「誰かしら?」
エミリアは周りを見回す。ずっとここには二人しかいないはずだ。しかし、聞こえてきた声はエミリアでも、さとりのものでもない。不可解な現象に頭を悩ませていると、さとりがやれやれといった顔をしながら言う。
「相変わらずいたずらが好きね、こいし。ほら、出てきなさい。」
「はーい。」
またどこからともなく返事が聞こえたと思うと、虚空から突然少女が現れた。緑がかった灰色のセミロングで、黄色い上着に緑のスカートを履いていた。頭には鴉羽色の帽子をかぶっている。
「きゃっ」
エミリアは驚いて声を上げた。急に目の前に人が現れたのだから当然だろう。少女はエミリアの様子を見てくすくす笑っていた。そしてさとりはそんな少女の頭ををたしなめる様に軽くたたくと、エミリアに言う。
「身内が失礼しましたね。彼女は私の妹の・・・」
「古明地こいしだよ!よろしくね!知らない人!」
こいしが元気いっぱいにあいさつする。エミリアも衝撃から帰ってきたので、自己紹介をした。
「私はエミリアよ。よろしく、こいしちゃん。」
そんな二人の様子を見ていたさとりは、何かを思いついたような顔をして、エミリアに言った。
「そうだ。片づけはいいのでこいしを構ってやってくれませんか。この子はほっとくとすぐにどこかへ行ってしまうので。」
エミリアは考える間もなく即答する。なんせついさっきさとりにお返しをしたいと思っていたのだ。断る理由なんてない。
「そんなのお茶の子さいさいよ!任せてちょうだい!」
「ふふ、頼もしいですね。こいしもいい子にしてるのよ。」
「はーい。」
そう言い残すと、さとりはティーセットを持って出て行った。エミリアはとりあえずこいしの方を見て聞く。
「それじゃ、どうしようか。何かやりたいことある?」
「お話しよ!エミリアさんのこと気になるんだぁ。」
その思ってもみなかった答えにエミリアは一瞬キョトンとする。
「私の?もちろんいいけど・・・そんなことでいいの?」
「いいのいいの!」
こいしの勢いに押されるまま、エミリアヘのインタビュー大会が始まった。
ーー奇遇にもそれはもう一つのインタビュー大会が始まった時と同時だったりするのだが。
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「それじゃあ、エミリアさんはどうして地底に来たの?」
こいしが目をらんらんと輝かせながら言う。期待されているところ悪いが、なかなか答えにくい質問だ。
「えっと、気づいたらここにいたの。だからどうしてかは私もわからないわ。」
「えええ、そんなことあるんだー。面白ーい!」
あいまいな答えだったが、こいしは満足したようだ。目の輝きを失わないまま、次々に質問をしてくる。
「じゃあエミリアさんは弾幕、撃てる?」
突然知らない単語が出てきてエミリアは首をかしげる。
「弾幕って何?」
その返答にこいしは驚く。
「弾幕を知らないの?幻想郷にそんな人いるなんて。」
そしてそのまま手をエミリアの方に出すと、そこから緑色でハート型のなにかを生成する。
「これが弾幕!これをたくさん出して相手に当てるって遊びが流行ってるの。弾幕ごっこっていうんだけどね。」
それを見て、一日前の記憶がよみがえる。そういえばさとりがアイスブランドアーツを真似したときに氷の代わりにこのようなものを出していた。目の前のこいしもあっさり出したあたり、弾幕はここでは常識なのだろう。
「すごーく綺麗ね。触ったらバチってするんだっけ?」
「それは知ってるんだ。そうそう、被弾したって分かるようになってるんだよね。・・・そうだ!エミリアさんも弾幕出してみない?」
そのこいしの突然の提案に、エミリアは目を丸くする。
「弾幕ってそんなにすぐに出せるものなの?」
「むしろ女性で出せない人を見たことがないくらいだよ。」
弾幕とは全く無縁だったエミリアからしたら信じがたいことだったが、こいしがそう言うのなら間違いないのだろう。
「それじゃ、せっかくだし私もやってみようかな。やり方、教えてくれる?」
「もちろんいいよ!」
こいしは席を立ってエミリアの近くへ行く。
「それじゃあ手を前に出して。」
エミリアはさっきこいしがやっていたように手を前に出す。
「こう?」
