《1》
「へぇ、あんたはずっとこの土地にいるのか」
「ええ、ここはとても危険だから。私がいないといけないの」
城塞都市テラス。
そこは魔境と呼ばれるほど、強力な妖魔が跋扈する危険地域。
この都市では老若男女問わず戦えないものがいないほど、戦いに身を置くものが多い。だからこそ、戦いが好きな物からすれば、これほど打ってつけの場はないだろう。
「けど、それって楽しいか? もっと色んな街とか、村とか、あと宝物殿とかに行ってみたくはないのか?」
「そうね、行ってみたくないと言えば噓になるわ。だけど御存知の通り、私はここを長く離れるわけにはいかないの」
「もっとこの都市の人たちを頼ってもいいと思うけどな」
ーー数年前、黒崎一護は帝都に向かう道中でテラス地方へと足を運んでいた。
そこで何の因果かレベル8のハンターである≪
当初は妖魔を倒して自身を磨こうとだけ思っていたが、そのサヤとの出会いにより目的がやや変わってしまった。
サヤは何でも「さらさら」という異能の力を有しており、それはサヤにしか視認できない黒い何かが現れて助けてくれるとはまた違うが手を貸してくれるという、変わった力を持っていた。
一護は昔から霊とかそう言った概念のものを目視することに長けており、人には視えない存在を見ることができた。それ故にサヤの言う黒い何かを視ることができた。視ることはできても、正体については分からなかったが。
そして自身以外に視えたことから、サヤは一護に興味を持ち、一護も一護でサヤの強さに興味を抱いた。
そうして紆余曲折あり、一時的に2人のみの臨時パーティを形成、妖魔退治へと挑むこととなったのだ。
ちなみにサヤはパーティを組むのが初めてだったらしく、一護はそれを何よりも驚いた。
「けど、そうか。確かにこんな土地じゃ、あんたの力は必要不可欠かもな。何だっけ、異能ってやつか。その「さらさら」って力はこのテラスでは重宝されてんだよな」
「私自身、この力については十全に理解できていない。いえ、もしかしたらその一部すら理解できていないのかもしれないわ。けど、この力のおかげでレベルも8になれたし、ここを守り通せている。周りに忌避されても、私はこの力を蔑ろにはしないわ」
サヤの言葉通り、確かに数日ではあるが一緒に過ごして誰もサヤに接触したりしている所を見なかった。それどころか、腫れ物でも扱うようにみんなが離れていっていた。
何とも遣る瀬無い気持ちになる一護だが、当の本人が何も言っていないのだ。出会って間もない自分が余計な気を回すのはエゴと言うものだと思い、これ以上は踏み込まないで置く。
「だったら、いつの日か俺の友達を紹介してやるぜ。しばらくは会ってねえけど、サヤときっといい関係を築けると思うからよ」
「え、いいの? 一護のお友達なら興味あるけど、私の力は……」
「構わねえよ。むしろ変わってなけりゃ、たぶん勝負を挑まれるくらいには逞しい連中だからよ」
「そ、そう。なら楽しみにしてるわ。一護のお友達、私も会ってみたいから」
「よし。なら、こいつをやるよ」
一護は懐から小さな板のようなものを取り出し、サヤに譲る。
「……これは?」
「『スマートフォン』っつう電話の宝具だ。そいつがありゃ、俺といつでも通話できるぜ。あとメールってやつも送れる」
「いいの、貰っても?」
「ああ、いくつか持ってるからな。元々クライ、俺の親友の一人なんだけど、そいつのプレゼント用に手に入れてたんだ。だから気にするな。使い方、教えてやるよ」
「うん、ありがとう」
一護は通称スマホの宝具について軽く説明する。
そんな中、ふと考えていた。
幼い頃から別れたきり会っていない親友たち。いいように成長していると都合よく想像しているが、果たしてどうなんだろうなと、改めて一護は思った。
ルークは剣好きのいい奴、リィズは騒がしいけどいい奴、シトリーは物静かないい奴、アンセムは身長低い寡黙ないい奴、ルシアは魔法の才能のあるいい奴、クライはみんなをまとめるに相応しいいい奴。
何も変わってなければ、みんないい奴のはずだ。
そう、変わっていない、と思いたい。
***
レベル8認定の宝物殿である〔
