機動戦士ガンダムSEEDScary   作:機械仕掛けの守護天使

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 申し訳ありません。急遽リブートすることにしました。前までのトウカの性格だと傭兵にしては人間味がありすぎるのが、なんか違う、となりまして。

 とはいえ主だったところは変わらず細々とした要素を補完しつつ、過去編を先にやってから原作スタートまで行こうかと思います。

 外伝系の要素もちょこちょこ挟むかと思いますが、キャラクターのエミュができるだけの資料に乏しいので地の文で説明するだけかも知れません。

 叢雲劾とかです。


0.自由意志の下に
Episode 00 ディエゴ・トレギアという男


 

 ディエゴ・トレギアという男がいた。大西洋連邦からオーブ首長国連邦に移り住んだ資産家である。莫大な資金力と、投資の才能によって界隈でも一目置かれているが、気難しい性格で、いつも仏頂面をしており、社交界にもあまり姿を見せないとして有名だった。

 

 彼はオーブの無人島を買い取り、そこに小さな研究所を作った。ネェル・デバイス技術研究所と掲げられたそこが彼の城だった。わずかな技術者だけを雇い、さまざまな機械を研究開発しては特許を取り、そしてその特許料やパテント料を収入源とする小さな企業。ネェル技研の通称で呼ばれるその研究所はディエゴの投資で得た収入を半ば使い潰すような形の赤字企業だったが、社員の待遇は驚くほど良く、またナチュラル、コーディネイターとわず雇っていた。

 

 やがて技研は、一つの商品を世に送り出した。とあるモビルワーカーである。汎用作業機械であるが、技研のそれはコア構想によって形作られ、コクピットをベースにさまざまなアタッチメントを取り替えることで地上、宇宙、水中までもに対応可能なものである。

 そして技研は各パーツの接続規格を共通化し、その規格を他の企業にも開示した。ライセンスを取ればどんな企業でもコア構想MW(モビルワーカー)を作れるようにしたのである。

 高い汎用性と整備性。そしてある種の専用機として自分だけの組み合わせを作ることによる個人に合わせた操作性。コアモビルタイプのモビルワーカーはさまざまな現場で重宝され、技研はライセンス料でひとまず黒字の業績となった。大規模な工廠を持たない技研は最初は受注販売を行なっていたが、やがて製造を他社に委託し、販売ルートの管理と技術開発のみを行う方向へシフトした。製造委託先の中にはオーブ最大の機械専業会社であるモルゲンレーテ社も含まれていた。

 

「コアモビルを組むときはバッテリーはケチらずにモルゲンレーテのを買え! 特に宇宙や水中でのバッテリー切れは命に関わるからな……」

「精密作業のマニュピレーターとOSは技研が一番だね。大きめの胴体じゃないと入りきらないけど腕部動作トレースシステムを導入すれば自分の腕のような感覚で作業ができるからね。煩わしいレバー操作からは解放されること請け合いさ。」

「アポジモーターやスラスター、宇宙用ならツクダ重工が一番だね。少ない推進剤で最大限の効果が見込めるし、加速や減速も滑らかで酔いにくい。」

「地上用のジェットエンジンタイプならTAS社だな。音も比較的マシだしな。」

 

 様々な企業がこの事業に参入し、各々の得意分野でその腕を振るい、鎬を削った。

 

 *

 

Side ディエゴ・トレギア

 

 

 自我が発露したのはいつだったか、はっきりと覚えている。まだ0歳の頃、ベビーベッドの中だった。

 碌に発達していないはずの脳なのに、かつて、大人だった時と同じように思考できる。それなのに身体は本能に従って、泣き喚き、糞尿を漏らす。

 

 苦痛でしかなかった。だが愛はあった。トレギア家……両親は祖父の代からの資産家で、かなりの豪邸に住んでいた。しかし子育てはベビーシッターに任せきりということもなく、両親ともに育休を取り、自らの手で行なってくれた。

 そこには、深い愛情があった。

 

 吐き気がするが……

 

 俺が成人を迎えるより先に、両親は死んだ。最初は悲しかった。だが、真実を伝えられたとき、俺は両親を深く憎んだ。死んで当然とさえ思った。

 

 あの狂った研究者どもを始末したことは、ブルーコスモスの数少ない功績の一つに違いなかった。

 

