機動戦士ガンダムSEEDScary   作:機械仕掛けの守護天使

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アークエンジェルって天使の階級で言えば下から数えたほうが早いんです。初めて知った時はずいぶん意外でした。


PHASE 02 守護天使

 

 アークエンジェルに戻る道すがらキラが発見した避難用シャトル。推進部が壊れて座礁したそれを持ってきてしまったためにアークエンジェルのハッチの入り口でトウカとクルーとで揉めていた。

 

『放り出せと言うのですか……! このシャトルの方たちに死ねとおっしゃるのですね……!』

 

 激昂するトウカではあるが、キラもキラで彼女を止めはしなかった。彼女の剣幕に一周まわって冷静になっているが、だからこそこのシャトルを放り出してその先に待つものが死であることは明白だったからだ。

 

『……いいわ、許可します。』

『本艦はまだ戦闘中です!』

 

 マリュー・ラミアスが受け入れ許可を出したが、それに対し士官服を着た女性が異議を申し立てる。

 

『戦闘中だからこそです……! こんなシャトルビーム一発で消え失せる! なんの罪もない人たちが死ぬんです!』

『その通りよ。バジルール少尉、分かってください。』

 

 彼女らの言い分に納得したのか、あるいは上官命令だからか、ナタル・バジルール少尉はそれ以上何も言わなかった。

 

 シャトルを抱えたガンダム、続いてナイトバードが発着カタパルトの奥、格納庫に収まり、巨大なエアロックが閉じる。

 

 ガンダムのコクピットが開くと、周りのクルーたちにざわめきが走る。続くようにトウカがコクピットから降りると、ざわめきはさらに大きくなる。

 

「子供に……女ぁ?」

 

 整備士のマードックがあからさまに皆の意見を代弁すると、トウカはムッとした表情(カオ)となる。

 

「女がパイロットでおかしいですか……? これでも傭兵生活3年目でMS操縦経験は1年以上です……」

 

 それだけ言って向かってくるカガリに向き直る。

 

「ただいま。」

「……おかえり、姉さん。」

「姉さん呼びですか……」

「ッ……悪いか!」

「悪かないよ、カガリ。」

 

 先程までとは打って変わって聖母のような笑みを浮かべて、トウカはカガリの頭を撫でた。カガリは振り払うことをせず、それを受け入れた。これがトウカにとって精神の安定のために必要な行動だと知っていたからだ。唯一触覚の残った右腕で、確かにそこにある命に触れることで、己の生存を自覚する。そして自分が人間であることを思い出す。

 

「満足したか?」

「うん。……ちょうどあっちも落ち着いたみたいだ。」

 

 救助されたシャトル、その中から飛び出した赤髪の美少女がキラの友人のサイ・アーガイルに抱きついていた。その様をキラは()()()()()()()見つめている。

 

「友達かい?」

「うん。サイはあの娘の婚約者なんだ。」

「へぇ。あのメガネくんもなかなか隅に置けないね。」

 

 キラの隣に並んで恋人たちの逢瀬を見つめる。微笑ましく、感動的で、だからこそ恐ろしい。

 

(大抵、ああいうのは死亡フラグ……マスターは『恋人とサラダを食べる約束』には気をつけろとおっしゃるっていたが……キラの友達だ、気にかけておこう。)

 

 そう心に決めつつ手持ち無沙汰な右腕でキラの頭を撫でる。

 

「トウカ⁉︎」

「ふふ……つい、癖だ。……こうやっておまえを撫でるのも随分久しぶりだね。っと、オレ達に用事みたいだ。」

 

 愛想の良い、ともすれば軽薄とも取られかねない雰囲気を纏う軍人が、少年少女たちの方へと歩いてきた。ムウ・ラ・フラガだ。トウカの目にはこの男が好奇心を抱いているように写った。彼は今、好奇心を確かめようとしているのだとトウカは理解した。悪意はない。ないが、今それはよくないことになる、と確信する。

 

「へえ、こいつは驚いた。」

 

 とんでもなく、嫌な予感がしたトウカだったが、一手遅れた。キラは目の前に立ちはだかった背の高い軍人につい身を引く。そのキラとムウの間に割って入ろうとして、間に合わなかった。

 

「きみ、コーディネイターだろ?」

 

 空気が凍りつく。ブリッジから降りてきていたマリューもコッソリとムウを睨んだが、それ以上にトウカが剣呑なプレッシャーをムウに叩きつけていた。

 

「……はい。」

「よせ!」

 

