ストグリも三期来てほしい、、、
《1》
――ふざけるな、ふざけるな!
――何だこの状況は!? こんなことになるなんざ、予想外にも程がある!?
――一体この町には、いくつの勢力がいやがる!? 俺たちの邪魔をしてんじゃねえよゴラッ!
――どいつもこいつも、俺の計画を狂わしやがって!
温泉の町スルスを襲撃し、かつ
故に綿密に編んだ計画を遂行し、最初は滞りなく作戦が進んだ。
町を制圧して一般人を人質に取り、
予想通り、順当に、何の障害もなくバレルの思い描いていた通りの絵が完成していった。
だが、それも長くは続かなかった。
どこからか現れた地底人アンダーマンが出現し、部下達は大混乱。ここで計画は暗礁に乗り上げた。
続け様に温泉ドラゴンや、未曾有の力を宿した男が現れてバレルも手が回らなくなる。
温泉ドラゴンは男に蹴り飛ばされたが、それでも屈することなく男に向けてドラゴンブレスを放っている。
同じく温泉ドラゴンに怯えていたアンダーマンも再び気勢を盛り返して、盗賊団に襲い掛かり始めた。
更には毒により無力化していた高レベルハンター(《轟雷破閃》アーノルド)も再び動き始めている。
大混迷を極める状況下で、描いていた絵が全く違うものとなってしまっていた。
「くそッ! おい! どうするカートン!?」
バレルは自身の相方であるカートンに指示を仰ぐ。
このバレル盗賊団の頭脳であり、大規模な盗賊団の指揮し各国を手玉に取ってきたカートンは、脂汗を滲ませながら重い口を開いた。
「アンダーマンに温泉ドラゴン……。そして高レベルハンターどもに
一つ一つのピースを呟きながら、改めて自分たちの描いた絵の完成を脳内でシミュレートしてみるも上手くいくビジョンが見えなかった。
「……被害が軽微なうちに撤退。それしかない」
苦渋に満ちた表情で、躊躇なく断念の声を上げた。
バレルもそれは予想通りの答えだったようで、苦虫を噛み潰したように顔を強張らせる。
正体不明の男と、そしてそれと戦う《絶影》ことリィズは自分たちの力量を上回っているのは戦闘の余波だけで否応なく理解していた。
男の拳と女の蹴りがぶつかり合うごとに轟音と衝撃波が発生し、周囲の空間を震撼させていた。しかもこれはまだ互いに本気を出していない。
バレルも暴力により盗賊団を束ね、高レベルハンターも相手取ってきたが、この二人は自分たちが戦って来たどのハンターよりも強い。
苦汁を舐める結果となるが、バレルは部下達に向けて撤退の意思を叫ぼうとした――その瞬間だった。
「――なッ! これは……何が起こってやがる!?」
更なる予想外の展開が、バレルの目の前で起こり始めていたのだった。
***
「悪くねェ。楽しませてくれるじゃねェか女ァ!」
空色の髪を靡かせながら、空中に立つ男は愉悦の笑みを浮かべている。
対するリィズも、同じく戦いを楽しそうに口角を釣り上げていた。
「アンタもやるじゃん。久しぶりに血が滾ってきたし、もっとギア上げてくれてもいいよ!」
「言うじゃねェか!」
両者、狂気にも似た雰囲気を醸し出すと電光石火のような速さで攻防を繰り広げる。
拳と蹴りのぶつかり合いは、絨毯爆撃が如く。怒涛に炸裂する喧嘩じみた交差は、他の追随を許さない熾烈さを極めた。
血が騒ぐ、魂が咆哮する。
熱を帯びた闘志が、両者の力を認め合いながら沸々と今なお上昇していく。
「どうした! そんな柔な蹴りじゃ俺に届くことはねェぞ!」
「アンタこそ、いい加減その腰のもの抜いたら? それ、ただの飾りじゃないでしょ!?」
「抜かしてみろよ、その時は褒美に名乗りを上げてやる」
腰に差した刀を抜かず、身体能力だけでリィズと互角に渡り合う。
豹のような鋭い眼光を不気味に光らせながら、一分の隙も逃さないと剣呑な様相を見せた。
対するリィズも、一発一発が致命となりうる徒手空拳を連続して放ちながら絢爛と咲き誇る。
