次の日、霊夢はかなり大きい仕事があるということで、朝早く飛び立っていった。そしてスバルはというとーー愛しい相方のベアトリスを膝上に座らせ、縁側でのんびりしていた。せっかく昨日決意を固めたのだが、幻想郷が危険なのは依然変わりなくーーつまり何が言いたいかというと、スバルとベアトリスだけでは、みんなを探しに外へ出ることはできないのである。そんな二人ができることといえば、まあ体でも鍛えたりすることなのだが、肝心のトレーニング場所があまりないときた。神社の境内はそんなに広くなく、前の世界の屋敷にあったガーフィールとスバル共用のトレーニング施設はおろか、障害物の一つもないところで、どうやって鍛えろというのか。おまけにスバル専用の武器である、ギルティウィップもない。できることといえば体力増強のためにただ走るぐらいでーーそこまで考えた時、スバルはこの状況でできる、とても大事なことを思い出した。
「ベア子、そういや魔法の確認やってなかったし、今やろうか?」
そのスバルの提案を聞いて、ベアトリスは頷く。
「いい考えかしら。ベティーたちだって魔法が使えれば多少の危険は大丈夫なのよ。」
「よーし、それでは早速。」
スバルは立ち上がると、ベアトリスと手を繋ぎ、境内に出た。
「まずはミーニャから行くか。」
「了解かしら。」
手早く最初に使う魔法を確認した二人は、口を揃えて詠唱する。
「「ミーニャ!」」
すると、前の世界と同じように紫色のマナの矢がたくさん現れた。
「おお!これ成功じゃね!?」
「形状、材質、そして魔法の感覚・・・。間違いなく、これはミーニャかしら。」
実験の成果を見てスバルははしゃぐ。ベアトリスのお墨付きも出たのだ。この世界でも魔法は使えるということだろう。
「魔力を消費しすぎない程度に、他のも試しておくか。シャマクさんは相手がいないから無理として・・・」
「相変わらず謎の信頼なのよ。」
「ムラクをやろうか!」
ベアトリスの聞き捨てならない言葉は聞かなかったことにして次の魔法を提案する。後でシャマクさんの偉大さを1時間説くこととしよう。二人は手を繋ぎ直して同時に唱える。
「「ムラク!」」
唱えた瞬間、淡く薄紫の波動がスバルたちの肉体を薄く包む。それは二人がいつも受けていた力ーー重力から解き放たれたことの合図だ。二人は手を繋いだまま力いっぱい地面を蹴り、空中へ飛び上がる。一点の曇りもない空に飛び込み周りを眺めた。眼下には見渡す限りの緑のカーペットがあり、いろいろな建物が見える。昨日行った人間の里や紅魔館、他にも森や竹林といった現代では見られなくなった地形もある。
「おお!いい眺めだな。」
「まあ、悪くないかしら。」
普段、あまり高いところに行くことがないスバルにとっては、新鮮な光景だった。日本はもちろん、ルグニカも日本ほどではないにせよ発展しているので、ここまで自然が残っている景色を見るのは初めてかもしれない。
「って、なんだ、あれ?」
「どうしたのかしら?」
高所からの眺めを堪能していたスバルは、ふと何かが目につき、首を傾げる。
「なあベア子。あれ、猛スピードでこっちに近づいてきてねぇ?」
スバルは視線の前ーー遥か遠くにある黒い点を指してベアトリスに告げる。
「きっと鳥かなんかかしら。ここを目的地にしているわけでもないだろうし、きっとすぐにどっかへ行くのよ。」
「そりゃそうか。・・・やっぱりどんどんデカくなっている気がするんだが。」
「全く、スバルは心配性かしら。」
スバルの真摯な訴えを聞き、ベアトリスはやれやれといった風にスバルの指す方を向く。そこには、ついさっきまで米粒のようだった黒い塊が拳大にーー今なお大きくなってきていて、
「おいこれ不味くね!?このままじゃぶつかるぞ!」
「早く、早く降りるかしら!」
予想以上のスピードに二人は空中で焦る。普段なら簡単に降りられるのだが、こんなふうに慌てていると魔法の制御は難しくなるのだ。魔法が暴走し、二人の体が上空と地面付近で行ったり来たりする。そうしている間にも黒い塊はどんどん近づきーー
どしーーーん!!!!
