スティルインラブ短編集(予定地)   作:シーウィード

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 誕生日おめでとうスティルインラブ

 睡眠時間を対価に錬成した短編だよ。前回となんか文体が違うことには目を瞑ってね


誕生日短編【鏡の前で……】

【鏡の前で……】

 

 カーテンの僅かな隙間から差し込む月光は、二つのベッドの間に一筋の白線を引いていた。

 仄かに光る時計の針が示すのは深夜一時。普段であればとうに寝ている時間だったが、眠れないまま時間だけが過ぎて、気が付けばこんな時間になっていた。

 

 トゥインクル・シリーズにおいては最初の三年間が最も重視される、と言われている。つまりは三年でひとまず一区切りというわけだ。

 今年は、その三年目だった。もうすぐ四月も終わろうかという頃。季節は巡り、また繰り返す。

 思い返せば、トレーナーとの二年間はあっという間に過ぎていった。あの日々は昨日のことのように思い出せる。しかし、そうして振り返るほどに、この一年もまた瞬く間に終わってしまうのではないかと、そう思ってしまうのだ。

 現役生活もそう長くは続けられないだろうという、漠然とした予感もあった。

 ウマ娘には本格化と呼ばれる急激に身体能力が向上する時期があり、成長の曲線は頂点に達した後、個人差こそあれど、確実に低下していく。

 いわゆるピークアウト。そうなれば、最前線で競り合うことは厳しくなるのは必然だ。

 

「……トレーナーさんは、私が去った後も」

 

 ぽつり、と一言。

 現役を退き、やがてトレセン学園からも卒業した未来。あの人は別の担当を持って、またトゥインクル・シリーズに臨む。

 そこにスティルインラブというウマ娘はいない。

 寂しくないと言えば嘘になる。だが、それがトレーナーという仕事だ。

 そのことが分からないほど幼くなければ、それを分かってなお我儘を言えるほどお転婆でもない。──バレンタインは、少し暴走した気もしたが。

 

 スティルインラブはそっと身を起こした。

 すやすやと眠っている同室のネオユニヴァースを起こさぬように足を床につけ、静かにドアを開け、寮の共用スペースへと向かう。

 

 月光で仄かに照らされる廊下は夜の静寂に包まれていた。そこに、他の気配は無い。今だけは自分ひとりの世界だ。

 ウォーターサーバーの横に貼り付けられたディスペンサーから紙コップを取り、冷たい水を注ぐ。スティルインラブは加工済みの紙越しに熱が奪われるのを手のひらで感じながら、それを一息に飲み干した。

 ほう、と息をつくと、その唇に僅かに残った水分を指先で拭い、紙コップをゴミ箱に放り込む。

 

 ソファーに座り込んで仰ぎ見れば、そこには見慣れた天井が。

 あれはクラシック級の夏合宿中だったか、真夜中の砂浜で、トレーナーと打ち上げ花火を見たことを不意に思い出す。確か、神社かどこかでお祭りがあって、それで打ち上げられた花火だったはずだ。

 次の目標は六月の宝塚記念。それが終わればまた夏合宿。今年もあのお祭りはやるのだろうか。次は、行ってみよう。密かにそう決める。

 

 体を伸ばせば、んん、と声が漏れた。脱力。スティルインラブは勢いをつけると、立ち上がる。静かに洗面所のドアを開けて、ぱちりと音を立てて洗面台の電気を点けた。

 当然だが、鏡に映るのは自分だ。

 下ろした豊かな栗毛に小さめの流星、赤い瞳に、薄い微笑み。いつもの白い被り物は、さっきまで寝ようとしていたから着けていない。

 鏡の前で、笑ってみる。表情筋が動いてぎこちない笑顔が出来上がった。

 

 ──せめて、別れは笑顔で。

 

 伸ばした指先に触れるのは、硝子の冷たさ。

 それまでに練習しておこう。スティルインラブは電気を消して、静かに自室へと戻っていった。

 

 

 ◆

 

「スティルインラブ、この後は空いているか。手伝ってほしいことがあるんだ」

 

 放課後の教室。クラスメイトが奏でる喧騒の中、教科書や筆記用具を手提げの学生鞄にしまい込んでいたスティルインラブに声をかけたのは、エアグルーヴだった。

 

「この後、ですか?」

「ああ。手隙の者が見つからなくてな。心配するな、そう長くはかからん」

 

