嘆きの亡霊は死神と共に   作:ディーン・グローリー

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第3話【白亜の花園】

《1》

 

 

 帝都ゼブルディアにある【始まりの足跡(ファースト・ステップ)】。

 その一等地に建てられた巨大な白いクランハウス。

 高さも法のギリギリを狙っており、まさに帝都にこのクラン有りと堂々と誇るように建っていた。

 そして大きさに比例するように、このクランには数多のハンターが所属している。

 ハンターレベルの平均も高く、レベル3で中堅と呼ばれる世界でこのクランではレベル5が中堅にあたる出鱈目ぶりを見せている。

 つまりハンターの中でも精鋭が揃っているのが、この【始まりの足跡(ファースト・ステップ)】が壮大なクランであることを示していた。

 そしてこの巨大なクランハウスの最上階に、ここのトップであるクランマスター室がある。

始まりの足跡(ファースト・ステップ)】のクランマスターであり、『嘆きの亡霊(ストレンジ・グリーフ)』のリーダーでもあるクライ・アンドリヒ。

 レベル8のトレジャーハンターであり≪千変万化≫の二つ名を有する、やる気ゼロ、身体力は一般人以下の男がそこにいたのだった。

 

 

   ***

 

 

「……ふむふむ、最近は何事もなく平和で何よりだ」

 

 机で新聞を読むクライは、飄然とした調子で呟くと新聞を閉じる。

 そして傍に置いていた宝具を磨きながら、鼻歌まじりに今日は何をしようかと思案した。

 

 ーー今日は新規オープンしたお店のチョコレートパフェでも食べたいが、大人しく宝具のメンテナンスをしよう。

 

嘆きの亡霊(ストレンジ・グリーフ)』のみんなは意気揚々と〔万魔の城(ナイト・パレス)〕の攻略に向かったし、アークのいる『聖霊の御子(アーク・ブレイブ)』は〔白亜の花園(プリズム・ガーデン)〕を攻略中。

 スヴェン達も宝物殿に行ってるらしいし、ティノもソロで同じく宝物殿へ行っている。日数的にティノあたりはそろそろ帰って来るだろう。

 つまり今は現在進行形で、一人を満喫している最中だ。

 こういう時は大手を振るって甘味処巡りをしたいが、宝具の転換する人面(リバース・フェイス)をリィズに壊されて、護衛なしで外に出ることが基本的に出来なくなってしまった。

 よって、誰かしら帰ってくるまではクランハウスで悠々自適に過ごしていた。僕は外も好きだが、家の中も同じくらい大好きだ。

 今日は宝具を磨いた後、一旦惰眠でも貪ろうと思案した時だった。

 クランマスター室の扉がノックされると、エヴァが入室してきた。

 

「失礼します。クライさん、今お時間よろしいですか?」

 

 この【始まりの足跡(ファースト・ステップ)】の副クランマスターであるエヴァ・レンフィードだ。

 このクランの実務をほぼ全てこなしてくれている。おかげで僕は特に仕事をせずに、このクランを回せている。彼女にマスターをやってもらいたいものだ。

 お時間はよろしくないが、まぁたまにはエヴァの話を聞いておこう。面倒ごとだったら宝物殿から帰ってきた後のアークに全てを託そう(鬼である)。

 

「うん、構わないよ。今なら少しだけ時間を取れるから」

 

「ありがとうございます」

 

 まぁ実際、暇な時間しかないのが本音だが、ここは少し濁しておく。

 それに僕には宝具を磨いて綺麗にする、とても大切な業務があるから半分は本当だ。

 

「機密事項なんですが、探協からクライさんに言伝を預かっています」

 

「機密事項?」

 

 それって、聞いたら嫌でも僕自身が巻き込まれる案件じゃないだろうな。急激に億劫な気分になったぞ。

 聞きたくないが、エヴァは淡々と僕の心境を無視して言葉を紡いだ。

 

「まだ未確認の情報ではあるのですが、各国で魔獣及び幻影(ファントム)に異常な形態変化の報告がハンターから度々上がっているそうです」

 

「形態変化? 何それ、姿が変わるってこと?」

 

「はい。どうやら身体のどこかに穴が空き、顔の部分を覆うように白い仮面のようなものが浮き出てくるそうです」

 

「へぇ、確かにそれは異常だね。仮面を付けている幻影(ファントム)はいくらでもいるけど、浮き出てくるってのは初耳だね。それに穴が空くってのも。僕も色んな魔獣や幻影(ファントム)を見て来たけど、そんなのはいなかった、と思う」

 

「やはりそうですか。クライさんも初耳なんですね。この情報なんですが、ハンター達が言うには姿が変わる以上に、その個体が並外れて強化されているようなんです。何より不思議なのは、マナ・マテリアルに依存しない未知の圧力が周囲に圧しかかるそうなんです。現在究明中のようですが」

 

 何その情報。

 そんな話を聞いたら、ただでさえ宝物殿に行きたくないのに、もっと足が遠のく。元々お願いされても行かないけどね。

 けど魔獣もとなると話は別だ。もう帝都の外にすら出たくなくなる。

 早く聞けて僥倖と捉えておこう。

 

「もしこの情報の信憑性が上がり明確化及び、遭遇率が飛躍的に上がると、探索者協会は各宝物殿の認定レベルを最低でも1~2は上げるようです」

 

「え、そんなに?」

 

 荒唐無稽な話だ。

 エヴァからの報告でなければ与太話だと一笑に付しているところだが、どうやら冗談ではないらしい。

 これはうちのルークやリィズが聞いたら喜びそうな話だ。きっと率先して今まで以上に宝物殿に挑むだろう。絶対に巻き込まれたくない。

 よし、この話は世間に広まるまで他言無用でいこう。

 

「探協本部でも前例のないこの案件を前代未聞の事態と捉え、各支部と協力して情報を集めているようです」

 

「成程ね。エヴァ、この話はまだ機密の段階なんだよね。実際に遭遇率も低いと?」

 

「はい、まだ著しいデータがないため公にはされていません」

 

「分かった。この話は一旦僕とエヴァだけの秘密にしておこう。どうせこの話をしたのガークさんでしょ? なら僕の方で調べておくよ。だから、みんなには内緒でね」

 