「そうそう、いい感じ。そしたら自分の内側にあるものを手からぎゅって出すように想像してみて。」
魔法を使うゲートが手に移った感じだろうか。いまいち要領を得ない説明だが、とりあえず言われたとおりにやってみることにした。
「みょんみょんみょんみょん・・・」
「何その声、面白ーい。」
なんとなく昔スバルがパックから魔法を教えてもらっていた時の声を出す。そうして少しの間、続けていると、青色の丸い球が手のひらから一つ出てきた。
「やった、出てきた!」
「上手上手!青色の中玉か。エミリアさんらしいね。」
初めての弾幕に二人で喜ぶ。その間も弾幕はエミリアの手のひらの上で留まっていた。
「それで、それを投げるの。一回投げたらまっすぐ飛んでいくからね。」
「そうなのね。・・・どこに投げようかしら。」
そう、今二人は地霊殿の部屋の中にいる。ここで投げてしまったら部屋の中の何かに当たるだろう。借り物を壊したり傷つけたりするわけにはいかないので、どうしたものかと思う。
「それじゃ、窓の外に投げよ!」
悩んでるエミリアを見てこいしが提案する。
「それって、誰かに当たっちゃわない?」
「大丈夫大丈夫。この辺の人なら一発ぐらい避けれるだろうし、仮に当たっても大したダメージにならないから。」
「そう・・・かしら。」
本当に大丈夫なのか怪しい説明だったが、まあ大丈夫なのだろう。そう思うことにしてエミリアは窓の近くへ行く。
「えいっ!」
そして腕を大きく振り、手に持ってる弾幕を投げた。すると弾幕は一直線に一定の速度で飛んでいく。高度を下げることもなく、加速も減速もしない何とも不思議な進み方だった。
「すごーく不思議。こんなものがあるなんて。」
「弾幕ごっこの時はね、事前にどんな弾幕を打つのかカードにして見せるの。スペルカードっていうんだけど。」
そう言いながらこいしは一枚の紙を取り出す。そこにはなにやら沢山の図形と、「無意識」という文字が書かれていた。
「それがすぺるかーど?」
「そうそう!こんな風に弾幕が書かれてるんだけど・・・せっかくだしこれ見てみない?」
「ええ!すごーく気になるわ。」
「それじゃあ外へ行ってみよ!」
こいしが勢いよく部屋を出ようとしたところをエミリアが止める。
「私、地霊殿から出ちゃダメって言われてるんだけど・・・」
「私がいたら大丈夫よ!ちょっとだし良いでしょ。」
「それもそっか、じゃあ行こ!」
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二人は地霊殿の外にやってきた。弾幕一つくらいならポイ捨てしても問題ないが、スペルカードとなるとかなり周りに迷惑がかかるらしいので、人気のないところを探すことにした。
「この辺なら大丈夫かしら?」
「そうだね。それじゃ、エミリアさんはここに居といて。」
そう言うとこいしは少し走ってエミリアから離れる。そしてある程度離れたら大声で叫んだ。
「それじゃいくよー!」
「わかったー!」
エミリアも大声で返す。するとこいしがスペルカードを手に持ち、宣言した。
「無意識『弾幕のロールシャッハ』!」
宣言が終わるや否やこいしの周りに無数の弾幕が表れる。青、緑、紫と色とりどりなうえに何かしらの幾何学的な模様を作るように配置されていて、今まで見たことがないような光景が繰り広げられる。思っていた以上に沢山弾が出ていて、こいしの並々ならぬ技術が見える気がしていた。
「すごーく綺麗だし、楽しそうね。」
そんな風に思って見ていたら、丸い弾の列がエミリアの方に飛んでくる。
「エミリアさーん!避けてみて!」
「えっ?わっ、ちょっ、」
答える間もなく弾幕がエミリアの方へ飛んできた。なんとか弾と弾の間を見極めて列をくぐる。
「そうそう!ほら、どんどんいくよ!」
そのこいしの声を聞くころには第二陣が到達していた。さっきよりも列の数が増えている。
「えいっ、やあっ、とおっ!」
エミリアはかわいい声を出しながら何とか避ける。その様子を見て高ぶったのか、こいしは楽しそうにさらに弾幕を出した。そしてやってきた第三陣。さらに列の数が増え、もうどこにいればいいのかわからない。
「はっ、えいって、きゃ!」