 答える必要などなかった。だが軍人の質問に黙っているままでは何をされるかわからないからか、あるいは本人の真面目さゆえか、彼は頷いた。

 

 途端に複数の兵士たちが銃を構え、キラを狙う。トウカは咄嗟にキラを背に庇った。

 

「何をするんですか! この子が何をした……! ラミアス大尉! 貴女の命令ですか⁉︎ ガンダムに無理やり乗せて、それで戦わせて、その果てに殺すのですか……?」

 

 トウカは壊れて動かない左腕を外して棍棒のように右手で構えた。その様を見て何人かがギョッとする。

 

「コーディネイターだからなんだと言うのです? オレよりはよっぽど人間だ……!」

 

 トウカの剣幕は獣の如く荒々しいプレッシャーで周囲の兵士たちの敵意を圧し潰し、捻りあげる。唯一平気なのはムウだけだった。

 トウカとムウの視線が交差する。お互いに蒼い宇宙を幻視する。ムウはクルーゼに近しい何かを彼女に感じた。一方のトウカもまたこの軽薄でデリカシーにかけるバカに、妙な親近感を抱き、それがために落ち着きを取り戻した。

 

「銃を下ろしなさい。」

 

 艦長たるマリューの命令に逆らうものはいなかった。

 

「……ラミアス大尉、地球軍の兵士はみんなこれほど無知なのですか?」

「無知、とは?」

「プラントはまるでコーディネイター全体の代弁者のように振る舞ってはいますが、実際のところプラントの方がコーディネイター全体の中でも少数派です。エイプリルフール・クライシスの被害規模を考えれば、血のバレンタインより多くのコーディネイターが死んでいることでしょう。……ともすれば、それで連合軍に所属するコーディネイターだっていることでしょう。なのに、コーディネイターというだけでこんな幼気な男の子に銃を向ける。……品位を疑う行動だ。」

「それは……」

「前提として人間だろうに、バカばっかりです。特にそこのムウ・ラ・フラガ……! モラルもデリカシーも欠落した俗物が……! 人の秘密に土足で踏み入ってその挙句彼は殺されたかもしれない……! なのになんでそんなにヘラヘラしているんです? 貴方みたいな大人ばっかりだから戦争なんか始まっちゃったんでしょう……!」

 

 今にも殴りかかりそうな剣幕でトウカはがなる。ぶん殴って修正したいのを必死に理性で抑えている。

 

「いや、悪かったな。とんだ騒ぎにしちまって。」

 

 ムウはそう言ってキラの方を向き、深く頭を下げた。銃を向けていた兵士の中にもそれに倣うものがいた。

 

「俺はただ聞きたかっただけなんだ。──ここに来るまでの道中、ストライクのパイロットになるはずだった連中のシミュレーションを結構見てきたからさ。奴らノロクソ動かすのにも四苦八苦してたんだぜ。──それを……」

 

 ムウはガンダムの方へ向き直った。

 

「──いきなり、あんな簡単に動かしてくれちまうんだからさ。それは……嬢ちゃんもそうだな。」

「オレもコーディネイターと?」

「違うかい?」

「えぇ、違いますとも。オレは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。あえて狭間にいるからこそ、選べることがありますので。」

 

 毅然と、トウカはそう言い放った。

 トウカはナイトバードを見上げる。その左腕に備え付けられた『デブリ粉砕用射突式特殊金属杭打ち機(パイルバンカー)』にこびりついた赤黒い液体。明確に誰かの命を啜った証拠が、しっかりと残っている。

 

「カミナガさん、お話があります。」

「トウカでいいですよ、艦長。……仕事のことですか?」

「ええ。」

「分かりました。……キラ、カガリを頼んでいいかい?」

 

 トウカはキラの方を向き、優しく微笑んだ。そこに先ほどまでの怒りはない。

 

「勿論。」

「ありがとう、戦友。」

「戦友?」

「ふふ……背中を預け合った()()ダチをそう呼ぶんだよ。」

 

 マリューはムウとナタル、トウカを連れてブリッジへと上がった。

 

「ザフト艦の動き、つかめるか?」

 

 彼女の問いにレーダーを確認する伍長が無理と答える。コロニーの残骸が邪魔をしてレーダーを阻害しているようだ。

 

「むこうも同じだと思うがね。」

「……それも残骸が冷え切るまでの間だけですね。宇宙は暗くて寒い。」

 

 ムウの言葉をトウカは気休めと切り捨てる。

 