 首を傾げたスティルインラブの問いに、エアグルーヴは首肯する。

 エアグルーヴが校舎裏の花壇を熱心に手入れをしているのは皆が知るところだ。きっとそれだろうと、スティルインラブは考える。

 

 今日の予定はトレーナー室でミーティングだったはずだ。トレーナー側の用事で、普段より少し遅く始まるとも。教室の壁掛け時計を見遣る。手伝っていくだけの時間はあるだろう。断る理由も無い。

 

「できます。ミーティングの時間までなら」

「よし。それでは、早速行こう」

 

 スティルインラブは手早く学生鞄に教科書やらを詰め込んでいく。

 全てを収め、かちりと金具を留めるのを待ってから、エアグルーヴは踵を返して歩き始めた。スティルインラブはその後を追って歩く。

 

 やはりと言うべきか、エアグルーヴたちが辿り着いたのは例の花壇だ。静かに吹いた風は暖かかった。

 既に花壇の一部は種まきを終えているようで、僅かに盛り上がった土は少し湿っていた。所々に見える新芽は、植えた種が発芽しているのか、それともいわゆる雑草か。

 彼女の花壇でそんなことはないだろうから、多分前者だろう。

 

 ほら、と声を掛けられて手渡された透明の小袋には、不思議な形の種子が入っていた。細長い棒状のそれは、真ん中で白と黒に分かれている。

 貼り付けられたシールには、その花の名前が。

 

「マリーゴールド……」

「ああ。それをあの目印のところに蒔いてほしい。穴の深さは爪くらい、土は薄く被せるだけでいい」

「あ、はい。分かりました」

 

 小袋のセロテープを剥がして折られたところを広げると、スティルインラブは種をひとつ摘まんだ。

 二五センチくらいの間隔で立てられた目印のところに屈みこむと、言われた通りくらいの深さの穴を指先で掘って、そこに種を置き、薄く土を被せる。

 

「そんな感じだ。続けてくれ」

 

 エアグルーヴの声にスティルインラブは頷き、次の目印の場所に移る。

 同じように植えて、また次の目印へ。

 

 そうしてどのくらい経っただろうか、最後の目印に種を植えると、袋に残ったのは予備らしき数個だけだった。

 屈みこみっぱなしの作業は思いのほか辛かった。動きが少ない分、余計に体が凝る気がする。

 スティルインラブは立ち上がると、体を伸ばした。無意識に小さく声が漏れる。

 

「お疲れ様、助かったぞ。とてもな」

「いえ、そんな」

「芽吹きや開花が楽しみだな。気が向いたら見に来るといい」

 

 エアグルーヴは軍手の土を払い、花壇を見渡しながら言った。

 その横顔はまるで我が子を見守る母親のようであり、スティルインラブは、ぽつりと漏らした。

 

「好きなんですね」

 

 ごく小さな呟きは、しかし、どうやら聞こえていたらしく──ウマ娘の聴力を考えれば当然ではあるのだが──微笑みを浮かべて、エアグルーヴは答えた。

 

「丁寧に手をかけ心を砕けば、新芽は逞しく成長し、やがては美しく咲く。花は実をつけて種を残し、新たな希望を抱いた芽となる。そういう意味で、この花壇は──私の、意志の表象と言ってもいい」

 

 軍手を脱ぎ、エアグルーヴは制服のポケットから引っ張り出したスマホを見た。

 

「もうそろそろ時間だろう。片付けは私がやっておく。行ってこい」

「ありがとうございます。それでは」

 

 学生鞄を拾い上げて、スティルインラブは駆けていく。それを見送ったエアグルーヴは、スマホを持ったままの手でLANEを起動し、ある人物のトーク画面を開いた。

 片手だけで器用に文字を打ち、送信。

 

『時間は稼いでやったぞ 上手くやれ』

 

 既読がついたほんの数秒後、返信が来る。

 

THX(ありがとさん)

 

 あいつらしい、とぼやくとスマホをポケットに入れて、エアグルーヴは片付けを始めた。

 

 

 ◆

 

 トレーナー室に向かうスティルインラブは微かな違和感を感じ取った。普段と何かが違う。廊下を進むにつれて、ごく僅かではあるものの、違和感は確かに増していく。

 しかしその正体は分からぬまま、やがて目的地の前に辿り着いた。

 この二年間で通い慣れたトレーナー室。

 そのドアに掛けられたホワイトボードにはスティルインラブ担当と。

 

