スティルインラブ短編集(予定地)   作:シーウィード

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 バレンタイン短編です。自分の幻覚が急速に膨らみつつあったのでコネ…コネ…して焼き上げときました


バレンタイン短編【お菓子があると……】

【お菓子があると……】

 

 ある日の昼下がり、太陽の光がよく入ってきて暖かい、あるトレーナー室の中。

 外はよく晴れていて絶好の散歩日和だったのだけれど、珍しくぼくは椅子に座って、必死になってカタカタとキーボードを叩いていた。

 未来のぼくに、と過去のぼくがずるずるツケてきた諸々の期限が、すぐそこまで迫っていたのだ。

 

 一体全体、どうしてこんなに!

 過去の自分を内心呪いながら、マグカップに手を伸ばす。視線は画面に向けたまま、その中身を飲もうと傾けて──はて?

 一向に流れてこない。訝しんで覗き込む。

 マグカップになみなみと満たされていたはずのぼくの良き戦友、もといコーヒーは、今や底にへばりつくようにして、少しばかり残っているだけだった。

 それだけならいい。問題は、おかわりの分を入れていたガラス容器の方も空っぽだったのだ。

 

 いつの間に。

 僅かな残りをぐい、と呷るようにして飲み干し、ぼくは脱力して背もたれに思いっきり寄りかかった。集中力はすっかり切れてしまって、なんとなく仕事を再開する気にもならなかった。

 なんという怠惰。こうしている間にも期限は刻々と迫っているというのに。

 何物にもかえられない時間は出血し続けているのだぞ、と自分を叱ってみるけれど、それで動けるのならこんな事にはなっていないだろう。

 

 きーんこーんかーんこーん、チャイムが聞こえてきた。学生はこれから放課後、遊んだりトレーニングをしたり色々だろうが、溜め込んだ仕事を処理せねばならないぼくには関係のない話だ。

 ここ最近は強度の高いものをやっていたから、ここらで休みを入れるべきだろう、という判断で、今日のトレーニングはオフにしてある。

 丁度いいタイミングだった。お陰で仕事の処理に全てのリソースを投入できる。

 

 そんなぼくは回転椅子をぐるりと回して、パソコンに背を向け、窓と向き合う。

 さて、どうしようか。ぼくは足を投げ出し、手は頭の後ろで組んだ。

 もはや業務モードは完全にオフだ。仕事に戻るという選択肢は、最終直線でスタミナの尽きた逃げウマもかくやという勢いでその順位を落としていく。おお、想像するだけで寒気が。あ、窓の外に蝶。たった今、仕事の順位は昆虫以下まで落ちた。

 尤も、現実から逃げたところでその先は更なる地獄であることは言うまでもない。

 理解はしている。そう、理解はしているのだ。

 いつだったか、こんな状態をなんと言うか習った気がする。なんと言ったか……コンフリクトだ! 回避とか接近とかがどうたらとやったはずだ。

 いいや、こんなどうでもいいことを考えている場合ではない、仕事に戻らねば!

 

 ならばせめてその前にお菓子でも食べようと、ぼくは背後の机へと手を伸ばす。指先に袋の感触。中身を取ろうと手を動かすと──袋がぺしゃんと潰れた。

 頭の中が空白で埋め尽くされる。一瞬遅れて、その意味を理解した。

 ──なんてこった、まさか、嘘だろう!?

 絶望とはまさにこのことを言うのだろう。今のぼくはまるで死刑宣告でもされた囚人の如く見えるに違いない。頭脳労働に糖分は不可欠だというのに、切らしてしまっただなんて!

 今日は踏んだり蹴ったりだ。その原因の八割……八割五分、いや九割がぼくの所為ではあるのだが。

 空っぽの袋を足元のゴミ箱に放り込む。ぼくの目の前には、ついさっき放りだしてから何も変わらないパソコンの画面。ああ、とっても、とーってもテンションが下がる。ぼくはがっくりとうなだれた。

 

 やりたくないが、やらねばならない。

 一分か、五分か、あるいはもっと経ったか。しばらくの間椅子をくるくると回しながら唸っていたけど、一念発起して、なんとかパソコンに向き合ってキーボードに手を置いた瞬間だった。

 

 コンコンコンと、控えめにドアが叩かれた。

 確かに控えめではあったけど、静寂に支配されていた部屋には、とりわけぼくの精神状態では、それは存外大きく聞こえた。

 要するに、ぼくは心臓が喉から飛び出すのではないかと思うほど驚いた。

 声こそ出なかったが、ドッキリ番組よろしく隠しカメラで見ていたら、抱腹絶倒間違いなしのリアクションだ。もし、なにかやらかしてトレーナーをクビにされたら、芸人でも目指そうか。