「はぁ……分かりました。では、口外はしません。元々機密事項ですので」

 

 よし、これでこの問題は延期だ。

 もし遭遇率が高いのなら、みんなの身を案じて報告をした方がいいのだろうけど、少ないのなら話は別だ。変にみんなの不安を煽る必要もないし、これは機密事項だ。

 大前提で、ガークさんもそのような機密をエヴァもとい僕の耳に入るようにしないでもらいたい。いつ漏洩するか分からないよ本当に。

 

「報告は以上です。では、私は業務に戻ります。何かございましたらお呼びください」

 

 働き者のエヴァはクランマスター室を後にする。

 常々、彼女をうちのクランに入れて良かったと実感する。有能過ぎるのが玉に瑕だが――それ故、ガークさんから面倒な話を今回みたく持って来ちゃう――彼女がいなければ僕は自分の時間を謳歌できない。

 さて、今の話は頭のどこかにおいて置き、宝具磨きを再開する。

 そう思った矢先、次の来訪者が現れた。

 

「マスター、失礼します。頼まれていた宝物殿の攻略、無事に完了しました!」

 

 ノックと同時に入ってきたのはティノだった。

 笑顔で戻ってきたあたり、怪我などは負っていないのだろう。ティノも順調に怪物になってきているなと思う。

 彼女は僕の幼馴染の一人であり、ストグリの盗賊(シーフ)を担当するリィズちゃんの弟子だ。しっかりと鍛錬を積んでいるおかげか、着々と立派なソロハンターに成長してくれた。

 リィズちゃんも教え上手になったものだ。

 

「やぁティノ、おかえり。罰ゲー、じゃなかった。依頼の件、探協への報告も?」

 

「はい、もう済ませています」

 

 流石はティノ、ちゃんと探協への達成報告も終えているようだ。

 紆余曲折あって、探索者協会から何の旨みもない依頼を引き受けてしまった。僕の中ではそれを罰ゲームと呼んでいるけど、僕自身が出向くつもりは毛頭なかったので暇してたティノに回した。凄く嫌な顔をされたけど。

 その依頼を最終的には達成してくれるなんて、ティノはなんて良い子なんだろう。今度パフェでも奢ってあげよう。

 

「それでますたぁ、一つご報告があるのですが」

 

「ん、何だい?」

 

「依頼先の宝物殿で、一人の男性と出会ったのですが……。ますたぁは例の死神を名乗るハンターのことは覚えていますか?」

 

「あー、うん、そう言えばあったね、そんな話。確かルークとリィズが一度、探し出して戦いを申し込むと意気込んでいたハンターだよね。結局、見つけられずに有耶無耶になったけど。けどあれって、あくまで噂話だよね?」

 

「はい、そうなんですが……」

 

 火のないところに煙は立たないと言うが、先の魔獣や幻影(ファントム)の異常個体くらい信憑性がない。

 うちのクランでも一時期話題にはなったが、人の噂は七十五日と言わんばりに忘れ去られた。僕自身、全然興味なかったし。

 

「えっと、実はですね。もしかしたら私、その死神のハンターに助けられた、かもしれません」

 

 歯切れの悪い物言いだが、頷いて聞いているとそこで僕も驚愕とする名を口にした。

 

「その死神のハンターらしい人がですね――黒崎一護と名乗っていたのです」

 

「…………え?」

 

 恐らく自分でも驚くくらい素っ頓狂な声を上げたと思う。

 クロサキイチゴ、黒崎一護?

 その名は僕の幼馴染であり、共に最強のトレジャーハンターを志した親友の名である。将来はこの帝都で再会を果たそうと約束したが、まだ残念なことに出会えていない。

 その死神のハンターが黒崎一護を名乗っていた。その事実を鵜吞みにしていいのか、珍しく僕は顎に手を当てて考え込む。

 

「ティノ、そのハンターの見た目を聞いていいかな?」

 

「はい。あまり見たことのない黒い服を着用していて、大きな出刃包丁のような大剣を所持していました。オレンジ色の髪が特徴的な、ますたぁと同い年くらいの男性です」

 

「それほぼ間違いなく一護だね」

 

 断言しよう、それは僕の知る黒崎一護だ!

 そうか、ようやくか。幾星霜とまでは言わないけど、ようやく会えるのか。どこか過去を振り返って、しみじみとしてしまうな。

 一護がこの近くまで来ている。これは楽しみだぞ。

 僕が、みんなが何年待ったと思ってるんだ。

 

「あのますたぁ、そんな簡単に信じていいのですか? どこかの敵組織が黒崎さんを扮している可能性などは……」

 

「大丈夫だよティノ。確かに過去に僕の幼馴染を装ってきた悪い人たちもいるけど、一護だけはないんだよね。何たって一護の情報は、僕たち以外に持っていないから」

 

 名前を知っている人はティノのようにいるけど、見た目や特徴まで知っている人は僕たちストグリ以外にはいない(エリザ除く)。

 これは朗報だ。

 一護とは話したいことが沢山あるし、聞きたいことも沢山ある。親友として、そしてハンターとしても。

 それに何より……一護なら僕に代わってこのクランのマスターになってくれる、かもしれない。

 僕は早く引退したい。

 このクランのマスターは固定ではなく、定期的に投票で決められる。クランマスター投票というやつだ。

 しかし今のところ交替になったことはない。

 故に僕がずっとこのクランのマスターをしているのだが、引退できるものなら早く引退したいと常々思っているのだ。

 それに一護ならきっとみんなも納得するだろう。人が変わってなければ、一護はリーダーの器にふさわしい度量の持ち主だ。

 

「ティノ、一護はどれくらいで帝都に来るって言ってた?」

 

「ごめんなさい、ますたぁ。あの時は本物か偽物かの見分けがつかず、特に聞かなかったです。けど帝都に向かっているのは確かです」

 

「そっか。まぁのんびり腰を据えて待とうかな。一護ならきっと、僕のいる場所にも気づいてくれるだろうし」

 

 良い話も聞けたし、ティノに護衛を頼んで新店のチョコレートパフェでも食べに行こうかな。

 

 

   ***

 