実直なまでの膂力のみの体術から、フェイントを交えた卓越した技術を織り込みながら放つ武術。見ている全員が虜になるような豪華絢爛な二人の舞台は、まさに戦いを心の底から楽しんでいる印象を与えた。
「あんぎゃあああああああ!」
そしてそれに水を差すかのように、温泉ドラゴンが咆哮を上げる。
灼熱を帯びた蒸気のエネルギーが集約されていき、同時に昇華させて放つドラゴンの必殺技であるの
それが男に向けて、真正面から炸裂した。
「邪魔すんじゃねェよ、雑魚が」
しかし男は切迫した様子もなく、片手をブレスに向けるとそこから赤い閃光が迸る。
破壊のみに特化した力の波が、鬩ぎ合いすら見せずにブレスを掻き消して温泉ドラゴンを襲った。
回避する余裕もなく、温泉ドラゴンはその破壊の閃光に呑み込まれた。
「――チャーンス」
そして獰猛な笑みを浮かべてリィズが動いた。
コンマ一秒にも満たない男の隙。
意識が数瞬だけ温泉ドラゴンに向いたことにより生じた、本来なら隙とは呼べないそれをリィズは見逃さないしそこを突かないなんて詰まらない真似はしない。
大きく振りかぶった右足から、横薙ぎに振るわれる足技は無駄なく流麗だった。
「ッ!」
男は間一髪で片腕で防ぐも、力の奔流が凄まじくそのまま吹き飛ばされた。
建築物をいくつも倒壊させながらも、男は威力を押し殺して地面を蹴って空中に立つ。
その姿にはほとんど痛痒を感じさせなかった。
「今のは効いたぜ。ああ心配するな。油断だ卑怯だの、せせこましいことは言わねえよ。あそこで攻撃を仕掛けて来なかったら、テメェを見限っていたところだ」
「私もホッとしたよ。この程度の隙を突かれて、泣き言でも吐かれたら興醒めだからね」
「はッ!」
男は短く笑い飛ばし、腰に差している刀に手をやる。
「威勢、だけとは言わねェでやる。少しは認めてやるよ女」
そして徐々に重力が重くなり始めた。
これは男による霊圧のものだと、リィズは直ぐさま理解する。
改めて臨戦体制になった男は声高らかに言った。
「グリムジョー・ジャガージャック。覚えとけ女。これからテメェを殺す男の名だ」
「リィズ・スマートよ。久しぶりに熱くなってんだから、もっと楽しませろよ」
強者と認めたものには最低限の礼儀を。
そして互いに名乗りあった瞬間、第二幕が幕を開けたのだった。
***
「リィズ、今すごく楽しんでるね」
「はい。下手に邪魔したら、夜通し文句を言われそうなんで、私は手出しをしないことにしました。ティーちゃんも、手出ししたら駄目ですよ」
「は、はい……。お願いされてもしませんが」
三人でリィズの戦いを見物しながら、のんびりとした感想を言う。
僕は久しぶりにリィズの楽しそうな姿を見てるけど、相変わらず人間やめてるなぁと思った。
「私たちはこれからどう動きましょうか?」
「そうだね、シトリーはどうしたらいいと思う?」
質問を質問で返したくはなかったが、何も思いつかなかったので問いかける。
風の吹くまま気の向くままで行きたいけど、そうも言っていられないだろう。そうなれば、頭脳明晰なシトリーにお願いすのが吉だ。
「やはりグラディス伯爵からの指名依頼の対象であるバレル盗賊団の討伐。もしくはアンダーマンを地底に追い返すのが先決かと思います。まぁ、私たちが手を出す間もないかもしれませんが」
リィズ達の戦いは空中から地上に舞台を変えていき、二人の戦いに巻き込まれるかたちでアンダーマンや盗賊団が紙吹雪のように吹っ飛んでいく。見ようによっては地獄絵図だ。お願いだから、一般人にまで被害が及んでいないことを祈っている。
「あわわ、お姉さま、そんなに家屋を破壊してしまっては……。あ、旅館まで……」
横でティノが狼狽している。
確かに、これって損害賠償とかどうなるんだろう?
