「ここ、どこ?」
真っ暗な場所に一人佇んでいるのは綺麗な長い銀髪を持つ一人の少女ーーエミリアだ。彼女はルグニカの新たな王となるため、日々勉強に励んでいる。昨日もその例に漏れず屋敷で勉強して、そのまま寝たはずだ。間違ってもどこかに行った記憶はない。何が起こっているのか確認しようと、とりあえず周りを眺めてみる。が、前述の通り真っ暗なので、何もわからなかった。
「すごーく、静かなところ・・・」
そう呟いたエミリアの声が反響する。静かでどこか寂しい、まるで洞窟みたいなところだ。そうしているうちにエミリアの中に生じた疑問がひとつ。それは、みんなはどうしているのだろうかと言うことだった。自分みたいにこの不思議な場所に来ているのか、いつも通りルグニカにいるのか。後者だったら勝手に失踪してみんなに迷惑をかけていることになるから嫌だな。なんてエミリアが思っていると、
「にゃ〜ん」
いつの間にか足元に赤黒い猫がいた。ミミたちとは違って、姿形も立派な猫だが、なぜか尻尾が二つある。そして耳には小さくて赤いリボンをつけていた。
「あら、可愛い!」
突然登場した猫にエミリアの心は奪われる。パックがいなくなってから小さい動物と触れ合う機会なんてなかったので、余計に可愛く見えた。そのままエミリアは腰を屈めて、猫に目線を合わせた。猫と喋る気のようだ。
「ねえねえ猫さん。ここって何処かわかる?」
エミリアの声が虚空に響く。当然だ。エミリアだって、動物が喋らないことはわかっている。それでも、話しかけずにはいられなかった。
「それはねー、」
「わ!」
すると、返ってくると思わなかった言葉に返答があった。エミリアがびっくりして後ずさる。誰かいたのか、と思い周りをキョロキョロしていると、目の前の猫が急に発光し出してーー
「じゃじゃーん!」
人間のような姿になった。尖った耳がついていて、尻尾が生えている所以外は完璧に人間だ。アナスタシアのところのミミ達みたいだが、この子の方が背が高い。
「お姉さん、いい反応するねー!あたい、楽しくなっちゃったよ。」
目の前の少女は笑ってエミリアに言った。
「おったまげちゃった。あなた・・・猫さんになれるの?」
「そうだよ。猫形態の方が楽なんだよねー。ところで、お姉さん。なんでこんなところにいるの?」
少女はエミリアに尋ねる。しかし、そもそもここがどこかわかってないエミリアに、ここにいる理由なんて答えられるわけがない。
「実は、私も分からないの。目が覚めたらここにいたって感じで。」
とりあえずエミリアは分かることだけを伝えることにした。その答えを聞き、少女は少し考えると合点がいったと言うふうに頷く。
「それはあれだね。幻想入りってやつだろうね。」
「幻想・・・入り?」
初めて聞く単語に、エミリアは首を傾げる。
「そ。あたいも詳しくは知らないけど、なんか外の世界の人が幻想郷に迷い込んじゃうことらしいよ。」
「迷い込む・・・。」
確かに、今のエミリアの状況を表すのにその言葉はぴったりのように思える。今エミリアがいるここを幻想郷とすると、ルグニカからここに迷い込んだ、と言うことになるだろう。
「ま、こんなところで立ち話するのもなんだし、お姉さん私たちの家においでよ!」
少女は尻尾をフリフリしながら、楽しそうに言った。
「あなたのお家?」
「そう!地霊殿って言うんだけどね。いいところだよー。」
エミリアはここを離れていいのか少し迷ったが、見た感じ周りにみんなはいないので、一旦少女についていくことにした。
「わかった!よろしくね。えーっと、猫さん?」
「そういえば自己紹介してなかったね。あたいはお燐。お姉さんは?」
「私はエミリア。ただのエミリアよ。」
「エミリアさんね。よろしく!」
こうして、エミリアの幻想郷生活は幕を開けた。
