嘆きの亡霊は死神と共に   作:ディーン・グローリー

2 / 12
第2話【噂の死神】

《1》

 

 

 ――噂だけは聞いたことがあった。

 宝物殿をソロで、次々と踏破していく死神のようなハンターがいると言う話を。

 足跡に所属するティノ・ジェイドは、そんな噂を小耳に挟んだことがあった。

 何でも単身で高レベルな宝物殿を次々と攻略し、宝物殿で困っているハンターがいれば無償で助け、その強さは魔物や幻影(ファントム)どころか竜種も軽く退け、更にはハンターレベルに関心がないのか特に名声や報酬にもあまり興味を持っていない。

 そんな列挙すればキリがない冗談めいた話が、ここ帝都だけではなく他の諸外国でもトレジャーハンター間では噂話のように囁かれていた。ルークお兄さまが一度、真剣に探し出して見つけしだい斬ると言っていたが、結局は無駄足に終わっていたこともあった。

 目の前の男が噂の張本人なのかは定かではないが、そのようなことは些細なこと。

 今はお礼と、そして相手の身分を明らかにする必要がある。

 

「助けてくださり、ありがとうございます。私は足跡に所属するトレジャーハンターのティノ・ジェイドです」

 

「おう、俺はさっきも名乗った通り黒崎一護だ。悪いな、あんたの実力ならさっきのゴブリンも倒せただろうが、勝手に体が動いちまった」

 

「そうですか……」

 

「それにしても、さっきのはゴブリンでいいのか。オークみてぇな大きさだったよな……」

 

「はぁ……」

 

 クロサキイチゴ、黒崎一護?

 ティノは眉を顰め、その名前を反芻する。

 自分が神と讃えるますたぁから、そんな名前を聞いたことがあった気がする。いや、ますたぁだけではなく、嘆きの亡霊(ストレンジ・グリーフ)の皆さまから一度はその名を聞いたことがある。

 何でも皆さまの幼馴染の一人であり、幼少の頃に別れてしまったとか。そして将来はレジャーハンターになって再会して、一緒に最強の英雄を目指すとか何とか……。お酒の席なんかで聞いた覚えがある。

 だが実際は帝都で再会できず、特に足取りも不明なまま今に至るらしい。

 ティノの目の前にいる男が、その件の男なのか真偽を確かめる必要がある。

 

「えっと、確認なんですが黒崎さんはトレジャーハンターなんですよね?」

 

「ああ、トレジャーハンターで間違いねえよ。あと、一護で構わねえぜ。上の名前で呼ぶ奴はあんまりいねえからな」

 

「分かりました。では一護さん、つかぬことをお伺いするのですが、ハンターレベルは?」

 

「レベルか、確か2だったかな」

 

 レベル2!?

 平然と答えるそのレベルに、驚愕のあまり目を見開いた。

 ティノの役職は盗賊(シーフ)だ。索敵や罠の看破などが仕事の内に入るが、求められるスキルに相手の力量を見極めるというものもある。

 今までの培ってきた経験と、盗賊(シーフ)としての直感や嗅覚で見抜くなら……目の前の男は自分より格上だ。いや、自身の本能に従うのなら嘆きの亡霊(ストレンジ・グリーフ)の皆さまと同等以上の力を感じる。

 吸収しているマナ・マテリアルもそうだが、それだけではない。

 何か別の……根本から違う異質な力を感じ取れたのだ。

 そのような男がレベル2。

 少なく見積もっても6、もしくは7はないとおかしい。

 

「あんたのハンターレベルはいくつなんだ?」

 

「あ、はい。私はレベル4です」

 

「4か、すげぇな。多分だけど、俺より年下だよな。流石は帝都ってところか。トレジャーハンターの聖地ってだけあって、将来有望な若い奴らが多いんだろうな」

 

 一護が感心したように瞠目している。

 ここでティノの推測の一つが潰えた。

 トレジャーハンターにはペナルティというものが存在する。人道に反したことを行ったりすると、探索者協会から罰則を喰らい、レベルを下げられることがあるのだ。実際、嘆きの亡霊(ストレンジ・グリーフ)の一人がそれでレベルが下がり、尚且つ不名誉な二つ名が与えられた。