ついに対応しきれず弾幕に当たってしまった。衝撃で少し後ろに倒れる。こいしはその様子を見ると急いで弾幕を出すのをやめて戻ってきた。
「ごめんごめん、大丈夫?盛り上がりすぎちゃった。」
「大丈夫よ。少しひりひりするけど、これくらいへっちゃら。」
そう言ってエミリアは立ち上がる。
「それにしてもエミリアさん避けるの上手だね!この弾幕結構みんなすぐに被弾するんだけどなぁ。」
「そうなの?」
他の人が避けているのを見たことがないためあまり実感は湧かないが、上手といわれると悪い気はしない。
「こいしちゃんの弾幕、すごーく良かった!私もあんなの撃てるのかなぁ。」
「エミリアさんなら絶対できるよ!部屋に戻って今から一緒に考えない?」
エミリアはこいしの弾幕を見て、弾幕に非常に興味を持っていた。ただ一人だと心細いのも事実なので、一緒に考えてくれるのなら心強い。
「いいの?ありがとう!」
「どういたしまして。ほら、部屋に戻ろ!」
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「よし、これで三枚目完成ね!」
それから二人は部屋に戻り、ずっとスペルカードを作っていた。どんな弾幕にするか考えたり、実際に撃てるか少し試してみたり、名前を考えたり・・・そうこうしているうちにあっという間に夜になる。
「今日はこれくらいかしら。もうすぐ夜ご飯だし。」
「もうそんな時間かー。ってそうだ忘れてた。エミリアさんにもう一つ聞きたいことがあったんだよね。」
片付けをしているときに不意にこいしが言う。
「私に?何でも聞いて。」
「それじゃお言葉に甘えて・・・」
そう前置きすると、こいしは少し真面目な顔でエミリアの方を見て言った。
「正直、お姉ちゃんのことどう思う?」
「お姉ちゃんって、さとりさんのことよね?」
「そうそう。さっき話してたでしょ?あ、何言ってもいいからね。私告げ口したりしないし。」
一見意図の分からない問いだった。後に付け足した言葉といい、まるで良くないことを言わせようというような言い方だが、エミリアはそんなことには気づかず素直に答える。
「すごーく、いい人だと思うわ。私みたいなよそ者にも優しくしてくれるしね。」
「ふーん、でもでも、お姉ちゃん心読むでしょ?何でも知られるの、嫌じゃないの?」
こいしがさらに聞く。
「ぜんぜん嫌じゃないわ。私心が読める人なんて初めて見たし、すごいと思うの!」
まったく負の感情を見せないエミリアを見て、こいしは驚く。そしてもう一度エミリアのことを見るとにやにやしながら
「・・・ふーん、へー。なるほどね。そういうこと。おねーちゃんも隅に置けないなぁ。」
などと呟いた。
「・・・?」
急に自分の世界に入ったこいしを見て、エミリアは困惑する。
「お姉ちゃんが急にうちに客人を招き入れたって聞いて来たけど、これは予想外だわー。まったく、寂しがり屋なんだからぁ。」
こいしは楽しそうに立ち上がると、スキップしながらドアの方へ行く。
「エミリアさん、今日はありがと!すごく楽しかったわ。また来るね!」
「あ、ちょっと!」
エミリアが引き止める間もなく、こいしは虚空に消えてしまった。
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こいしとエミリアが遊んだ次の日、お燐は地霊殿内部を歩いていた。間欠泉の異変以降地上と少し繋がりができた地霊殿は、さとりの意向で文文。新聞をとっている。デタラメも多分に含まれているこの新聞をどうしてさとりがとっているのか分からないが、何か考えがあるのだろう。そして朝と夕方、届いた新聞をさとりの部屋まで持っていくのはお燐の仕事なのだ。今日もその例に漏れず、届いていた新聞を握りしめてさとりの部屋へ行く。
「失礼します。」
「入りなさい。」
お燐はさとりの部屋の中に入る。さとりは相変わらず大量の書類に囲まれて仕事をしていた。昨日もあまり寝ていないのか、目元にはうっすらとクマが出来ている。
「無理しないでくださいよ。さとり様。体調が一番なんですから。ちょっと休憩なさってください。」
「私もそうしたいけど、最近仕事が多いのよ。間欠泉地下センターも、どこぞの神が作ったとはいえお空がいる以上私たちだって無関係じゃないんだから。」