 それで、訪問者は一体誰なのだろうか。まさか緑の悪魔──じゃなかった、たづなさんじゃあないだろうな。今のぼくにとっては最大の天敵だぞ。

 

「ふぁあい。どうぞー」

 

 燃料切れと動揺の二重苦に見舞われた脳は、喉と舌への命令すらまともに下せなかった。「ふぁあい」とはなんだ「ふぁあい」とは。

 飛び出してしまったものはもう仕方がない。気にしないことにしよう。

 ぼくは過去は振り返らない主義なのだ。いつからと聞かれれば、たった今そう決めた。

 

「こんにちは、トレーナーさん。……お取り込み中でしたか?」

「や、スティル。ちょうど一段落したところさ」

 

 ドアがゆっくりと開かれ、その陰から見慣れた影が姿を表す。小柄で細っこい体に豊かな栗毛、水色の耳カバーと、後ろ髪をまとめる赤いリボン、白いヴェールめいた被りもの。

 ぼくの担当ウマ娘、スティルインラブだ。

 

 その影の薄さと儚げな雰囲気に騙されることなかれ、ウマ娘は闘争心が強いと言われるが、スティルが秘める闘争心は並みのウマ娘のそれではない。『強者を()()()()()()()』というそれは、表現を選ばないのならバトルジャンキーに片足を突っ込んでいる。片足で済むかは疑問の余地があるが。

 それでいて、出会った頃には、そんな本能を抑え込もうとしていたのだ。

 それはそれは苦しかったに違いない。ぼくとしても扱いには苦慮したけれど、今は上手くやれている──と、思う。というか思いたい。大丈夫だよね?

 

 ぼくらは契約してから二年という月日を一緒に走ってきて、今は三年目に入ったところだ。

 主な戦績は桜花賞・オークス・秋華賞のトリプルティアラ制覇と、そして()()()()()()()()()()()()()()。自分で言うのもなんだが、レース史に残る偉業だろう。だから君、スティルを崇めたまえよ。

 

 さて、スティルがここに来た理由についてだ。実のところさっぱり分からない。

 特に理由もなく、と言うのは多分無いだろう。部活も用事も無い日に、わざわざ顧問に会いに行く奴はいない。少なくとも学生時代のぼくはそうだった。スティルを巻き込むようなものは可及速やかに片付けているから、問題はないはずだ。

 ぼくの問題ならエベレスト級にどデカいのが目の前に聳え立っているのだが。けれど、これはどれもぼくだけで完結する。スティルには関係ない。

 ついでに言えばトレーナーと担当としての関係性も良好だと思う。つまりこれでもない。

 じゃあ、一体何故?

 脳内を一瞬で検索するがヒットなし。さあ、いよいよ分からないぞ。となれば聞くのが一番早い。

 ぼくは分からないことを聞けるタイプの人間だ。

 

「えーっと、なにか急ぎの用事でもあったっけ?」

「いえ、その、今日は……」

 

 スティルに釣られて壁に掛かったカレンダーに視線を遣る。ぼくの個人的な趣味で、シマエナガの写真が入っているやつだ。

 上部に踊る大きな『二月』の文字。

 昨日は確か十三日だった。となれば今日は十四日なわけで、二月十四日といえば。

 

「そうか、そういえば今日はバレンタインデーか」

 

 確かに、今日のトレセン学園は妙に浮足立っているなとは思ったが。残念なことにぼくの頭の中は過去からの()()()でいっぱいだったのだ。

 悲しいかな、元々こういったイベントとの縁が薄いというのもある。とはいえ何もない灰色一色の学生時代だったわけでもない。

 本命のやり取りを横目にイベント好きのクラスメイトが配っていたクッキーを貰ったり、部活の友人の恋バナを聞かされながらお菓子を貪ったり……まあ、うん、いい感じにやっていた。

 

 ……あれ、待ってくれ、もしかして当時バイトしてたカフェで常連のウマ娘の子から貰ったクッキーってそういう意味だったのか?