 一護もそれと同じでペナルティを与えられ、レベルが下がったハンターかと思ったが、様子を見るに違うようだ。

 

「なぁ、少し悪いんだけど。時間は今大丈夫か?」

 

「大丈夫です。別に急いでいませんので」

 

「そうか、なら良かった。この帝都近辺に来たのも最近で、少し帝都のトレジャーハンター事情を知りたくてな。ちょっとだけその辺のことを聞かせてくれねえか?」

 

「はい、分かりました」

 

 宝物殿で何を悠長なことをと思われそうだが、この宝物殿なら別段危険はないだろうと踏む。

 レベル3なら確かに命の危険性が皆無ではないものの、一護の実力を鑑みるなら何が起きても迅速に対処できるだろう。

 ちなみティノがなぜここまで慇懃な態度なのかと言うなら、もし、万が一、一護という男がますたぁ達の幼馴染だった場合、恭しい態度をとって正解だったということになる。そうしないとお姉さまからお説教を受けるから。

 それにますたぁ達の幼馴染と言うことは、必ず秀でており、実際に一護と名乗る男は自分より圧倒的な格上。尊敬に値するレベルである。

 故に、ここで一護の質疑応答に丁寧な形で対応することにした。

 

 まず聞かれたのは帝都で有名なパーティやクランについて。

 帝都で有名どころと言えば、真っ先に答えるのは【始まりの足跡(ファースト・ステップ)】、そして『嘆きの亡霊(ストレンジ・グリーフ)』である。他にも【魔杖(ヒドゥン・カース)】といった名門なクランもあるが、ティノからすれば興味も関心もない。答えるのは自分のクラン一択である。

 次の質問は自分と同い年くらいのパーティがあるのかについて。

 これはどう答えたものかと思案した。実際に複数どころか結構ある。【始まりの足跡(ファースト・ステップ)】に所属するパーティにも一護と同い年くらいのパーティはいくつかある。例えば『聖霊の御子(アーク・ブレイブ)』もそうだし、もちろん『嘆きの亡霊(ストレンジ・グリーフ)』も該当する。

 だが、ここでそのパーティのことを答えるわけにはいかない。

 理由は単純。

 一護が本当に嘆きの亡霊(ストレンジ・グリーフ)の皆さまの幼馴染なのか、その確証を得ていないから。

 嘆きの亡霊(ストレンジ・グリーフ)はトレジャーハンターとしての功績も大きいが、そのぶん敵も多い。もし、目の前の男が嘆きの亡霊(ストレンジ・グリーフ)を憎んでいる敵組織の人間だった場合、ここでそれを教えるといった過誤を犯すわけにはいかない。

 ゆえに簡明に答えるだけで終わらせた。

 そして最後に聞かれたのは、ティノのお勧めするクランである。

 そんなもの【始まりの足跡(ファースト・ステップ)】以外の選択肢など存在しないティノは、胸を張って答えた。同時に少しだけ【始まりの足跡(ファースト・ステップ)】について、と言うより嘆きの亡霊(ストレンジ・グリーフ)の事を話しても良い範囲で意気揚々と熱く饒舌に語ってしまった。

 一護の表情は少し引いていたが、それは仕方ないと線引きをする。

 

「そうか、ティノの所属する、その【始まりの足跡(ファースト・ステップ)】ってところがいいのか。すげぇ伝わったよ」

 

「はい勿論です! そこ意外に考えられません! まだまだ語り足りないくらいです」

 

「お、おう、そうか」

 

「はい、しかし抑えます。……逆に聞きますが、今の問答で少し分かりました。一護さんは、こことは別の国からやって来たんですよね?」

 

「ああ、俺はここよりも東の方の国にいたんだ。けど、色々と事情があってな。それを果たすために、この帝都まで来たんだよ」

 

「事情、ですか。それはやっぱりトレジャーハンター関係で、ですか?」

 

「そうだな。まぁそれに関しちゃ、込み入った話になるから、また縁があれば話してやるよ」

 

 一護はゆっくり伸びをし、一呼吸置くとティノの目を見据えて言った。

 

「ありがとな。色々と聞けて助かったぜ。何かお礼をしたいけど、待ち合わせがな……」

 

