世界大会で優勝した、妹が病んだ   作:サツマイモおいしい

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01:始まり

 

 

 『クラウンハーツ』

 

 それは四対四で行われる魔力競技の一つ。

 ルールは単純明快。

 四つの異なるポジションに就いたチームで、相手の陣地に置かれた王冠(クラウン)を奪い自陣に持ち帰ったチームの勝利。

 

 ただそれだけの、けれど世界総人口の八割が競技者として登録を済ませている現代最高のスポーツ。

 

 ───俺はクラウンハーツで世界一になりたい

 

 それは私が五歳の、雪の降る日だった。

 大好きだった兄から告げられた兄の夢。

 私よりも三つ年上の兄は、既に八歳の身でありながら国内リトルリーグでは敵なしのプロ選手すら目を見張るほどの天才だった。

 だから私は、告げられたその夢に兄なら絶対世界一になれると言葉を返した。

 兄は驚いたような表情をしつつも、ありがとうと私の頭を優しく撫でてくれた。

 そしてくすぐったそうに身を捻る私を見ながら、しかし一転して真剣な眼差しで兄は言葉を続けた。 

 

 ───(ユイ)、俺と一緒に世界を奪ろう

 

 兄が天才だからなのだろうか。

 妹の私にもクラウンハーツの才能があった。

 当時の私は知らなかったが、私には人類最高峰の魔力が眠っていた。

 それを見抜いた兄が、今まで見ているだけだった私に手を差し出してくれた。

 

 それが、全ての始まり。

 

 その日から兄は世界一になるという夢を、将来の夢は何かと質問されるたびに答えるようになった。

 メディアはそんな兄を、かつて世界王者だったあの頃の栄光を取り戻してくれる逸材だと持て囃したが、世間の声は現実を知らない無知の子供と嘲笑するものばかりだった。

 私はそんな心無い言葉が耳に入る度にむっとしていたが、しかし兄は眼中にないと言わんばかりに私を連れ練習に明け暮れていた。

 

 ───お兄ちゃんは辛くないの?

 

 ある日、そんな世間の声に耐えられなくなった私は兄に問いかけた。

 本当に大丈夫なのか、我慢して無理しているだけじゃないのか、もし辛かったら一人で抱え込まないでほしいと。

 

 ───お前がいる

 

 返ってきた言葉はただその一言。

 どういう意味か最初は分からなかったが、本当に何てことない風な兄の表情を見て、私はあの雪の日のことを思い出した。

 二人で世界一になると約束したあの日。

 兄はまだ誰も知らなかった私の才能を看破して、傍観者だった私に夢を共有してくれた。

 

 私と一緒なら本当に世界一になれると思ったから。

 

 そう考えてハッとした。

 だから兄は、あの日から自分の夢を大々的に表明しているのではないのか。

 かつて世界王者だったこの国に、いつまで腑抜けているつもりだと喝を入れるために。

 俺たちは世界一を目指してる、お前たちは今のままでいいのか? と。

 そしてそれは、どこか漠然とした気持ちで練習に打ち込んでいる私の心にも突き刺さった。

 

 今のままでいいわけがない。

 世界一を目指す、その気持ちは本物だった。

 けれど本気ではなかった、本気で夢を追いかけていなかった。

 世界一になるという兄の夢は本物で当然だ、だから勘違いしていた。

 その夢を本気で追いかけるのは、他でもない私自身なんだと。

 兄と一緒の熱量を抱けないで同じ夢を見る資格なんてない。

 

 ───ありがとう、お兄ちゃん

 

 それから私はより深く練習に取り組んだ。

 今までは兄の真似をしているだけだったメニューを、私のポジションにあったものに改良し、修正があれば兄に逐一正してもらう。

 

 そんな日々を四年、変化は劇的だった。

 私自身もそうだったが、何よりも世間の声が。

 

 日本の英雄。

 

