嘆きの亡霊は死神と共に   作:ディーン・グローリー

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第13話【馳せる想い】

《1》

 

 

 一護たちが帝都に帰還した翌日の夕刻――

嘆きの亡霊(ストレンジ・グリーフ)』の保有する馬車が、平原に蹄跡を刻みながら走っていた。

 目的地は温泉の町スルス。理由はクライ達を追うための単純なものである。

 地響きを立てて御者のいない馬車を先導して走るのはアンセム・スマート。

 そして馬車と並走するのはルーク・サイコル。

 馬車の中でムスーと拗ねているのはルシア・ロジェ。

 そんなルシアを困り果てたかのように宥めているのは黒崎一護であった。

 

「なぁルシア、何を怒ってるんだよ。確かに流れで勝手に決めたのは悪かったけど、そこまで怒ることか?」

 

「知りません。ご自分の胸に手を当てて考えてください」

 

「あー……そうだな。ルシアの善意を無碍にしたのは悪かった。けどよ、あそこで誘われたら断るのも難しいだろ?」

 

 昨日のことを思い出しながら、一護は微妙な表情で答えを導き出した。

 しかしルシアはそのような上っ面な言葉を求めていないのか、不機嫌なまま言葉を返す。

 

「ええ、そうですね。あれが自然な対応でした、ありがとうございます。だけど、そんな正論はいま聞きたくありません」

 

「そうか」

 

 こういうことに関しては不得手で、怯懦を恥じ入るばかりである。妹はあまり癇癪を起こす性格ではなかったため、女性に対する機嫌の直し方など知らないに等しい。

 逆にルシアはルシアで、そんな自分に忸怩たる思いを募らせていた。

 

 ーー……ああもう! 自己嫌悪に陥ってしまいます! 別に、一護さんを責めたいわけじゃないのに……っ!

 

 自嘲気味に自分の偏狭さが嫌になり、心中穏やかではなくなる。

 鷹揚な淑女と思われたいが、それはまだまだ先になるのだろう。

 そんなことを思いながらルシアは、昨日の事を想起して頭を抱えた。

 

 

   ***

 

 

 昨日、ルークが浮き輪を持って現れたところである。

 

「嫌です。お断りします。まだ帰ってきたその日ですよ。何でそんな早くに帝都を出ないといけないんですか」

 

「はぁ? おいおい、早くクライを追いかけなくていいのか?」

 

「そんなの明日でも大丈夫です。今すぐ、その浮き輪を持ってカムバックしてください」

 

「何だよ、せっかく浮き輪まで用意したってのに」

 

「そもそもですが今日一杯アンセムさんは教会にいます。それに明日は私も学院に顔を出さないといけません。どれだけ早くても明日の夕方以降になります。それまで我慢してください」

 

「しょうがねえな。じゃあ今日は諦めっか」

 

「ルークさんも、自分の師匠の所に顔を出した方がいいんじゃないですか?」

 

 ルシアがルークに、遠回しではあるがどこかへ行ってほしいと言わんばかりに言葉を交わす。ちなみにだが、浮き輪はクライのために用意したものである。

 そして蚊帳の外となり、手持ち無沙汰となった一護は辺りを見渡した。

 幼少の頃の記憶は曖昧だが、帝都で過ごした懐かしい思い出。

 父親に連れられ、幼い妹二人と四人で右も左もわからないまま生活をすることとなった大都市。何度、妹が迷子になったか分からない。

 そんな記憶を掘り起こしていると、遠目にだが雑踏の中に見知った顔が視界に入った。

 

「……あれは」

 

 こちらには気づかず歩いているのは『聖霊の御子(アーク・ブレイブ)』のイザベラとユウである。

 ルシアとルークが何やら言い合い――主にルシアが一方的にだが――をしているため、気付かれないようにこっそりとイザベラ達を追った。

 別に堂々と向かってもいいのだが、今のルシアからは導火線に火が付いた爆破寸前の爆弾めいたオーラを感じるため、下手には触れなかった。

 人と人との間を縫うようにして通り抜けて、素早い動きでイザベラ達を見失わないように追いかける。

 

 そして建物の角を曲がったところで、一護は二人に声をかけた。

 

「よぉイザベラ、久しぶりだな」

 

「……私たちを追ってくるストーカーがいるかと思えば、一護じゃない」

 

 一護の声に振り返ったイザベラが、少し驚いた顔つきで言った。

 

「あの一瞬の時間だけでストーカーと思われたくねえよ。つか、振り返り様に杖に手をかけていたあたり、本気感があるな」

 

「そうね。変な奴だったら、躊躇いなく撃ってたわ」

 

「相変わらず、怖ェ女だな」

 