 

 レベル7認定の宝物殿〔白亜の花園(プリズム・ガーデン)〕。

 幻想のような景色に彩られた宝物殿。

 生花とは思えぬ純白の花びらが吹雪の如く絶え間なく舞い、視界には全面に草花が咲き誇るそれはそれは美しい絶景が広がっている。まさに絵に描いたかのような幻想的な光景だ。

 しかし綺麗な花には棘がある。

 その言葉通り、ここは高レベルのパーティですら立ち入らない危険極まりないレベル7の宝物殿である。

 桜吹雪のように舞う白い花は五感を乱し、花粉は猛毒を持ち耐性のあるトレジャーハンターですら昏倒させる。同時に草木の種類が数多にあるため、それに比例するように様々な毒が存在する。麻痺、睡眠、混乱、上げればキリがない強力な状態異常が常に展開されているのだ。

 そしてここの幻影(ファントム)は擬態するのが得意であり、通る者を背中から襲ってくる。

 これこそ環境特化型の宝物殿。壮観な風景とは裏腹に、蓋を開ければ地獄が広がっている。

 単純な力では押し通ることができない花園である。

 

 同時にその宝物殿は、黒崎一護にとって苦手とするものでもあった。

 

 

「すげぇ、考えなしに入るもんじゃねえな。スヴェンさんの言う通り、こいつはレベル7で納得の宝物殿だぜ」

 

 一護は頭を掻きながら、宝物殿の中を見渡す。

 花粉に何らかの強い毒性を帯びているのは瞬時に理解した。

 そして樹木や花弁に擬態した幻影(ファントム)が四方八方から蔓を使って拘束しようとしてきたり、花が種を弾丸のように飛ばしたりしてきたり、正体不明の幻獣が暗殺者のように奇襲を仕掛けてきたりと様々だ。

 

幻影(ファントム)の強さは大したことねえが、この環境が厄介なんだろうな」

 

 元々、黒崎一護は状態異常にすこぶる弱かった。

 それ故に一護は吸収したマナ・マテリアルのほとんどを、状態異常の耐性を強化するのに利用していた。

 そのお陰か、今の一護は状態異常になることがほぼない。

 よって環境特化型の宝物殿でも力押しでどうにかしてきた。脳筋である。

 

「……ここにも、誰かいるな」

 

 気配探知はあまり得意でない一護。

 誰かいるのは分かる、だがどこにいるのかは明確には分からない。

 まぁこんな宝物殿に挑んでいるんだ。自分たちの力に自信がないと、こんな所にはこないだろう。

 そう踏んだ一護は、観光でもするかのように前進した。

 

 絶え間なく襲いくる幻影を蹴散らしながら進むこと数分。

 いい加減、舞い散る白い花びらが鬱陶しいと感じ始めた頃合いだった。

 

「……あれは」

 

 前方に二つの人影が見え始めた。

 目を凝らすと一人は甲冑に身を包んだ男で、剣を構えておりそこから白い雷が迸っていた。

 もう一人は短い杖を持った女性で、男をサポートするように動いており展開される魔法も精練されている。

 見た限りは剣士(ソードマン)魔導師(マギ)と言ったところだろう。

 

 無駄のない動き、類稀なる技量、そして放出される力が幻影(ファントム)を文字通り消し飛ばしている破壊力。

 研鑽され、熟練された技の一つ一つが必殺に等しく、どのような環境でも順応している。これは複数の修羅場を乗り越えてきた、何よりの証左だ。瞠目せざるを得ない。

 この二人が高レベルハンターなのを如実に物語っていると言えるだろう。

 先ほど出会ったスヴェンさんも中々の達人ではあるが、この二人、特に男の方は頭ひとつ抜けている。

 何より、あの剣だ。

 自身も変わった大剣を持っているが、あれもこれに匹敵するレベルで常軌を逸していた。

 

「やっぱ、こういう宝物殿にはすげぇハンターがいるもんだな」

 

 手を貸したいところだが、あの二人に無闇に近づけば飛び火を喰らう。

 それならまだいいが、二人の連携を崩し場の趨勢が悪い方に傾く恐れもある。故に今は見守ろう。火中の栗を拾う行為は、この場ではしないのが賢明だ。

 

「……気付いてるよな、アイツらも」

 

 立ち去ろうとも思ったが、二人もこちらの気配を察知したのか、一瞬だが視線が交差した。

 なので、ここで踵を返すわけにもいかない。何だか気まずいから。

 こんな高レベルの宝物殿でそんな事を考えている場合ではない事は承知の上だが、まだまだ余裕がある故に成せる。見守るである。

 だが、事態は一護が思っている以上に、つつがなく終わりを迎える事はなかった。

 

 ――大きな木の上、そこに幻影(ファントム)がいた。

 

 それだけなら何とも思わない。

 先ほどから遠距離より狙撃してくるスナイパーめいた幻影(ファントム)が当たり前のようにいた。いや、今も複数の幻影(ファントム)が二人を狙っているし、それの備えをしっかりしている二人に被弾する事もなかった。

 しかし、あの幻影(ファントム)は違った。

 先ほどスヴェンさんと対峙していた、宝物殿のボスと同じような物があったのだ。

 胸に穴が空いており、白い骸骨のような仮面を被っている。

 あれは、普通の幻影(ファントム)とは一線を画す。

 

 一護は考えるよりも先に手が動き、地面を一気に蹴りその幻影(ファントム)に向かって飛翔する。

 片手に出刃包丁の大剣――斬月を構え、瞬足の歩法を持って肉迫した。

 幻影(ファントム)がこちらに気づいた時には既に遅く、一護は斬月を幻影(ファントム)に向けて一気に振り下ろした。

 耳がビリビリ震える程の破裂音が響き渡り、同時に袈裟切りされた幻影(ファントム)が地面に激突していた。

 

「な、何なのっ!?」

 

「――ッ!?」

 

 二人が急に動き出した一護に驚きの表情となる。

 どこか申し訳ないと思った一護は、二人の近くに着地して弁解する。

 

「悪ぃ、手を出すつもりはなかったんだが、事情が変わっちまった。邪魔にならねぇようにはさせてもらうぜ」

 