「いえ、それは構いません。助けてもらいましたし」

 

「悪いな。それじゃあ、俺はそろそろ行くとするぜ」

 

「え、あ、はい。あ、最後に一つだけいいですか?」

 

「ん、何だ?」

 

「その、最初に言っていた《死神代行》というのは、二つ名ですか?」

 

 トレジャーハンターにはハンターレベルの高さに応じて、その実績や貢献により探索者協会から二つ名を与えらえることがある。しかし、それは高レベルハンターにほぼ限られる。だから中には自称で二つ名を語るものもいる。一護の場合、後者の可能性が高いが。

 

「ああ、みんなからそんな風に呼ばれてたからな。つまり自称だ。あんまり気にしなくていいぜ。俺が気に入って使ってるだけだ」

 

 一護は少し面映ゆそうに答えてくれた。

 例の噂話では、死神のようなハンターとあるが、まさか本当にこの人がそうなのか……ティノはその答えを出せずにいた。

 

「じゃあ、またなティノ。帝都で会ったら、よろしく頼む」

 

 まだ聞きたいことは沢山あったが、ティノはここで一護と別れた。

 とりあえずクランに戻ったら、一度ますたぁに報告しようと心に決める。

 ティノは深呼吸をし、再度この宝物殿の攻略に勤しむことにしたのだった。

 

 

   ***

 

 

 黒崎一護はティノと別れて、宝物殿を後にしていた。

 この国は領地が無駄に広いうえ、宝物殿もそれに見合った域で点在している。

 大きな出刃包丁のような大剣を背負いながら、のんびりとした足取りで森の中を歩いてた。

 目的地は帝都。

 向かう理由は、幼少の頃の約束を果たすため。

 幼馴染と一緒にトレジャーハンターとなり、富と名声を手に入れる。そんな子供じみた約束を、律儀に守るため帝都へ向かっているのだ。

 

「…………」

 

 一護は思い耽る。

 当初は父親の仕事で帝都ゼブルディアに居住を固める予定だったが、そうはいかなかった。

 仕事を点々とし、遂には国外に出ることになってしまった。約束を守れないと危機を感じ、みんなに手紙を出して現状を伝えるも、それも長くは続かない。

 幼馴染たちは夢を叶えるため、そして約束を果たすために故郷の村を出たからだ。

 当然、手紙による交流も絶たれたが、最後の手紙にはこうあった。

 

 ――トレジャーハンターになって、帝都ゼブルディアで会おう。

 

 その手紙を見た一護は、年月を重ねるとトレジャーハンターとなり自立した。

 数々の宝物殿をソロで攻略し、研鑽を積み重ねながら帝都へと向かったのだ。

 

「まずは、帝都に行かねえとな」

 

 一人呟きながら、目的地を目指して歩みを進める。

 本来なら既に到着してもいい日数は経過しているのだが、やはりトレジャーハンターとしての性なのか宝物殿を見つけたら自然とそちらに足が向いてしまう。職業病である。

 馬車も使わず、修行と言う名目で自分の足でここまで来たが、一護は少し後悔している。

 こんなに時間がかかるくらいなら、馬車に揺られながら惰眠を貪っていた方が到着は圧倒的に早かった。

 しかし後悔先に立たず。ここはポジティブに考えて、帝都に向かうに限る。

 色んな宝物殿を攻略したおかげでマナ・マテリアルを多く吸収できた。それに面白い宝具も入手できた。自分の足だけで来たおかげで足腰も鍛えられた。

 そのように楽観的に物事を考えて進むこと数時間、一護は再び宝物殿の気配を感じ取ったのだった。

 

 

 

《2》

 

 真っすぐ帝都に向かえばいいものを、なぜか足が勝手に宝物殿へと足先を変えていた。

 全く困ったものだと、一護は頭を抱えたが気になるものは仕方ない。

 その宝物殿は、巨大な顔の石像だった。獣を模した顔が大きな口を開いており、さながら獲物を喰らう瞬間を切り取ったように感じる。

 その口の中が入り口になっているのか、入ろうとするだけで圧迫感に圧し潰されそうになる。

 明らかに先の宝物殿より2ランク上だと、一護は闇が広がる口の中へ入りつつ感じ取った。

 

