機動戦士ガンダムSEEDScary 作:機械仕掛けの守護天使
トウカ・ラナ・カミナガは傭兵である。しかしそのことを知る者は少ない。
彼女は齢15の小娘ゆえ、舐められぬようにと。
しかしそれは肉体の話。その精神はどう仕様もなく歪で、それを少女のうちに詰め込むには、原型の維持は難しく。
物覚えが良いというのも考え物で、破綻者となったからには尚のこと。
初めて人を殺したのは少し前。ある貧困国に建てられた孤児院。その視察をする師父の予定に合わせていたところ、師父の急な会議ゆえに、トウカと彼女のボディガードのみが前入りし、そしてテロに巻き込まれた。
青き清浄なる世界のために、赤い血を流すことを強要し、硝煙で大気を汚す愚か者ども。
一人を叩き潰し、一人を轢き潰し、十数を鉄杭で穿ち、最強と思わしき機械人形と、スペック差が絶望的な中、本能じみた動きで追い詰め、瓦礫を叩き付けて倒した。
それが、彼女を幸福にした。ずっと前から味のしない食事がその日はやけにおいしかった。
彼女の身体は、血湧き肉躍る闘争を、命を賭ける闘争を、悍ましい狂気に満ちた闘争を求めていた。
よろしいならば闘争だ。
軍人は駄目である。上官命令は絶対であり、上が黒と言えば黒になる。自分で選択することに重きを置く彼女には、受け入れがたい道であった。それに、彼女は戦争がしたいのではない。軍が戦闘行為を行うときは戦争が起こったときだ。戦争が起きなくては戦えない。
戦争は無益である。相手を殺さなければならない。トウカは命懸けの闘争がしたいのであって、殺し合いがしたいのではない。闘争が結果的に殺し合いになっていただけゆえに、闘争の結果敗者が生き残るのも良しだ。生き残った強敵と、何度でも戦りあえることは喜ばしいことだろう。
トウカは師父に頼み込んだ。
師父は彼女に甘かった。
師父は悪魔の力を彼女に与えた。彼女が失った手足よりも自由なモビルスーツだ。
ジャンク品のプロトジンをベースに、トウカの戦闘スタイルであるハイスピードメカアクションに耐えうる改造を施した『サイコ・ジン』。
彼女はそれを黒く塗り、左肩のみ赤で染めた。愛称『ナイトライフ』を意味するペイント『夜遊』を左肩に施し、そして最初の依頼に繰り出した。
違法に武装化したモビルワーカーを使い、海賊行為を行う宇宙の破落戸。それの掃討が依頼の内容だった。
ナイトライフのスラスターが火を吹く。無音の宇宙を瞬く間に駆け抜け、一艘の海賊船を藻屑と変えた。
暗黒の宇宙に、命だったものをぶちまけ、それで、彼女は満足できなかった。一方的過ぎたのだ。情けない相手を落としたところで、それは闘争たり得ない。
次はもっと強い相手を。そう依頼主に告げた。
そうして向かった暗礁宙域。そこをねぐらにする、前とは比べものにならないほどの規模を持った海賊組織。
喜ばしいことに、彼らは違法改造した作業用だけでなく、ジャンク品のプロトジンをいくつかの持っていた。中には後継機であるジンもあった。
トウカは一仕事を終えた。彼女は久々に楽しめた。楽しめたはいいが、少し疲れた。マシンガンとバルカンが弾切れになり、後は一機一機順番に金属杭を打ち込む。撃破ペースがどうしても落ちると、残りの海賊達は蜘蛛の子を散らすが如く逃げてしまった。
そして彼女の恐ろしさが生き残りの口から他の海賊たちに伝わると、交戦より逃避を選ぶ相手が増えてきた。無論並のシャトルではナイトライフを振り切れないのだが、てんでバラバラに逃げられると、いくらかは逃してしまうのはしようがない。
そこでトウカは僚機を募ることとした。そうして集まった2人と共に、傭兵組織ジャグラー部隊を立ち上げる。彼ら皆、手足の何処かを失い、それを悪魔の力で埋め合わせ、そうしてモビルスーツでジャグリングができるほどの技術を手に入れた。ゆえにジャグラー部隊。
J.1『リング』、それがトウカのコールサインだ。エンブレムは金色に輝く
