魔館組が、幻想郷にやってきてすぐの頃、武力を用いて幻想郷を支配しようとした事件のことである。幻想郷にいる数多の力ある妖怪によって侵略は阻止されたが、『吸血鬼異変』とも呼ばれるようになるこの事件は、当時の腑抜け切っていた妖怪達に危機感を覚えさせた。この命名決闘法案も、こういった事態を防ぐために設定された物だろう。
「あの時は申し訳ございませんでした。あともう少しで、お嬢様に幻想郷の天下を渡せたのですが。」
「やめて頂戴。私から言わせればああなるのは運命だった。誰がどれだけ奮起してようと、あの状況を覆すのは不可能。誰にも落ち度はないわ。」
「しかし、損害は軽くすることができたはずです。妹様なんて、あんな姿になられて・・・。」
吸血鬼異変の際、前線で大暴れしたレミリアの妹、フランドール・スカーレットは、妖怪達の集中攻撃を受けたこともあり、ひどくボロボロになっていた。力も使い果たし、戦闘はおろかしばらく生命活動を停止せざるを得ない状況である。魔力を使い切っているため、体の修復もできず、今は地下室で仮死状態なのだ。
「あれはあの子が考えて決めたことよ。咲夜が負い目に思う必要は・・・」
そこまで話して、レミリアはあることに気づく。そして、手に持っていた命名決闘法案にもう一度目を通し始めた。
「お嬢様?急にどうされたので?」
そんなレミリアの様子に咲夜が問いかけると、レミリアは自分の思いつきについて話し始めた。
「この命名決闘法案、つまりは妖怪が異変を起こしてそれを人間が解決しにやってくるということよね?」
「ええ、そうでございますね。」
急に当たり前のことを確認しだすレミリアに、咲夜は困惑しつつ答えを返す。
「で、人間を殺してはならない。これはつまり、『人間を殺さなければどんな異変を起こしてもよい』ということになる。」
「そ、そうなのですか?」
咲夜にはレミリアの論理は少々飛躍的に見えた。確かに、理念には妖怪が異変を起こしやすくすると書いてあるが、それが人間を殺しさえしなければ何をやってもいいということかと言われると疑問である。
「そうなのよ。これはつまり妖怪が異変を起こしても、他の妖怪は基本的に干渉しないってこと。大征伐では、賢者達が戦いに介入した結果、敗北を喫したでしょ。異変を起こすにあたって、他の妖怪が何もしてこないという保証は、何をやってもいいということとほぼ同義と言えるわ。」
レミリアの言っていることは分からなくはない。しかし、レミリアの今の話は妖怪と人間に圧倒的な力量差があって初めて実現するのだ。実際、力量差は間違いなくあるのだが、この命名決闘法案には妖怪と人間を対等にするルールも記載されている、
「しかしお嬢様、命名決闘の場においては勝利条件が命のやりとりではない以上、妖怪の圧倒的身体能力は優位にならないかと・・・。考えたくはないですが、お嬢様が人間に負けることだってあり得るはずです。」
「別にいいのよ。命名決闘で負けたって。どんなこともできるのであれば、異変を起こした時点で目的を達成すればいい。」
「異変を起こした時点で目的を達成ですか?」
「そう。例えば、幻想郷中の生物から魔力を吸い取る魔法を組む。もちろん人間が死なないようにね。そして、集めた魔力をフランに注ぎ込めば・・・」
「・・・妹様が、復活される!?」
レミリアがようやく語った本当の目的に咲夜は柄にもなく驚きの声をあげる。しかしそれも当然だった。紅魔館にとって戦闘能力が高いフランの復活は急務だったが、一切達成の目処がついていなかったからだ。そんな中、フランを復活させるチャンスが降って湧いてきたとなると、喜びもひとしおである。
「咲夜!すぐにパチェを呼びなさい!」
「承知しました。お嬢様。」
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「無理ね。」
「そう言ってくれると信じてたわよ!さすがは紅魔館の筆頭魔女・・・今、なんて言った?」
「無理ね。」
何かの聞き間違いかと思って問い返したレミリアは、しかし変わらない返答を突きつけられる。その返答をじっくり10秒ほど咀嚼したあと、レミリアは目の前の相手に喰ってかかった。
「無理ってどういうことよ!あなた、普段から引きこもって魔法の研究ばかりしているでしょ!?こんな時に役に立たないで一体いつになったら役に立つのよ!うちだってタダ飯ぐらいを住まわせる余裕はないからね!?」
「いくら家主で親友だからって言ってはいけないことを言ったわねレミィ!大体、食事なんて摂ってないし私の魔法の研究で今までどれだけゲホッ、ゲホっ、」
「お嬢鮫、パチュリー様、落ち着いてください!ほら、そんなことをしているとまた肺炎が・・・」
パチュリーの調子が悪化したことで、二人は一旦冷静さを取り戻す。頭を冷やしたレミリアは、親友であり居候であるパチュリー・ノーレッジに再び問う。
「で、どうして無理なの?こんな魔法、普通にありそうだけど。」
「ゴホッ、魔法自体は問題ないわ。けどその作戦、致命的な欠陥がある。」