 冗談に聞こえない物言いに、一護は嫌な汗を流した。

 帝都の魔導師(マギ)は血気盛んな者が多いと、そんな印象が刻まれた瞬間だった。

 

「けど、まさかこんな所で会うとは思わなかったわ。いつ帝都に到着していたのよ?」

 

「今日の昼頃だ。宝物殿の攻略が予想以上に長引いちまってな」

 

「アンタ程の実力者が長引くって、どこの宝物殿に出向いていたのよ?」

 

 イザベラ自身、一護に対しては人間性はともかく、実力に関して言えば認めざるを得ない。

 何たってレベル7の宝物殿に単身で挑み、そこのボスを倒してしまうほどだから。

 だからこそ、一護が挑んだと言う宝物殿が少しばかり気になった。

 

「そういや言ってなかったな。〔万魔の城(ナイト・パレス)〕って宝物殿に行ってたんだ。知ってるか?」

 

 答えた宝物殿の名前を聞き、イザベラはもちろん隣に立つユウも驚愕の表情となった。

 

「ちょっと、え、嘘でしょ?〔万魔の城(ナイト・パレス)〕ってレベル8の宝物殿じゃない! そんな所を一人で攻略したの!?」

 

「別にそこまで驚くことじゃねえだろ。ここはトレジャーハンターの聖地なんだから、攻略できるハンターなんてそこそこいるだろ」

 

「……あれ、そう言えば、あそこって嘆霊(ストグリ)が遠征に出向いていたわよね……」

 

 急に一護の言葉など耳に入らなくなったのか、思い出したかのようにイザベラは一人呟く。

 ハンターは基本的に人の話を聞かない奴が多いとは、よく言ったものだと改めて実感した。

 そこで一護は、会話に入れていないユウに視線をやった。

 

「ああ、悪い。自己紹介が遅れちまったな。俺は黒崎一護、よろしくな」

 

「私はユウ・シイラギ、です。前の宝物殿で私たちを助けてくださったとお聞きしました。その、ありがとうございます」

 

「気にすんなよ。ハンターは助け合ってなんぼだろ」

 

「いえ、そんな……。あ、そう言えばアークさんが一護さんにお礼がしたいと、よく言っていました」

 

「アークか。俺も早く会いてえな。そう言えば、アークは一緒じゃねえのか?」

 

「アークさんなら今は休暇中でいないわ」

 

 一人何やら考え込んでいたイザベラが、こちらの話を聞いていたのか割って入った。

 

「タイミングが悪かったわね。アークさんは今、実家に帰ってるから。私たちもハンター活動はお休み。けど安心して、近いうちに帰ってくるから」

 

「そうだったのか」

 

「てか、ちゃんと探協には顔を出したの? 私たちのクランには訪れたわけ?」

 

「ああ、もう両方とも行ったよ。つか何だよ、お前は俺の母さんか」

 

「はあ! 誰がお母さんよ! アンタがそういうところだらしない感じがするから聞いたのよ」

 

「失礼な奴だな」

 

 だが実際、ルシア達がいなければ今も帝都の中をぶらぶら彷徨っていたかもしれない。

 否定しきれない自分が悲しかった。

 

「それで、着いたばかりらしいけど泊まる場所はもう目星つけたの? もしくは住家とか」

 

「……いや、まだだ」

 

 シトリーが用意してくれた物件や、ルシアが自身の住まいを提案してくれたが、どちらも決まったわけではない。

 そんな様子を見たイザベラが、小さく溜息をつくと口を開いた。

 

「しょうがないわね。私のおすすめするホテルがあるから紹介するわ」

 

「いいのか。そいつは助かるぜ」

 

「ええ、感謝しなさい。それじゃ教え――」

 

「結構です、必要ありません」

 

 するとイザベラの言葉を遮るようにして、口を尖らせたルシアが現れた。

 

「うおッ、ルシア!?」

 

「ル、ルシア……!? 何であんたがここに?」

 

 驚くイザベラの問いに、一度嘆息してからルシアが答えた。

 

「私たちも〔万魔の城(ナイト・パレス)〕から帰ってきたんです。それより、一護さんの住まいについての心配は無用です。私がどうにかしますので。あと一護さん、急にどこかへ行かないでください」

 

「ああ、そいつはすまねえな」

 

「全く、勝手にどこかへ行くところは兄さんに似ていますね」

 

 宝物殿で目を離したら行方不明になるクライと一護が重なった。

 そして二人のやり取りを聞いたイザベラが疑問を口にする。

 

「え、ちょっと待って。二人とも知り合いなの? もしかして〔万魔の城(ナイト・パレス)〕で知り合ったとか?」

 

「そうですね、遅かれ早かれ説明しないといけませんし。一護さんと私たちの関係を話します」

 

