俺と、ポケモンと、学園と。   作:爆砕肉団子

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第8話 入学式

 入学試験から数日後、カケルの元に試験結果が届いた。この数日間、試験結果のことが気になって何も手につかなかったのは言うまでもない。

 

「さぁ、結果はどうかな?」

 

 ススキノが見守る前で、恐る恐る封筒を開ける。丁寧に便箋を開封し、中に入った1枚の紙を取りだした。

 

『合格通知。貴殿、時野カケルを弊校の生徒として歓迎する』

 

 詳細は省くものの、そこに書かれていたのは合格の2文字。カケルは合格の嬉しさと安堵で、ようやく肩の荷が降りたような気分になった。

 

「おめでとう、カケル君。これで君も、晴れてアルメリア総合学園の生徒だ」

「ありがとうございます、博士。これも博士のスパルタのおかげです!」

「そ、そうかい? いやー、照れるね」

「初日からバトルを知らない俺に洗礼の如く完全試合したり、ひたすら嫌なとこ突いてきてそもそも授業になってなかったり、色々経験になりました!」

「ま、まだ根に持ってる? ごめんて」

 

 実際、ポケモンバトルを知らないカケルに初日からいきなり鳥ポケモンでひたすら空中攻撃したり、こちらが体力を削りきれないのをいいことに“どくどく”、“じこさいせい”等で耐久したり、“すなかけ”を連発して妨害しながらの戦闘であったり、かなりの数の嫌がらせ手ほどきを受けた。

 

 それがカケルの経験値になっていないと言えば嘘になるが、凡そ初心者のバトルで行う内容では無いのは確かだ。

 

「と、とにかく。そうと決まったら準備しないとね。じゃあ、合格祝いに俺からはポケモンをプレゼントしよう」

「本当ですか!?」

「ああ、もちろんさ。未来ある新規トレーナーの最初の1歩を手助けするのも、俺たちポケモン博士の仕事だからね」

 

 この1ヶ月見慣れて、もはや代名詞とまで感じてしまうフレッシュスマイルを浮かべながら、ススキノは奥に消えてった。

 

「俺の、初めてのポケモンかぁ……!」

 

 特訓や入学試験で使役した貸出しポケモンではなく、正真正銘、自分だけのポケモン。心が踊るのはもちろん、まだ見ぬ自分のポケモンに思いを馳せる。

 

 ゲームでの各シリーズ主人公のように、地方特有の御三家ポケモンを貰えるのか、それとも一般的なポケモンや他地方の御三家でも貰えるのか、期待は膨らむばかりだ。

 

 早く、早く来ないかと博士を待ちわびていると、しばらくして研究員と共に戻ってきた。

 

 その表情は奥に消えていく時に浮かべた頼れる大人の顔ではなく、とてもバツの悪そうな表情で。

 

「だから言ったじゃないですか、残しとかなくていいんですかって」

「いや、マジで盲点だった」

 

 その会話、さっきの表情。カケルは察しが悪い訳では無い。故に、あるひとつの嫌な予感が脳裏に過り……

 

「ごめん、カケルくん! 今、研究所で君にあげれるポケモンいなかったぁー!」

 

 嫌な予感的中。両の手を合わせて頭を下げながら謝るススキノの姿を見て、カケルは突如襲ってきた目眩に意識を手放した。

 

「おい! 大丈夫かよ!?」

「カケルくん!? カケルくぅーん!!!」

 

 

 ◇

 

 

 ───その日の夜。

 

 期待したことを大きく裏切られ、半ば消沈気味に月を見上げていた。

 

「あーあ、ポケモン欲しかったなぁ」

 

 口から出るのはため息やそんな言葉。無理もない、カケルの心の内はきっとシリーズ主人公と同じくらいワクワクしていただろうから。期待を大きく裏切られる結果に肩を落とすのは仕方のないことだ。

 