 この違和感は一体なんだろうか、などと考えながら、スティルインラブはトレーナー室のドアをコンコンコンと、三度ノックする。

 予定の時間には少しだけ早かった。

 

「はーい、どうぞー」

「こんにちは、トレーナーさ──」

 

 ドアを開けると同時、手を叩いたような破裂音が立て続けに響いて、スティルインラブを迎えた。

 宙を舞うリボンと紙吹雪。

 トレーナー室を見渡せば、よく知っていて、しかしここでは滅多に見ない顔ぶれが集まっていた。

 

「誕生日おーめでとーー!!」

 

 目を丸くして固まっているスティルインラブに、聞き慣れた声と共にパァンと一発。ついでと言わんばかりに、更にもう一発。

 満面の笑みのアドマイヤグルーヴは、煙を燻らすクラッカーを右手の指の間に三つも挟んでいた。

 一瞬遅れて、スティルインラブは気付く。今日──五月二日は、自分の誕生日だと。

 

 ソファの背もたれに腕をのせるトレーナーは、サプライズ大成功といった顔で吹き戻しを吹いた。ピロピロやピーヒャラ笛とも呼ばれるそれは、三股に分かれながら伸びていき、伸び切るとピーと鳴った。

 それが可笑しくて、スティルインラブはクスクスと笑う。

 

「お誕生日おめでとうございます! あの、これ!」

「あ、ロブロイさん……ありがとうございます」

 

 ゼンノロブロイが渡したのは本だった。

 タイトルには見覚えがある。確か、歴史に名を刻んだウマ娘たちの名勝負を描いた大河小説だ。

 

「『ハッピーバースデー』、スティルインラブ。"DIY"のプラネタリウム……どうぞ」

「すごい、いつの間に……」

 

 ネオユニヴァースは黒い多面体に台座が付いたそれを渡した。

 作っているような素振りはなかったのだが。

 いつの間に作っていたのかとスティルインラブは感嘆しながら、小型のプラネタリウムを受け取る。

 

「お誕生日おめでとう、スティルちゃん! 甘いものが好きって聞いたから、はい、これ! 苫小牧の名物おやつ!」

「タルマエさん……その、ありがたいのですが、手が塞がっていて」

「うーん……すぐに食べるだろうし、テーブルに置いとこっか!」

 

 ホッコータルマエの手には、よいとまけが。よいとまけはロールケーキ状のお菓子なのだが、その表面にハスカップのジャムが塗ってあるために、日本一食べづらいお菓子と呼ばれている。

 その名の由来が製紙工場に丸太を運ぶときの掛け声というのは、トレーナーはついさっき調べて知った。

 

「トレーナー殿……腹が、減ったぞ……」

「もう少しの辛抱だよ、ノーリーズン。好きなだけ食べていいから」

「言ったな!? 約束じゃぞ!!」

 

 準備に付き合わされたノーリーズンはソファーで溶けていたが、トレーナーの言葉で跳ね起きた。

 

「ふふん、とうとう私の番だね、スティル……私からはひとつ、宣戦布告だよ! 今年(シニア)こそは貴女に勝って、去年(クラシック)の雪辱を果たす!」

 

 アドマイヤグルーヴは、高らかにそう宣言した。

 お、言ったな。トレーナーは呟く。

 スティルインラブは目を丸くして、そしてクツクツと笑いながら、愉快そうな声音で応えた。

 

「ああ、なんとも素敵な宣戦布告……! ……楽しみに待っていますよ、アドマイヤグルーヴさん」

 

 ありゃあ()()()の目だわとトレーナーは笑みを浮かべ、今年に見られるであろうGⅠの激戦に想いを馳せる。面白いことになりそうだ。その波乱の中心は自分たちなのだが。

 そろそろ頃合いと見て、トレーナーは切り出した。ノーリーズンの期待の視線が痛かったのもある。

 

「さて、それじゃあパーティーを始めようか。寮長には話を通してあるから門限は気にしなくていいよ。それじゃあ、心ゆくまで楽しんで」

 

 

 ◆

 

 今夜の空には雲ひとつなく、宇宙の果てまでも見通せそうな暗闇を湛えていた。

 場所はトレセン学園の屋上。静かに吹いている五月の夜の涼風を浴びながら、トレーナーは、コンクリートの床に座り込んでいた。

 