 ルシアが淡々と一護と自分たちの関係、そして足跡のクランに加入した旨を簡略的に話していく。

 一護の新事実の数々に、イザベラもユウも驚きを隠せずにいた。

 

「えっ、ちょっと待って! 頭が追いつかないんだけど……。嘆霊(ストグリ)と一護は幼い頃から付き合いがあって、ばったり宝物殿で再会して、今日から足跡に加入? いい加減、アンタ達にびっくりさせられるの無性に腹立つんだけど」

 

「事実を言っただけです。私的には既に『聖霊の御子(アーク・ブレイブ)』の皆さんとお知り合いだったことに驚きですけど」

 

 流れで一護とアーク達が、花園の宝物殿で共闘した話もした。

 最初はその偶然にルシアが驚くも、人との縁に恵まれていそうな一護なら有り得る話だと幼馴染ながら思った。

 

「けど、そういうことよ。クランメンバーには正式に後日発表するから、またその時に。行きますよ一護さん」

 

「あ、ああ。そんな訳で、また今度なイザベラ、ユウ。おい引っ張るんじゃねえよルシア」

 

 話の内容に呆然としてしまったイザベラとユウは声をかけることもできず、二人の背中が遠ざかっていく。

 急かすようにルシアが一護の腕を掴んで、そそくさとその場を後にしたのだった。

 

 

   ***

 

 

「おいルシア、何をそんなに急いでんだよ? つかルークはどうした?」

 

 尚も腕を引っ張るルシアに制止の声を上げ、歩む足を止める。

 陽も既に地平線の彼方に少し顔を出しているのみで、宵の帳が落ちてきていた。

 

「ルークさんなら、私と話している最中に強そうな剣士を見つけたって言って、その人を追いかけていきました」

 

「いや、それは止めなくて良かったのかよ」

 

「止めましたよ。けど、私の声に素直に従う人じゃないので、諦めました。それに……」

 

 レベル6である≪万象自在≫の二つ名を有するルシアが、断然の声調で紡ぐ。

 

「ルークさんが追いかけた剣士、いえあれは刀でしたね。その方、遠目からでも強者だと分かる人でした。場数を踏んでいる者なら、佇まいだけで分かりますから」

 

 つまり同じくレベル6の≪千剣≫の二つ名を有するルークが斬りかかっても、問題なく対応できるもの。

 それはこの帝都でも数が限られてくる猛者である。

 その時はルシアも少し興味を抱いたが、一護がいないことに気づき一護を追いかけたのだ。

 

「トレジャーハンターの聖地だから強い奴は多いだろうけど。それでも少し心配だな。見境なさそうだしアイツ」

 

「心配には及びません。それより速く私の家に行きましょう。あ、けど着替えとか必要ですよね。他にも諸々な生活必需品が。まずは買い出しに行きましょうか」

 

「そいつは助かるが、1日だけ厄介になるつもりだから、最低限でいいぜ」

 

「そう、ですか。私は別に、ずっといてもらっても構わないのですが……」

 

 少し凹んだ表情となるルシアを前に、陽気なオーラを纏ったルークが現れた。

 

「おい二人とも探したぜ! まだ話は途中なのにいなくなるからビックリした」

 

 一人高揚としている上機嫌なルークだが、返り血などがないと言うことは誰も斬っていないのだろう。

 その事に一護は安堵の息を漏らした様相で、ホッと胸を撫で下ろした。

 

「話の途中でいなくなったのはルークさんの方なんですが」

 

「そうか、ああそうだったな。けどよ、すげぇ強い剣士(ソードマン)に会ったんだ。俺の渾身の一太刀を軽く防ぎやがった。まぁ、それ以上は刃を交えてくれなかったけどな」

 

「それは良かったですね」

 

 特に関心が向かないのか、ルシアは適当に相槌を打った。

 しかし興奮冷めやまないルークは続ける。

 

「見た目は小さい子供みたいだったんだが、ありゃ強ぇ剣士(ソードマン)で間違いねえ。もしかしたら最近できたっつう噂の剣士(ソードマン)だらけのクランの一人かもな。是非ともそのクランに道場破りしてえな」

 

「クランに道場破りなんて、色んな国を転々としていた俺も聞いたことねえよ」

 

 相変わらず常軌を逸した問題発言をするルークに、一護は肩を竦めた。

 そこでふと思い出したかのように、ルークはある言葉を付け加える。

 

「そういや、その剣士(ソードマン)も一護と同じ、霊圧だったか? そんな力を感じたな」

 

「何だと?」

 

 ルークの台詞に一護は衝撃を受けた。

 数々の国を転々としていたが、自分と同じ霊圧を持ったものなど見たことはない。それに近しい力、もしくは直近だと破面(アランカル)と名乗る謎集団が同じ力を持っていたが、記憶上はそれくらいである。もしかしたら変わった力ゆえに、みなが韜晦していて気づけなかっただけかもしれない。