 コズミック・イラ、ブルーコスモス、コロニーメンデル。これらのワードで俺は理解した。この世界がどこで、両親は何を仕事にしていたのかを……

 

 死んで当然だ。

 

 だが、俺もまた罪を犯した。

 

 生まれてくるべきでなかった者が生まれさせられた。

 

 俺も含めてな。

 

 *

 

 俺が大西洋連邦の生家を捨て、オーブに国籍を移して、技研の経営もかなり安定してきた頃、彼女がやってきた。トウカ・ラナ・カミナガ。ダンとラナのカミナガ夫妻、その養子にして、俺の罪の象徴ともいうべき少女だった。

 

 一家は月の中立都市にある幼年学校をトウカが13歳で卒業してから疎開のため地球に降りてきた。

 そして夫妻はテロで死んだ。ブルーコスモス過激派による、コーディネイターを狙ったそれの巻き添えだ。

 

 そのニュースをテレビで見た時、俺は全身の血の気が引くのを感じた。

 

 俺が、償うべき相手だったのだ。どの面を下げて会えというのだ?

 

 だが、カミナガ夫妻は駆け落ちして結婚し、頼れるものもいない。

 俺はすぐに飛行機を手配し、現地へ向かった。

 

 *

 

「ガラスやコンクリートの破片を大量に浴びたようで、全身傷だらけですよ。ただ、一番ひどいのは右腕以外の四肢が瓦礫でぐちゃぐちゃに潰れて、壊死がひどくって、切除することになりました。意識は、戻っているようですが、その……不気味なほど静かで。こちらが何を言っても、最低限の反応を返すばかりなんです。」

「なるほどな。ドクター、切除した四肢の損壊具合はどの程度だった?」

「ざっくり申しますと、骨は粉々でギプスで固められるものでもなく、肉も千切れ飛んでいるところも……間違いなく激痛だったでしょうね……神経は一部生きていましたから……」

「それほどのダメージならば、出血が危険だと思うが……」

「……実際、血液パックを空にする勢いで輸血していましたからね。もし彼女の搬送が5分遅れていたか、あるいはRhがマイナスだったりしたならば、彼女の命はなかったでしょう。……こちらです。」

 

 主治医に促されるままに、俺は病室に足を踏み入れた。

 

「お客さんですか、先生?」

「そうだよ、カミナガさん。この方はディエゴ・トレギア博士。」

「……トレギア……」

 

 彼女のオッドアイが俺に貫くような視線を送り、見定めるような視線を送る。主治医は一礼して病室から去り、俺たち2人だけが部屋に残った。

 

「……なんの、御用ですか?」

「君の身元保障にな……」

「やはり……祖父母と連絡はつきませんでしたか……しかし、なぜ、今をときめくネェル技研の代表がオレなどに?」

 

 若干13歳とは思えぬ知性が、その声色には秘められていた。おそらく彼女は自分が何か知っている。両親と血が繋がっていないことも、トレギアの業も全て……

 

「贖罪……ですか? あまりにも……あんまりですよ……」

「そうだな……あまりにも遅い。君の両親を守る義務があった……」

「違いますよ? 貴方のことです。どうやったら、そこまで自分を呪えるんですか?」

 

 何を言っているのか、最初は分からなかった。どうやら脳内に渦巻く怨嗟を感じ取られた、と悟ったのは数秒フリーズした後のことだった。

 

 ニュータイプ……いやSEED因子か? 命の危機で発現するはずだが……いや……SEEDに読心効果はなかったはず。それにニュータイプは宇宙世紀だ……ここは、コズミック・イラだぞ⁉︎

 

「技研は、脳科学や神経系の研究も盛んと聞きました。ですから……オレの噂を聞きつけて……モルモットにするのかと。ふふ。てんで、違いましたが。貴方から感じるのは、ただただ、罪悪感と義務感。そして憎悪。貴方は、人類に絶望している……それなのに人類の存続を望んでいる……」

「愚かな男の……自己矛盾だ……」

 

 彼女の言葉に、やっとのことで返し、俺はベッド脇の椅子にぐったり座り込んだ。

 