 ポケモンという言葉に反応したスマホロトムが、ふよふよとカケルの眼前に浮いてきた。

 

「ロト?」

「お前もポケモンだけど、そうじゃないんだよなぁ……」

 

 つん、つんと弾いていると、カケルの表情を察したのか背面の顔がムッとした表情を浮かべながらぶつかってきた。

 

 額に20センチ強の薄板がごん、とぶつかり、強烈な痛みを伴う。

 

「痛〜〜〜っ!! こんの、やりやがったな!」

「ロロト〜!!」

 

 人間とスマホのドッグファイト、中々見れるものでは無い。勝者はもちろん小回りの効くスマホロトムなのだが。

 

「ちょっと騒がしいからなんだろうと思ったら、何やってるの君達」

 

 スマホと人間の悲しい戦いを見たススキノはやれやれと止めに入る。すぐには落ち着いたが、今度はカケルのジト目が突き刺さった。

 

「人でなし嘘つき博士」

「うっ……本当に悪いと思ってるよ、マジ」

 

 相変わらず痛いとこを突かれると弱い。ゴーストタイプのように根に持っているカケルもカケルだが。

 

「ていうか、自分のポケモン持ってなくて大丈夫なんですか? 俺」

「この世界においてトレーナーを名乗るなら、まぁ普通はありえないんだけど、君は事情が事情だからね。でも大丈夫さ、入学試験で使役したポケモンをどれか1匹だけ貰える制度があるからね」

「そうなんですか?」

「ああ。学園に入学するからってポケモンを持たずに来る人だったり、君みたいな事情のある人のための救済措置だね」

 

 だからといって日中の出来事がチャラになる訳では無いが、自分のポケモンを手に入れられると聞いて安堵したのは本当だ。

 

「……いよいよだね」

「そうですね。不安は尽きませんけど」

 

 カケルがこの世界にやってきて、まだ1ヶ月と数日。最初はポケモンを実際に見ることが出来て興奮気味だったが、よくよく考えれば見ず知らずの異世界で、誰も助けてくれる人がいない場所に放り出されたのだ。そこでススキノという存在に出逢えたことは、カケルにとって幸運だったと言える。

 

「大丈夫だよ、学園はセキュリティも厚いし、寮の食堂にさえ通えば3食に住居は確保されてる。君に課された“何か”からの使命のためには、研究所よりも街の中心の方がよっぽどいい」

 

 使命。カケルがこの世界に送り出された理由であり、きっかけ。

 

 それを思い出して考える。この世界を救うということはどういうことなのか。そもそもこんな平和な世界に、命を脅かす程の危機が来るというのだろうか。

 

「……世界を救えって、どういう意味なんでしょうね」

「“何か”が言うことを鵜呑みにするなら、近い将来に危機が訪れるってことだけど、生憎ニコク地方の厄ネタなんて『厄災』しか知らないし……」

 

 厄災、ニコク地方を守護してきた7つの神を以てしてようやく退けることが出来た脅威の存在。

 

「それが再び復活してこの地方に……なんてね」

「その可能性は、あるんですか?」

「ないよ、絶対に。だって厄災はこの地方の……っ」

 

 そこまで言って、ハッと口を抑える。急に汗が流れて、目が泳ぎ始めた。

 

「おっと、これは言っちゃいけないことだった。ごめんね、今日はもう寝よう」

「え? あ、はい」

 

 絶対に何かを隠している発言だったが、好奇心ニャースを殺すと言う。その先は知らぬが仏なのだろうとカケルは割り切ることにした。

 

「じゃあ寝ます。おやすみなさい」

「うん、おやすみ〜」

 

 先に寝室の方へ消えていったカケルを、完全に視界から外れるまでヒラヒラと手を振りながら見送った。そしてその場には、ススキノだけが残る。

 

 ふぅ、と一息ついて、月を見上げた。

 

「……まさかね」

 