「……いま攻撃を受けたら、こちらに勝ち目はありません。」

「あの対実弾装甲を貫ける武器はナイトバードにもない。それにガンダムと違って予備パーツは……」

「そのことで貴女を呼んだのよトウカさん。」

「……あるのですか?」

「モルゲンレーテの跡地でネェル技研のマークがついたコンテナを見つけて、念のため収容しておいたのよ。」

「技研の? あぁ、そうだ。無重力下でしか精製できない金属、パイルバンカーの特殊チタン合金がありましたね。」

 

 そういった物の製造をモルゲンレーテに委託、ヘリオポリスの工廠で組み立てられていたならばそれがそこにある説明はつく。あるいはマスターがトウカのために手を回していたか。

 

「中には明らかにストライクなどとは異なる規格のパーツが入っていたわ。ただ、形状が貴女のメタスと一致しないものも。ですがその話はあとです。」

 

 トウカを戦力に加えても多勢に無勢はひっくり返らない。積極的戦闘ありきのプランは選ぶべきではないのだ。

 

「じゃ、最大速で振り切るかい? かなりの高速艦なんだろ、こいつは?」

「むこうにも高速艦のナスカ級がいます。振り切れるかどうか……」

「なら、素直に投降するか?」

「!」

「それもひとつの手ではあるぜ。」

 

 ムウはにやにやしながらマリューを見ている。見て、試しているのだろう。彼女が艦長として、どんな選択をするか。

 意地悪をする、とトウカはため息を吐き、口を開いた。

 

「オレは反対です。」

「どうしてだ?」

「貴女は……バジルール少尉。オレの立場としては、民間人の命さえ保障されるならそれでいいんですけれど、あの方々は無警告でヘリオポリスを攻撃しましたので、信用できません。下手をすればオーブ政府に宣戦布告したとも取られかねないのに──」

 

 オーブ政府に非がないわけではないが、それとオーブ市民の命を危険にさらすことのは話が別である。

 それに先ほど、キラがコーディネイターというだけで銃を向けられたのと同じことが起こらないとなぜ言い切れるというのか。ナチュラルというだけで私刑に遭わない保証もなければ、そもそもオーブに返還されるかもわからない。最悪は人質にとってモルゲンレーテの技術を強請る可能性すらある。

 

「──オレは連合もザフトも等しく信用していません……」

 

 連合の上層部は過激な思想のブルーコスモスが占拠しているも同然だ。「青き清浄なる世界のために」をスローガンとする環境保全団体だが、現状は反コーディネイター団体といった方がそれらしい。賛同者はかなりの人数に上り、そのため一部の過激派だけを抜き出してもそれだけで一勢力になりうるほど。過激派の中でも特に過激な連中は世界各地でコーディネイターを狙ったテロを起こす。その過程でナチュラルが巻き込まれようとお構いなしだ。挙句には一般市民ばかりが暮らすコロニー『ユニウスセブン』に独断で核を撃ち込んだ。

 一方のプラントは、コーディネイター代表のような言動をしながら、同じコーディネイターも大勢『オペレーション・ウロボロス』によるエイプリル・フール・クライシスで死なせている。これは血のバレンタインの報復に、核分裂反応を阻害する『ニュートロンジャマー』という装置を地球全土にばらまいたというものだが、これにより世界中の原発が機能停止。餓死者凍死者は10億を超える。その中の何%がコーディネイターかは分からないが、僅か1%であろうとも血のバレンタインの犠牲者をゆうに越す。

 トウカから見ればどちらも同じ穴の狢。気に入らない相手をどう傷つけるかばかり考えて、何かを守ることは二の次だ。

 

「──だけど、マリューさん、貴女には最低限以上の誠実さがありましたね……ですから信頼はできます。この船のリーダーは貴女だ。貴女の選択に従いましょう。」

 

 協議の結果、アークエンジェルはユーラシア連邦の軍事衛星『アルテミス』へと向かう事に決定された。最初の1噴射の推力と、あとは慣性に任せたサイレントランニングでおよそ2時間。

 

 しかし協議すべきことはまだあった。

 

「──おいおい、無茶言うなよ!」

「ですがストライクの力が必要になるかもしれません。フラガ大尉に乗っていただければ……」

 

 マリューの言葉を遮ってムウは無理だと言う。いかんせんガンダムのOSはキラが書き換えてしまったせいで、ナチュラルであるムウには操縦は難しくなっている。

 

「……フラガ大尉は機種転換訓練は受けましたか?」

「いや。」

 