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しばらくお燐について歩いていると、目の前にとても大きい建物が現れた。大きなステンドグラスがたくさん貼られていて、とても妖しい雰囲気を醸し出している。
「これが地霊殿だよ!どうだい?」
お燐は歩きながら振り返ってエミリアに聞く。
「すごーく大きくて、素敵なところね!」
「でしょでしょ!あたいも気に入っているんだ!」
出会った場所からここにくるまでの間、二人はずっと周りの暗い空気にそぐわないふんわりとした会話を繰り広げていた。
「とりあえずさとり様のところにいこっか!」
そんな会話の中で突然、お燐の口から知らない名前が出てくる。
「さとり様って誰のこと?」
「さとり様はあたいたちの飼い主で、この地霊殿の主人さ!」
ロズワールみたいな感じだろうか。などと考えながらエミリアは話し続ける。
「他にも、お燐みたいな子がいるの?」
「いるよ。まあ、あたいみたいに人化できるのは少ないけど。」
そんな会話をしながら二人は地霊殿の中に入っていく。お燐の言葉通り、地霊殿の中にはたくさんの動物がいた。ルグニカで見たことある動物もいれば、見たことがない動物もいた。
「どうしてこんなに動物さんがいるの?」
「さとり様が特殊な方なんだよ。まあ、そのうち分かるさ。」
そうしているうちに、二人は大きい部屋に着いた。
「ここが、さとり様の部屋だよ。」
そう言うや否や入ろうとするお燐を引き止めて、エミリアは聞く。
「えっと、私はどうしたらいい?」
「あたいがエミリアさんの紹介をするから、さとり様に聞かれたことを答えてくれたらいいよ。」
「わかった!頑張ってみる!」
エミリアは両手を握りしめて、気合を入れる。そして、今度こそお燐がドアをノックした。
「入りなさい。」
「失礼します。」
「し、失礼します?」
やや頼りない声と共にエミリアはお燐について部屋の中に入っていった。そこにはオットーの部屋のような大きな机と椅子があり、桃色の髪をした少女が座っていた。彼女の周りには何やら管が巻かれており、赤い目のような謎の物体につながっている。
「どうしたの?お燐。」
少女はエミリアの方をチラリと見ると、お燐に顔を向けて聞いた。
「ここの周辺で倒れていたので、連れてきました。おそらく幻想入りしたものと思われます。」
お燐はさっきまでのような明るげな声音はそのままに、しっかりした感じで話した。その返答に、少女は小さくため息をつくと、
「そんな何でもかんでも拾ってこないで欲しいんだけどね。まあいいわ。」
少女はエミリアの方に視線を移して言った。
「私はここ、地霊殿の主である古明地さとりです。あなたは・・・」
エミリアはドキドキする心を落ち着かせながら、質問に答えようとした。
「えっと、私は・・・」
だが、その言葉が紡がれる前に、
「エミリアさんですか。」
「え!?」
さとりがエミリアの名前を言い当てた。知らない人に急に名前を言われ、エミリアは目をこれ以上ないぐらいに丸くする。
「ふふふ・・・驚いていますね。」
「もう、さとり様ったら。」
さとりとお燐はニヤニヤしながら目をあわせ、エミリアの慌てている様子を楽しんでいる。ひとしきり楽しんだ後、何が起こっているのか分からずフリーズするエミリアを見て、さとりは言った。
「そろそろ種明かしをしましょうか。私はね、目の前の相手の心が読めるのですよ。この、サードアイのおかげでね。」
さとりはそう言いながら手元の目を撫でた。
「心が?」
「ええ。あなたが私の前で考えたことは全て。出自、種族、生い立ち、過去、周りの人々、戦い方さえね。」
エミリアはさとりの言葉のままに、言われたことを思い浮かべていく。すると、突然さとりが叫んだ。