 兄にそんな大それた異名が付けられたのは、兄が十八歳以下のジュニア選抜で堂々の優勝兼MVPを獲得してからだろう。

 その時私は出場資格を満たしていなかったので観客席で応援することしか出来なかったが、それでも応援の必要のないほどに兄のチームの圧勝だった。

 そうして、いつしか兄に向けられていた嘲笑の声は鳴りを潜め、今となっては期待と羨望だけが兄へ向けられることになった。

 そして、それが転機だった。

 

 ───結、俺は海外に行く

 

 既に兄の実力は国内では持て余すと考えたのだろう。

 クラブがスカウトの話を兄に持ち出し、兄はそれを快諾した。

 寂しくないと言ったら嘘になるが、当時の私はその気持ちを押し殺し兄の背中を押して見送った。

 私も兄のように国内を制してすぐに追いついて驚かしてやろう、そんな気持ちを胸に秘めて。

 

 

 あれから六年。

 兄の活躍を耳にしながら、私は兄の抜けた世代で、私が主将となったチームで兄同様に日本を制した。

 兄のようにチームを巧く指揮出来ない私は少し時間がかかってしまったが、これでやっと兄に顔向け出来ると内心では確かな満足感を抱いていた。

 

 そして、私にその一報が届いたのは閉会式が終わって直後のことだった。

 

 ───これから帰る

 

 兄が、神嵜 唯(カミサキ ユウ)が帰ってくる。

 短いながらも情報量の多すぎるその一文に、更衣室で五分ほど放心してしまったのは仕方のないことだろう。

 メールや電話でのやり取りはしていたし、テレビでも兄がどのように成長しているかは母と共によく見ていた。

 しかし、実際に会うのが六年振りと考えると気持ちが浮つき鼓動が早まる。

 早く会って成長した自分を見てほしい気持ちと、何から話せばいいのか分からないから待ってほしいというジレンマ。

 けれど時間は待ってくれない。

 あっという間に、兄が帰ってくる日はやって来た。

 

 それは雪の夜のことだった。

 兄がいつ帰ってくるのかソワソワしながら待っていると、メッセージが届いた。

 

 ───あの場所で待ってる

 

 差出人は兄から。

 あの場所、というのに考えるまでもなく答えは出ていた。

 急いで靴を履き替え、厚着をして傘を手に家を出る。

 

 ───あっ

 

 私たちの原点。

 雪降るベンチに、その人はいた。

 

 雪景色に埋もれてしまいそうな白髪。

 気怠そうに垂れた夜空のような昏い双眸。

 180近い背丈に時間の流れを感じたが、しかしその雰囲気はかつての姿そのもので。

 

 ───お兄ちゃん!

 

 気づけば私は駆け出し、その背中に手を回していた。

 驚いたように僅かに目を張って立ち上がった兄だが、しかし私ごと倒れないようにしっかりと私を受け止めてくれた。

 それが嬉しくて、背中を回す手に更に力が籠る。

 

 ───ただいま、結

 

 ───おかえり、唯お兄ちゃん!

 

 それが帰国してから初めての会話。

 六年も経てば少しは変わってしまうかと思っていたが、兄は昔の兄のままだった。

 不器用で口下手だけど、誰よりも優しくてカッコいい私の自慢の兄。

 

 この時は、本当にそう思っていた。

 

 ───お兄ちゃん背おっきくなったね

 

 ───向こうではどんな生活してたの?

 

 ───この前は文化祭があったんだ

 

 ───私はこれでも生徒会に入ってるんだよ!