 MAとMSでは操作感はまるで別物である。

 

「貴様のMSはMAにもなるのだろう。艦長、カミナガに機体を供出させては?」

「ナイトバードはオレ専用にチューンされてますよ、それはもうカリッカリに……そう言えば予備パーツがあるのでしたね。それでもう一機でっちあげられるか……?」

「それが、胴体の中身が空しかないのよ……」

「コクピットとOSがないと……それは、どうしようもありませんね。」

 

 要するにコアボールブロックがないという話であった。ではやはりナイトバードを提供するか、と言う話になるがそうもいかないのである。

 

「これは見てもらった方が早いでしょう。」

 

 トウカはポケットからデバイスを取り出すと、ナイトバードのコクピット内の画像を映して見せた。

 

「ストライクとレイアウトが違う……のは当たり前ですが、これは……操縦桿が右手側にしかない? あれであんな動きが?」

「MSはみんな神経接続をしていますけれど、あれはあくまでも補助です。でなければレバーやペダルは不要ですから。ナイトバードは有線式神経接続で機体を自分の体の延長として動かせる、技研の『リユース・サイコ・デバイス』を搭載しています。」

 

 OSの不出来を補う手段として発案されたNRP(ネェル・リユース・サイコ)デバイスにより、ナイトバードは不出来なOSでも問題なく動く。むしろ機体OSの方が動きの補助であり、メインOSはトウカ自身の頭脳、と言う有様だ。

 しかしこのデバイスの使用には本来の四肢を喪失している必要があり、トウカは右腕が健在であるために生身では利き腕でありながらMSの腕としては動きが悪いと言う事になっていた。故に右腕に武器を持っていなかったのである。

 

「それは……」

「悪魔の発明だ、とマスターはおっしゃっていました。訓練などしなくてもMSを自由に動かせるんだ、四肢を千切るだけで……。こんな技術公開できるわけがない。特に、ブルーコスモスにはね。」

 

 ブリッジにいた軍人全てがあまりのえげつなさに閉口するしか無かった。

 

「OSとしてもガンダムの物を初期化したのよりはマシなものがついているとは思いますが、どうします? コピーしてガンダムに乗せても動くかは分かりませんが。」

 

 ただ、それにしてもトウカの動きを学習した『教育型コンピュータ』によって繰り返しの最適化、自己進化を経ているために、トウカ専用OSと言っていいほど彼女の癖が反映されている。飛び道具をクイックブーストで機体を左右にスライドさせて回避しながら同時に接近するなどだ。並みの人間ではコーディネイターであろうともGに耐えられないだろうし、そもそもガンダムにはクイックブースト()()の真横向きスラスターはついていないだろう。そもそもナイトバードとガンダムとでは規格が違うことを考えればOSが対応しているかもあやしい。

 

「……専守防衛ならお引き受けしましょう。ですが、オレの第一優先は民間人です。軍関係に気を回す余裕はないかと。」

「それに貴様は傭兵だ。金で裏切らない保証は?」

「この船に妹が乗っている。それだけでは不満ですか?」

 

 ナタルにそう言って、トウカはブリッジを出て行った。彼女はキラを心配していた。コーディネイターであることで、同級生はともかくその他の人間との間に軋轢が生じてやいやしないか、と。ぎり、と右腕を強く握る。本来は生身より自由なはずの左腕も、今はデッドウェイトにしか感じられなかった。

 

 一度格納庫に寄ってナイトバードの整備状況を聞いた。被弾箇所に致命的なものはないので装甲はそのまま。バッテリーを充電、推進剤を補充。あとは両肩のバルカンに弾薬を補充して完了だ。

 

「バルカンの弾がイーゲンシュテルンと同じで助かったが、これではGは落とせねぇぞ。」

「このバルカンではジンにだってろくに効きはしませんよ。……コンテナにビーム兵器は……」

「それっぽいのならいくつかあるが、どうする?」

「とりあえずノーマルなライフルと──」

 

 マードックと話し合った上で、左肩のバルカンを武器ハンガーに取り替え、そこにパイルバンカーをマウント。右腕にビームライフルと、左腕にシールドを装備する事にした。ナイトバードにはPS装甲が施されていない以上、強力な武器を持つ他のGが投入された際の生存性を高めるには盾は必須に近かった。

 

 アークエンジェル内の居住区、その一室に民間人の少年少女は身を寄せ合っていた。キラは精神的な疲労がゆえにくったりと眠っており、カガリはそんな彼に肩を貸していた。不可抗力でそうなってしまってはいたものの、無碍に扱えない。