 いや、でも、気付かなくても仕方ないだろう、ムーンライトだかの市販品の箱にリボンを巻いただけだったんだ。けどあの様子と、ぼくがその前日に「ちょっと遠いとこの大学に行くからここのバイト辞めるんだよね(笑)」なんて話したことを鑑みて──

 この話題はもうやめとこうか、色々と空しくなってきた。ばにたすばにたーたむ。すべては空しい。

 

 デビューすれば親ほども世話になる相手、バレンタインは感謝を伝えるにはちょうどいいイベントだ、というのはこの前シリウスシンボリと食堂で相席していたナカヤマフェスタの弁である。

 向こうから勝手に耳に入ってきたんだ、盗み聞きじゃないし、ぼくは悪くない。

 とにかく、そういうわけで、トレセン学園ではお菓子やその他のプレゼントをトレーナーに渡すというのは別に珍しい話ではないのだ。

 ぼくは頭が回る方ではない、要するに鈍感野郎だが、ここまで来れば流石に察しがつく。

 そういえば、シリウスシンボリのトレーナーは何か貰えたのだろうか。

 世間知らずほんわか子犬(パピー)という評価がピッタリの彼女は……首輪でも貰っていそうだな。リードは握っといてやってくれよ、シリウスシンボリ。生粋の箱入りお嬢様なんて()()()()特別天然記念物だ。

 

「トレーナーさん?」

「ん、ああ、いや、なんでもない。ちょっと気がかりな友人がふと浮かんできてね」

「……むう」

「友人への純粋な心配だよ。……いや、ホントに、他意なんてないから」

 

 急に押し黙ったぼくを不審に思い、そして表情から何を考えていたのか読み取ったのだろう。ぼくがどれほど分かりやすいかと言えば、部の友人に「全部顔に書いてあんぞ」と言われたほどだ。

 あれは確か部活の遠征中、夜更けにこっそりと部屋に集まり、マッチ棒をチップ代わりにして賭けトランプをしていた時だったか。

 その後、ぼくは素寒貧になって泣いた。

 やはりぼくはトランプ、特にババ抜きとポーカーはやるべきではないな。うん。

 

 そんなことを頭の片隅で思い出しながら、むくれる我が愛バ・スティルインラブを前に、ぼくは肩を竦めて苦笑するしかなかった。

 そりゃそうさ。他の女のこと考えているだなんて、ぼくはひどい奴だ。

 

「悪かったよ〜許しておくれよ〜スティル〜〜」

 

 今のぼくは相当情けなく見えるに違いないが、しっかり者のぼくというのは何か違う気もする。

 ()るで()メな()兄さん、略してマダオ。

 わはは、いいね、面白い。中央トレセンのトレーナーというのはどいつもこいつもいわゆるスパダリだが、マダオはその対極に位置する存在だ。

 スティルにも『ワタシ』を受け入れてもらったのだ。ぼくも開き直って『マダオ』を受け入れよう。

 

「ふふっ……浮気は駄目、ですよ?」

「ふむ、残念ながらぼくはまだ君のものではないし、その逆も然りだ。法が許してくれないからね」

「……トレーナーさんは、意地悪な人です……」

「文句なら立法と司法に頼むよ。ぼく個人としては、可愛い子に好意を寄せられて悪い気はしないけど」

「……っ、本当に、意地悪な人ですっ……!」

 

 おおっと、少しやりすぎた気がするぞ。

 まあいいか。とりあえず肩を竦めておこう。困ったらこうしろと洋画に教わった。

 

「さて、コーヒーでも淹れようか。スティルも飲むだろう?」

 

 パソコンをスリープモードにして、右手にガラス容器を、左手にマグカップを握って立ち上がる。

 入ってきてからスティルがずっと後ろ手に隠し持っているのは十中八九バレンタイン絡みのものだろうし、彼女の性格から考えれば、チョコでないにしろ何かしらのお菓子だろう。

 ぼくのお菓子の好みなんてトレーナー室の棚を見れば一発だ。そもそもスティルとぼくの好みの方向性は同じだし。

 もしそうでなかった時には……まあ、上手くリカバリするさ。ぼくの得意分野だ。

 

「……お見通し、ですか。トレーナーさん」

「なんだい?」

 

 コーヒーメーカーにガラス容器をセット、電源を入れたところで、スティルがぼくを呼んだ。

 さあ、ショーダウンだ。ぼくはお菓子の方に賭けよう。心做しか心拍数が上がっている気がする。振り返れば、スティルはすぐ目の前まで来ていた。

 おお、びっくり。音も無かったな。

 頼むから崩れてくれるなよ、表情くん。いつも働き詰めなんだから今くらい休んでてくれ。

 

 大粒の柘榴石(ガーネット)紅玉(ルビー)か、あるいは水平線の向こうに沈みゆく太陽か。真っ赤な双眸がぼくを見つめる。もうあまり覚えていないが、大学時代に遊びに行った釧路で見た夕日に似てる気がした。

 微かに上気した顔は、室温の所為というわけではないだろう。いくらなんでもそこまで鈍くはない。

 今のスティルは以前の衝動を抑え込んでいる時の様子によく似ていて、つまり、ぼくら以外の第三者から見れば『謎の色気』がある。

 

 しかし二年も一緒のぼくからすれば、レースのときの()()とは違うことはよく分かっている。

 あーあ、意識しないように意識して、上手いこと受け流してたのに!