 

 家に帰るまで色んなことを話した。

 家でのこと、学校でのこと、友達やイベントのこと。

 兄は口下手だから殆ど私が話しっぱなしだったけど全然苦だとは思わなかったし、久しぶりの兄と二人きりの時間はとても楽しくて、家が目前に迫った時はもう終わりかと思いもした。

 

 ただ、どうしてかその時はクラウンハーツのことは全く話さなかった。

 今思えば私の才能を一目で見抜いた兄だ、この時にはもうとっくに私に失望していたのだろう。

 話さなかったのではない、その雰囲気を察して私は話せなかったのだ。

 

 兄が家の前で止まり、あの時と同じくらい真剣な眼差しで話し始める。

 

 ───俺は世界一になった

 

 知っている。

 後半戦で出場した兄が膠着した試合に風穴を開け、それが切っ掛けとなって兄のチームは世界選手権の王者となった。

 私も母もテレビに縋りつく勢いで見ていたのだ、あの光景を忘れる訳もない。

 

 ───でも世界は広かった。俺よりすごい人間は数えきれないほどいた

 

 思わず目を見開く。

 それは六年前の兄からは考えられない自らの力不足を嘆く言葉だった。

 しかし私は、兄が世界一だという認識が根底にある以上どうしても兄よりすごい選手を想像できなかった。

 現にあの試合でも、私の目には他の誰よりも兄の力の方が勝っていると思っていたから。

 

 ───結。お前はこの六年、何をしていた?

 

 そんな私の考えを見透かしたように兄の視線が突き刺さる。

 力の差を理解出来ない者は一生その差を埋めることが出来ない、よく監督やコーチの言っていたことだ。

 兄の視線は本当にその差が分からなかったのかと、そう問い詰めていた。

 俺がいない六年、お前は本当にあの日から成長しているのかと。

 

 脳裏を過ぎるのは選抜を制した記憶。

 兄同様に優勝を飾りMVPにも選ばれたこの記憶は、紛れもない私の宝物で誇るべき功績だ。

 しかし、目の前に世界一の立役者となった兄がいると考えたら、どうしてもその自信に疑いを持ってしまった。

 兄と他の選手の力の差を理解できていない私が、胸を張ってその言葉を言えるのかと。

 

 答えは、沈黙だった。

 

 ───そうか

 

 何も言い返せない私に、兄は淡々と言葉を吐いた。

 私は兄を見れなかった。

 兄が私に失望している、それを肌で感じ取ってしまったから。

 耳を塞ぎたかった、否、実際は塞いでいたかもしれない。

 けれど、続くその言葉は容赦なく私の鼓膜を貫通してきて、

 

 ───お前はもう要らない

 

 私の脳を立っていられないほど強く、強く揺らした。

 

 

 

▽▽▽

 

 

 

 俺には宇宙一可愛い妹がいる。

 どこに出しても恥ずかしくない、容姿端麗で成績優秀な俺なんかとは比べることすら烏滸がましい才女だ。

 いや、才女だった……というべきか。

 

「《結と喧嘩したの? 最近あの子、すっごい不機嫌だけど》」

「反抗期なんだろ、と」

 

 ホテルの一室。

 起床と共に母から届いていたメッセージを返しながら、帰国当日の夜のことを思い返す。

 

 夢だった世界一を成し遂げ、お偉いさんたちからのありがたいお話を颯爽と切り上げ六年ぶりの我が家に帰宅しようとしていた俺だったが、ちょうど雪降ってるし妹に迎え来てもらって一緒に帰ろうかなと思ってしまったことが、恐らくマイシスターの反抗期の切っ掛けとなった。

 

 六年振りに再会した妹はとってもキュートでラブリーに成長していた。

 俺が同学年の男子だったら惚れてるなと思いつつ、久しぶりの再会で若干緊張気味だったけど結の方から気兼ねなく話してくれたからすっごい楽でした。

 まぁその直後に地雷踏んじゃって反抗期に突入させてしまったんですけど。

 いやね、あんだけクラウンハーツ大好きだったのに話のネタに一切しないから、てっきり嫌いになっちゃたのかなって思って、結ばっかりに話させるのも悪いから自分のこともそれなりに話しつつ遠回しに聞いてみたのよ。

 

 この六年間、結ちゃんはクラウンハーツどんな感じだったん? って。

 

