「まぁとりあえず、座ろうか」
あの後、男は痺れたカケルを建物の中に運び込んだ。なにかの研究所なのか、幸いにも人間用のまひなおしがあったので難無きを得たカケルは、現在客間と思わしき場所で男と対面している。
改めて見ると、研究者といった風の男だ。ここが間違いなくポケモンの世界だと言うのなら、博士か、はたまたそこの研究員か。
「なにか飲むかい? お腹は空いてる?」
座って開口一番、彼は人の良さそうな笑みで問いかけてきた。疑われていると思っていたカケルは、その態度に少し拍子抜けする。
「あの、疑わないんですか?」
「何が?」
「何がって…………俺が言うのもあれですけど、侵入者とか、泥棒とか」
カケルが話している間にも、男はテキパキと客に出すような飲み物とお菓子を用意していた。可愛いピカチュウの絵がプリントされたパッケージのクッキーだ。
「だって君、悪い子じゃないでしょ」
「なんで分かるんですか?」
「直感かな」
「直感…………」
「これでも人を見る目はあるつもりだ。じゃないとこんなふうに接してないよ」
まぁ、たまに外れるんだけどねと男は笑った。
「おっと、そういえば自己紹介がまだだったね。俺はススキノ。この
【ススキノ研究所“博士“ススキノ】
ニコク地方、聞いたことの無い名前だ。カケルが知っているのは、日本国内だとカントー、ジョウト、ホウエン、シンオウ(ヒスイ)。海外だとイッシュ、カロス、アローラ、パルデア。
どれもカケルがプレイしたことのある本家ソフトに登場する地方であり、どのソフトにもこのような地方の名前など無かった。
「ニコク地方…………?」
「おや、ニコク地方を知らないかい? 中央側の学園都市とか有名だと思うけど」
「いや、知らないですね」
「そっかぁ。まぁ、そんな子もいるよね」
にへらと笑いながら、ススキノは目の前のお菓子の封を開けて食べ始める。ピカチュウの形をしたクッキーは、今頃口の中でペースト状に砕かれていることだろう。
「んじゃ、俺の自己紹介もしたから君のことを教えてよ」
「俺、は…………」
ここでカケルは少し逡巡した。自分の身に起きたことを素直に言おうか言うまいか。通常ならば気づいたら異世界転移してました等とと言ってもふざけていると思われるか、はたまた馬鹿にしているのかと思われるだけだ。
だがそれでも、自分の出身を証明出来る物がこの世界にはない訳で、少し調べれば嘘をついた事は丸わかりだ。それに何より、いつでも素直なのは大事だとよく言う。
「今から言うことは、信じれないかもですけど、本当のことなんです」
「うん、続けて」
「実は…………」
結果的に、カケルは自分のことを素直に話すことにした。自分の名前、年齢、住んでいた場所、夢で見た事。
カケルが話している途中、ススキノは真剣な表情でカケルの話に耳を傾けていた。そして、全て話し終わったあともその表情は変わらなかった。
「カケル君。つまり君は、このポケモンの世界とは別の世界から来たってことだよね」
「はい、そうなります。信じ難いとは思いますが…………」
「いや、信じるよ」
ススキノの瞳は、真っ直ぐにカケルを見ていた。その声音からしても、懐疑的な様子は見て取れない。
「恐らくだが、それはポケモンの仕業じゃないかな」
「ポケモンの…………?」
「うん。神話に出てくる伝説のポケモンは空間を創造したり、時間を操ったり、世界の裏側に行ったりとそりゃあもう人智の範疇を越えたことをやってのける化け物ばっかなんだけどね。その中で異世界人を転移させるなんて芸当が出来そうなのは恐らく、アルセウスだ」
「アルセウス……!」
アルセウス、それは神のポケモンとしてよく知られている。カケルの世界でも、映画やアニメ、ゲームで出演することもあり知名度は高いだろう。
「何も無いところから生まれて宇宙を作ったなんて言われてるポケモンさ。俺にはそれしか考えられないね」
「アルセウスが俺をここに連れてきたんでしょうか」
「恐らくはね。……あ、そうだカケル君。時に君はヒスイって地名を知ってるかな?」
「はい。知ってます」