「はぁ、ちょっとアンタいきなり現れてなに勝手なこと言ってるのよ!」

 

 怒鳴るように言ってくる女性。

 見た目は楚々とした淑女だが、怒った表情が全てを台無しにしているように思える。

 

「よさないかイザベラ。どうやら彼は敵ではなさそうだ。ここは善意に甘えよう」

 

 対する男は、何と懐が深いのだろうか。

 まさに眉目秀麗なイケメン。一つ一つの所作に花があるその男性は、仲間の女性を軽く窘めるとこちらに視線を向けた。

 

「私たちを狙っていた幻影(ファントム)を倒してくれたこと礼を言う」

 

「いや、こっちも勝手なことをしたな。あんたらなら、あの程度の幻影(ファントム)の不意打ちくらい捌けたと思うが、さっきも言った通り事情が変わった。もし良かったら付いてくぜ」

 

「何を一方的に……。アークさん、こんな得体の知れない男のことを信用する必要はないわ。私たちは私たちで――」

 

「イザベラ、君の意見も最もだ。けど、今はなりふり構っている場合じゃない。状況が状況だ。猫の手は借りたくないが、彼ほどの実力なら問題ないだろう」

 

 何やら緊張感のある雰囲気だ。

 恐らく彼らは切迫した事態に陥っているのだろう。

 男は改めて頭を下げ、自身の名を口にした。

 

「私はアーク・ロダン。この『聖霊の御子(アーク・ブレイブ)』のパーティのリーダーを務めている。と言っても今ははぐれてしまって、彼女と二人になってしまっているけどね。ほらイザベラ、君も」

 

「分かったわ。私は魔導師(マギ)のイザベラよ。いいこと、絶対に足を引っ張らないでね」

 

 飴と鞭が擬人化したようなコンビだなと言う印象を受けた。

 一護も改めて、自己紹介をする。

 

「俺は黒崎一護。訳あって帝都に来たんだが、少し宝物殿巡りをしたくてな。ここに立ち寄ったんだ」

 

「宝物殿巡り……。パーティはいないのかい?」

 

「ああ、俺はソロハンターだ」

 

「は? あんた正気なの?」

 

 ドン引いた顔をされた。

 まぁ確かに、これが普通の反応なのだろう。

 

「黒崎一護、か。一人で宝物殿巡りとは、なかなか面白いことをしているね。『嘆霊(ストグリ)』のみんなと気が合うんじゃないかな。帝都には何をしに?」

 

「昔の約束を果たしに、な!」

 

 一護は振り向き様に斬月を振るうと、自分たちを狙っていた幻影(ファントム)を一掃した。

 

「世間話は後にしようぜ。さっき仲間とはぐれた、みたいなことを言ってたけど、これも何かの縁だ。困ってんだろ、なら手を貸すぜアーク」

 

「……ふっ、これは頼もしいな。ここの幻影(ファントム)を軽く倒してしまうとは。名だたるハンターなんだろ、一護」

 

「そんなんじゃねえよ。ハンターレベルも2だしな」

 

「「……え?」」

 

 アークとイザベラが二人して目を見開いて愕然としていた。

 そんなに驚かれるほどハンターレベル2は低いのだろうか。世間的には3で中堅と呼ばれる業界のはずだが、と一護は不思議に思った。

 まぁそこは流石はハンターの聖地、ゼブルディア帝国なのだろう。恐らく高レベルハンターが山のようにいるに違いない。

 

「別に驚くことなんてねえだろ。ほら、さっさと行こうぜ」

 

「あ、ああ。そうだね」

 

「噓でしょ。え、本当に2なの? まさかあの錬金術師と同じなのかしら……」

 

 自分のレベルを聞いて、若干混乱している二人をよそに先を見据える一護。

 今の幻影(ファントム)の状態変化、やはり先の宝物殿と同じ現象なのだろう。

 今まで色んな宝物殿やそれ以外の危険区域に立ち入ったことがあって、その度に驚かされることが多々あった。

 しかしあの白い仮面に胸の穴。どうにも一護のアンテナに引っ掛かりまくって仕方ない。何故ならそれは……

 

「アークさん、恐らくユウ達は同じところにいると思います。共音石で最後に連絡を取った時はまだ大丈夫そうでした。けど、事態が急激に変わって、今は連絡が取れない状況に陥っていると私は考えます」

 

「だから同じ場所で警戒態勢を維持、か。動けるなら恐らくベネッタが直ぐに私たちの場所を感知しているだろうから、動けない状況にあるのか、植物系の幻影(ファントム)に拘束されてしまっているのか。ともかく、急いだ方が良さそうだ」

 

 何やら真剣に話し合いを行っている。

 一護は下手に割り込まず、襲い来る幻影(ファントム)を斬月で一蹴しながら耳を傾けていた。

 ――パーティ、か。

 今まで臨時のパーティ以外は、ちゃんとしたパーティには入ったことがない。

 トレジャーハンターはレベルが上がれば上がるほど、仲間がついてこれなくなりソロになってしまうと聞いたことがある。

 過去にテスラ地方で出会い、一時的に二人で組んだサヤ・クロミズと言うレベル8は一度も誰かとパーティを組んだことのない変わった子――見た目は少女だが実年齢は一護より上だった――も実際にいたくらいだ。

 レベル8くらいになると、ほとんどがソロなんだろうなと一護は考えていた。

 ……あ、そう言えばサヤに帝都に来ることがあったら、俺の幼馴染たちを紹介するよ、なんて約束を勝手にしたのを思い出した。

 まぁ変わってなければ、自分の幼馴染たちは気に良い奴らだし大丈夫だろう。

 思い返すとテスラは強力な妖魔が跋扈する、物騒極まりない場所だった。鍛えるには適している場所だな。あそこでも充分なほど鍛錬に勤しめた。

 何てことを物思いにふけっていたら、耳をつんざく怒号が飛んできた。

 

「ちょっとアンタ、ここはレベル7の宝物殿よ! そんな場所にいて、なに周りも見ずに考え込んでいるわけ!?」

 

 自分の近くまで迫っていた幻影(ファントム)を、イザベラが短杖を振るって魔力の壁を作成し防いでいた。

 それを目にも止まらぬ速さでアークが斬り伏せている。

 

