「それでは、始めっ!」
【リオル ︎︎はもんポケモン ︎︎タイプ:かくとう】
【ヒコザル ︎︎こざるポケモン ︎︎タイプ:ほのお】
お互いのポケモンが出揃い、バトル開始が宣言される。相手のポケモンはシンオウ地方御三家であるヒコザル。赤い体毛に尻尾の炎が特徴的なポケモンだ。
(さぁ、見せてもらうで。
審判として両者の中央に立ったスズランは、両者を見ながら目を細める。先に動いたのは、アンリだった。
「行くわよヒコザル、“にらみつける”!」
ギラりとヒコザルの鋭い眼光がリオルを射抜いた。ブルりと身震いすると共に、能力ランクが下がったことを意味する青いオーラが発生してしまう。
『リオル ︎︎の ︎︎ぼうぎょ ︎︎が ︎︎下がった!』
「怯むな、“メタルクロー”!」
しかしリオルの闘志が消えた訳では無い。爪を硬質化させて、ヒコザルに肉薄する。
「避けなさいヒコザル!」
「ウキャ!」
肉弾戦においてはかくとうタイプに軍配が上がるはずなのだが、リオルの繰り出した鉄の爪は左右にステップを踏むようにして躱されてしまった。
「“ひのこ”!」
「“メタルクロー”で弾け!」
続いて反撃とばかりに至近距離でヒコザルの口から火球が放たれるが、咄嗟に鉄の爪でかき消した。しかし、そうして技を出した一瞬の硬直が、隙となる。
「“ちょうはつ”よ!」
リオルに向かって尻尾を向け、ペンペンと叩いて煽る。更にはべーっと舌を出してバカにするような態度をとった。それを見たリオルは、顔に青筋を浮かべながらヒコザルを睨む。
「ろぉ……る!!!」
「くそっ、落ち着けリオル!」
『リオルは ︎︎ちょうはつ ︎︎に ︎︎乗って ︎︎しまった!』
“ちょうはつ”、それは相手を煽って怒らせることによって3ターンの間攻撃技しか出せないようにする技。これによって自分のポケモンは積み技や“まもる”などの防御技を出せなくなり、一気に有利を相手に渡してしまう。
それは、
「ほらもう1回、“にらみつける”!」
「させるか、“でんこうせっか”!」
現実でのポケモンバトルにおいては、もうひとつの強みが出る。
「動きが単純ね!」
「ろぉっ!?」
現実においても、腹が立った相手に大して直接痛い目を見せてやろうと向かっていく人間は多いだろう。
それは、ポケモンバトルにも適応される。
“ちょうはつ”に乗ってしまったポケモンは、動きが単調になりやすい。それは性格によっても変わってくるが、特に好戦的なポケモンに対しては顕著に効果が出る。
“でんこうせっか”は必ず先制できるが、避けられない訳では無い。真っ直ぐこちらに向かってくるとわかっていれば、避けようはいくらでもあるのだ。
そしてリオルの技を回避したヒコザルは、再びギラりと眼光鋭くリオルを睨みつけた。またもぼうぎょを下げられ、再び青いオーラが発生してしまう。
これでリオルのぼうぎょランクが2段階下がった。物理攻撃が手痛いダメージとなってしまう。1、2発は許容できても、その上から数発でも受ければ簡単に倒されてしまうだろう。
「っ、ならもう1回、“メタルクロー”!」
「“ひのこ”で牽制して!」
ヒコザルへ真っ直ぐに向かっていくリオルに再び火球が飛来するが、先程と同様に鉄の爪を以て叩き落とす。
そうして肉薄する頃には、ヒコザルはリオルの間合いから逃れられなくなっていた。
「ギャッ!?」
“メタルクロー”の一撃がようやくヒットする。タイプ一致技でこそないものの、リオルのこうげき種族値を考えれば、この小型ポケモン同士の戦いにおいてそれなりのダメージを期待できるだろう。
「そのまま“でんこうせっか”!」
更に追い討ちとばかりに高速の突進がヒコザルに突き刺さり、その小さい体を吹き飛ばした。
(やれてる! 推薦組相手に、戦えてるぞ!)