 良くも悪くも、ぼくは馬鹿正直な人間だ。自分の心臓がやけにうるさく感じた。背後のコーヒーメーカーでは、コーヒー豆がミルで挽かれてガリガリという音を立てている。どうか掻き消してくれよ。

 スティルがひとつ深呼吸をした一瞬、全ての音が消えたような感じがした。そして彼女は言った。

 

「ハッピーバレンタイン」

 

 差し出されたのは、真っ白な四角い箱に赤いリボンを巻いた、思いのほかシンプルなものだった。いや、よく見たら薔薇の柄のリボンだ。

 あまり詳しくはないが、薔薇には情熱とか愛とかなんとか、そういう意味があった気がする。

 ただ『可愛いから』なんて理由ではないだろう。

 スティルはかなり賢い。学力的な面だけでなく、教養という意味でも。

 

「意外だね。もっとこう……すごい大きいハート型のチョコとか叩きつけてくると思ったんだけれど」

 

 いつものペースに持ち込まねば()()()()。ぼくは本能的に悟った。さあて、斜に構えて実質装甲厚でも稼ごうか。避弾経始をよく意識して。

 箱を受け取りながら、いつもの鈍感野郎を装って茶化したつもりだった。

 しかしながら、一つだけ大きな誤算があった。ぼくはスティルを『狩人』の方向に導いたのだ。本能を拒絶せず、受け入れて上手いこと御する方向で。

 狩人が、射程に入った獲物を逃すだろうか。

 

「そんな()()()()()ことはしませんよ。それに──」

 

 ぼくは肩を掴まれて、ぐいと引き寄せられた。

 ウマ娘の膂力に勝てるなどと思わないことだ。そもそも不意打ちで反応できなかったが。情けない奴!

 

()()、学生ですので……」

「……反則だろう、そりゃあ」

「ふふ、ちょっとした仕返しですよ」

 

 そう囁かれた後、一瞬遅れて解放されると、はにかんだような微笑みを浮かべるスティルがいた。

 わーお、すごいぞ、なんて破壊力だ! ぼくの浅知恵と小細工なんてまるで通用しない!

 透き通る赤と目が合って、思わず逸らした。

 今のぼくは被食者だった。アドマイヤグルーヴ、君もある意味こうだったのかな。あ、二番人気で全部掻っ攫っていった件については謝らないよ。

 

 抽出が終わったことを知らせるために、背後でコーヒーメーカーがピー、ピーと電子音を鳴らした。

 自分でも分かるほどぎこちない動きでコーヒーメーカーと相対する。ガラス容器を外して、マグカップにコーヒーを移す。

 

「……コーヒーはセルフサービスだ、手が塞がってるからね。それとお菓子はいつものところにある」

 

 スティルからのプレゼントを左手に、右手にはマグカップを持って、ぼくは言った。

 ローテーブルを目指して回れ右した一瞬、そのほんの一瞬だけ視界の隅に入ったスティルは、俯いて顔を真っ赤にしていて。

 ──いや、そっちも照れてるのかよ!

 それを認識した途端、萎む風船の勢いで緊張が抜けていった。なんだ、自分だけじゃないならいいや。

 

 ソファーに座ったときには平静が戻っていた。

 コーヒーと──わあ、すごい、腕いっぱいに抱えたお菓子の袋をテーブルに置いたスティルも、もういつも通りの様子だ。顔はまだ少し赤いけれど。

 それじゃあ、少し遅めのコーヒーブレイクといこうか。仕事ならなんとかなるだろう。

 

「……幸せですね。お菓子があると」

「コーヒーもあると、もっと幸せだ」

 

 ぼくらはそう言って、熱いコーヒーを一口飲んだ。

 ちなみに、スティルから貰ったチョコは甘さの中に仄かに苦みがあるやつで、ぼくの好みにドンピシャだったことをここに報告しておこう。

 

 

 

 スティルインラブのヒミツ①

 実は、お菓子があると幸せ。

 コーヒーもあると、もっと幸せ。

 




 2/10に予約投稿したから2/14のガチャはまだ分からないけどスティルの実装を祈っとくよ

 富とか名誉なら普通に欲しいけど感想もください。内容思いつかないなら「すき」だけでも!非ログインユーザーも気軽に書き込んでね
 あとスティルのイラストもください(強欲)
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