 先程カケルと話していた時に紐づいた予想に、どうか当たってくれるなと蓋をする。

 

 心地よい夜風が吹き抜け、草木を揺らす。ススキノの予想とは裏腹に、世界は未だ平穏に時を刻んでいた。

 

 

 ◇

 

 

「じゃあ、頑張ってね」

「はい。お世話になりました」

 

 数週間後、アルメリア総合学園の来客駐車場。今日は5学園一斉の入学式の日だ。カケルも今日からこの学園の生徒のため、学園指定のブレザーに身を包んでいた。

 

 ススキノはカケルの姿を上から下まで見た後、頷いた。

 

「うん、よく似合ってるよ」

「そうですか? なら良かったです」

「さ、行っておいで。式が始まるまでちょっと時間はあるけど早いに超したことは無いからね」

「はい。行ってきます!」

 

 一礼して、踵を返す。学校指定のリュックにはIDカード代わりになる学生証、筆記用具、書類を纏めるためのファイルなど、一般的なものが入っている。

 

 そこから構内案内のパンフレットを出して目的の場所を探す。式が行われるのは、大講堂。幸いにも、今回も誘導員の生徒と立て看板が置いてあったため、迷わずに向かうことが出来た。

 

「うわ、人多いな……」

 

 カケルが大講堂に入ると、既に講堂内の半数以上の席が埋まっていた。カケル自身、会場に着いたのは早い方なのだがそれでもこの人の密集度だ。もっと遅く来ていたら座る席を注視して探すことになっていただろう。

 

 着席したあとも講堂内に次々と新入生が入ってくる。その人の波は、15分した後にようやく途絶えた。

 

「定刻よりは少し早いですが、開始したいと思います」

 

 進行の女生徒が入学式の開始を宣言すると、それに続いて粛々と式は進んで行った。

 

 内容はカケルが体験してきた入学式と特に変わったところはなく、違いがあるとすればポケモンがいることくらいだろうか。オタマロ達が“りんしょう”していたり、ケンホロウが鳴いていたりと、なかなか面白い。

 

「それでは、在校生挨拶としまして、生徒会長である菊乃木スズランがご挨拶致します」

 

 そう言われて壇上に上がったのは、和装の美少女。腕章に刻まれる生徒会長の文字が、この時ばかりは存在感を放っていた。

 

「あれが学園最強……!」

「え、めっちゃ可愛い人じゃん」

「お、お姉様……!」

 

 登壇した彼女に、既にカケルの周辺から陥落者が出始めている。

 

 コンプレンズシティにおいて5学園の生徒会長の名は有名であり、知名度は申し分ない。入学前から知っている者もこの中にはいるだろうが、いざ間近で見ると印象は変わるものだ。

 

「皆さん、まずは入学おめでとうございます。毎年入試倍率の高いこの学園で今、ここに立っとることを誇ってください」

 

 もはやお決まりとまでの祝詞を皮切りに、スズランの挨拶は進んでいく。いつもの含みのある京都弁はナリを潜め、凛とした学園の代表者の風格を醸し出している。

 

 カケルのように京都弁を理解出来る者が見ればそんなに印象は変わらないのだろう。むしろ胡散臭くまで見えてしまうのはやはり主観が入っているからだというのは否定できない。

 

「最後に1つ。今年の新入生達は、トレーナーのレベルが高いです。もしかしたら、同じ構内で同じ人と2回すれ違った時には格上になってるかも知れません。だから、振り落とされないように、食らいついてください。常に上を目指して、切磋琢磨してください」

 

 そして……、と告げて。

 

 その瞳が、ゆらりと、とある場所を向き、そして最後に()()()()()()()()()()

 

「強くなって、今の上級生や、コンプレンズシティトップ5。ウチを食らうような強いトレーナーになってくれることを、期待してます♡」

 

 優雅に、まるでお手本のような一礼をしてスズランは降壇する。定位置に戻るまで、時々視線がカケルの方を向いていた。

 