崖の上にある城型の宝物殿。
城周辺が高濃度のマナ・マテリアルにより世界が上書きされており、天候が崩れ、滝の如く集中豪雨が降り注ぎ、絶え間なく雷光が轟いている。分厚い雲からは異形の影がいくつも垣間見えていた。
まさに地獄が顕現したかのような光景であり、並の者なら近づくだけで発狂して狂ってしまうほどの重圧がそこにある。
『
「おーおー、こいつはすげぇな。こっからでも斬り甲斐がある宝物殿だって分かるぜ」
ルークが闘志を燃やしながら、宝物殿を凝視して嬉しそうに言った。
「ここが認定レベル8の宝物殿。これは生きて帰って成果を出さなくちゃですね。レベル8ともなるの、環境や幻影のレベルも私たちが攻略してきた宝物殿より一段も二段も格上でしょうから。ふむふむ、クライさんへのお土産も期待できそうですね」
「骨が折れそうってやつかな。久しぶりじゃない、私たちがそんな感覚になるなんて」
顎に手をあてがいながら思考するシトリー、それとは対照的にルークと同じで嬉々としているリィズ。
「ちょうど新しい魔法を会得したので、試してみたかったところです。ここなら全力で試せそうですね」
「うむ」
そして全く表情筋を崩さずに泰然としているルシアとアンセム。
例えどれほどの宝物殿でも、『
それこそが一護の幼馴染たちがいる『
「よっしゃ、ここを攻略してこそ一護に顔向けできるってもんだぜ。それに噂話が本当なら、一人で高難易度の宝物殿で踏破してるって話だしな。……なぁ、まずは俺一人で試してみていいか?」
「駄目に決まってるじゃん。私だって楽しみにしてたんだし」
「私も。ここには私の知らない、研究対象や素材がたくさんありそうですからね」
「皆さん楽観できていいですね。ここ、レベル8ですよ。足並みくらい揃えてくださいね」
万魔の城を前にして気軽な三人に、ルシアが溜息をつきながら窘めるように言う。
しかしそんな言葉など無視して、リィズが手を上げて声高に申し立てた。
「はいはーい。ここは
「特権というより役割でしょお姉ちゃんの」
「ふざけるな、先陣は渡さねえ!」
「ちょっとルークちゃん、私が先陣して進まないと罠とかあったら大変でしょ?」
「あったら俺が斬る!」
「罠にかかって全部お釈迦になったら責任とれるわけ?」
「その前に俺が斬る!」
「ちょっと誰かルークちゃんの頭のネジをきつく締めてくれない」
呆れるリィズに、シトリーが漠然としたことを呟く。
「はぁ、こういう時に一護さんがいてくれたら、みんなを公平にまとめてくれるんでしょうね」
クライ曰く自分がリーダーでなければ、アンセムがなっていたらしい。
しかし頼りになるアンセムも、妹たちに対しては甘いという決定的な抜けはあるので、誰に対しても特別扱いしない一護が適切だ。
「一護さんも一護さんで何だかこの場にいても、よし俺が先頭で行くぜ、なんて言いそうですが。結果、更にヒートアップして揉めてる姿が容易に想像できます」
「うむ、一護なら恐らくそう言いそうだ」
ルシアの最もな台詞に、アンセムが同意した。
「だったら早い者勝ちだ。恨みっこなしでいこうぜ」
「いいよぉ、それで妥協してあげる。言っとくけど、私が先手を決めても文句は聞かないからね」
ルークとリィズもそれで納得し、改めてシトリーが快活に言った。
「では皆さん、クライさんの顔に泥を塗らないためにも、そして私たち『
シトリーの言葉に全員が頷き、各々が髑髏を模った仮面を付ける。
「さぁ、攻略開始です!」
そうして『
《2》
探索者協会――世界中に支部をおく、トレジャーハンターの協同組合。
トレジャーハンターに仕事の斡旋や依頼、そしてレベルを認定したりする機関であり、つまるところトレジャーハンターを管理している組織である。
もちろん帝都にも支部はあり、そこへ少し前に一護と協力関係を築いたスヴェン・アンガーがそこの支部長と対面していた。
「依頼していた宝物殿の攻略、ご苦労だった」
ゼブルディア支部の支部長であるガークは、スヴェンの報告を受けていた。
ガーク、見た目強面のガタイが良すぎる男性。
どう見ても探索者協会で働くより、トレジャーハンターで活躍している方が理に適っている。実際、昔はトレジャーハンターとして活躍していた経歴を持つ。