スバルたちは抵抗虚しく超速で飛ぶ謎の飛行物体とぶつかり、二人揃って命を手放したのだった。
Re:ゼロから始める幻想郷生活 fin
「っていう光景を幻視したぜ。いや、ほんと、まじで。」
「な、なんとか、間に合ったかしら。」
そう、実はスバルたちは黒い塊に突撃する直前、なんとか魔法を解くことができたのだ。その代わり、そこそこ高いところで魔法を解いたので、そのまま落下してしまった。さっきの衝撃はそれである。スバルは立ち上がると、どこか折れてないか確認する。幸い、全身が痛むだけで骨が折れたりはしていなさそうだ。そして、近づいてきていた黒い塊はというとーー
「あやややや。見事に落ちていきましたねぇ。大丈夫ですか?」
スバルたちがいたところの直前で器用に止まり、地上に降りて来ていた。
「あ、ああ。大丈夫だ。」
返答をしつつ、スバルは声をかけてきた相手の方を見る。そこには、ベージュ色の帽子を被り、同じ色のコートとスカートを着たやや背が高い女性がいた。それだけなら普通の空飛ぶ人だったのだが、その背中には大きくて立派な黒い羽が生えている。見るからに人間ではなさそうだ。
「で、超速で飛んできたあなたはどんな御用なのでしょーか。先に言っとくけど、霊夢は仕事で1日いないぞ。」
「霊夢さんはご不在なんですか。まあいいです。私はあなたに用があるので。」
「俺に?」
初対面の相手に指名されたスバルは、どういうことかわからないと言う顔をして聞き返す。
「自己紹介がまだでしたね。私、文々。新聞の記者をやっております、鴉天狗の射命丸文と申します。」
女性はそう名乗ると、スバルたちに向かって恭しく一礼した。その綺麗な所作は、免疫のない人が見たら一瞬で恋に落ちそうなほどである。無論、スバルには心に決めた人がいるのでそこは大丈夫だが、彼女のセリフには聞き逃せないところがあった。
「鴉天狗・・・つまり妖怪。俺たちに用って、取って食おうとかそういう感じのやつか。」
スバルが警戒したのを察し、ベアトリスが魔法の準備をする。伊達に一年近くパートナーをやっているわけではないのだ。こう言った時の対処法も身につけている。しかし、そんなスバルの様子を見た文は、
「ふふふ。そんなに警戒しなくたって、大丈夫ですよ。私たちは人間を食べたりしませんし。」
と言い、目を輝かせてペンとメモ帳を取り出した。
「何かネタはないかと飛び回っていたら、幻想郷で見たことがない服装をしている二人組が空中に浮いていた!こんなのを見たら、新聞記者たるもの取材しに行くしかないじゃないですかぁ!?」
その尋常じゃない勢いにスバルは押されつつ、文の真意を聞く。新聞の取材なんて、普段ならそんな大層なものじゃないと言って断るが、今回に限っては悪くなさそうである。彼女の新聞がどれぐらい幻想郷に撒かれているかは知らないが、みんなに自分の存在を知らせる好機だろう。
「いいぜ。バンバンなんでも聞いてくれ。」
「せいぜいベティー達の偉大さを世に広めるかしら。」
と目的は違うが同じ答えを返した二人に対し、文はにっこり笑って返した。
「ありがとうございます!!」
こうして、博麗神社で奇妙なインタビュー大会が始まった。
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「それでは、まずはお二人の名前からお伺いしてもよろしいですか?」
「おう。俺の名前はナツキ・スバル!無知蒙昧にして天下不滅の無一文!」
「そしてベティーはスバルと契約した大精霊、ベアトリスなのよ!」
新聞のインタビューということで、二人は少々、いやかなり調子に乗った自己紹介をする。まあ誰しもテレビなり新聞なりに乗る時は、カッコよく乗りたいと思うものだ。
「ナツキ・スバルさんにベアトリスさんですね。出身はどちらですか?」
「異世界、って伝わるのか?まあ、幻想郷からは遠く離れたところにある、ルグニカって国から来た。」
「異世界・・・。聞いたことがない概念ですね。その服も、そちらのものですか?」
文はスバルの服装に目を向けて興味深そうに聞く。ここでスバルは答えに悩んだ。というのもスバルが今着ているのはレムに作ってもらったジャージっぽい服なのだ。一年前、騎士叙勲の式典で正式なエミリアの騎士となったスバルは、普段から正装を身に纏うようになった。しかし、寝るときはその限りでなく、いつものジャージっぽい服を着ていた。だから寝て起きたら幻想郷だった今は、寝る時のジャージのまま過ごしている。ルグニカ製っちゃルグニカ製だが、元は日本のジャージ。悩んだ結果、スバルはーー
「そうだな。ジャージっていう服だよ。動きやすくて通気性抜群だ!」