カケルは内心で、確かに手応えを感じていた。“ちょうはつ”による実質的な回避率上昇に加え、“にらみつける”による
相手の攻撃技はひのこだけ。“にらみつける”で物理技を警戒させて、遠距離技を嫌って突っ込んできたところは“ちょうはつ”。基本は“ひのこ”による削りダメージ狙い、それがアンリの戦術。
(───なんて、思っとるんやろなぁ)
ここまでの2人の試合展開を見ながら、スズランはカケルの思考を予想していた。
“にらみつける”によるぼうぎょ低下を狙っているのに、肝心の攻撃は特殊技の“ひのこ”だけ。被弾しないように“ちょうはつ”による妨害をしているのは、残るひとつの技が物理技では無いためだと予想するのは容易い。
現にカケルは、残るひとつの技が物理技では無いと踏み切って、どんどん攻撃している。その顔には、確かに余裕がみてとれた。
(物理技を使いたければ使っとるって、思うわな。
今カケルが対峙しているのがただのトレーナーならば、確かにカケルの仮説は通るかもしれない。序盤から“にらみつける”と物理技によるダメージで有利な展開を作るはずだ。
だが、今戦っている相手はあのアンリだ。四天王と同等の実力を持つと認められ、数々のバトルを繰り返してきた彼女が、意味の無いことをするだろうか。
絶対に何かを隠していると、スズランならば疑う。その懐疑心を培うのは、ポケモンに関する知識だけではなく、バトルでの経験や、トレーナーの腕。
(カケル君、もし君が読み間違いをしとるんやったら───)
「ウギャッ!!」
攻撃を受けたヒコザルが、再び吹っ飛ばされた。既に体には無数の傷ができており、肩で息をする様は限界が近いことの表れだろう。明らかに盤面はカケルに有利だと、
「───致命的な敗北を招くで?」
炎が爆ぜる。突如、ヒコザルの尻尾の炎が高々と燃え上がった。
「ウキャキャ! キャーッ!!!」
【特性:もうか】
各ポケモンシリーズ御三家は必ず所持している特性。体力が1/3以下になった時に発動し、くさ、みず、ほのおに対応した各タイプの技が1.5倍になるという特性。言ってしまえば火事場の馬鹿力と言うやつだ。
「運が良かったわ。最後の最後に、アタシの一番得意なタイプで戦えるんだから」
ここまで淡々と指示を飛ばし、ダメージを受けた自分のポケモンに対して特にリアクションをすることがなかったアンリが、ついに口を開いた。その表情は、縛られていた“何か”から開放されたような、清々しいもので。
「感謝してるわ。アンタが何も警戒せずにヒコザルを攻撃してくれたこともね」
「? 、何を言って……」
「ヒコザルの攻撃手段が“ひのこ”だけだと思ったから、攻撃してくれたんでしょ?」
「っ!」
ニヤリと意味ありげに笑うアンリの表情に、ようやく気付かされた。
自分の予想は間違っていた。正確には、
「騙されっ……!」
「アタシが得意なのはほのおタイプ。触れ合ってきた時間はこの受験会場の誰よりも長い。だから、特性の体力調整なんて、余裕なのよ!」
ヒコザルが飛び出した。反応に遅れたリオルの一瞬の死角をついて、肉薄する。明らかに、先程までとは別物の俊敏さだ。
「まさか、ポケモン自体も演技してたってのかよ!?」
「御明答。気づいたところで手遅れだけど!」
「っ!! 、リオル、避け…………」
「遅い!」
攻撃が、来る。ここまで接近していることから、確実に物理技。そしてそれは、一般的に爪が発達したポケモン達が覚える“ひっかく”ではない。
「“ほのおのパンチ”!!!」
振りかぶった拳に、炎が宿る。そのまま振り抜いた拳は、深々とリオルの腹部に突き刺さり、爆発を起こす。
吹き出した爆煙が少しの間、辺りを支配した。
ぼうぎょランクが2段階下がり、タイプ一致技にもうかでの1.5倍の補正が乗った攻撃。いくら体力がそんなに削れていないリオルであれど、致命傷になるのは必死。
(勝負あり、やね)
カケルの敗因、それはアンリによる思考の誘導。まんまと術中にハマってしまった事だ。さすがに最後の技が“ほのおのパンチ”だとはスズランも予想出来なかったが。
そもそもヒコザルの時点で“ほのおのパンチ”を覚えているのは確実にタマゴ技の影響だ。そういう意味でも、この技を覚えていたヒコザルを選べたアンリは運が良かったと言える。
(ほな、ちゃっちゃとバトル終了の宣言でもして……っ!?)