「一護、状態異常にでもなってしまったのかい? ここまでの接近に気づかないなんて、よほど大切なことを考えていたのかな」

 

「ああ、すまねえ。ちょっと思い出に浸っちまってよ。次から気を付ける」

 

「思い出って、本当にここのレベルを理解してるのアンタ。少しでも気を抜けば死ぬのよ。全く、レベル2っていうのも、あながち冗談じゃなさそうね」

 

「名誉挽回できるように頑張るよ」

 

 清々しい笑顔をしているアークと、溜息交じりに頭を抱えているイザベラ。

 飴と鞭さながらの対応に、一護はどこか面白く感じて来た……とは口が滑っても言わない。

 とりあえず頬を叩き、気合を入れ直す。

 

「さて、急ぐとするか」

 

 そうして三人で、行方知れずとなったアークの仲間たちを探すのだった。

 

 

 

《2》

 

 最初に感じたのは、この〔白亜の花園(プリズム・ガーデン)〕は下手を打てば命の危機を感じる程度のレベルだったというものだ。

 スヴェンさんの言う通り、確かに高レベル宝物殿、認定レベル7なだけはある。

 本来ならソロで挑むような宝物殿でないのだろうが、生憎と一護はパーティに加入していない。

 そもそも加入など出来なかった。

 

 父親の仕事で、両親の故郷でもある遥か東の小国に連れていかれた時はどうしたものかと悩んだものだ。

 幼馴染たちの約束を果たすべく、成人(15歳)になる少し前に父を説得し国を出た。

 伝家の宝刀である斬月を手にして。

 そして馬車を使うでもなく、自身の足で野を、山を駆けて魔獣を倒しつつ帝都ゼブルディアの方角を目指した。鍛えられたものの、数年の時を刻んだので後悔したが。

 

 そしてある小国にて、探索者協会の某支部でトレジャーハンターの登録を済ませた一護は、小手調べに周辺のレベル1と2の宝物殿をソロで踏破していった。

 元来、宝物殿の攻略には盗賊(シーフ)剣士(ソードマン)などの役割が必須になるが、完全なごり押しで、力任せに攻略を進めた。周りからは偉業などと称えられ注目の的でもあり、パーティの勧誘などもあったが全て断った。あっても一時的な臨時パーティくらいだ。

 

 色々と手続きなど面倒だったが、帝都に行くため、そしてトレジャーハンターを続けるため国を転々として活動を続けた。おかげで最低限の活動しか探協には報告を入れておらず、レベルも2のまま。

 ハンターの認定レベルを上げるには原則、レベル認定試験を受ける必要がある。

 それを受けるにも探協で受託できる依頼の達成や宝物殿の攻略と言った実績が必要で、それを繰り返すことによって初めて試験を受ける権利を得られる。

 しかし一護にとってレベルは現時点では特に興味なく、全てを蹴っていた。

 だが中には攻略した宝物殿などを鑑みた結果、例外ではあるが強制的にレベルアップをさせるというものもある。

 攻略した宝物殿の数、そして人命救助の実績などを考慮したら、一護はレベル2では収まらないらしい。

 けど一護は国を転々とし、一か所に長く留まらないので有耶無耶になっているのが現状だった。ノルマなども面倒だし、レベル2で充分である。

 

 一護は自儘に帝都に向けて旅をし、宝物殿があれば単身で挑み続けた。

 そして攻略する宝物殿のレベルが上がるごとに、力任せだけでは限界となってしまった事がある。

 自分が最も苦手とする状態異常。

 ソロにおいて、状態異常は最も懸念しないといけない点である。

 仲間もいない中で睡眠や麻痺などと言った行動が不能になる状態に陥ったら、絶体絶命もいいところだ。

 一護には力しか能がない。魔法の才能は勿論、錬金術や治癒術なども絶望的で皆無なため、その辺は即座に諦めていた。

 よって一護はマナ・マテリアルの力を全て状態異常の耐性に持っていき、あとは元からあった力にて高レベルの宝物殿を攻略していったのだ。

 元からあった力……それは単純な膂力や技量と言った話ではなく、この世界にはない別次元の力だった。

 一護のみに使える力。それは過去に出会ったサヤなどに該当する異能の類なのだろうと、一護は納得している。

 

 そうして数々の宝物殿の攻略や様々なハンターとの出会いを重ねながら、一護は今に至るのだ。

 

 ちなみに一護は自身の力をこう名付けた。

 霊圧と――

 

 

   ***

 

 

 結果から言うと、アークの仲間たちを発見するのは無事に成し遂げた。

 しかしその場所は予想外だったし、何よりも目の前に立ちはだかる存在は異質だったのだ。

 そこはこの〔白亜の花園(プリズム・ガーデン)〕のボスがいる、最奥のエリアであった。

 

「大丈夫よアークさん、みんな生きているわ」

 

「ああ、だがそう簡単に返してはくれないだろうな」

 

 そして現状を説明するなら、希望と絶望が入り混じっていた。

 大地から伸びている樹木が触手のようにしなり、アークのパーティメンバーを拘束している。そして意識がないのか反応を示さないが、生きているのは確かなのだろう。

 だが、何より絶望的なのはそこではない。

 レベル7の宝物殿のボスだ。並大抵でないことは理解している上、仲間が捕らえられているのだ。状況を見ても最悪になっている。

 けど、真に危険なのはそこではない。

 

 ――宝物殿のボスの体に穴が空いており、白い仮面のようなものが覆われている。

 

 見た目も変化しているのか、元の姿が今の状態なのかも怪しい。

 地面から伸びている巨大な大樹。その天辺には身体を包み込めるほどの巨大な一輪の紫の花が開かれていた。周囲には無数の蔓や樹木が触手のようにうねうねと伸びており、それ以外にも毒性を帯びた花が一面に咲き誇っている。

 そしてその大樹の中心に穴、花弁の真ん中である柱頭の位置に白い髑髏のような仮面が展開されていた。

 また、例の異常な個体に似通っていたのだ。

 

「アークさん、まずはみんなを助け出しましょう。あれではアークさんも全力で戦えないでしょうし」

 