ルグニカ製ってことにした。
「それはいいですねぇ。お二方は何をしに幻想郷にこられたのでしょうか?」
「それが、ある日寝て起きたら突然ここにいてさ。なんで来たのかもどうやって来たのかもわからないんだ。」
「なるほど。幻想入りタイプですか。」
「幻想入りタイプ?」
急に聞き馴染みのない言葉を言われて、スバルは首を傾げる。
「幻想郷は外の世界と結界で隔てられてるんですが、実は結構来る方法があるんですよ。死んだり、周りから忘れ去られたりしたり、ですね。」
何気なく放たれた文の言葉に、スバルの心臓の鼓動が早くなる。今まで、なぜ幻想郷にいるのかは考えないようにしていた。というか、考えようがなかったのだ。しかし、もし幻想郷に入る条件が文の言った通りだとしたら・・・。死んだら戻るはずのスバルがここにいるということは、向こうでみんなに忘れられたからじゃないのか・・・。みんなに忘れ去られるというと、『暴食』を思い出すが、それならレムが食べられた瞬間ここに来ているはずだ。今まで幻想郷にみんながいると思って探していた。だが、スバル達だけが幻想郷に来ていたなら今まで手がかりがないことも辻褄が合う・・・と、最悪の事態を考え始めて青ざめたスバルを見かねて、ベアトリスはスバルの手を固く握って言った。
「あいつらがそう簡単にスバルのことを忘れるわけがないかしら。少なくともベティーはスバルのことを忘れなんて、絶対にしないのよ。だから、大丈夫かしら。」
そしてそのまま文を睨み、
「そこの黒い鳥もあまりスバルを脅かすんじゃないかしら。次はタダじゃ済まないのよ。」
と言う。文もスバルの反応は予想外だったのか、
「これはこれは。申し訳ございませんでした。」
と素直に謝った。まるでしっぽのように羽が下がる。
「いや、いい。これは俺の考え方の問題だしな。」
スバルは自分にもそう言い聞かせ、気持ちを切り替えた。
「では、インタビューを続けさせていただきますね。お二方の種族を教えてください。」
種族なんて今まで聞かれたことがなかったので、スバルは少し詰まったが、すぐに答えを見つける。
「俺は正真正銘の人間だ。」
「ベティーは大精霊なのよ。」
その返答を聞いた文は、予想外だったのかベアトリスの方を見て何やらメモを取っている。
「そちらの方は精霊なのですか。精霊が人の形を取るなんて・・・」
「そのやりとりはつい昨日やったけどな。」
メモを取り終わると文はなぜか息を整えて、次の質問をする。
「異変を起こすご予定などは、ございますか?」
再び知らない言葉を言われたスバルは、その意味を尋ねる。
「異変って何だ?」
その反応を見た途端、文は少し胸を撫で下ろして説明をし始めた。
「異変っていうのはこの幻想郷でたびたび起こる不思議な事件のことです。例えば、至る所に紅い霧が発生したり、いつまで経っても春にならなかったり。」
「結構物騒だなここ。てかなんで来たばかりの俺らにそんなこと聞くんだ?そういうのって古くからここにいる奴がやるんじゃあ・・・。」
「ここに来てすぐに異変を起こすって人結構いるんですよ。山頂にいる某神々とか。」
なんて傍迷惑なんだ、とスバルは思いつつ不思議に思ったことを聞く。
「その異変って、いつになったら終わるんだ?起こすっていうことは人為的なものなんだろ?」
「自然に解決することもありますが・・・大体は霊夢さんや魔理沙さんみたいな人が黒幕をボコって解決しますね。」
文の話を聞きスバルは若干青ざめる。まさか霊夢たちがそんなことをしているとは思っていなかったからだ。
「とにかく、そんなことをする予定は一切ない。帰れるようになったらさっさと帰る予定だしな。」
「そうですか。」
スバルの返答に文はなぜか残念そうにし、再び別の質問に移った・・・。
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「以上でインタビューは終了とさせていただきます!長い間、ありがとうございました!」
日が傾き始めた頃、文は筆記用具を仕舞いながら言った。
「この新聞、いつ頃に出来上がるんだ?」
「今から帰って記事を書いて、明日には出来上がると思いますよ。」
その仕事の速さに、スバルは感心する。そして最後に、と付け加えてある頼み事をした。
「新聞に大きく、俺達に見覚えがある人は博麗神社まで、って書いておいてくれ。もし知り合いがいたら合流したい。」
「お任せください。完成したらここにも届けますので!本日はありがとうございました!」
そう言うと文は支度をするや否や、とてつもない速さで飛び立っていった。