J.2『シガー』はかつてトウカのボディガードだった男。射撃や砲撃、狙撃の腕はピカイチで、堅牢な機体に背負う、大口径キャノンで味方を支援する。元軍人ということもあり、後ろから戦局を冷静に見極める。
J.3『フット』は、かつて孤児院でのトウカの闘いが脳裏に焼き付き離れず、彼女を追って故郷を飛び出した少年。そのフットワークの軽さゆえ、何をやらせても最低限卒なくこなす。近接格闘ではトウカに、狙撃・砲撃ではシガーに敵わない器用貧乏な汎用機乗り。
彼女一人で行ったのでは、逃げた相手を追い詰めるのは難しい。しかし僚機2人が的確に逃げ道を塞ぎ、妨害すれば、そこは瞬く間に逃げ場のないアリーナとなる。
ジャグラー部隊の名は、傭兵界隈を瞬く間に駆け抜けた。
それを目障りに思う何者かがいたのだろう。
その依頼者は狡猾にして、高い情報隠蔽や欺瞞工作の技術を持っていたらしい。
騙してわるいが、というやつであった。
ジャグラー部隊は3人揃った戦闘力こそ脅威だが、組織としては決して最良とはいえない。そのあたりのバランスの整った傭兵組織には、どうしても規模で劣る。特に依頼主の身辺調査、依頼内容の精査に於いてはその精度は最高たり得ない。
最強の傭兵、叢雲劾率いる傭兵部隊サーペントテール。組織としても最良の傭兵組織と言える彼らが防衛依頼を受けているところに、ジャグラー部隊は突っ込んでしまった。
とある宙域の、放棄された旧型コロニー。プラントのような砂時計型ではなく筒型であり、同じく筒型のヘリオポリスと違って太陽光を取り入れる窓がなく、人工の灯りで照らされていた。
既に放棄されていることもあり、作業のために灯りのみ復旧されているが、コロニー内に空気はない。しかし筒の回転は慣性のままに続いており、1Gの擬似重力は発生している。
なんのための防衛依頼かと言えば、保有企業による希少金属を含むパーツ類の解体作業をしており、その金属類を狙う海賊や違法ジャンク屋のほか、廃コロニーをねぐらにする破落戸などを追い払うためである。
コロニーに突入してすぐ、妨害電波が発生し、オープン回線はおろか、個人回線も繋がらなくなってしまった。しかしこれはジャグラー部隊のみに起こった事柄であり、叢雲劾の乗るジンには影響は無く。
結果としてジャグラー部隊は侵入するなの警告を無視したとして攻撃を受けた。ジャグラー部隊としては自分たちも防衛依頼を受けたはずなのに、なぜ内側にいる相手から攻撃を受けなければならないのか分からない。
無論通信が通じない以上は理由の説明を訊くことも文句を言うこともできず、泣く泣くシャトルを放棄して、3機のサイコ・ジンが飛び出した。
ハンドサインを送ろうにも、武器を手放す必要があり、空気がないので外部スピーカーも役に立たない。シャトルを失った以上、とにかくこの場を制圧しなくては生き延びれない。
彼らは戦うしか無かった。
J.2がJ.3を庇って中破し、J.3もジンのマシンガンで両腕を失う。
通信ができず、味方同士での意思疎通や連携もできない。正確にはトウカだけがその場にいるすべての声が聞こえていたが、かといってトウカの声が聞こえるわけもない。
それでも、ある程度の備えはしていたことが功を奏した。信号弾である。攻撃を意味する赤と、撤退を意味する緑、そして白旗の代わりの白。
トウカはまず緑を放ち、続けざまに赤を放った。
付き合いの長いJ.2はすぐに意図を理解して、行動に移した。
叢雲劾から逃げつつ、妨害電波の発信源を探索、破壊せよ。それがトウカの命令だった。
ナイトライフは全速力でジンに向かっていく。仲間たちを追わせまいと、たった一人で抑えにいく。機体性能ではどうしてもパワー不足が目立つ。反面最高速はナイトライフが勝ち、また攻撃の殺気を呼んで回避することもできた。
しかしそれはトウカの攻撃が叢雲劾に当たることを意味しない。叢雲劾は歴戦の傭兵である。読心のようなことをせずとも、相手の動きを見切って予測できる。