「そうだね。イザベラ、サポートを頼むよ」

 

 場慣れしている二人は計略をめぐらせつつ、開戦に入ろうとしたが一護は手で制した。

 

「あんたらは仲間の救助に集中しろ。本体は俺が叩く。仲間が捕まってるんだ、気が気じゃねえだろ」

 

「それ、本気で言ってるのかい? あれはこの宝物殿のボスだ。申し訳ないが、君一人でどうにかできる相手とは思えない。私たちのことを心配してくれているのなら、それは無用だよ。これでも場数は踏んでいるつもりだ。このような事態でも十全に動けるようにしている」

 

 アークが苦言を呈するも、一護は吐いた唾を飲むつもりはない。

 

「心配すんな。あんたの仲間の命がかかってんだ。俺も手加減するつもりはねえよ」

 

「ちょっと、アークさんはアンタのことを思って言ってるのよ。それに、これは私たちの不甲斐なさでもある。知り合ったばかりのアンタに、そこまでしてもらう所以はないわ」

 

「ああ、私たちの不始末は私たちでつける」

 

「……優しいな、あんたらは。俺にも掛けがえのない友達がいるから、その気持ちはよく分かるぜ。けど、俺だけここで何しねえで突っ立ってたら、これから会う友達に合わせる顔がねえからよ。悪いが俺の矜持のために、好き勝手やらせてもらうぜ」

 

「……そうか、感謝する。ありがとう一護。君に任せるけど、仲間を助けたら直ぐに加勢させてもらう。イザベラ、行こう」

 

「ええ、分かったわ」

 

 そしてアークとイザベラは苦渋の決断をすると、仲間たちを救出するため動き出した。

 

「……これで少しは名誉挽回は出来たか」

 

 一護は斬月を構えて、ここのボスと対峙する。

 知り合って間もないが、仲間を大切に思う気持ちは大いに理解している。

 だから手を抜くつもりはない。

 裂帛の気合と共に、一護は斬月を自身の前に突き出した。

 

「行くぜ、こいつが俺の……卍解だ!」

 

 

   ***

 

 

 自分の仲間の救助に走ったアークは、自分の情けなさに苛立ちを隠せなかった。

 仲間たちが心配なのは本心だ。一刻も早く助けて、安否の確認と回復に専念したい。ここは花園、あらゆる毒性を帯びた花粉が、弱った仲間たちを今なお蝕んでいるだろう。

 だから今は一分一秒を争う。

 恐らく、仲間たちが今も生かされていたのは私たちを誘き出す餌であったのだろう。

 全く持って度し難い。

 ここは、このエリアはあのボスの腹の中も同然だ。

 もし一護が先陣を切る申し出をしていなければ、救助の難易度は高かったであろう。

 それ故に不甲斐ない気持ちで一杯だった。

 

 アーク・ロダン。

 勇者であるソリス・ロダンの末裔であり、若手の中で帝都最強とも謳われている。

 現在はハンターレベル7だが、既に8の域に近いと言われ、皆からは期待の若きトレジャーハンターなどと称賛された。

 名に恥じぬよう、アークは高レベルの宝物殿を攻略し着々と高みへと昇っていった。

 しかしだからこそ、この状況が、自分自身が許せなかった。

 仲間たちが危険に晒され、そのうえ知り合ったばかりのトレジャーハンターである黒崎一護は何の見返りも求めず私たちのために命がけで尽力している。

 これでは到底、レベル8にはなれない。

 ロダン一族の名声に恥を塗ってしまった。

 忸怩たる思いが湧き上がり、自嘲染みた鬱憤が感情を支配する。

 だが、だからこそこのままではいけない。立ち止まってはいけない。

 一護は私たちのために戦ってくれている。

 それを無碍にするなど、決してあってはならないのだ。

 

「行くぞイザベラ、まずはあの触手を全て斬り落とす。恐らくこれらもボスの一部だろうが、一護が牽制してくれている。無駄には出来ない」

 

「少し癪ですが。けど彼の力添えがなければこっちに集中はできませんでした。後でお礼くらいは言っておきます」

 

 アークとイザベラの正面には、無数の植物の蔦や樹木の触手、そしてそれらに混じるように白色の何の変哲のない触手までもが蛇のようにうねり、こちらを狙っている。

 捕縛されれば逃げるのは困難を極めるだろう。

 レベル7のボス、濃密なマナ・マテリアルが触手の一つ一つからでも感じ取れる。

 そしてそれだけではない。

 初めて感じる、未知の圧力が自分たちを襲っていた。

 まるで魂そのものを圧し潰そうとしているような、油断すれば意識が混濁して倒れ伏してしまいそうな圧倒的な圧。それは重力魔法などと言った明瞭なものではなく、今まで経験したことのない剣呑とした重圧だった。

 お互いそれを感じ取っており、尚且つ耐えられないほどではない。

 マナ・マテリアルで強靭な肉体を有する高レベルハンターなら、この状況下でも問題なく戦える。

 

「さぁ、みんなを返してもらうよ!」

 

 アークは自身の聖剣「歴史を拓く者(ヒストリア)」を構え、そこから眩い閃光が迸った。

 白雷を彷彿とさせる電流が走り抜け、そこから雷速の如く聖剣を振り放っていく。斬撃と同時に発生する雷撃が、触手の悉くを斬滅していく。

 まさに戦神が下す神の鉄槌。

 斬撃は遍く全てを両断し、雷は狙いを過たずに触手を貫いていく。

 魔法を交えた剣舞を魅せるアークは、まさに勇者の末裔の名に恥じない動きを見せていた。

 

「アークさん! まずはユウを!」

 

 イザベラが短杖で魔法を行使しながら触手を無力化している中で、アークに向けて叫ぶ。

 触手の配置、地形、そして仲間の体力を考慮したイザベラは、まずユウを助けることを優先した。

 それに従うようにしてアークは、ユウに向けて地面を蹴る。

 

「了解した!」

 