「君は、今の一瞬で俺の全てを知ったらしいな……」

「いいえ。オレは現在の思考と、これまでに抱いた感情を漠然と読み取っているだけです。両親は、観察眼と思考速度の速さからくる類まれな共感能力、と仮説を立ててくださいました。」

 

 だから俺の記憶を映像として読み取ったわけではないと。それができるのならば脳科学云々ではないオカルトだと彼女は微笑んだ。

 

「……そうか。」

 

 俺は彼女を連れてオーブに帰った後は、マルキオ導師を頼ることにした。因子の保持者かどうかを判別できるのは彼しかいない。マルキオ導師は俺にとっての恩師でもある。孤児の扱いも心得ておられるからにはそうするべきだろう。

 

 だが一つ、俺は気になることがあった。

 

「……オレの顔に何か?」

「君は……両親がどうなったかを知っているのか?」

「ええ。2人が致命傷を負ったのは俺の目の前です。瓦礫に潰され身動きも取れないままに、体温が失われるのを感じ取っていました。……あぁ、そういえば今日は泣いていませんでしたね……」

 

 何か、何かがおかしい。そう思う俺の目の前で、彼女は涙を流し始めた。眉ひとつ動かさず、表情を変えぬままに。

 

 異様な光景だった。俺はナースコールを押すべきか悩み、しかし部屋の空気の恐ろしさに何もできなかった。

 

 彼女の目元にくっきりと刻まれた泣き跡は、これがためか。まだ3日と経っていないのにこの落ち着き様。親を亡くした少女にしては落ち着きすぎていると思った。亡き後はあるが、その割に声が透き通っていることが、違和感だった。目が腫れるほどに涙を流しているのに、嗚咽の一つも漏らさない。だから声が掠れない。

 

 彼女はハンドタオルで涙を拭き取り、こちらに向き直った。

 

「オレが、怖いですか?」

「理解できないからな……教えてくれるのか?」

「当然です。普通の人は、親が死ねば泣くものです。そしてその涙には同情や哀れみといった利用価値のある感情が向けられます……」

「……」

「勘違いなさらないで欲しいのは、オレは別に両親の死を悲しんでいないわけでも、愛していなかったわけでもありません。それでも、泣けないのです。この処世術は、両親から習いました。両親はオレが生まれつきの人格破綻者と知ってなお愛してくださいました。異端であることを自覚すれば常人のふりは容易い、と。親として、人間社会を生き抜く術を与えてくださいました。」

 

 人格破綻者……生まれつき……俺の頭で彼女の言葉がぐるぐると渦を巻く。サイコパス……とは違うのだろう。彼女は人を知識でなく感情で愛せる、それが、言葉から感じられた。彼女の言葉は、不気味なようで、しかし声色には、温度がある。機械的な感じはしない。

 

 あるいはそれすらも演技だというのか? 13歳の少女が?

 

 *

 

 彼女を連れてオーブに帰ったのち、数日間役所をたらい回しにされつつも、無事に彼女のオーブ国籍が取得できた。俺は彼女を養子にはしなかった。彼女が自分の親はあの2人だけだと言ったからだ。

 

 利き腕である右腕が無事なのはある種の幸運と言えた。レバー操作の車椅子が使えた。技研の建物はほとんどがバリアフリーだ。

 

「不便はないか、トウカ?」

「ご心配なく、師父殿(マスター)。」

 

 彼女は俺をマスターと呼ぶようになった。ドクターではなく。

 俺は一応機械工学と脳科学で博士号をとっている。なので修士(マスター)呼びは、ややこしい。何よりオーブの公用語は日本語だ。普通に先生と呼べばいいだろうに……彼女にも何かこだわりでもあるのだろうか?