「損害は全て盗賊団になすりつけるとして、まずは人質から救出しましょうか? クライさん、人質はなるべく助けたいですもんね」
「普通は、助けたいと思うもんだよシトリー。じゃ、人質を助けてから次の手を考えようか」
「はいクライさん」
「が、頑張ります、ますたぁ。では早く動いて――」
三人で行動に出ようとした瞬間、ティノの姿が消えた。
それどころではなく、視界に入っていた盗賊団の姿も消えている。決して僕の動体視力が終わっている訳ではなく、本当に消えたのだ。
僕やシトリー、遠目に戦っているリィズや物騒な男、温泉ドラゴン、アンダーマンたちの姿はある。ついでに人質も無事だ。
なら消えた人たちはどこへ? 意味が分からない。
眉を顰める僕の前で、シトリーがかがんで足元から何かをつまみ上げた。
「クライさん、大変です。ルシアちゃんが……かんかんです。見てください、ティーちゃんが」
「え?」
シトリーの手の平の上には、小さくて可愛らしい黒い蛙が焦っているかのようにぐるぐる回転しながら辺りを見回していた。
えっと、それってつまり……みんな蛙になってしまった?
《2》
――イライラします……イライラします!
――何でこう兄さんは行く先々でトラブルを引き寄せるんですか! もおもおもお!
――せっかく! ゆっくりと一護さんと温泉を満喫できると思ったのに!
――どうしてこう、私の計画は狂ってしまうんですか!?
温泉の町スルスを目前にして、ルシアの怒りは怒髪天を衝いていた。
何やら町を囲うように、大きな外壁があるがそんなもの目に映っていない。
今あるのは単純に、目の前の全ての障害を迅速に対処するのみ。
故に杖を振り上げ、ルシアは魔力を操作して周囲一帯に及ぶクライ考案の魔法の行使に入る。
「お、あれをやるのかルシア。頼むから
「そんな約束はできません!」
ルークは既にルシアが使う魔法が読めたようで、少し不安そうに眉を寄せながら言った。
「何だよルーク、ルシアは何をしようとしてんだ?」
「んあ、あれだよあれ。人を蛙に変える魔法だ」
「人を蛙に? 何だよ、そんな魔法があるのか?」
「らしいぜ。クライが考えたんだってよ」
「……ああ、確かそんな魔法をクライが考えてたな。御伽話みてえな魔法だと思ったが、本当に会得していたのか」
そしてルシアを中心に何かが円状に広がるのを感じ取った一同は、恐らく魔法が発動されたのだろうと察することができた。
ルシアは短く息を吐くと、懐から例の笑う骸骨の仮面を付けて言った。
「では行きましょうか。全くもう、この魔法はホントに疲れます」
「残っててくれよ
「うむ」
続いてルーク、アンセムが同じく仮面を取り出してそれを被る。
相変わらず変な画面で、前が見えない作りになっているのを見て一護は苦笑いを浮かべた。
「お前ら、俺が言うのも何だけどその仮面、恥ずかしくないか?」
「一護さんも同じような髑髏の仮面を付けているじゃないですか」
「いやまぁ、そうだけどよ」
「それより中の何人かは蛙に変えました。さて、この壁を破壊しましょうか」
「おう、なら軽く破壊してやるぜ」
「いや待て一護。ここは俺に斬らせろよ」
一護は背負っている斬月を抜き、ルークは帯刀している木刀を抜いて巨大な隔壁へと近づいていく。
「なら同時に行くぜルーク。足引っ張んなよ」
「一振りで斬ってやるぜ」
「聞いてねえな」
そしてルークに合わせるようにして、二人が斬撃を放つと巨大な壁の一部が軽く吹き飛んだのだった。
***
「今度は何だあ!?」
バレル盗賊団のバレルが声を荒げながら目を見開いた。
自分の部下が突然蛙に変えられたことに心中穏やかではないバレルは、ここで更なる混乱が舞い降りた。
町を囲うように展開していた隔壁、その一部が何の前触れもなく崩壊したのだ。頭脳担当のカートンですら、もはや事態の把握をするなど不可能だった。
「……まさ、かッ!?」
不吉な予感がよぎったカートンは、冷や汗を流しながら土煙が舞う崩壊した箇所を目を細めて見据える。
そして直ぐに、その予感は当たってしまった。
地鳴りがしたかと思うと、そこには巨大な鎧を身に纏った大男がいた。黒を基調とした魔女のような服装をした女性がいた。木刀を手に持った赤毛の男がいた。