「それをさとり様がやるのなんか違う気がしますけどね。」
「仕方ないわよ。地底周りのことは私しかわからないんだから。旧都との兼ね合いとか、色々ね。」
どうせこんなことだろうと思っていたお燐は用意していたお茶を入れる。そして入れ終わるとさっき取ってきた朝刊と一緒に渡した。
「いつもありがとね、お燐。」
「さとり様のためならなんだってしますよ。」
そう言うとさとりはお茶を飲みながら朝刊を読む。
「ちなみにさとり様。どうしてこんな新聞をとっているんです?」
「天狗にはあまり良い噂がないからわかるけど、その言い方は止めておきなさい。・・・普通に情報源としてよ。地上に出ることができない私たちが地上のことを知るのに新聞は何かと都合が良いわ。」
「でも天狗ですよ?不確かな情報は余計に混乱を生むんじゃないですか?」
「私のサードアイね、文章からも書き手の心情が読み取れるのよ。距離がある分対面より精度は落ちるんだけど、嘘かどうか位は分かるわ。」
やや自慢げに話すさとりを見て、お燐はやはりこの人は自分の主だな、などと思ったりする。そうしてしばらくさとりは新聞を読んでいたが、突然閉じたかと思うとお燐に言った。
「お燐、このページ見てくれる?」
お燐は目を丸くする。新聞を届けることは沢山あったが、こんな風にさとりがお燐に新聞を見せるのは今までで初めてだった。
「珍しいですね。いったいどうしたんですか?」
「良いから見てちょうだい。読んでから話すわ。」
お燐は言われるがままに新聞に目を通す。そこには、最近幻想入りした人物の写真とインタビューが載っていた。一人は中くらいの身長の男性で、もう一人は小さい少女だ。背景を見る限り、二人は博麗神社にいるらしい。記事をすべて読むまでもなく、お燐は察しがついた。一応最後まで読んで、新聞をさとりに返す。
「さとり様、この人たちって・・・」
「ええ、エミリアさんの仲間の人たちね。」
さとりもお燐と同じ考えに至っていたようだ。エミリアの心を読んでいたさとりがそう言うのなら、まず間違いないだろう。
「それで、この記事本物なんですか?天狗がホラ吹いた可能性も・・・」
「ないわね。この記事はかなりの熱量で書かれている。これはスクープを見つけてその勢いで書いたときによくある心情よ。」
さっきの会話で出てきた能力だろう。どんどん記事内容の現実味が増してくる。
「それで・・・どうするんですか?この人たちの仲間を見つけたら博麗神社に連絡しろって書いてますけど。」
「ええ。」
さとりはしばらく黙る。そして五分ほどたった時、口を開いた。
「その新聞、私たち以外に見ているのは居ないわよね?」
「すぐ持ってきましたし、間違いなくそうかと。」
その返答を聞き、さとりはお燐の方を見て言った。
「この新聞は誰にも見られないように処分すること。それと念のため、エミリアさんの周りのペットたちに彼女がどこかへ行かないように見張ってもらうようにしましょう。地霊殿への来訪も、重要な客以外は制限するわ。」
お燐はその命令を黙って聞くと、新聞を受け取り答えた。
「・・・分かりました。」
それ以上は話さず、お燐はさとりの部屋から出る。まずは新聞を処分しなくてはならない。確実に消すために、灼熱地獄の方へ行く。歩きながらお燐は考えていた。エミリアだって本当は一刻も早く彼らに会いたいだろう。本当にエミリアのことを想うなら、すぐに連れて行ってやる方がいい。それに、彼らが博麗神社に居るということは間違いなくこの件は霊夢が噛んでいる。その要請に従わないということはすなわち霊夢と敵対するということだ。少し前異変が起こった折にここで暴れ倒した彼女は、エミリアを隠しているとわかったらまた乗り込んでくるだろう。今回のさとりの決断は、客観的に見たら悪手でしかないのだ。そんなことはお燐もわかるし、さとりだって分かっているだろう。
それでもさとりはあの判断しかできなかった。そしてお燐にも、あそこで止めるという選択肢は存在しなかったのだ。だってあの時お燐に見せたさとりの顔は、地霊殿の主である『古明地さとり』でも、心を読む大妖怪である『さとり』でもなく、
昔地上で疎まれて涙を流していた、お燐と出会った頃のーー『少女さとり』の顔だったからだ。