「労いなんていいっすよ。俺たちにとっちゃ適正レベルの宝物殿なんでね。そんなことより、俺たちを助けてくれた誰とも知れねぇハンターを労ってやってほしいよ」
「ああ、報告にあったハンターのことか。確か名前は黒崎一護だったな」
「あの男がいなきゃ、うちのパーティメンバーの一人の命が危なかったからな。感謝してもしきれないぜ。ありゃ名のあるトレジャーハンターで間違いねえ」
断定するように言うスヴェンに、ガークは言いづらそうに頰を掻きながら言葉を紡いだ。
「ああ、そのことなんだがな。他の支部に問い合わせたところ、その名前が偽名でも何でもなけりゃ、その男はハンターレベルが2だ」
「……は?」
ガークの突拍子のない発言に、スヴェンは呆気に取られた。
レベル2と言えば、トレジャーハンターが最初に目指す目標だ。故にルーキーやキャリアが少々ある程度のトレジャーハンターが多い。
あの男がそんなレベル2。
そもそもの話だが、先の宝物殿のレベルは5だ。レベル2が足を踏み入れていい領域ではない。
にわかに信じられない話に、ガークが続ける。
「とは言っても、少々特殊なハンターではあるらしい。何でも世界各地を転々として活動をしているハンターらしくてな。試験も全部蹴っているらしいんだ」
「そいつはまた、随分と変わったやつですね」
「俺もそんな変わったハンターは見たことねえ。クライとは別のベクトルで大物だろうな」
「だったら、尚のこと会うのが楽しみだな」
「ん、どういうことだ?」
スヴェンは軽く説明する。
黒崎一護という男が、とある約束のため帝都に向かっていることを。そしてその際は足跡のクランで一杯奢ることを、かいつまんで説明した。
それを聞いたガークは、関心を持っていたのか口角を上げて言う。
「そうか、なら帝都に来た時はこっちにも顔を出すように伝えてくれ。是非とも、俺も会ってみてえからよ」
「分かりました。俺の後でなら、いくらでも」
「……なぁ、その約束の相手ってのは、まさかクライたちじゃねぇだろうな?」
そこでふと、ガークは呟くように言った。
何故か、理由は分からないが一瞬、クライたち『
スヴェンは笑って冗談だと一蹴しようとしたが、ここでふと思い出す。
一護は会って間もないが、分かっていることがある。
それは宝物殿が大好きなこと。
レベル2で宝物殿が好きで、自分が紹介した場所もレベル7とレベル8の高難易度な宝物殿だ。それを喜んで聞いていた限りで言うなら、あの
しかし憶測で物を言うのは憚られるので、スヴェンは苦笑いを浮かべながら否定した。
「まぁこの帝都も広いっすから、そんなドンピシャでうちのマスターが相手な可能性は低いですよ」
「そうだな」
帝都ゼブルディアはトレジャーハンターの聖地だ。
故に帝都にいるトレジャーハンターの数は計り知れない。よってクライがその相手である確率は非常に低い。
だが、もし、万が一にもあのクライたちだった場合は、また看過できない面倒な問題が舞い込んでくるかもしれないと言う、危惧の念を抱かずにはいられない。
杞憂であることを切に願う。
「まぁいい、とりあえず黒崎一護が帝都に来たら、ここに来るように伝えてくれ」
「あいよ、了解しました」
そうしてスヴェンが踵を返して帰ろうとしたが、一つ報告を忘れていたことを思い出した。
「そうだガーク支部長。一つ報告漏れがあった」
「あん?」
「俺たちが戦った宝物殿のボスのことなんだが、あそこの
「……どんなだ?」
「こう、ボスに仮面みてえなのが現れて、胸に穴がぽっかり空いたんすよ。姿が変わる程度なら別に大したことじゃねえんだけど、そのボスは破格なレベルで強くなりやがった」
「強くとは、具体的にはどうだった?」
「レベル5のボスを優に超えていた。ありゃ、レベル6相当のボスつっても過言じゃねえ」
ガークはその言葉に愕然とした。
まだ機密扱いだが、探索者協会本部から例の
だがこうして生の声を聞くと、改めて危機意識が芽生え始める。
「そうか。よし分かった、俺の方で調べておこう。そのことは他言無用で頼む」
「? はぁ、分かりました。それじゃあ、今度こそ失礼しますね」