その三人は等しく笑う骸骨の仮面を被っており、否応なしにカートンは理解してしまう。
『
「何者だ!? 貴様らは!?」
バレルが戦斧を手にして、壁を破壊してきた者たちに叫ぶ。
だがバレルのことなど眼中にないのか、赤毛の男が仮面を取ると真紅の双眸が町の中心の方へと釘付けになっていた。
「おいおいリィズのやつ、何かすげぇ
言うや否や、地面を蹴って赤毛の男が激戦を繰り広げる二人の元に駆けて行った。
鼻にも引っ掛けないその姿に、バレルの苛立ちが膨れ上がったが、それを抜きにしても前方の二人も歴戦のハンターだと言うことは分かる。
いや、二人だけではなかった。
「何だよ、
黒い東洋の服を身に纏った、鋭い目つきの男が巨漢の脇から現れた。
「……ッ!」
その男にバレルは、驚愕なまでに青褪めた顔で目を丸くした。
並び立つ二人も、そして駆け出した男も並外れた実力を持つ高レベルハンターだろう。だが、この出刃包丁のような大剣を携えた男は更に頭一つ抜きん出ている。
底の見えない威圧感が、まるで重圧となって身体を軋ませる。マナや魔力などと言ったものとはまた違う隔絶した未知の力を宿していると、自身の本能が警鐘を鳴らして訴えかけてきていた。
この男は危険だ。今すぐ撤退しろと、全細胞が悲鳴を上げているのが理解できる。
「いえ、自分で言うのも恥ずかしいですが、私たちのパーティーはそこそこ有名です。特にこの仮面は、いい意味でも悪い意味でも聞いたことはあるかと思います」
「確かに、その仮面は色んな意味で有名になりそうだな」
呆れた物言いで呟くと、黒衣の男はゆっくりとした足取りでバレルとカートンに近づく。
反射的に武器を構えるも、二人とも勝ちの目がないことは今まで培ってきた経験で理解できていた。
男の姿は未曽有の異形にしか映らない。計り知れない圧倒的なまでの存在感は、それだけで越えられない壁だと言うことを脳天に叩きこまれた気がしたのだ。
「くそがッ……ふざけてんじゃねぇぞ……この餓鬼がッ!」
戦力差は明らか。
だがここで獅子奮迅の動きをしなければ、バレルの矜持はズタボロだ。
少しでもいい、少しだけでも相手に痛手を負わせたい。
その気概と闘争心だけで、戦斧を大きく振りかぶって上段から男に向けて渾身の力で一気に叩き落した。
「――悪ぃな」
絶句だった。
全く後退せず、踏ん張るでもなく、当たり前のようにバレルの戦斧を、男は出刃包丁の大剣で受け止めている。事実としてバレルの手応えは不動の大木に激突したかと思えるほど重厚に、堅牢に感じ取れた。
「お前らのせいでルシアの機嫌が悪いんだ。大人しく、寝とけ」
そして一切の逡巡もなく、男は出刃包丁の柄頭に位置する部分をバレルの腹部に叩きつけたのだった。
***
「一護さん、私は別に機嫌悪くないですよ?」
「……悪い。そう思っただけだ。気にすんな」
一護は今しがた倒した盗賊団の頭領を一瞥し、その傍らに立つ男に視線を移す。
「お前らが話に聞く盗賊団で間違いねえよな。悪いが少し大人しくしててくれよ。無駄な戦闘はなるべく避けてえからな」
「ッ……」
男ことカートンは降伏の意を示すかのように武器を捨て、その場に膝を落とした。
「つうかルークの野郎、なに勝手に一人で突っ走ってんだよ」
「恐らく、あの遠目に見える
「
そこでふと、一護は他に異形の存在達がいることに気づく。
地底人、アンダーマンたちである。その中でも姫であるリューランが、一護の姿を捉えると自分たちが厄神と恐れる温泉ドラゴン以上の恐怖を感じ取り動揺を隠さなかった。
「りゅりゅー!」
リューランが同胞たちに向けて叫ぶと、一斉に逃げ出すように地底の穴の方角に向けて走り出した。
「……あいつらは、何だったんだ?」
「私に聞かれても分かりませんよ。一護さんを見て怖がったんじゃないですか?」
「そいつは酷くねえか」
ルシアの歯に衣着せぬ推測に、一護は少しショックを受けた。
そして、そこに懐かしい声が聞こえてくる。
「おーい、ルシア、アンセム!」
一護がそちらに振り向くと、懐かしい男がそこにいた。
「……クライ、か?」
同時に男ことクライも、一護の姿を確認すると瞠目した。
「あ、一護?」
こうしてお互い、長い年月を経て再会を果たしたのだった。
《3》