(偶然……じゃないんだな)

 

 いつからこちらを発見していたのか。数百人といるこの中から、よく見つけたものだと舌を巻く。着席したスズランとカケルの視線が再び交差すると、ニコリと笑って小さくヒラヒラと手を振ってきた。

 

(うわ、絶対にそうだよアレ)

 

 入学試験の時に話したこと、そしてさっきの挨拶の時にこちらを向いていた事から確実にわかったことがひとつ。

 

 いい意味ではあるが、確実に目をつけられている。

 

 カケルとしては期待されても困るのであんまりスズランとは接点なく過ごしたかったのだが、この先のことを憂いて少し億劫になる。

 

 もしかしたらこの考えがただの的外れであることを祈りつつ、少しだけ頭を下げて挨拶を返しておいた。

 

「続いて、新入生代表挨拶。首席、扇紅アンリさん」

 

 名前を呼ばれて立ち上がった少女が、堂々とした足取りで壇上に向かっていく。

 

 あの時と変わらず、燃え盛る炎を連想させるうなツーサイドアップの紅い髪。振り返って照明に反射するオレンジの瞳には、どこか覇気を纏っているようにも見えた。

 

「陽光眩しく、私達のこれからを示唆するような澄み渡る快晴の元、この学園に入学できた事を大変嬉しく思います」

 

 なんてことは無い、こちらもよく聞くの普通の挨拶。だが違いがあるとすれば、その先にもお堅い口上が来なかったことだろう。

 

「細かいことは言いません。私も、一言だけ」

 

 そうやって間を置き、言い放つ。

 

 大胆不敵に、野心の笑みを引っ提げて。

 

「1年です。1年以内に、私がこの学園の生徒会長になります」

 

 人差し指を掲げ、自信満々に宣言する。会場に居合わせた一部の上級生、そして学園の重職を担うスズランを始めとする『梅花園』への宣戦布告。

 

 見方を変えれば、先程のスズランへの意趣返しとも言える。

 

 会場が少し響めき、司会の女生徒は今まで大人しかったアンリの急変に慌てる。対してスズランは、目を細めてアンリを見据えていた。

 

「え、あっ、リハと違っ……」

「以上です」

 

 言いたいことを言い終えたアンリはそのまま降壇して元の席へ戻る。戻り際も、同じように堂々とした足取りだった。

 

 その後は特に何かあった訳でもなく、式は終わりを迎える。司会の女子生徒が終わり際まで、誰かのせいで新しいハプニングに怯えていたのは言うまでもない。

 

 そうして次は学生証に記載されたクラスの元へ各自で向かうことになった。

 

 カケルのクラスは1ーB。タッチキー式のスライドドアを開けると既に何人か自分の席へ着席している者が居た。カケルの姿を入口に認めると、その全員の視線が集中する。

 

(な、なんか視線が集まってる……?)

 

 カケルが自分の席へ着席した後も視線が集まっている気がして少し居心地が悪かったが、そんな事ばかり気にしてられないので机上の電子画面に視線を落とす。

 

 余談だがアルメリア総合学園の学生机、事務机などには全て電子画面が仕込まれており、これを利用して授業を受講したり各種申請等も行える。AIの発達により近代化した昨今の社会において、最新設備に近い環境で学園生活を送れるのはかなりの利点と言えるだろう。

 

 これからの生活においても、カケルとしては是非ともその恩恵に肖りたいところではある。

 

 電子画面にはこれから入力しなければならない情報を纏めたデータや、入学にあたっての諸注意を説明したファイル、今後の学園での祭事等の予定を掲載した公式サイトなどが表示されている。

 

 手際よく情報を入力し終えて、保存する。特に何か悩むこともなかったので周りと比較しても早く終わった方だろう。

 