ヒスイ地方、それはシンオウ地方のはるか昔の地名だ。ゲームの方ではアルセウスが現代主人公をこの地方に転移させて様々な問題を解決していくストーリーとなっている。
「お、いいね。学会の方で最近になってヒスイ地方の話題が上がってね、残っていた記録の絵にその時代特有の服とはまた別の、現代風の装いをした少女が描かれているのが発見されたんだ」
現代風の装いの少女、それは恐らく女主人公であるショウのことだろう。この世界の過去にもヒスイ地方があるということは、つまりアルセウスによって連れてこられた決定的証拠になる。
「一説ではアルセウスによって連れてこられたなんていう人もいたが、あながちその理論は間違いじゃなかったのかもしれない」
「じゃあその絵の人と同じようなことが起こったってことですか?」
「まぁ想像の域を出ないけどね。でもポケモンには超常現象を起こすことが可能だ。それに18歳の少年なら知っているようなことも君は知らない。だから君が異世界人だって言われても不思議じゃない」
見た目に反して割と理論的なのはやはり博士だからだろう。しかし現地に理解者がいるのはカケルとしてもありがたい話だ。
「まぁそんなわけで、俺は君を信じるよ。もし君が俳優顔負けの演技力を持つ悪人ならそこまでだけどさ」
「俺は悪人じゃないです! 決して!」
「あはは、分かってる分かってる。ちょっと意地悪だったかな」
そう言うとススノキは立ち上がる。
「それじゃ、行こうか」
「行くって、どこにですか?」
「決まってるだろ、試験の手続きさ!」
「…………へ?」
◇
────ニコク地方。
その昔、創造神アルセウスにより力を与えられた7匹のポケモンが神となってこの地を作り、守護してきたとされている。
炎の神は人々に炎を与え、文化の繁栄の礎となった。
水の神は水を操り、枯れた台地を潤した。
輝の神はその光で大地を照らした。
闘いの神は悪しき存在から人々とポケモンを守護した。
豊穣の神は草木を育み、自然を作り、人々に恵を、ポケモンに住処を与えた。
黄泉の神は魂を死後の世界へ導き、大地を不浄から守った。
竜の神は6つの神を束ね、人々とポケモンの安寧と平穏を守った。
しかしある時、外の世界から『厄災』がやってきた。『厄災』の影響凄まじく、大地を割り、水を枯らし、野を焼き、光を奪う程のもの。
それを見た7匹の神は人間やポケモン達と力を合わせ、激闘の末に『厄災』を退けた。
「でも、その『厄災』の呪いによって7匹の神は死んじゃったんだよね」
今カケルはニコク地方の郊外、名も無き車道をススキノの運転によって進んでいた。目的地までの話題としてススキノが挙げてきたのは、ニコク地方の成り立ちと昔話。なんとも博士らしいチョイスである。
「じゃあ、その後人とポケモン達はどうなったんですか?」
「ここが肝でね。なんと死した神々の形見とも言える部分が具現化して、人とポケモンに力を与えたのさ」
「力……ですか?」
「そう。神々が授けた力、それこそはメガシンカだ」
「メガシンカ……!」
メガシンカ。それは『ポケットモンスターX、Y』にて登場した新たな戦闘のギミックの一つである。主人公側のトリガーとなるキーンストーンと、ポケモン側に装備させるメガストーンを通じて、特定のポケモンをメガシンカさせることが出来る。もちろんカケルもメガシンカには何度もお世話になったし、ストーリー攻略では必ずメガシンカできるポケモンを一体入れていた。
「まぁこれの説明は後にしようか。そしてその力を授かった7人とポケモン達が、ニコク地方を守る守護者となったのさ。……っと、話をしていたら見えてきたね」
ススキノのその視線の先には、目的地がある。
出発する前、カケルはススキノにニコク地方の地図を見せてもらっていた。現実の高知県、愛媛県を丸々、さらに徳島県と香川県の土地を半分占める、恐らく日本最大規模の学園都市。
「意味は変わったけど、その7人の守護者を先祖に持つ名家が守護する学園都市、そのお膝元、イーストシティに到着だ!」
カケルの視線の先、そこには確かに『街』があった。