バレル盗賊団を無力化し、アンダーマンも地底に戻ったため、残す問題は僅かとなった。
リィズとルークが相対している謎の男。そして温泉ドラゴン。
凄まじい戦いを繰り広げるのをよそに、一護とクライはお互い感慨深い面持ちとなった。
久闊を叙する場面ではないが、それでも幾星霜の時を経た親友との再会は懐古の情を抑えずにはいられなかった。
「久しぶりだなクライ」
「うん、一護も変わらずで嬉しいよ」
二人とも握手を交わして、改めて一護はクライの全身を見る。
指、腕、耳。至る所にアクセサリーを付けている。お洒落ではなく恐らく宝具なのだろう。顔立ちも幼い頃の面影を残しており、頼りなさもあるが人を惹きつける謎の魅力がある。
「リィズとシトリーから話は聞いてるよ。凄いね、一人で【
「お前らこそ。全員高レベルハンターになって、クライは大手クランのリーダーなんだろ。俺なんかよりも凄ぇよ」
片や世界中を放浪していたレベル2のソロハンター。片や帝都でも有数のクランのリーダーを務めるレベル8のハンター。
例えるなら平民と公爵ほどの隔たりが存在するほどランクが違う。
「一度、帝都には帰ってるよね。エヴァに言伝を預けていたけど、もう伝わってるかな?」
「ああ。
「それは良かった。帰ったら是非とも歓迎パーティを開きたいね」
「はい。一護さんが揃ってこその『
「おうシトリー。無事に帝都に戻れてて良かったぜ」
クライの脇に立つシトリーが、朗らかな微笑みを浮かべていた。
何故か手に蛙を乗せているが、恐らく一緒にいた仲間なのだろう。同情ゆえ、追求はやめた。
「一護さん、お聞きになられていると思いますが、私の用意した住居は使ってくれましたか?」
「あー、いやまだだ。帝都に戻って直ぐにこっちに来たからな」
「では帝都に戻ったら私が案内します。きっと気に入ってくれると思いますよ」
「その時は私が隅々まで内見します。いいですねシト」
会話に割って入ったルシアが、注意を促すように忠告を入れた。
それに対して、シトリーが不満そうに頰を膨らます。
「どうしてルシアちゃんが、お母さんのような真似事をするんですか?」
「一護さんもですけど、何でそこでお母さんなんですか!?」
「私は幼い頃、誰よりも一護さんの家にお邪魔していました。つまり一護さんと一番接点があったので、好きな外観や間取り、全て把握しているつもりです。ルシアちゃんにどうこう言われる筋合いはありませんよ」
「何年前の話をしているんですか」
シトリーとルシアが口論を始めてしまった。
どこか平和的なやり取りをしているものの、今なお別方面では熾烈なバトルが継続している。
「……あれは、霊圧か。しかもあのなり、この前戦った
目を細めてリィズ達が戦う男を注視する。
白い衣服に刀、そして白い仮面の一部が付いていた。城の宝物殿で戦った『
「凄いよね。リィズとルーク二人を相手して、全く引けを取っていないんだから。一護の服装と少し似てるけど、知り合いだったりする?」
クライが一護の見据える先を見て、呑気な声音で確認した。
「いいや、俺も知らねえよ。けど、前に戦った連中にそっくりなんだよな」
一護は少し思案するように顎に手を宛がうと、数瞬の間をおいて斬月を手にした。
「リィズとルークには悪いが、俺も行くぜ。少しでも被害を抑えねえとな」
「うんうん、仲良く戦ってきてね」
一護は跳躍してリィズ達の元へ向かうと、クライが軽く手を振って送り出した。
とても楽天的である。
***
剣が火花を散らし、風を巻いた拳が走り抜ける戦場では、三者とも凶悪的な笑みを表に出して戦っていた。
第三者が見たら誰が敵で味方なのか、皆目見当もつかないだろう。ヴィランが三人いるようにしか映らない。それを裏付けるように、温泉ドラゴンはまず三人に巻き込まれるかたちで撃沈していた。
高速で戦うその渦中は、一切の油断が致命となる。
構えたルークが木刀を神速で抜き放ち、それをグリムジョーが片腕で容易に受け止めた。
「テメェ、何で木刀なんざ使ってんだ?」
「修行のために決まってんだろ!」
「酔狂な野郎だな」
両者が鬩ぎ合いをする中、横合いからリィズの蹴りがルークを巻き込む勢いで横薙ぎに振るわれる。
それを互いが弾き合うようにして後退し、重い風切り音の乗ったリィズの蹴りは空を切った。
「おいリィズ!