「想起『襲いくる氷像のトラウマ』!」
さとりが叫ぶのと同時に、さとりの周りに白い武器がたくさん現れる。剣、槍、斧・・・それはまるで、
「私の・・・アイスブランドアーツ!?」
そう、エミリアがスバルと一緒に考案した新しい攻撃方法であるアイスブランドアーツに酷似していたのだ。まだ誰にも見せてないはずの技を模倣されて、エミリアは驚愕する。こんなことをされると、さっきの心を読める発言の信憑性も高まるというものだ。
「ええ。ちょっと真似させてもらいました。・・・なかなか面白い技ですね。これ。今度使ってみようかしら。」
またしても驚くエミリアをよそに、さとりは自分の世界に入って何かを呟いている。しばらくして驚きから冷めると、エミリアは白い武器の中の剣を触ろうとした。
「いたっ!」
すると触った瞬間に静電気のような衝撃が体を巡ったので、思わず手を離す。またもや起こる予想外の事態にエミリアが驚くと、さとりはなんでもないように言った。
「私はあなたのように氷を生成することはできないので、白い弾幕で代用していますよ。・・・ああ、外の世界には弾幕はないのですか。」
そして、さとりは出した武器を全て霧散させる。3度の衝撃から立ち直ったエミリアは、そのまま目をキラキラさせて悟りに言った。
「すごーい!ほんとに心が読めるのね!」
「えっ?」
今度は、さとりが驚く番だった。無理もない。今までさとりの能力を知ったもの者は例外なく一緒にいたくないと判断し、早々に離れて行ったからだ。自分はこの能力を素晴らしいと思っているが、それに共感してくれたのは長い妖怪の生の中でも初めてで。
「私今変なこと言った?」
そんなふうに驚くさとりを見てエミリアが取る行動もまた、彼女の人柄を雄弁に語っていた。
「私のことを嫌わないのですか?あなたの心を勝手に読んでいるんですよ?」
「そんなことで、嫌ったりしないわ。確かにおったまげちゃうけど。」
妖怪として生まれた頃から、言葉を交わせる生き物とは全く仲良くしてこなかった。できなかった。ありのままの自分を出すと、すぐに嫌われる。それでもさとりは自分が好きだった。自分をわかってくれない奴と仲良くする必要なんてない。そう思って人目を避けてきた。しかし、それは決して寂しくないということではない。お燐に出会ったあの時、初めて自分を求められて嬉しかった。満たされた。だから一緒に暮らして、そうしているうちに他の動物も私のとこにやってくるようになった。そうして孤独は解消され、何一つ不自由のない生活を手に入れた。そう、思っていた。
それでも心のどこかで、ペットでも親族でもない、ただの友達が欲しかったらしい。ありのままの私を知ってなお、私に親しくしてくれる友達が。
「・・・ありがとうございます。」
「え?今なんて・・・」
さとりの呟きを聞き返したエミリアには構わず、さとりはビジネス口調に戻って話す。
「私はあなたに興味が湧きました。幻想入りしたてであなたも行くところがないようですし、しばらくここで過ごしてはいかがでしょうか?歓迎しますよ。」
エミリアはそのさとりの提案をしばらく考える。身寄りがないのは事実だし、みんなを探すにしても拠点は必要だろう。そう判断したエミリアは、さとりの方を向くと
「それじゃあ、お願いしようかしら。」
と言った。
「それではお燐に部屋などを案内させましょう。よろしく頼むわね。」
「わかりました!」
そして二人が出て行った後、人がいなくなった部屋でさとりは一人黙考する。
『エミリアの心を読んだ時、違和感があった。彼女の中には白い心と、黒い心の2種類がある。今はどうやら白い心の方が前面に出ているのか、黒い心の方は読むことができなかった。しかし、あれが前面に出てしまうと・・・』
「ふふふ。本当に、興味深いわね。」