煙が晴れ、審判を下そうとしたスズランの見たもの、それは。
「ろぉ……っる!!!」
『リオル ︎︎は ︎︎こうげきを ︎︎こらえた!』
おおよそ死に体となりながらも、まだ闘志は死んでいない。傷ついた体に鞭を打ち、肩で息をしながらもふらふらと立ちあがる。
(……まだ試合を止めるのはナシやな)
ヒコザルの攻撃が着弾する瞬間、リオルは“こらえる”を使ったことにより、“ほのおのパンチ”を耐えきったのだ。
だが、これはその場凌ぎでしかない。“こらえる”は連続で何度も使うと失敗しやすい性質上、せいぜい1、2回が限度。その間に、あの技が何度も飛んでくる。カケル達は、それをどうにかして対処しなければならない。
「“こらえる”なんてね。決めたと思ったのに」
「ギリギリだったよマジで。あと数秒遅れてたら負けてただろうな」
「ふーん。でもリオルはそろそろ限界みたいよ?」
「そっちこそ、“もうか”が発動してるならそろそろ限界が近いんだろ?」
「ハッ、言うじゃない」
確かに状況的有利はヒコザルにあるが、よく見れば肩で息をしながらこちらを見据えている。それはリオルも同じであり、体力的に僅かにヒコザルの方が余裕というだけだ。
───次に技を当てた方が勝つ。
アンリ、カケル共にそんな予感がしていた。
「“ほのおのパンチ”!!」
先に動いたのは、ヒコザルだった。再び拳に炎を宿らせ、リオルへと接近する。そんなヒコザルを迎え撃つべく、リオルも迎撃の体勢に入った。
思案する時間は数秒と無い。このままであればヒコザルの技が命中して勝つのはアンリだ。
「リオル!」
「るっ?」
「
「!!」
その言葉の意味を理解するのに、1秒も要らなかった。すぐさま瞑目してカケルの波動を感じ取る。
リオルの中にカケルのイメージが流れ込んでくる。この先、カケル達が勝利するためのイメージが。
「ろるっ!!」
「行けるか! じゃあ“メタルクロー”で打ち合え!!」
爪を硬質化させて床を蹴る。数瞬の後、鉄の爪と炎の拳がぶつかりあった。
「ギャギャ!!!」
「ガルル!!!」
そこから繰り広げられる、
殴る、受ける、切り裂く。切り裂く、切り裂く、受ける。殴る、殴る、殴る。
もはや相手に何度攻撃されたかも分からないほど体はボロボロであるのに、それでも倒れないのはお互いに背負うものがあるから。
どちらがいつ倒れてもおかしくないような手に汗握る戦いに、会場もいつしか固唾を飲んでその行く末を見守っていた。
互いの技を相殺して、鍔迫り合いが起きる。これだけの死闘を繰り広げながらも、ヒコザルとリオルの顔は笑っていた。ギラギラと瞳を輝かせ、限界などとっくに超えていると言うのに。
どれだけの時が経ったか、永く、それでいて短い戦いは急に終わりを迎える。
極限状態だったリオルの足が、先に狂った。攻撃を避けようと足を引いた瞬間、ガクリと膝をついてしまったのだ。
「ろるっ!?」
「ウキャッ!」
「これでおしまい! “ほのおのパンチ”!!!」
炎の拳が、再びリオルの腹部に突き刺さった。派手な衝撃音と共に、リオルを打ち抜く。
今度こそ、確実に勝負が決まった。それは、アンリを含めた観衆全てが思ったことだ。
───
「ろぉる!!!」
「キャッ!?!!!?」
ガッシリと、ヒコザルの腕を掴む。確実に勝利を確信して少し油断があったヒコザルは、拘束を上手く振り払えなかった。不意をついたとはいえリオルはかくとうタイプ、体術においてヒコザルが適うはずが無い。
『リオル ︎︎は ︎︎こうげきを ︎︎こらえた!』
「また“こらえる”!? 落ち着きなさいヒコザル! “ひのこ”で決め……」
「悪いが、技を隠してたのはそっちだけじゃないんだよ!!」
腕を掴んだまま、背を向ける。そのまま足をかければ、同じく限界を迎えていたヒコザルの体は簡単に浮き上がってしまった。
「行っけぇ! “カウンター”!!!」
「ガルゥ! ロォォォォォォォル!!!」
【リオル ︎︎の ︎︎“カウンター”!!】
カウンター、それは受けた物理技を2倍にして返す技。タイプ相性もタイプ一致技の補正も入らないが、効果は単純明快。ここで2倍にするのは、先程受けた“ほのおのパンチ”。
強烈な威力と共に、ヒコザルを床に叩きつける。かくとうタイプ故の、お手本のような背負い投げが完全に決まった。
リオルと違って耐える手段を持たず、既に限界を超えていたヒコザルの意識を刈り取るには、十分すぎる威力だ。