「邪魔してきたのはルークちゃんじゃん! せっかく骨のある相手とサシでやれてんのに、もう色々と台無し。てか、何でこの町にいるのよ?」
「お前らがこの町にいるって聞いたからに決まってんだろ。そしたら、こんな面白ぇ奴と戦ってんだもんな。少しは俺に譲れよ」
「ルークちゃんには譲ってあげる義理ないし。むしろ私の方に借りがあるんじゃない?」
そんな口喧嘩をしていると、眩い紅い閃光が迸った。
『
リィズはそれを直ぐに躱したのに対し、ルークは瞳を煌めかせた。
「これも斬るぜ!」
木刀を握る手に力を込め、破壊の閃光を前に正面から斬り込んだ。
剣戟が虚閃と激突し、文字通り膠着状態となる。筋肉が悲鳴を上げ、血が滲むほど歯を食いしばり、負けじと眼光は色を落とさない。
負けず嫌いを絵に描いたようなハンター、それが≪千剣≫のルークである。
「俺はぁあ……全て斬る!!」
そして振るわれた木刀が、破壊の閃光を逆に両断したのだった。
「うわぁ、ホントに木刀で斬っちゃったよ。それ業物か何かだったりしない?」
称賛するでもなく、冷めたような目でリィズが言葉を吐いた。
実際、ルークの恐ろしいところは剣など使わず戦の武器にならない木刀を使い続けているところにある。【
「やるじゃねえか。そういや、どっかの宝物殿で木刀を使う赤毛の男がいるっつう報告を貰ったが、テメェがそうか?」
グリムジョーが自身の虚閃を打ち破られたことに何の焦りも見せず、むしろ高く評価した。
そしてグリムジョーの問いにルークは首を傾げる。
「俺のこと知ってんのか? 俺はあんたとは初対面だぜ」
「質問を変える。テメェは『
「おう。それなら正解だ。
「そうか。テメェがシャウロンからの報告にあった『
ここに来た目的である『
「じゃあテメェもってことでいいよな?」
「当たり前じゃん」
リィズも同じパーティーのメンバーだと知り、なお戦意を高める。それは比例して霊圧も上がり、周囲一帯が軋むほどの圧力が襲い掛かった。
だがそんなもので臆することなどなく、ルークとリィズも心の底から戦いを楽しもうと果敢に構える。
その瞬間だった。
「――月牙天衝!」
別方面から膨大な霊圧を宿した斬撃が、グリムジョーに向けて放たれた。
咄嗟に刀をそちらに向けて一閃させると、斬撃は両断されて上空へと飛んでいった。
「……何者だ、テメェ?」
猛獣の如き双眸を鋭くさせ、睨みつけるように斬撃が飛んできた先を見据える。
そこには同じく
***
「おい一護! こいつは俺の対戦相手だ! 果たし合いてえなら次にしろ!」
「あ、一護ちゃんお久~。なになに、一護ちゃんも戦いたいの?」
ルークとリィズが一護に向けて言葉を投げかける。
「悪ぃな。俺もそいつに興味があってよ。少しだけ混ぜてくれ」
一護はグリムジョーに対峙するように立ち、斬月を構える。
同時に霊圧を跳ね上げ、それを受けたグリムジョーが驚愕の色を露にした。
「テメェ、そいつは霊圧か。何者だ?」
「俺も
「……そうか、テメェも報告に上がってたな。同じ霊圧を使う、漆黒の衣を身に纏ったオレンジ髪の男。俺が一番、やりたかった相手だ」
既にグリムジョーの目には一護しか映っていないのか、殺意をマシマシに向けて答える。
「ああ、俺は
「……まぁ俺が勝手に名乗ってるだけなんだけどな」
一護はばつの悪そうな顔で、小声で呟いた。
だが有名無実でないことは既に霊圧だけで理解したのか、グリムジョーは好戦的な瞳を向ける。今にも動き出しそうな殺気に、一護も油断を捨て構えを崩さない。
「あ、おい一護! 俺が先――」
「ルークちゃんは黙ってて。本当は私の獲物なんだからね」
リィズが斬りかかろうとするルークを、背後から口を塞いで拘束する。