 これで今日やることは全て終了した。が、やることが終わったからと言って自由にしていいのかも分からなかった為、適当に今後の学園での予定でも閲覧しようとサイトを覗いていた時だ。

 

「なな、ちょっといいか?」

 

 ちょうどカケルの席の前に居た男子生徒が振り向いて声をかけてくる。

 

 少し浅黒い肌に金髪の少年は、いかにもチャラそうという言葉が似合う。

 

「……俺?」

「おう、もちろんよ。ちょっと入力中にわかんないとこがあってさ、ここなんだけど」

「あー、そこか。そこは……」

 

 そこから数分ほどカケルの手ほどきを受けた男子生徒は、問題の箇所を完了させて行った。特に苦戦した様子もなかったので容量は悪くないのだろう。

 

「いや〜悪いな、その後も全部教えて貰って」

「まぁ全部終わって暇してたから問題ない」

「あ、まだ名乗ってなかったよな。俺は千飛(かずひ)ラスパー。よろしくな!」

「時野カケル。よろしく」

「時野カケル……って次席の?」

「次席? 何の話だ?」

「入試の話だよ。聞いたぜ、あの首席サマにポケモン勝負で勝ったんだよな!?」

 

 そういえば、と入試の時を思い出す。確かにアンリとポケモン勝負をして、最後は見事に勝利した。格上を倒しただけで、1敗はしていたしそれでも次席ということは、筆記の方が上手くいったか。まさかアンリに次ぐ入試2位になるとは思ってもみなかった訳だが。

 

「いや、まぁ、勝ったけど。よく知ってるな」

「そらそうだぜ! 今年は間違いなく全勝って言われてた首席サマを負かしたやつがいるなんて話題性しかないからな!」

「そんなに有名だったんだな、あの子」

「扇紅アンリって言えば、イーストシティがあるだろ東の街の。あそこの守護者家系のご令嬢だからな。有名だぜ?」

 

 守護者家系と聞いて、博士が言っていたことを思い出す。神の力を受け継いだポケモンを操る7人の守護者達を先祖に持つ者たち。

 

 コンプレンズシティの入口である東西南北の街を守る守護者家系のひとつが、扇紅アンリを要する扇紅家だったというわけだ。

 

「知らなかったな……」

「外から来た奴なら知らないのも無理はないわな。ま、俺も育ちはコガネシティなんだけどさ」

「俺は……」

「あー、言わなくてもわかるぜ。ススキノ博士の助手だろ?」

 

 まさか本当に言おうとしたことを当てられるとは思わなかったカケルの図星の反応に、ラスパーはクククっと笑ってみせる。

 

「いやぁ、四天王推薦者を倒したのは、なんたって博士の助手なんだもんなぁ」

「ただの助手の1人だぞ、俺。そんなに注目される程でもなくないか?」

「いやいや! そもそもススキノ博士は……」

 

 ラスパーがその続きを言いかけたところで、教室全体がざわつき始めた。

 

 しかしその原因はカケル達では無く、もっと別のもの。チラリと周囲に目をやれば、視線は教室の入り口へと注がれている。

 

「げっ……」

 

 思わずカケルの口から言葉が漏れる。なぜなら、入学試験、今朝の入学式と見慣れた少女が腕を組んで、仁王立ちで教室の入り口からこちらを見つめていたからだ。

 

 件の女子生徒であるアンリはカケルの姿を認めると、教室の中に侵入してその席の前まで来やってくる。

 

「……アンタ、この後時間ある?」

「……俺?」

「アンタ以外に誰がいるのよ。他のやつに用なんて全くないわ」

「まぁそれはそうだろうけど……」

「それで、時間あるの? ないの? 無いなら日を改めるわ」

 

 視線が集中している。アンリと会話しているだけで、カケルは今や完全に注目の的になっていた。

 

「じゃあ、無いで……」

「じゃあって何よ! 時間あるのね? 付いてきて」

「あっはい……」

 