 

「これでもオタクですので……ふふ。」

 

 随分と色っぽく、蠱惑的な笑い方をするものだと思わされた。学生時代に男子を複数脳を焼いていそうだった。体つきは年齢相応だというのに。

 

「この車椅子は、かつての足より速いです、師父殿(マスター)。」

「左足に障害があったのだったな……」

 

 かつてのトウカは左足に麻痺があり、ほとんど感覚がなかったそうだ。歩くことはできるが、走るのは難しい。正座で痺れた足をイメージすると、それの動きが近いという。常に杖をついていた。

 また左右で目の色が違うオッドアイなのだが、これも右目が見えていない。光度計程度の働きはする、との弁から明るさを認識はできるらしい。

 

 彼女がそうなったのも、俺の余計な一言のためだ……

 

「見えないなら見えないなりに他の感覚が発達すると言いますが、事実ですよ……」

 

 その言葉に偽りはなく、彼女の空間認識能力は高いことが示された。これもまたニュータイプやSEED覚醒者の特徴だ。無論、これは常人でも持つものもいる上、訓練で伸ばせる能力だ。俺としては全人類に備わって欲しいと思う。交通事故が随分減る。

 

 ともかく、俺の中でトウカのニュータイプ疑惑は日に日に高まっていく。しかしここはコズミック・イラなのだ。

 

 あるいは、太陽系中をくまなく探せば、白い機械人形(ホワイトドール)が見つかるかもしれないが……

 

 *

 

 マルキオ導師にトウカはSEEDを持たないと明言されてしまった。しかしまた別の何かを感じる、とも。

 

 脳検査を行った。脳の領域で常人には使われていない部分がわずかに活性化していることが分かった。しかし脳波の形や強度は常人とそう変わらぬ値を示した。俺の考えていた感応波(サイコウェーブ)は検出されなかった。

 

 彼女の脳波と周波数を合わせた電波を出す装置を使って実験してみると、彼女はその電波を受信することに成功した。電波に乗せたワードと同じことを発声するよう指示すれば、その通りにできた。ただ、受信する力はそう強くない。2メートルもない程度だ。彼女が対人で察しの良さを発揮する距離と一致する。

 

「頭が、痛いです……」

「ここまでにしておこう。無理は禁物だが……何かあればすぐに言え……」

 

 俺はフラナガン機関やムラサメ研究所とは違う。彼女はモルモットではない。

 

 これらの研究は、彼女からの頼みで開始した。能力の限界を知りたい、と。

 

 しかし他者の脳波を受信してある種の読心を行うのでは、という仮説は当たったが、このところ彼女は頭痛の症状を訴える頻度が高い。能力のオンオフは任意でできないのは知っていたらしいが、しかし受信のしすぎで頭痛になったことはこれまでないと言っていた。

 

 機械で再現した周波数なのが良くなかったか、あるいは彼女の脳波形と完全に一致しているので自分が2人いるという錯覚によるものか……

 彼女が苦痛を示し、またこれ以上得られるデータは現状にだろうということでこれ以上この実験はしないことに2人で決めた。

 

 また、これらが現状彼女固有の能力である以上、これ以上は研究しても世に出せる成果は得にくいだろう……

 せめてフラガ家の誰かか、あるいはシン・アスカの脳波でも計測させてもらえればもう少しどうにかなるかもしれないが、俺に彼らとの伝手はない。

 

 最も、俺は本物の感応波の形状は知らないが。俺は彼女についての秘匿されたデータベースを作り、そのファイル名に『ネェル・ニュータイプ』とつけた。ニュータイプに近きもの、という意味だ。ネェル技研のネェルも同じ意味である。

 

 この研究内容は……彼女のためだけに使うことにした。

 

 *

 

 そうして俺はバイオセンサー技術の研究をはじめ、一年ほどで神経接続式の義肢、そのプロトタイプを完成させることに成功した。

 

「歩けるようになる、と?」

「あぁ。なんなら杖なしで飛んだり跳ねたり走ったりも可能になるかもしれない。」

 

 だが、ただはめるだけで動かせる様にはならない。四肢の断面付近に指先ほどの大きさをしたバイオセンサーデバイスを埋め込む必要がある。神経信号を表皮から直接読み取るにはセンサー感度が足りない。

 あるいは読み取れても手指のような複雑な挙動の命令を読み取りきれず、単調な動きにしか対応できない。

 

「ある種の治験だ。異物を体内に入れるわけだからな、拒絶反応や感染症のリスクもゼロではない。受けるかどうかは君が決めるんだ……」

「受けます……受けさせて下さい……」

「分かった……」

 

 俺の出資する大学病院の手術室とリハビリルームを借りることができた。手術はやることそのものはシンプルだが、俺は医学博士であって医者ではないので執刀医は信頼のおける医者だ。

 