「それに、せっかく一護ちゃんの戦いを間近で見れそうだし、ここは寛大な心で譲ってあげようよ」
本音を言えば自分が戦いたい。
だがそれよりも、一護の戦いを見ることの方が今は関心を向けている。実際、宝物殿で再会して拳を交えた時はその力の片鱗すら見せていなかったであろう。その後は直ぐに宝物殿を出て帝都に帰還したため、一護の戦いぶりをほとんど知らない。
それ故に、見てみたいという好奇心が勝ってしまう。
「悪ィな。直ぐに終わらせる」
一護は短く謝罪し、グリムジョーに向けて静かに言う。
「行くぜ」
「来やがれ……死神」
瞬間、戦いの火蓋は切って落とされた。
斬月と刀剣が激しく軋み、鍔迫り合いながら爆発じみた衝撃が舞い起こった。互いに全力での激突は、初撃で決まっていてもおかしくなかった。
共に熾烈を極めた剣戟を繰り広げながら、戦いの舞台は空へと変わっていく。その間も斬撃が乱舞の如く咲き乱れ、町の空を荒々しく飛び交う。
龍虎相搏つその戦いは、この一瞬だけでもリィズは感嘆の声を漏らした。
「流石一護ちゃん。空での戦闘も可能なんだ。どういう原理で飛んでんだろ」
「ああくそ、あそこまで行かれちゃ俺でもきちぃな」
悔しそうにルークが空を見上げて言う。
リィズが身に着けている『
「まぁいいじゃん。この戦い、なかなか見ものだよ」
胸が熱く昂揚としてくる戦いは、見ているだけでも満足してしまう。そこに混ざれる方が何倍も昂るが、今は我慢である。
リィズとルークはこの戦いに釘付けになっていた。
町の上空でぶつかり合い、刃と刃が弾き合う。
霊圧が身体と魂を圧し潰し合いながら、それでもなお天井知らずに猛攻の度合いが増していった。
「いい目だ。殺し合いは、こうじゃねえとな!」
「別に殺し合うつもりはねえよ。アンタらの目的が何なのかは知らねえが、俺たちの出す霊圧は無闇に流出させていいもんじゃねえんだ」
交差する力が、閃光のような斬撃を放ちながら鬩ぎ合う。
そして一護が危惧している霊圧は、自分でも理解しているが危険極まりない。端的な理由は、無差別に放出すればその圧力は周囲に圧し掛かり、高レベルハンターなら凌げるも、そうでなければその圧力だけで命の危険に瀕する。
だからこそ、霊圧の戦いは無辜の民がいるような場所で交えていいものではないのだ。
「随分と余裕じゃねえか。戦いの最中に、他に気を配ってたんじゃ楽しめねえだろうがよ」
「テメェと一緒にすんじゃねえよ!」
霊圧を上げ、そこから月牙天衝を放つ。
先とはレベルが段違いのそれに対し、グリムジョーも刀に霊圧を込めて正面から白刃により引き裂いた。
「ハハハハハッ!! いいじゃねえか! 言ってることは甘ェが、その力は俺を奮い立たせやがる!」
天を衝き破る哄笑と共に、歓喜に打ち震える。
報告通り、このパーティーのメンバーは自分を楽しませてくれる。止めどなく湧き起こる歓喜の念は、それに乗じて戦意を高めてくれる。
言葉を選ばずに言うならグリムジョーは今、この
「おらア! もっと全力で来い死神!」
爛々と輝いた瞳を向けながら、空を引き裂く虚閃を躊躇なく放つ。
しかし破壊の閃光を前に、一護もグリムジョーが先ほど行ったように霊圧を込めた斬月で引き裂いて見せた。
「いいぜ、もっとだ。もっと上げて来い! ハハハハハハ――ッ!」
その豪笑を掻き消すような、激烈極まる白刃の一閃。
「何が……」
一護はそれを全力で弾き返して、互いの仰け反り……
「そんなに楽しいんだよ」
上体をバネのように起こして、そのまま渾身の斬り込みを入れた。
「テメェこそ、戦いをもっと楽しめよ! さっきの二人は戦いを存分に楽しんでいたぜ!」