叩きつけられたヒコザルはもう起き上がることはなく、目を回して床に転がるだけだった。
数秒の静寂が辺りを支配する。その静寂の正体は、何が起きたのかを理解するまでの時間。名声、実力からしても確実にアンリの勝利を信じる者が大半の中、まさかの
「……アタシの負けよ。やられたわ」
最初に静寂を破ったのは、アンリだった。悔しさが見え隠れするものの、確かに己の敗北を認める。その言葉を後押しするように、スズランが勝敗を告げる。
「ヒコザル戦闘不能! 勝者、リオル!」
緊張の糸が解かれると共に、リオルがその場に倒れそうになるのを慌てて駆け寄って受け止めた。
「っと。ありがとうな、リオル」
一言、お礼を言ってモンスターボールに戻す。疲れ果てたのか、リオルはゆっくりと目を閉じながら大人しくボールの光線に吸い込まれて行った。消える間際に見えたその表情は、どこか満足気で。
「やるやんカケルくん〜。大立ち回りやったなぁ」
「あ、ありがとうございます……」
近づいてきたスズランは、カケルに拍手を送る。性格故に少し警戒するものの、いざ美少女に褒められたとなると少し気恥しくなる。
そんなカケルを見たスズランは、思い切り背中を叩いた。
「痛っっっってぇ!? 何す……」
「背筋伸ばして、胸張りや。この会場の注目の的は、君やで」
いきなり背中を叩かれて怒りが込み上げたが、スズランに促されて目にしたものに、それも引っ込む。
「凄かったぞー! 受験生ー!」
「リオルも強かったわー!」
「推薦組のやつもめっちゃ惜しかったなー!!!」
歓声が、湧いていた。会場いっぱいの拍手と共に、カケルを讃える声があちこちから聞こえてくる。もちろん、アンリを労う声もだ。
万来の喝采に迎えられたカケルの心境を見透かしたように、スズランはニヤリと笑った。
「気分ええやろ? 格上に勝つの」
「……最高」
「せやろ?」
その後、カケルはしばらく湧き続けた歓声の余韻に浸りつつ会場を後にした。そんなカケルの横で、スズランは笑みを崩さぬまま佇んでいた。
「……っ」
そして、同じく会場を後にするアンリの顔に影が落ちていたことも、見逃さなかった。
◇
アルメリア総合学園、生徒会執務室。その一角に設けられている5畳ほどの畳張りスペース。そこに鎮座して、点てた茶を優雅に飲むのは、生徒会長である菊乃木スズラン。
窓の外の光景を見ながら、今日自分が見てきた光景を思い出す。
ススキノ博士の助手である時野カケル、そして比較的トレーナーのレベルが高いとされているカロス四天王が推薦した、推薦組トップ層の実力者である扇紅アンリ、そのマッチアップ。
「ほんま、楽しみは尽きんなぁ」
バトルを思い出しながら1人、ごちる。受験会場で自分が観客席から見てきた試合、そして自らが審判として見てきた試合、そのどれをとってもこの2人のバトルには敵わない。
「失礼します」
コンコンコンとノックを3回、凛とした声とともに扉が開かれ、生徒が入ってくる。
「あら、ゼラ。早いやないの。もう仕事は終わったん?」
「はい。騒ぎの鎮圧には慣れてますから」
「さすがは、我が風紀委員長。頼りになるわぁ」
「ご謙遜を。いつもの事ですよ」
『アルメリア総合学園副会長兼、風紀委員長、
長く艶のある黒髪をポニーテールに纏め、深緑の眼鏡をかけた女子生徒。ゼラと呼ばれた彼女は、入室するとそのまま畳の上までやってきた。
「会長こそ、受験の運営お疲れ様でした。今年の受験生はどうでしたか?」
「ん〜、そやねぇ。やっぱり扇紅アンリさんは推薦組の中でも相当レベル高いわ」
「扇紅アンリ! 自力で四天王の推薦まで漕ぎ着けた実力者ですね。もちろん合格なのでしょう?」
「ポケモンバトルはおろか、筆記試験すら言うことなしやわ。さすが、守護者の家系やね」
「ふむ、1度でいいから手合わせ願いたいですね。会長をしてそこまで言わしめる彼女の実力が気になります」
「そやねぇ」
相槌を打って、視線を落とす。そこには受験合格者の名簿があり、ちょうど扇紅アンリの名前が1番上にある。そしてアンリの名前のその下、そこに書かれた文字を指で撫でた。
「ゼラ、今年は面白くなるで」
「はい! 扇紅アンリ、今から会うのが……」
ゼラの言葉を聴きながら、その名前に思いを馳せる。時野カケル、彼はもしや、自分をも脅かすほどの……
(なんてな。ま、そうなってくれたら嬉しいけど)
時野カケル、彼の入学はすぐそこまで迫っていた。
月が変わる前に投稿したかったと作者は供述しており。
投稿頻度もうちょっと頑張りたい