「……トレーナーさん。ここにいましたか」

「パーティーは楽しかったかい?」

「ええ。とても」

「去年も一昨年も忙しかったからね。ほぼ毎日一緒にいたのに、まともに祝うのは今年が初めてなんて」

 

 思い返すは、共に駆けてきた日々。

 出会って二年。ほぼ毎日顔を合わせておきながら、まともに祝うのは今年が初めて。それはひとえに忙しい時期だったから、という一点に尽きる。

 ジュニア期はメイクデビューに備えて、スティルインラブの()()()を秘めながらも勝てるだけの実力をつけるために。

 クラシック期はトリプルティアラの二冠目たるオークスが目前まで迫っていたから。

 

 流石に今年こそは何かやろう、とトレーナーが考えていたところに、アドマイヤグルーヴがサプライズの誕生日会を提案してきたのだ。

 それは友人を祝うためであり、そしてあの宣戦布告のためだったのだろう。

 

 スティルインラブはトレーナーの横に座り込む。トレーナーはそれを横目で見遣り、そして懐に手を突っ込むと、真っ白の小さな箱を取り出した。

 

「これはぼくからだ。誕生日おめでとう、スティル」

 

 それには青いリボンが結ばれていた。より正確に言うのなら、青い薔薇の柄のリボンだ。かつて存在しなかった青い薔薇は、奇跡を意味するとされる。

 それはバレンタインのささやかな仕返しでもあった。

 スティルインラブが赤い薔薇のリボンで愛を伝えたのだ。ならば、あの出会いは奇跡だったと、トレーナーはひどく遠回しに伝えようとしていた。伝わるかは置いておいて。

 

「ありがとうございます。……開けても?」

「もちろん」

 

 しゅるしゅるとリボンが解かれ、真っ白い紙が優しく剥がされる。

 楢の箱。蓋を開けてみると内部は硝子張りで、中の機構が見えた。真鍮の筒と櫛のような金属の板。

 

「オルゴールですか」

「曲はなんだと思う?」

「聴かないと分かりませんよ」

「それもそうか」

 

 トレーナーに教わって機構を動かす。シリンダーが回転して流れ始めた旋律は、どこかで聞き覚えがあった。けれども、名前までは分からない。

 スティルインラブが首を傾げたのを見て、トレーナーは言う。

 

「グスタフ・ホルスト作曲の『惑星』の第四楽章『木星』、その第四主題」

我は汝に誓う、我が祖国よ(I vow to thee, my country)

「その通り。解釈は君に任せるけどね」

 

 トレーナーは寝転がると、夜空を仰ぎ見た。スティルインラブもそれに釣られて空を見上げる。

 ここから見える星はよほど明るいものばかりだろう。けれども、綺麗だった。

 

「この日々が終わるのが怖いかい」

「……なんでも分かってしまうんですね」

「なんとなくね。君のトレーナーは伊達じゃないさ」

 

 勢いをつけて、トレーナーは起き上がる。

 

「この日々もいつか終わる。蹄跡はやがて消え、歴史的遠近法の彼方で主観性を失い、この日々は物語になる。けれどね、ぼくらが歴史に痕跡を残せば、それは語り継がれるんだ。歴史を紡ぐ者が消えるまで。血の繋がりすら必要なく」

 

 人は二度死ぬという。肉体の死と、記憶の死。

 肉体の滅亡が避けられないというのなら、記憶の中で不死身となろう。そう言っているのだと、スティルインラブは解釈した。

 

「トレーナーさんは、ずっと一緒にいてくれますか」

「担当だから当然だとも。その後は……うーん、そうだなぁ、ぼくを君の色で染めればいい。君以外を考えられなくなるくらいに」

 

 そう言って、トレーナーはちらりとスティルインラブを見遣った。

 一切の心配事が消え去ったかのような、そんな感じの晴々とした表情だ。

 

「トレーナーさん。ありがとうございます」

「どういたしまして」

 

 ああ、私は今、きちんと笑えている。

 トレーナーの横で、スティルインラブはそう思った。

 

 

 

 スティルインラブのヒミツ②

 実は、よく鏡の前で笑顔を練習している。




 7割くらい午前6時半まで完徹という突貫工事で書いたのでミスとかあっても優しく教えてください

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