空になったプロペラントタンクをパージし、右肩のイーゲルシュテルンで牽制しながら接近。パイルバンカーを起動し、狙うはジンの腹部。
イーゲルシュテルンではジンの装甲を抜けないが、地に足をついた状態であれば『よろけ』が狙える。
当然ながらモビルスーツにはOSに姿勢制御システムが組み込まれ、スラスター噴射による姿勢制御を自動で行っている。でなければ18m級の機械巨人など簡単に転んでしまうだろう。二足歩行はお世辞にもバランスの良い立ち方ではない。ゆえに、姿勢制御装置の計算速度を上回る、あるいはスラスターの勢いに勝る衝撃を加え続ければ、転びはせずとも多少よろける事がある。
トウカの前でほんの僅かなよろけを見せれば、その隙はたとえ叢雲劾であろうと命取りであることに変わりない。
そしてイーゲルシュテルンは破壊力はともかく、連射による体幹崩しを狙うには適した武装であった。ロングバレルタイプであることも相まって、なかなか集弾性は高い。よろけを取るにはできるだけ1点を狙う方が良いのだ。
しかし叢雲劾はトウカの目論見を理解するやいなや、姿勢制御の一部をマニュアル化して対処した。システムが間に合わないなら予測した動きを手動で再現するまでであった。
トウカのナイトライフはマシンガンごと右腕を破壊され、イーゲルシュテルンは弾切れでパージした。パイルバンカーも致命の一撃を防ぐ為の盾にしたせいで電極を備えた発射機構が歪んで使い物にならなくなっている。
推進剤も残り僅かがだが、それは叢雲劾とて同じだった。高機動型に改修されたナイトライフに追いつくためには、叢雲劾とて幾ばくかのリスクを払わざるを得ず、結果主武装のマシンガンをロストしていた。
トウカは左肩のウェポンラックにマウントされたヒートマチェーテを構えた。
叢雲劾のジンもまた重斬刀を構える。
2体のモビルスーツがガシガシと足音を鳴らして走る。重く、鈍い音だ。無論真空ゆえに実際の音ではなく、コクピット内の音響システムが再現したものだが、もはやハイスピードメカアクションは見る影もない。
二者の剣戟は続く。ヒートマチェーテは刃に超音波カッターの原理に加え赤熱化する高熱の斬撃武装。純粋な切れ味こそ重斬刀に劣るものの、熱による融解とある程度の刃の重さ厚さにより、そこそこの切れ味を長く維持できる。
重斬刀はと言えばかなり高硬度の素材とはいえ、ヒートマチェーテとぶつかり合ううちに刃毀れができてきた。熱で柔らかくなったところに重く硬いものをぶつけられればそうもなろう。
足裏のスラスターを吹かしてお互い距離を取る。
お互い、次の一撃で勝負が決まる予感があった。
お互い同時に駆け出して、トウカは下からの斬り上げを繰り出す。それを叢雲劾は最小限の動きで下に屈んで回避した。
そしてその低い位置から突きを繰り出し、ナイトライフの腹部を貫いた。そのまま上に斬り上げて、胸部のコクピットを潰す算段だった。
しかしそれは敵わなかった。叢雲劾のジン、その右肩にヒートマチェーテが突き刺さっていた。駆動モーターがもろに破壊されている。
トウカの斬り上げは腹をわざと貫かせるためのブラフであった。コクピットを直接狙われれば意味はない作戦だったが、そうなる可能性は低いと見積もっていた。サイコ・ジンの胸部装甲は通常のプロトジンの胸板と違い、傾斜装甲のようになっている。真正面からの突きを滑らせるような形状だ。反面腹部装甲は腰を曲げる可動を増やすために削られている。
ならばこそ腹に一度刺してから上へ斬り上げるか、あるいは頭上から叩き斬ると踏んでいた。もし頭上からの叩き斬りが来れば、体側を反らしてコクピットを避けるつもりだった。腹部可動による身体を左右に傾ける動きを利用して。
ヒートマチェーテを手放し、代わりに叢雲劾のジンを強く抱き寄せ、離れられないようにする。いくら強力な妨害電波を浴びていようとも関係ない通信規格がある。
接触通信回路を開き、トウカは相手に呼びかけた。