 だがトレジャーハンターの聖地であるここでなら、霊圧を持っていても隠さなくてもいい、もしくは普通にいたのかもしれない。

 

「一護さんと同じ力、それは少し気になりますね。けど、それはまた今度でお願いします」

 

「何だよ、つれねえな。あ、それより今から一護の仲間入りを祝して飲みに行かねえか?」

 

「え?」

 

「クランハウスで飲もうぜ。あそこなら朝まで飲んでも心配いらねえしよ。なぁ? どうせ一護は泊まる場所も決まってねえんだろ? クランハウスならソファで寝りゃいいし。行こうぜ」

 

 ルークの屈託ないお誘いに、ルシアの心が跳ね上がった。

 ここでルシアが変に拒絶すると怪しまれるし、だからって肯定したら恐らく朝までコース。

 どう答えたものかと窮していたら、代わりに一護がそれに答えた。

 

「ああ、いいぜ。せっかくだし、一緒に飲むか。どうせ明日から、また帝都を出ないといけないし、今日は付き合ってやるよ」

 

「えっ!?」

 

 一護の返答に、ルシアは愕然と膝から崩れる思いとなった。

 

「よっしゃなら行こうぜ! 今日は機嫌がいいんだ。こう言う時は朝まで飲むに限るぜ!」

 

 そしてルークに連れられる形でクランハウスに戻り、文字通り朝までコースとなったのだった。

 

 

 

《2》

 

 そして時は戻り、現在へ――

 揺れる馬車の中で、ルシアは自分の独りよがりな怒りに、自罰的な蟠りが苛んでいた。

 今すぐにでも一護に謝り、他愛のない会話をしたいところだが、変な自尊心が働いているせいか言葉が出ないでいたのだ。

 それに歯止めをかけるように、一護が一つ提案を出した。

 

「なら、温泉街に着いたらルシアが飽きるまで付き合ってやるよ。買い物でも、散歩でも何でもいいぜ。気が済むまで俺が荷物持ちでも何でもやってやる」

 

 悩んだ末に、一護は口火を切った。

 こんな事で納得するか分からないが、それでも何もしないよりは好転するだろう。

 そして一護の提案を聞いたルシアの表情は、曇りから太陽の光が差し込んだ。

 

「え、わ、分かりましたっ! 宥恕の心を持ってそれで妥協します。ですが絶対に守ってくださいね! 約束ですから!」

 

「お、おう……」

 

 凄んだ表情で迫るルシアに、一護はたじたじになりながら頷いた。

 だがこれで少しは機嫌が直ったと思うと重畳である。温泉の町までの長い旅路、ギスギスした雰囲気は流石に堪えるから。

 

「……一護さんと、温泉」

 

 一人呟くルシア。

 一護の案に、ルシアの鼓動が高鳴っていた。

 まさに一世一代の大チャンス。距離を少し縮めるどころか、功を奏せば関係がぐっと縮まるからだ。

 期待と不安、あらゆる感情がぐるぐると回りながら、自分の杖をぎゅっと抱きしめたのだった。

 

 

 そうして一護たちの馬車が向かうはクライ達がいるであろう、温泉で有名な観光の町であるスルス。

 しかしそこには数々の猛者達が集まろうとしていた。

 クライやリィズ、シトリーにティノ。

 クライ達を追いかけるアーノルド達と、クライを追いかけるように指示されたクロエ達。

 スルスの地下に棲む亜人種アンダーマン。

 スルスの近くに住まう温泉ドラゴン。

 クライ達が引き受けるはずだった伯爵からの討伐依頼の対象であるバレル盗賊団。

 そして――

 

   ***

 

 温泉の町スルス上空。

 町を見下ろし、空中に立つようにしてそこにいる人影があった。

 白い和装のようなもので身を包み、腰には刀を差した空色の髪を持つ男。

 口角を釣り上げ、凶悪な笑みを浮かべているその男は、閑散としている町を見ながら獲物が来るのを待っていた。

 

「……『嘆きの亡霊(ストレンジ・グリーフ)』か。報告通り、期待できるか分からねえが退屈はさせんなよ」

 

 獲物の名を口に出しながら、目を豹のように細めながら鋭い視線を向ける。

 とある情報筋からその獲物達のリーダーがここに向かっていると言うことは、既に得ている。なら後は、思う存分に狩りを楽しむだけである。

 

「早く来やがれ。喰い殺してやるからよ」

 

 温泉の町スルスに猛者が集う。

 それは同時に――ルシアの約束がまた守れない可能性がある事を示唆していたのだった。

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