 

「トウカの親友……か。」

 

 守るために乗るしか無かった。オーブ政府が身勝手にガンダムなど造らなければ巻き込まれることも無かった一般人。

 

「ねえ貴女。」

「?」

 

 ふと、呼びかけられて我に帰ると、赤髪の少女がカガリの目の前に立っていた。

 

「貴女、さっきMSに乗ってた人の妹なんでしょ。」

「そうだ。それがどうかしたのか。」

「貴女はどっちなのかしら? ナチュラル? それともコーディネイター?」

 

 その問いに、少年たちの何人かが慌ててフレイを制しようとするが、カガリはそれを気に留めず彼女を睨みつけた。

 

「私はナチュラルだ。姉さんだって遺伝子編集は受けてない。」

 

 しかしナチュラルとは自然を意味する言葉だ。果たして手足に機械を埋め込んだトウカを自然そのままの命と言えるか。少なくともブルーコスモスの過激派はそう考えていないらしいが。そもそもテロに巻き込まれなければ手足を失うこともなかったというのに。

 

「左右で目の色が違うのは生まれてすぐに被曝したせいだと聞いている。」

 

 そう言いながらカガリは目の前の女を脳内の要注意人物リストに追加した。フレイ・アルスター。アルスターといえばブルーコスモスのジョージ・アルスターという人物がいる。確かその娘の名前がフレイだったという記憶があった。それが事実であれば、ブルーコスモスに両親を奪われたトウカにとっては逆鱗に最も近い人物だろう。

 

 アルスターがブルーコスモス内で穏健派か過激派かは知らないが、そのどちらであろうとそれなりに高い地位にあるだろう。であれば、トウカにとっては決して赦し難い存在には違いがない。組織としてきちんと律されていないからこそ、テロに走るものがいる。なんなら上はそれを黙認している節すらある。ならば組織全体を信用できる要素はない。

 トウカが傭兵になった理由、その最大の敵がブルーコスモスだった。

 

「キラ・ヤマト!」

 

 部屋に満ちる静けさを破ったのはマリューだった。彼女とムウが部屋の前に立っている。カガリがキラを揺すぶって起こす。彼は自分が少女の肩を借りていた事実に慌てて謝罪すると、恥ずかしさを振り切るようにマリューの元へと向かった。

 

「──お断りします! なぜぼくがまたあれに乗らなきゃいけないんです! 巻き込まないでください!」

「だがアレにはきみしか乗れないんだぜ。いずれまた戦闘が始まったとき、今度は乗らずに、そう言いながら死んでくか?」

「その場合はオレ達の力不足ですよ、フラガ大尉?」

 

 廊下の向こうから歩いてきたトウカがキラとムウの間に割って入った。

 

「いい大人が2人がかりで、16の少年を囲んで詰めるのはいかがなものかと。それに、今度は乗らずにって言われましたが、そもそも最初に乗せたのはマリューさんが無理やりだと聞いています。」

 

 鋭いプレッシャーが軍人2人の精神に絡みつくように放たれた。

 

「オレは、責任転嫁する俗物が一番嫌いなものでして……あなた方がキラにたかる羽虫ではないと言うのなら、あのような卑怯な物言いはやめていただきたいですね。……だけど──」

 

 トウカはキラの方に振り返り、彼の頭をわしゃわしゃと撫でた。

 

「すまないね、キラ。ガンダムに乗れるのは本当におまえだけなんだ。オレは今左腕が動かないからNRPデバイス不搭載機の操縦ができない。……この船、人員不足だから、人手は1人でも欲しいのさ。」

「でも……!」

「だけどね、命をかけてくれ、なんて軽々しくも言えるはずもないよ。おまえの人生だ。おまえが選ぶんだ。……撃ちたくないならそれでいいさ。ただ、盾を構えてさ、おまえの友達だけでも守ってみるというのもアリだ。ガンダムは頑丈だからね。」

「……あぁ。敵を撃ちたくないなら味方を守ればいい。()()()()()()()()()()()()()。」

 

 それを聞いてキラは迷った。年上とはいえ女の子であるトウカは命をかける気なのだ。それなのに自分が船の中でぬくぬくと待っていていいのか、と。

 

「……ガンダム?」

 

 そのとき、不意にマリューは思い出した。キラがストライクをそう呼ぶのはOSの頭文字を繋いだから。しかしトウカが最初に口を出したとき、シグーの襲来時に彼女がそれを知るはずはない。では彼女の言うガンダムとはなんなのだろうか。