 爆発する雷光――凝縮されたエネルギーの奔流が、神官であるユウを拘束している周りの触手を引き裂いていく。

 そして一気にユウを縛っている触手そのものに向けて聖剣を振り下ろした。

 強烈な光が目を焼く。目前に太陽が現れたかのような、青白い帳が視界を覆いつくした。衝撃を伴う膨大な力がユウを拘束している触手を難なく消滅させた。

 だが、それだけは終わらない。

 続け様に爆ぜる雷光が、その近くで拘束されていたアルメルの触手をも的確に、何の逡巡も躊躇いもなく引き裂いていった。

 雷の魔法は元来、狙って当てれるようなものではない。

 しかしアークはそれを、並外れた技量のみで熟している。自身の二つ名でもある《銀星万雷》を体現していると言えるだろう。

 拘束を解かれたユウ、そしてアルメルはそのまま地面に横たわる。

 

「まだまだ、こんなものじゃないぞ!」

 

 咆哮のように声を上げるアーク。

 雷電の閃光が、真一文字に地表をなぞりながら駆け抜けて、大地を幾何学模様に染め上げていく。

 大地に咲く花も触手も容赦なく薙ぎ払う放電切断。巨大な刃状の閃光が一直線に駆け抜けたその様相は、まさしく稲妻の斬撃に他ならない。

 

「流石ねアークさん。レベル7の宝物殿のボス……その一部にはなるけど、ここまで圧倒するなんて」

 

 ここまで熱くなっているアークを見るのは久しぶりだ。

 認めたくはないが、恐らくあの黒崎一護という男のお陰なのだろう。

 あの雄姿、知り合ったばかりのアークたちを命を賭して助ける。それはさながら勇者のように感じたし、その発破はアークを、そして少なからずもイザベラを奮い立たせた。

 

「さぁ一気に決めて、一護を助けるぞイザベラ!」

 

「ええ、分かっているわ!」

 

 一気呵成の勢いで自分たちの仲間を全員助け出そうとした、その時だった。

 

 ――宝物殿のボスから感じていた重圧など比較対象にならない程の、出鱈目じみた重圧が二人に圧し掛かったのだ。

 

 まるで天が落ちて来たのかと錯覚してしまった。

 大圧力、骨まで砕ける大質量を伴った存在感。身動きが取れず、地に押し付けられ屈服させられ、亀裂が走っていく大地。触手が、花がそれに耐えられず天に踏みつけられるように大地にめり込んでいた。

 宝物殿のボスが、いや宝物殿そのものが鳴動している。ただ存在が纏う威圧感と未知の圧力だけで、ボスの一部が無力化されていたのだ。

 

「こ、この力は……ッ!? まさか、一護か!?」

 

「冗談でしょ、何なのこの力!?」

 

 驚愕する二人は、一護の方へ目を向けた。

 そこには少々姿が変わった一護が、黒い刃を宝物殿のボスへ振るっていたのだった。

 

 

   ***

 

 

 ――卍解。

 一護が出す奥義。その力はまず刀の形状が変化するところから始まる。

 出刃包丁型の大剣である斬月。それが次の瞬間には、一振りの刀のサイズへと変わっていた。

 漆黒の刃を持った、卍型の鍔を持ち柄頭に鎖の付いた刀。

 そして黒い着物は、上半身部分が長くなってコートのように変化していた。

 武器や格好が一変した一護だが、変わったのはそれだけではない。

 身に宿した力が、そして刀身から感じる力は先とは桁外れに上がっている。その証拠に、対峙する宝物殿のボスが、あの幻影(ファントム)が慄いてた。

 

「卍解……天鎖斬月」

 

 一護が切っ先を宝物殿のボスへ向けると、その場から姿を消した。

 ボスが驚くのも束の間、次の刹那には自身の周囲に配置していた全ての触手が綺麗に両断されていた。

 まるで鎌鼬の如く、何かを感じさせる前に切り裂かれており、そして血飛沫を上げて吹き飛ぶ自身の触手を見て初めてボスは悲痛な絶叫を上げた。

 

「どうした、レベル7のボスがこの程度じゃねえだろ?」

 

 言葉が通じるのかは分からないが、一護は余裕の笑みを浮かべて挑発する。

 ボスはさながらそれに応えるかのように、一気に質量を数百倍へと膨れ上がらせ、そして爆発させた。

 白く、しかしどこか暗闇めいた色合いを感じさせる目に見える程の花粉の奔流。総てを攫う津波のように、進行方向にあるあらゆるものを呑み込んで音を超える速さで、一護目掛けて広がる。

 それは毒性を帯びた花粉ではなく、呑み込んだ対象を容赦なく死滅させる腐敗の猛毒。形ある物質は全て分解され、瞬く間に腐敗していく。そこに肉体の強度などと言ったものが介在する余地はなく、触れればそれで文字通り崩れ落ちる。この世にある者は腐敗と言う定めからは、どう足搔いても逃げられないから。

 

「速ぇな。けど、避けられねえ速度じゃねえ」

 

 一護はその音速で広がり続ける花粉の津波を、上空へ瞬時に移動して躱し切る。

 当たれば絶体絶命だが、ならば当たらなければいいだけの話である。

 だが、それが読まれていた。

 

「ッ!」

 

 四方八方から、鋭く鋭利さを帯びた殺意満々な触手が襲ってきたのだ。

 無数の触手が射殺すように、逃げ道など作らないように差し迫っていた。万全の動きで捉えたボスは、その無数の触手を一斉に突き放つ。

 並のハンターなら、何をされたかも理解できずに全身穴だらけにされ絶命するだろうが、一護にとってこれは対処に困るレベルでもなかった。

 

「遅ェ!」

 

 もはや神速の域。

 全方位から槍衾のように突き出してきた触手を、一護は天鎖斬月を同じく全方位に振り回すことにより全てを斬り刻んだ。

 近づくものを細かく斬り捨てるそれは、もはや一種の結界めいていてボスですら唖然としてしまった。

 

「どうしたよ、こんなもんか。レベル7のボスなら、結構前に挑んだやつの方が強かったぜ。それとも、まだ全開じゃねえのか?」

 

 一護は天鎖斬月を肩に当てがいつつ、幻影(ファントム)の白い仮面に視線を向ける。

 幻影(ファントム)で髑髏の仮面を付けているのは、それなりに結構見る。だが、あの胸の穴、そしてあの仮面から感じる力……と言うより、幻影(ファントム)そのものから溢れ出ている力は一護自身が一番熟知している。