「何してんだろうな俺……。宝物殿を見ると、ついつい入りたくなる」

 

 トレジャーハンターだから、当たり前と言えば当たり前だが。

 溜息を尽きつつ、特に緊張感のない足取りで中へと入っていった。

 

 中は入れば入るほど、広がる暗い闇。

 トレジャーハンターは基本的に暗闇に慣れているため夜目が効くものの、やはり暗いよりは明るい方がいい。

 一護は周囲を警戒しつつ、奥へ奥へと入っていく。作りは洞窟に近く、土と石だけ。高レベルになればなるほど、城型などと言った特徴めいた作りになっていると一護は個人的に思っているが、この宝物殿は低レベルな宝物殿とさほど変わったところがない。

 あくまで一護の勝手な考察なため、信憑性は低いと感じている。

 こういった高レベルな宝物殿もあるのだろうと、一護が思った矢先だった。

 正面から鉱石のような物が集まり、人型を形成している魔物が現れた。

 

「……ゴーレムか」

 

 一護はこちらに向かって近づいてくる、光輝を放つ妙にお高そうなゴーレムを見て戦闘態勢に入った。

 恐らく通常の岩石型のゴーレムより硬度が高く、下手な魔法は弾く、といったところだろう。この程度なら、斬月を抜くまでもない。

 拳を固めながら、接近してくるゴーレムに地面を蹴って肉薄する。

 ゴーレムは敵の急接近に対応するため、拳を振るってくるも一足遅かった。

 一護が突き放った拳が、鉱石で作られたゴーレムを軽く貫いたのだ。

 

「硬ぇな。けど、壊せねえレベルじゃねえか」

 

 言うや否や貫いた一護の拳を中心に罅が入っていき、次の瞬間には瓦解していくようにゴーレムが崩れ散った。

 

「……まだ、奥に複数いるな。とっとと進んで、攻略しちまうか」

 

 一護は一気に駆けだすと、颶風の勢いで魔物や幻影(ファントム)を文字通り蹴散らしていった。

 

 ――奥へ進んで数分。

 マナ・マテリアルの濃度が奥へ奥へと進むごとに濃くなっていく。それに伴い魔物や幻影(ファントム)が強化されていっているが、さしたる脅威にはならない。

 宝具もいくつか見つけたが、荷物になるので無視する。

 そして恐らく、この宝物殿のボスがいるところまでやって来た。

 

 広まった空間に、全身鎧で身を包んだ全長5メートルはありそうな、巨大な騎士。甲冑の隙間から禍々しい炎が揺らめき、手に持った巨大な剣からは総身を粟立てるほどの畏怖を感じる。

 この宝物殿のボスで間違いないが、既に先客がいた。

 全員が全身を黒鉄製の鎧で身を固めている。数は6人のパーティだ。

 剣と盾を駆使して前衛を駆ける剣士(ソードマン)が二人、魔法を操る魔導師(マギ)が二人に治癒術師(ライター)が一人。そして一番目に付くのが、弓矢で幻影(ファントム)を翻弄している射手(アーチャー)だ。

 トレジャーハンターで射手(アーチャー)とは珍しいなと思う反面、彼の巧みな動きに発射される矢の威力は、どこか羨望を感じずにはいられない。

 このパーティのリーダーは多分、あの射手(アーチャー)の男で間違いないだろう。

 一護は先を越されたことに何の遺憾も示さず、戦いを見守る。

 パーティのみんなが一護の気配に気づいたが、今は目の前のボスである幻影(ファントム)に集中していた。

 リーダーであろう射手(アーチャー)が弓を射る度に、砲弾を発射したかのような太い風切り音が轟いている。同時に矢が被弾すると重低音と衝撃が走るあたり、凄まじい威力を宿しているのだろう。

 このパーティはトレジャーハンターで言うところの、宝物殿の探査よりも、魔物の討伐に特化したメンバーなのだろうと一護は思う。

 この分だと、直ぐにでも決着はつくなと一護が思った瞬間だった。

 

 巨大な騎士の幻影(ファントム)の胸元に、ぽっかりと虚空のような穴が空いたのだ。

 