 恥ずかしながら世界選手権のメンバーに選出されてからは周りとの連絡絶ってたから我が妹の活躍とか一切追えてなかったのよね。

 二年前に選抜で準優勝でめっちゃ悔しがってたって母さんから聞いて以来なのよ。

 だからそれとなーく聞いてみたんだけどまさかね、その話題が地雷だとは思わないですやん。

 

 結ちゃんってばすごい辛そうな顔して俯くもんだからお兄ちゃん「そうか……」としか言えなかったよ。

 しかも思い出したくもないのか耳まで塞いでイヤイヤって顔振るもんだから、可哀想ったらありゃしない。

 でも母さんから結がクラウンハーツ辞めたとは聞いてなかったから、きっと結は母さんにはトラウマのこと話してないんだなと思いつつ、自分からやりたいって頼んだ手前母さんには辞めたいとは言えないよなって納得しちゃったのよ。

 辞めたいけど辞めれない、でもトラウマになるほど辞めたがってる。

 それならもうお兄ちゃんが一肌脱いであげるしかないでしょう!

 母さんには結の抱えてるトラウマが知られない様に、なおかつ結が責められない様に辞めさせる手段はただ一つ。

 

 そう、俺のせいで辞めたってことにすればいいんだ。

 

 多分っていうか絶対、俺が昔に結ちゃんに言った事とかが原因で続けちゃってる節はあるだろうし、そう考えたらこうなったのも俺の責任だからね。

 俺は結はすっごいクラウンハーツの才能あると思うし、俺と組んだら間違いなく世界取れるとは今でも思ってるけど、本人がやりたくないなら無理強いなんてしませんとも。

 

 お兄ちゃんは結には友達とか恋愛とかそういう学生ならではの青春を謳歌してほしいんですよ。

 友達も彼女も出来なかった青春時代の末路はとても寂しいって痛感しまくってるからね、いやホントに。

 

 だから憎まれるの覚悟でちょっと酷いこと言っちゃったけど、お兄ちゃん全然要らないなんて思ってないからね?

 結の問題が解決して落ち着いたらそりゃもうスライディングする勢いで土下座しますとも。

 ただ家には居辛いから、しばらくはホテル暮らしさせていただきます。

 ご馳走たくさん準備しようとしてくれてた母さんには本当に申し訳ないけど、また今度ということで。

 父さんはこの前焼肉行って奢ってあげたからそれでチャラね。

 

「ん?」

 

 そんなことを考えていると、テレビで気になるニュースをキャッチする。

 

「強化プロジェクトって、また面白そうなことやってるねえ」

 

 何でも俺が世界一の立役者になったからとか何とかで、全国から才能ある高校生たちを招集して一年間みっちり鍛え上げて俺に続く後進の育成をしようとしているらしい。

 世界一の立役者って言っても俺スタメンじゃないから貢献度かなり低いし、決勝の試合も二度目は通じない一発モノの作戦だったからあんまり持て囃されても困るけどね。

 それにあの技は俺はもう使うつもりないからいいけど、俺の真似して使う人とかは有名になると対策されて初見でも通じなくなる可能性だってあるし。

 ただ、さっきも言ったがプロジェクト自体は面白そうだ。

 

「休暇貰ったけどすることないし見に行ってみようかな」

 

 当初は家族と過ごす予定だったけど今は家に居辛いし、家族以外に親しい人たちもいない現状を打破するにはいい気分転換になりそうだ。

 それにプロとの試合も組まれてるみたいだし、もしかしたら面白い人材や参考になる戦略が見つかるかもしれない。

  

「おー、メンバーもう決まってるんだ」

 

 大雑把な日程やスタジアムの場所などを流し見ていると現時点で招集済みのメンバーが発表されていく。

 大半は知らない名前ばかりだが、チラホラと知った名前があることにこのプロジェクトの本気具合が伺えた。

 

「───は?」

 

 そして、そこにある筈のない名前を目にして瞠目する。

 

「結?」

 

 神嵜 結(カミサキ ユイ)の名前がそこにあった。

 

 

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