スヴェンは怪訝な表情をしながらも、支部長室を後にした。
一人残ったガークは、スヴェンの話を聞き本腰を入れてこの件について調査をすると決めたのだった。
***
黒崎一護は駆ける。
およそ生物が発揮できる瞬発力の限界を超えて疾走する。
陸上最速の猫科の猛獣が時速120キロをなら、一護は優にその5倍以上の速さとなっていた。
疾風としか形容できないその姿を視認することは不可能であり、トレジャーハンターであってもこの速さを維持できるのはそうそういない。
しかも一護はただ走っているだけではなかった。
「――――」
一護が駆け抜けた跡には、血の花が咲き乱れる。
ここは人を襲う魔物が多く生息するガレスト山脈であり、一護はそれを不可視の刃に近い斬撃で進行方向の魔物を屠っていた。
しかも器用なことに山脈に根付いている無害な動物や植物には、一切刃が通っていない。冗談めいた技量と、それを見抜く図抜けた目利き、そして数々の経験則があるがゆえに成しえる所業と言えるだろう。
魔物にとっては死を巻く旋風。気付いた時には魔物の身体は切り裂かれ、悲鳴を上げることすらなく絶命へと至っていた。
このガレスト山脈に来る前に、近辺の村でこのような話を聞き及んだ。
何でもここの魔物が山から下りてきて、周辺の村を襲っているらしい。人的被害及び物的被害が出ているので、通るついでに出来うる限りの退治をしているのだ。
「……見られてんな」
足を止め、周囲の気配を探る。
しかし相変わらず感知能力は苦手であり、なぜマナ・マテリアルの強化をそちらに伸ばさなかったのか後悔している。
「隠れるのが上手いな」
どれだけ周辺を見回しても、自身を見ていたものの正体を探れなかった。
魔物の視線ではない。そもそも一護の速さを視認できる魔物は、この山脈にはいないだろう。だから考えられるのは、それ以外の誰か。
ピンと来るのは同業者、とは思いたくない。
なぜなら、その視線からは殺意の念を感じたから。ほんの一瞬だったが突き刺すような殺気を感じ、一護の本能が危険を察知した。
故に足を止め、周囲を探っているが全く気配を感じない。
「困ったな。奇襲でも仕掛けてくると思ったけど、何もしてこねえのか」
試しに斬月を背負い直すも、全く動きがない。
代わりに魔物が襲ってきたが、拳で倒し切って見せた。
「……しょうがねえ。ここは先に進むか」
何かあれば向こうから来るだろうと踏んだ一護は、ガレスト山脈を越えるため再び移動を再開したのだった。
――一護は速さを緩めることなく、更に速度を上げて目的地へと向かった。
その結果、あまり時間が経過せずに到着した。
「ここが〔
城型の宝物殿。
超高濃度のマナ・マテリアルが周囲の天候すら崩し、異界めいた圧倒的存在感を誇っていた。そのせいか、周囲一帯に魔物の気配が感じない。野生の本能に近い感覚が、ここには近づくなと訴えているのだろう。
実際、並のトレジャーハンターならその単純な圧迫感に精神が蝕まれて、直視すらままならないだろう。
入る前に戦意喪失といったところだ。
渦巻く雷雲、轟く雷鳴の下に聳える城は、まさにレベル8の名に恥じない威容さを持っている。
一護はそれを前にして、嬉しそうに微笑んでいた。
「レベル8か。俺でも片手で数えられるほどしか挑んだことねえが、やっぱ何度見てもすげぇな」
襲い来る出鱈目な重圧に、一護は比例するように自身の戦意の高まりを感じていた。
別に戦いが好きとか、そういうわけではない。だがトレジャーハンターの性として、高難易度の宝物殿を見ると心が躍るのだ。
「……誰か、挑みに来てんのか」
何やら馬車があるが、目の前の宝物殿の存在感で霞んで気にしていなかった。
「ここに挑むレベルのトレジャーハンターが来てんのか。……まぁ、会ったら一つ挨拶でもしておくか」
一護は〔
「こいつは、最初から少し本気で行くか」
左手を自身の顔に持っていくと、一気に振り下ろした。
するとどうだろう。
顔を覆うように白い髑髏の仮面が付けられていた。それはさながら、最近巷を騒がせている幻影の仮面に似通っていた。
「さぁ、行くぜ」
こうして一護は単身、レベル8認定の〔