 まさに大地を揺るがす咆哮だった。

 胸に穴の空いた幻影(ファントム)は、耳をつんざく雄叫びを上げたかと思うと、顔のあたりに白い仮面のようなものが形成し始めていた。

 変わったのは見た目だけではなく、その力も甚大となっている。

 横溢したマナ・マテリアル、そしてそれだけではない常識外の力が幻影(ファントム)から流出している。これをマナ・マテリアルで構成された幻影(ファントム)、と言うだけでは測れない未曽有の威圧感があった。

 戦闘を繰り広げていたパーティがそれに剣呑し動揺するも、直ぐさま射手(アーチャー)が大声で叱咤する。

 

「お前ら! 心を乱すんじゃねえ! 相手は幻影(ファントム)だ、何をしてきてもおかしくねえ。だが相手は一人だ。俺たちは六人にいる。お互いをカバーし合えば倒せねえ幻影(ファントム)じゃねえ。いつも通りの連携で決めるぞ! 気合入れろお前らァア!」

 

 矜持が、燃える魂が武者震いのように湧き上がる。

 射手(アーチャー)の意気軒昂な激励が効いたのか、動揺などなかったかのように再びパーティの動きが機敏になる。

 一護は幻影(ファントム)の急激な変化に動こうと思ったが、これなら自分の出る幕はないだろうと判断する。

 確かに先の幻影(ファントム)の状態から格段に強化されているものの、あの射手(アーチャー)がいるのなら勝てないレベルではない。

 しかしそれは、前例のない事態においては油断でしかなかった。

 巨大な騎士の幻影(ファントム)は後方から魔法を放ってくる女性に身体を向けると、その後の動きは迅速かつ的確だった。

 二人の剣士(ソードマン)の脇をすり抜け、大振りの剣を烈火の勢いで振り下ろしたのだ。

 

「ッ!?」

 

 巨体に見合わぬ俊敏な動きに、パーティのみんなが、そして標的になった女性が声にならない悲鳴を上げた。

 振り下ろされる大剣、しかし一護の動きはそれよりも速かった。

 背負っていた斬月を手に、騎士からの唐竹割りを斬月で防いだ。

 軋むような金属音を上げ、火花が飛び散るもそれも一瞬。

 一護が力を込めて斬月を振り払うと、巨大な騎士は力負けしたかのように後退する。

 

「あ、あんたは……?」

 

「悪ぃが手を貸すぜ。見ているだけっていうのも、やっぱり慣れねえからよ」

 

 女性の魔導師(マギ)の問いに、一護は幻影(ファントム)を睨むように見据えながら答えた。

 あの捷い身のこなしは、下手に視線を外すと痛い目を見る。前衛の剣士(ソードマン)二人も高レベルハンターで間違いないだろうが、その二人を突破する動きは十分危険である。

 看過できない状況のため、一護も前線に立った。

 

「助かる! あんた名は?」

 

「黒崎一護。ソロでハンターをやってる」

 

「俺はスヴェン・アンガー。この『黒金十字』のリーダーだ。少しの間だが、共同戦線と行こうぜ!」

 

 射手(アーチャー)の男性が、幻影(ファントム)に意識を向けつつ一護に協力を仰いだ。

 一護は頷きつつ、スヴェンと名乗った男と連携を試みる。

 こうなれば決着は直ぐにつく。

 スヴェンが矢を弾雨の如く放ち、収斂された肉体を持つ剣士(ソードマン)が動きを抑制し、後方の魔導士(マギ)が奔流のように攻撃魔法を放つ。

 迸るような、さながら瀑布の勢いで繰り広げる『黒金十字』のパーティによる怒涛の攻撃は圧巻の一言に尽きた。このままでも勝てると思うが、先の油断があるゆえ一護も全力で跳ぶ。

 狙いは幻影(ファントム)の顔面部分に現れた仮面。

 そこに出刃包丁のような大剣である斬月を、仮面を割るように突き刺した。

 

「決めるぜ……月牙天衝ッ!」

 

 そして斬月から溢れ出た力の激流が斬撃となり、幻影(ファントム)を一刀両断したのだった。

 

 

   *

 

 

「いやぁ、あんたやるな。惚れ惚れするような一撃だったぜ」

 