同じく一護の斬撃を弾き、再び両者が剣を交差させる。
そこには戦術など存在せず、ただ一振り一振りが全身全霊を叩き込むことの繰り返し。まるで児戯に等しい子供の殴り合い。無策の塊のような攻と攻の激突で、しかし同時に極限の攻め合い。
「そうか。確かにリィズやルークはそうだろうよ。けどな、俺にも事情があんだよ」
熱く戦うグリムジョーを前に、一護はどこか冷めたような言葉を吐いた。
それと同時だった。
夢中だからこそ、一護しか見ていなかったゆえに、グリムジョーの隙が生まれてしまった。
「――ッ!? 何だと!?」
グリムジョーの、その下半身が氷漬けになっていた。
地表から伸びた氷の腕が、問答無用にグリムジョーの動きを殺してしまったのだ。
その氷の根元には、ルシアがこちらを睥睨するかのようにして立っていた。
「ーー『卍解』」
瞬間、一護の霊圧が更なる次元へと昇華し、その姿が一変した。
漆黒の衣はコートのようになり、巨大な大剣は一振りの黒い刀へと姿を変えていた。
「何だ……その力は?」
一護のその姿に困惑を見せるグリムジョーだが、それに答える義理はない。
そしてこれから繰り出す技を前に、卑怯だ何だの言わせるつもりもまたない。
「悪いなグリムジョー。こっちは、いい加減に戦いを終わらしてえんだ」
漆黒の刀、天鎖斬月を天に向けると、そこから黒い霊圧が溢れ出した。
「月牙……天衝ッ!」
同時に黒い斬撃が放たれ、氷で拘束されているグリムジョーを容易に吞み込んでしまった。
その凄まじさは圧巻。斬撃が被弾すると同時に大爆発を起こし、衝撃波の嵐が舞い起こり、空一面が一瞬だけ赤黒く染まってしまった。
だが、その一撃を喰らって尚……グリムジョーは笑っていた。
「まだ切り札があったのか。まだまだ楽しめそうじゃねえか死神。これでようやく、殺し甲斐が出てくるってもんだぜ!」
しかし無傷ではない。
上半身に斜め一閃の袈裟懸けを喰らった切り傷ができている。相応のダメージは負っているのだろう、脂汗を滲ませていた。
だが戦意を喪失するどころか、一護の更なる力を前に再び闘志を膨らませている。
「しぶてぇな。なら、次はもっと本気で行くぜ」
「いいぜ。次はこっちの番だ。こっからが――」
そこで不意に、グリムジョーは町に近づいている複数の気配を感知する。
すると興が削がれたのか、眉間に皺を寄せて舌打ちをした。
「鬱陶しい連中だな。有象無象の兵士どもだろうが、今日はここまでにしといてやる」
「……成程な」
一護も視線を町の外に向けると、上空にいるから分かるが何やら国の兵士が隊列を成して行進していた。
黒の鎧で身を包み、馬に乗った一団には大きくたなびく旗があった。そこに書かれたのは、交わる三本の剣――グラディス伯爵の紋章である。
ここを統治するグラディス軍がようやく到着したのだろう。随分と遅い対応であると、一護は思った。
「一掃してやりてェが、テメェらに免じてここは退いてやる」
「何だよ、アンタなら気にせず攻めそうなもんだけどな。違ったか?」
「塵芥な雑魚が多けりゃ、それだけで白けちまう。それだけだ」
吐き捨てるように言い、グリムジョーは刀を鞘に納める。
「俺は帰るが、覚えていろ。――テメェら『
瞬間、グリムジョーの背後の空間が上下に割れ、そこから漆黒の闇が顔を覗かせている。
そこに歩みを向け、顔だけを振り向けて口角を釣り上げて言葉を投げかけた。
「それまで、もっと力を磨いていろ。俺が喰い殺すまでな」
そして割れた空間が閉じ、グリムジョーはそこで姿を消した。
「
静けさを取り戻した空で、一護は腹の底から呟いた。
「とりあえず……温泉に浸かって、ゆっくりしてぇな」