〈こちらは、独立傭兵組織ジャグラー部隊。J.1リングだ。……動くな。動けば貴公もろとも自爆する。所属と、攻撃理由を伺いたい。いきなり妨害電波を浴びせて、どういうつもりだ?〉
無機質な機械音声に変換する装置を介して、叢雲劾の元にトウカの声が届けられる。それは、彼にとっても寝耳に水であった。
剣呑な雰囲気の中回線が復旧し2人から通信が入る。
妨害電波の元は破壊されたようだった。
ジャグラー部隊とサーペントテールの間に起こった勘違いは解消された。どちらにも非は無い。叢雲劾はきちんと警告を繰り返していた。妨害電波が邪魔で届かなかっただけで。
ジャグラー部隊からしてみれば、仕事先に来るやいなや電波障害を引き起こされ、取り敢えず着陸すべきか考えているところに攻撃をうけそれどころでなくなった。
また、妨害電波がなくなったことにより、依頼主からジャグラー部隊に貸与された識別信号の周波数は、現場で使われている信号と一致していることが判明した事でひとまず現場作業員からも信頼を得られた。
この事件の妙は、ジャグラー部隊だけが妨害電波の影響下にあったことである。叢雲劾も妨害電波の影響を受けていたならば、まず警戒しただろう。あるいは不審船から応答がないのは妨害電波の発生ゆえと看破したか。無論妨害電波の発生元をトウカたちのシャトルと考える可能性もあったが、それでもトウカたちが先に攻撃をしなければ、襲撃の為に妨害電波を発生させたという線に疑問を挟む余地も生まれる。
今回のようにトウカ達が戦うしかなくなる状況にはなり辛かったはずである。
その後の調査で分かったことには、叢雲劾の契約が切られてジャグラー部隊と交代するという予定が、現場に届いていなかった。叢雲劾一人雇うより、ジャグラー部隊三人を雇う方が安かったのであるが、しかしそれを決定した雇い主からの連絡がないので、現場は不審船と判断。また熱紋識別によりシャトルにモビルスーツが格納されていることが分かった為襲撃者として認識されてしまった。
*
Side ディエゴ・トレギア
数週間ぶりにトウカが帰ってきたとき、俺は驚愕するしかなかった。トウカのサイコ・ジン、ナイトライフの腹に大穴が空き、右腕は欠損。その他様々な部位が想定外の負荷でインナーフレームは歪み、関節は摩耗して角度の保持力が半減していた。
「何をどうしたらこうなる……」
ひとまずメインシステムにアクセスして戦闘ログを確認すれば、なるほど、すさまじく強いジンを相手にしていたのか。
確かにサイコ・ジンはトウカに合わせてかなりの改造を施したが、やはりベースは旧式のジン。優れたパイロットの駆る現行機体に追いつくためには相当な無茶をしたようだ。
リミッターを外し、神経接続の感度を上昇。機体だけでなくトウカ自身も相当にボロボロのはずだ。
俺はトウカに検査入院するべきだと言い、彼女も素直に聞き入れた。
「それで、君を送ってきてくれた彼が……」
「謎の要因で戦う羽目になった傭兵の……」
男はトウカの声を遮るように前に出ると、クルクルと回り、そうかと思えばシュピンとポーズをとった。
「叢雲劾、傭兵だ。」
「……なるほど。サーペントテールのか。最強の傭兵と聞いているが、確かに大したものだな。俺の組んだサイコ・ジンに通常ジンで追いついてくるとは。……トウカの表情を見れば分かるな。随分楽しめたらしい。」
茶請けのクッキーを満面の笑みで食べている。楽しいことがあったから、といえば年相応の行動にも見えるが、その楽しいことがモビルスーツでの命懸けの戦闘というのが、どうしょうもない。
この叢雲劾という男、思いの外ノリの良い男というのは自己紹介の挨拶で分かりはしたが、それと同時に割と甘いところのあるようだった。あるいはトウカがまだ少女であるからか。
しかし最強の傭兵というネームバリューは利用できる。前々から考えていたプランに協力して貰えないか、持ちかけてみるとしよう。