 一護の技により幻影(ファントム)は消滅。

 一区切りついたところで、スヴェンは仲間の安否を確認したあと、一護に近づいて頭を下げた。

 

「仲間を助けてくれたこと感謝する。俺の油断が招いちまった。あんたがいなけりゃ、マリエッタがどうなってたか分からねえ」

 

「頭を上げてくれよ。えっと、スヴェンさんだったか。あんたらが無事で良かった。俺も早く加勢してりゃ、こんな危険な目に合うこともなかっただろうし。俺の落ち度だ。糾弾されても文句は言えねえよ」

 

「随分と優しいなあんた。人間ができてるってやつか。いやホント、感謝するぜ」

 

 スヴェンが頭を上げると、そこで先ほど一護が助けた女性が近づいてきた。

 

「さっきはありがとう、あなたのおかげで助かったわ。私もまだまだ未熟ね。それを思い知らされる結果になったわ。あ、私は魔導士(マギ)のマリエッタ。よろしく」

 

「黒崎一護だ、よろしくな」

 

 差し出してきたマリエッタの手に、一護も応えて握手を交わした。

 

「……それにしても変わった武器ね。それって剣型の宝具……には見えないわね」

 

「ああ、これは宝具じゃねえよ。生まれつき待たされていた大剣、としか説明できねえな。ま、伝家の宝刀ってやつだ」

 

 一護の武器である斬月。

 大きな大剣であり、見た目が出刃包丁のため目立つ。今まで何度か聞かれたことがあるが、その度にはぐらかしていた。

 

「それにしても、あの幻影(ファントム)は何だったんだ。急に胸元に穴が空いて、変な仮面まで浮かんできてよ。あんな現象、今まで見たことなかったぜ」

 

「それは俺もだ」

 

 スヴェンの言う通りである。

 幻影(ファントム)は確かに奇々怪界なところが数多にあるものの、あんな不気味な変化は一護自身も初めてである。

 

「とりあえず探協には報告を入れておくか」

 

 スヴェンはそう呟くと、改めて一護に向き直った。

 

「さて、あんたには是非とも一杯奢りたい。俺たちは今から帝都に帰還するが、一緒にどうだ?」

 

「お言葉に甘えてえが、俺はもう少し宝物殿を巡ってから帝都に行く予定だ」

 

「そうか。あんた帝都のトレジャーハンターじゃねえだろ。あんたみたいな男がいりゃ、知らないわけないからな。良かったら、また会って話したい。もし帝都にくるなら、是非とも【始まりの足跡(ファースト・ステップ)】っつうクランに寄ってくれ。その時に奢らせてもらう」

 

「【始まりの足跡(ファースト・ステップ)】……。ああ、ならその言葉には甘えさせてもらうぜ」

 

 確かティノという女の子も【始まりの足跡(ファースト・ステップ)】に所属していた。

 あの時に聞いたティノの言葉通り、かなり大きいクランと見る一護。

 

「気に入ったぜ。うちのマスターにも見習ってもらいたいもんだ。それで、あんた……って言い続けるのは失礼だな。一護はどこの宝物殿に行きたいか目星はついてるのか?」

 

「いや、特には。この辺の地理はほとんど知らねえからな。もし良かったら、高難易度な宝物殿を教えてくれねえか?」

 

「おいまさか、一人で挑む気か?」

 

「ああ、当たり前だろ」

 

「ストグリみたいな事を言うな。分かった教えてやるよ。最近のトレンドなら、やっぱレベル7認定の〔白亜の花園(プリズム・ガーデン)〕だな。最近誕生した宝物殿で、俺たち自身色々とトラウマな場所だ。ゼブルディア近辺で一番高いのはレベル8の〔万魔の城(ナイト・パレス)〕になるか」

 

「そうか……。なら、その二つに行ってから帝都に行くか。スヴェンさん、悪いが場所を教えてくれねえか?」

 

「いや、それは構わねえけどよ。言った通り、レベル7と8だぞ。教えといて何だが、ソロで挑むような宝物殿じゃねえよ」

 

「構わねえ。危ねえと思ったら引き返す。適当な宝物殿を転々と回るより、有意義だしな」

 

「……しょうがねえ、教えてやるよ。ヘンリク、ちょっと地図を持ってきてくれ」

 