 

 キラは悩みを湛えた表情のまま廊下の向こうへと去っていった。トウカはそれを黙って見送りつつ、怪訝な顔をするマリューへと向き直った。

 

「……何か?」

「貴女は……どうしてストライクをガンダムと呼ぶのかしら?」

「あ……」

 

 トウカは頭を抱えた。が、なんのことはない。真実を話せばそれで済む、と思い直し、口を開いた。

 

「ガンダムというのはある神話です。オレもマスターから聞いただけで詳しくは知らないのですけれど。白い巨人で、ツノを持ってる戦士。少年少女の守護神で、敵にとっては白い悪魔。圧倒的な力で、戦いを終わりに導くもの。」

「白い巨人ならザフトのMSにも該当するものはあると思うけれど。」

「モノアイのMSだと神様には見えませんよ。一つ目の巨人はガンダムじゃなくてサイクロプスだ。」

 

 サイクロプスと聞いてムウが一瞬嫌な顔をした。

 

「ガンダムは意思の象徴。相応しいのは守るために立ち上がった者だけです。そういうものにだけ、ガンダムは()()()()()くれるんだとか。」

「……ストライクのOSを組んだ人はその神話を知っていたのかしらね?」

「ありえないとは言い切れないですね。技研はモルゲンレーテと取引していますから、マスターがどこかで話していても不思議はありません。」

「嬢ちゃんのエンブレムはガンダムなのか?」

 

 ムウはトウカのライダージャケットの胸に刺繍されたエンブレムを示した。赤髪の守護天使、ナイトバードのものと同じエンブレムだ。

 

「いいえ。これは、また別の神話です。秩序を破壊する者を消すことで人類社会の存続を担った紅い熾天使、それにあやかったものですよ。」

 

 『ナインドール』と名付けたそのエンブレムは熾天使ではなく守護天使。「9」は最強の象徴。あとはエンジェルナンバーの9。守護天使は天使の階級で上から9番目。ドールは人形(doll)ではなく施し(dole)の意味であり、神が人にもたらした施し、ということで天使から連想した言葉だ。

 

「へぇ。おしゃれな由来じゃないの。ところで、上から9番目というと下からは?」

「1番目。守護天使は一番人間に近い天使。あまり上に行くと身も心も人間からかけ離れる。それこそセラフィム(熾天使)などは異形だと伝えられます。……ちなみに大天使(アークエンジェル)守護天使(エンジェル)の一つ上、下から2番目です。」

「あら、意外と低いのね。」

「オレはここらが一番天使らしい天使だと思います。人から遠すぎて、人より強すぎると、いずれ人間の手に負えなくなりますから。力を持ちすぎるものは全てを滅ぼす──と、このセリフは人間じゃなくて熾天使のものでしたか……」

 

 聖書における天使はある種システムめいた存在で、自我や精神は薄いとする説もある。ともすれば、人間よりずっと強いからこそ、人間のような心を持たないのかもしれない。

 人間は間違えるからだ。しかし人間の尺度での間違いはまだ取り返しがつくもので、だからこそ人間はそれ以上の力を手にするべきではない。あるいは手にするのならば、心を一段先に進めるべきだろう。

 それがなされないままに、コーディネイター技術が世に出てしまったことこそ、この人間世界の悲惨、その第一歩だったのかもしれない、とトウカは思っている。

 

「守護天使は人間の一つだけ上。力を手にするなら、オレはこれくらいがいいんです。」

 

 人間に羽が生えた程度。空を羽ばたき、守るべきものの側に舞い降りる。破壊力は低くていい。速ければ間に合う。硬ければ盾となれる。

 

「神話の中には、敵を一体も倒せず、しかし役割は立派に果たしたガンダムも居たそうです。そういう力が居たっていいんだとオレは思います。」

 

 ──オレには、もう成れないけれど。随分と、殺してしまったから。

 

 言外にそう含ませて、トウカは悲しげに目を細めた。

 

(トウカ……)

 

 廊下の角で戻って来ていたキラは拳を固く握った。

 彼女に話したいことがあった。もう1人の、幼馴染のことを。

 しかしマリュー達と別れたトウカは部屋の隅で気絶するように眠ってしまい、その後もなんだかんだで2人きりになるチャンスはなかった。

 





ガンダムってなんなんでしょうね。
少なくとも私にとってエンデのジムⅡはガンダムですが。
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