 手術も終わり、リハビリに入って数日する頃、執刀医のテヅカ氏に呼び出された。

 

「どんな感じですか?」

「敬語はやめて下さいよトレギア博士。」

「あなたの方が年上でしょう、テヅカ先生。……老け顔なのは自覚していますが……」

「そういえば博士はまだ20代でしたね……これは失礼を……」

 

 目尻と口元の皺、それに声色と話し方がまるで壮年男性のようだ、と良く言われる……自覚はあるが、少し辛くもある。俺なんぞよりよっぽど立派な大人に敬語で話しかけられるのは苦痛だ。俺は誰かに敬意を表されるような人間ではない……

 

「カミナガさんですが……今の所拒絶反応の類や神経痛はありません。……一度幻肢痛を訴えましたが、埋め込んだデバイスによるものではなく、一年前から継続的に出ている症状です。」

「リハビリの状況はどうですか?」

「問題なく歩けています。ふらつくこともありませんし、服を着ていれば義肢だとわからないほどですよ。手の指も、ハサミやフォークを使えるくらい器用です……精密な神経接続デバイスを義肢に使うとこんなことさえできるんですね……」

 

 芝生の生い茂った広い庭に案内されると、彼女はそこにいた。右腕に防護用のギアと頭にはおそらく自転車用のヘルメットをつけている

 

「昨日からは走行訓練に入っています……リハビリが昨日回復訓練を指すものですから、彼女が生まれて初めて走れるようになったことを考えると、もうその域は越えたと言えるかもしれませんね。おっ、ちょうど今から走り出す様ですよ。」

 

 そのために中庭を貸切状態にしているのか、と得心しつつ、彼女を見ればゆっくりと走り始めていた。だんだんと加速し、あっという間にトップスピードに乗ると、ぐるりと一周して、元の位置に戻り、またゆっくりと減速し、走行から歩行へと移行。歩きながら息を整えている。

 

「慣れたものだな……走った後の息の入れ方まで……」

「えぇ。生まれて初めてには思えませんよ……彼女の素質にもよるでしょうが、義足の制御系も優れているのでしょうね。昨日から一度も転んでいません。どのようなコンピュータを?」

「あの義肢に計算装置(コンピュータ)は搭載されていません。与えられた神経信号に従ってのみ動きます。ですから全て彼女の計算……」

 

 俺とテヅカ氏は顔を見合わせる。そんなことがあり得るのか?

 

 生まれて初めて走った彼女が、たった2日でここまで綺麗なフォームで、一度も転ばずに?

 

 歩行はまだわかる。体が覚えているからには義足の感覚になれればすぐだろうと予想していた。なぜ走れる? バランスの取り方も何もかも、歩行とは違うのだぞ?

 

「天才というやつでしょうかね?」

「そう……でしょうな……」

 

 息を整えたトウカが、俺に近づいてくる。歓喜と興奮で頬を上気させている。

 

「気分はどうだ?」

「ふふ。そうですね……こういう時はどういうのが正解でしょうか……」

 

 彼女は首を傾げ、しばし考え込んだ後、おもむろに走り始めた。

 

「トウカ?」

 

 嫌な、予感がしていた。だが、止めるには遅かった。何もかも……

 

 彼女は走る。風を切り、歓喜に満ちた笑みを浮かべ、目の色にひと匙の狂気を湛えながら。

 

師父殿(マスター)……‼︎ 嗚呼‼︎ 貴方の造った義肢は、オレの……‼︎ ()()()()()()()()()()()()()……‼︎」

 

 瞬間俺の頭は真っ白になった。

 

 いくら彼女がオタクと言えど……知っているはずのない台詞だった。

 

 この世界にサンダーボルト宙域の物語はない。完璧なる悪魔も存在しない。

 

「そうか…………君は……俺の同郷か……」

 

 違和感の答えは簡単だった。

 

 世界に投げ込まれる異物が、物語につき一つなど……誰が保証してくれるというのだ?

 

 トウカの出生には俺の起こした羽ばたきが絡みついている。では俺の出生は?

 

 もはや、史実は当てにならないだろう。イレギュラーが俺だけではないことを知ってしまった。

 





 実際に生身の足より自由に動くのが始末が悪い……

 次回はトウカが傭兵になる要因となった事件です。
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