 苦言を呈したが、スヴェンは諦めたように頭を掻いて嘆息する。

 そして仲間の一人が地図を取り出し、スヴェンが目印をつけると、それを一護に渡した。

 

「その二箇所がそうだ。ここから近いのが〔白亜の花園(プリズム・ガーデン)〕。遠い方が〔万魔の城(ナイト・パレス)〕になる。俺たちの恩人だから、一応言っとくけどよ。遠くからでも、見て危険だと察知したら行かねえことを推奨するぜ」

 

「ああ、ありがとな。地図、助かるぜ。帝都に行ったら、是非とも立ち寄らせてもらう」

 

「ああ、待ってるからな」

 

 一護は地図を懐に入れると、踵を返してその場を後にした。

 目指すはまず〔白亜の花園(プリズム・ガーデン)〕である。

 

 

   *

 

 

 一護が〔白亜の花園(プリズム・ガーデン)〕を目指す中、一護の幼馴染たちのいるーー嘆きの亡霊(ストレンジ・グリーフ)は、何の因果か〔万魔の城(ナイト・パレス)〕に向かっていた。

 帝都屈指のベテラン若手のパーティである嘆きの亡霊(ストレンジ・グリーフ)。一人一人が二つ名持ちの高レベルハンターであり、各々が得意分野を極めた猛者である。

 そして同時に、そのメンバーは一護の幼馴染たちで構成されていた。

 彼ら彼女らは実力が伯仲しており、今や一護では足元にも及ばない知名度とハンターレベルを持っていたのだ。

 

 そんな幼馴染たちは嘆きの亡霊(ストレンジ・グリーフ)専用の馬車を使い、険しい山道を走っている。しかし馬車は何の苦もなく、足場の悪い場所でも悠々と蹄の跡を作って駆けていた。

 御者をしているのはシトリー・スマート。慣れた手つきで、馬車を引いていた。

 そして馬車があるにも関わらず、外を走る影が二つあった。

 

「もう退屈ー、この山道も飽きた。ねぇシト、後どれくらいで着くのー?」

 

 馬車と並走して走るシトリーの姉であるリィズ・スマートが倦むように声をかけた。

 

「多分、あと2日くらいかな。お姉ちゃん、この山脈は強力な魔物も出るからあんまり油断しないで……って、言うだけで無駄だよね。まぁ、お姉ちゃんが敵わない魔物なんて、残念だけどここにはいないだろうし」

 

「2日か、ならあと1日で行ってみせる! 全速力でいけば可能なはずだ! いや、絶対に可能だ! むしろ半日で行ってみせる!」

 

 シトリーの嘆息な言葉に矢継ぎ早に続けた、同じくリィズと走る男ことルーク・サイコルが高らかに口角を上げて言った。

 ルークは腰に剣ではなく、なぜか木刀を差しており、いつでも抜けるよう片手を柄部分に充てている。行住坐臥の精神で、というより常在戦場の心構えでいる証左である。強力な魔物、ぜひ来てくれ斬らせてくれと思っていた。

 

「またルークさんは変なことを……。それもこれも、全部リーダーがここにいないせいです! 全く、ほとんど仕事もしてないくせに」

 

 馬車の中にいるルシア・ロジェが溜め息混じりに言葉を吐いた。

 現在、馬車を走らせているのはガレスト山脈。魔物が跳梁跋扈し、ハンターですら忌避する山を、嘆きの亡霊(ストレンジ・グリーフ)の面々は何の緊張感もなく、ピクニックをするかのような気楽さでいた。

 それは嘆きの亡霊(ストレンジ・グリーフ)がそれに伴った実力を各々が持っているのもあるが、一番の要因は別にある。

 そもそもだが、魔物がこちらに近づいてきていないのだ。

 その理由は単純。

 馬車を先導するように走るは、4メートル以上はあろうかと言う全身に甲冑を着込んだアンセム・スマートがいるからである。

 圧倒的なフィジカルが道を切り拓き、巨体に見合わないフットワークの軽さもある。彼が走れば地面が揺れ土埃が舞い上がる。

 荘厳な彼が近くにいるだけで、大抵の魔物は近寄ってこないどころか、たまにあの幻影(ファントム)すら逃げ出すこともある。

 