 アンリの有無を言わさぬ圧に気圧され、カケルは強引に連行されていった。

 

 残ったのはその場の雰囲気に当てられて黙っていた、ラスパー含むクラスの面々。いつもは静かに閉じる自動ドアが、心做しか少しピシャリと強めにしまったような気がした。

 

「こ……告白や! 絶対告白やろあれ!」

 

 妙なテンションでラスパーが騒ぎ立てる。その後すぐに、既にやることを終えた彼含むクラスの有志数人が、2人の後を追うべく教室を出て行った。

 

 

 ◇

 

 

「ここなら、いいかしらね」

 

 アンリに連れてこられたのは、建物同士が連なっている隙間のスペース。所謂、校舎裏と言うやつだ。ここで要求されることと言えばいい印象は全くない訳だが。

 

「……金ならそんなに持ってないぞ」

「誰がカツアゲよ。アタシが不良に見えるわけ?」

「飛んでも落っこちないぞ」

「だから誰がカツアゲよ。話聞いてた?」

「かくなる上は財布を見せるしか……」

「しつこいわね! どれだけアタシがお金をせびるように見えてるのよ!!」

 

 漫才やってんじゃないのよ、と言いながらアンリは腰につけていた物を取り出す。取り出したその手には、紅白柄の球体。即ち、モンスターボールだ。

 

「時野カケル、アタシと勝負よ! 今度は借りたポケモン同士じゃなく、お互いに育てたポケモンでね!」

 

『ポケモントレーナーの ︎︎扇紅アンリが ︎︎勝負を ︎︎仕掛けて ︎︎きた!』

 

 しかし残念ながらバトルは始まらない。自信満々に宣言したところに申し訳無い気持ちで、カケルは微妙な表情をする。

 

「何よその顔。何か言いたげじゃない」

「いや〜……まぁ、はは」

「愛想笑いで誤魔化すんじゃないわよ、分かるんだから」

 

 さてどう言い訳したものかと考えていたカケルだが、アンリの様子を見るに中途半端な断り文句では解放してくれなさそうだ。かと言って適当に嘘をついても後々面倒になるだけだろう。

 

 少し逡巡したカケルは、意を決して正直に言うことにした。

 

「……ないんだ」

「? 、何て言ったの?」

「…………ポケモン、持ってないんだよ」

「なら取ってくればいいじゃない、待っててあげるから。ボックスにぐらい預けてるでしょ?」

「いやぁ……そうじゃなくて……」

「何よ、歯切れ悪いわね」

 

 アンリは煮え切らない態度に少し気が立ち始めている。カケルもその気配を感じたのですぐに言葉を続けた。

 

「──そもそもポケモン自体持ってないんだよ」

「…………は?」

 

 カケルの言葉に、アンリは何を言っているか分からないといった表情でフリーズする。思考停止したその口が次の言葉を発するのに、数秒かかった。

 

「……1匹も?」

「ああ」

「ボックスにすら、居ないってこと……?」

「居ない」

「……ポケモンを育てたことは?」

「ない」

「な……!」

 

 ポケモンを育てたことは無ければ、ましてやバトルの経験すらまだ2ヶ月弱の初心者トレーナー。ゲームの方では何度も育ててきたが、それは非現実(フィクション)のお話だ。

 

「そもそもバトルすらまだ初めて2ヶ月弱だぞ。今日、お前が呼び出さなかったらこのまま入試で使ったポケモンを貰いに行くとこだったんだよ」

「な……なな……!」

 

 オレンジ色の瞳孔が大きく開かれ、次第にプルプルと体が震え始めた。それはまるで火山が噴火するまでのカウントダウンのように。

 

 そしてその火山は、数秒と待たずに噴火する。

 

「ななな、なんですってぇぇぇぇぇ!!!?」

 

 この日1番の叫び声が、校舎裏に響き渡るのだった。




筆が乗ったらこんなペースで書けるんだぞってことで


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