 と言うより、自身も子供の頃から宿している力――霊圧だ。

 自分と同じ力、それにあの仮面。

 どうも他人事とは思えないそれに一護は、訝るように目を細めて、呆れ気味に嘆息した。

 

「まぁ、今は考えより先にやることがあるな。アークの仲間がピンチなんだ。一気に叩くぜ」

 

 そう言い放った瞬間だった。

 アークの方で凄まじい雷電が迸り続け、遠目に仲間が解放されて行っているのが分かった。

 ここからでも、今の雷電の数々の技が苛烈な勢いで放たれているのが見て取れる。流石は高レベルハンターだなと、心の底から思った。

 

「なら、俺も負けられねえな。終わらせるぜ、この花園のボス」

 

 一護の眼光が鋭くなると、爆発的に霊圧を上げた。

 周囲一帯に亀裂が入り、マナ・マテリアルで構築されている宝物殿が崩れるように罅が走っていく。

 宝物殿のボスが危惧の念を抱き、意趣返しするかの如く口の部分に赤き閃光を凝縮させた。

 

「――ッ!? ……決めるぜ」

 

 ボスのその最後っ屁であろう攻撃方法に、一護はどこか不審に感じたが今は考えている暇はない。

 一護も天鎖斬月に霊圧を込めると、両者が乾坤一擲の気概で攻撃を放つ。

 

「終わりだ! 月牙天衝ッ!」

 

 天に牙を衝く三日月のような漆黒の斬撃。

 そしてボスからは遍く全てを破壊する、赤い閃光が迸った。

 衝突し、大地が捲れ吹き飛ぶほどの衝撃波が、このエリア全域に突風のように広がった。

 しかしそれも数瞬。

 一護の月牙天衝が赤い閃光を掻き消し、文字通りこの宝物殿のボスを容赦なく包み込み引き裂いたのだった。

 

 

   ***

 

 

「君のお陰で、みんなを無事に救えた。本当に、感謝してもしきれないよ」

 

白亜の花園(プリズム・ガーデン)〕の攻略を果たした一行は、意識を失っている『聖霊の御子(アーク・ブレイブ)』の面々を運び出し、安全圏でもある外にまで帰ってきていた。

 

「別に構わねえよ。俺が勝手にやったことだ。あんま気にしないでくれ。それより、あんたの仲間は大丈夫なのか?」

 

「ああ、まだ花園の毒が効いているようだけど、時期に目を覚ます。命に別状はないよ」

 

「そいつは良かった。流石は高レベルハンターのパーティだな。仲間を見捨てず、最後まで諦めねえのはすげぇことだと思うぜ」

 

「君に言われると嫌味のように聞こえるね。いや、これは私の未熟さが生んだ結果だ。聞かなかったことにしてくれ」

 

 アークは慇懃な態度で、改めて言葉を紡いだ。

 

「お礼をさせてほしい。ここでは何だから、是非とも帝都でね。案内も兼ねたいのだが、一護はまだ宝物殿巡りを?」

 

「あと一か所回りたいところがあってな。その後に帝都に行く予定だ」

 

「そうか……。なら帝都に来たら、是非とも【始まりの足跡(ファースト・ステップ)】というクランハウスに来てくれないか。場所は帝都に足を運んだら嫌でも分かると思う。私たちも少々多忙の身ではあるが、顔を出してくれれば今回の礼を尽くしたいと思う」

 

「【始まりの足跡(ファースト・ステップ)】……」

 

 本当によく耳にするクランだ。

 ティノやスヴェンさんも在籍しているみたいだし、かなり大きいようだ。

 

「こ、コホン……」

 

 と、そこでイザベラがあからさまに咳払いをし、少し頬を赤らめて恥ずかしそうに震える口で慣れないことを口にした。

 

「こ、今回は助かったわ。あなたのおかげで被害を最小限で抑えられた。えっと、そうね、だからまぁ、助けてくれて……あ、ありがとう」

 

 最後の方は消え入りそうな声で、もごもごとした声音で礼を言うイザベラ。

 一護はそれを素直に受け取り、アークが改めて尋ねてきた。

 

「一つ聞きたいことがあるんだが、一護はもしかしてハンター界隈で囁かれている死神のハンターだったりするのかい?」

 

「死神のハンター? 何だそりゃ、たぶん違うと思うぜ」

 

 アークの質問に一護は否定する。

 死神のハンターとは、何とも物騒なハンターだ。詳細を書こうと思ったが、きっとろくでもないことだと思うので聞くのをやめた。

 そりより何で自分がそう思われたのだろうかと、少し悩む。

 

「そうか、いや他愛もない噂話だよ。忘れてくれて構わない」

 

「ああ。じゃあ俺はそろそろ行くぜ。とっとと次の宝物殿に行って、約束を果たすために帝都に向かわねえといけねえからな」

 

 いやまぁ、その宝物殿を無視して一度帝都に行けばいいだけだし、距離的に考えてもその方が断然いい。

 しかし一度決めた事を曲げるのも、どうも釈然としないのでここは万難を排して成し遂げよう。

 数年かけて帝都まで来たんだ。今更、数日ぐらい我慢できる。

 

「いいこと、アークさんはアンタにお礼をしたいわけ。これは光栄なことなのよ。だから帝都に来たらまず、アークさんに必ず会いに来なさい」

 

 相変わらず居丈高に物言うイザベラに、一護は苦笑いを浮かべて背中を向けた。

 

「じゃあな。帝都に着いたら、その【始まりの足跡(ファースト・ステップ)】に顔を出すよ。ちょうど他にも会いたいハンターがいるしな」

 

 ティノやスヴェンさんは確かそのクランに所属しているはずだ。

 なら、ちょうどいい事この上ない。

 

「ああ、心より君を待っているよ。また帝都で会おう一護」

 

「じゃあね、必ず来なさいよ、えっと……一護」

 

「ああ、またな!」

 

 そうして一護は目標をレベル8の宝物殿である〔万魔の城(ナイト・パレス)〕に向けて、全速力で駆け出したのだった。

 

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