 今ここに、一護の幼馴染だったクライ除くメンバーが揃っていた。

 

「ねぇねぇルークちゃん、そう言えば聞いた? 前に噂してた、例の謎の死神ハンターだっけ? あれが帝都周辺でも度々目撃されるようになったらしいよ」

 

「何っ!? それはホントかリィズ! こうしちゃいられねえな、早く探して正々堂々と斬り合わねえとな。けど〔万魔の城(ナイト・パレス)〕も強い騎士がいるだろうし、くそっどっちを優先すりゃいいんだ!」

 

「ルークさん、今は〔万魔の城(ナイト・パレス)〕優先でお願いしますね。それに城型の宝物殿は騎士の幻影(ファントム)がたくさん出るって話だから、うんとたくさん斬れますよ」

 

「お、なら百人斬りができんのか! いや千人斬りも夢じゃねえな!」

 

 リィズが例の噂の死神の話を切り出すと、ルークは直ぐに反応するもシトリーが諌める役回りとなる。年上揃いの中で、まともなのは現状アンセムくらいだらう。

 

「……思い出しました、そんな噂話がありましたね。根も葉もない、とは言い切りませんが本当にいるのでしょうか?」

 

「無償で困っているハンターを助け、魔物や幻影(ファントム)に襲われている人を見たら迅速に助ける……。実際に守られた、助けられたと言うハンターが各国にいるのも事実……。そしてその話が着実に帝都にも流布している。もしかして、何ですけど……」

 

 シトリーが噂話の証言を羅列させながら、懐かしい名を口にした。

 

「もしかして、一護さんが帝都に来ているのではないでしょうか?」

 

 その名を聞き、一同全員が目を見開いた。

 懐かしい名を、そして今みんなが再会したいと思う男の名。

 駆ける足を止めずに、リィズが笑みを浮かべながら喜びの声を上げた。

 

「確かにそうね。一護ちゃんって誰かを守るの得意だし、それに無償ってのも一護ちゃんらしいしね。うわっ、それが本当なら凄くない!?」

 

「はい、一護さんなら私も納得です。むしろ一護さんしか考えられません」

 

「お別れしてからもう10年以上経ってるよね! つまり、あの頃から一護ちゃんは性格とか変わってないんだ」

 

「まぁ、その噂の死神ハンターが一護さんだったらという仮定の話ですが。けど、私はそうだと思います」

 

 シトリーも自身の推理が腑に落ちたのか、在りし日を思い出すようにノスタルジーに駆られた。

 

「それに一護なら魔物や幻影(ファントム)くらいに後れを取ることなんてねえだろうしな。おいおいマジか、ようやく会えるのか! 絶対にアイツ強くなってるぜ! 滾るじゃねえか、会うのが俄然楽しみだな!」

 

「現在の一護さんが、どう成長したのか根拠なんてありませんが。はい、確かに一護さんなら立派なハンターになっているでしょうね」

 

「うむ」

 

 ルークとルシア、アンセムも欣喜雀躍で懐旧の情を抱いた。

 十年前に別れてから会っていない幼馴染の親友に、それぞれ想い馳せる。

 

「一護さん、今の私を見たら何と言うんでしょう……。立派な錬金術師(アルケミスト)になったねって、褒めてくれるでしょうか。ええ、早く会いたいです」

 

「早く一護ちゃんと会って色々とお話ししたいなー。私にも弟子がいるんだって自慢したい! あ、もしそれが本当ならクライちゃんにも知らせてあげないと。絶対に喜ぶよ!」

 

「勝負してえ! 一護なら絶対に剣士(ソードマン)だよな。何かでっかい剣持ってたもんな。うぉおお、一緒に剣の道を極めて果し合いしてぇぞ!」

 

「一護さんなら、リーダーの根性を叩き直してくれるはず。それにリーダーのせいで色々な魔法を覚えたんです。少しは見てもらって、驚いてもらわないと努力した甲斐がありません」

 

「……うむ」

 

 近い将来、会えるかもしれない幼馴染を想起しながら、レベル8の宝物殿である〔万魔の城(ナイト・パレス)〕に向かうのだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。