「致命的な欠陥、ですか?」
欠陥なんてあるのか、と咲夜は思い、その詳細を聞く。そしてパチュリーが答えた欠陥は、それはそれはわかりやすい、ただ魔法について正確な知識のあるパチュリーにしかわからないものだった。
「レミィ、あなたねぇ、あの子の復活に必要な魔力がどれだけだと思っているのよ。」
「吸血鬼だぞ?そんなに魔力がなくても再生ぐらいならできるだろ。」
「あなたそれでもあの子の姉?あの子の損傷をわかって無さすぎるわ。大体、ちょっとしか魔力がなくても体の再生ぐらいできる吸血鬼が、復活の目処を立てられない状態というだけで、どれくらい深刻かはわかるでしょう?」
「あ」
レミリアはそのパチュリーの言葉に小さく声を漏らす。咲夜も、魔力についてはあまり知識がないからか、そこには目が止まらなかった。
「レミィの計画通りの魔法を実行すると、人間はおろか中級程度の妖怪まで根こそぎ枯れ死ぬわ。てか美鈴も危ないわよ。」
続くパチュリーの言葉もかなり衝撃的なもので、二人は言葉を失う。
「まあ、そういうわけだから諦めなさい。フランも、いつかは復活させられるわ。」
そうして議論を終わらせたパチュリーだが、ここで咲夜はある方法を思いつく。
「それでは、個体の総魔力量に応じて吸収する魔力量を変化させてはどうでしょうか?累進課税制度みたいに。」
咲夜の提案を聞き、パチュリーは考える。
「・・・幻想郷にどれだけ力を持つ妖怪がいるかはわからない以上、目標量に達するかは微妙だけど、それならできなくはないわね。」
「それじゃ、それで行こう!」
自分の計画に少し違った形とはいえ活路が開け、レミリアは元気を取り戻す。
「けど、術式がとんでもなく長くなるわ。もう一人、魔法に詳しい助っ人が欲しい。」
現在紅魔館には、魔法に詳しいものがそんなにいなかった。レミリアと咲夜はさっきの通りだし、美鈴は魔法と対極にいるような存在である。フランは魔法についてある程度精通しているが、フランを復活させる術式をフランに協力してもらうなんてことはできるわけがない。妖精メイド達は論外である。しかし、レミリアはこの問題を解決する手段を持っていた。
「それなら、私が悪魔を一人召喚するわ。」
かつて最上位悪魔として活動していたレミリアをもってすれば、悪魔の呼び出しなどお茶の子さいさいだった。悪魔社会は実力主義のため、自分より弱ければそれ以外の面で自分より秀でている悪魔を召喚することも可能なのだ。
「それじゃ、今すぐお願い。できるだけ魔法の知識がある、同性の子にしてくれる?」
「魔法の知識はいるだろうけど、どうして同性である必要があるの?」
「別世界の私が召喚した悪魔に下剋上されるなんて展開、余る程あるのよ。」
パチュリーの謎のセリフは聞き流しつつ、レミリアは条件にできるだけ合う悪魔を呼び出す。呼び出されたのは赤いロングの髪に、白いシャツと黒いベストやロングスカートを着用している中級悪魔だった。突然呼ばれて戸惑うその悪魔に、レミリアはさっさと指示をした。
「あなたの召喚主は私よ。力の差は見て貰えばわかるわ。で、やって欲しいことなんだけどそこの紫色の指示に従って魔法を完成させて頂戴。」
矢継ぎ早にやることを言われた悪魔だったが、召喚主が言う通り自分との力の差は歴然だったのでおとなしく指示に従うことにした。
「それじゃ、術式を組んでくるわ。三日ほど、誰も近づけだでないでしょうだい。」
「わかった。楽しみにしているぞ。」
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そうして三日後、パチュリーは無事に魔法を組み上げた。三日間の間に、紅魔館の住人にも命名決闘について知らせてある。時間がなかったあの悪魔や言葉を理解できない妖精メイド以外はスペルカードを作っているはずである。パチュリーのはレミリアと昨夜で作った。そのあまりの枚数に、軽く怒られたりもしたが。
なんにせよ、これで異変を起こす準備は整った。今は紅魔館内のもの全員を招集して、異変の説明回を行なっている。
「この魔法は外に霧を霧散させて霧に触れたものから魔力を奪うと言う仕組みになっているわ。そして集めた魔力を一点に集めるのに30分ほどかかる。それまでに術式が壊されたら異変は失敗よ。」
「つまり、異変を止めにくる人間を30分足止めすることが私たちの勝利条件というわけだ。簡単そうに見えるが、決して気を抜くことなく、各位全力で事に当たるように!」
「はい!」
「ところでパチェ、その霧紅くしたりできない?」
「はぁ?急に何言ってるのよ。」
「だって吸血鬼の私が起こす異変よ!血液を連想させる紅色が相応しいじゃない!」
「はぁ・・・わかったわよ。」
ということで作中の幻想郷の、紅霧異変の時の回想でした。この作品内の紅霧異変は動機が現実のものと違います。タグのオリジナル設定は大体ここのことですね。本編にも関係してくるので、この内容は頭の片隅にでも置いておくと今後わかりやすいと思います。